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9章 女神の約束
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居間に行くとマデルとカッチーが待っていた。
「鍵をしないで出かけるわけにはいかないから」
ピエッチェとクルテを残して出かけられないってことだ。
錠前屋に行ってくると言うカッチーに、マデルが一緒に行くと言った。そのあとマデルと別れ、一人で行きたいところがあるらしい。
「デートしようと思ってたのにフラれちゃった」
マデルは笑うがピエッチェが心配する。
「一人でどこに行く? ババロフのところは夕食の配膳が終わる頃って言われたんだよな?」
昨夜、鍵を貰いに行ったついでにカッチーはババロフの都合を聞いていた。
「それはピエッチェさんにも内緒です。心配しないでください、村の中は隅から隅まで良く知ってますから」
「だが、騎士病が納まってからは――」
いい募ろうとするピエッチェを止めたのはクルテだ。
「今日は休暇。カッチーの好きにすればいい」
とピエッチェを見上げてニッコリ笑んだ。同時に
(母親の墓参り)
頭の中にクルテの声がした。
「それもそうだな……待ち合わせを忘れるなよ」
渋々を装って承諾するピエッチェ、マデルが笑って茶化す。
「ピエッチェを説得したいときはクルテを味方にしようっと」
屋敷の前で二人と別れ、コゲゼリテの大通りを行く。
「マデル、本当はわたしと一緒に来たかった」
ポツリとクルテが言った。
「でも、ピエッチェに遠慮した」
「珍しいな、おまえが俺をピエッチェって呼ぶなんて」
「マデルとカッチーが居ないからって油断するな。いつも通りの呼び方を誰かに聞かれるのは拙い。この村でわたしたちは顔が知られている――ピエって呼んでいいならそうする」
「イヤだね、絶対ダメ」
最初に入ったのはカッチーに教わった店だ。カッチーが言うにはコゲゼリテで一番古い服屋らしい。中年の女が一人で店番をしていた。
「いらっしゃいませ。今日は何をお求めで?」
「コイツの服が欲しい。用意できるか?」
「もちろんですとも。男性用女性用、どちらも揃えております――あら、こちらはお嬢さまなんですね。大人っぽいのがいいのかしら? それとも可愛らしいのが?」
思いっきり愛想笑いをする店番、ピエッチェからクルテに視線を移すと、今度は愛想笑いに本気の微笑みが少し混ざった。
「夏の普段着が欲しいんだけど、わたしに似合いそうなものはありますか?」
「お嬢さまならどんなドレスもお似合いになりますよ――ねぇ? そうお思いになるでしょ?」
ピエッチェに話を振った店番が、ハッと表情を変えてピエッチェをマジマジと見た。
「あら? どこかで会ったことがあるような?」
それから今度はクルテをじっくりと見た。
「まぁ! お二人は! 魔物を退治してこの村を救ってくださった……えっと、英雄ピエッチェさまとクルテさま!」
人違いだと言いたいが、言っても無駄だ。どうせ二人とカッチーが村に来ていることはすぐ知れ渡る。
「それにしてもクルテさまは女性だったんですね。ピエッチェさまとはご夫婦ってことですか?」
「んー……服を見に来たんだけど?」
苦笑するクルテ、慌てて店番が取り繕う。
「あ、そうでした。失礼いたしました――でき得る限りのサービスをさせていただきます。お気に召すものがあるといいんですけど……こちらなどいかがでしょう?」
店番が次から次へと出してくる服をクルテはうんともすんとも言わずただ眺めている。結局、一着も買わずに店を出た。別の店でもおおよそ同じようなことの繰り返しだった。
クルテがやっと買う気になったのは五軒目、二人が入店しても店番はチラリと見ただけで何も言わず、読んでいた本に目を戻し続きを読み始めた。今までと違って不愛想な店番、売る気がないのかもしれない。
