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10章 友好と敵対
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門を入って少し歩くと後ろからガラガラと音がした。魔法で門を閉めたのだろう。さらに少し行くと建物が見えてきた。かなり大きな屋敷だ。高さが背丈の倍、開け放てば四・五人は横並びで談笑しながら通れそうな玄関扉、これを開けたのも魔法だった。
豪奢な装飾が目を引く玄関ホールは外観からも想像できる通り、小さなパーティーを催せるほどの広さがある。高い天井には美しいシャンデリアが煌めいていた。
寝室を用意すると言われたが、これも固辞した。
「少し休めば回復します」
「では、お気に入りの暖炉のある居間にお通ししましょう」
ヘンに『お気に入り』を強調するジランチェニシス、自分ではなくピエッチェのお気に入りだと言いたげだ。あのコテージにピエッチェたちが滞在したことも知っているのか?
広い廊下を先に行くジランチェニシスが、時おり振り返っては首を捻っている。自分の後ろに誰かいるんじゃないかと気になって、ピエッチェも振り返る。すると
(わたしの存在を感じるから振り返ってる)
クルテの声が頭の中で聞こえた。
(アイツの目に、俺はどう映ってるんだ? 特に左腕)
(そんなの判り切ってる。きっと『なんで肘を張ってるんだろう?』って思ってる)
(おまえは完全に透明なんだな。それって、俺がヘンな格好してると?)
(思ってるだろうね――もし何か言われたら、左肩の怪我のせいにしろ)
「どうかしましたか?」
不意にジランチェニシスの声が飛び込んできて、ピエッチェがハッとする。ついクルテを見続けてしまった。
「あぁ、いえ……今日は肩の調子がよくないなと思って」
「肩の調子とは?」
「矢傷を受けて以来、左肩が思うように動かせなくなりました」
「そうですか、それはお気の毒に」
同情するような素振り、そのくせ目に暗い笑みを浮かべている。
「自分の弱点を大っぴらに口にするなんて、肝の太いかたですね」
コイツ……俺と遣り合う気でいるのは間違いない。そして『弱点の左を狙う』と宣言しやがった。ピエッチェの背筋が冷える。が、
(気にするな!)
クルテが低く唸る。
(おまえの左にはわたしが居る。必ず守る)
クルテが居るなら安心だ。なのにどこかしっくりこない。女は守るもので男が守られてどうする、なんてケチなプライドか? そう感じているのなら、それこそ情けない。己の得手を生かし、相手の不得手をでき得る限り補う。どちらにとっても難しいことに対しては協力し合って乗り越える。互いに助けあえる関係こそ対等だ――クルテに守られることに抵抗はない。今までだってそうしてきた。ならばこの違和感はなんだ?
答えが出ないうちに目的の居間に着いた。どことなく見覚えのあるドアの前でジランチェニシスが立ち止まる。
「こちらです」
ジランチェニシスに続いて部屋に入るとそこは見覚えのある部屋、ジェンガテク湖のコテージのあの部屋とそっくりだ。ただ、こちらのほうが倍近く広い。入ってきたドア以外にドアはないがその代り、コテージでは次の居間にあったキャビネットと同じものが入り口の対面に置いてあった。暖炉もこちらのほうが少し大きめに見える。そして壁には美しい絵が掛けられていて……
(あの肖像画……)
心の中でピエッチェが唸る。それにクルテが答える。
(フレヴァンスだね)
豪華な額に縁どられ、こちらに眼差しを向けたフレヴァンスが優雅な笑みを見せている。絵を見渡したが画家のサインはない。しかし画風から、ギュームではないことは判る。女神の森の聖堂の特別室で見たギュームの絵とは似ても似つかないタッチだ。
デレドケで迷い込まされたあの部屋の、窓を隠していた絵と同じか? あれも肖像画だった。だけどよく見ていない。今となっては判らない。
「その絵がどうかしましたか?」
ジランチェニシスがニヤニヤとピエッチェを見た。
「……綺麗なかたですね。見惚れてしまいました」
「おや? 婚約者がいらっしゃるのでしょう? ほかの女性を褒めただなんて知られたら怒られますよ?」
ジランチェニシスが愉快そうに笑う。
クルテを婚約者としているが事実は行動を共にする便宜上のもの、果たしてジランチェニシスはそこまで知っているのだろうか? それとも本当にピエッチェとクルテが婚約していると信じているのか? もし前者だとしたら……ピエッチェと言う名も偽りだと知っている? ザジリレンでの身分が知られていたら厄介だ。
なにしろジランチェニシスはこっちの情報をかなり掴んでいる。心が冷え込むのを感じたが、弱気を見せれば付け入られる。笑顔を作ったピエッチェ、
「ご心配なく、わたしの婚約者はそれほど狭量ではありません」
応酬するが勝てる気がしない。敵はこちらを見抜いている。コイツはどこまで、俺たちのことを知っているんだろう?
