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13章 永遠の刹那
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ミテスク村には宿泊施設がない、一番近い宿屋はソノンセカだ。だが封印の岩目当ての観光客のほとんどがソノンセカを選ばず、ベスク村かクサッティヤ村に宿を取る。例の噂を気にしてのことだ。
ピエッチェたちが到着した時刻に観光客の姿はなく、封印の岩のてっぺんに馬で連れて行く商売もまだ営業前だった。人目に付かずに封印の岩より上に行くことを考えると、ソノンセカに宿を取ったのは正解だったと改めて思った。ベスク村やクサッティヤ村からミテスク村にを目指せばもう少し遅い時刻になる。
「観光客がいないのはいいんだけれど、休憩できる場所もありませんね」
ラクティメシッスが苦笑する。もちろんサロンも開いてない。いったん馬車を停め、キャビンの外で貨物台に積んでおいたレオン水をみんなで飲んでいた。
「このまま封印の岩を超える」
飲み終えた瓶を貨物台に戻して、クルテがポツンと言った。
「それからまたミテスクに戻る」
「岩を越えたなら、そのまま先に進んだほうがいいのでは?」
ラクティメシッスが難色を示すが、クルテが鼻で笑う。
「ラステインちゃん、食料をまだ買ってないのを忘れてるよ」
クルテの無礼にピエッチェはヒヤッとしたが、ラクティメシッスはケラケラ笑う。
「お嬢さんの言う通りでしょうね。人が集まる前にミテスクに着いたたのだから、目立つ馬車は先に山中に隠したほうが動きやすいのは確かです」
だったら人々が動き出す前に行ってしまおうと、とっとと馬車に乗り込んだ。
「ラスティンに対してちゃんはないだろ?」
御者席でピエッチェがクルテを窘める。
「向こうはわたしをお嬢さんって言う。仕返ししただけ」
そう言うことでしたか?
クルテの見立て通り、道は程よく乾いて快適だった。程よい湿り気で砂ぼこりも立たない。車輪の音も心なしか普段より低く感じる。こんな時刻に馬車? と不審に思った村人もいたかもしれないが、わざわざ家の中から出てきてまで確かめる村人はいなかった。朝食を摂る者が多い時刻だったのもピエッチェたちには幸いした。
日の出の頃にはソノンセカを発ちたいと村長に言うと
『そんなに早く行っても、ミテスクではまだ寝静まってますよ?』
不思議がったが、
『封印の岩は下から見るだけでいいんだ。そのあとベスク村に行く。あそこに暫く滞在して休養を取ろうと思ってるんだ』
本来の目的が封印の岩ではなく、ベスク村での長期滞在だと匂わせると
『ベスク村に長逗留ですか、いやいや、羨ましい』
呆気なく納得した。本当に納得したかはどんな時でも変わらない笑顔で判らなかったが、きっと不審がられてはいないだろう。
ピエッチェたちの出立に合わせて朝食を用意するのは大変だろうと断ったが心配には及ばないと、きちんと用意してくれた。食事の支度ができたと言って起こされ、夕食と同じ部屋に来るよう言われた。
朝食を摂る最中、屋敷の奥が賑やかなのに気が付いた。村長の家族の声だけではなさそうだ。
『彼ら、まさか夜通し喋ってたんじゃないでしょうね?』
ラクティメシッスが面白くなさそうに言った。
が、気持ちが高揚していた村人たちは寝るどころではなく、だんだんと村長の屋敷に集まってきていたらしい。その流れでピエッチェたちの見送りは村総出となってしまったようだ。
民家が途切れ寂しくなってくると分かれ道に差し掛かった。真っ直ぐ行けば封印の岩の下だが斜めに逸れる道を行けばやがて上り坂となり、岩の上部に出られる。もちろん脇道を選んだ。そこからは民家もない。
どんどんと標高が上がり、今度は木々が途切れる。が、これは伐採によるものだ。湖を見降ろせるよう、ジェンガテク湖側だけ木を伐ったようだ。代わりに背の低い草を植えた花壇が連なっている。
「土砂崩れが起きなきゃいいけどね」
クルテは忌々しげだ。
前方に封印の岩の横っ腹が見え始めたところでリュネが足を止めた。これ以上は行けないか……
「キャビンを牽いて行くのは危険だってリュネが言ってる」
サッと御者台から飛び降りたクルテ、この先の道を見に行くのだろう。ピエッチェも慌ててあとを追う。
予測通り、少し先で法面が崩れていた。あのままここを通っていたら、道ごと崩落していたかもしれない。
「よく気が付きましたね」
何事かと、キャビンを降りてついて来ていたラクティメシッスが感心する。
「こうなったら、あの場所から山中に入るしかない……んー、魔法で上げるのはいいけれど、どこで降ろそうかな?」
山頂を仰ぎ見るラクティメシッス、ピエッチェとクルテもそれにつられて山を見上げた。
封印の岩の上は崖だが、この辺りは山頂まで森が続いていた。
「野営できる場所があるといいんだけど……」
ラクティメシッスが呟いた。
「この木立ならリュネも通れる。問題はキャビン」
視線を目の前に戻してクルテが言うと、ラクティメシッスは湖を見降ろした。
「下から見えないとは思うんだけど……まぁ、見られたら見られたで、さして困りませんよね?」
「どうするつもりだ?」
「キャビンは木の上を行かせましょう。どこかに降ろせるほどの隙間もある……と思いたい」
ピエッチェの問いに答えたラクティメシッス、少し不安げだ。
「きっと大丈夫だよ」
クルテが安請け合いしてニッコリ微笑む。
(いざとなったらわたしがなんとかする)
