秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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13章 永遠の刹那

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 これ以上は無理だ……ここで否定したら、もう二度と真実を告げられなくなる。ピエッチェが目を閉じた。

「その日は好天が広がる絶好の狩り日和びよりだった――俺は親友だと思っていた男に誘われて、その男の領地内にある森に出かけた」
ピエッチェがポツリと言った。

「だが、親友だと思っていたのは俺だけだったらしい。ヤツは言った、いつか見返してやるとずっと思っていたってね。そしてヤツは俺に矢を放ち、俺はその矢を受けて崖から落ちた」
「ピエッチェ、その男って?」
マデルの問いに、フッと息を吐いただけでピエッチェは答えない。

「崖の下は濁流だったが、俺はどこかに引っ掛かったんだろう。落ちずに済んでクルテに助けられた」
ちょっと事実と違うが『クルテが宙に浮いていて』とは言えない。

「動けるようになった頃には、俺は家臣を殺し濁流に身を投げたって事実無根の噂が国中に広まっていた――これで俺が誰なのか判っただろう?」
今度はマデルが答えない。

 ピエッチェの話と流言と、どちらが真実か――その判断にマデルは迷っているのだろうか? 今まで積み重ねてきたものが、それはないとピエッチェに教える。マデルは事実がどうなのかよりピエッチェを選ぶ。マデルにとって真実は目の前にいるピエッチェであり、遠く離れたザジリレンで何が起きたかではない。マデルが黙り込んでいるのはきっと、ピエッチェになんと言えばいいのか思いつかないからだ。それともこれは俺の思い違いか? そこまでマデルは俺を信用していないかもしれない。

 思えばピエッチェも、最初はマデルを信用していなかった。胡散うさん臭い女だと警戒した。それなのにクルテはマデルを仲間に引き込んだ。心が読める能力がクルテになければ、断固反対したことだろう。

 それが今では秘密を明かし、自分に背を向けはしないはずだといる。信用できる仲間……親友と思っていた男に裏切られた俺は、ここでもまた同じ失敗を繰り返すのか? いいや、それはない。あのころとは違う。俺にはクルテがいる。俺が誰よりも心を許したクルテが姉と慕うマデルだ。信用していい。

 やがて深い溜息を吐いて、マデルが言った。
「クルテとカッチーは知っているの? あぁ、クルテは知っているのよね?」
マデルはすべてを飲み込んでくれたと感じた。いつもと変わらない口調だ。

 ピエッチェの胸が熱くなる。でもそれを言う必要はない。そのあたりもマデルは承知しているだろう。だからピエッチェもいつも通りにマデルに接した。
「うん、クルテは知っている。でもカッチーには話してない。それと、オッチンネルテも知っている。彼はザジリレンの民だ――ラクティメシッスとフレヴァンスも知ってる」

「そっか、知らされていないのがわたしだけだったらちょっとショックだけど、カッチーも知らないんじゃ、わたしに教えてくれっこないわよね」
「臣下を殺めたなんて言われてなければ隠す必要もなかっただろうし、すぐにでもザジリレン王宮に戻っていた。ローシェッタ王の援助を求めることもできた。悪事を働く人間ではないと、証明できるまでは迂闊に身分を明かせなかった」

「それに、その親友もどきに命を狙われている可能性だってあるんだもの、当然よ」
親友もどき……ネネシリスはもどきだったのか? 友だと思っていたのは俺だけだったと言ったけれど、それを否定したい自分がいるのはなぜだ?

「だけど、よくオッチンネルテを信用したわね。あ、そっか、オッチンネルテが偽カテロヘブだってすぐさま見抜いたのは、ピエッチェ、あんたが本物だからだ」
ケラケラとマデルが笑った。

「オッチンネルテが偽カテロヘブなのは、俺にとっては考えるまでもないことだからな。でも、うーーん……信用しているかと言われると微妙ではある。少なくともローシェッタ国内で俺にそむいたりはしないだろうけど、ザジリレンに入れば判らない」
「ピエッチェを売るかしら?」
「可能性がないとは言わない――オッチンネルテは俺の顔を知っていた。だから監視することを目的に従者にしたんだ」
「そっか、自由を奪ったってことね。そうしとかないとカテロヘブ王はローシェッタに居るって、親友もどきに報告しちゃうかもしれないもん」

 オッチンネルテが下級とは言え、そのの家臣だとマデルには教えないほうが無難だろう。あれ? 元家臣だったか? それとも休暇中? ローシェッタに来てカテロヘブをかたったのは確か弟がダーロミダレムカテロヘブ王の友人を知っていて……違う、オッチンネルテの弟はダーロミレダムが繋がれた牢の料理番だ。それでなんだったっけ?

「でもそっか、ラクティがオッチンネルテの動向に気をつけろって言ってたけど、納得だわ。特にザジリレンに入ったらって付け加えてた――うん、ピエッチェのウイッグ、楽しみにしてる」
クスリとマデルが笑い、ピエッチェの物思いを中断させる。

「あぁ、髪の色が違うだけで、けっこう別人に見える。面白いもんだな」
「髪型一つで見違えたりするでしょ? あれと同じよ。さてっと……」
マデルが会釈して立ち上がる。
「自分の寝室に戻るわ。明日は岩登りでしょう? 昨夜も寝てないんだし、しっかり寝ておかなきゃね」

「あ、あぁ……うん、えっと、それでだ」
「心配しないで」
口籠るピエッチェをマデルが笑う。

「今まで通り、って呼んでいいんでしょう? それとも王さま扱いして欲しい?」
「いいや、今まで通りで頼むよ」
ピエッチェがホッとして微笑み返す。マデルに念を押す必要なんかなかった。ピエッチェが自分を恥じる。
「すまない、なんだか、余計な気を遣わせた」

