158 / 434
9章 女神の約束
10
しおりを挟む
カッチーの屋敷から大浴場に向かう道行はピエッチェにとって居心地の悪いものだった。ただでさえ人目を引くマデルの横には綻びかけたバラの蕾のようなクルテ、そんな二人を連れている男は誰だとピエッチェまで注目された。そして『英雄ピエッチェだ』と指さされ……イヤ、陰口を叩かれてるわけじゃないんだから指をさされるは可笑しいか?
待て、ある意味陰口か? 英雄ともなると女も一人じゃ納まらない、なんて声も聞こえてくる。しかも
『タイプの違う二人とはなんと贅沢なこと』
『連れているのは二人だが他にもいるかもしれない』
『そうだね、なにしろ英雄だ』
わけの判らないことを言うヤツもいる。
言ってるほうは賞賛のつもりかもしれない。だが、堅実であれ、誠実であれと育てられたピエッチェにとっては、まして事実とは違うのだから貶められているようにしか思えない。
ムスッと歩くピエッチェと違って、クルテとマデルは楽しそうに喋りながら歩いている。時おりピエッチェにも話を振って無視されるが、肩を竦めて見交わすものの、やっぱりクスクス笑っている。それが神経を逆なでし、ピエッチェの機嫌の悪さを増長した。だが、怒るのも違う。
そんなピエッチェが、とうとう不満を口にしたのは大浴場の前でだ。約束の時刻を過ぎてもカッチーが姿を現さない。
「だから! 一人で行かせるべきじゃなかった」
「そんなにイライラしない。カッチーなら忘れずに来るから」
マデルが宥めるが
「クルテなら忘れるって?」
却ってピエッチェの顔が怖くなる。
「そうだろうな! コイツは忘れっぽいから、いつか俺のことも何もかも忘れて、いきなり居なくなるかもな」
するとクルテが
「大丈夫。そうならないように離れたりしないから」
当然のことだとばかりにピエッチェを見上げた。
「ずっと一緒に居れば忘れないし、居なくなれない」
そうかい、少し離れれば忘れるってことかよ? どうせ俺はその程度さ――ピエッチェの不機嫌が治まるはずもない。
待てど暮らせど来ないカッチー、大浴場の前で突っ立っている三人を行き交う人々が不思議そうに見ていく。中には、
『まだ始まってないんですか?』
と尋ねてくる人もいた。大浴場に来た客だ。待ち合わせしてるだけだと説明すると、『それじゃあお先に。早く来るといいですね』
と中に入っていった。
ピエッチェの顔を知っているのだろう、
『ピエッチェさん、どうかされましたか?』
と声を掛けてきた人には、
『カッチーを見なかったか?』
と訊いてみた。ピエッチェの顔を知っているなら、カッチーのことも知っている可能性が高い。
『カッチーを待ってる? うーーん、見てないなぁ……ババロフのところにでも行ったのかな?』
親切にもババロフに訊きに行ってくれたようで、
『今日は来てないって言ってましたよ』
と報告があった。
怒っていたピエッチェも、時間が経てば今度は心配になってくる。途中、マデルが
「待ち合わせ場所を勘違いしてるかも」
と屋敷を見に行ったが、居なかったと戻ってきた。
「あのバカ、どこに行ったんだ?」
言葉は乱暴だが、ピエッチェの声からはカッチーを心配する響きしか感じない。怒りはとっくに消えていた。
「少し、探してみるか……」
「それならわたしも行く」
そう言ったのはクルテだ。
「わたし、忘れっぽいから、ピエッチェの顔を忘れるかも。だから一緒に行く。マデルはここで待ってて」
「あら、わたしのことは忘れてもいいの?」
「大丈夫。マデルのことは忘れない。夜は別の部屋で過ごしても朝、マデルを忘れててたことなんかない」
そーかい! 俺と同じ部屋がいいってのは、俺のことは忘れるって事かい!
なんて冗談を言ってる余裕のないピエッチェ、おまえら二人はカッチーが心配じゃないのかよ、とイラつくが、
「行くぞ」
と当てもなく歩き始めた。マデルとクスクス笑ってからクルテが後を追ってくる。
マデルには声が聞こえないほど離れてから
「どこ行くの?」
散歩にでも行くかのように訊いてきた。でも答えられない。行く当てなんかない。
「虱潰しに探す。コゲゼリテはそう広くない」
「それより誰かに墓地の場所を訊いて」
あ……そうだ、心を読んだクルテが、カッチーは墓参に行くって言ってたじゃないか。
「しかし……まだ墓地にいるか? ママの傍でおネンネなんてことは幾らなんでもないぞ」
寝るのが大好きなカッチーなら有り得るか?