ピエッチェは居心地の悪さを感じたがクルテは気にすることもなく店内を歩き回ってはラックに掛けられた服を手に取って眺めている。時には身体に当てて、店に置かれた姿見を覗き込んだりし始めた。でも大抵はラックに戻してしまう。
クルテはそうして服を選びながら、姿見を覗き込んだあと振り返って不安そうにピエッチェを見ることがあった。居なくなったりしないから安心しろ、心の中でピエッチェが思う。するとクルテはニッコリして、そのとき手にしていた服はラックに戻さなかった。
ラックに戻さなかった服を持って行くと、やっと
「いらっしゃいませ」
と店番の声が聞こえた。
「ご試着ですか?」
「いいえ、代金がいくらになるか計算して。全部いただきます」
「へっ?」
どうやら冷やかしだと思われていたらしい。
「これ、全部? 本当に?――いや、うちは古着屋だよ? あんたたち貴族さまがお召しになるような服じゃないよ?」
なるほど、それで一目見ただけで無視を決め込んでいたか。
「貴族には売ってやらないとでも?」
クルテがニッコリ嫌味を言った。
「そんな! 滅相もない。すぐにお包みします」
店番は大慌てで、クルテが持って行った服を確かめ始めた。
「代金はこちらになりますが、よろしいでしょうか?」
店番が出したメモをチラリと見ると赤い革袋を出したクルテ、いくらかの金を銭皿に乗せてから尋ねた。
「あなたはコゲゼリテ生まれなのかしら?」
「えっと……ちょうどですね。ありがとうございます――いえ、こちらに来て半月ほどです。もともと古着の仲買人をしてたんですが、この店の娘と縁づきまして」
「あら、お婿さん? 奥さまはお店には出ないのかしら?」
「それが……」
少しばかり店番が赤くなる。
「妻は悪阻が酷くって臥せってます。舅姑は店はおまえに任せると言って仕立ての仕事に精を出しています」
半月前に縁づいて、もう悪阻? 計算が合わないが、まぁいいか? 思わずニヤけるピエッチェだ。
「仕立屋ってことはこのお店、以前は古着屋じゃなかった?」
「いいえ古着屋で、仕立物は他のお店に頼まれた時だけなんです。もっともこの店は儲かってないんですけどね」
「コゲゼリテの住み心地はいかが?」
「田舎はどこもこんなもんでしょうよ――お客さん、この村は初めて?」
「二度目なんだけど、前に来た時は温泉も枯れてて、誰も居なくって。凄く賑やかになりましたね」
「じゃあ、まだ英雄さまが魔物を退治する前にいらしたんですね。そうなんです、魔物のせいで壊滅状態、ここまで復興できたのはすべて英雄さまのお陰――俺の女房も英雄さまのお働きで村に帰って来れたらしいです。俺が所帯を持てたのも子を授かれるのも英雄さまのお陰なんです……大浴場はご利用になりましたか?」
「今日、これから行こうと思ってるんです。正午にならないと開かないそうですね。日の入りには締まるそうだし。もっと長く営業してたらいいのに」
「それがそうもいかないらしいんです。俺は新参だから詳しい話は聞けないけど、いろいろと不都合が有るらしいです」
「ちょっと小耳に挟んだんだけど、女神の娘の像が夜になると歩き回るって本当?」
すると店番が笑いだす。
「そんな噂があるようですね。でも、像が歩くわけありませんって。朝になると昨夜とは違う場所にあるだなんて、きっと悪ガキの悪戯です。夜中にこっそり忍び込みでもして、置き場所を変えてるんです」
「そうなのね。よかったわ、ちょっと怖いなって思ってたの。これで安心して温泉を楽しめるわ」
包んで貰った服を持って店を出る。もちろんピエッチェが荷物持ちだ。
「なんで古着にしたんだ?」
ピエッチェの問いに、クルテがニヤリとする。
「浪費や贅沢はどうかと思うけど、倹約のし過ぎも考え物だ?」
「え、あぁ、まぁ、そう言うことだ」
「服なんか、着れりゃあいいんじゃないの?」
「あん?」
なんだよ、俺への当てこすりかよっ!?
