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13章 永遠の刹那
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音はだんだんと大きくなる。それが笑い声だと判るのに時間はかからなかった。
「わたしたちを嘲笑っている」
クルテが廊下室を見て言った。
「それでどうする? 廊下室に入るのか?」
「いや……」
廊下室からピエッチェに視線を戻したクルテが口籠る。
「何も考えてない」
「そうか」
つい笑いそうになって慌てて顔を引き締めるピエッチェ、だが無駄だ。
「笑いたきゃ笑え」
クルテが拗ねる。
「そう言えば、どうしてドアに施錠したんだ?」
「場合によっては封印を解くしかないと思っていた。会議室は危険な場所になる。みんなを危険な目に遭わせないため、入って来れないようにした」
「魔法で施錠したみたいだが、おまえの魔法じゃラクティメシッスには通用しない。簡単に開錠されるぞ」
「そうなのかな? まぁ、確かにそうかも」
「否定しないんだな」
「わたしの魔法は人間が『女神の魔法』と呼ぶ類のもの。人間が使う魔法も使えないわけじゃないけど苦手なんだ」
「女神の魔法って言えば変身とか姿を消すとか? あとは祝福と呪い、それと精神での意思の疎通だったかな」
クルテが心を読めるのは秘魔だからってだけじゃないんだと、やっと気が付いたピエッチェだ。
「森の女神は姿を消したり動植物とかに化けたり、あるいは何かの中に隠れたりで人間の前に姿を見せない」
「そう言えば、おまえも箱や剣や梯子――」
言葉の途中でピエッチェが言葉を止めた。剣? そうだ、クルテは剣になったことがあった。あの剣は確か……
「梯子がどうかしたのか?」
「えっ? あ、いや――」
クルテの質問に思考が中断される。何を話していたんだっけ? まぁ、いいか。
「まぁ、俺が遮蔽術を使ったことは判ってるよな?」
「判ってる。ラクティメシッスの目を誤魔化すために、わたしがドアの前に立つのを持っていた?」
あれ? 疑問? 何かが奇怪しい。
「おまえ、鍵を閉めて回っている時、なんで心を読まなかった? 読んでいたら、俺がドアを開ける前に手を打ったはずだ」
「うん。読んでない。と言うより読めなかった。封印された魔物のせいだと思う。アイツ、魔力を使って女神の娘の魔法を封じてる。この宿に入ってから、誰の心も読めない。さっき、チェリーパイのことで揉めた時も、ピエッチェの心が読めなくてイライラしてた」
それって、俺がいっくら心の中で話しかけても届いてなかったってことか。無視されてたんじゃなく?
「あ、でも、『食べたくないって思ったよね』って言ったよな?」
「きっとそうだろうと思っただけ。ローシェッタの菓子は甘すぎるって感じてるピエッチェが、マデルでさえもすっごく甘いって言うパイを食べたがるはずない」
まぁ、魔力を使わなくたって想像はつくか。
「で、まぁ、俺が遮蔽したんだから、ラクティメシッスでもここには来れない」
「うん、ドアが開いたのには驚いたけど、カティがいてくれて本当はホッとした――きっと気が付く、来てくれるって思ってた」
ふぅん、だったら最初から素直に嬉しいって言えよ。鍵を閉めようとなんかしないで『来て』って言えば、すぐに行くのに。
「しかし魔物はなんで、恋人である女神の娘の魔力を妨害してるんだ? それとも影響されてるのはおまえだけ?」
「ううん、わたしだけじゃない。裏切られたと思い込んでるから、娘の魔力を封じてる」
「魔物が娘に裏切られたってことか? えっと、魔物を封印したのは女神だけど、娘のほうは魔物が封印した?」
「両方女神」
「魔物は娘が封じられてるとは知らない?」
「知ってる」
「娘の裏切りってなんだ?」
「娘になら封印が解けると思い込んでる」
「解ける封印を解いてくれないってことだな?」
「そ、その通り」
あのさ、最初からそう説明してくれないか? まぁ、クルテの説明下手は今に始まったこっちゃないか。
二人が話し込んでいる間も聞こえていた笑い声がぴたりと止んだ。ピエッチェとクルテが二人揃って廊下室を見る。
「笑い声が消えたな」
「わたしたちの話を聞いて、考えてるんだろうね」
ピエッチェの遮蔽は会議室と廊下室、そして廊下室の両隣の空間を抱き込んだものだ。ピエッチェとクルテの話声は遮蔽の外のラクティメシッスたちには聞こえないが内側の、封印されている魔物と女神の娘には聞こえているはずだ。
