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13章 永遠の刹那
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通気口からの吹き込みはますます激しくなっていく。外部に開口しているあたりでは、天井裏に雨が吹き込んでいるんじゃないかと心配になるほどだ。建物の奥まったところまで届いているのだから、屋外はさぞや荒れていることだろう。
宿への道すがら眺めただけだが、ソノンセカには古い上にロクに手入れもされていなさそうな民家ばかりだった。別の道にはもっとマシな家も建っているんだろうか? この嵐では雨漏りしていないか、窓が吹き飛ばされていないか、余計なお世話だろうが心配だ。
「止みそうもないな」
通気口を見上げピエッチェが呟くと
「こんなに降ったんじゃ、止んでもすぐには封印の岩に上るのはやめといたほうがいい」
クルテが答えた。大量に水を含んだ足場は崩れ易くなっている。
「明日もこの宿ってことか。だったら、二体をどうするのかは村人に話を聞いてからでもいいんじゃないか?」
「ラクティメシッスにはああ言ったけど、話を聞きに行く気はない」
おやおや……
「それじゃあ、なんのために明日もここに居たがる?」
「二体がここから居なくなれば村の様子も変わる。それを確認したかった」
「あいつら、村にどんな影響を及ぼしてた? まさか不老不死か?」
「人間が不老不死になれるとしたら魔物になるしかない――ねぇ、この村に居ると体調が悪くならない?」
「うん? いや、ならないけど、なんて言うか、落ち着かない感じがする。こないだ通った時は首の後ろが冷やされる感じがした。あれって魔力の影響?」
クルテが少し驚く。
「感じたんだ? 普通の人間には判らないはずなんだけど」
「なにそれ? どうせ俺は普通じゃないよ」
「怒らないで。変わってるってことじゃなくって、さすがいくつもの森の女神の祝福を受けてるだけのことはあるって感心したんだよ」
「いくつもの? コゲゼリテの女神に祝福されたのと、先祖がタスケッテの女神に祝福されたのが継続してるだけだろ? 二つだけだ」
するとクルテがクスッと笑う。
「ほかにもあるよ――例えば、ザジリレン王宮の庭にある森の女神とか、グレナムの精霊とか。まぁ、グレナムの精霊は森の女神って言うより女神の娘だけど、化身だからね。女神と同じ効果がある」
身に覚えがない。でも、そんなもんか。シャーレジアのペンダントだって本人は知らなかったわけだし、確かタスケッテの女神の祝福もカテルクルストは気付いていなかった。
「例えばってことは他にもある?」
「うん、歴代のザジリレン王の中でも群を抜いて多いかも」
「まさか、今まで行ったすべての森の女神が祝福したとか言わないよな? てかさ、森の女神は王家に連なる者しか祝福しないんだったよな?」
「一緒に行動するようになる前、どこの森に行ったか知らないから判らない。で、王家の人間だからって森に入れば祝福されるってもんでもない」
「祝福される条件って? 王族だって以外で」
「そんなの決まってる、女神の気紛れ。まぁ、気に入った相手限定だけど」
「ってことは、俺は女神に好かれやすい?」
「好かれることをしてるとも言える。まぁ、性格や考え方も好感度が高いかも」
「そんなことしたかなぁ?」
「してるよ。おまえの魅力で人を集めろって最初に言ったじゃん。まぁ、本当は人じゃなくって森の女神の祝福だけど、あの時点でそんなこと言ってもわたしを頭のイカれたヤツとしか思わなかっただろう?」
『おまえの魅力で人を集めるんだ。わたしが手助けしてやる』
クルテにそう言われザジリレンを出た。そうだな、『女神の祝福を集めろ』と言われても、森の女神なんて伝説だと笑い飛ばした。コゲゼリテの森の女神をはっきりこの目で見た今となっては女神の存在を否定したりしない。タスケッテの女神は夢の中の出来事のようで、だけど心を読んだクルテが女神と断定しているから居るには居るんだろうと思える。
「ん? って、俺に魔物退治をさせたがるのって、女神に気に入られるため? それにさ、祝福を多く受けたらネネシリスを倒す助けになるのか?」
「ネネシリスと唆魔の複合体だな。互いの魔力を強化しあって一筋縄ではいかない。女神の祝福には防魔法効果がある」
「ん? でも、ここに封印されてる魔物と娘の魔力の影響を受けてるって言ったばかりだぞ?」
「魔物と人間、魔物と女神の娘、どっちの複合体の力が強いと思う?」
なるほど。魔物と娘のほうがかなり強そうだ。
クルテが続けた。
「ソノンセカに蔓延している、封印された二体の魔力――これは呪いだ。魔物は娘を恨んで滅ぼそうとし、魔物の願いを叶えようとして娘が女神の魔法を使った」
「恨みの呪い、すぐにでも発動しそうだけど娘は死んでいない」
「ソノンセカの女神の呪いが先に発動しているから。女神は魔物と娘に不死の呪いをかけた。たとえ身体が朽ちても、永遠に心は彷徨い続ける」
「あん? だったら心だけを解放したっていいんじゃないのか?」
「カティの馬鹿、なんで判らない?」
何を判れって言うんだよ?
