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13章 永遠の刹那
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「なに言ってるのよ……」
マデルの声に力がないのは泣きそうなのを堪えているからか?
「ラクティ、あんたはわたしが負担にならないから付き合ってるわけ?」
ちょっとだけ目を見開いてマデルを見たが、すぐにいつものうっすら笑んだ表情に戻ったラクティメシッス、
「そうですよ」
事も無げに言った。
「あなたといると楽なんです。緊張せずにいられます。あなたの前でなら居眠りだって平気で出来る。背負っているものを、一時的とはいえ忘れられます」
「なによ、自分のことばかりじゃないの?」
「えぇ、はっきりと判るのは自分のことだけですから。でもね、あなたのことを考えないわけじゃないです。わたしの背負っているものが、あなたの負担になっているだろうとは思っています」
「イヤ、負担とかって……でも、それなら負担が大き過ぎるって反対するのは理屈が通らないわ」
「一見するとそうかもしれませんね。だけど、よく考えてみてください。あなたが負担に思うのは、わたし自身についてですか? わたしではなく、わたしに付随しているもの、身分とか立場とか、そういったものなんだとわたしは思っているんです。そんなものは、いざとなれば捨てることだってできる。捨ててもいいと思っています」
マデルがじっとラクティメシッスを見る。
「捨てられやしないくせに……でもいいわ。言いたいことは判った。クルテ自信が負担だって言いたいわけね? でもね、負担がどうのって問題じゃないと思う。好きなものはしょうがないじゃないの」
「ふむ。だけどピエッチェも考え直してるんじゃ? 彼女に嫌気がさしたように見えますよ?」
「今はそうかもしれない。でも、一時的なものよ。やっぱりクルテが好きってなるに決まってる」
「未練とか、情とか? これを機に、きっぱり思い切るほうが身のためなんじゃないのかなぁ?」
ラクティメシッスがピエッチェを見る。
「まぁ、わたしが自分の責任を簡単に放棄できないのと同様、ピエッチェだってそのあたりはいろいろと考えているでしょうし。こうしろ、ああしろと他人が言ったところで決めるのは自分ですから――食事が運ばれてきたようです。この話はここまでってことで」
ラクティメシッスが立ち上がり、寝室に向かった。廊下に通じるドアを開け、宿の従業員を招き入れた――
食事の用意が整ってもクルテは部屋から出てこない。カッチーが何度もノックして声を掛けたが、まったくの無反応だ。
「全部のドアを開けてくれてて助かりましたね」
ラクティメシッスが苦笑する。開錠されていなければ、会議室に閉じ込められるところだった。
寝室の、廊下に通じるドアの錠は内側からしか掛けられないし鍵は必要ないタイプだ。それを閉めてしまえば廊下からは入って来れなくなる。会議室側の錠はクルテか持っている鍵で開け閉めしなくてはならないから開けっ放しになるが、居るのは身内だけだから用心する必要もない。
放っておくしかないと、クルテ抜きで食事を始めた。
「しかし、お嬢さんがいないとなると、宿の見取り図は不要かな?」
ポツリと言うラクティメシッスに、
「せっかく頼んだんだから見るだけ見ておけば? それに、頼んだのはピエッチェ、見たかったんでしょ?」
マデルが答える。
「あの廊下室の両側はどうなってるのか気になっただけだ」
黙っているわけにもいかず、ピエッチェが言った。
「この会議室は正方形、壁一面は寝室二つ分、廊下室は寝室一つ分もない」
「納戸とかじゃないでしょうか?」
答えたのはカッチーだ。
「俺の屋敷にもありますよ。階段の下とか、部屋として使うには狭い空間は物置として使ってます」
「そうね、宿には納戸が必要よね」
マデルがカッチーに賛同する。
「予備の食器やリネン類、季節ものを仕舞ったり」
「それならそれでいい。はっきりすればいいんだよ」
そう言ってピエッチェがふと顔を上げた。
「窓がないのは不便だな……雨音が聞こえる。どうやら本格的に降ってきたようだ」
他の四人も耳を澄まして様子を窺う。
「朝までに止みますかねぇ?」
