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10章 友好と敵対
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ジランチェニシスが大袈裟に驚いて見せる。
「決まってるじゃないですか、あなたの婚約者ですよ」
表情を作っているのは明白だ。目には喜色が見える。クルテの舌打ちと言い、俺は何をしくじった?
「アイツのことですか……アイツのどこが精霊のようだと?」
舌打ちをしたあと、クルテは何も言ってこない。様子を見ているのか?
「ピエッチェさん、女神の娘像をどこかでご覧になったことは?」
「娘像なら森の聖堂と、コゲゼリテ温泉で」
「ではお気づきになっているのでは? 彼女は女神の娘によく似ていますよ」
「だったら精霊ではなく『女神の娘のような』になるのでは?」
「おやおや、女神の娘の正体が精霊だとはご存知ない?」
ジランチェニシスの目がニヤニヤと、ピエッチェを馬鹿にしたものに変わる。
「それにしても変ですね。森の聖堂は立入禁止だったのでは?」
「立入禁止になる前に行ったんです」
「ほほう、つまり聖堂の森の魔物はあなたが退治した? コゲゼリテを荒廃させた魔物だけでなく?」
「それが何か?」
「魔物退治がご趣味ですか……」
質問ではなく断定だ。
「ひょっとしたら、ジェンガテク湖に打ち上げられた魔物もあなたが?」
「あ――」
(答えるな!)
「つ……」
あの魔物がどうかしたかと言おうとしたピエッチェ、口を開くと同時にクルテの叫びに制止され、頭を殴られたような痛みに顔を顰めて手を額に当てる。ふん! とジランチェニシスが鼻を鳴らした。
「また頭痛の発作ですか。随分とタイミングよく起きるものですね。魔物に呪いでも掛けられましたか?」
頭痛に堪えているピエッチェの頭の中にはクルテの声、
(精霊と女神の娘は別物、そう答えたのは正解)
褒めてくれたようだが頭痛のせいで嬉しくない。それよりも
(ヤツはおまえの正体に……)
気付いているんじゃ? 痛みのせいで最後まで伝えきれない。
それでもクルテには判ったようだ。『気付いている』と決めつけたと思っているかもしれないが、この際それでもいい。
(そうなのかな? もしそうだとしても女神の娘とか精霊とかとは思わない。いいとこ魔物だ)
ようやく頭痛が治まってきたが、顔を顰めこめかみ辺りを押さえたままでいた。ジランチェニシスへの『話しかけるな』アピールだ。
(魔物と思われているなら見破られてることになるぞ?)
(屋敷への誘導路の入り口で、ヤツはわたしを見ている。それが一瞬で見えなくなった。魔法使いか魔物か迷うところだろうが、そのどちらかだと思うのは当たり前)
(姿を消す魔法なんかあったっけ?)
(ヤツはなんでわたしたちに気付かれず、あの場に現れた? 姿を消す魔法があるってこと――自分だけが使える魔法だと思い込んでいたかもしれないけどね)
(魔物退治が趣味だと思われた)
(だね。でもこれでヤツが姿を現した理由が判った。アリジゴクの敵討ちだ)
「うぅむ……」
ジランチェニシスはやるかたなしにピエッチェを眺めている。仮病だと思っているのに決め手を見付けられずにいる。痛みは本人にしか判らないものだ。しかも、実はまるきり仮病と言うわけでもないのだから見極めは難しい。
「やはり少し横になられたほうがいいのでは?」
「いいえ……すぐに良くなりますから」
「先ほどもそう仰いましたよ?」
はい、その通りです。
「横になればよくなるというものでもありませんので。座っている方が楽なんです」
どうだ、否定できないだろ?
「そんなものなんですね」
ふと遠い目をしたジランチェニシス、
「喘息と同じだ」
ポツンと独り言を言った。
これにピエッチェが食いついた。
「風邪を引いたこともないと仰いましたが、喘息の経験はおありで?」
苦笑するジランチェニシス、
「わたしではありません。以前、一緒に暮らしていた人がそうでした」
ずっと見ていたピエッチェから目を逸らす。
「以前と言う事は、今は居らっしゃらない?」
「えぇ……」
チラリとピエッチェを見てからジランチェニシスが答える。
「亡くなりました。二十年以上も前のことです」
「二十年以上も? 失礼ですがジランチェニシスさんはおいくつですか?」
「わたし? いくつに見えます?」
「んー、三十を幾つか過ぎたくらい?」
「ピエッチェさんはキリよく二十と言ったところでしょうか?」
ジランチェニシスの母親が喘息持ちだったとの情報はない。だが、二十年以上前なら『一緒に暮らしていた』のは母親だ。母と言えば済むのに、『一緒に暮らしていた』と表現したのはなぜだろう?