「身体が無くなったら抱き合えなくなる」
いつの間にか聞こえなくっていたすすり泣き、それがクルテのこの一言で号泣に戻った。
「カティ、言ったよね? 物に変わったら抱き合えなくなる、それでいいのかってわたしに訊いたよね?」
あぁ、言ったさ、言ったとも。つまり、おまえはそれじゃあイヤだってことだな。そしてここに封印されてる二体も同じだってことだな。
「ふむ……」
ピエッチェが考え込む。心だけを解放するのでは足りない。かと言って体に心を戻せは二体は殺し合いを始める。だったらどうしたらいい?
ピエッチェがクルテを見て言った。
「本当に殺し合うかな?」
「えっ?」
「何かの拍子に、俺がコゲゼリテの女神を滅ぼそうとしたら、おまえ、どうする?」
「そりゃあ、妨害しようとする」
「俺を殺す?」
イヤ、そんなことを訊いても意味がない。反対だ。
俺がネネシリスを制裁しようとして、それをクルテが妨害しようとしたら俺はクルテを殺せるか?――ダメだ、考えるまでもない、そこまで……ネネシリスを恨んでいない。なぜだろう? 殺されかかったのに。アイツは俺を殺そうとしたのに。
「わたしがカティを? 殺せるわけない」
震え始めたクルテをピエッチェが抱き寄せた。
「馬鹿なことを訊いた――判ってるから泣くな」
魔物が女神を恨むのは恋人と引き裂かれたことが原因、だったらクルテと引き裂かれたらと考えればいい。魔物になってまで恋人と添いたいと願った男、そして魔物になった男。それが肝心の恋人と引き裂かれた。だったら……俺がしてやれることは?
「なぁ、クルテ」
「うん?」
「魔物の中に娘は隠れ、そのまま封印されたんだよな?」
「うん、そう聞いてる」
「で、心だけが別々に封印された――娘の身体は空気のままなのか?」
「心がないから空気ではいられない。元の姿で魔物の身体と一緒にある」
「もとの形に戻ってるってことだな?」
「そうだと思う」
思うだけか。確認したほうがよさそうだ。ピエッチェがクルテを放し、廊下室に近寄っていく。
「カティ? 何をする気だ?」
不安げなクルテ、それでも邪魔はしない。そのままの場所でピエッチェを見守っている。
ピエッチェが片手を前に突き出して廊下室のドアに触れた。
「隠されし部屋よ、姿を現せ」
廊下室のドアが霞む。それがどんどん広がっていき、廊下室の幅と高さいっぱいになるとふっと消えた。先にあるのは廊下室ではなく、下へと続く階段だった。フフン、とクルテが鼻を鳴らす。
「隠し部屋の魔法? 初めて見た。カティの王宮の部屋にあるのと同じ?」
「あぁ……隠蔽術で隠されていたから気付かなくても仕方ない。俺だって、必ずあるとは思ってなかった」
「なんだ。あてずっぽうだった?」
「建物ができてから封印されたんだったら、きっと隠し部屋を作る。そう思って試しに魔法封じを使ってみた」
泣き声は階段の下から聞こえてくる。ピエッチェが廊下室へ、そして階段を下りていくと泣き声も消えた。
「ピエッチェ、近づくのは――」
「俺に魔物の魔法は効かないんだろう? だったら危険はない」
「でも、女神の娘だって――」
「魔物に何もしなければ娘は攻撃してこない。怖いなら、おまえはそこに居ろ。二体の状態を確認するだけだ」
そう言われて待っていられるクルテではない。ピエッチェに続いて階段を下りて行った。
地下には大きな箱が置かれていた。あるのはその箱だけだ。
「まるで棺だ」
ピエッチェの呟きに
「死んでないのに棺って言うな!」
クルテが過剰に反応する。それに答えず箱の蓋にピエッチェが手を伸ばす。
「おい!」
クルテが止めようとするが間に合わない。ピエッチェは箱を開けてしまった。
「ふむ……」
箱の中にはまだ若い男女、抱き合って静かに眠っている。
「心がないから、自分たちが抱き合っていると判らない?」
ピエッチェの疑問に、クルテが答える。
「心を無くすと身体の感覚も消える。心でしか感じられないんだ。感じていると認識できるのは心だから」
