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8章 窪みは常に動く
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なんのことはない。結局、作業を始めたのはいつも朝食を摂る時刻より少し早い程度だった。それでも早起きしなくてはダメな時刻と言えばそうかもしれない。空は青く輝き、戸外はすっかり明るくなっていた。初夏の爽やかな風が時おり通り過ぎていく。これから危険に立ち向かうのに……ピエッチェの心境を、気候は決して反映などしない。
最初にしたのはロープの準備、残り三本のロープも焚き場に運んだ。角に毛布を当て、扉と窓にロープを渡してしっかりと結ぶ。引っ張る時のことを考えて、結び目の一本は扉側、もう一本は窓側にした。
カッチーに手伝わせたからか、思っていたよりも作業がスムーズに進む。もともと身体を動かすのを億劫がることのないカッチー、じっと動かず本を読むのも好きだが動くのも好きだ。この時もピエッチェの指示を的確に理解してはシャキシャキと動き回り、思いつけば提案もしてくる。丈夫な身体に恵まれ、頭も悪くない。指先も割と器用だ。それを見抜いていたからこそクルテはカッチーを選んだのだろうか?
揉めたのはロープの反対側を身体に括り付ける時だ。原因はクルテ、駄々をこね始めた。
「毛布なんかヤだ! 腹に巻き付けたら動きづらい。それだけで疲れる。そんなの要らない。絶対に巻いたりしない!」
嫌がるクルテ、ピエッチェとマデルが、
「動き易さより、身体を守るのが優先」
と主張する。
「どうしてもイヤだというなら、クルテの代わりにカッチーを連れて行く」
「ヤだ! ダメ! ピエッチェと一緒に行く」
「まったく、おまえはまるでガキだな。お子さまだ」
「お子さまって言うな!」
なんか、久々だな、この会話。つい笑ってしまうピエッチェだ。
「子どもだって言われるのがイヤなら大人の振る舞いをしろって教えただろう? 判っている危険は回避する。あるいは備える。それが大人のすることだ。考えも対処もなしに突っ込めばお子さまって言われるさ」
「無謀って言いたいのかもしれないけど、わたしは大丈夫なんだってば」
「何を根拠に言うのやら?」
「だいたい、毛布がずれたらロープなんかすっぽ抜ける。命綱の意味がない。わたしが穴に落ちたら、どう助ける?」
「胴体に巻き付けるだけじゃなく、上肢下肢を通すから抜けない」
「下肢……? 股間を通す? そんなのヤだ! 絶対ヤダ!! お願いだから、それだけはやめて」
ピエッチェの提案はかなりショックだったようだ。泣き出しそうなクルテに怯むピエッチェ、やり過ぎたかと気が引ける。マデルも『その気持ちは判る』と同調気味、様子を見ていたカッチーは真っ赤になってソッポを向いた。
「もういい、好きにしろ」
姿を消せるコイツには元から必要ないと思っているピエッチェだ。が、そうも言えず人間扱いしてみた。マデルとカッチーの手前だ。でも、もういいだろう。呆れたふりをして毛布を使うのを免除した。そもそもピエッチェは毛布を使わない。マデルの保護術が効力を発揮したからだ。
クルテにはどんなにマデルが頑張っても魔法が掛からなかった。
「あなた、耐魔法を使ってる?」
マデルの問いに、
「なにそれ? 判らない……でも、無意識に使ってるかも。きっとそう、多分そう」
惚けるクルテ、保護術は魔物に効かないとピエッチェは知っていた。そして考えた。魔法が効かないのはクルテが魔物だからだと、マデルも考えるんじゃないか? 何か手を打たないと、クルテの正体にマデルがまた気付いてしまう。
だから毛布を使えとクルテに強要し、嫌がるのが判っていながらいろいろと言ってみた。頭の中にクルテが苦情を言ってきたがそれは無視した。『黙れ』とクルテが怒鳴ることはなかった。自分も頭痛を経験して反省したらしく、クルテがピエッチェの頭の中で大声を出すことはなくなっていた。
