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13章 永遠の刹那
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瓦礫置き場に到着すると、
「しばらくここに居るよ」
組んでいた村人とは別れた。村人たちは次々にやってきては宿の跡地に戻って行く。村人の目を盗んで森に入るのは難しそうだ。
それにしても村人たちは元気で明るい。誰もがみな溌溂と立ち働いている。いいことなのだろうけれど、みんながみんなだ。どことなく薄気味悪い
(封印されていた魔物の恨みと女神の娘の呪いに影響されて、みんな気分が落ち込んでたんだ)
クルテがピエッチェの頭の中で言った。まぁ、想像通りだ。
(でも恨みも呪いも消えた――陰鬱な気分から解放された反動で、ハイになってる。そのうち落ち着いて、普通になるから心配ない)
それまでに疲れ切っちゃって、元のどんよりに戻らないかが心配だ。
「少し村の中を見て回ってもいい?」
クルテが村人に訊いた。
「あぁ、好きにしなよ。見るとこなんかなんにもない村だけどね」
村人がにこやかに答えた。勝手にふらふらしていると、今度はこっちが気味悪がられる。クルテが脳内会話で笑った。
雨上がりの村をそぞろ歩きを装ってゆっくりと行く。草の葉に残った水滴がキラキラと美しい。ところどころにできた水溜まりが、地面は一様に平坦じゃないことを教えている。水が跳ねるのを気にすることなく、幼児の集団が笑いながら駆け抜けていった。
(子どももいたんだなぁ)
ピエッチェは感慨深げだ。虹を喜ぶ声は聞こえていたけれど、姿を見るとしみじみと実感できた。
(ずっと家に引き籠っていたんだろうね。これから大人たちは大変だ。子どもらに目を光らせて、守ってやらなきゃならなくなる)
クルテの声は温かい。
笑い転げて遊ぶ子どもたちがいる、それだけでその地域は活性化する。そう遠くないうちにソノンセカの『死人の村』なんて悪名は忘れられ、今は昔となるのだろう。
瓦礫置き場は村の片隅、クルテはその奥が森だと言っていたけれどなんのことはない、シスール周回道に接するあたりだけは開けているがソノンセカは森に囲まれていた。瓦礫置き場から森の端を沿って行けば、村を一周できそうだ。周囲に誰も、もちろん子どもたちも居ないのを見計らって、森に入った。
「森の女神は出てくるかな?」
森の中、村からは見えなくなるあたりまで来るとピエッチェが呟いた。時どきポタっと落ちてくる水滴に脅かされている。
「出てくるんじゃない? ザジリレン王に会えるチャンスを見逃さないと思う」
「俺に会いたがってるような言いかただ」
「タスケッテでも向こうから顔を見にきたんだ。ソノンセカでも見に来る」
珍獣か何かになった気分だ。
「カテルクルストは森の女神たちのお気に入りだった。その末裔の顔だ。見たいに決まってる」
「王族って、誰もが女神のお気に入りなんじゃないのか?」
「森の女神に選ばれた者が建国して王になったって人間たちは信じてるけど、それって建国の王たちが自分の都合のいい話をでっち上げただけ」
「けどさ、女神は王族しか祝福しないんじゃ?」
「うん、約束だからね」
「はいはい、森の女神は約束がお好き――で、どんな約束なんだ?」
「国盗りの戦いが続いて、女神たちもウンザリしてた。戦乱で焼かれてしまう森もあったからね――で、お眼鏡に適った数人を集めて話し合いをさせた。もちろん女神が姿を現すはずもなく、娘の一人を遣わせた」
「その話、知ってるぞ。作り話とか伝説の類だと思ってた――各地を回って交渉する美しい娘、予知の力を持ったその娘を信じた数人の王は他国の王と話し合うことを了承した。交渉に応じなかった国は王族もろとも数年のうちに滅びている」
他国と和解し戦乱を終わらせよ。さすればおまえの一族が滅びることはないと約束しよう。永遠に王として君臨し、自国を繫栄に導くがよい――
「予知力なんかないよ」
クルテが笑う。
「あぁ、知ってる。だけど、娘はそう思わせたかったんだろう? 自分は精霊だ、なんて言えなかったから。あ、そうか。女神の娘は精霊だった」