「居るかどうかは行ってみなきゃ判らない。でも、可能性がないわけじゃない」
「判った。それじゃそのあとは、本屋にでも行ってみるか?」
「読み耽っているかもって? カッチーだったら本屋も追い出さないかもね――あ、ゴゼだ」
すぐそこに、家の前に置いた椅子で日向ぼっこをしている老人を見てクルテが駆け寄った。クルテはババロフと、牛に薪を背負わせて街に売りに行ったことがある。それに同行した一人がゴゼだ。あの時はカッチーも一緒に行って、ピエッチェはコゲゼリテで留守番をしていた。
クルテはピエッチェと残るとは言わなかった。一緒じゃなきゃイヤだと言い出したのはいつからだ? 出会って間もないころは、こんなに親密になるなんて思いもしない。今では一時も離れたくない。クルテはそう口にする。俺だってそうだ。
ピエッチェも近づくと、ゴゼが慌てて立ち上がった。
「これはピエッチェさま」
「どうぞ、座ったままでいてください……一別来です」
随分とゴゼは体力が落ちたようだ。
「コゲゼリテにいらしているとは聞いておりました――ではお言葉に甘えて」
ゆっくりと椅子の位置を確かめながら腰を下ろすゴゼ、クルテがそれに手を貸している。
「若い連中がいない時には気を張って頑張れもしましたが戻ってきたら気の緩みからか……一気に年相応になりました」
ゴゼは幾つなのだろう? 牛を連れて長時間歩いていたころとは雲泥の差だ。
「ところで、こちらのお嬢さんにカッチーのことを聞かれたのですが、言っていいものやら?」
「もしカッチーがどこに居るのかご存知なら教えてください」
どうやらゴゼは、クルテだと気付いていないらしい。そのお嬢さんはクルテだと教えるべきか? いけない理由はないが、わざわざ言わなくてもいい。言えば気を遣わせるだけだ。
さすがにカッチーの居所は知らなかったが、墓地の場所は知っている。コゲゼリテには一箇所しかないからねぇとゴゼが笑う。
「お貴族さまは墓地の南に固まって埋葬されてるんだ。奥のほうさ……今さらだけど、カッチーはお貴族さまだったんだよな。すっかり忘れてた」
墓地はすぐ判った。入り口は一つ、入ると何本かの通路に枝分かれしていた。なにしろ奥だ、と真ん中を選んで進んだ。
古い墓石が多い中、ところどころ真新しいものもある。なんとなく墓碑銘を見ながら割とゆっくりと歩く。クルテがいちいち墓碑銘を確認していたからだ。そんな必要はないと言いたかったが、ゴゼの記憶違いだってないとは言えない。カッチーの母の名はゴゼに聞いてある。スカーシレリス、いかにも貴族のお嬢さまと言った感じだ。むしろ王族でも奇怪しくない。ザジリレン王家にも昔、そんな名の王女がいた。
(あれ? カッチーは、母親も貴族だったか?)
父親は騎士だと聞いている。そして母親はその愛人、でも貴族の娘を愛人に? どこか不自然さを感じる。それに似たような話を最近したような?
ラジの母親だ。住み始めた頃、世話をしていた女に姫さまと呼ばれていたとノホメが言った――おい、世話をしていた女って、ノホメ自身のことじゃないのか?