止みそうもないと言いたげにラクティメシッスが溜息を吐いた。
食事が終わったら呼んで欲しいと宿から言われていた。ラクティメシッスに
「そろそろいいんじゃないですか?」
と言われたカッチーが戸惑う。ピエッチェが果物を取り分けた皿にまだ手をつけていなかった。
「いいのよ、呼んできて」
マデルが少しだけ微笑んでカッチーに頷く。ラクティメシッスはフンと詰まらなさそうな顔で眺めている。クルテのために取り分けたのだと、居合わせた四人は思ったが誰も言わない。
カッチーが従業員を呼びに行くとピエッチェも立ち上がり、果物を盛った取り皿を自分の寝室に持って行った。
「思い切れやしないのよ」
マデルの呟きに
「思い切らなきゃならない時もあるし、来るものです」
やはり詰まらなさそうにラクティメシッスが言った。
「こっちのドアがダメなら廊下側からって考えたみたいね」
ピエッチェの寝室の、廊下側のドアが開け閉めされた気配にマデルが言った。
「果物は寝室のテーブルに置いたようですよ?」
「クルテが出てきたらって思ったんじゃ?」
「そうなのかな? でもどうせ、お嬢さんはドアを開けないんじゃない?」
「どうしてそう思うの?」
「んー……なんとなく?」
ピエッチェが会議室に戻ってきたのはカッチーとほぼ同時だった。
「クルテ、どうだった?」
マデルが訊くが、ピエッチェは答えない。カッチーは何か言いたげだったが、
「すぐに食器を下げますって言ってました。片付けてからじゃないと、休めないそうです」
と言って自分の席に座った。
食器を下げに来た従業員は五名、今度も総出だ。他に客もいないのだから、そうなるか。五人がかりだから片付けも早い。汚れているようには見えなかったが、クロスも新しい物に替えた。そこまで終わると四人は退出し、受付係だけが残る。
筒状に丸めた紙をテーブルに置くと
「こちらがご希望の図面です。朝食を運び込む前に回収しますので、よろしくお願いします。くれぐれも汚したり破いたりしないでくださいませ」
と出て行った。きっと、受付係が今いる従業員のまとめ役なんだろう。カッチーが『そんなに心配しなくてもいいのに』とボソッと呟いた。
ピエッチェが立ち上がり、見取り図をテーブルに広げる。
「やっぱり、この一角が建物の中央になるようですね」
ラクティメシッスも立って見取り図を眺める。座っていてはよく見えない、マデルやカッチー・オッチンネルテも立ち上がった。
同じ大きさの部屋がいくつも並んでいるのが寝室、書き込まれた数字は一から四十七、きっと部屋番号、部屋数は四十七だ。他に玄関、事務室、浴室、厨房、番号のない部屋が五部屋、従業員用だと思われる。従業員用にはバスもあった。玄関から延びる廊下は二本、一本は厩に通じている。もう一本は先に進むと幾つも分岐していて、全ての客室を繋ぐ作りだ。従業員用の部屋がある区画は入り口にドアがあり、独立していた。
「ほかの部屋は全部、窓があるのかな? いや、浴室に隣接するところはやっぱりないようですね」
「厩のところもないみたいよ」
ラクティメシッスにマデルが答える。
「あぁ、そうですね。窓をつけたら部屋が馬の臭くなるからかな?」
「それってきちんと掃除すればいいんじゃなくって?」
「厩は幾ら掃除したって、臭うものですよ」
「浴室はここですね――使えるのかな?」
これはカッチー、
「入りたかったらどうぞって言ってたから使えるのでは?」
オッチンネルテが答えている。
「あとで行きますか?」
「どうしよう? いわくつきの宿の浴室って怖くないですか?」
「わたしも一人ではちょっと……でもカッチーが一緒なら大丈夫かなって」
「俺、まだ修行中なんで、頼りになりませんよ?」
怖い顔で黙って図面を睨みつけているのはピエッチェだ。
「やっぱり納戸でしたね」
ラクティメシッスが声を掛ける。ピエッチェは答えもせずに図面を見続けている。
会議室を囲む三面には六室、残り一面の中央に廊下、その両隣の空間は廊下側と会議室側にドアが書かれていた。
「会議室側のドアは潰してしまったんでしょうね」
図面を見たままピエッチェが答えた。
「なんのために?」
「えっ? うーーん、なんのためにと訊かれて、思いついたのは会議室を封鎖するためとしか……どうせ使わないのだから、ドアも要らないってことなんじゃ?」