「そんなに昔……ジランチェニシスさんはまだ子どもだったってことですね」
「えぇ、亡くなったのはわたしが十歳になる少し前でした」
「だったら親御さんではなく?」
ジランチェニシスがクスッと笑ったような気がした。
「わたしに親はいませんよ」
「早くに亡くされたのですか? 一緒に暮らしていたのは養親だとか?」
「まぁ、そんなところです――お顔の色が随分よくなってきましたね。そろそろ本題に移っても?」
本題? いったい何が始まる?
「本題と言いますと?」
警戒するピエッチェをジランチェニシスがクスッと笑う。
「この屋敷の購入をご検討いただけるのでは? フィアンセと一緒に暮らす家をお探しなんだと思っていたのですが?」
それか、すっかり忘れてた。
「あぁ、そうでした。頭痛のせいで失念していました――しかし、ここまで大きなお屋敷ではわたしには分不相応かと」
「ここなら大好きな魔物の飼育も可能ですよ」
「はぁ?」
コイツ、何を言ってるんだ?
「なぁに、魔物を飼育するのが悪いとは思っていません」
ジランチェニシスはピエッチェの反応を面白がっている。
「実はわたしも魔物を飼っていたんですよ。大きな地下室があると言いましたでしょう? 床は剝き出しの地面、そこでアリジゴクを育てました。可愛がっていたんですがね、浸水したものだから飼えなくなって泣く泣く森に放したんです。元気でいるといいのですが」
クルテの推測通り、コイツの目的はアリジゴクの敵討ちか?
「子どものころ住んでいた家にはウッドデッキがありましてね。その下で見付けたアリジゴクなんです。とても大きく育って、立派でした」
「アリジゴクなら二・三年でウスバカゲロウになるのでは?」
「本来ならね。でもわたしが好きなのはアリジゴク、じっと動かず獲物を待ち、ひとたび獲物が罠に掛かれば素早く動いて攻撃を仕掛け、けっして獲物を逃がさない。素晴らしいとは思いませんか?」
成虫にならないようにする魔法? そんなものがあるのか? いいや、事実、コイツはそんな魔法でアリジゴクをあそこまで大きくした。いつまで経っても成虫になれないなんて可哀想としか思えない――クルテの言葉を思い出す。花は自然のままに咲いているほうがいい……きっと花に限らず、全てありのままなのが一番幸せなんじゃないのか?
「可愛がっていたと言いますが、あなたに飼われてしまったせいで成虫になることもできずにいた。気の毒に思えます」
「成虫になれなくとも魔物にはなれました。魔物を飼っていたと言いましたよ」
「魔物にしたのもあなたなのでは? 魔物になりたがっていたとは思えない」
「えぇ、魔法で魔物に変えました。アリジゴクのまま、ずーっと生きてて欲しかったので。どんな生物も長生きしたいものです。誰かが余計なことをしなければあの子はあの森で永遠に生き続けるはずだった」
ふん、その言葉、死んでしまったと言ってるようなもんだぞ。何が『元気でいるといい』だ。
「ジランチェニシスさん、あなたは横暴な人だ。自分の欲望と勝手な思い込みで他者の運命を変える。そんなこと、許されていいものじゃない」
「なるほど。あなたが飼育している魔物は魔法の産物ではないから許されると?」
「許されないのは飼育云々じゃなく、魔法で生物を魔物に変えることを言っている。それに飼育なんかしてない」
「あぁ、飼育されているのはピエッチェさん、あなたのほうですか?――あなたのフィアンセは人間じゃありませんよね? いい趣味をお持ちだ」
チッと頭の中でクルテの舌打ちの音がした。それに構わずピエッチェが、
「へぇ? アイツが魔物だとでも言いたいか?」
ジランチェニシスを睨みつける
「魔物じゃないならなんなのです?」
「アイツは魔法使い、人間だ」
今度はクルテ、クスッと笑った。
(いい度胸だ)
たじろぐジランチェニシス、想定外の返答だったのだろう。
「人間? まさか……あれほどの魔力を持っていて?」
「魔法使いが魔力を有していても奇怪しくない」
そう答えたが内心、そんなに驚くほどかと思っているピエッチェだ。確かにクルテの魔力は強い。だが脅威を感じるほどじゃない。
ふっとジランチェニシスがピエッチェの顔を見た。
「まさか、あなた自身が魔物?」
「はぁ? 俺が魔物?」