「なんだよ、今さら?」
「いいや、ザジリレンの王家にだけ伝えられてる話だ。その娘は実は精霊だったってね――ん? あれ?」
「どうかした?」
「イヤ、ちょっと待て……」
考え込んだピエッチェを心配そうに見守るクルテ、何かを諦めたような顔でピエッチェもクルテを見る。
「ダメだ、思い出せない。その娘の名を思い出せそうだったんだけど」
「なんで知ってる?」
「なんだよ、おまえ、そのあたりもどうせ知ってるんだろう?――戦乱を納める立役者になった娘は美しかった。娘に応じて話し合いに加わった王たちの多くが求愛したが娘は拒んだ。求愛者から逃げるため、娘は剣になってしまった。その剣がグレナムで、鞘のレリーフはその娘の面影を掘り込んだものだ。グレナムってのは剣の名、レリーフには別の呼び名があった。なんだったっかなぁ」
するとクルテがニマッと笑った。
「グレナムに精霊が宿ってるなんて知らなかったって言わなかった?」
「あの時はおまえを信用してなかった。王家の秘密を簡単に口にできるはずない」
「まぁ、いいや――でさ、なんで娘が剣になったかは知ってる?」
「ローシェッタ王は自分ではなく第二王子カテルクルストを名代に立てたんだ。他にもそんな国は幾らもあった。で、話し合いの席で平和を願うカテルクルストは各国の王や名代を説得し、最終合意にこぎつけた。その謝礼として娘から貰った剣がグレナムだ」
「それ、娘が剣になった説明になってない」
「娘が求愛者から逃れて身を寄せたのはカテルクルストの屋敷でだった。同情したカテルクルストが匿ったんだ……ある日、娘がカテルクルストに『あなたに感謝している。常勝の剣になって感謝の意を示したい。けれど決して他人に渡してはいけない。必ず子孫に受け継がせよ』って言った。そしてカテルクルストの目の前で剣に変わった。事実だとは思ってなかった」
森の女神や女神の娘、そして女神の魔法が事実と知った今では素直に信じられる。もっとも、グレナムの剣に関しては、別の言い伝えもある。だが、どちらが真実かなんて、どうでもいいことだ。
「娘が言ったのはそれだけ?」
「うーーん、よく覚えてないなぁ……けっこう意味不明なところも多くってさ。時間がないとかってのもあったかな?」
「意味不明なんだ?」
クスリと笑うクルテ、ピエッチェが
「なにも馬鹿にしてるわけじゃない。難解だって言ったんだ」
言い繕う。
フッと息を吐いて、
「でもさ、その話を思い出したなら、カテルクルストが森の女神たちに好かれてるのも理解できたんじゃない?」
クルテが言った。なんだか、がっかりしてないか?
「そうだな。戦乱を納める手助けをした王子を気に入るのも納得だな。タスケッテの森の女神は森を守ったから祝福したとか言ってたし……戦禍から森を守ったってことなんだろうね」
「そう、そう言うこと。女神はカテルクルストを英雄視してる」
今度はニッコリ笑うクルテ、がっかりしたと思ったのは木漏れ日と水滴で揺れる光のせいかもしれない。
ソノンセカの女神はシカとなって現れた。前方に姿を見せたシカはじっとこちらを見ていた。あれはシカじゃない、すぐに気が付くピエッチェ、クルテの声が頭で聞こえた。
(ソノンセカの森の女神だ。魔物じゃないから安心しろ)
立ち止まったピエッチェとクルテに、シカはゆっくりと違づいてくる。そして段々と輪郭がぼやけ女の姿に変わっていった。
《カテルクルストの息子だな? よく似ていること》
息子と言うより孫の孫のその孫の……なんだが、わざわざ訂正する必要もない。
ソノンセカの森の女神は無表情だ。それなのにホホホと笑う。いや、口も動いていない。声はクルテの脳内会話と同じ、頭の中で聞こえている。
《すでにいくつもの森の女神が祝福している。不要に思えるが、何もしないのではわたしの気が済まない》
不意に身体が熱くなるのを感じピエッチェが身動ぐ。祝福を受けたに違いない。
ソノンセカの森の女神がクルテを見た。
《コゲゼリテの娘……》
それから再びピエッチェを見た。
《まぁ、いい。好きにしろ》
それはクルテに言ったのか? それともピエッチェに?
