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13章 永遠の刹那
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もう一つ気になることがある。会議室の気配を感じなかったとカッチーに言ったピエッチェを見て、意味ありげに笑んだラクティメシッス……見抜かれていると感じて背筋が凍った。
ザジリレン王家の血脈には魔力の強い者が多い。それを隠す最大の相手はローシェッタ王家……建国の王が『絶対知られるな』と子々孫々に言い遺した。知られればザジリレン国は滅ぼされる。だから『魔力があると誰にも知られてはならない』と、子どものころから言い聞かされてきた。
ローシェッタ王家に隠すためには、たとえ相手が家臣でも知られてはならない。その一人から波紋のように広がって国内から国外に、やがてローシェッタに到達する。常に細心の注意を払い、物心つく頃には自分に対し防魔力検知を施術していた。
防魔力検知術は父から教え込まれた最初の魔法だ。眠っていても有効なもので赤ん坊のころは父が施術し、成長に応じて自ら施術し不足を補って貰っていた。どんなに忙しくても毎日父が術の出来栄えをチェックした。完璧にできるようになると、次には基礎魔法を仕込まれた。まったく魔力を持たない王では心もとないと思われないためだ。
ごく基本的な魔法を使える魔力だけを発動させる練習を始めたのは十歳くらいだったろうか? 魔力を隠さなければならないのに、魔法が使えなくてもいけない。その矛盾が理解できず、父に食って掛かったこともあった。
父から教わった最後の魔法は魔物封じと魔法封じだった。その二つを習得すると、あとは自分で研鑽しろと言われ寂しさを感じたのを覚えている。忙しい父に必ず一度は会える日々が終わったからだ。会えるだけじゃない、父と二人きりになれるのはその時だけだった。完全に遮蔽された部屋で二人きり、他には誰もいない。魔法のこと以外にもいろいろ教わった。たまには無駄話もした。あの日々が無ければ父を、務めにかまけて家族を顧みない男と思っていたことだろう。父は二人きりでしか笑顔を見せなかった。
防魔力検知術はピエッチェにとって習慣みたいなものだ。たとえラクティメシッスがどんなに検知術が得意でも気付かれない自信があった。幼いころから使い続けている魔法に罅や掠れがあったことはない。少なくとも即位してからは以前にもまして念入りに確認している。それに、コゲゼリテの森の女神の祝福を受けて強化された。
だが、ラクティメシッスのあの笑顔……あれは『判っていますよ』と言っていた。考え過ぎだろうか? あるいはラクティメシッスはもっと別のことを見抜いているのか? だとしたら、それはなんだ?
「そうなると、やはり廊下室を挟んでいる謎の空間が気になりますね」
指先で図面の廊下室を抑えてラクティメシッスが言った。
「どちらかに気配の正体が隠れていると、お嬢さんは思っていそうです」
ピエッチェがラクティメシッスをチラリと見た。
「その気配から悪意は?」
「うーーん、悪意とはちょっと違うかな?」
「だったらほっとけばいいんじゃないか? どうせ今まで放置してたんだ。今さらだろう?」
「そりゃそうなんですけど」
ラクティメシッスが唇を尖らせる。まるで幼児が拗ねているみたいだ。
「まぁ、そうですよね。今はそれどころじゃない。落ち着いてからじっくり調べますか――図面が見たいって言い出すから、てっきり興味があるのかと思ってました」
「どうなってるんだろうと不思議だった。それだけだ」
天井の通気口から風が吹き込み、みなが一斉に天井を見る。
「どうやら嵐になってきたようですね」
オッチンネルテが呟き、
「夜の間に通り過ぎてくれればいいんですけどねぇ」
ラクティメシッスが溜息を吐く。耳をすませば、雨音に混じって木々が揺れる音も聞こえる。
「朝になれば判る。とりあえず今日はもう休もう」
ピエッチェが自分の寝室に入っていった――
窓がないというだけで、こうも閉鎖的に感じるものか? 閉じ込められているような気分になる。ベッドが二台置かれた部屋は、確かに平均的な宿の部屋よりも狭そうだ。
けれどベッドに横になると狭苦しさと同時に、なぜか変な広さを感じた――クルテがいないからか?