「だとしたら、客室からのドアも潰すのでは?」
「それもそうですね」
ラクティメシッスも再び図面に視線を落とす。
暫くしてピエッチェが言った。
「さっき、寝室を出て廊下室の向こうに行ってみたんだ。会議室へのドアはあった。念のため開けようとしたが、施錠されてて開かなかった。で、その両隣には広い壁だけだった」
「この図面にあるドアはなかった?」
「そう言うことだな」
「気になるわね。なにを隠しているのかしら?」
マデルが気味悪そうに言った。
「何かを隠しているのかな?」
「だってピエッチェ、廊下室にはラスティンが言ったように何かの気配があったの。わたしも感じたわ」
するとオッチンネルテが珍しく口を挟んだ。
「わたしは何も感じませんでした。そのぉ……魔法使いのかただけが感じる気配なんでしょうか? カッチーは何か感じましたか?」
「えっと、いやぁ……」
口籠るカッチーに、ピエッチェが微笑む。
「気にするな、俺も何も感じてない」
「そうだったんですね。俺が鈍いのかと思っちゃいました」
「カッチー、それってわたしのことを鈍いって言ってるのと同じです」
オッチンネルテが笑った。そしてラクティメシッスもクスリと笑った。それがピエッチェの背中を冷やす。
何も感じてないなんて嘘だ。会議室に入った途端に何かがいるのは判った。だが、どこに居るのかはっきりしない。気配は廊下室のほうが強い、だから不用心に入って行くクルテに慌てもした。でも、廊下室に居るわけでもなかった。
ピエッチェが実はカテロヘブ王だと知っているラクティメシッスとオッチンネルテに、魔力があると知られるわけにはいかない。だから何も検知していないと嘘を吐いた。ザジリレン王家は魔法を使えないはずだ。しかし、嘘を吐いた理由はもう一つあった。カッチーだ。
カッチーも魔力を持ってる。ふとそう思った。口籠ったからかもしれない――今まで気が付けなかったのは女神の加護のせいだ。
カッチーは真の名をピエッチェたちにも明かしていない。単に貴族名が恥ずかしいのかと思っていたが、そうじゃなさそうだ。だけど……カッチーの素性を探る気にはなれない。隠すには隠すなりの理由があるはず、他人の秘密は暴けばいいってもんじゃない。必要になればきっと打ち明けてくれる。
マデルの声に力がないのは泣きそうなのを堪えているからか?
「ラクティ、あんたはわたしが負担にならないから付き合ってるわけ?」
ちょっとだけ目を見開いてマデルを見たが、すぐにいつものうっすら笑んだ表情に戻ったラクティメシッス、
「そうですよ」
事も無げに言った。
「あなたといると楽なんです。緊張せずにいられます。あなたの前でなら居眠りだって平気で出来る。背負っているものを、一時的とはいえ忘れられます」
「なによ、自分のことばかりじゃないの?」
「えぇ、はっきりと判るのは自分のことだけですから。でもね、あなたのことを考えないわけじゃないです。わたしの背負っているものが、あなたの負担になっているだろうとは思っています」
「イヤ、負担とかって……でも、それなら負担が大き過ぎるって反対するのは理屈が通らないわ」
「一見するとそうかもしれませんね。だけど、よく考えてみてください。あなたが負担に思うのは、わたし自身についてですか? わたしではなく、わたしに付随しているもの、身分とか立場とか、そういったものなんだとわたしは思っているんです。そんなものは、いざとなれば捨てることだってできる。捨ててもいいと思っています」
マデルがじっとラクティメシッスを見る。
「捨てられやしないくせに……でもいいわ。言いたいことは判った。クルテ自信が負担だって言いたいわけね? でもね、負担がどうのって問題じゃないと思う。好きなものはしょうがないじゃないの」
「ふむ。だけどピエッチェも考え直してるんじゃ? 彼女に嫌気がさしたように見えますよ?」
「今はそうかもしれない。でも、一時的なものよ。やっぱりクルテが好きってなるに決まってる」
「未練とか、情とか? これを機に、きっぱり思い切るほうが身のためなんじゃないのかなぁ?」
ラクティメシッスがピエッチェを見る。
「まぁ、わたしが自分の責任を簡単に放棄できないのと同様、ピエッチェだってそのあたりはいろいろと考えているでしょうし。こうしろ、ああしろと他人が言ったところで決めるのは自分ですから――食事が運ばれてきたようです。この話はここまでってことで」