「やっぱりノホメには会って問い詰める必要がありそうだな」
唐突に言ったピエッチェをクルテが面白そうな顔で見た。
「そうだね。でも、すぐには行けないよ」
「ララティスチャングは大きな街だ。コゲゼリテでカッチーを探すようにはいかないいのは判ってる」
「カッチーならこの先にいる」
「えっ? なんだって?」
「わたしが知り合いの心を探知できることを忘れた?」
あ、そうだった……
「おまえ、ここに居るって最初から判ってたのか?」
「居場所が判るのは近くになってからだよ。あるいは本人が自分の居る場所を意識するとかね。だから墓地に入ってすぐに判った――で、カッチーは放っておこう」
「なんのために探しに来たと思ってるんだ?」
「今、カッチーはお取込み中。邪魔しちゃダメ。マデルのところに戻ろう」
「取り込み中って……おい、待てよ」
さっさと引き返していくクルテをピエッチェが追う。
「それじゃあ、三人で大浴場に行くのか?」
「ううん、これからじゃゆっくりできないから明日にしよう」
「何日コゲゼリテに滞在する気だ?」
「気の済むまで」
「捜索はどうするんだよ?」
フレヴァンスとは言えず単に捜索とだけ言った。
「それはカッチーの屋敷で話す。今さら焦るな」
「おまえ、本気で探す気あるのか?」
「あるに決まってる」
ところが、マデルと合流するとサロンに行くと言い出した。
「一人じゃなんだか入りずらいって言ってたよね」
「そうなのよ、なんだか恋人たちご用達って感じのお店」
マデルもすぐその気になった。おいおい、とは思うものの、二人に逆らっても勝ち目はなさそうだ。
「それじゃあ、俺は一足先に――」
「もちろん一緒に行くよね」
ニッコリ微笑むクルテ、屋敷に帰ってるとは言わせて貰えない。なんでだよ、と思うが、クルテとマデルの帰りが遅ければ心配するに決まってる。やっぱり一緒に居るのが一番か……
しかし、今日はなんて居心地の悪い日なんだろう? 行きたがった店はマデルが言う通り男女二人の客が多く、それが他人目を気にすることなく囁き合ったりじゃれ合ったりしているものだから目のやり場に困る。マデルとクルテはそんな周囲が気にならないらしい。嬉しそうにメニューを見ては『これ、美味しそうだね』だの例によってクスクス笑っている。
実年齢が十四(正確にはプラス七百くらい)のクルテはともかく、何を見ても可笑しい年頃をマデルはとっくに過ぎているだろうにと思う。
趣向を凝らしたパンケーキが売り物の店だったが、
「ピエッチェは何にするのさ?」
とマデルに訊かれ
「飲み物だけでいい。任せるから、なるだけ苦そうなのを頼む」
とムスッと答えたピエッチェだ。
マデルが頼んだのはホイップされたクリームがたっぷりと絞られ。桃とイチゴが飾られていた。クルテが頼んだものもやはりたっぷりのホイップクリーム、果物はメロンとビワとブルーベリー、さらに焦げ茶色のソースが掛かっている。パンケーキは二段重ねだ。
「カカオソースって茶色なんだ」
とマデルがそれを見て呟いた。
カカオソースは別料金だが希望すればトッピングすると、注文を取りに来た給仕係が言っていた。
「ちょっと舐めてみる?」
「いいの?」
マデルがまだ使っていないスプーンの先にちょこっとカカオソースを取ると口に含んだ。
待て、ある意味陰口か? 英雄ともなると女も一人じゃ納まらない、なんて声も聞こえてくる。しかも
『タイプの違う二人とはなんと贅沢なこと』
『連れているのは二人だが他にもいるかもしれない』
『そうだね、なにしろ英雄だ』
わけの判らないことを言うヤツもいる。
言ってるほうは賞賛のつもりかもしれない。だが、堅実であれ、誠実であれと育てられたピエッチェにとっては、まして事実とは違うのだから貶められているようにしか思えない。
ムスッと歩くピエッチェと違って、クルテとマデルは楽しそうに喋りながら歩いている。時おりピエッチェにも話を振って無視されるが、肩を竦めて見交わすものの、やっぱりクスクス笑っている。それが神経を逆なでし、ピエッチェの機嫌の悪さを増長した。だが、怒るのも違う。
そんなピエッチェが、とうとう不満を口にしたのは大浴場の前でだ。約束の時刻を過ぎてもカッチーが姿を現さない。
「だから! 一人で行かせるべきじゃなかった」
「そんなにイライラしない。カッチーなら忘れずに来るから」
マデルが宥めるが
「クルテなら忘れるって?」
却ってピエッチェの顔が怖くなる。
「そうだろうな! コイツは忘れっぽいから、いつか俺のことも何もかも忘れて、いきなり居なくなるかもな」
するとクルテが
「大丈夫。そうならないように離れたりしないから」
当然のことだとばかりにピエッチェを見上げた。
「ずっと一緒に居れば忘れないし、居なくなれない」
そうかい、少し離れれば忘れるってことかよ? どうせ俺はその程度さ――ピエッチェの不機嫌が治まるはずもない。
待てど暮らせど来ないカッチー、大浴場の前で突っ立っている三人を行き交う人々が不思議そうに見ていく。中には、