(戦う前から負けた気になるな!)
クルテの声が頭の中で聞こえた。
(ヤツは油断し過ぎだ。ピエッチェと言う名を疑ってもいない。おそらくジランチェニシスって名は本当。本当の名を知っているのがどれほど有利かは判っているだろ? 決して一方的に不利な状況にあるわけじゃない。それに忘れるな。こちらの一番の有利は、ヤツにはわたしが見えないってことだ)
ピエッチェが、そんなクルテに確認する。
(ヤツの心は? 読めているのか?)
「絵を眺めていると頭痛が治まるのならそれもよろしいが……お嫌でなければソファーにお掛けください。お茶をご用意いたします」
突っ立ったままのピエッチェをジランチェニシスは内心笑っているようだ。フレヴァンスの肖像画に衝撃を受けたとでも思っているのか?
頭痛を口実にしていたことを思い出したピエッチェ、
「では遠慮なく」
さも具合が悪そうにソファーに座ると俯き加減になる。クルテとの脳内会話は続いている。ひょっとしたら表情を動かしてしまうかもしれない。俯いたのは、それをジランチェニシスに気付かれるのをできるだけ避けたかったからだ。
ピエッチェがソファーに落ち着くのを待ってクルテが答えた。
(まったく読めない……だけど、それは向こうだって同じだ)
(向こうも俺の心が読めない?)
(気付いてないのか? ヤツはしょっぱなから心への侵入を試みている)
(俺は何もしてないのに、なんでアイツは入って来れない?)
(フフン。森の女神の祝福を受けたのを忘れたか? おまえは神聖な力で守られている。何者だろうが心を読めはしないし入り込めもしない。判ったか?)
祝福の効果はそのうち判ると言ってたけど、これっぽちも気付いてなかった。おまえが教えてくれなきゃ判らなかったぞ?
(何者もって、おまえは?)
(訊かなきゃ判らない? そんな事より、ジランチェニシスに集中しろ)
コイツ、誤魔化す気だ。でもまぁ、今はそれどころじゃない。
(向こうはこっちを知り尽くしている。それなのに、こちらは情報が不足している)
ピエッチェがつい愚痴る。それをクルテが鼻で笑う。
(知っているぞと見せびらかされた気分らしいが、それは違う。こっちのほうが明らかに優勢……ヤツがこの屋敷にカティを招き入れたのは逃げきれないと感じてだ。ヤツはなぜ、自ら姿を現した? 焦っているからだ)
敷石には傷みがない――屋敷への誘導路で向こうが声を掛けてこなければ、そのまま本道を進んだ。あそこでヤツがいきなり姿を現したのは俺たちを恐れたから? ヤツが潜んでいるとは、二人とも気付いていなかった。あのまま魔法で気配を消していれば、アイツはすんなり遣り過ごせたはずだ。
(見方を変えろ。ヤツに知られて困るようなことをヤツは何か言ったか?)
(まぁ……それがどうしたって言いたくなるような事ばかりだな)
(だろう? そんな事しかヤツは言えないんだ)
(何か切り札を隠してるかもしれないぞ)
「お茶が入りました」
キャビネットから出したティーセットでお茶を淹れていたジランチェニシスがカップをピエッチェの前に置いた。湯はどうしたんだと思ったが、どうせ魔法を使ったんだろう。
「経験がないので判らないのですが、頭痛の時は食欲も失せるのでしょうか? そうでなければこちらもどうぞ」
いつの間に出したのか、ティーカップの横には一口大のサンドイッチやケーキが盛られた皿がある。
「あいにく果物の用意はなくて……あぁ、果物好きはあなたではなくフィアンセのほうでしたね」
よくご存じですね――そう言ってやりたくなる。が、ジランチェニシスの顔を見てやめた。そう答えるのを待っていると感じた。
「頭痛を経験したことがない? それは羨ましい」
苦笑とともにピエッチェがそう答える。
しかし……ジランチェニシスはなんのためにこうも挑発してくるんだろう? 挑発に乗った俺の言葉尻を捕らえ、戦闘の切っ掛けを作りたいのか? それとも、挑発ではなく脅し? 勝ち目はないからフレヴァンスを諦めろってことか?