「クルテ、もう一度訊こう。こいつらの最大の願いはなんだ?」
「それは……共にいること」
「そうだよな。それができないから、魔物は女神を恨んでいる。間違いないな?」
今度は答えないクルテに、正解なのだとピエッチェが確信する。俺が答えを出さなければダメなんだ……
俺がどう判断するかによって女神は俺を判断する。そして女神が考える正解を俺が導き出せたなら、祝福を獲得できる。クルテは手助けはするが答えを教えてはくれない。よく考えてみれば、今までもそうだった。
抱き合って眠る二人から目を離さずにクルテがピエッチェに尋ねた。
「それで、どうする?」
チラリとクルテを見てピエッチェが答えた。
「そうだな。心を身体に返してやる。その結果、戦い始めたら、その時は俺が二人を鎮める」
魔物と女神の娘を鎮めることができるのか、とクルテは訊かなかった。何も言わず、階段の登り口まで後退していく。
ピエッチェの選択はソノンセカの森の女神の意思に背くことになる。女神の力が及ぶこの地で女神に逆らったらどうなるのか? 一抹の不安はあるものの、これ以外に封印された二体を救う方法はない。有ったとしてもそれは、きっとピエッチェには選べないか、選びたくない方法だ。
最悪、魔物と女神の娘、さらに森の女神を相手にすることになる。三者が共同して掛かってくる可能性は低いとしてもないわけじゃない。せめてクルテは逃したい。
「おまえ、自分の寝室で待ってろ」
「いやだ!」
クルテのきっぱりとした拒否、そうか、おまえは俺が居なくなったら生きていけないんだったな。ならば仕方ない。一緒に行こう。
ピエッチェが両肘を折る。そして両側の壁に掌を翳した。
「ここに眠る二体の心、あるべきところに戻れ」
左右の壁が朧な光を放ち始めた――
宿への道すがら眺めただけだが、ソノンセカには古い上にロクに手入れもされていなさそうな民家ばかりだった。別の道にはもっとマシな家も建っているんだろうか? この嵐では雨漏りしていないか、窓が吹き飛ばされていないか、余計なお世話だろうが心配だ。
「止みそうもないな」
通気口を見上げピエッチェが呟くと
「こんなに降ったんじゃ、止んでもすぐには封印の岩に上るのはやめといたほうがいい」
クルテが答えた。大量に水を含んだ足場は崩れ易くなっている。
「明日もこの宿ってことか。だったら、二体をどうするのかは村人に話を聞いてからでもいいんじゃないか?」
「ラクティメシッスにはああ言ったけど、話を聞きに行く気はない」
おやおや……
「それじゃあ、なんのために明日もここに居たがる?」
「二体がここから居なくなれば村の様子も変わる。それを確認したかった」
「あいつら、村にどんな影響を及ぼしてた? まさか不老不死か?」
「人間が不老不死になれるとしたら魔物になるしかない――ねぇ、この村に居ると体調が悪くならない?」
「うん? いや、ならないけど、なんて言うか、落ち着かない感じがする。こないだ通った時は首の後ろが冷やされる感じがした。あれって魔力の影響?」
クルテが少し驚く。
「感じたんだ? 普通の人間には判らないはずなんだけど」
「なにそれ? どうせ俺は普通じゃないよ」
「怒らないで。変わってるってことじゃなくって、さすがいくつもの森の女神の祝福を受けてるだけのことはあるって感心したんだよ」
「いくつもの? コゲゼリテの女神に祝福されたのと、先祖がタスケッテの女神に祝福されたのが継続してるだけだろ? 二つだけだ」
するとクルテがクスッと笑う。
「ほかにもあるよ――例えば、ザジリレン王宮の庭にある森の女神とか、グレナムの精霊とか。まぁ、グレナムの精霊は森の女神って言うより女神の娘だけど、化身だからね。女神と同じ効果がある」
身に覚えがない。でも、そんなもんか。シャーレジアのペンダントだって本人は知らなかったわけだし、確かタスケッテの女神の祝福もカテルクルストは気付いていなかった。
「例えばってことは他にもある?」
「うん、歴代のザジリレン王の中でも群を抜いて多いかも」
