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8章 窪みは常に動く
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部屋の隅で、床に尻を付け壁を背凭れにした。懐には背中に寝具を被ったクルテ、稲妻が光るたび脱力し、その抜けた力を手に集中させているんじゃないかと疑いたくなるほどの力でピエッチェのシャツを握り締めてくる。雷鳴が轟けば、やはりか細く名状しがたい声を出す。その合間には次への恐怖からか、小刻みに身体を震わせていた。
そしてピエッチェに訴える。
「カテロヘブが怒鳴っても怖くない。でも、天に怒鳴られるのは恐ろしい」
「雷は自然現象だぞ。天が怒鳴っているわけじゃない」
「そうなの? 本当に絶対? あうぅ、にょにゅほほぅ」
しがみ付かれれば受け止めるしかない。寝具ごと抱き締めているが、クルテとの間に寝具はない。柔らかな身体と優しい温もり、切なく甘い体臭……そう言えば、クルテが貰ってきた枝を玄関の間に置き去りにしてしまった。
「窓から飛び降りたことにしておけよ。居間を通らなきゃ玄関には行けないし、マデルの部屋ならウッドデッキに降りられるけど、この部屋は飛び降りるしかない」
「しておかなくても窓から出た。まぁ、姿を消してだけど」
「だろうと思ったよ」
そう答えたのに、
「あれっ?」
と、ピエッチェが首を傾げる。
「いや、部屋は汚れてなかった」
「うん、掃除が行き届いてる。デッセム、頑張って掃除してるんだね」
「そうじゃなくって」
少しクルテを押しやって、ピエッチェがクルテの顔を見た。
「おまえ、未消化の物をぶちまけるんじゃなかったか?」
「なんのこと?」
クルテがキョトンとピエッチェを見る。
「だって、おまえがそう言ったじゃないか」
「そんなこと言ったっけ?」
「それに俺は見たぞ。おまえがデレドケで暖炉に手を突っ込んだ時、姿を消したら床になんか散らばってた」
「あぁ……」
クルテがクスリと笑う。
「火傷に驚いて、お腹の中まで処理できなかったんだよ。見えない階段のところで姿を消して、上の方を見に行ったのを覚えてない? 姿を消すたびお腹の中の物を置き去りにするならその時、全部出しちゃってて、暖炉の部屋には撒けないよ?」
「でも、『姿を消したり変化すると、未消化の物が』って聞いた覚えがある」
「きっと巧く説明できなくて、そう言ったんだと思う」
「おまえってさ――まぁいいや。言葉が足りないのはよく判ってきた。随分マシになってるかも」
「雷、鳴らなくなったね」
「うん、いつまでも鳴り続けやしない。行き過ぎたんだろう」
窓を叩く雨音も控え目に変わってきている。
こんなふうに抱いている必要はもうない。そう思うのにこのままで居たい。
「うん、このままで居て」
心を読み取ったんだろう、クルテの声が胸元で聞こえた。
「わたし、我儘?」
ピエッチェが苦笑する。
「あぁ、とんでもなく我儘で自分勝手。だけど、それだけじゃない――さっきは怒鳴って済まなかった」
「あれ? いつ怒鳴った?」
なんだよ、気にしていたのは俺だけか?
「干した果物は果物じゃないっておまえが言った時だよ」
「あぁ……少し怒ってたね。でも、わたしがいけなかった」
「食べ物の好みを言っただけじゃないか」
「そのあとのこと。拗ねて、もう何も言わないって。困らせるのが判ってて、そう言った」
「俺を困らせたかった?」
身動ぎしたクルテが、さらに身体を押し付けてくる。
「うん。困らせたかった」
「そうか、困らせたかったか」
ピエッチェに苦笑ではない笑みが浮かぶ。困らせたいと言われれば不快に感じるだろうに、なぜか嬉しい。いくらでも困らせろと思ってしまう。けれど冷静な部分でまた揉めるだけだとも思う。
「不思議だね」
ポツリとクルテが言う。
「困らせたら嫌われるって判っているのに、困らせたい」
「嫌わないから安心していい」
「いやな思いをさせることになる。それもイヤ」
「本当におまえ、我儘だな」
「カテロヘブ……」
少し身体を起こしたクルテがそっとピエッチェの頬に触れる。
「このまま眠りたい。でも、わたしがここで眠ったらおまえは休めない。それもイヤだ。おまえに負担を掛けたくない……なんでわたしって、こんなに矛盾してるんだろう?」
「さぁなぁ。俺だって矛盾してるからな。読んだんだろ? いくらでも困らせていいと思ったけれど、困らせられれば揉める原因になる。それはイヤだ――人間は矛盾だらけって、前にも話したな」
「そうだったっけ? そうだね、そんな話もした」
「おまえ、人間の姿でずっといるから考え方や感じ方が人間に近くなってきたんじゃないのか?」
「そのほうが嬉しい?」
「嬉しいって言うか……おまえに理解して貰えたら、って感じてる」
理解して、その上で同じ気持ちになって欲しい。
「なぁ、俺はおまえを人間にできそうか?」
クルテの表情が少し曇ったような気がした。それを隠すようにピエッチェの胸に顔を埋めてクルテが言った。
「わたしは何も言えない。でも、そうなって欲しいとわたしも思ってる」
何も言えない――それは魔法による制約のせいか?