革の細い帯を腰に巻き付ける。襷のように繋げた肩帯もある。さらにピエッチェには跨ぐように二本の帯を追加した。腰の後ろにはロープの先端を輪にして噛ませる金具を付けた。
身支度を終えると、カッチーにロープを引っ張らせて強度を確認した。
「充分だな」
顔を顰めてピエッチェが言った。多少の痛みは当然のことだ。許容範囲だと思った。
クルテのほうはピエッチェが点検するだけにした。思い切り引っ張っても、きっとクルテはびくともしない。それではマデルに怪しまれそうだし、もしよろけたとしてもそれはそれで面白くない。なんで面白くないんだろう? 不思議な気分だったが深く考えはしなかった。
ロープの根元にそれぞれの名を書いた布を提げる。間違いがないか確かめて、
「行くか?」
とピエッチェがクルテを見る。
「うん、行こう」
足元に置いてあった予備のロープをクルテが重そうに持ち上げた。身体に付けたロープが終わったら繋げて長さを出し、さらに森の奥へと進む計画だ。
自分の分を持つと、持った時は重かったのが途端に軽くなり『やっぱりな』とピエッチェが思う。クルテの魔法、森の聖堂の女神像に使ったのと同じ魔法だ。
「さすがピエッチェさん。軽々持ち上げましたね」
カッチーの声に後ろめたさを感じながら
「あとは頼んだよ」
言い置いて、コテージの敷地を囲う柵に向かった。そこを乗り越えて森に入ることにしていた。
柵を乗り越えるとき、チラリとコテージの方を見たピエッチェに、先に乗り越え終わったクルテが小声で言った。
「大丈夫。マデルとカッチーのことはリュネに任せてきた」
「リュネに?」
「万が一、魔物がコテージを襲ったらリュネが二人を守る。強引に背中に乗せて安全な場所まで走り抜けって言っておいた」
「コテージが襲われることがある?」
「地面は繋がっている。向こうがその気になれば、どこにでも行けるはずだ」
「だとしたら、危険なのはマデルとカッチーだけじゃないぞ?」
柵の向こうに足をつけてピエッチェがクルテを真面目な顔で見る。地に足がついているのに気持ちは覚束ない。
「それを言ったらきりがないし、そうならないようわたしたちが動いている――とりあえず、今一番危ないのはわたしとおまえを除けば、マデルとカッチー。根拠はロープで繋がっているから」
「敵がロープの存在に気が付いて、俺たちの中でも弱者を狙う?」
「随分と察しが良くなった――さて、どちらに進もうか?」
灌木の茂みを抜けて森に入り見渡した。木漏れ日で思っていたより明るい。ところどころに雑草が生い茂っていたり灌木が生えていたりするのは、他より日当たりがいい、つまり上部に枝がたまたま伸びて来なかった場所なのだろう。
「落葉樹ばかりだな」
ピエッチェの呟きに、
「お陰で地面はフカフカ、穴を隠すのも簡単そうだ」
クルテがニマッとする。
「土が柔らかければ埋めるのも簡単」
「人力ならそうかもしれないけど、魔法だったら関係ないんじゃ?」
「魔法だって、使う魔力を軽減できる」
「犯人は魔物か魔法使いか、どっちだと考えてる?」
「きっと魔法使い。魔物なら、捕らえた相手を選別しない」
「グレイズの女房は選別に洩れたか?」
「どうだろう? 選ばれたのか選ばれなかったのか、どっちなのかは敵に訊かなきゃ判らない」
「で、どう動く?」
「そうだな……まずはロープの長さギリギリまで真っ直ぐ行ってみよう。それから、右に行くか、左に行くか」
「長さギリギリってのは二本を繋げて?」
「うん。おまえとわたしの距離は両手を横に広げて二人分でいいかな?」
「それだと間に木が入る。何かあった時、邪魔されて駈け寄れない」
ピエッチェの心配にクルテがクスッと笑う。
「そうだね。予定とは違うけど、手を繋いでいこう。やっぱりその方が安心だ」
安心するのは俺か、クルテか?