ふっと女神が見えなくなった。えっと思うが、最初に見た位置にあのシカが立っている。シカはふいッと顔を背けるとどこかに行ってしまった。
シカの姿が見えなくなると、
「宿に封印されていた二体はあれでよかったってことか?」
ピエッチェが言った。
「勝手なことをして済まなかったと詫びるつもりでいた……」
女神の言葉は受け取れるのに、なぜだか言うべき言葉が思い浮かべられなかった。女神の魔法なのかもしれない。
「どうなんだろうね? でもさ、村を救ったから。そのことに女神は感謝している。わたしはそう思ったよ――戻ろう。ラクティメシッスが『どこに行ってた?』って訊いてくるだろうな」
どことなく楽しそうにクルテが言った。そして村に向かって歩き始めた――
瓦礫の撤去はとっくに終わっていたようで、ラクティメシッスだけが宿の跡地で待っていた。
「どこに行ってたんですか?」
不機嫌に問う。
「村内の様子を見てきただけだよ」
ピエッチェが苦笑し、クルテが
「どこにも不穏な気配はなかった」
会議室で感じた気配の主は村から出て行ったと暗に言った。
「お嬢さんがそう言うのなら、そうなのでしょうね……となると、森かな? 森に逃げたのなら、放置しておきますか」
「森だとしたら探すのも骨が折れる。人前に出てきて悪さするようなら考えればいいんじゃないか?――それより、他のメンバーは?」
「村長の屋敷に先に行きました。わたしたちも行きましょう」
村長の屋敷は思いのほか立派だったが手入れされていないのは一目瞭然だった。そろそろ暗くなり始めていたが塗装が剥げていたり、バルコニーの囲いが壊れているのが見えた。
雨漏りする箇所もあるんじゃないのかと思っていると、ピエッチェたちが来たと気づいた村長が窓から顔を覗かせ照れ笑いした。
「近いうちにグリュンパから業者を呼んで直させようと思ってます」
酷いもんだと感じたのが顔に出てしまった? ピエッチェが気拙く会釈した。
屋敷の中も似たようなもんだった。元々は立派な調度、ピカピカの床、美しい壁紙だったのだと推測できるのが物悲しい。きっと内装も一新するんだろう。
「今日まで何をしていたのか……様々なことを後回しにしてしまった気がします。屋敷の中を見て妻は、怒り出し、外を見て笑い出してしまいました。自分が許せず、はては呆れてしまったんだと言ってましたね」
村長の妻はピエッチェたちを迎えると聞いて俄然張り切りだし、大急ぎで掃除を始めたらしい。客人たちを通す場所を完璧に終わらせるとあとはまた明日にして、今は夕食に取り掛かっている。
「若い頃は料理上手で……そこが良くて妻にしたんですけどねぇ」
村長が照れ笑いした。
「しばらくここに居るよ」
組んでいた村人とは別れた。村人たちは次々にやってきては宿の跡地に戻って行く。村人の目を盗んで森に入るのは難しそうだ。
それにしても村人たちは元気で明るい。誰もがみな溌溂と立ち働いている。いいことなのだろうけれど、みんながみんなだ。どことなく薄気味悪い
(封印されていた魔物の恨みと女神の娘の呪いに影響されて、みんな気分が落ち込んでたんだ)
クルテがピエッチェの頭の中で言った。まぁ、想像通りだ。
(でも恨みも呪いも消えた――陰鬱な気分から解放された反動で、ハイになってる。そのうち落ち着いて、普通になるから心配ない)
それまでに疲れ切っちゃって、元のどんよりに戻らないかが心配だ。
「少し村の中を見て回ってもいい?」
クルテが村人に訊いた。
「あぁ、好きにしなよ。見るとこなんかなんにもない村だけどね」
村人がにこやかに答えた。勝手にふらふらしていると、今度はこっちが気味悪がられる。クルテが脳内会話で笑った。
雨上がりの村をそぞろ歩きを装ってゆっくりと行く。草の葉に残った水滴がキラキラと美しい。ところどころにできた水溜まりが、地面は一様に平坦じゃないことを教えている。水が跳ねるのを気にすることなく、幼児の集団が笑いながら駆け抜けていった。
(子どももいたんだなぁ)
ピエッチェは感慨深げだ。虹を喜ぶ声は聞こえていたけれど、姿を見るとしみじみと実感できた。
(ずっと家に引き籠っていたんだろうね。これから大人たちは大変だ。子どもらに目を光らせて、守ってやらなきゃならなくなる)
クルテの声は温かい。
笑い転げて遊ぶ子どもたちがいる、それだけでその地域は活性化する。そう遠くないうちにソノンセカの『死人の村』なんて悪名は忘れられ、今は昔となるのだろう。