「でも、おまえ、俺にヒントを出してたりするよな?」
「そうなのかな? きっとそれは思い込み。多分」
俺の思い込みだって言うくせに、なんで『多分』が付くんだろう? それすら言えないってことか……
「ねぇ?」
再びクルテが顔を上げた。
「うん?」
「お腹すいた。何か食べてもいい?」
つい笑うピエッチェ、
「そう言えば俺も腹ぺこだ」
クルテを抱き締めていた腕を解く。
「パンがあるってさっきカッチーが言ってた。ダイニングにあるんじゃないかな?」
「パン? どんなパン?」
顔を輝かせるクルテ、ただの丸パンだって言ったらがっかりさせそうだ。
「ただの丸パンだけど、ハチミツとバターがあるってさ」
立ち上がって寝具をベッドに戻す。クルテも立ちあがり、
「ハチミツハチミツ甘くってトロリ」
と節をつける。
「このところ、よく歌うな」
「歌は嫌い? 少しね、気持ちに余裕ができて来たから」
「気持ちに余裕って?」
「人の中にいると花がなくって疲れちゃう。でも花屋で買えばいいって気が付いたから――ね、早く食べに行こう」
花屋に行ったら、あるだけ買ってやりたい。いや、やっぱり持ちきれるだけにしておこう……ダイニングに向かうピエッチェの腕に、クルテが自分の腕を絡めた――
マデルとカッチーも起きていたようで、ダイニングに行ける居間でまだ談笑していた。
「凄い嵐でしたね。納まって良かったです」
カッチーがすぐに動いて、お茶の支度を始めた。
「お腹が空いたんでしょう? すぐに用意します」
どうやら、ピエッチェとクルテが空腹を訴えると見越していたようだ。
「あっ……」
ハッとしたクルテがキャビネットを見た。
「夜香花、活けてくれたんだね」
キャビネットには枝を挿したコップが置かれていた。
「夜香花って言うのね。いい香りだわ」
マデルが微笑む。
「うん、きっと夜香花。でも、普通の夜香花じゃなかった」
「普通じゃなかったって?」
クルテがソファーに来て、先に座っていたピエッチェの隣に腰かけた。そこにカッチーがカップを置いた。
カップに手を伸ばし、一口啜ってからクルテが言った。
「うん、歩いてたから」
「へっ?」
「普通の夜香花は歩かない」
「ちょっと待て!」
声を上げたのはピエッチェ、
「おまえ、寝ぼけてたんじゃないよな?」
マジマジとクルテを見る。
「起きてたからちゃんとコテージに戻れた――なんかいい香りがすると思って窓から見たら歩いてた」
「えっとぉ、クルテ」
これはマデル、
「夜香花を持って、誰かが歩いてたってこと?」
と念を押す。
「ううん。あぁ、でも、歩いてたって言うよりも移動してたって言ったほうが正しいか。根っこはどうなってるんだろう?」
「つまり、株ごと動いてたってこと?」
「ゆっくりだけどね。どこに行くのか聞いても返事はなかった」
「普通、植物は返事しないよ」
「まぁ、ちょっと、話の続きはパンを食べてからにしよう」
タイミングよくカッチーがパン籠とハチミツとバターの小皿を持ってきたのをこれ幸いとピエッチェが話を打ち切る。クルテが『花とだって話せる』と平気な顔で言い出しそうで怖かった。魔物のクルテは話せるかもしれない。
「バターもたっぷりで」
バターを塗るのはピエッチェとばかりにクルテが見上げる。
「あぁ、ハチミツは自分でつけろ」
パンを少し割いて、そこにバターを塗ってから渡してやると、クルテが嬉しそうにニッコリ笑う。ちょっとだけそれを眺めてから自分の分のパンにバターを塗った。
話しは食べ終わってからと言われていても、待ちきれないのだろう。カッチーが
「夜香花って、あの枝からして木ですよね?」
とキャビネットに目を遣る。
「そうだね、ピエッチェより少し高い木」
クルテが口をもぐもぐさせて答えた。
「枝がゆらゆらしてた。あれ、根っこが押されてる感じだった」
「根っこが押されてる?――例の、突然現れる穴と関係してるのかな?」
マデルが不安そうに言った。
「穴をあけてる何かが動き回ってて、それで夜香花を押してるとか?」
それは俺も思った。口にはしないがピエッチェが考える。
「クルテ、おまえ、森に入ったのか?」
「コテージの柵から手を伸ばしただけ」