「女神の娘の裏切りは思い違いだったかもしれないって?」
笑い声の主は魔物だったか。
「女神の娘はどう感じている? なぁ、女神同士は繋がってるってタスケッテの女神が言ってた。すべての森の女神は経験を共有してるようなことを言ってたけど、娘のほうはどうなんだ?」
「同じ女神の化身同士なら意識の共有もある」
ここに封印されているのはソノンセカの森の女神の娘、コゲゼリテの森で生まれたクルテとは繋がっていないってことか。
再び廊下室から音が漏れ始めた。今度は泣き声だ。すすり泣いている。嘲笑もそうだったが音が漏れてくるのは廊下室で、その両側の空間からではなかった。
「魔物が泣いてる?」
ピエッチェが呟くと、
「イヤ、娘のほうだ」
クルテがきっぱりと言う。
「でも音は同じ場所から聞こえてくるぞ?」
「うん、同じところからだね。でも、これで判った」
「判ったって何が?」
「魔物と女神の娘は、二体で一体」
「ふむ。意味が判らない」
するとクルテが頬を膨らませてピエッチェを見た。
「まったくもう! さっきは察しが良かったのに――魔物と女神の娘の身体は同化させられて廊下室の下にある」
「同化させられた?」
「さっき自分で言ったじゃないか。あれ? 言ったのはわたしか?……何しろ女神は魔法で『何かに隠れる』ことができる。娘が自分を隠すため魔物の中に入り込んだ状態で二体は封印された。で、森の女神は意地悪だからね。二人の心を分離して別々に閉じ込めた」
「なるほど、廊下室の両側の空間に居るのは心だけか」
それなら廊下室で感じた正体不明の気配にも納得できる。魔物と女神の娘が融合した気配なんて判りっこない。しかも心は身体とは別の場所からそれぞれの気配を発しているのだから、三種類の気配が混合されていることになる。どこが本体か判らないのももっともだし、簡単に感知できるはずがない。だが、ちょっと待て。
「廊下室の下に身体だけあるって考えていいんだよな?」
「そうだと思うよ」
「心が抜けた身体って? 死んでいるんじゃなくって?」
「生きてるから苦しんでるんだと思うけど?」
思うだけか。
「うーーん……で、身体がない心ってどうなってるんだ?」
「今さらそれを訊く? わたしが姿を消しているのと変わらない」
「あぁ? そう言えば、おまえが消えてるときって身体はどうなってるんだ?」
「あっと、わたしの場合は必要な時だけ身体を作ってるんだった。でも、封印された二体が死んでないのは確か」
なんだか誤魔化された?
「それでだ、どうする気だ?」
「そうだね、どうしよう。どうしたらいい?」
俺に言わせたいのか……
「一つ訊きたい。封印される前の姿に戻ったとしたら、魔物と女神の娘は何をすると思う?」
「魔物は森の女神への復讐、娘はそれを阻もうとする。そして二人は殺し合う」
「ふむ……」
ピエッチェが天井を見上げた。クルテが視線の先を追う。
「通気口?」
「うん――ここは閉ざされている。俺が遮蔽したし、廊下を通すわけにもいかない」
「だけど、通気口はすべての部屋に繋がっているんじゃ?」
「おまえ、隙間があれば通り抜けできるって言ったよな? 壁は通り抜けられないけど、窓もドアも必ず僅かだか隙間があるから抜けられる」
「わたしに外に行けって言ってる?」
「魔物と女神の娘を誘導してやれ」
「通気口を抜けて外に出ろって? でも、女神の娘ならともかく、魔物は姿を消せなさそうだよ?」
「姿を消してるんじゃなくって、空気に化けてるんだろ?」
サラッと言い放ったピエッチェにクルテがギョッとする。正解だったとピエッチェが確信する。
「姿を消してるときの身体はどうなってるのか訊いたら誤魔化したよな? それで気付いた、空気になってるんだって――でもそれはどうでもいい」
ピエッチェが視線を通気口からクルテに移す。
「心だけをソノンセカの森に返してやるのがいいと、俺は思う」
通気口を見詰めたままだったクルテがフッと息を吐き、俯いた。
「心を身体に戻してやることはできない?」
「その場合、どうやって身体を外に出す?」
「心が抜けたままでも身体が維持できているのは、近くに心があるからだ。遠ざかれば朽ちていく」
「うん……」
クルテは随分と彼らに同情しているようだ。
「なぁ、クルテ。おまえはあの二体を生き続けさせたいと思っているのか?」