『まだ始まってないんですか?』
と尋ねてくる人もいた。大浴場に来た客だ。待ち合わせしてるだけだと説明すると、『それじゃあお先に。早く来るといいですね』
と中に入っていった。
ピエッチェの顔を知っているのだろう、
『ピエッチェさん、どうかされましたか?』
と声を掛けてきた人には、
『カッチーを見なかったか?』
と訊いてみた。ピエッチェの顔を知っているなら、カッチーのことも知っている可能性が高い。
『カッチーを待ってる? うーーん、見てないなぁ……ババロフのところにでも行ったのかな?』
親切にもババロフに訊きに行ってくれたようで、
『今日は来てないって言ってましたよ』
と報告があった。
怒っていたピエッチェも、時間が経てば今度は心配になってくる。途中、マデルが
「待ち合わせ場所を勘違いしてるかも」
と屋敷を見に行ったが、居なかったと戻ってきた。
「あのバカ、どこに行ったんだ?」
言葉は乱暴だが、ピエッチェの声からはカッチーを心配する響きしか感じない。怒りはとっくに消えていた。
「少し、探してみるか……」
「それならわたしも行く」
そう言ったのはクルテだ。
「わたし、忘れっぽいから、ピエッチェの顔を忘れるかも。だから一緒に行く。マデルはここで待ってて」
「あら、わたしのことは忘れてもいいの?」
「大丈夫。マデルのことは忘れない。夜は別の部屋で過ごしても朝、マデルを忘れててたことなんかない」
そーかい! 俺と同じ部屋がいいってのは、俺のことは忘れるって事かい!
なんて冗談を言ってる余裕のないピエッチェ、おまえら二人はカッチーが心配じゃないのかよ、とイラつくが、
「行くぞ」
と当てもなく歩き始めた。マデルとクスクス笑ってからクルテが後を追ってくる。
マデルには声が聞こえないほど離れてから
「どこ行くの?」
散歩にでも行くかのように訊いてきた。でも答えられない。行く当てなんかない。
「虱潰しに探す。コゲゼリテはそう広くない」
「それより誰かに墓地の場所を訊いて」
あ……そうだ、心を読んだクルテが、カッチーは墓参に行くって言ってたじゃないか。
「しかし……まだ墓地にいるか? ママの傍でおネンネなんてことは幾らなんでもないぞ」
寝るのが大好きなカッチーなら有り得るか?
「居るかどうかは行ってみなきゃ判らない。でも、可能性がないわけじゃない」
「判った。それじゃそのあとは、本屋にでも行ってみるか?」
「読み耽っているかもって? カッチーだったら本屋も追い出さないかもね――あ、ゴゼだ」
すぐそこに、家の前に置いた椅子で日向ぼっこをしている老人を見てクルテが駆け寄った。クルテはババロフと、牛に薪を背負わせて街に売りに行ったことがある。それに同行した一人がゴゼだ。あの時はカッチーも一緒に行って、ピエッチェはコゲゼリテで留守番をしていた。
クルテはピエッチェと残るとは言わなかった。一緒じゃなきゃイヤだと言い出したのはいつからだ? 出会って間もないころは、こんなに親密になるなんて思いもしない。今では一時も離れたくない。クルテはそう口にする。俺だってそうだ。
ピエッチェも近づくと、ゴゼが慌てて立ち上がった。
「これはピエッチェさま」
「どうぞ、座ったままでいてください……一別来です」
随分とゴゼは体力が落ちたようだ。
「コゲゼリテにいらしているとは聞いておりました――ではお言葉に甘えて」
ゆっくりと椅子の位置を確かめながら腰を下ろすゴゼ、クルテがそれに手を貸している。
「若い連中がいない時には気を張って頑張れもしましたが戻ってきたら気の緩みからか……一気に年相応になりました」
ゴゼは幾つなのだろう? 牛を連れて長時間歩いていたころとは雲泥の差だ。
「ところで、こちらのお嬢さんにカッチーのことを聞かれたのですが、言っていいものやら?」
「もしカッチーがどこに居るのかご存知なら教えてください」
どうやらゴゼは、クルテだと気付いていないらしい。そのお嬢さんはクルテだと教えるべきか? いけない理由はないが、わざわざ言わなくてもいい。言えば気を遣わせるだけだ。
さすがにカッチーの居所は知らなかったが、墓地の場所は知っている。コゲゼリテには一箇所しかないからねぇとゴゼが笑う。
「お貴族さまは墓地の南に固まって埋葬されてるんだ。奥のほうさ……今さらだけど、カッチーはお貴族さまだったんだよな。すっかり忘れてた」
墓地はすぐ判った。入り口は一つ、入ると何本かの通路に枝分かれしていた。なにしろ奥だ、と真ん中を選んで進んだ。
古い墓石が多い中、ところどころ真新しいものもある。なんとなく墓碑銘を見ながら割とゆっくりと歩く。クルテがいちいち墓碑銘を確認していたからだ。そんな必要はないと言いたかったが、ゴゼの記憶違いだってないとは言えない。カッチーの母の名はゴゼに聞いてある。スカーシレリス、いかにも貴族のお嬢さまと言った感じだ。むしろ王族でも奇怪しくない。ザジリレン王家にも昔、そんな名の王女がいた。
(あれ? カッチーは、母親も貴族だったか?)