瓦礫置き場は村の片隅、クルテはその奥が森だと言っていたけれどなんのことはない、シスール周回道に接するあたりだけは開けているがソノンセカは森に囲まれていた。瓦礫置き場から森の端を沿って行けば、村を一周できそうだ。周囲に誰も、もちろん子どもたちも居ないのを見計らって、森に入った。
「森の女神は出てくるかな?」
森の中、村からは見えなくなるあたりまで来るとピエッチェが呟いた。時どきポタっと落ちてくる水滴に脅かされている。
「出てくるんじゃない? ザジリレン王に会えるチャンスを見逃さないと思う」
「俺に会いたがってるような言いかただ」
「タスケッテでも向こうから顔を見にきたんだ。ソノンセカでも見に来る」
珍獣か何かになった気分だ。
「カテルクルストは森の女神たちのお気に入りだった。その末裔の顔だ。見たいに決まってる」
「王族って、誰もが女神のお気に入りなんじゃないのか?」
「森の女神に選ばれた者が建国して王になったって人間たちは信じてるけど、それって建国の王たちが自分の都合のいい話をでっち上げただけ」
「けどさ、女神は王族しか祝福しないんじゃ?」
「うん、約束だからね」
「はいはい、森の女神は約束がお好き――で、どんな約束なんだ?」
「国盗りの戦いが続いて、女神たちもウンザリしてた。戦乱で焼かれてしまう森もあったからね――で、お眼鏡に適った数人を集めて話し合いをさせた。もちろん女神が姿を現すはずもなく、娘の一人を遣わせた」
「その話、知ってるぞ。作り話とか伝説の類だと思ってた――各地を回って交渉する美しい娘、予知の力を持ったその娘を信じた数人の王は他国の王と話し合うことを了承した。交渉に応じなかった国は王族もろとも数年のうちに滅びている」
他国と和解し戦乱を終わらせよ。さすればおまえの一族が滅びることはないと約束しよう。永遠に王として君臨し、自国を繫栄に導くがよい――
「予知力なんかないよ」
クルテが笑う。
「あぁ、知ってる。だけど、娘はそう思わせたかったんだろう? 自分は精霊だ、なんて言えなかったから。あ、そうか。女神の娘は精霊だった」
「なんだよ、今さら?」
「いいや、ザジリレンの王家にだけ伝えられてる話だ。その娘は実は精霊だったってね――ん? あれ?」
「どうかした?」
「イヤ、ちょっと待て……」
考え込んだピエッチェを心配そうに見守るクルテ、何かを諦めたような顔でピエッチェもクルテを見る。
「ダメだ、思い出せない。その娘の名を思い出せそうだったんだけど」
「なんで知ってる?」
「なんだよ、おまえ、そのあたりもどうせ知ってるんだろう?――戦乱を納める立役者になった娘は美しかった。娘に応じて話し合いに加わった王たちの多くが求愛したが娘は拒んだ。求愛者から逃げるため、娘は剣になってしまった。その剣がグレナムで、鞘のレリーフはその娘の面影を掘り込んだものだ。グレナムってのは剣の名、レリーフには別の呼び名があった。なんだったっかなぁ」
するとクルテがニマッと笑った。
「グレナムに精霊が宿ってるなんて知らなかったって言わなかった?」
「あの時はおまえを信用してなかった。王家の秘密を簡単に口にできるはずない」
「まぁ、いいや――でさ、なんで娘が剣になったかは知ってる?」
「ローシェッタ王は自分ではなく第二王子カテルクルストを名代に立てたんだ。他にもそんな国は幾らもあった。で、話し合いの席で平和を願うカテルクルストは各国の王や名代を説得し、最終合意にこぎつけた。その謝礼として娘から貰った剣がグレナムだ」
「それ、娘が剣になった説明になってない」
「娘が求愛者から逃れて身を寄せたのはカテルクルストの屋敷でだった。同情したカテルクルストが匿ったんだ……ある日、娘がカテルクルストに『あなたに感謝している。常勝の剣になって感謝の意を示したい。けれど決して他人に渡してはいけない。必ず子孫に受け継がせよ』って言った。そしてカテルクルストの目の前で剣に変わった。事実だとは思ってなかった」
森の女神や女神の娘、そして女神の魔法が事実と知った今では素直に信じられる。もっとも、グレナムの剣に関しては、別の言い伝えもある。だが、どちらが真実かなんて、どうでもいいことだ。
「娘が言ったのはそれだけ?」
「うーーん、よく覚えてないなぁ……けっこう意味不明なところも多くってさ。時間がないとかってのもあったかな?」
「意味不明なんだ?」
クスリと笑うクルテ、ピエッチェが
「なにも馬鹿にしてるわけじゃない。難解だって言ったんだ」
言い繕う。
フッと息を吐いて、
「でもさ、その話を思い出したなら、カテルクルストが森の女神たちに好かれてるのも理解できたんじゃない?」
クルテが言った。なんだか、がっかりしてないか?