「ってことは、すぐそこか?」
「でも、宿の敷地の外。湖に降りて行ける木戸の近く」
「森の端っこってこと?」
「あそこは森になるのかな?」
「森じゃないんだとしたら、穴は森の外にもできるってことになるね」
神妙な顔のマデル、
「夜香花の移動と穴が関係してると決まったわけじゃない――クルテ、魔物や魔法は感じなかったのか?」
ピエッチェがクルテに問うと、
「地面の下は管轄外」
と言うと残りのパンを口に入れたクルテ、
「もっと食べたい」
とピエッチェを見た。管轄があるのかよ? 笑いたくなるのを抑え『あぁ』とピエッチェが次のパンの用意をする。
マデルの心配はきっとあたっている。この辺りに地下を移動する何かがそう何体も居るもんか。ソイツが穴を出現させ、人間を飲み込んだ。そう考えるのが妥当だ。それが森から出てくるようになったとしたなら、急がなくては大変なことになる。
今すぐにでも知りたいのは三つ。なぜ穴を作り人を飲み込むのか、その理由と飲み込まれたままの四人の安否。そして五人目の犠牲者グレイズの女房はなぜ生還できたのか? 四人と彼女は何が違ったのか? そして三つ目、これはなんとしてでも確かめなくてはならない。
地下を移動する何か、その正体……
カッチーが溜息交じりに言った。
「地下を移動するってなるとモグラですかね?」
「モグラ?」
「あるいはミミズとか? 穴をつくるなら蟻とか?」
するとマデルがイヤそうな顔をした。
「クマのぬいぐるみの次はモグラのぬいぐるみ、なんて事はないわよね?」
いいやマデル、ないとは言い切れないぞ? 何しろ魔法なら、なんでもありだ――
そしてピエッチェに訴える。
「カテロヘブが怒鳴っても怖くない。でも、天に怒鳴られるのは恐ろしい」
「雷は自然現象だぞ。天が怒鳴っているわけじゃない」
「そうなの? 本当に絶対? あうぅ、にょにゅほほぅ」
しがみ付かれれば受け止めるしかない。寝具ごと抱き締めているが、クルテとの間に寝具はない。柔らかな身体と優しい温もり、切なく甘い体臭……そう言えば、クルテが貰ってきた枝を玄関の間に置き去りにしてしまった。
「窓から飛び降りたことにしておけよ。居間を通らなきゃ玄関には行けないし、マデルの部屋ならウッドデッキに降りられるけど、この部屋は飛び降りるしかない」
「しておかなくても窓から出た。まぁ、姿を消してだけど」
「だろうと思ったよ」
そう答えたのに、
「あれっ?」
と、ピエッチェが首を傾げる。
「いや、部屋は汚れてなかった」
「うん、掃除が行き届いてる。デッセム、頑張って掃除してるんだね」
「そうじゃなくって」
少しクルテを押しやって、ピエッチェがクルテの顔を見た。
「おまえ、未消化の物をぶちまけるんじゃなかったか?」
「なんのこと?」
クルテがキョトンとピエッチェを見る。
「だって、おまえがそう言ったじゃないか」
「そんなこと言ったっけ?」
「それに俺は見たぞ。おまえがデレドケで暖炉に手を突っ込んだ時、姿を消したら床になんか散らばってた」
「あぁ……」
クルテがクスリと笑う。
「火傷に驚いて、お腹の中まで処理できなかったんだよ。見えない階段のところで姿を消して、上の方を見に行ったのを覚えてない? 姿を消すたびお腹の中の物を置き去りにするならその時、全部出しちゃってて、暖炉の部屋には撒けないよ?」
「でも、『姿を消したり変化すると、未消化の物が』って聞いた覚えがある」
「きっと巧く説明できなくて、そう言ったんだと思う」
「おまえってさ――まぁいいや。言葉が足りないのはよく判ってきた。随分マシになってるかも」
「雷、鳴らなくなったね」
「うん、いつまでも鳴り続けやしない。行き過ぎたんだろう」
窓を叩く雨音も控え目に変わってきている。
こんなふうに抱いている必要はもうない。そう思うのにこのままで居たい。
「うん、このままで居て」
心を読み取ったんだろう、クルテの声が胸元で聞こえた。
「わたし、我儘?」
ピエッチェが苦笑する。
「あぁ、とんでもなく我儘で自分勝手。だけど、それだけじゃない――さっきは怒鳴って済まなかった」
「あれ? いつ怒鳴った?」
なんだよ、気にしていたのは俺だけか?
