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13章 永遠の刹那
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光り始めた壁がいきなり閃光を放つ。その閃光の中から左右一つずつ、ぼんやりとした丸い物が躍り出ると閃光は消えた。
一つは燃えるような赤、もう片方はほんのりと薄紅がかった白。二つの玉は浮かんだままふらふらと部屋を漂い、はっきりと輪郭が判るほどになると動きもしっかりとしてきた。まるで意思があるような……いいや、意思があるのは判っている。二つの玉は『心』なのだから。
突然、赤い玉が尖った矢のようになりピエッチェに突進してくる。存在に気付いたらしい。だが、見えない壁に阻まれピタリと止まる。悔し気に震える赤い玉、だがすぐに動き始める。ピエッチェを回り込み、背後にいるクルテに向かう気だ。すかさずピエッチェが後ろ手に何かを投げる仕草をし、クルテの周囲に結界を張った。
再び壁に足止めされた怒りでか、赤い玉がグンと大きさを増した。本当に燃えているのかもしれない、熱さえ感じる。
すると、宙に浮かんで動かなかった白い玉が青く変わった。途端に空気が冷やされていく。背後の結界の中から
「森の女神は寒暖の魔法が得意」
クルテの声が微かに聞こえた。赤い玉が魔物、元は白かった青い玉が女神の娘か……
次第に赤い玉が元の大きさに戻って行く。同時に焼け付けるような熱も消えた。それに伴い青い玉も白くなった。ほんのりとした薄紅色は、恋に心弾ませる柔らかな頬にも見える。
赤い玉が部屋の中を漂い始めた。もうピエッチェとクルテには関心がないようだ。白い玉は動かない。何かを待っているように、じっとその場を離れない――
ピエッチェがふと思う。魔物と娘は互いが見えていないんじゃないのか? 俺には玉のように見えているが、アイツらには目がない。いや、だが赤い玉は俺を感知し攻撃しようとした。クルテのことも判っていた。
心とはなんだろう? 本来なら目には見えないものだ。二つの玉を見て、『心とは丸いものだったか』と思ったが、そう見えているのは俺だけかもしれない。クルテに訊いてみたかったが、声を発すれば継続させている術が途切れる。心が読めないのは不便だ、クルテの言葉を実感する。
俺とクルテを認識したと言う事は物質なら判ると言うことだ――ピエッチェが腕を上げ、指先を足元の箱に向けた。中には抱き合う二人の身体、物質が入っている。
先に反応したのは赤い玉だった。ハッとしたように動きを止めると、すぐに箱に向かっていった。あとを追うのは白い玉、こちらは迷いながら箱に向かう。
それぞれの玉が本来の居場所に吸い込まれるように消えていく。フッと男が溜息を吐き、ゆっくりと目を開いた。すぐには焦点が定まらないようだ。ぼんやりと前を見ている。
男の溜息に、女も目を開ける。こちらはすぐに抱き合う相手を認識した。光が戻った瞳が輝いている。
そこに居るのが恋人だと、男にも判ったようだ。マジマジと顔を見詰め、ぎこちない動きてその頬を撫でた。微笑む女、涙ぐむ男――ピエッチェが手を翳し横に振ると、脇に除けられていた蓋が宙に浮かんで箱を閉ざした。
と、急に部屋が揺れ始める。足を取られそうなほどだ。
「急げ! 部屋が崩れるぞ!」
ピエッチェが叫び、階段に向かって走る。途中でクルテの手を引っ張って、自分より先に上らせた。会議室に出た途端、背後でガタンと大きな音、振り返ると元通りの壁とドアだ。
「なんで急に魔法を中断させた?」
「俺じゃない!」
隠し部屋は隠れてしまったが、揺れはまだ続いている。
「地震?」
クルテが部屋を見渡して問う。
「違う、ソノンセカの森の女神だ。地震じゃ隠し部屋の魔法は再始動しない」
言いながら、ピエッチェが両手を胸の前で交差させる。
「うわっ!」
いきなり開いた寝室のドア、勢い余ってラクティメシッスがたたらを踏む。
「やっと遮蔽を解いたか! この揺れはなんだ? お嬢さんの仕業じゃないでしょうね!?」
なんで俺じゃなくクルテかと訊くんだよ? あ、俺は魔法を使えないと認識しているからか。
「揺れの理由は判らない!」
揺れに足を取られそうなクルテを支えながらピエッチェが叫ぶ。オッチンネルテが寝室から出てきて、悲鳴を上げた。
「取り敢えず建物から出ましょう! 部屋の壁が崩れてきました」
見交わすピエッチェとラクティメシッス、
「マデリエンテ!」
マデルの寝室に飛び込んでいくラクティメシッス、ピエッチェはクルテを支えながら
「オッチンネルテ、先に外へ! 俺とクルテはカッチーと……従業員を助けて一緒に行く」
オッチンネルテの返事を待たずにカッチーの寝室のドアを開けた――
不思議なことに屋外に出ると揺れているのは建屋だけ、足元はさっぱり揺れていなかった。一気に朽ち果てた建物が崩壊する揺れだったようだ。
宿の建物が本格的に倒壊したのは宿泊客と従業員、そして一頭の馬がキャビンを牽いて外に出た直後だ。外は暴風雨だったが、ラクティメシッスが張った結界は雨も風も通さなかった。あの揺れの中、ウイッグの着用を忘れていないラクティメシッスにピエッチェが感心する。会議室に飛び込んできたときは金髪だった。
「しかし……困りましたねぇ」
瓦礫の山に呆れながらラクティメシッスが溜息を吐く。
「睡眠不足でマデルの肌が荒れたら大変です」
一番の問題がそれかよ?