「わたしは……愛を貫いて欲しいと思っているだけだ」
「ふむ。おまえ、詳しい事情を知っているようだな」
するとクルテがチラリとピエッチェを見た。そして溜息を吐いた。
「ゴゼリュスはもともと山に住む普通のヤギだ。だが、人間の男に会いたくて魔物になった」
「うん、それで?」
「リュネだってただの馬だった。幸せになりたいって一念がリュネを魔物に変えた」
「あぁ、そうだな」
「それにハーピィ、元は人間の女だった」
「それって……」
クルテがなにを言いたいのか、思い至ったピエッチェがマジマジとクルテを見る。
「封印されている魔物は、元は人間だった?」
俯いたままクルテが頷いた。
「ふぅん……」
ピエッチェがクルテを見詰めたまま呻く。
「おまえ、さっきは恋心は複雑なものだって言ったよな? 古来より、魔物に魅入られた人間の話は数多あるって言わなかったか? そんな思いに応えたって奇怪しくないって言ったよな?――最初から『もとは人間だった魔物』って教えてくれれば、俺だってすぐに理解した。女神の娘と恋仲だって言われても不思議に思わなかった。おまえ、魔物が元は人間だと、俺に教えたくなかっただろう? なんで隠そうとしたんだ?」
「それは、だって……」
言い訳を考えるクルテは相当困っているようだ。泣き出しそうな顔でピエッチェを見る。
「泣くなよ。泣かれると追及しずらくなる。それを狙うな」
「そんなんじゃない。なんで判ってくれない?」
「判らないから訊いてるんだ。嘘も隠し事もするなって、俺はおまえに言ったはずだぞ?」
「だからって、すべて話せる? カティだって、わたしに隠れて夜中にバスを使ってるよね?」
あ……こいつ、気付いていたのか――
「えっと、まぁ、隠していたのはいいとして、なにしろ、なんだ……」
秘密がバレていたことに動揺し、何を訊けばいいのか判らなくなったピエッチェにクルテが言った。
「だってわたしは人間に成れなければ永遠に生き続ける――カティも魔物になって永遠に生き続けるって言い出さない?」
なるほど……俺が魔物になりたがるのを恐れたってことか。
「わたしたちを嘲笑っている」
クルテが廊下室を見て言った。
「それでどうする? 廊下室に入るのか?」
「いや……」
廊下室からピエッチェに視線を戻したクルテが口籠る。
「何も考えてない」
「そうか」
つい笑いそうになって慌てて顔を引き締めるピエッチェ、だが無駄だ。
「笑いたきゃ笑え」
クルテが拗ねる。
「そう言えば、どうしてドアに施錠したんだ?」
「場合によっては封印を解くしかないと思っていた。会議室は危険な場所になる。みんなを危険な目に遭わせないため、入って来れないようにした」
「魔法で施錠したみたいだが、おまえの魔法じゃラクティメシッスには通用しない。簡単に開錠されるぞ」
「そうなのかな? まぁ、確かにそうかも」
「否定しないんだな」
「わたしの魔法は人間が『女神の魔法』と呼ぶ類のもの。人間が使う魔法も使えないわけじゃないけど苦手なんだ」
「女神の魔法って言えば変身とか姿を消すとか? あとは祝福と呪い、それと精神での意思の疎通だったかな」
クルテが心を読めるのは秘魔だからってだけじゃないんだと、やっと気が付いたピエッチェだ。
「森の女神は姿を消したり動植物とかに化けたり、あるいは何かの中に隠れたりで人間の前に姿を見せない」
「そう言えば、おまえも箱や剣や梯子――」
言葉の途中でピエッチェが言葉を止めた。剣? そうだ、クルテは剣になったことがあった。あの剣は確か……
「梯子がどうかしたのか?」
「えっ? あ、いや――」
クルテの質問に思考が中断される。何を話していたんだっけ? まぁ、いいか。
「まぁ、俺が遮蔽術を使ったことは判ってるよな?」
「判ってる。ラクティメシッスの目を誤魔化すために、わたしがドアの前に立つのを持っていた?」
あれ? 疑問? 何かが奇怪しい。
「おまえ、鍵を閉めて回っている時、なんで心を読まなかった? 読んでいたら、俺がドアを開ける前に手を打ったはずだ」
「うん。読んでない。と言うより読めなかった。封印された魔物のせいだと思う。アイツ、魔力を使って女神の娘の魔法を封じてる。この宿に入ってから、誰の心も読めない。さっき、チェリーパイのことで揉めた時も、ピエッチェの心が読めなくてイライラしてた」
それって、俺がいっくら心の中で話しかけても届いてなかったってことか。無視されてたんじゃなく?