風雨はますます激しさを増し、天井の通気口から隙間風のように外気が流れ込んでくる。外気は雨の匂いや、ざわざわと落ち着かない物音も連れてきていた。
カチッとどこかで音がした。ピエッチェが身体を起こす。今の音は会議室だ。注意を会議室に向け緊張する。カチッ……音の場所が移動している。さっきの音はきっと廊下室のすぐ近く、今はそこから少し離れた。
そして三度目の音、また廊下室から離れた。そうか、会議室に出るドアの鍵を閉める音だ。最初はカッチーの部屋、次はオッチンネルテ、そしてラクティメシッス、ならば今度はマデルか? ピエッチェがベッドから降り、自分の部屋の会議室へのドアの前に立つ。
四度目の音は思った通りマデルの部屋。次はクルテの部屋のはず。でもきっとそこは飛ばして……いや、クルテの部屋のドアも施錠された。これで五度目、順番通りなら次はピエッチェの部屋、だが六度目の音はなかった。ピエッチェがさせなかった。
「何してる?」
タイミングを見計らってピエッチェが内開きのドアを開ける。向こうに立っていたのはクルテ、静かな眼差しでピエッチェを見上げている。ドアを開けると同時に自分とクルテの寝室、そして会議室の内側に強い遮蔽術を掛けた。
ラクティメシッスとマデルが、いくら微かな音だろうが気付いていないと思えなかった。神経を研ぎ澄ませ、必ず様子を窺っているはずだ。クルテが部屋の前に来るまで遮蔽を掛けなかったのは、施術者をあいまいにするためだ。この近さならピエッチェなのかクルテなのかの判断できない。ラクティメシッスたちは悔しがっているだろう。ちょっとした隙に遮蔽術が使われ、会議室で何が起きているか探れなくなった。
「寝室のドアを封印してた」
ニヤリと笑ったクルテが階段室に向かう。ピエッチェがクルテを追い、さらに問う。
「対決する気なのか?」
クルテの足が止まった。
「対決? 何と?」
振り返りもせず、問いに問い返す。
「では解放か? 廊下室の両側に封印されているのは魔物、そして女神の娘。違うとは言わせない」
今度は振り返ったクルテ、
「気付いていたとはさすがだな」
苦笑いする。
「封印したのは誰だ?」
再度ピエッチェが問う。
「カティでもそれは判らなかったか。いつから封印された二体に気付いてた?」
「最初は判らなかった。何かがいるのは判ったが正体不明だ。二体いると思い至ったのは、何かに似ていると思ったからだ。似ているのはクルテ、おまえにだ。だとしたら魔物、あるいは女神の娘、もしくはその両方――おまえの様子が奇怪しいのはなぜだろうと考えて、やっと判った。些細なことであれほど腹を立て、意地を張ったのはなぜだ? 俺たちを遠ざけるためなんじゃないのか?」
「そう思うのなら、温和しく寝たふりをしてりゃあいいのに」
小さな溜息を吐く。
「相手が魔物なら恐れはしない。だが、一体は女神の娘だ。わたしと同じだと思っていい。必ず勝てると確信できない」
「勝たなきゃならない相手か?」
クルテはピエッチェから目を逸らす。答えたくない質問らしい。
思った通り、質問に答えることなくクルテが続けた。
「それにもう一体。どんな魔物が出てくるのやら? 今まで相手にしたヤギ男や大アリジゴクとはわけが違う。ずっと知的な魔物のはずだ」
「知的な魔物? 強敵と言いたいか?」
「なぜ女神の娘とともに封印されたのか? それになぜ、カティやラクティメシッスでさえも正体を容易に読み取れない? 魔物と女神の娘が結託しているからだ」
「結託って?」
「二体は恋仲だったんだよ」
「恋仲って……えっ? 女神の娘と魔物が?」
クルテが椅子に腰かけ、まぁ座れとピエッチェにも促した。
「ジェンガテク湖周辺のどこかに封印されているのは知っていた。この会議室に入った時に、ピンときた。ここだってね」
「ん? この建物が壊されずにいるのは?」
「そうだ、ソノンセカを管轄する女神の妨害のせいだ。もちろんローシェッタの役人は森の女神の仕業だなんて思わない。自分たちの落ち度と咎められるのを恐れ、王都には無事に新築工事を終えたと報告した」
汚職と言う事ではなかったか?