「だけど、やっぱり手を繋ぐのは無理だ」
ピエッチェが苦笑する。ロープは巻いて肩にかけてきた。それを繰りださなければ前に進めない。
「そばに居るだけでいい。同じ道を進もう。ここに道はないけどね」
クルテがピエッチェを見上げて微笑んだ――
ロープを繰り出しながらの前進だから、速度は遅い。しかもクルテは時どき立ち止まり、チョッチョと鳥の鳴き真似をする。鳥から何か情報を得ようとしているのだろう。ピエッチェは何も言わずにいた。
最初のロープは腰の金具に結ぶとき、端を長めに取っておいた。まず、二本目のロープをそこに結んでから、最初のロープを金具から外す。付け替えている途中で穴が出現した場合を考えての用心だ。二本目のロープの先端は、コテージを出るとき金具に結んでおいた。
二人ともロープを追加し、抜かりがないか点検していた時だった。
「ん?」
クルテが不意に顔を上げた。
「何かがこちらに向かって来ている」
「鳥が報せて来たか?」
「鳥はさっき、ヘンなヤツが森に入って消えたと言っていた」
「そいつがこっちに向かってる?」
「同一かは判らない。近づいてくるのは地面の中、でも、穴を掘る音はしない。気配だけをひしひしと感じる。ピエッチェ! すぐそこまで来た!」
クルテが小声で叫び、ピエッチェが身構える。
「止まった……向こうもこちらを窺っている。あの楢の木の向こうあたりだ」
クルテが楢の木を睨みながら言った。睨みつけているのは楢の木じゃなく、その後ろか? 確かに……何か居る。地面の中で蠢いている。だけどクルテ、あれは魔法使いじゃない。明らかに魔物だ。
「おまえの予測が外れたな」
「魔物の気配を感じるか?」
「あぁ、あれは魔物だ」
するとクルテがクスリと笑った。
「魔物を操る魔法使いが居ることは知っているな?」
「なるほど。あの魔物は魔法使いに操られていると、おまえは言うんだな?」
「そんなの、まだ判らない。そんなこともあるかなと思っただけ」
「ふうん。多分、とは言わないんだな」
「おまえ、思ったより余裕がありそうだ」
「大した魔力を感じない。あの魔物だけなら楽勝だ」
「お手並み拝見と行きたいところだが、果たしてそんなに簡単に行くかな?」
そんな話をしながら、二本目のロープを繰り出して動きやすいよう余裕を持たせていた。こうなるとこのロープ、自分たちの動きを封じることにもなっている。少なくとも、二本のロープが絡み合うことのないよう考えて動かないと拙いことになりそうだ。二本目を繋げる前に出てくれたらよかったのに……
もし引っ張ることになったとしたら、マデルとカッチーは空のロープを長く引いた後、やっと手応えを感じることになる。スルスルと呆気なく送られるロープに、きっと不安感を抱くだろう。
(大丈夫。もしもの時はわたしのロープを躊躇することなく切れ。わたしは姿を消せばなんとでもなるって忘れるな)
頭の中でクルテの声がした。それとほぼ同時だ。
「来るぞ!」
ピエッチェが叫ぶ。
楢の木の向こうで放たれた強い殺気、ザン! と聞こえる大きな音、そして――
最初にしたのはロープの準備、残り三本のロープも焚き場に運んだ。角に毛布を当て、扉と窓にロープを渡してしっかりと結ぶ。引っ張る時のことを考えて、結び目の一本は扉側、もう一本は窓側にした。
カッチーに手伝わせたからか、思っていたよりも作業がスムーズに進む。もともと身体を動かすのを億劫がることのないカッチー、じっと動かず本を読むのも好きだが動くのも好きだ。この時もピエッチェの指示を的確に理解してはシャキシャキと動き回り、思いつけば提案もしてくる。丈夫な身体に恵まれ、頭も悪くない。指先も割と器用だ。それを見抜いていたからこそクルテはカッチーを選んだのだろうか?