「そうだな。戦乱を納める手助けをした王子を気に入るのも納得だな。タスケッテの森の女神は森を守ったから祝福したとか言ってたし……戦禍から森を守ったってことなんだろうね」
「そう、そう言うこと。女神はカテルクルストを英雄視してる」
今度はニッコリ笑うクルテ、がっかりしたと思ったのは木漏れ日と水滴で揺れる光のせいかもしれない。
ソノンセカの女神はシカとなって現れた。前方に姿を見せたシカはじっとこちらを見ていた。あれはシカじゃない、すぐに気が付くピエッチェ、クルテの声が頭で聞こえた。
(ソノンセカの森の女神だ。魔物じゃないから安心しろ)
立ち止まったピエッチェとクルテに、シカはゆっくりと違づいてくる。そして段々と輪郭がぼやけ女の姿に変わっていった。
《カテルクルストの息子だな? よく似ていること》
息子と言うより孫の孫のその孫の……なんだが、わざわざ訂正する必要もない。
ソノンセカの森の女神は無表情だ。それなのにホホホと笑う。いや、口も動いていない。声はクルテの脳内会話と同じ、頭の中で聞こえている。
《すでにいくつもの森の女神が祝福している。不要に思えるが、何もしないのではわたしの気が済まない》
不意に身体が熱くなるのを感じピエッチェが身動ぐ。祝福を受けたに違いない。
ソノンセカの森の女神がクルテを見た。
《コゲゼリテの娘……》
それから再びピエッチェを見た。
《まぁ、いい。好きにしろ》
それはクルテに言ったのか? それともピエッチェに?
ふっと女神が見えなくなった。えっと思うが、最初に見た位置にあのシカが立っている。シカはふいッと顔を背けるとどこかに行ってしまった。
シカの姿が見えなくなると、
「宿に封印されていた二体はあれでよかったってことか?」
ピエッチェが言った。
「勝手なことをして済まなかったと詫びるつもりでいた……」
女神の言葉は受け取れるのに、なぜだか言うべき言葉が思い浮かべられなかった。女神の魔法なのかもしれない。
「どうなんだろうね? でもさ、村を救ったから。そのことに女神は感謝している。わたしはそう思ったよ――戻ろう。ラクティメシッスが『どこに行ってた?』って訊いてくるだろうな」
どことなく楽しそうにクルテが言った。そして村に向かって歩き始めた――
瓦礫の撤去はとっくに終わっていたようで、ラクティメシッスだけが宿の跡地で待っていた。
「どこに行ってたんですか?」
不機嫌に問う。
「村内の様子を見てきただけだよ」
ピエッチェが苦笑し、クルテが
「どこにも不穏な気配はなかった」
会議室で感じた気配の主は村から出て行ったと暗に言った。
「お嬢さんがそう言うのなら、そうなのでしょうね……となると、森かな? 森に逃げたのなら、放置しておきますか」
「森だとしたら探すのも骨が折れる。人前に出てきて悪さするようなら考えればいいんじゃないか?――それより、他のメンバーは?」
「村長の屋敷に先に行きました。わたしたちも行きましょう」
村長の屋敷は思いのほか立派だったが手入れされていないのは一目瞭然だった。そろそろ暗くなり始めていたが塗装が剥げていたり、バルコニーの囲いが壊れているのが見えた。
雨漏りする箇所もあるんじゃないのかと思っていると、ピエッチェたちが来たと気づいた村長が窓から顔を覗かせ照れ笑いした。
「近いうちにグリュンパから業者を呼んで直させようと思ってます」
酷いもんだと感じたのが顔に出てしまった? ピエッチェが気拙く会釈した。
屋敷の中も似たようなもんだった。元々は立派な調度、ピカピカの床、美しい壁紙だったのだと推測できるのが物悲しい。きっと内装も一新するんだろう。
「今日まで何をしていたのか……様々なことを後回しにしてしまった気がします。屋敷の中を見て妻は、怒り出し、外を見て笑い出してしまいました。自分が許せず、はては呆れてしまったんだと言ってましたね」
村長の妻はピエッチェたちを迎えると聞いて俄然張り切りだし、大急ぎで掃除を始めたらしい。客人たちを通す場所を完璧に終わらせるとあとはまた明日にして、今は夕食に取り掛かっている。
「若い頃は料理上手で……そこが良くて妻にしたんですけどねぇ」
村長が照れ笑いした。
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