 うふふとマデルが笑う。
「なに言ってるのよ、それってあんたがわたしに気を遣ってるってことじゃないの。でもね、ピエッチェのそんなところ、好きよ。真面目過ぎるけど、それがピエッチェのいいところだってのも判ってる――それじゃオヤスミ」
ニッコリ言うとマデルは部屋を出て行った。

 ベッドのクルテをそっと覗き込む。すっかり眠り込んでいるようだ。マデルとの話は明日話せばいいか……起こさないよう気を付けてベッドに潜り込むと、そっとクルテを抱き寄せた。

 翌朝――村長以下村人たちの満面の笑みに見送られてソノンセカを発った。子どもたちも出てきてお祭り騒ぎだ。ピエッチェたちがいなくなるのを喜んでいるわけじゃないのは判っているが、なんだかひねくれて受け取りたくなるほどの歓送ぶりだ。
「ま、そう気にするな」
御者ぎょしゃ席の隣に座ったクルテが苦笑した。

 クルテは村長に貰った花束を抱いてニンマリしている。少し庭の花を貰いたいと言ったら村長は『全部持ってってくださっても構いません』と二つ返事で答えた。『手入れが行き届きませんで、庭の状態は最悪ですが』とやっぱり満面の笑みだった。

 ラクティメシッスは朝から不機嫌だった。ピエッチェとクルテは知らなかったが、村長が提供してくれた寝室は二人一室の全三室、一室はピエッチェとクルテなのはもちろん知っているが、残りはラクティメシッスとマデル、カッチーとオッチンネルテの組み合わせにしたらしい。

 ラクティメシッスの不機嫌の理由は寝不足、執拗しつこくマデルを誘っていたくせにいざ同室となると一睡もできなかったらしい。ピエッチェにこっそり、『取り付く島がなかった』と嘆いた。どうやら悶々と一晩を過ごすことになったようだ。けれど、どこまでが本当なのか怪しいもんだとピエッチェは考えている。

 同室のマデルが部屋を出たことに、ラクティメシッスともあろうものが気付かないはずがない。気配を追ってピエッチェたちの部屋に行ったことも判っているだろう。どんな話をしたのか、探りを入れてきたんだとピエッチェは感じていた。

 寝不足なのはオッチンネルテも同じ、こちらはカッチーのいびきに悩まされたと笑っていた。カッチーが『俺、鼾なんか掻いてました? 疲れてたのかな?』と言って、ピエッチェたちの失笑を誘った――

 ソノンセカを出るとすぐにシスール大橋だ。橋の中ほどから封印の岩が見え始めた。
「きっとすっかり乾いてる」
クルテはそう言ったけれど、行ってみないと確かなことは判らないとピエッチェは思っていた。冬でなくてよかったと同時に思う。これが真冬で雨でなく雪だったら、このルートは完全に使えない。封印の岩のてっぺんから上は、降り積もった雪で閉ざされるだろう。

 封印の岩から目を離さずにクルテが続けた。
「ボシェッタ爺さんの友人たちがなんで命を落としたのか、判った?」
そうだ、その点はいまだに不可解だ。

「廊下室に隣接する寝室を使ったからか?」
まったく自信がない。もしそうなら、ラクティメシッスたちに何か異変があってもおかしくないし、会議室を取り巻く部屋が今まで一度も使われていないことになる。いや、使われていない可能性も無きにしも非ずか? 何しろ客は極端に少なそうだ。

「推測に過ぎないんだけどね」
クルテの声が沈んでいる。
「橋の工事が終わってから、改修されていることにヒントがあるような気がしてね」

「ん? 何が言いたい?」
「改修前の通気口はどうなってたんだろうって思った――会議室を取り巻く部屋はもともと三室、今は六室でわたしたちが使った。そしてその三室は建物の中心部、会議室の音が漏れないよう、ドアも密閉するよう工夫してたんじゃないのかな?」
「まさか、酸欠?」
クルテは何も答えない。

「でもクルテ、そう考えてもまだ奇怪おかしい。ボシェッタ爺さんの友人たちは下っ端だったはずだ。会議室に隣接した三室には役付きが使ったと思う」
「若くて金が欲しかったってボシェッタ爺さんは言ったけど、鵜呑みにしなけりゃ答えが出る。爺さん、技術者だったんじゃないのかな? 爺さんじゃなくて、爺さんの友人たちが、でもいい」
「あ……」

 ミテスクの宿舎はボロだった、だけどソノンセカの宿舎は新築だった――ボシェッタ爺さんはそんなことを言っていた。新築の宿舎を使えたってことは優遇されてたってことなんじゃないのか? ボシェッタ爺さんたちは下っ端工夫じゃなかった?

 絶句したピエッチェをクルテがチラッと見て笑う。
「そんな顔するな。推測に過ぎないって言っただろう? ただね、通気口は気になった。屋外の開口部を確認しようと思ってたのにさ、そんな暇もなく建屋は崩壊しちゃった。もう、真相を解明するのは無理になったのが少し残念」
「そうだな。ボシェッタ爺さんには気の毒だが、もうどうしようもないな」

 リュネが少しだけいなないた。渡っている橋を作った人たちへ、感謝の意を表したように感じた。あるいはピエッチェがそう思いたかっただけかもしれない。

 シスール大橋の終点が見えてきた。その先は封印の岩があるミテスク村だ。ザジリレンはすぐそこだ――
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