ムッとするピエッチェ、クルテはクスクス笑っている。
「古着でも、似合うからいい」
「自分で似合うって普通は言わないぞ?」
「似合うって思ったのはピエッチェ。鏡で映してるのを見てたよね」
秘魔に嘘を吐くのは無理、心を読むなと言うのも無理だ。判ってる、俺が『いいじゃないか』と思った服ばかりクルテは選んでいた。気が付いていたけれど、でもなんだか、やっぱりムカつく。
こんな時、何を着ても似合うよ、とか言えればマデルの受けもいいんだろう。だけどそんなことを言えば自分自身が軽薄になった気がする。
「服は着ていく場所に合わせればいい。周囲から浮かなければ、それが一番だ」
「そうなの? 少しは目立ったほうがよくない?」
「服で目立つより存在で目立つようになれ」
「それって努力義務?」
「なんだよ、それ」
「わたしにそうなれって言ってる?」
「そんなつもりはないよ――」
俺はおまえに満足してる、そう言いかけて言葉を止める。満足してる面もあれば、そうじゃない面もある。でも、そうじゃない面も不満と言うわけじゃないし、いったいどんなところに満足していないのか、自分でも判らない。
「じゃあ、自分にそう言い聞かせてる?」
「うーーん、そうなのかな? そうかもしれないね」
「真似するの禁止!」
怒ったふりのクルテ、ニヤニヤ笑っている。
正午にはまだ少し時間があった。いったん戻ってクルテの服を置いてくるかと迷う。が、鍵はカッチーが持っている一本だけだ。休憩することにしてサロンを覗く。
「あ……マデルだ」
「アイツ、お茶が好きだなぁ」
四人掛けの席に一人で座っているマデル、サロンに入ってきたピエッチェとクルテにすぐ気が付いて微笑むと片手をあげた。
「なによぉ、わたしに会いたくなっちゃった?」
「会いたかったよ、マデル」
クルテとマデルのじゃれ合いにピエッチェが苦笑する。
「それにしてもピエッチェ、買い物してきたの? 随分な荷物ね」
「クルテの服を……何着だったっけ?」
服屋ではボケッと見ていただけのピエッチェ、何着買ったかまでは判らない。
ニマっと笑ってクルテがマデルに言った。
「五着買った」
「クルテの服? 男物? 女物?」
「女物の夏服」
「じゃあさ、せっかくだから着替えに帰ろう」
「だってマデル、鍵は?」
「なんのためにカッチーと一緒に錠前屋に行ったと思ってるのよ?」
合鍵を作って預かってきたらしい。
大浴場は男女別、さすがのクルテも『ピエッチェと一緒じゃなきゃイヤだ』などと言えない。女湯に入ることになるのだから服も女物のほうがよさそうだ。給仕係が持って来たばかりの熱いお茶を慌てて飲み干して、カッチーの家に向かった。
客間で着替えてくると言うクルテにマデルもついていく。『なんで古着ばっかり?』と、選んだのはクルテなのにマデルはきっと俺に文句を言うだろうな、なんて思いながら居間で待っていると思ったよりも早く二人が戻ってきた。
「やっぱりクルテ、女の子の服のほうが似合うわよね」
マデルがニンマリと、自慢げに言った。
似合っているからか? クルテ、おまえ、また綺麗になったな……
「鍵をしないで出かけるわけにはいかないから」
ピエッチェとクルテを残して出かけられないってことだ。
錠前屋に行ってくると言うカッチーに、マデルが一緒に行くと言った。そのあとマデルと別れ、一人で行きたいところがあるらしい。
「デートしようと思ってたのにフラれちゃった」
マデルは笑うがピエッチェが心配する。
「一人でどこに行く? ババロフのところは夕食の配膳が終わる頃って言われたんだよな?」
昨夜、鍵を貰いに行ったついでにカッチーはババロフの都合を聞いていた。
「それはピエッチェさんにも内緒です。心配しないでください、村の中は隅から隅まで良く知ってますから」
「だが、騎士病が納まってからは――」
いい募ろうとするピエッチェを止めたのはクルテだ。
「今日は休暇。カッチーの好きにすればいい」
とピエッチェを見上げてニッコリ笑んだ。同時に
(母親の墓参り)
頭の中にクルテの声がした。
「それもそうだな……待ち合わせを忘れるなよ」
渋々を装って承諾するピエッチェ、マデルが笑って茶化す。
「ピエッチェを説得したいときはクルテを味方にしようっと」
屋敷の前で二人と別れ、コゲゼリテの大通りを行く。
「マデル、本当はわたしと一緒に来たかった」
ポツリとクルテが言った。
「でも、ピエッチェに遠慮した」
「珍しいな、おまえが俺をピエッチェって呼ぶなんて」