「干した果物は果物じゃないっておまえが言った時だよ」
「あぁ……少し怒ってたね。でも、わたしがいけなかった」
「食べ物の好みを言っただけじゃないか」
「そのあとのこと。拗ねて、もう何も言わないって。困らせるのが判ってて、そう言った」
「俺を困らせたかった?」
身動ぎしたクルテが、さらに身体を押し付けてくる。
「うん。困らせたかった」
「そうか、困らせたかったか」
ピエッチェに苦笑ではない笑みが浮かぶ。困らせたいと言われれば不快に感じるだろうに、なぜか嬉しい。いくらでも困らせろと思ってしまう。けれど冷静な部分でまた揉めるだけだとも思う。
「不思議だね」
ポツリとクルテが言う。
「困らせたら嫌われるって判っているのに、困らせたい」
「嫌わないから安心していい」
「いやな思いをさせることになる。それもイヤ」
「本当におまえ、我儘だな」
「カテロヘブ……」
少し身体を起こしたクルテがそっとピエッチェの頬に触れる。
「このまま眠りたい。でも、わたしがここで眠ったらおまえは休めない。それもイヤだ。おまえに負担を掛けたくない……なんでわたしって、こんなに矛盾してるんだろう?」
「さぁなぁ。俺だって矛盾してるからな。読んだんだろ? いくらでも困らせていいと思ったけれど、困らせられれば揉める原因になる。それはイヤだ――人間は矛盾だらけって、前にも話したな」
「そうだったっけ? そうだね、そんな話もした」
「おまえ、人間の姿でずっといるから考え方や感じ方が人間に近くなってきたんじゃないのか?」
「そのほうが嬉しい?」
「嬉しいって言うか……おまえに理解して貰えたら、って感じてる」
理解して、その上で同じ気持ちになって欲しい。
「なぁ、俺はおまえを人間にできそうか?」
クルテの表情が少し曇ったような気がした。それを隠すようにピエッチェの胸に顔を埋めてクルテが言った。
「わたしは何も言えない。でも、そうなって欲しいとわたしも思ってる」
何も言えない――それは魔法による制約のせいか?
「でも、おまえ、俺にヒントを出してたりするよな?」
「そうなのかな? きっとそれは思い込み。多分」
俺の思い込みだって言うくせに、なんで『多分』が付くんだろう? それすら言えないってことか……
「ねぇ?」
再びクルテが顔を上げた。
「うん?」
「お腹すいた。何か食べてもいい?」
つい笑うピエッチェ、
「そう言えば俺も腹ぺこだ」
クルテを抱き締めていた腕を解く。
「パンがあるってさっきカッチーが言ってた。ダイニングにあるんじゃないかな?」
「パン? どんなパン?」
顔を輝かせるクルテ、ただの丸パンだって言ったらがっかりさせそうだ。
「ただの丸パンだけど、ハチミツとバターがあるってさ」
立ち上がって寝具をベッドに戻す。クルテも立ちあがり、
「ハチミツハチミツ甘くってトロリ」
と節をつける。
「このところ、よく歌うな」
「歌は嫌い? 少しね、気持ちに余裕ができて来たから」
「気持ちに余裕って?」
「人の中にいると花がなくって疲れちゃう。でも花屋で買えばいいって気が付いたから――ね、早く食べに行こう」
花屋に行ったら、あるだけ買ってやりたい。いや、やっぱり持ちきれるだけにしておこう……ダイニングに向かうピエッチェの腕に、クルテが自分の腕を絡めた――
マデルとカッチーも起きていたようで、ダイニングに行ける居間でまだ談笑していた。
「凄い嵐でしたね。納まって良かったです」
カッチーがすぐに動いて、お茶の支度を始めた。
「お腹が空いたんでしょう? すぐに用意します」
どうやら、ピエッチェとクルテが空腹を訴えると見越していたようだ。
「あっ……」
ハッとしたクルテがキャビネットを見た。
「夜香花、活けてくれたんだね」
キャビネットには枝を挿したコップが置かれていた。
「夜香花って言うのね。いい香りだわ」
マデルが微笑む。