「えぇ、身体は丈夫なようで風邪もひきません」
「それは……ご両親に感謝ですね」
ジランチェニシスから笑顔が消えたと感じた。が、感じただけだ。自分の表情を読まれるのを恐れ、自分も相手の表情を観察するのを忘れていた。さりげなく見たジランチェニシスは笑んでいる――迂闊だった。
(ヤツの弱点は親……違うかな?)
心の中でクルテに同意を求めた。すぐにクルテが返事を寄こす。
(今の表情の変化だけじゃ断定はできない)
クルテははっきりジランチェニシスを見ていたようだ。
(自分の出生が、正式な婚姻によるものではないことは幾らなんでも知っていると思う。だからそのあたりにコンプレックスがあっても不思議じゃない。けれど、親と言っても父か母のどちらかかもしれないし、両方かもしれない。それにコンプレックスの中身も判らない……愛しているのか憎んでいるのか? 根は同じものだが表面に表れるものは真逆なものだ)
(父親への恨みじゃなくて? 母親と自分をあんなコテージに隠し、母親が死んでからは来なくなった)
(可能性は高いが、感情とはそれほど単純なものじゃない)
クルテ、おまえが感情の複雑さを俺に説くか?
「お茶が冷めてしまいますよ?」
カップに手を伸ばさないピエッチェに、ジランチェニシスが飲むように勧めてきた。相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「それとも、ビールかワインでもお出ししたほうが良かったかな?」
「……軽い頭痛なら少しのアルコールは効果があると聞きますが、不要です」
ピエッチェがカップに手を伸ばす。単に失念していただけだ。
「カモミールですね」
「おや、お判りに?」
「ハーブ好きの知り合いがいるものですから」
「精霊のようなお嬢さんではなく?」
「先ほども仰っていましたが、『精霊のような』とは?」
ピエッチェの質問にジランチェニシスが笑んだ。同時にクルテの舌打ちが頭の中で聞こえた。
豪奢な装飾が目を引く玄関ホールは外観からも想像できる通り、小さなパーティーを催せるほどの広さがある。高い天井には美しいシャンデリアが煌めいていた。
寝室を用意すると言われたが、これも固辞した。
「少し休めば回復します」
「では、お気に入りの暖炉のある居間にお通ししましょう」
ヘンに『お気に入り』を強調するジランチェニシス、自分ではなくピエッチェのお気に入りだと言いたげだ。あのコテージにピエッチェたちが滞在したことも知っているのか?
広い廊下を先に行くジランチェニシスが、時おり振り返っては首を捻っている。自分の後ろに誰かいるんじゃないかと気になって、ピエッチェも振り返る。すると
(わたしの存在を感じるから振り返ってる)
クルテの声が頭の中で聞こえた。
(アイツの目に、俺はどう映ってるんだ? 特に左腕)
(そんなの判り切ってる。きっと『なんで肘を張ってるんだろう?』って思ってる)
(おまえは完全に透明なんだな。それって、俺がヘンな格好してると?)
(思ってるだろうね――もし何か言われたら、左肩の怪我のせいにしろ)
「どうかしましたか?」
不意にジランチェニシスの声が飛び込んできて、ピエッチェがハッとする。ついクルテを見続けてしまった。
「あぁ、いえ……今日は肩の調子がよくないなと思って」
「肩の調子とは?」
「矢傷を受けて以来、左肩が思うように動かせなくなりました」
「そうですか、それはお気の毒に」
同情するような素振り、そのくせ目に暗い笑みを浮かべている。
「自分の弱点を大っぴらに口にするなんて、肝の太いかたですね」
コイツ……俺と遣り合う気でいるのは間違いない。そして『弱点の左を狙う』と宣言しやがった。ピエッチェの背筋が冷える。が、
(気にするな!)