「マデルとカッチーが居ないからって油断するな。いつも通りの呼び方を誰かに聞かれるのは拙い。この村でわたしたちは顔が知られている――ピエって呼んでいいならそうする」
「イヤだね、絶対ダメ」
最初に入ったのはカッチーに教わった店だ。カッチーが言うにはコゲゼリテで一番古い服屋らしい。中年の女が一人で店番をしていた。
「いらっしゃいませ。今日は何をお求めで?」
「コイツの服が欲しい。用意できるか?」
「もちろんですとも。男性用女性用、どちらも揃えております――あら、こちらはお嬢さまなんですね。大人っぽいのがいいのかしら? それとも可愛らしいのが?」
思いっきり愛想笑いをする店番、ピエッチェからクルテに視線を移すと、今度は愛想笑いに本気の微笑みが少し混ざった。
「夏の普段着が欲しいんだけど、わたしに似合いそうなものはありますか?」
「お嬢さまならどんなドレスもお似合いになりますよ――ねぇ? そうお思いになるでしょ?」
ピエッチェに話を振った店番が、ハッと表情を変えてピエッチェをマジマジと見た。
「あら? どこかで会ったことがあるような?」
それから今度はクルテをじっくりと見た。
「まぁ! お二人は! 魔物を退治してこの村を救ってくださった……えっと、英雄ピエッチェさまとクルテさま!」
人違いだと言いたいが、言っても無駄だ。どうせ二人とカッチーが村に来ていることはすぐ知れ渡る。
「それにしてもクルテさまは女性だったんですね。ピエッチェさまとはご夫婦ってことですか?」
「んー……服を見に来たんだけど?」
苦笑するクルテ、慌てて店番が取り繕う。
「あ、そうでした。失礼いたしました――でき得る限りのサービスをさせていただきます。お気に召すものがあるといいんですけど……こちらなどいかがでしょう?」
店番が次から次へと出してくる服をクルテはうんともすんとも言わずただ眺めている。結局、一着も買わずに店を出た。別の店でもおおよそ同じようなことの繰り返しだった。
クルテがやっと買う気になったのは五軒目、二人が入店しても店番はチラリと見ただけで何も言わず、読んでいた本に目を戻し続きを読み始めた。今までと違って不愛想な店番、売る気がないのかもしれない。
ピエッチェは居心地の悪さを感じたがクルテは気にすることもなく店内を歩き回ってはラックに掛けられた服を手に取って眺めている。時には身体に当てて、店に置かれた姿見を覗き込んだりし始めた。でも大抵はラックに戻してしまう。
クルテはそうして服を選びながら、姿見を覗き込んだあと振り返って不安そうにピエッチェを見ることがあった。居なくなったりしないから安心しろ、心の中でピエッチェが思う。するとクルテはニッコリして、そのとき手にしていた服はラックに戻さなかった。
ラックに戻さなかった服を持って行くと、やっと
「いらっしゃいませ」
と店番の声が聞こえた。
「ご試着ですか?」
「いいえ、代金がいくらになるか計算して。全部いただきます」
「へっ?」
どうやら冷やかしだと思われていたらしい。
「これ、全部? 本当に?――いや、うちは古着屋だよ? あんたたち貴族さまがお召しになるような服じゃないよ?」
なるほど、それで一目見ただけで無視を決め込んでいたか。
「貴族には売ってやらないとでも?」
クルテがニッコリ嫌味を言った。
「そんな! 滅相もない。すぐにお包みします」
店番は大慌てで、クルテが持って行った服を確かめ始めた。
「代金はこちらになりますが、よろしいでしょうか?」
店番が出したメモをチラリと見ると赤い革袋を出したクルテ、いくらかの金を銭皿に乗せてから尋ねた。
「あなたはコゲゼリテ生まれなのかしら?」
「えっと……ちょうどですね。ありがとうございます――いえ、こちらに来て半月ほどです。もともと古着の仲買人をしてたんですが、この店の娘と縁づきまして」
「あら、お婿さん? 奥さまはお店には出ないのかしら?」
「それが……」
少しばかり店番が赤くなる。
「妻は悪阻が酷くって臥せってます。舅姑は店はおまえに任せると言って仕立ての仕事に精を出しています」
半月前に縁づいて、もう悪阻? 計算が合わないが、まぁいいか? 思わずニヤけるピエッチェだ。
「仕立屋ってことはこのお店、以前は古着屋じゃなかった?」
「いいえ古着屋で、仕立物は他のお店に頼まれた時だけなんです。もっともこの店は儲かってないんですけどね」
「コゲゼリテの住み心地はいかが?」
「田舎はどこもこんなもんでしょうよ――お客さん、この村は初めて?」
「二度目なんだけど、前に来た時は温泉も枯れてて、誰も居なくって。凄く賑やかになりましたね」