結界内部に乾燥魔法を使い、地面とは言え座れるようにした。クルテ・マデル・カッチー・オッチンネルテの四人はキャビンに、ピエッチェとラクティメシッスは宿の従業員たちと屋外で過ごす。従業員たちだけ外に置いておくのは忍びないとピエッチェが言ったからだ。クルテは一緒に居たかったようだが、ラクティメシッスも外に居続けると知ると諦めてキャビンに入った。
ラクティメシッスが魔法使いの連絡方法を使って呼び寄せた王室魔法使いがグリュンパから到着したのは日の出直前のことだ。宿の従業員を迎えに来たのだ。宿はなくなった、従業員たちをソノンセカに置いておく理由もなくなった。いったんグリュンパに連れて行き、休養を取らせたのち自宅へ帰らせるらしい。
王室魔法使いは、マデルに『ラクティメシッスさまの指示です』と説明したが、指示を出した本人がいることには気付かなかった。
「ご無事なのははっきりしましたが……どこに居るのかは教えてくださいませんでした。マデリエンテさまは密命がおありなのだとか。どうぞお気を付けくださいませ」
声を潜めてマデルに耳打ちしていた。宿の倒壊はその密命に関連していると考えていたかもしれない。
従業員たちを乗せた馬車がソノンセカを出ると、結界を解いたラクティメシッスと一緒にピエッチェもキャビンに乗り込んだ。嵐は過ぎ、風雨は温和しくなっていた。
四人だと余裕があった座席も、六人になると少しばかり窮屈に思えた。少し動けば隣に座る人に触れてしまいそうだ。ここぞとばかり、ピエッチェにピッタリ寄り添うクルテ、ラクティメシッスが期待を込めてマデルを見るがソッポを向かれ苦笑した。
「さてと、どうしたものですかねぇ?」
キャビンの窓から外を見てラクティメシッスが呟く。明るくなったものの、まだ雨は止んでいない。
「取り敢えず、食事にしましょう――そのあとは瓦礫の撤去かしら。随分と崩れちゃったけど、このままだと危ないわ」
王室魔法使いが持ってきてくれた食事が入った箱を配りながらマデルが言った。
誰よりも早く箱を開けたカッチーが
「あれ? なんだか果物だらけです。半分は果物なんじゃ?」
箱の中身を見て言った。するとラクティメシッスが、
「あぁ、言い忘れてた。それはお嬢さん用です」
と笑う。一人分ずつ箱に入れ六人分、そのうち一つは果物を中心にと指示を出したのだという。
「主食は果物と菓子だとマデルから聞いたので。ついでに茹で卵を入れるよう、頼んでおきました」
「気を遣わせて申し訳ない――ありがとう」
クルテの代わりにピエッチェがラクティメシッスに礼を言う。カッチーから渡された箱を見てニマっとしたクルテ、すぐに始めた食品チェックに夢中だ。
食べている途中で雨は霧雨に変わった。ほとんど止んでいる。すると家々から人が出てきた。
「凄い雨でしたね」
「家が壊れるんじゃないかって心配したよ」
そんな話声がキャビンにも聞こえてきた。笑い声も混じっている。
「人、住んでたんですね」
オッチンネルテが不思議そうに言った。
「この村、生気が感じられないというか……」
「判ります。生活してるようには見えなかったですよね」
カッチーが賛同した。
「死人の村って本当かもって思ってましたもん」
やがて子どもたちも外に出てきたようだ。虹が出たと騒いでいる。
「子ども、居たんですねぇ」
オッチンネルテがシミジミと言った。
自分で剥けるようになれとピエッチェに言われたクルテが茹で卵に苦戦する。ピエッチェ・マデル・カッチー・オッチンネルテが固唾を飲んで見守る中、真剣な表情で殻を剥くクルテをラクティメシッスだけはニヤニヤと見ていた。