「で、女神の娘が恋心を持つ相手だ、それなりに知的なはず」
「うーーん、まぁ、そりゃあそうかも知れないな。でも、なんか違和感がある。女神の娘が魔物に? 有り得ない話に思える」
「まぁさ、恋心は複雑なものだ。古来より、魔物に魅入られた人間の話は数多ある」
「だったら恋仲じゃなく、一方的に思われたってならないか?」
「受け入れられないと、思い込んでる?」
「あ……いや、神話や伝説には、人間だけじゃなく、魔物や獣、植物に至るまで、悲恋物語はいろいろあるな」
「そう! そこだ、カティ」
我が意を得たりとばかり、クルテがピエッチェを見る。
「悲恋なんだよ――カティが考えたとおり、魔物と女神の娘ではそう簡単に結ばれはしない。そもそも森の女神が許さない。女神は魔物を、自分の森に受け入れはするが嫌っている」
「それじゃあ、二体を封印したのは森の女神?」
「今日は察しがいいね」
クルテがニヤッと笑った。
「だが、封印したものの、二体は結託して魔力を放ちソノンセカに影響を及ぼしている。だから消滅させたい」
「それはクルテ、おまえの希望か?」
ムッとした顔でクルテがピエッチェを見た。そして目を逸らす。
「可哀想だとは思わないか? 恋しい相手はすぐそこにいるのに触れ合うこともできずに封印されている。生殺しだ。女神に逆らった報復とは言え、永遠に生き続ける二体、むごすぎる報復だとわたしは思う」
「ふむ……」
いろいろ不可解な点もあるが、クルテを信じよう。ピエッチェが立ち上がる。
「判った、俺も手伝う。なんで最初から俺に助けを求めなかった?」
魔物封じや魔力封じが役に立つ。
「いや、ダメだ」
「なんで?」
「だから言っただろ? 相手は魔物だけじゃない、女神の娘も居る」
「それがどうした?」
「危険だって言ってる。カティを危険にさらせない」
「馬鹿かおまえは。危険ならなおさら俺も行く。おまえは俺を守りたいようだが、俺だっておまえを守りたい。それともおまえは俺を拒むのか?」
どう答えるか迷っているのだろう。クルテがピエッチェを見詰める。
そんなクルテにピエッチェが微笑んだ。
「おまえは俺がいないと生きていけないと言った。クルテ、俺だっておまえがいなけりゃ生きていけない。判ってくれるよな?」
それでもクルテは迷っている。じっとピエッチェを見つめ続けていた。と――
廊下室で何かが動き、呻くような音が聞こえ始めた。
ザジリレン王家の血脈には魔力の強い者が多い。それを隠す最大の相手はローシェッタ王家……建国の王が『絶対知られるな』と子々孫々に言い遺した。知られればザジリレン国は滅ぼされる。だから『魔力があると誰にも知られてはならない』と、子どものころから言い聞かされてきた。
ローシェッタ王家に隠すためには、たとえ相手が家臣でも知られてはならない。その一人から波紋のように広がって国内から国外に、やがてローシェッタに到達する。常に細心の注意を払い、物心つく頃には自分に対し防魔力検知を施術していた。
防魔力検知術は父から教え込まれた最初の魔法だ。眠っていても有効なもので赤ん坊のころは父が施術し、成長に応じて自ら施術し不足を補って貰っていた。どんなに忙しくても毎日父が術の出来栄えをチェックした。完璧にできるようになると、次には基礎魔法を仕込まれた。まったく魔力を持たない王では心もとないと思われないためだ。
ごく基本的な魔法を使える魔力だけを発動させる練習を始めたのは十歳くらいだったろうか? 魔力を隠さなければならないのに、魔法が使えなくてもいけない。その矛盾が理解できず、父に食って掛かったこともあった。
父から教わった最後の魔法は魔物封じと魔法封じだった。その二つを習得すると、あとは自分で研鑽しろと言われ寂しさを感じたのを覚えている。忙しい父に必ず一度は会える日々が終わったからだ。会えるだけじゃない、父と二人きりになれるのはその時だけだった。完全に遮蔽された部屋で二人きり、他には誰もいない。魔法のこと以外にもいろいろ教わった。たまには無駄話もした。あの日々が無ければ父を、務めにかまけて家族を顧みない男と思っていたことだろう。父は二人きりでしか笑顔を見せなかった。
防魔力検知術はピエッチェにとって習慣みたいなものだ。たとえラクティメシッスがどんなに検知術が得意でも気付かれない自信があった。幼いころから使い続けている魔法に罅や掠れがあったことはない。少なくとも即位してからは以前にもまして念入りに確認している。それに、コゲゼリテの森の女神の祝福を受けて強化された。
だが、ラクティメシッスのあの笑顔……あれは『判っていますよ』と言っていた。考え過ぎだろうか? あるいはラクティメシッスはもっと別のことを見抜いているのか? だとしたら、それはなんだ?