父親は騎士だと聞いている。そして母親はその愛人、でも貴族の娘を愛人に? どこか不自然さを感じる。それに似たような話を最近したような?
ラジの母親だ。住み始めた頃、世話をしていた女に姫さまと呼ばれていたとノホメが言った――おい、世話をしていた女って、ノホメ自身のことじゃないのか?
「やっぱりノホメには会って問い詰める必要がありそうだな」
唐突に言ったピエッチェをクルテが面白そうな顔で見た。
「そうだね。でも、すぐには行けないよ」
「ララティスチャングは大きな街だ。コゲゼリテでカッチーを探すようにはいかないいのは判ってる」
「カッチーならこの先にいる」
「えっ? なんだって?」
「わたしが知り合いの心を探知できることを忘れた?」
あ、そうだった……
「おまえ、ここに居るって最初から判ってたのか?」
「居場所が判るのは近くになってからだよ。あるいは本人が自分の居る場所を意識するとかね。だから墓地に入ってすぐに判った――で、カッチーは放っておこう」
「なんのために探しに来たと思ってるんだ?」
「今、カッチーはお取込み中。邪魔しちゃダメ。マデルのところに戻ろう」
「取り込み中って……おい、待てよ」
さっさと引き返していくクルテをピエッチェが追う。
「それじゃあ、三人で大浴場に行くのか?」
「ううん、これからじゃゆっくりできないから明日にしよう」
「何日コゲゼリテに滞在する気だ?」
「気の済むまで」
「捜索はどうするんだよ?」
フレヴァンスとは言えず単に捜索とだけ言った。
「それはカッチーの屋敷で話す。今さら焦るな」
「おまえ、本気で探す気あるのか?」
「あるに決まってる」
ところが、マデルと合流するとサロンに行くと言い出した。
「一人じゃなんだか入りずらいって言ってたよね」
「そうなのよ、なんだか恋人たちご用達って感じのお店」
マデルもすぐその気になった。おいおい、とは思うものの、二人に逆らっても勝ち目はなさそうだ。
「それじゃあ、俺は一足先に――」
「もちろん一緒に行くよね」
ニッコリ微笑むクルテ、屋敷に帰ってるとは言わせて貰えない。なんでだよ、と思うが、クルテとマデルの帰りが遅ければ心配するに決まってる。やっぱり一緒に居るのが一番か……
しかし、今日はなんて居心地の悪い日なんだろう? 行きたがった店はマデルが言う通り男女二人の客が多く、それが他人目を気にすることなく囁き合ったりじゃれ合ったりしているものだから目のやり場に困る。マデルとクルテはそんな周囲が気にならないらしい。嬉しそうにメニューを見ては『これ、美味しそうだね』だの例によってクスクス笑っている。
実年齢が十四(正確にはプラス七百くらい)のクルテはともかく、何を見ても可笑しい年頃をマデルはとっくに過ぎているだろうにと思う。
趣向を凝らしたパンケーキが売り物の店だったが、
「ピエッチェは何にするのさ?」
とマデルに訊かれ
「飲み物だけでいい。任せるから、なるだけ苦そうなのを頼む」
とムスッと答えたピエッチェだ。
マデルが頼んだのはホイップされたクリームがたっぷりと絞られ。桃とイチゴが飾られていた。クルテが頼んだものもやはりたっぷりのホイップクリーム、果物はメロンとビワとブルーベリー、さらに焦げ茶色のソースが掛かっている。パンケーキは二段重ねだ。
「カカオソースって茶色なんだ」
とマデルがそれを見て呟いた。
カカオソースは別料金だが希望すればトッピングすると、注文を取りに来た給仕係が言っていた。
「ちょっと舐めてみる?」
「いいの?」
マデルがまだ使っていないスプーンの先にちょこっとカカオソースを取ると口に含んだ。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる