秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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12章 王の恋人

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 するとクルテがクスッと笑った。
「そこなんだよね、なんにも思いつかない」

「でしょうねぇ。まぁ、全員で一緒に食事ができるからヨシとしましょう」
微笑むラクティメシッス、少し安心したようだ。ザジリレンに向かう途中で余計ごとに巻き込まれたくないとでも思ったのだろう。

 ところがクルテ、
「でも、もし明日、雨だったら村人に訊いて回ろうかな?」
ニッコリ笑う。へっ? っと呆れ顔のラクティメシッス、ピエッチェが、
箝口令かんこうれいが敷かれたってボシェッタ爺さんが言ってた。村人だって知らないさ。もし知ってるとしても当時の村長むらおさとかだ。六十年前のことなんだから亡くなってると思うぞ」
とクルテを見る。

 するとクルテがまたもニッコリ笑った。
「ソノンセカの村人はずーっと昔から生きているってカッチーが言ってたのを忘れた? だったら知ってる人もいるかもしれないよ? まぁ、怪死事件は判らなくても、その噂の出どころは判るかもしれない」
止めたって無駄そうだ。

「でも、雨じゃなかったらミテスク村に向かいますから。それでいいですね?」
ラクティメシッスが念を押す。雨天に封印の岩を上るのは危険、どうせ一日空いてしまう。だったら好きにさせておこうと思ったのだろう。

 カッチーとオッチンネルテがティーセットをトレイに乗せて戻ってきた。
「受付の横のちょっと奥まったところに客用のミニキッチンがありました」
勝手に使えってことだ。

「で、ここの見取り図は食器を下げに来るとき持ってきますって」
「図面を汚すと拙いからって言ってましたね。そんなドジじゃありませんよって言いたかったです」
カッチーの言葉を受けてオッチンネルテが不満そうに言う。オッチンネルテが遠慮がちなのは気弱さもある。そんな気弱な彼がカテロヘブをかたった。よっぽどの覚悟が有ったのだとピエッチェは感じていた。

 その覚悟はザジリレンに対する愛国心か? それとも主人ネネシリスを思ってか? あるいはもっと別のものからか?

 クルテが寝室に置き去りにしていたチェリーパイの入った箱を持ってきた。
「なんだ、まだ食べてなかったの?」
マデルが言うと、
御者ぎょしゃさんはチェリーパイ食べるの難しそう」
クルテが答えた。『言えてる』とマデルがニッコリし、
「すっごく甘かったわよ」
コソッと付け加えた。
「ふぅん……」
とピエッチェを見上げるクルテ、
「今、食べたくないって思ったよね?」
怖い顔で訊いてくる。図星だ。って言うか、おまえ、心を読んだんだろ?

「イヤ、まぁ、なんだ……」
「一緒に食べようと思って、今まで我慢してたのに?」
やっぱ、そうくるか。ここは我慢して食べるしかなさそうだ。ところが……

「カッチー、ソーサー二枚ちょうだい。わたしとピエッチェはカップだけでいい」
クルテがお茶を淹れていたカッチーに頼む。ソーサーを受け取るとチェリーパイを箱から出して乗せた。そしてお茶を運んで来たカッチーに
「これ、カッチーにあげる」
一皿差し出した。

「えっ? えっと、だって?」
戸惑ったカッチーがピエッチェを見る。
「悪いな、食べてくれると助かる」
ピエッチェが微笑むとちょっと嬉しそうな顔をしたが、気まずそうにクルテを見る。クルテが頷くと安心したようで、いつも通りクルテの隣に座った。

 三脚並んだ真ん中の椅子に座っていたクルテ、カッチーが座ると身体をそちらに向けた。自然、ピエッチェには背中を向ける形になる。カッチーにパイを譲るように仕向けたのはクルテなのに、怒っている?

「カッチーが一緒に食べてくれて嬉しい」
「え? いや、俺なんかですいません。本当はピエッチェさんと食べたかったんですよね」
「いいの、カッチーと食べたいの」
「またまた、クルテさんったらそんなこと言っちゃって」
「ホントだって。カッチーのこと、大好きだもん」
「いや、クルテさん……」

 ピエッチェにはクルテの影で見えないが、カッチーが照れやらピエッチェへの遠慮やらなんやらで困惑しているのが伝わってくる。マデルとオッチンネルテは口出しするか迷っているが今のところ黙っている。ラクティメシッスは冷ややかな目でクルテを見ていた。

「ねぇ……今夜はカッチーと同じ部屋で寝てもいい?」
「え? えぇえぇっ!」
カッチーが驚き過ぎて小さな悲鳴を上げる。

「だって、そんなの無理です、だってだって!」
「わたしと一緒はイヤ?」
「イヤ、そうじゃなくって!」

「クルテ! いい加減にしなさい!」
とうとうマデルが止めに入った。
「ピエッチェも! 黙ってないで何か言ったらどうなの?」

 ところがピエッチェは何も言わない。難しい顔をして黙り込んでいる。
「まったくなんなのよ!?」
マデルが呆れかえり、
「一緒に食べてくれなかったのがそんなに悲しかった?」
とクルテに向き直る。
「でもね、そんな事でカッチーを巻き込んじゃダメ。困ってるじゃないの、可哀想だわ」

 するとフフンとクルテが笑った。
「悲しくなんかないよ。ただ、一緒に食べてくれる人が欲しかっただけ。でもそう、マデルの言う通り。カッチーじゃなくオッチンネルテにしとけばよかった」
「クルテ! あんた、自分がなに言ってるか判ってるの!?」
マデルの怒鳴り声、溜息を吐いてクルテが立ち上がる。

「判った! わたしと一緒に食べてくれる人は居ない。よく判った!」
クルッと後ろを向くと、一番近くの寝室のドアに向かう。
「クルテ、待ちなさい!」
引き留めようと立ち上がるマデル、ドアを開けていたクルテが振り返りテーブルに戻ってくる。
「ねぇ、クルテ、意地を張らな――」
マデルが途中で言葉を止める。

 戻ってきたものの、自分のパイとカップを持つと寝室に入りパタリとドアを閉めたクルテ、カチャッと鍵を閉める音がした。
「クルテ……」
力が抜けたように椅子に崩れ落ちるマデル、ラクティメシッスが
「これもいつものこと?」
そっと尋ねている。

「クルテはね、そりゃあ確かにちょっと変わってるとは思う。でもね、あんなのは初めて。揉めることもあるわよ、でもそんな時は――」
ここまで言ってテーブルに投げ出していた身体を起こしたマデル、
「ピエッチェ! なんであんた黙ってるのよ!? あんたが一言『やめろ』って言えば納まるのに」
ピエッチェを責める。

 マデルをチラッと見たがピエッチェは黙っている。何か言えばマデルに八つ当たりしてしまいそうだった。

 我慢して食べよう、そう思った途端、クルテが言った。
『今、食べたくないって思ったよね?』
明らかに怒っていた。

 悪かったよ、機嫌を直せ。そんなに怒るなよ。ピエッチェが心で訴えてもクルテからの反応はない。背中を向けたクルテに
⦅そんなに冷たくするな……好きだよ、クルテ⦆
縋るように伝えたのに反応がない。それどころか
『大好き』
とカッチーに言った。そして、
『今夜はカッチーと同じ部屋で寝てもいい?』
と続いた。

 当てつけなのは判っていた。判っていても受けた衝撃を解消しきれなかった。

 クルテはカッチーとの同室を望み、マデルに窘められるとオッチンネルテにしておけばよかったと言った。ピエッチェでなくてもいいと言ったのだ。だが、それは大したことじゃない。本心じゃないと思うこともできた。

 クルテは言った、優しい声で。
『カッチーのこと、大好きだもん』

 強烈なパンチをまともに食らったような胸の痛みに息が止まるかと思った。ピエッチェが『好きだ』と訴えたタイミングでカッチーに? 意味合いが違うと判ってたってどうにもならない。

 今までだって、クルテがマデルに『好き』と言うたびチクチクと痛みを感じた。クルテは幸せそうな顔でマデルを『お姉さん』と呼び『大好き』と伝えている。それを見て安心すると同時に感じる鈍い嫉妬、どうして俺には『好き』と言ってくれない?

 意味合いが違ってたっていい、みんな大好きと同じでもいい。でもそんな軽い好きでさえ、おまえは一度も俺に言ってくれたことがない。なぜ言ってくれない?

 ギリギリと胸が痛む。締め付けられる。俺を見詰める瞳に、見せる微笑みに、懐に縋ってくる温もりに、思ってくれていると感じていたのは俺の思い込みなのか? 言葉では解決できないと知っているけれど、今はおまえの一言が欲しい。たとえ意味が違うものでも構わない。好きだよ、それだけで俺は救われる……

「ピエッチェ……」
何も答えないピエッチェにマデルが溜息を吐く。
「わたしの知らないところで何かあった?」
ピエッチェはやっぱり答えない。テーブルに肘を立て、てのひらに乗せた顔をそむけたままだ。

 そんなピエッチェをしばらく眺めていたが、意を決したようにマデルが訊いた。
「クルテから聞いたんだけど、あんたたち、まだ結ばれていないって本当?」
ピエッチェは微動だにしない。むしろカッチーやオッチンネルテが明瞭に反応を示す。驚きを隠すこともなくマデルを見、ピエッチェを見た。

「だって……ピエッチェさんとクルテさんって、同じベッドで寝てるんですよね?」
おっかなびっくりカッチーがマデルを見て言った。カッチーをチラリと見てから、マデルがピエッチェに視線を戻す。

「クルテがね、自分が貧相だからそんな気にならないんだと思うって言ってたわ。それは思い違いよって答えたけど、本当のところどうなの?」
マデルの隣でラクティメシッスが探るような目をピエッチェに向けている。

「ボシェッタ爺さんの店で『何も保証できない』って言ったんだって? クルテは保証なんかしてくれなくてもいいって言ってたわ。ピエッチェ、あのがなにを欲しがっているのか、判らないの?」
すると横からラクティメシッスが
「そもそもどうして二人は同衾どうきんするようになったんですか?」
とマデルに訊いた。

「ラスティンは暫く黙ってて。知りたきゃあとで教える」
「いいや、今すぐ聞きたいですね。そのあたりに原因があるように感じます――違いますか?」
最後の質問はピエッチェに向けたものだ。が、ピエッチェは無反応、仕方なくマデルが答えた。

「クルテは男の人に乱暴されそうになったことがあるのよ。その時のことを夢に見てよくうなされてた。でも、ピエッチェと一緒ならそんな夢は見なくなった――そうね、最初はピエッチェが同情したってこと、だけど今は違う。ピエッチェはクルテが好きだし、クルテだってピエッチェが好きよ」
「それはクルテから? それともピエッチェから聞いた?」
「二人からよ」

「まぁ、ピエッチェだってクルテから聞いたってことですよね。本当なのかな?」
「はぁ!? クルテが嘘を言ってるって言うの? うなされてるのはピエッチェだって見てるわ」
「そうですか。それじゃあ真実なのかな? もっとも、わたしとしてはこのまま関係を解消したほうがいいと思いますけどね――付き合ってても、ピエッチェの負担が大き過ぎるだけです」
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