「うん、きっと夜香花。でも、普通の夜香花じゃなかった」
「普通じゃなかったって?」
クルテがソファーに来て、先に座っていたピエッチェの隣に腰かけた。そこにカッチーがカップを置いた。
カップに手を伸ばし、一口啜ってからクルテが言った。
「うん、歩いてたから」
「へっ?」
「普通の夜香花は歩かない」
「ちょっと待て!」
声を上げたのはピエッチェ、
「おまえ、寝ぼけてたんじゃないよな?」
マジマジとクルテを見る。
「起きてたからちゃんとコテージに戻れた――なんかいい香りがすると思って窓から見たら歩いてた」
「えっとぉ、クルテ」
これはマデル、
「夜香花を持って、誰かが歩いてたってこと?」
と念を押す。
「ううん。あぁ、でも、歩いてたって言うよりも移動してたって言ったほうが正しいか。根っこはどうなってるんだろう?」
「つまり、株ごと動いてたってこと?」
「ゆっくりだけどね。どこに行くのか聞いても返事はなかった」
「普通、植物は返事しないよ」
「まぁ、ちょっと、話の続きはパンを食べてからにしよう」
タイミングよくカッチーがパン籠とハチミツとバターの小皿を持ってきたのをこれ幸いとピエッチェが話を打ち切る。クルテが『花とだって話せる』と平気な顔で言い出しそうで怖かった。魔物のクルテは話せるかもしれない。
「バターもたっぷりで」
バターを塗るのはピエッチェとばかりにクルテが見上げる。
「あぁ、ハチミツは自分でつけろ」
パンを少し割いて、そこにバターを塗ってから渡してやると、クルテが嬉しそうにニッコリ笑う。ちょっとだけそれを眺めてから自分の分のパンにバターを塗った。
話しは食べ終わってからと言われていても、待ちきれないのだろう。カッチーが
「夜香花って、あの枝からして木ですよね?」
とキャビネットに目を遣る。
「そうだね、ピエッチェより少し高い木」
クルテが口をもぐもぐさせて答えた。
「枝がゆらゆらしてた。あれ、根っこが押されてる感じだった」
「根っこが押されてる?――例の、突然現れる穴と関係してるのかな?」
マデルが不安そうに言った。
「穴をあけてる何かが動き回ってて、それで夜香花を押してるとか?」
それは俺も思った。口にはしないがピエッチェが考える。
「クルテ、おまえ、森に入ったのか?」
「コテージの柵から手を伸ばしただけ」
「ってことは、すぐそこか?」
「でも、宿の敷地の外。湖に降りて行ける木戸の近く」
「森の端っこってこと?」
「あそこは森になるのかな?」
「森じゃないんだとしたら、穴は森の外にもできるってことになるね」
神妙な顔のマデル、
「夜香花の移動と穴が関係してると決まったわけじゃない――クルテ、魔物や魔法は感じなかったのか?」
ピエッチェがクルテに問うと、
「地面の下は管轄外」
と言うと残りのパンを口に入れたクルテ、
「もっと食べたい」
とピエッチェを見た。管轄があるのかよ? 笑いたくなるのを抑え『あぁ』とピエッチェが次のパンの用意をする。
マデルの心配はきっとあたっている。この辺りに地下を移動する何かがそう何体も居るもんか。ソイツが穴を出現させ、人間を飲み込んだ。そう考えるのが妥当だ。それが森から出てくるようになったとしたなら、急がなくては大変なことになる。
今すぐにでも知りたいのは三つ。なぜ穴を作り人を飲み込むのか、その理由と飲み込まれたままの四人の安否。そして五人目の犠牲者グレイズの女房はなぜ生還できたのか? 四人と彼女は何が違ったのか? そして三つ目、これはなんとしてでも確かめなくてはならない。
地下を移動する何か、その正体……
カッチーが溜息交じりに言った。
「地下を移動するってなるとモグラですかね?」
「モグラ?」
「あるいはミミズとか? 穴をつくるなら蟻とか?」
するとマデルがイヤそうな顔をした。
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