「じゃあ、まだ英雄さまが魔物を退治する前にいらしたんですね。そうなんです、魔物のせいで壊滅状態、ここまで復興できたのはすべて英雄さまのお陰――俺の女房も英雄さまのお働きで村に帰って来れたらしいです。俺が所帯を持てたのも子を授かれるのも英雄さまのお陰なんです……大浴場はご利用になりましたか?」
「今日、これから行こうと思ってるんです。正午にならないと開かないそうですね。日の入りには締まるそうだし。もっと長く営業してたらいいのに」
「それがそうもいかないらしいんです。俺は新参だから詳しい話は聞けないけど、いろいろと不都合が有るらしいです」
「ちょっと小耳に挟んだんだけど、女神の娘の像が夜になると歩き回るって本当?」
すると店番が笑いだす。
「そんな噂があるようですね。でも、像が歩くわけありませんって。朝になると昨夜とは違う場所にあるだなんて、きっと悪ガキの悪戯です。夜中にこっそり忍び込みでもして、置き場所を変えてるんです」
「そうなのね。よかったわ、ちょっと怖いなって思ってたの。これで安心して温泉を楽しめるわ」
包んで貰った服を持って店を出る。もちろんピエッチェが荷物持ちだ。
「なんで古着にしたんだ?」
ピエッチェの問いに、クルテがニヤリとする。
「浪費や贅沢はどうかと思うけど、倹約のし過ぎも考え物だ?」
「え、あぁ、まぁ、そう言うことだ」
「服なんか、着れりゃあいいんじゃないの?」
「あん?」
なんだよ、俺への当てこすりかよっ!?
ムッとするピエッチェ、クルテはクスクス笑っている。
「古着でも、似合うからいい」
「自分で似合うって普通は言わないぞ?」
「似合うって思ったのはピエッチェ。鏡で映してるのを見てたよね」
秘魔に嘘を吐くのは無理、心を読むなと言うのも無理だ。判ってる、俺が『いいじゃないか』と思った服ばかりクルテは選んでいた。気が付いていたけれど、でもなんだか、やっぱりムカつく。
こんな時、何を着ても似合うよ、とか言えればマデルの受けもいいんだろう。だけどそんなことを言えば自分自身が軽薄になった気がする。
「服は着ていく場所に合わせればいい。周囲から浮かなければ、それが一番だ」
「そうなの? 少しは目立ったほうがよくない?」
「服で目立つより存在で目立つようになれ」
「それって努力義務?」
「なんだよ、それ」
「わたしにそうなれって言ってる?」
「そんなつもりはないよ――」
俺はおまえに満足してる、そう言いかけて言葉を止める。満足してる面もあれば、そうじゃない面もある。でも、そうじゃない面も不満と言うわけじゃないし、いったいどんなところに満足していないのか、自分でも判らない。
「じゃあ、自分にそう言い聞かせてる?」
「うーーん、そうなのかな? そうかもしれないね」
「真似するの禁止!」
怒ったふりのクルテ、ニヤニヤ笑っている。
正午にはまだ少し時間があった。いったん戻ってクルテの服を置いてくるかと迷う。が、鍵はカッチーが持っている一本だけだ。休憩することにしてサロンを覗く。
「あ……マデルだ」
「アイツ、お茶が好きだなぁ」
四人掛けの席に一人で座っているマデル、サロンに入ってきたピエッチェとクルテにすぐ気が付いて微笑むと片手をあげた。
「なによぉ、わたしに会いたくなっちゃった?」
「会いたかったよ、マデル」
クルテとマデルのじゃれ合いにピエッチェが苦笑する。
「それにしてもピエッチェ、買い物してきたの? 随分な荷物ね」
「クルテの服を……何着だったっけ?」
服屋ではボケッと見ていただけのピエッチェ、何着買ったかまでは判らない。
ニマっと笑ってクルテがマデルに言った。
「五着買った」
「クルテの服? 男物? 女物?」
「女物の夏服」
「じゃあさ、せっかくだから着替えに帰ろう」
「だってマデル、鍵は?」
「なんのためにカッチーと一緒に錠前屋に行ったと思ってるのよ?」
合鍵を作って預かってきたらしい。
大浴場は男女別、さすがのクルテも『ピエッチェと一緒じゃなきゃイヤだ』などと言えない。女湯に入ることになるのだから服も女物のほうがよさそうだ。給仕係が持って来たばかりの熱いお茶を慌てて飲み干して、カッチーの家に向かった。
客間で着替えてくると言うクルテにマデルもついていく。『なんで古着ばっかり?』と、選んだのはクルテなのにマデルはきっと俺に文句を言うだろうな、なんて思いながら居間で待っていると思ったよりも早く二人が戻ってきた。
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