「そうなると、やはり廊下室を挟んでいる謎の空間が気になりますね」
指先で図面の廊下室を抑えてラクティメシッスが言った。
「どちらかに気配の正体が隠れていると、お嬢さんは思っていそうです」
ピエッチェがラクティメシッスをチラリと見た。
「その気配から悪意は?」
「うーーん、悪意とはちょっと違うかな?」
「だったらほっとけばいいんじゃないか? どうせ今まで放置してたんだ。今さらだろう?」
「そりゃそうなんですけど」
ラクティメシッスが唇を尖らせる。まるで幼児が拗ねているみたいだ。
「まぁ、そうですよね。今はそれどころじゃない。落ち着いてからじっくり調べますか――図面が見たいって言い出すから、てっきり興味があるのかと思ってました」
「どうなってるんだろうと不思議だった。それだけだ」
天井の通気口から風が吹き込み、みなが一斉に天井を見る。
「どうやら嵐になってきたようですね」
オッチンネルテが呟き、
「夜の間に通り過ぎてくれればいいんですけどねぇ」
ラクティメシッスが溜息を吐く。耳をすませば、雨音に混じって木々が揺れる音も聞こえる。
「朝になれば判る。とりあえず今日はもう休もう」
ピエッチェが自分の寝室に入っていった――
窓がないというだけで、こうも閉鎖的に感じるものか? 閉じ込められているような気分になる。ベッドが二台置かれた部屋は、確かに平均的な宿の部屋よりも狭そうだ。
けれどベッドに横になると狭苦しさと同時に、なぜか変な広さを感じた――クルテがいないからか?
風雨はますます激しさを増し、天井の通気口から隙間風のように外気が流れ込んでくる。外気は雨の匂いや、ざわざわと落ち着かない物音も連れてきていた。
カチッとどこかで音がした。ピエッチェが身体を起こす。今の音は会議室だ。注意を会議室に向け緊張する。カチッ……音の場所が移動している。さっきの音はきっと廊下室のすぐ近く、今はそこから少し離れた。
そして三度目の音、また廊下室から離れた。そうか、会議室に出るドアの鍵を閉める音だ。最初はカッチーの部屋、次はオッチンネルテ、そしてラクティメシッス、ならば今度はマデルか? ピエッチェがベッドから降り、自分の部屋の会議室へのドアの前に立つ。
四度目の音は思った通りマデルの部屋。次はクルテの部屋のはず。でもきっとそこは飛ばして……いや、クルテの部屋のドアも施錠された。これで五度目、順番通りなら次はピエッチェの部屋、だが六度目の音はなかった。ピエッチェがさせなかった。
「何してる?」
タイミングを見計らってピエッチェが内開きのドアを開ける。向こうに立っていたのはクルテ、静かな眼差しでピエッチェを見上げている。ドアを開けると同時に自分とクルテの寝室、そして会議室の内側に強い遮蔽術を掛けた。
ラクティメシッスとマデルが、いくら微かな音だろうが気付いていないと思えなかった。神経を研ぎ澄ませ、必ず様子を窺っているはずだ。クルテが部屋の前に来るまで遮蔽を掛けなかったのは、施術者をあいまいにするためだ。この近さならピエッチェなのかクルテなのかの判断できない。ラクティメシッスたちは悔しがっているだろう。ちょっとした隙に遮蔽術が使われ、会議室で何が起きているか探れなくなった。
「寝室のドアを封印してた」
ニヤリと笑ったクルテが階段室に向かう。ピエッチェがクルテを追い、さらに問う。
「対決する気なのか?」
クルテの足が止まった。
「対決? 何と?」
振り返りもせず、問いに問い返す。
「では解放か? 廊下室の両側に封印されているのは魔物、そして女神の娘。違うとは言わせない」
今度は振り返ったクルテ、
「気付いていたとはさすがだな」
苦笑いする。
「封印したのは誰だ?」
再度ピエッチェが問う。
「カティでもそれは判らなかったか。いつから封印された二体に気付いてた?」
「最初は判らなかった。何かがいるのは判ったが正体不明だ。二体いると思い至ったのは、何かに似ていると思ったからだ。似ているのはクルテ、おまえにだ。だとしたら魔物、あるいは女神の娘、もしくはその両方――おまえの様子が奇怪しいのはなぜだろうと考えて、やっと判った。些細なことであれほど腹を立て、意地を張ったのはなぜだ? 俺たちを遠ざけるためなんじゃないのか?」