「あなたからは魔力を感じない。なのに魔法を恐れもしなければ魔物を恐れることもない――あなた自身が魔物で、魔力を隠す能力を持っているなら納得できる」
クルテの魔法か女神の祝福のお陰だ。が、わざわざ教える必要なんかない。
ピエッチェを睨みつけて唸るジランチェニシス、ピエッチェが魔物と言うのはやはり無理があると思い直しているようだ。
「あなたが魔物でないならば、やはり彼女が魔物、違うとは言わせません。屋敷への誘導路の入り口でわたしは確かに彼女を見た。なのに突然姿を消した」
「だから魔法です。あなたもあそこでいきなり現れた。同じ魔法です」
「同じ魔法? だったらやっぱり彼女は人間ではありません。気が付いていないのですか? わたしが魔物だと言う事に」
ジランチェニシスがニヤッと笑った。
(ハッタリだ)
頭の中でクルテの声、何を根拠にと思うが、
「ご冗談は大概になさってください――ジランチェニシスさん、わたしを揶揄って楽しもうったって無理ですよ」
ピエッチェがニッコリ笑う。
「あなたはどこから見たって人間だ。魔法が扱えるだけのただの人間、魔法使いだ」
「わたしが魔物だと、なにがなんでも認めないつもりですね。わたしが人間なら、あなたの婚約者も人間、そんな理屈を通そうとしていらっしゃる」
「それが事実ですから」
「事実なもんか!」
初めてジランチェニシスが声を荒げた。
「わたしは魔物だ。人間を捨てて魔物になった――人間のおまえに、わたしの苦悩が判るものか!」
見る見るジランチェニシスの形相が変わる。穏やかな笑みは消え、ギラギラと怒りに燃える鋭い眼光、こうなるとラクティメシッスに似ても似つかない。
同時にグラグラと部屋が揺れ始め、咄嗟に立ち上がるピエッチェ、もちろんクルテも立ちあがる。
(こいつ、本当に魔物になっちまったのか?)
頭の中でピエッチェが呟いた。すると
(なりたがっているだけだ、多分)
笑いを含んだクルテの声が答えた。
「決まってるじゃないですか、あなたの婚約者ですよ」
表情を作っているのは明白だ。目には喜色が見える。クルテの舌打ちと言い、俺は何をしくじった?
「アイツのことですか……アイツのどこが精霊のようだと?」
舌打ちをしたあと、クルテは何も言ってこない。様子を見ているのか?
「ピエッチェさん、女神の娘像をどこかでご覧になったことは?」
「娘像なら森の聖堂と、コゲゼリテ温泉で」
「ではお気づきになっているのでは? 彼女は女神の娘によく似ていますよ」
「だったら精霊ではなく『女神の娘のような』になるのでは?」
「おやおや、女神の娘の正体が精霊だとはご存知ない?」
ジランチェニシスの目がニヤニヤと、ピエッチェを馬鹿にしたものに変わる。
「それにしても変ですね。森の聖堂は立入禁止だったのでは?」
「立入禁止になる前に行ったんです」
「ほほう、つまり聖堂の森の魔物はあなたが退治した? コゲゼリテを荒廃させた魔物だけでなく?」
「それが何か?」
「魔物退治がご趣味ですか……」
質問ではなく断定だ。
「ひょっとしたら、ジェンガテク湖に打ち上げられた魔物もあなたが?」
「あ――」
(答えるな!)
「つ……」
あの魔物がどうかしたかと言おうとしたピエッチェ、口を開くと同時にクルテの叫びに制止され、頭を殴られたような痛みに顔を顰めて手を額に当てる。ふん! とジランチェニシスが鼻を鳴らした。
「また頭痛の発作ですか。随分とタイミングよく起きるものですね。魔物に呪いでも掛けられましたか?」
頭痛に堪えているピエッチェの頭の中にはクルテの声、
(精霊と女神の娘は別物、そう答えたのは正解)
褒めてくれたようだが頭痛のせいで嬉しくない。それよりも
(ヤツはおまえの正体に……)
気付いているんじゃ? 痛みのせいで最後まで伝えきれない。
それでもクルテには判ったようだ。『気付いている』と決めつけたと思っているかもしれないが、この際それでもいい。
(そうなのかな? もしそうだとしても女神の娘とか精霊とかとは思わない。いいとこ魔物だ)
ようやく頭痛が治まってきたが、顔を顰めこめかみ辺りを押さえたままでいた。ジランチェニシスへの『話しかけるな』アピールだ。
(魔物と思われているなら見破られてることになるぞ?)