揉めたのはロープの反対側を身体に括り付ける時だ。原因はクルテ、駄々をこね始めた。
「毛布なんかヤだ! 腹に巻き付けたら動きづらい。それだけで疲れる。そんなの要らない。絶対に巻いたりしない!」
嫌がるクルテ、ピエッチェとマデルが、
「動き易さより、身体を守るのが優先」
と主張する。
「どうしてもイヤだというなら、クルテの代わりにカッチーを連れて行く」
「ヤだ! ダメ! ピエッチェと一緒に行く」
「まったく、おまえはまるでガキだな。お子さまだ」
「お子さまって言うな!」
なんか、久々だな、この会話。つい笑ってしまうピエッチェだ。
「子どもだって言われるのがイヤなら大人の振る舞いをしろって教えただろう? 判っている危険は回避する。あるいは備える。それが大人のすることだ。考えも対処もなしに突っ込めばお子さまって言われるさ」
「無謀って言いたいのかもしれないけど、わたしは大丈夫なんだってば」
「何を根拠に言うのやら?」
「だいたい、毛布がずれたらロープなんかすっぽ抜ける。命綱の意味がない。わたしが穴に落ちたら、どう助ける?」
「胴体に巻き付けるだけじゃなく、上肢下肢を通すから抜けない」
「下肢……? 股間を通す? そんなのヤだ! 絶対ヤダ!! お願いだから、それだけはやめて」
ピエッチェの提案はかなりショックだったようだ。泣き出しそうなクルテに怯むピエッチェ、やり過ぎたかと気が引ける。マデルも『その気持ちは判る』と同調気味、様子を見ていたカッチーは真っ赤になってソッポを向いた。
「もういい、好きにしろ」
姿を消せるコイツには元から必要ないと思っているピエッチェだ。が、そうも言えず人間扱いしてみた。マデルとカッチーの手前だ。でも、もういいだろう。呆れたふりをして毛布を使うのを免除した。そもそもピエッチェは毛布を使わない。マデルの保護術が効力を発揮したからだ。
クルテにはどんなにマデルが頑張っても魔法が掛からなかった。
「あなた、耐魔法を使ってる?」
マデルの問いに、
「なにそれ? 判らない……でも、無意識に使ってるかも。きっとそう、多分そう」
惚けるクルテ、保護術は魔物に効かないとピエッチェは知っていた。そして考えた。魔法が効かないのはクルテが魔物だからだと、マデルも考えるんじゃないか? 何か手を打たないと、クルテの正体にマデルがまた気付いてしまう。
だから毛布を使えとクルテに強要し、嫌がるのが判っていながらいろいろと言ってみた。頭の中にクルテが苦情を言ってきたがそれは無視した。『黙れ』とクルテが怒鳴ることはなかった。自分も頭痛を経験して反省したらしく、クルテがピエッチェの頭の中で大声を出すことはなくなっていた。
革の細い帯を腰に巻き付ける。襷のように繋げた肩帯もある。さらにピエッチェには跨ぐように二本の帯を追加した。腰の後ろにはロープの先端を輪にして噛ませる金具を付けた。
身支度を終えると、カッチーにロープを引っ張らせて強度を確認した。
「充分だな」
顔を顰めてピエッチェが言った。多少の痛みは当然のことだ。許容範囲だと思った。
クルテのほうはピエッチェが点検するだけにした。思い切り引っ張っても、きっとクルテはびくともしない。それではマデルに怪しまれそうだし、もしよろけたとしてもそれはそれで面白くない。なんで面白くないんだろう? 不思議な気分だったが深く考えはしなかった。
ロープの根元にそれぞれの名を書いた布を提げる。間違いがないか確かめて、
「行くか?」
とピエッチェがクルテを見る。
「うん、行こう」
足元に置いてあった予備のロープをクルテが重そうに持ち上げた。身体に付けたロープが終わったら繋げて長さを出し、さらに森の奥へと進む計画だ。
自分の分を持つと、持った時は重かったのが途端に軽くなり『やっぱりな』とピエッチェが思う。クルテの魔法、森の聖堂の女神像に使ったのと同じ魔法だ。
「さすがピエッチェさん。軽々持ち上げましたね」
カッチーの声に後ろめたさを感じながら
「あとは頼んだよ」
言い置いて、コテージの敷地を囲う柵に向かった。そこを乗り越えて森に入ることにしていた。
柵を乗り越えるとき、チラリとコテージの方を見たピエッチェに、先に乗り越え終わったクルテが小声で言った。
「大丈夫。マデルとカッチーのことはリュネに任せてきた」
「リュネに?」
「万が一、魔物がコテージを襲ったらリュネが二人を守る。強引に背中に乗せて安全な場所まで走り抜けって言っておいた」
「コテージが襲われることがある?」
「地面は繋がっている。向こうがその気になれば、どこにでも行けるはずだ」
「だとしたら、危険なのはマデルとカッチーだけじゃないぞ?」
柵の向こうに足をつけてピエッチェがクルテを真面目な顔で見る。地に足がついているのに気持ちは覚束ない。
「それを言ったらきりがないし、そうならないようわたしたちが動いている――とりあえず、今一番危ないのはわたしとおまえを除けば、マデルとカッチー。根拠はロープで繋がっているから」
「敵がロープの存在に気が付いて、俺たちの中でも弱者を狙う?」
「随分と察しが良くなった――さて、どちらに進もうか?」
灌木の茂みを抜けて森に入り見渡した。木漏れ日で思っていたより明るい。ところどころに雑草が生い茂っていたり灌木が生えていたりするのは、他より日当たりがいい、つまり上部に枝がたまたま伸びて来なかった場所なのだろう。
「落葉樹ばかりだな」
ピエッチェの呟きに、
「お陰で地面はフカフカ、穴を隠すのも簡単そうだ」
クルテがニマッとする。
「土が柔らかければ埋めるのも簡単」
「人力ならそうかもしれないけど、魔法だったら関係ないんじゃ?」
「魔法だって、使う魔力を軽減できる」
「犯人は魔物か魔法使いか、どっちだと考えてる?」
「きっと魔法使い。魔物なら、捕らえた相手を選別しない」
「グレイズの女房は選別に洩れたか?」
「どうだろう? 選ばれたのか選ばれなかったのか、どっちなのかは敵に訊かなきゃ判らない」
「で、どう動く?」
「そうだな……まずはロープの長さギリギリまで真っ直ぐ行ってみよう。それから、右に行くか、左に行くか」
「長さギリギリってのは二本を繋げて?」
「うん。おまえとわたしの距離は両手を横に広げて二人分でいいかな?」
「それだと間に木が入る。何かあった時、邪魔されて駈け寄れない」
ピエッチェの心配にクルテがクスッと笑う。
「そうだね。予定とは違うけど、手を繋いでいこう。やっぱりその方が安心だ」
安心するのは俺か、クルテか?