クルテが低く唸る。
(おまえの左にはわたしが居る。必ず守る)
クルテが居るなら安心だ。なのにどこかしっくりこない。女は守るもので男が守られてどうする、なんてケチなプライドか? そう感じているのなら、それこそ情けない。己の得手を生かし、相手の不得手をでき得る限り補う。どちらにとっても難しいことに対しては協力し合って乗り越える。互いに助けあえる関係こそ対等だ――クルテに守られることに抵抗はない。今までだってそうしてきた。ならばこの違和感はなんだ?
答えが出ないうちに目的の居間に着いた。どことなく見覚えのあるドアの前でジランチェニシスが立ち止まる。
「こちらです」
ジランチェニシスに続いて部屋に入るとそこは見覚えのある部屋、ジェンガテク湖のコテージのあの部屋とそっくりだ。ただ、こちらのほうが倍近く広い。入ってきたドア以外にドアはないがその代り、コテージでは次の居間にあったキャビネットと同じものが入り口の対面に置いてあった。暖炉もこちらのほうが少し大きめに見える。そして壁には美しい絵が掛けられていて……
(あの肖像画……)
心の中でピエッチェが唸る。それにクルテが答える。
(フレヴァンスだね)
豪華な額に縁どられ、こちらに眼差しを向けたフレヴァンスが優雅な笑みを見せている。絵を見渡したが画家のサインはない。しかし画風から、ギュームではないことは判る。女神の森の聖堂の特別室で見たギュームの絵とは似ても似つかないタッチだ。
デレドケで迷い込まされたあの部屋の、窓を隠していた絵と同じか? あれも肖像画だった。だけどよく見ていない。今となっては判らない。
「その絵がどうかしましたか?」
ジランチェニシスがニヤニヤとピエッチェを見た。
「……綺麗なかたですね。見惚れてしまいました」
「おや? 婚約者がいらっしゃるのでしょう? ほかの女性を褒めただなんて知られたら怒られますよ?」
ジランチェニシスが愉快そうに笑う。
クルテを婚約者としているが事実は行動を共にする便宜上のもの、果たしてジランチェニシスはそこまで知っているのだろうか? それとも本当にピエッチェとクルテが婚約していると信じているのか? もし前者だとしたら……ピエッチェと言う名も偽りだと知っている? ザジリレンでの身分が知られていたら厄介だ。
なにしろジランチェニシスはこっちの情報をかなり掴んでいる。心が冷え込むのを感じたが、弱気を見せれば付け入られる。笑顔を作ったピエッチェ、
「ご心配なく、わたしの婚約者はそれほど狭量ではありません」
応酬するが勝てる気がしない。敵はこちらを見抜いている。コイツはどこまで、俺たちのことを知っているんだろう?
(戦う前から負けた気になるな!)
クルテの声が頭の中で聞こえた。
(ヤツは油断し過ぎだ。ピエッチェと言う名を疑ってもいない。おそらくジランチェニシスって名は本当。本当の名を知っているのがどれほど有利かは判っているだろ? 決して一方的に不利な状況にあるわけじゃない。それに忘れるな。こちらの一番の有利は、ヤツにはわたしが見えないってことだ)
ピエッチェが、そんなクルテに確認する。
(ヤツの心は? 読めているのか?)
「絵を眺めていると頭痛が治まるのならそれもよろしいが……お嫌でなければソファーにお掛けください。お茶をご用意いたします」
突っ立ったままのピエッチェをジランチェニシスは内心笑っているようだ。フレヴァンスの肖像画に衝撃を受けたとでも思っているのか?
頭痛を口実にしていたことを思い出したピエッチェ、
「では遠慮なく」
さも具合が悪そうにソファーに座ると俯き加減になる。クルテとの脳内会話は続いている。ひょっとしたら表情を動かしてしまうかもしれない。俯いたのは、それをジランチェニシスに気付かれるのをできるだけ避けたかったからだ。
ピエッチェがソファーに落ち着くのを待ってクルテが答えた。
(まったく読めない……だけど、それは向こうだって同じだ)
(向こうも俺の心が読めない?)
(気付いてないのか? ヤツはしょっぱなから心への侵入を試みている)
(俺は何もしてないのに、なんでアイツは入って来れない?)
(フフン。森の女神の祝福を受けたのを忘れたか? おまえは神聖な力で守られている。何者だろうが心を読めはしないし入り込めもしない。判ったか?)
祝福の効果はそのうち判ると言ってたけど、これっぽちも気付いてなかった。おまえが教えてくれなきゃ判らなかったぞ?