「魔法を使えば早いのでは?」
余計なことを言い、マデルに睨まれ小さくなった。
クルテが剥いた卵は表面がデコボコだ。それでも嬉しそうに頬張りながらピエッチェを見上げる。微笑むピエッチェ、見守っていた四人も微笑んでいた――
宿の片付けを始めると、村人たちが集まってきた。
「いったい何があったんですか?」
それにピエッチェが答える。
「昨夜、いきなり倒壊した。きっと老朽化だ。危ないから近寄るな――魔法を使って片付けるから心配しなくていい。村長を呼んできてくれないか? 瓦礫をどこに置けばいいか、指示して欲しい」
宿の建物はすっかり屋根が無くなり、ところどころ壁が残っているだけだ。
「老朽化ってわけじゃなさそうですよ?」
ラクティメシッスがピエッチェに言った。
「それ以外に原因が思いつかないが?」
惚けるピエッチェ、会議室に繋がる廊下室に魔物と女神の娘が閉じ込められていたなんて話をして、ややこしくなるの避けた。
「なにか魔法が解けたんだと思うんですが?」
ラクティメシッスは納得しない。
「会議室と自分たちの寝室を遮蔽して何をしてたんですか?」
「ん? まぁ、なんだ……」
口籠るピエッチェ、だけどこれは芝居だ。宿の倒壊と同時にクルテの魔力も戻り、脳内会話で打ち合わせていた。
ピエッチェがラクティメシッスから顔を背けて続きを言った。
「……愛を確認してた」
「へっ?」
「まぁ、なんだ。音がね、聞こえるかなと。で、遮蔽した」
ラクティメシッスが呆気にとられてピエッチェを見る。すぐに視線をクルテに移すと、こちらは得意げにニンマリ笑んでいる。
「とうとうですか……」
ラクティメシッスがなぜだか嘆く。
「どうなっても知りませんよ?」
「どうなるって言うんだい?」
ラクティメシッスが答えられないのを知っていてピエッチェが問い返す。そしてニヤッと笑った。
一つは燃えるような赤、もう片方はほんのりと薄紅がかった白。二つの玉は浮かんだままふらふらと部屋を漂い、はっきりと輪郭が判るほどになると動きもしっかりとしてきた。まるで意思があるような……いいや、意思があるのは判っている。二つの玉は『心』なのだから。
突然、赤い玉が尖った矢のようになりピエッチェに突進してくる。存在に気付いたらしい。だが、見えない壁に阻まれピタリと止まる。悔し気に震える赤い玉、だがすぐに動き始める。ピエッチェを回り込み、背後にいるクルテに向かう気だ。すかさずピエッチェが後ろ手に何かを投げる仕草をし、クルテの周囲に結界を張った。
再び壁に足止めされた怒りでか、赤い玉がグンと大きさを増した。本当に燃えているのかもしれない、熱さえ感じる。
すると、宙に浮かんで動かなかった白い玉が青く変わった。途端に空気が冷やされていく。背後の結界の中から
「森の女神は寒暖の魔法が得意」
クルテの声が微かに聞こえた。赤い玉が魔物、元は白かった青い玉が女神の娘か……
次第に赤い玉が元の大きさに戻って行く。同時に焼け付けるような熱も消えた。それに伴い青い玉も白くなった。ほんのりとした薄紅色は、恋に心弾ませる柔らかな頬にも見える。
赤い玉が部屋の中を漂い始めた。もうピエッチェとクルテには関心がないようだ。白い玉は動かない。何かを待っているように、じっとその場を離れない――
ピエッチェがふと思う。魔物と娘は互いが見えていないんじゃないのか? 俺には玉のように見えているが、アイツらには目がない。いや、だが赤い玉は俺を感知し攻撃しようとした。クルテのことも判っていた。