「だけど、やっぱり手を繋ぐのは無理だ」
ピエッチェが苦笑する。ロープは巻いて肩にかけてきた。それを繰りださなければ前に進めない。
「そばに居るだけでいい。同じ道を進もう。ここに道はないけどね」
クルテがピエッチェを見上げて微笑んだ――
ロープを繰り出しながらの前進だから、速度は遅い。しかもクルテは時どき立ち止まり、チョッチョと鳥の鳴き真似をする。鳥から何か情報を得ようとしているのだろう。ピエッチェは何も言わずにいた。
最初のロープは腰の金具に結ぶとき、端を長めに取っておいた。まず、二本目のロープをそこに結んでから、最初のロープを金具から外す。付け替えている途中で穴が出現した場合を考えての用心だ。二本目のロープの先端は、コテージを出るとき金具に結んでおいた。
二人ともロープを追加し、抜かりがないか点検していた時だった。
「ん?」
クルテが不意に顔を上げた。
「何かがこちらに向かって来ている」
「鳥が報せて来たか?」
「鳥はさっき、ヘンなヤツが森に入って消えたと言っていた」
「そいつがこっちに向かってる?」
「同一かは判らない。近づいてくるのは地面の中、でも、穴を掘る音はしない。気配だけをひしひしと感じる。ピエッチェ! すぐそこまで来た!」
クルテが小声で叫び、ピエッチェが身構える。
「止まった……向こうもこちらを窺っている。あの楢の木の向こうあたりだ」
クルテが楢の木を睨みながら言った。睨みつけているのは楢の木じゃなく、その後ろか? 確かに……何か居る。地面の中で蠢いている。だけどクルテ、あれは魔法使いじゃない。明らかに魔物だ。
「おまえの予測が外れたな」
「魔物の気配を感じるか?」
「あぁ、あれは魔物だ」
するとクルテがクスリと笑った。
「魔物を操る魔法使いが居ることは知っているな?」
「なるほど。あの魔物は魔法使いに操られていると、おまえは言うんだな?」
「そんなの、まだ判らない。そんなこともあるかなと思っただけ」
「ふうん。多分、とは言わないんだな」
「おまえ、思ったより余裕がありそうだ」
「大した魔力を感じない。あの魔物だけなら楽勝だ」
「お手並み拝見と行きたいところだが、果たしてそんなに簡単に行くかな?」
そんな話をしながら、二本目のロープを繰り出して動きやすいよう余裕を持たせていた。こうなるとこのロープ、自分たちの動きを封じることにもなっている。少なくとも、二本のロープが絡み合うことのないよう考えて動かないと拙いことになりそうだ。二本目を繋げる前に出てくれたらよかったのに……
もし引っ張ることになったとしたら、マデルとカッチーは空のロープを長く引いた後、やっと手応えを感じることになる。スルスルと呆気なく送られるロープに、きっと不安感を抱くだろう。
(大丈夫。もしもの時はわたしのロープを躊躇することなく切れ。わたしは姿を消せばなんとでもなるって忘れるな)
頭の中でクルテの声がした。それとほぼ同時だ。
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