「そう思うのなら、温和しく寝たふりをしてりゃあいいのに」
小さな溜息を吐く。
「相手が魔物なら恐れはしない。だが、一体は女神の娘だ。わたしと同じだと思っていい。必ず勝てると確信できない」
「勝たなきゃならない相手か?」
クルテはピエッチェから目を逸らす。答えたくない質問らしい。
思った通り、質問に答えることなくクルテが続けた。
「それにもう一体。どんな魔物が出てくるのやら? 今まで相手にしたヤギ男や大アリジゴクとはわけが違う。ずっと知的な魔物のはずだ」
「知的な魔物? 強敵と言いたいか?」
「なぜ女神の娘とともに封印されたのか? それになぜ、カティやラクティメシッスでさえも正体を容易に読み取れない? 魔物と女神の娘が結託しているからだ」
「結託って?」
「二体は恋仲だったんだよ」
「恋仲って……えっ? 女神の娘と魔物が?」
クルテが椅子に腰かけ、まぁ座れとピエッチェにも促した。
「ジェンガテク湖周辺のどこかに封印されているのは知っていた。この会議室に入った時に、ピンときた。ここだってね」
「ん? この建物が壊されずにいるのは?」
「そうだ、ソノンセカを管轄する女神の妨害のせいだ。もちろんローシェッタの役人は森の女神の仕業だなんて思わない。自分たちの落ち度と咎められるのを恐れ、王都には無事に新築工事を終えたと報告した」
汚職と言う事ではなかったか?
「で、女神の娘が恋心を持つ相手だ、それなりに知的なはず」
「うーーん、まぁ、そりゃあそうかも知れないな。でも、なんか違和感がある。女神の娘が魔物に? 有り得ない話に思える」
「まぁさ、恋心は複雑なものだ。古来より、魔物に魅入られた人間の話は数多ある」
「だったら恋仲じゃなく、一方的に思われたってならないか?」
「受け入れられないと、思い込んでる?」
「あ……いや、神話や伝説には、人間だけじゃなく、魔物や獣、植物に至るまで、悲恋物語はいろいろあるな」
「そう! そこだ、カティ」
我が意を得たりとばかり、クルテがピエッチェを見る。
「悲恋なんだよ――カティが考えたとおり、魔物と女神の娘ではそう簡単に結ばれはしない。そもそも森の女神が許さない。女神は魔物を、自分の森に受け入れはするが嫌っている」
「それじゃあ、二体を封印したのは森の女神?」
「今日は察しがいいね」
クルテがニヤッと笑った。
「だが、封印したものの、二体は結託して魔力を放ちソノンセカに影響を及ぼしている。だから消滅させたい」
「それはクルテ、おまえの希望か?」
ムッとした顔でクルテがピエッチェを見た。そして目を逸らす。
「可哀想だとは思わないか? 恋しい相手はすぐそこにいるのに触れ合うこともできずに封印されている。生殺しだ。女神に逆らった報復とは言え、永遠に生き続ける二体、むごすぎる報復だとわたしは思う」
「ふむ……」
いろいろ不可解な点もあるが、クルテを信じよう。ピエッチェが立ち上がる。
「判った、俺も手伝う。なんで最初から俺に助けを求めなかった?」
魔物封じや魔力封じが役に立つ。
「いや、ダメだ」
「なんで?」
「だから言っただろ? 相手は魔物だけじゃない、女神の娘も居る」
「それがどうした?」
「危険だって言ってる。カティを危険にさらせない」
「馬鹿かおまえは。危険ならなおさら俺も行く。おまえは俺を守りたいようだが、俺だっておまえを守りたい。それともおまえは俺を拒むのか?」
どう答えるか迷っているのだろう。クルテがピエッチェを見詰める。
そんなクルテにピエッチェが微笑んだ。
「おまえは俺がいないと生きていけないと言った。クルテ、俺だっておまえがいなけりゃ生きていけない。判ってくれるよな?」
それでもクルテは迷っている。じっとピエッチェを見つめ続けていた。と――
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追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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