(何者もって、おまえは?)
(訊かなきゃ判らない? そんな事より、ジランチェニシスに集中しろ)
コイツ、誤魔化す気だ。でもまぁ、今はそれどころじゃない。
(向こうはこっちを知り尽くしている。それなのに、こちらは情報が不足している)
ピエッチェがつい愚痴る。それをクルテが鼻で笑う。
(知っているぞと見せびらかされた気分らしいが、それは違う。こっちのほうが明らかに優勢……ヤツがこの屋敷にカティを招き入れたのは逃げきれないと感じてだ。ヤツはなぜ、自ら姿を現した? 焦っているからだ)
敷石には傷みがない――屋敷への誘導路で向こうが声を掛けてこなければ、そのまま本道を進んだ。あそこでヤツがいきなり姿を現したのは俺たちを恐れたから? ヤツが潜んでいるとは、二人とも気付いていなかった。あのまま魔法で気配を消していれば、アイツはすんなり遣り過ごせたはずだ。
(見方を変えろ。ヤツに知られて困るようなことをヤツは何か言ったか?)
(まぁ……それがどうしたって言いたくなるような事ばかりだな)
(だろう? そんな事しかヤツは言えないんだ)
(何か切り札を隠してるかもしれないぞ)
「お茶が入りました」
キャビネットから出したティーセットでお茶を淹れていたジランチェニシスがカップをピエッチェの前に置いた。湯はどうしたんだと思ったが、どうせ魔法を使ったんだろう。
「経験がないので判らないのですが、頭痛の時は食欲も失せるのでしょうか? そうでなければこちらもどうぞ」
いつの間に出したのか、ティーカップの横には一口大のサンドイッチやケーキが盛られた皿がある。
「あいにく果物の用意はなくて……あぁ、果物好きはあなたではなくフィアンセのほうでしたね」
よくご存じですね――そう言ってやりたくなる。が、ジランチェニシスの顔を見てやめた。そう答えるのを待っていると感じた。
「頭痛を経験したことがない? それは羨ましい」
苦笑とともにピエッチェがそう答える。
しかし……ジランチェニシスはなんのためにこうも挑発してくるんだろう? 挑発に乗った俺の言葉尻を捕らえ、戦闘の切っ掛けを作りたいのか? それとも、挑発ではなく脅し? 勝ち目はないからフレヴァンスを諦めろってことか?
「えぇ、身体は丈夫なようで風邪もひきません」
「それは……ご両親に感謝ですね」
ジランチェニシスから笑顔が消えたと感じた。が、感じただけだ。自分の表情を読まれるのを恐れ、自分も相手の表情を観察するのを忘れていた。さりげなく見たジランチェニシスは笑んでいる――迂闊だった。
(ヤツの弱点は親……違うかな?)
心の中でクルテに同意を求めた。すぐにクルテが返事を寄こす。
(今の表情の変化だけじゃ断定はできない)
クルテははっきりジランチェニシスを見ていたようだ。
(自分の出生が、正式な婚姻によるものではないことは幾らなんでも知っていると思う。だからそのあたりにコンプレックスがあっても不思議じゃない。けれど、親と言っても父か母のどちらかかもしれないし、両方かもしれない。それにコンプレックスの中身も判らない……愛しているのか憎んでいるのか? 根は同じものだが表面に表れるものは真逆なものだ)
(父親への恨みじゃなくて? 母親と自分をあんなコテージに隠し、母親が死んでからは来なくなった)
(可能性は高いが、感情とはそれほど単純なものじゃない)
クルテ、おまえが感情の複雑さを俺に説くか?
「お茶が冷めてしまいますよ?」
カップに手を伸ばさないピエッチェに、ジランチェニシスが飲むように勧めてきた。相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「それとも、ビールかワインでもお出ししたほうが良かったかな?」
「……軽い頭痛なら少しのアルコールは効果があると聞きますが、不要です」
ピエッチェがカップに手を伸ばす。単に失念していただけだ。
「カモミールですね」
「おや、お判りに?」
「ハーブ好きの知り合いがいるものですから」
「精霊のようなお嬢さんではなく?」
「先ほども仰っていましたが、『精霊のような』とは?」
ピエッチェの質問にジランチェニシスが笑んだ。同時にクルテの舌打ちが頭の中で聞こえた。
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