「まさか、今まで行ったすべての森の女神が祝福したとか言わないよな? てかさ、森の女神は王家に連なる者しか祝福しないんだったよな?」
「一緒に行動するようになる前、どこの森に行ったか知らないから判らない。で、王家の人間だからって森に入れば祝福されるってもんでもない」
「祝福される条件って? 王族だって以外で」
「そんなの決まってる、女神の気紛れ。まぁ、気に入った相手限定だけど」
「ってことは、俺は女神に好かれやすい?」
「好かれることをしてるとも言える。まぁ、性格や考え方も好感度が高いかも」
「そんなことしたかなぁ?」
「してるよ。おまえの魅力で人を集めろって最初に言ったじゃん。まぁ、本当は人じゃなくって森の女神の祝福だけど、あの時点でそんなこと言ってもわたしを頭のイカれたヤツとしか思わなかっただろう?」
『おまえの魅力で人を集めるんだ。わたしが手助けしてやる』
クルテにそう言われザジリレンを出た。そうだな、『女神の祝福を集めろ』と言われても、森の女神なんて伝説だと笑い飛ばした。コゲゼリテの森の女神をはっきりこの目で見た今となっては女神の存在を否定したりしない。タスケッテの女神は夢の中の出来事のようで、だけど心を読んだクルテが女神と断定しているから居るには居るんだろうと思える。
「ん? って、俺に魔物退治をさせたがるのって、女神に気に入られるため? それにさ、祝福を多く受けたらネネシリスを倒す助けになるのか?」
「ネネシリスと唆魔の複合体だな。互いの魔力を強化しあって一筋縄ではいかない。女神の祝福には防魔法効果がある」
「ん? でも、ここに封印されてる魔物と娘の魔力の影響を受けてるって言ったばかりだぞ?」
「魔物と人間、魔物と女神の娘、どっちの複合体の力が強いと思う?」
なるほど。魔物と娘のほうがかなり強そうだ。
クルテが続けた。
「ソノンセカに蔓延している、封印された二体の魔力――これは呪いだ。魔物は娘を恨んで滅ぼそうとし、魔物の願いを叶えようとして娘が女神の魔法を使った」
「恨みの呪い、すぐにでも発動しそうだけど娘は死んでいない」
「ソノンセカの女神の呪いが先に発動しているから。女神は魔物と娘に不死の呪いをかけた。たとえ身体が朽ちても、永遠に心は彷徨い続ける」
「あん? だったら心だけを解放したっていいんじゃないのか?」
「カティの馬鹿、なんで判らない?」
何を判れって言うんだよ?
「身体が無くなったら抱き合えなくなる」
いつの間にか聞こえなくっていたすすり泣き、それがクルテのこの一言で号泣に戻った。
「カティ、言ったよね? 物に変わったら抱き合えなくなる、それでいいのかってわたしに訊いたよね?」
あぁ、言ったさ、言ったとも。つまり、おまえはそれじゃあイヤだってことだな。そしてここに封印されてる二体も同じだってことだな。
「ふむ……」
ピエッチェが考え込む。心だけを解放するのでは足りない。かと言って体に心を戻せは二体は殺し合いを始める。だったらどうしたらいい?
ピエッチェがクルテを見て言った。
「本当に殺し合うかな?」
「えっ?」
「何かの拍子に、俺がコゲゼリテの女神を滅ぼそうとしたら、おまえ、どうする?」
「そりゃあ、妨害しようとする」
「俺を殺す?」
イヤ、そんなことを訊いても意味がない。反対だ。
俺がネネシリスを制裁しようとして、それをクルテが妨害しようとしたら俺はクルテを殺せるか?――ダメだ、考えるまでもない、そこまで……ネネシリスを恨んでいない。なぜだろう? 殺されかかったのに。アイツは俺を殺そうとしたのに。
「わたしがカティを? 殺せるわけない」
震え始めたクルテをピエッチェが抱き寄せた。
「馬鹿なことを訊いた――判ってるから泣くな」
魔物が女神を恨むのは恋人と引き裂かれたことが原因、だったらクルテと引き裂かれたらと考えればいい。魔物になってまで恋人と添いたいと願った男、そして魔物になった男。それが肝心の恋人と引き裂かれた。だったら……俺がしてやれることは?