心とはなんだろう? 本来なら目には見えないものだ。二つの玉を見て、『心とは丸いものだったか』と思ったが、そう見えているのは俺だけかもしれない。クルテに訊いてみたかったが、声を発すれば継続させている術が途切れる。心が読めないのは不便だ、クルテの言葉を実感する。
俺とクルテを認識したと言う事は物質なら判ると言うことだ――ピエッチェが腕を上げ、指先を足元の箱に向けた。中には抱き合う二人の身体、物質が入っている。
先に反応したのは赤い玉だった。ハッとしたように動きを止めると、すぐに箱に向かっていった。あとを追うのは白い玉、こちらは迷いながら箱に向かう。
それぞれの玉が本来の居場所に吸い込まれるように消えていく。フッと男が溜息を吐き、ゆっくりと目を開いた。すぐには焦点が定まらないようだ。ぼんやりと前を見ている。
男の溜息に、女も目を開ける。こちらはすぐに抱き合う相手を認識した。光が戻った瞳が輝いている。
そこに居るのが恋人だと、男にも判ったようだ。マジマジと顔を見詰め、ぎこちない動きてその頬を撫でた。微笑む女、涙ぐむ男――ピエッチェが手を翳し横に振ると、脇に除けられていた蓋が宙に浮かんで箱を閉ざした。
と、急に部屋が揺れ始める。足を取られそうなほどだ。
「急げ! 部屋が崩れるぞ!」
ピエッチェが叫び、階段に向かって走る。途中でクルテの手を引っ張って、自分より先に上らせた。会議室に出た途端、背後でガタンと大きな音、振り返ると元通りの壁とドアだ。
「なんで急に魔法を中断させた?」
「俺じゃない!」
隠し部屋は隠れてしまったが、揺れはまだ続いている。
「地震?」
クルテが部屋を見渡して問う。
「違う、ソノンセカの森の女神だ。地震じゃ隠し部屋の魔法は再始動しない」
言いながら、ピエッチェが両手を胸の前で交差させる。
「うわっ!」
いきなり開いた寝室のドア、勢い余ってラクティメシッスがたたらを踏む。
「やっと遮蔽を解いたか! この揺れはなんだ? お嬢さんの仕業じゃないでしょうね!?」
なんで俺じゃなくクルテかと訊くんだよ? あ、俺は魔法を使えないと認識しているからか。
「揺れの理由は判らない!」
揺れに足を取られそうなクルテを支えながらピエッチェが叫ぶ。オッチンネルテが寝室から出てきて、悲鳴を上げた。
「取り敢えず建物から出ましょう! 部屋の壁が崩れてきました」
見交わすピエッチェとラクティメシッス、
「マデリエンテ!」
マデルの寝室に飛び込んでいくラクティメシッス、ピエッチェはクルテを支えながら
「オッチンネルテ、先に外へ! 俺とクルテはカッチーと……従業員を助けて一緒に行く」
オッチンネルテの返事を待たずにカッチーの寝室のドアを開けた――
不思議なことに屋外に出ると揺れているのは建屋だけ、足元はさっぱり揺れていなかった。一気に朽ち果てた建物が崩壊する揺れだったようだ。
宿の建物が本格的に倒壊したのは宿泊客と従業員、そして一頭の馬がキャビンを牽いて外に出た直後だ。外は暴風雨だったが、ラクティメシッスが張った結界は雨も風も通さなかった。あの揺れの中、ウイッグの着用を忘れていないラクティメシッスにピエッチェが感心する。会議室に飛び込んできたときは金髪だった。
「しかし……困りましたねぇ」
瓦礫の山に呆れながらラクティメシッスが溜息を吐く。
「睡眠不足でマデルの肌が荒れたら大変です」
一番の問題がそれかよ?