ラクティメシッスが立ち上がり、寝室に向かった。廊下に通じるドアを開け、宿の従業員を招き入れた――
食事の用意が整ってもクルテは部屋から出てこない。カッチーが何度もノックして声を掛けたが、まったくの無反応だ。
「全部のドアを開けてくれてて助かりましたね」
ラクティメシッスが苦笑する。開錠されていなければ、会議室に閉じ込められるところだった。
寝室の、廊下に通じるドアの錠は内側からしか掛けられないし鍵は必要ないタイプだ。それを閉めてしまえば廊下からは入って来れなくなる。会議室側の錠はクルテか持っている鍵で開け閉めしなくてはならないから開けっ放しになるが、居るのは身内だけだから用心する必要もない。
放っておくしかないと、クルテ抜きで食事を始めた。
「しかし、お嬢さんがいないとなると、宿の見取り図は不要かな?」
ポツリと言うラクティメシッスに、
「せっかく頼んだんだから見るだけ見ておけば? それに、頼んだのはピエッチェ、見たかったんでしょ?」
マデルが答える。
「あの廊下室の両側はどうなってるのか気になっただけだ」
黙っているわけにもいかず、ピエッチェが言った。
「この会議室は正方形、壁一面は寝室二つ分、廊下室は寝室一つ分もない」
「納戸とかじゃないでしょうか?」
答えたのはカッチーだ。
「俺の屋敷にもありますよ。階段の下とか、部屋として使うには狭い空間は物置として使ってます」
「そうね、宿には納戸が必要よね」
マデルがカッチーに賛同する。
「予備の食器やリネン類、季節ものを仕舞ったり」
「それならそれでいい。はっきりすればいいんだよ」
そう言ってピエッチェがふと顔を上げた。
「窓がないのは不便だな……雨音が聞こえる。どうやら本格的に降ってきたようだ」
他の四人も耳を澄まして様子を窺う。
「朝までに止みますかねぇ?」
止みそうもないと言いたげにラクティメシッスが溜息を吐いた。
食事が終わったら呼んで欲しいと宿から言われていた。ラクティメシッスに
「そろそろいいんじゃないですか?」
と言われたカッチーが戸惑う。ピエッチェが果物を取り分けた皿にまだ手をつけていなかった。
「いいのよ、呼んできて」
マデルが少しだけ微笑んでカッチーに頷く。ラクティメシッスはフンと詰まらなさそうな顔で眺めている。クルテのために取り分けたのだと、居合わせた四人は思ったが誰も言わない。
カッチーが従業員を呼びに行くとピエッチェも立ち上がり、果物を盛った取り皿を自分の寝室に持って行った。
「思い切れやしないのよ」
マデルの呟きに
「思い切らなきゃならない時もあるし、来るものです」
やはり詰まらなさそうにラクティメシッスが言った。
「こっちのドアがダメなら廊下側からって考えたみたいね」
ピエッチェの寝室の、廊下側のドアが開け閉めされた気配にマデルが言った。
「果物は寝室のテーブルに置いたようですよ?」
「クルテが出てきたらって思ったんじゃ?」
「そうなのかな? でもどうせ、お嬢さんはドアを開けないんじゃない?」
「どうしてそう思うの?」
「んー……なんとなく?」
ピエッチェが会議室に戻ってきたのはカッチーとほぼ同時だった。
「クルテ、どうだった?」
マデルが訊くが、ピエッチェは答えない。カッチーは何か言いたげだったが、
「すぐに食器を下げますって言ってました。片付けてからじゃないと、休めないそうです」
と言って自分の席に座った。
食器を下げに来た従業員は五名、今度も総出だ。他に客もいないのだから、そうなるか。五人がかりだから片付けも早い。汚れているようには見えなかったが、クロスも新しい物に替えた。そこまで終わると四人は退出し、受付係だけが残る。
筒状に丸めた紙をテーブルに置くと
「こちらがご希望の図面です。朝食を運び込む前に回収しますので、よろしくお願いします。くれぐれも汚したり破いたりしないでくださいませ」
と出て行った。きっと、受付係が今いる従業員のまとめ役なんだろう。カッチーが『そんなに心配しなくてもいいのに』とボソッと呟いた。
ピエッチェが立ち上がり、見取り図をテーブルに広げる。
「やっぱり、この一角が建物の中央になるようですね」
ラクティメシッスも立って見取り図を眺める。座っていてはよく見えない、マデルやカッチー・オッチンネルテも立ち上がった。
同じ大きさの部屋がいくつも並んでいるのが寝室、書き込まれた数字は一から四十七、きっと部屋番号、部屋数は四十七だ。他に玄関、事務室、浴室、厨房、番号のない部屋が五部屋、従業員用だと思われる。従業員用にはバスもあった。玄関から延びる廊下は二本、一本は厩に通じている。もう一本は先に進むと幾つも分岐していて、全ての客室を繋ぐ作りだ。従業員用の部屋がある区画は入り口にドアがあり、独立していた。
「ほかの部屋は全部、窓があるのかな? いや、浴室に隣接するところはやっぱりないようですね」
「厩のところもないみたいよ」
ラクティメシッスにマデルが答える。
「あぁ、そうですね。窓をつけたら部屋が馬の臭くなるからかな?」
「それってきちんと掃除すればいいんじゃなくって?」
「厩は幾ら掃除したって、臭うものですよ」
「浴室はここですね――使えるのかな?」
これはカッチー、
「入りたかったらどうぞって言ってたから使えるのでは?」
オッチンネルテが答えている。
「あとで行きますか?」
「どうしよう? いわくつきの宿の浴室って怖くないですか?」
「わたしも一人ではちょっと……でもカッチーが一緒なら大丈夫かなって」
「俺、まだ修行中なんで、頼りになりませんよ?」
怖い顔で黙って図面を睨みつけているのはピエッチェだ。
「やっぱり納戸でしたね」
ラクティメシッスが声を掛ける。ピエッチェは答えもせずに図面を見続けている。
会議室を囲む三面には六室、残り一面の中央に廊下、その両隣の空間は廊下側と会議室側にドアが書かれていた。
「会議室側のドアは潰してしまったんでしょうね」
図面を見たままピエッチェが答えた。
「なんのために?」
「えっ? うーーん、なんのためにと訊かれて、思いついたのは会議室を封鎖するためとしか……どうせ使わないのだから、ドアも要らないってことなんじゃ?」
「だとしたら、客室からのドアも潰すのでは?」
「それもそうですね」
ラクティメシッスも再び図面に視線を落とす。
暫くしてピエッチェが言った。
「さっき、寝室を出て廊下室の向こうに行ってみたんだ。会議室へのドアはあった。念のため開けようとしたが、施錠されてて開かなかった。で、その両隣には広い壁だけだった」
「この図面にあるドアはなかった?」
「そう言うことだな」
「気になるわね。なにを隠しているのかしら?」
マデルが気味悪そうに言った。
「何かを隠しているのかな?」
「だってピエッチェ、廊下室にはラスティンが言ったように何かの気配があったの。わたしも感じたわ」
するとオッチンネルテが珍しく口を挟んだ。
「わたしは何も感じませんでした。そのぉ……魔法使いのかただけが感じる気配なんでしょうか? カッチーは何か感じましたか?」
「えっと、いやぁ……」
口籠るカッチーに、ピエッチェが微笑む。
「気にするな、俺も何も感じてない」
「そうだったんですね。俺が鈍いのかと思っちゃいました」
「カッチー、それってわたしのことを鈍いって言ってるのと同じです」
オッチンネルテが笑った。そしてラクティメシッスもクスリと笑った。それがピエッチェの背中を冷やす。
何も感じてないなんて嘘だ。会議室に入った途端に何かがいるのは判った。だが、どこに居るのかはっきりしない。気配は廊下室のほうが強い、だから不用心に入って行くクルテに慌てもした。でも、廊下室に居るわけでもなかった。
ピエッチェが実はカテロヘブ王だと知っているラクティメシッスとオッチンネルテに、魔力があると知られるわけにはいかない。だから何も検知していないと嘘を吐いた。ザジリレン王家は魔法を使えないはずだ。しかし、嘘を吐いた理由はもう一つあった。カッチーだ。
カッチーも魔力を持ってる。ふとそう思った。口籠ったからかもしれない――今まで気が付けなかったのは女神の加護のせいだ。
カッチーは真の名をピエッチェたちにも明かしていない。単に貴族名が恥ずかしいのかと思っていたが、そうじゃなさそうだ。だけど……カッチーの素性を探る気にはなれない。隠すには隠すなりの理由があるはず、他人の秘密は暴けばいいってもんじゃない。必要になればきっと打ち明けてくれる。
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