「なぁ、クルテ」
「うん?」
「魔物の中に娘は隠れ、そのまま封印されたんだよな?」
「うん、そう聞いてる」
「で、心だけが別々に封印された――娘の身体は空気のままなのか?」
「心がないから空気ではいられない。元の姿で魔物の身体と一緒にある」
「もとの形に戻ってるってことだな?」
「そうだと思う」
思うだけか。確認したほうがよさそうだ。ピエッチェがクルテを放し、廊下室に近寄っていく。
「カティ? 何をする気だ?」
不安げなクルテ、それでも邪魔はしない。そのままの場所でピエッチェを見守っている。
ピエッチェが片手を前に突き出して廊下室のドアに触れた。
「隠されし部屋よ、姿を現せ」
廊下室のドアが霞む。それがどんどん広がっていき、廊下室の幅と高さいっぱいになるとふっと消えた。先にあるのは廊下室ではなく、下へと続く階段だった。フフン、とクルテが鼻を鳴らす。
「隠し部屋の魔法? 初めて見た。カティの王宮の部屋にあるのと同じ?」
「あぁ……隠蔽術で隠されていたから気付かなくても仕方ない。俺だって、必ずあるとは思ってなかった」
「なんだ。あてずっぽうだった?」
「建物ができてから封印されたんだったら、きっと隠し部屋を作る。そう思って試しに魔法封じを使ってみた」
泣き声は階段の下から聞こえてくる。ピエッチェが廊下室へ、そして階段を下りていくと泣き声も消えた。
「ピエッチェ、近づくのは――」
「俺に魔物の魔法は効かないんだろう? だったら危険はない」
「でも、女神の娘だって――」
「魔物に何もしなければ娘は攻撃してこない。怖いなら、おまえはそこに居ろ。二体の状態を確認するだけだ」
そう言われて待っていられるクルテではない。ピエッチェに続いて階段を下りて行った。
地下には大きな箱が置かれていた。あるのはその箱だけだ。
「まるで棺だ」
ピエッチェの呟きに
「死んでないのに棺って言うな!」
クルテが過剰に反応する。それに答えず箱の蓋にピエッチェが手を伸ばす。
「おい!」
クルテが止めようとするが間に合わない。ピエッチェは箱を開けてしまった。
「ふむ……」
箱の中にはまだ若い男女、抱き合って静かに眠っている。
「心がないから、自分たちが抱き合っていると判らない?」
ピエッチェの疑問に、クルテが答える。
「心を無くすと身体の感覚も消える。心でしか感じられないんだ。感じていると認識できるのは心だから」
「クルテ、もう一度訊こう。こいつらの最大の願いはなんだ?」
「それは……共にいること」
「そうだよな。それができないから、魔物は女神を恨んでいる。間違いないな?」
今度は答えないクルテに、正解なのだとピエッチェが確信する。俺が答えを出さなければダメなんだ……
俺がどう判断するかによって女神は俺を判断する。そして女神が考える正解を俺が導き出せたなら、祝福を獲得できる。クルテは手助けはするが答えを教えてはくれない。よく考えてみれば、今までもそうだった。
抱き合って眠る二人から目を離さずにクルテがピエッチェに尋ねた。
「それで、どうする?」
チラリとクルテを見てピエッチェが答えた。
「そうだな。心を身体に返してやる。その結果、戦い始めたら、その時は俺が二人を鎮める」
魔物と女神の娘を鎮めることができるのか、とクルテは訊かなかった。何も言わず、階段の登り口まで後退していく。
ピエッチェの選択はソノンセカの森の女神の意思に背くことになる。女神の力が及ぶこの地で女神に逆らったらどうなるのか? 一抹の不安はあるものの、これ以外に封印された二体を救う方法はない。有ったとしてもそれは、きっとピエッチェには選べないか、選びたくない方法だ。
最悪、魔物と女神の娘、さらに森の女神を相手にすることになる。三者が共同して掛かってくる可能性は低いとしてもないわけじゃない。せめてクルテは逃したい。
「おまえ、自分の寝室で待ってろ」
「いやだ!」
クルテのきっぱりとした拒否、そうか、おまえは俺が居なくなったら生きていけないんだったな。ならば仕方ない。一緒に行こう。
ピエッチェが両肘を折る。そして両側の壁に掌を翳した。
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