「あ、でも、『食べたくないって思ったよね』って言ったよな?」
「きっとそうだろうと思っただけ。ローシェッタの菓子は甘すぎるって感じてるピエッチェが、マデルでさえもすっごく甘いって言うパイを食べたがるはずない」
まぁ、魔力を使わなくたって想像はつくか。
「で、まぁ、俺が遮蔽したんだから、ラクティメシッスでもここには来れない」
「うん、ドアが開いたのには驚いたけど、カティがいてくれて本当はホッとした――きっと気が付く、来てくれるって思ってた」
ふぅん、だったら最初から素直に嬉しいって言えよ。鍵を閉めようとなんかしないで『来て』って言えば、すぐに行くのに。
「しかし魔物はなんで、恋人である女神の娘の魔力を妨害してるんだ? それとも影響されてるのはおまえだけ?」
「ううん、わたしだけじゃない。裏切られたと思い込んでるから、娘の魔力を封じてる」
「魔物が娘に裏切られたってことか? えっと、魔物を封印したのは女神だけど、娘のほうは魔物が封印した?」
「両方女神」
「魔物は娘が封じられてるとは知らない?」
「知ってる」
「娘の裏切りってなんだ?」
「娘になら封印が解けると思い込んでる」
「解ける封印を解いてくれないってことだな?」
「そ、その通り」
あのさ、最初からそう説明してくれないか? まぁ、クルテの説明下手は今に始まったこっちゃないか。
二人が話し込んでいる間も聞こえていた笑い声がぴたりと止んだ。ピエッチェとクルテが二人揃って廊下室を見る。
「笑い声が消えたな」
「わたしたちの話を聞いて、考えてるんだろうね」
ピエッチェの遮蔽は会議室と廊下室、そして廊下室の両隣の空間を抱き込んだものだ。ピエッチェとクルテの話声は遮蔽の外のラクティメシッスたちには聞こえないが内側の、封印されている魔物と女神の娘には聞こえているはずだ。
「女神の娘の裏切りは思い違いだったかもしれないって?」
笑い声の主は魔物だったか。
「女神の娘はどう感じている? なぁ、女神同士は繋がってるってタスケッテの女神が言ってた。すべての森の女神は経験を共有してるようなことを言ってたけど、娘のほうはどうなんだ?」
「同じ女神の化身同士なら意識の共有もある」
ここに封印されているのはソノンセカの森の女神の娘、コゲゼリテの森で生まれたクルテとは繋がっていないってことか。
再び廊下室から音が漏れ始めた。今度は泣き声だ。すすり泣いている。嘲笑もそうだったが音が漏れてくるのは廊下室で、その両側の空間からではなかった。
「魔物が泣いてる?」
ピエッチェが呟くと、
「イヤ、娘のほうだ」
クルテがきっぱりと言う。
「でも音は同じ場所から聞こえてくるぞ?」
「うん、同じところからだね。でも、これで判った」
「判ったって何が?」
「魔物と女神の娘は、二体で一体」
「ふむ。意味が判らない」
するとクルテが頬を膨らませてピエッチェを見た。
「まったくもう! さっきは察しが良かったのに――魔物と女神の娘の身体は同化させられて廊下室の下にある」
「同化させられた?」
「さっき自分で言ったじゃないか。あれ? 言ったのはわたしか?……何しろ女神は魔法で『何かに隠れる』ことができる。娘が自分を隠すため魔物の中に入り込んだ状態で二体は封印された。で、森の女神は意地悪だからね。二人の心を分離して別々に閉じ込めた」
「なるほど、廊下室の両側の空間に居るのは心だけか」
それなら廊下室で感じた正体不明の気配にも納得できる。魔物と女神の娘が融合した気配なんて判りっこない。しかも心は身体とは別の場所からそれぞれの気配を発しているのだから、三種類の気配が混合されていることになる。どこが本体か判らないのももっともだし、簡単に感知できるはずがない。だが、ちょっと待て。
「廊下室の下に身体だけあるって考えていいんだよな?」
「そうだと思うよ」
「心が抜けた身体って? 死んでいるんじゃなくって?」
「生きてるから苦しんでるんだと思うけど?」
思うだけか。
「うーーん……で、身体がない心ってどうなってるんだ?」
「今さらそれを訊く? わたしが姿を消しているのと変わらない」
「あぁ? そう言えば、おまえが消えてるときって身体はどうなってるんだ?」
「あっと、わたしの場合は必要な時だけ身体を作ってるんだった。でも、封印された二体が死んでないのは確か」
なんだか誤魔化された?
