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10章 友好と敵対
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毒見をさせたつもりはないが実際のところ、食べてもクルテに異常がないのを確認してから食べた。心のどこかで『こいつは魔物だから、毒を食っても姿をリセットすれば済む』と思っていたことも否定できない。でもそれは、クルテが毒に影響されないと知ってるからできることだ。そうじゃなきゃなんとしてでも止めた。
が、ここで言い訳をしたところで意味がない。ジランチェニシスを喜ばせるだけだ。しかも『実は精霊じゃなくて魔物なんです』なんて言えやしない。
「俺が相応しいかどうかなんて、この際どうでもいい。カテロヘブ王が本物なら、おまえは彼女を手に入れる。それでいいのでは? しかし……執拗いかもしれないが彼女は精霊じゃない、人間だぞ」
「仕方のない人ですねぇ。どうしても彼女を人間だと思いたいのかな? 本気で恋をなさっている?」
あぁ、本気さ。それがどうした? が、ピエッチェが答える前にジランチェニシスが楽しげに笑った。
「ありえませんね。本気で恋をしてるなら、たとえどんなに価値のあるものを提示されても交換に応じたりしませんね」
「それを言うなら、おまえだってそうじゃないか。フレヴァンスに恋をしてたんじゃなかったのか?」
ジランチェニシスの笑みが薄いものに変わった。
「そりゃあ、そう感じていたころもありました。けれど再会を果たしたフレヴァンスはもう少女ではなく、わたしも少年ではなくなっていた。彼女の笑顔はあの時のように純粋ではないでしょうし、わたしが感涙を零すこともない。きっと、恋した相手は『思い出』なのですね……」
ありそうな話で納得してしまいそうになるが、コイツの話はどこが真実でどこが虚構か判らない。マデルから聞いた話とほぼ一致しているから十七年前、王宮の庭でフレヴァンスにぬいぐるみを渡したことは間違いなさそうだ。でも、それ以外は? 都合よく作り上げた話だと、疑ってかかったほうがよさそうだ。
まぁ、コイツの心情などどうでもいい。王女を含めて連れ去られた人々を無事に家族のもとに返す。そのために来た。
階段を上りきった先のドアを開けると通路のような狭い部屋、両側の壁の棚にあるのは食材、食糧庫だろう。前方に見えているドアを抜ければきっと厨房……思った通り、先にあったドアの向こうはキッチンだった。
「人に頼んで朝夕の食事をここで作って貰ってるんです」
厨房を抜けながらジランチェニシスが言った。
「でも、作って貰うだけ。部屋に運んでいるのはわたしです」
調理人に運ばせたら十三人もの人を閉じ込めていることが知られてしまはずだ。
「十人以上の食事なら相当な量、用意するのを頼まれた人は不審に思ったのでは?」
いくら大食漢でもそんなに食べられやしない……んじゃないか?
「時刻を変えて、毎日二人の調理人が食事の支度をしに来ます。魔法で傷まないようにするから朝食用と夕食用、七日分作らせます。次に来るのは七日後……十四人の調理人を雇っていることになりますが、屋敷を出るときに、ここで調理したことを魔法で忘れさせるので、問題ありません」
悪知恵には感心するよ……
厨房の先には、ドアが並んだ廊下があった。ドアの数は左右七対で十四、ここに閉じ込めているのだろうか? 隣室との間隔が狭く、居室としては狭そうだ。
「母親が一緒に来た娘以外は一室ずつ与えています」
「母娘は同じ部屋?」
「はい、でも、同室にしたところで意味はないのですけどね」
ジランチェニシスが溜息をつく。意味がないとは何を意味する?
「部屋に閉じ込められた人たちが大声で助けを求めたりはしなかった? 魔法で音漏れを防いだとか?」
「そんな必要はありませんでした――ここに来た時は、なんでだろう? みんな魂が抜けたような状態で」
「魂が抜けた?」
「えぇ……一点を見詰めたまま身動ぎ一つしない。眠れと命じれば眠りもする、食べろと言えば食べもする。だけどそれも、身体を横たえてやって、瞼を下ろしてやればの話。手にスプーンやフォークを持たせ、目の前に皿を置いてやればの話」
グレイズの女房を思い出す。同じ症状だと思った。ここに連れて来られるとき、どれほど怖い思いをしたんだろう?
(ったく! おまえはお人よしだな)
ピエッチェの頭の中でクルテが嘲笑う。
(ヤツの言葉を真に受けるな。何度言ったら判る? 逃げ出したり暴れたりしないように、ヤツが魔法を使ったのかもしれないじゃないか)
「とにかく会わせてくれ。どうやって連れ帰るかを検討しなきゃならない――お楽しみのカテロヘブ王は最後に取っておこう」
「ついてこいと言えばぞろぞろとついて行くと思いますよ?」
ニヤリとイヤな笑い方をしてジランチェニシスが一番手前のドアに手を伸ばした。
「手前から左五部屋、右六部屋は街人、カテロヘブ王は一番奥の向かって左の部屋です。何しろ国王、隣と向かい側の部屋は空室にしました。せめてもの気遣いです――さぁどうぞ。他の部屋もご自由にご覧ください」
開け放たれたドアの中を廊下から覗く。ベッドは二台、それだけでいっぱいの狭い部屋だ。まだ若い女がベッドの上に座り、宙を見据えている。もう一つのベッドは空だ。ドアが開いたことにも、ピエッチェが覗き込んだことにも関心を示さない。
(魔法だな)
クルテの呟き、
(あぁ、魔法だ。ジランチェニシスのヤツ、俺は魔法が全く使えないと思い込んでる。魔法の気配や魔力も読み取れないと思ってくれている)
今度は面に出さないよう気を付けて、心の中で苦笑したピエッチェだ。王室魔法使いのマデルにさえ気取られてないんだ。判らないのも当然か。
中には入らず、向かい側の部屋に行った。覗き込めばこちらは若い男、まだ少年かも知れない。最初の女と同じような虚ろな目、まるで蝋人形のようだ。次々と部屋を検めたが、みな同じだった。違いと言えば母娘は互いに抱き締め合い、一つのベッドに居たことだけだ。
「その二人、引き離そうとしても離れなかったんです」
困り顔でジランチェニシスが言ったが、これは嘘だ。母娘を縛り付ける魔法の存在にピエッチェとクルテが気付かぬはずがない。
街人たちに掛けられた魔法は大したものじゃなかった。魔法封じの術を使わなくても正気に戻せると感じた。彼らに対して、ジランチェニシスはすぐに興味を失くしたのだろう。だから温和しくさせる魔法もおざなりになった。ジランチェニシスの魔力を考えれば、ちゃんと魔法を掛けたとも思えないできだ。
(案外、これこそぬいぐるみが使った魔法かも知れないよ)
クルテがクスリと笑った。
「さてと……ザジリレン国王との対面と行くか」
カテロヘブ王がいると言われた部屋の前に立つ。するとジランチェニシスが
「カテロヘブ王の顔はご存知で?」
と尋ねた。
「あぁ、これでもザジリレンの騎士、国王の顔くらい知っている。声もな」
「では、どんな容貌か、ドアを開ける前に仰っていただきたい」
「それはなぜ?」
「わたしはローシェッタから出たことがない。当然カテロヘブ王の顔など見たこともない――この部屋にいる男はカテロヘブ王を名乗った。それをわたしは信じたが、本物か偽物かは実のところ判らない」
「それで?」
「もし本物だとしても、あなたが偽者だと言ったら? わたしを偽るのは簡単だ」
ピエッチェが苦笑する。
「俺はまだ、取引すると明確に言ってないからな。気が変わって、取引不成立を言い出すと思ったか?――だけどジランチェニシス、もし本物なら、俺はチャンスを逃すことになるぞ?」
「しかし……本当にあなたはカテロヘブ王を知っているのか?」
「えぇ、知っていますよ。でも、今、王の容貌をあなたに言うわけにはいかないな。何しろあなたは目暗ましが得意と来てる」
「う……」
ジランチェニシスが悔しそうな顔になった。
ピエッチェの頭の中でクルテが笑う。
(やっぱりね)
部屋の中の男がピエッチェの言うカテロヘブと違っていたら、目暗ましを使う気でいる――ジランチェニシスがカテロヘブの容貌を知りたがるとすぐ、ピエッチェに忠告したクルテだった。
「いや、しかし……」
ジランチェニシスは諦めが悪い。さらに言い募る。
「もし偽者だと言われたら、わたしはあの男をどうしたらいいんだろう?」
「えっ?」
思いもしないジランチェニシスの言葉にピエッチェが戸惑う。
「どうしたら、って?」
「カテロヘブ王でないのなら、あの男はわたしを騙した。嘘吐きは魔物に変えるべきだ――でも、どんな魔物にしたらいいのか思いつきません」
「あ……何も魔物に変えるだなんて。だいたい、人を魔物に変える魔法なんてない」
「いいえ、ありますよ」
ジランチェニシスがピエッチェを見てニヤリと笑った。いやな予感に身構える。
「なんだったら、あなたを魔物に変えて見せましょうか?」
「む……」
「どんな魔物がいいかな? 自分の欲のために婚約者だと言っていた精霊を簡単に手放す。毒見をさせても平気でいる。そんな俗物に相応しい魔物はなんでしょうね?」
「まさか、フレヴァンスも魔物に変えたのか?」
「あぁ、そうか、その手があった――魔物に変えるぞと脅したら、泣いてばかりいるフレヴァンスも笑ってくれるかもしれませんね」
取り敢えず、フレヴァンスは絵に閉じ込められているだけだとホッとするピエッチェの頭に、クルテの叱責が響く。
(ヤツのペースに嵌るな!)
「うっ……」
殴られたような頭痛に顔を顰めるピエッチェ、
「おやおや、またも頭痛の発作ですか?」
面白そうにピエッチェを見るジランチェニシス、
(ごめん、つい焦っちゃった……)
クルテの謝罪も頭痛を納めはしない。かと言って責める気もない。
頭痛を堪えてピエッチェがジランチェニシスに言った。
「ところで……人間を魔物にしたところで姿は人間のままだろ? どんな魔物に、なんて考えるのは無駄じゃないか?」
「えっ? いや、見くびって貰っては困ります。虫にでも獣にでも、なんだったら鳥とか、そうだ、人魚とかにだって変えてみせますよ」
「へぇ、そうなんだ……」
ピエッチェがニヤリと笑う。
「ハァピーとかは無理か?」
「ハァピー? まぁできますが、あれはメスしかいないんじゃ?」
「なるほど、魔物に変えられても性別は無理?」
「いいえ、無理とは言いませんよ。ただ、やったことがないので」
「それじゃあ、髪の色や瞳の色は? 思い通りの顔形に変えてくれるなら、魔物になるのも悪くないかって思えてきた」
「そんなのは簡単です。ピエッチェさん、美男子になりたい?」
「そうだね、悪くないね――でさ、自分は魔物だって言ってたけど、その魔法でってことだよな?」
「ま、そう言うことになりますね」
「それならなんで、見たくもない自分の顔を変えなかったんだ?」
ジランチェニシスが息を飲んでピエッチェを見た。
が、ここで言い訳をしたところで意味がない。ジランチェニシスを喜ばせるだけだ。しかも『実は精霊じゃなくて魔物なんです』なんて言えやしない。
「俺が相応しいかどうかなんて、この際どうでもいい。カテロヘブ王が本物なら、おまえは彼女を手に入れる。それでいいのでは? しかし……執拗いかもしれないが彼女は精霊じゃない、人間だぞ」
「仕方のない人ですねぇ。どうしても彼女を人間だと思いたいのかな? 本気で恋をなさっている?」
あぁ、本気さ。それがどうした? が、ピエッチェが答える前にジランチェニシスが楽しげに笑った。
「ありえませんね。本気で恋をしてるなら、たとえどんなに価値のあるものを提示されても交換に応じたりしませんね」
「それを言うなら、おまえだってそうじゃないか。フレヴァンスに恋をしてたんじゃなかったのか?」
ジランチェニシスの笑みが薄いものに変わった。
「そりゃあ、そう感じていたころもありました。けれど再会を果たしたフレヴァンスはもう少女ではなく、わたしも少年ではなくなっていた。彼女の笑顔はあの時のように純粋ではないでしょうし、わたしが感涙を零すこともない。きっと、恋した相手は『思い出』なのですね……」
ありそうな話で納得してしまいそうになるが、コイツの話はどこが真実でどこが虚構か判らない。マデルから聞いた話とほぼ一致しているから十七年前、王宮の庭でフレヴァンスにぬいぐるみを渡したことは間違いなさそうだ。でも、それ以外は? 都合よく作り上げた話だと、疑ってかかったほうがよさそうだ。
まぁ、コイツの心情などどうでもいい。王女を含めて連れ去られた人々を無事に家族のもとに返す。そのために来た。
階段を上りきった先のドアを開けると通路のような狭い部屋、両側の壁の棚にあるのは食材、食糧庫だろう。前方に見えているドアを抜ければきっと厨房……思った通り、先にあったドアの向こうはキッチンだった。
「人に頼んで朝夕の食事をここで作って貰ってるんです」
厨房を抜けながらジランチェニシスが言った。
「でも、作って貰うだけ。部屋に運んでいるのはわたしです」
調理人に運ばせたら十三人もの人を閉じ込めていることが知られてしまはずだ。
「十人以上の食事なら相当な量、用意するのを頼まれた人は不審に思ったのでは?」
いくら大食漢でもそんなに食べられやしない……んじゃないか?
「時刻を変えて、毎日二人の調理人が食事の支度をしに来ます。魔法で傷まないようにするから朝食用と夕食用、七日分作らせます。次に来るのは七日後……十四人の調理人を雇っていることになりますが、屋敷を出るときに、ここで調理したことを魔法で忘れさせるので、問題ありません」
悪知恵には感心するよ……
厨房の先には、ドアが並んだ廊下があった。ドアの数は左右七対で十四、ここに閉じ込めているのだろうか? 隣室との間隔が狭く、居室としては狭そうだ。
「母親が一緒に来た娘以外は一室ずつ与えています」
「母娘は同じ部屋?」
「はい、でも、同室にしたところで意味はないのですけどね」
ジランチェニシスが溜息をつく。意味がないとは何を意味する?
「部屋に閉じ込められた人たちが大声で助けを求めたりはしなかった? 魔法で音漏れを防いだとか?」
「そんな必要はありませんでした――ここに来た時は、なんでだろう? みんな魂が抜けたような状態で」
「魂が抜けた?」
「えぇ……一点を見詰めたまま身動ぎ一つしない。眠れと命じれば眠りもする、食べろと言えば食べもする。だけどそれも、身体を横たえてやって、瞼を下ろしてやればの話。手にスプーンやフォークを持たせ、目の前に皿を置いてやればの話」
グレイズの女房を思い出す。同じ症状だと思った。ここに連れて来られるとき、どれほど怖い思いをしたんだろう?
(ったく! おまえはお人よしだな)
ピエッチェの頭の中でクルテが嘲笑う。
(ヤツの言葉を真に受けるな。何度言ったら判る? 逃げ出したり暴れたりしないように、ヤツが魔法を使ったのかもしれないじゃないか)
「とにかく会わせてくれ。どうやって連れ帰るかを検討しなきゃならない――お楽しみのカテロヘブ王は最後に取っておこう」
「ついてこいと言えばぞろぞろとついて行くと思いますよ?」
ニヤリとイヤな笑い方をしてジランチェニシスが一番手前のドアに手を伸ばした。
「手前から左五部屋、右六部屋は街人、カテロヘブ王は一番奥の向かって左の部屋です。何しろ国王、隣と向かい側の部屋は空室にしました。せめてもの気遣いです――さぁどうぞ。他の部屋もご自由にご覧ください」
開け放たれたドアの中を廊下から覗く。ベッドは二台、それだけでいっぱいの狭い部屋だ。まだ若い女がベッドの上に座り、宙を見据えている。もう一つのベッドは空だ。ドアが開いたことにも、ピエッチェが覗き込んだことにも関心を示さない。
(魔法だな)
クルテの呟き、
(あぁ、魔法だ。ジランチェニシスのヤツ、俺は魔法が全く使えないと思い込んでる。魔法の気配や魔力も読み取れないと思ってくれている)
今度は面に出さないよう気を付けて、心の中で苦笑したピエッチェだ。王室魔法使いのマデルにさえ気取られてないんだ。判らないのも当然か。
中には入らず、向かい側の部屋に行った。覗き込めばこちらは若い男、まだ少年かも知れない。最初の女と同じような虚ろな目、まるで蝋人形のようだ。次々と部屋を検めたが、みな同じだった。違いと言えば母娘は互いに抱き締め合い、一つのベッドに居たことだけだ。
「その二人、引き離そうとしても離れなかったんです」
困り顔でジランチェニシスが言ったが、これは嘘だ。母娘を縛り付ける魔法の存在にピエッチェとクルテが気付かぬはずがない。
街人たちに掛けられた魔法は大したものじゃなかった。魔法封じの術を使わなくても正気に戻せると感じた。彼らに対して、ジランチェニシスはすぐに興味を失くしたのだろう。だから温和しくさせる魔法もおざなりになった。ジランチェニシスの魔力を考えれば、ちゃんと魔法を掛けたとも思えないできだ。
(案外、これこそぬいぐるみが使った魔法かも知れないよ)
クルテがクスリと笑った。
「さてと……ザジリレン国王との対面と行くか」
カテロヘブ王がいると言われた部屋の前に立つ。するとジランチェニシスが
「カテロヘブ王の顔はご存知で?」
と尋ねた。
「あぁ、これでもザジリレンの騎士、国王の顔くらい知っている。声もな」
「では、どんな容貌か、ドアを開ける前に仰っていただきたい」
「それはなぜ?」
「わたしはローシェッタから出たことがない。当然カテロヘブ王の顔など見たこともない――この部屋にいる男はカテロヘブ王を名乗った。それをわたしは信じたが、本物か偽物かは実のところ判らない」
「それで?」
「もし本物だとしても、あなたが偽者だと言ったら? わたしを偽るのは簡単だ」
ピエッチェが苦笑する。
「俺はまだ、取引すると明確に言ってないからな。気が変わって、取引不成立を言い出すと思ったか?――だけどジランチェニシス、もし本物なら、俺はチャンスを逃すことになるぞ?」
「しかし……本当にあなたはカテロヘブ王を知っているのか?」
「えぇ、知っていますよ。でも、今、王の容貌をあなたに言うわけにはいかないな。何しろあなたは目暗ましが得意と来てる」
「う……」
ジランチェニシスが悔しそうな顔になった。
ピエッチェの頭の中でクルテが笑う。
(やっぱりね)
部屋の中の男がピエッチェの言うカテロヘブと違っていたら、目暗ましを使う気でいる――ジランチェニシスがカテロヘブの容貌を知りたがるとすぐ、ピエッチェに忠告したクルテだった。
「いや、しかし……」
ジランチェニシスは諦めが悪い。さらに言い募る。
「もし偽者だと言われたら、わたしはあの男をどうしたらいいんだろう?」
「えっ?」
思いもしないジランチェニシスの言葉にピエッチェが戸惑う。
「どうしたら、って?」
「カテロヘブ王でないのなら、あの男はわたしを騙した。嘘吐きは魔物に変えるべきだ――でも、どんな魔物にしたらいいのか思いつきません」
「あ……何も魔物に変えるだなんて。だいたい、人を魔物に変える魔法なんてない」
「いいえ、ありますよ」
ジランチェニシスがピエッチェを見てニヤリと笑った。いやな予感に身構える。
「なんだったら、あなたを魔物に変えて見せましょうか?」
「む……」
「どんな魔物がいいかな? 自分の欲のために婚約者だと言っていた精霊を簡単に手放す。毒見をさせても平気でいる。そんな俗物に相応しい魔物はなんでしょうね?」
「まさか、フレヴァンスも魔物に変えたのか?」
「あぁ、そうか、その手があった――魔物に変えるぞと脅したら、泣いてばかりいるフレヴァンスも笑ってくれるかもしれませんね」
取り敢えず、フレヴァンスは絵に閉じ込められているだけだとホッとするピエッチェの頭に、クルテの叱責が響く。
(ヤツのペースに嵌るな!)
「うっ……」
殴られたような頭痛に顔を顰めるピエッチェ、
「おやおや、またも頭痛の発作ですか?」
面白そうにピエッチェを見るジランチェニシス、
(ごめん、つい焦っちゃった……)
クルテの謝罪も頭痛を納めはしない。かと言って責める気もない。
頭痛を堪えてピエッチェがジランチェニシスに言った。
「ところで……人間を魔物にしたところで姿は人間のままだろ? どんな魔物に、なんて考えるのは無駄じゃないか?」
「えっ? いや、見くびって貰っては困ります。虫にでも獣にでも、なんだったら鳥とか、そうだ、人魚とかにだって変えてみせますよ」
「へぇ、そうなんだ……」
ピエッチェがニヤリと笑う。
「ハァピーとかは無理か?」
「ハァピー? まぁできますが、あれはメスしかいないんじゃ?」
「なるほど、魔物に変えられても性別は無理?」
「いいえ、無理とは言いませんよ。ただ、やったことがないので」
「それじゃあ、髪の色や瞳の色は? 思い通りの顔形に変えてくれるなら、魔物になるのも悪くないかって思えてきた」
「そんなのは簡単です。ピエッチェさん、美男子になりたい?」
「そうだね、悪くないね――でさ、自分は魔物だって言ってたけど、その魔法でってことだよな?」
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「それならなんで、見たくもない自分の顔を変えなかったんだ?」
ジランチェニシスが息を飲んでピエッチェを見た。
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