結界内部に乾燥魔法を使い、地面とは言え座れるようにした。クルテ・マデル・カッチー・オッチンネルテの四人はキャビンに、ピエッチェとラクティメシッスは宿の従業員たちと屋外で過ごす。従業員たちだけ外に置いておくのは忍びないとピエッチェが言ったからだ。クルテは一緒に居たかったようだが、ラクティメシッスも外に居続けると知ると諦めてキャビンに入った。
ラクティメシッスが魔法使いの連絡方法を使って呼び寄せた王室魔法使いがグリュンパから到着したのは日の出直前のことだ。宿の従業員を迎えに来たのだ。宿はなくなった、従業員たちをソノンセカに置いておく理由もなくなった。いったんグリュンパに連れて行き、休養を取らせたのち自宅へ帰らせるらしい。
王室魔法使いは、マデルに『ラクティメシッスさまの指示です』と説明したが、指示を出した本人がいることには気付かなかった。
「ご無事なのははっきりしましたが……どこに居るのかは教えてくださいませんでした。マデリエンテさまは密命がおありなのだとか。どうぞお気を付けくださいませ」
声を潜めてマデルに耳打ちしていた。宿の倒壊はその密命に関連していると考えていたかもしれない。
従業員たちを乗せた馬車がソノンセカを出ると、結界を解いたラクティメシッスと一緒にピエッチェもキャビンに乗り込んだ。嵐は過ぎ、風雨は温和しくなっていた。
四人だと余裕があった座席も、六人になると少しばかり窮屈に思えた。少し動けば隣に座る人に触れてしまいそうだ。ここぞとばかり、ピエッチェにピッタリ寄り添うクルテ、ラクティメシッスが期待を込めてマデルを見るがソッポを向かれ苦笑した。
「さてと、どうしたものですかねぇ?」
キャビンの窓から外を見てラクティメシッスが呟く。明るくなったものの、まだ雨は止んでいない。
「取り敢えず、食事にしましょう――そのあとは瓦礫の撤去かしら。随分と崩れちゃったけど、このままだと危ないわ」
王室魔法使いが持ってきてくれた食事が入った箱を配りながらマデルが言った。
誰よりも早く箱を開けたカッチーが
「あれ? なんだか果物だらけです。半分は果物なんじゃ?」
箱の中身を見て言った。するとラクティメシッスが、
「あぁ、言い忘れてた。それはお嬢さん用です」
と笑う。一人分ずつ箱に入れ六人分、そのうち一つは果物を中心にと指示を出したのだという。
「主食は果物と菓子だとマデルから聞いたので。ついでに茹で卵を入れるよう、頼んでおきました」
「気を遣わせて申し訳ない――ありがとう」
クルテの代わりにピエッチェがラクティメシッスに礼を言う。カッチーから渡された箱を見てニマっとしたクルテ、すぐに始めた食品チェックに夢中だ。
食べている途中で雨は霧雨に変わった。ほとんど止んでいる。すると家々から人が出てきた。
「凄い雨でしたね」
「家が壊れるんじゃないかって心配したよ」
そんな話声がキャビンにも聞こえてきた。笑い声も混じっている。
「人、住んでたんですね」
オッチンネルテが不思議そうに言った。
「この村、生気が感じられないというか……」
「判ります。生活してるようには見えなかったですよね」
カッチーが賛同した。
「死人の村って本当かもって思ってましたもん」
やがて子どもたちも外に出てきたようだ。虹が出たと騒いでいる。
「子ども、居たんですねぇ」
オッチンネルテがシミジミと言った。
自分で剥けるようになれとピエッチェに言われたクルテが茹で卵に苦戦する。ピエッチェ・マデル・カッチー・オッチンネルテが固唾を飲んで見守る中、真剣な表情で殻を剥くクルテをラクティメシッスだけはニヤニヤと見ていた。
「魔法を使えば早いのでは?」
余計なことを言い、マデルに睨まれ小さくなった。
クルテが剥いた卵は表面がデコボコだ。それでも嬉しそうに頬張りながらピエッチェを見上げる。微笑むピエッチェ、見守っていた四人も微笑んでいた――
宿の片付けを始めると、村人たちが集まってきた。
「いったい何があったんですか?」
それにピエッチェが答える。
「昨夜、いきなり倒壊した。きっと老朽化だ。危ないから近寄るな――魔法を使って片付けるから心配しなくていい。村長を呼んできてくれないか? 瓦礫をどこに置けばいいか、指示して欲しい」
宿の建物はすっかり屋根が無くなり、ところどころ壁が残っているだけだ。
「老朽化ってわけじゃなさそうですよ?」
ラクティメシッスがピエッチェに言った。
「それ以外に原因が思いつかないが?」
惚けるピエッチェ、会議室に繋がる廊下室に魔物と女神の娘が閉じ込められていたなんて話をして、ややこしくなるの避けた。
「なにか魔法が解けたんだと思うんですが?」
ラクティメシッスは納得しない。
「会議室と自分たちの寝室を遮蔽して何をしてたんですか?」
「ん? まぁ、なんだ……」
口籠るピエッチェ、だけどこれは芝居だ。宿の倒壊と同時にクルテの魔力も戻り、脳内会話で打ち合わせていた。
ピエッチェがラクティメシッスから顔を背けて続きを言った。
「……愛を確認してた」
「へっ?」
「まぁ、なんだ。音がね、聞こえるかなと。で、遮蔽した」
ラクティメシッスが呆気にとられてピエッチェを見る。すぐに視線をクルテに移すと、こちらは得意げにニンマリ笑んでいる。
「とうとうですか……」
ラクティメシッスがなぜだか嘆く。
「どうなっても知りませんよ?」
「どうなるって言うんだい?」
ラクティメシッスが答えられないのを知っていてピエッチェが問い返す。そしてニヤッと笑った。
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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