(屋敷への誘導路の入り口で、ヤツはわたしを見ている。それが一瞬で見えなくなった。魔法使いか魔物か迷うところだろうが、そのどちらかだと思うのは当たり前)
(姿を消す魔法なんかあったっけ?)
(ヤツはなんでわたしたちに気付かれず、あの場に現れた? 姿を消す魔法があるってこと――自分だけが使える魔法だと思い込んでいたかもしれないけどね)
(魔物退治が趣味だと思われた)
(だね。でもこれでヤツが姿を現した理由が判った。アリジゴクの敵討ちだ)
「うぅむ……」
ジランチェニシスはやるかたなしにピエッチェを眺めている。仮病だと思っているのに決め手を見付けられずにいる。痛みは本人にしか判らないものだ。しかも、実はまるきり仮病と言うわけでもないのだから見極めは難しい。
「やはり少し横になられたほうがいいのでは?」
「いいえ……すぐに良くなりますから」
「先ほどもそう仰いましたよ?」
はい、その通りです。
「横になればよくなるというものでもありませんので。座っている方が楽なんです」
どうだ、否定できないだろ?
「そんなものなんですね」
ふと遠い目をしたジランチェニシス、
「喘息と同じだ」
ポツンと独り言を言った。
これにピエッチェが食いついた。
「風邪を引いたこともないと仰いましたが、喘息の経験はおありで?」
苦笑するジランチェニシス、
「わたしではありません。以前、一緒に暮らしていた人がそうでした」
ずっと見ていたピエッチェから目を逸らす。
「以前と言う事は、今は居らっしゃらない?」
「えぇ……」
チラリとピエッチェを見てからジランチェニシスが答える。
「亡くなりました。二十年以上も前のことです」
「二十年以上も? 失礼ですがジランチェニシスさんはおいくつですか?」
「わたし? いくつに見えます?」
「んー、三十を幾つか過ぎたくらい?」
「ピエッチェさんはキリよく二十と言ったところでしょうか?」
ジランチェニシスの母親が喘息持ちだったとの情報はない。だが、二十年以上前なら『一緒に暮らしていた』のは母親だ。母と言えば済むのに、『一緒に暮らしていた』と表現したのはなぜだろう?
「そんなに昔……ジランチェニシスさんはまだ子どもだったってことですね」
「えぇ、亡くなったのはわたしが十歳になる少し前でした」
「だったら親御さんではなく?」
ジランチェニシスがクスッと笑ったような気がした。
「わたしに親はいませんよ」
「早くに亡くされたのですか? 一緒に暮らしていたのは養親だとか?」
「まぁ、そんなところです――お顔の色が随分よくなってきましたね。そろそろ本題に移っても?」
本題? いったい何が始まる?
「本題と言いますと?」
警戒するピエッチェをジランチェニシスがクスッと笑う。
「この屋敷の購入をご検討いただけるのでは? フィアンセと一緒に暮らす家をお探しなんだと思っていたのですが?」
それか、すっかり忘れてた。
「あぁ、そうでした。頭痛のせいで失念していました――しかし、ここまで大きなお屋敷ではわたしには分不相応かと」
「ここなら大好きな魔物の飼育も可能ですよ」
「はぁ?」
コイツ、何を言ってるんだ?
「なぁに、魔物を飼育するのが悪いとは思っていません」
ジランチェニシスはピエッチェの反応を面白がっている。
「実はわたしも魔物を飼っていたんですよ。大きな地下室があると言いましたでしょう? 床は剝き出しの地面、そこでアリジゴクを育てました。可愛がっていたんですがね、浸水したものだから飼えなくなって泣く泣く森に放したんです。元気でいるといいのですが」
クルテの推測通り、コイツの目的はアリジゴクの敵討ちか?
「子どものころ住んでいた家にはウッドデッキがありましてね。その下で見付けたアリジゴクなんです。とても大きく育って、立派でした」
「アリジゴクなら二・三年でウスバカゲロウになるのでは?」
「本来ならね。でもわたしが好きなのはアリジゴク、じっと動かず獲物を待ち、ひとたび獲物が罠に掛かれば素早く動いて攻撃を仕掛け、けっして獲物を逃がさない。素晴らしいとは思いませんか?」
成虫にならないようにする魔法? そんなものがあるのか? いいや、事実、コイツはそんな魔法でアリジゴクをあそこまで大きくした。いつまで経っても成虫になれないなんて可哀想としか思えない――クルテの言葉を思い出す。花は自然のままに咲いているほうがいい……きっと花に限らず、全てありのままなのが一番幸せなんじゃないのか?