「それでだ、どうする気だ?」
「そうだね、どうしよう。どうしたらいい?」
俺に言わせたいのか……
「一つ訊きたい。封印される前の姿に戻ったとしたら、魔物と女神の娘は何をすると思う?」
「魔物は森の女神への復讐、娘はそれを阻もうとする。そして二人は殺し合う」
「ふむ……」
ピエッチェが天井を見上げた。クルテが視線の先を追う。
「通気口?」
「うん――ここは閉ざされている。俺が遮蔽したし、廊下を通すわけにもいかない」
「だけど、通気口はすべての部屋に繋がっているんじゃ?」
「おまえ、隙間があれば通り抜けできるって言ったよな? 壁は通り抜けられないけど、窓もドアも必ず僅かだか隙間があるから抜けられる」
「わたしに外に行けって言ってる?」
「魔物と女神の娘を誘導してやれ」
「通気口を抜けて外に出ろって? でも、女神の娘ならともかく、魔物は姿を消せなさそうだよ?」
「姿を消してるんじゃなくって、空気に化けてるんだろ?」
サラッと言い放ったピエッチェにクルテがギョッとする。正解だったとピエッチェが確信する。
「姿を消してるときの身体はどうなってるのか訊いたら誤魔化したよな? それで気付いた、空気になってるんだって――でもそれはどうでもいい」
ピエッチェが視線を通気口からクルテに移す。
「心だけをソノンセカの森に返してやるのがいいと、俺は思う」
通気口を見詰めたままだったクルテがフッと息を吐き、俯いた。
「心を身体に戻してやることはできない?」
「その場合、どうやって身体を外に出す?」
「心が抜けたままでも身体が維持できているのは、近くに心があるからだ。遠ざかれば朽ちていく」
「うん……」
クルテは随分と彼らに同情しているようだ。
「なぁ、クルテ。おまえはあの二体を生き続けさせたいと思っているのか?」
「わたしは……愛を貫いて欲しいと思っているだけだ」
「ふむ。おまえ、詳しい事情を知っているようだな」
するとクルテがチラリとピエッチェを見た。そして溜息を吐いた。
「ゴゼリュスはもともと山に住む普通のヤギだ。だが、人間の男に会いたくて魔物になった」
「うん、それで?」
「リュネだってただの馬だった。幸せになりたいって一念がリュネを魔物に変えた」
「あぁ、そうだな」
「それにハーピィ、元は人間の女だった」
「それって……」
クルテがなにを言いたいのか、思い至ったピエッチェがマジマジとクルテを見る。
「封印されている魔物は、元は人間だった?」
俯いたままクルテが頷いた。
「ふぅん……」
ピエッチェがクルテを見詰めたまま呻く。
「おまえ、さっきは恋心は複雑なものだって言ったよな? 古来より、魔物に魅入られた人間の話は数多あるって言わなかったか? そんな思いに応えたって奇怪しくないって言ったよな?――最初から『もとは人間だった魔物』って教えてくれれば、俺だってすぐに理解した。女神の娘と恋仲だって言われても不思議に思わなかった。おまえ、魔物が元は人間だと、俺に教えたくなかっただろう? なんで隠そうとしたんだ?」
「それは、だって……」
言い訳を考えるクルテは相当困っているようだ。泣き出しそうな顔でピエッチェを見る。
「泣くなよ。泣かれると追及しずらくなる。それを狙うな」
「そんなんじゃない。なんで判ってくれない?」
「判らないから訊いてるんだ。嘘も隠し事もするなって、俺はおまえに言ったはずだぞ?」
「だからって、すべて話せる? カティだって、わたしに隠れて夜中にバスを使ってるよね?」
あ……こいつ、気付いていたのか――
「えっと、まぁ、隠していたのはいいとして、なにしろ、なんだ……」
秘密がバレていたことに動揺し、何を訊けばいいのか判らなくなったピエッチェにクルテが言った。
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