「可愛がっていたと言いますが、あなたに飼われてしまったせいで成虫になることもできずにいた。気の毒に思えます」
「成虫になれなくとも魔物にはなれました。魔物を飼っていたと言いましたよ」
「魔物にしたのもあなたなのでは? 魔物になりたがっていたとは思えない」
「えぇ、魔法で魔物に変えました。アリジゴクのまま、ずーっと生きてて欲しかったので。どんな生物も長生きしたいものです。誰かが余計なことをしなければあの子はあの森で永遠に生き続けるはずだった」
ふん、その言葉、死んでしまったと言ってるようなもんだぞ。何が『元気でいるといい』だ。
「ジランチェニシスさん、あなたは横暴な人だ。自分の欲望と勝手な思い込みで他者の運命を変える。そんなこと、許されていいものじゃない」
「なるほど。あなたが飼育している魔物は魔法の産物ではないから許されると?」
「許されないのは飼育云々じゃなく、魔法で生物を魔物に変えることを言っている。それに飼育なんかしてない」
「あぁ、飼育されているのはピエッチェさん、あなたのほうですか?――あなたのフィアンセは人間じゃありませんよね? いい趣味をお持ちだ」
チッと頭の中でクルテの舌打ちの音がした。それに構わずピエッチェが、
「へぇ? アイツが魔物だとでも言いたいか?」
ジランチェニシスを睨みつける
「魔物じゃないならなんなのです?」
「アイツは魔法使い、人間だ」
今度はクルテ、クスッと笑った。
(いい度胸だ)
たじろぐジランチェニシス、想定外の返答だったのだろう。
「人間? まさか……あれほどの魔力を持っていて?」
「魔法使いが魔力を有していても奇怪しくない」
そう答えたが内心、そんなに驚くほどかと思っているピエッチェだ。確かにクルテの魔力は強い。だが脅威を感じるほどじゃない。
ふっとジランチェニシスがピエッチェの顔を見た。
「まさか、あなた自身が魔物?」
「はぁ? 俺が魔物?」
「あなたからは魔力を感じない。なのに魔法を恐れもしなければ魔物を恐れることもない――あなた自身が魔物で、魔力を隠す能力を持っているなら納得できる」
クルテの魔法か女神の祝福のお陰だ。が、わざわざ教える必要なんかない。
ピエッチェを睨みつけて唸るジランチェニシス、ピエッチェが魔物と言うのはやはり無理があると思い直しているようだ。
「あなたが魔物でないならば、やはり彼女が魔物、違うとは言わせません。屋敷への誘導路の入り口でわたしは確かに彼女を見た。なのに突然姿を消した」
「だから魔法です。あなたもあそこでいきなり現れた。同じ魔法です」
「同じ魔法? だったらやっぱり彼女は人間ではありません。気が付いていないのですか? わたしが魔物だと言う事に」
ジランチェニシスがニヤッと笑った。
(ハッタリだ)
頭の中でクルテの声、何を根拠にと思うが、
「ご冗談は大概になさってください――ジランチェニシスさん、わたしを揶揄って楽しもうったって無理ですよ」
ピエッチェがニッコリ笑う。
「あなたはどこから見たって人間だ。魔法が扱えるだけのただの人間、魔法使いだ」
「わたしが魔物だと、なにがなんでも認めないつもりですね。わたしが人間なら、あなたの婚約者も人間、そんな理屈を通そうとしていらっしゃる」
「それが事実ですから」
「事実なもんか!」
初めてジランチェニシスが声を荒げた。
「わたしは魔物だ。人間を捨てて魔物になった――人間のおまえに、わたしの苦悩が判るものか!」
見る見るジランチェニシスの形相が変わる。穏やかな笑みは消え、ギラギラと怒りに燃える鋭い眼光、こうなるとラクティメシッスに似ても似つかない。
同時にグラグラと部屋が揺れ始め、咄嗟に立ち上がるピエッチェ、もちろんクルテも立ちあがる。
(こいつ、本当に魔物になっちまったのか?)
頭の中でピエッチェが呟いた。すると
(なりたがっているだけだ、多分)
笑いを含んだクルテの声が答えた。
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