ピエッチェの頭の中でクルテの声がした。
(木に頼めば場所を教えてくれるし、なければ少しずつ退いて作ってくれる)
退いてくれる? 木が自分の意思で動くってことなのか? まぁ、クルテがそう言うのならそうなのだろう。
「なんだかお嬢さんがそう言ってくれると大丈夫な気がしてきました。みんなにはキャビンから降りて歩いて貰いましょう。荷物はそのままで大丈夫かな?」
ラクティメシッスがキャビンに戻って行くと、キャビンのドア越しに中に残っていた三人に説明を始めた――
木立の中ではマデルが虫よけの魔法を使った。それでもブンブンと羽音をさせてスズメバチが姿を見せたり、すぐそこをマムシが横切ったりしていた。スズメバチは攻撃音を立て続けたが襲ってくることはなく、一度は鎌首をあげたマムシも、すぐに頭を下げてどこかに消えた。
「マデル、いつの間にか魔法の腕をあげましたね」
ラクティメシッスが褒めるがマデルは奇妙な顔をしている。
「スズメバチのことなら腕が上がったんだなって素直に喜べるけど、マムシは?」
「マムシも虫の仲間ですよ」
おい、ラクティメシッス! それは本気で言っているのか? 長虫は虫じゃない。呆れるが何も言わないピエッチェ、クルテの仕業だと知っている。森の中でクルテは無敵、スズメバチもマムシもクルテに気付いて温和しくなった。だけどヘタなことを言って、ラクティメシッスの質問攻めにあうのはごめんだ。
ともすれば先に行ってしまうリュネを追いながら森の中を進むと、ポッカリ木のない広場に出た。
「いい場所を見付けましたね」
早速キャビンを空中から地面に降ろすラクティメシッス、クルテに指示されてリュネが誘導したことに気付いていない。それとも、気付いていても知らんふりをしているのか?
ミテスク村に戻るのはピエッチェとクルテ、カッチーの三人、ラクティメシッスとマデル、オッチンネルテは残ることにした。獣や魔物がいないとは言い切れない森の中、あるいは木こりや猟師に見付からないとも限らない。リュネとキャビンを守らなくてはならない。それには魔法使いが居たほうがいい。オッチンネルテをどうするか迷ったが、体力温存を考えて休ませた。長い間、寝たきり状態だったと言っても過言じゃない。足腰弱っていることだろう。本人は大丈夫だと言ったが、落ちてしまった筋力はそう簡単には戻らない。
森に入った場所で道の様子を窺うと、話し声が聞こえた。数人が道端でジェンガテク湖の方を向いて下を覗き込んでいる。『このままでは危なくて通れない』と誰かが言った。法面の崩落を見にきたのだろう。自分たちではどうにもできない、村に戻ろうと言っているのを聞いて、彼らが消えるのを森に潜んで待っていた。森から出てくるところを見られて余計なトラブルになるのを避けるためだ。森の利権を荒らしたと思われないとも限らない。
ほどなく誰もいなくなり、ピエッチェたちも森から出て道を下った。こうなればだれかとすれ違っても、上ってきた帰りだと言い訳が付くし、崩落の危険があると教えることもできる。さっきの連中は村長のところへ向かっている。遭遇する可能性は低い。民家の立ち並ぶ辺りまで戻れば、そんな言い訳も不要となる。
村の繁華な場所まで戻ると観光客も集まり始めたようで、馬に乗っての観光もサロンも営業を始めていた。が、賑わっているのはなんと言ってもサロンだ。封印の岩までのルートの安全を確認中だからと、馬での観光は開店しているものの稼働していない。客たちは時間を持て余しサロンに殺到していた。
「あとでサロンで休憩ってわけにはいかなさそうだな」
ピエッチェがニヤっとするとクルテがプクッと頬を膨らませた。
「お菓子をいっぱい買いこんで、キャビンに戻ってから食べましょうよ」
カッチーがクルテを取りなす。
「菓子屋さん、ある?」
「きっとありますよ。パン屋も確かあったはずです」
「よく知ってるね」
「こないだ通った時、しっかり見ておきましたから」
食品店より先に見付けたのは花屋、クルテに花を買うが訊くが不要だそうだ。森に入るのだから花はなくてもいいのだろう。そう言えば『次に花を買うのはトロンバ』と言っていた――トロンバはザジリレンの村だ。
食料・飲料のほか、毛布など必要なものを買い入れ、封印の岩の方に向かう。果物はもちろん、パンと菓子も買い入れた。少し多すぎやしないかとピエッチェは危ぶんだが、
「俺がいます、任せてください!」
カッチーが笑う。
馬での観光は今日のところは無理らしい。ピエッチェたちが戻り始める少し前に、応急工事の連中が現場に向かったと小耳に挟む。だから先ほどよりも手前で森に入った。
「なんだか悪いことをしている気分です」
カッチーが神妙な顔をする。森に入る前、周囲に人がいないか確認している時だ。クルテがクスッと笑う。
「密出国しようとしてるんだ。悪いこと、してるんだよ」
確かにクルテの言う通りなんだけど……
密出国しようとし、密入国しようとしているのは、それぞれの国王と王太子……なんだか、不思議な気分だ。
木立の間からジェンガテク湖が煌めいて見える。もう日は傾いて日没が近い。キャビンに辿り着く頃には宵闇に包まれることだろう。
きっとマデルはラクティメシッスとオッチンネルテをこき使って薪を集めさせ、火を熾している。着いたら熱い茶を淹れてくれる、そんな気がした。
ピエッチェたちが到着した時刻に観光客の姿はなく、封印の岩のてっぺんに馬で連れて行く商売もまだ営業前だった。人目に付かずに封印の岩より上に行くことを考えると、ソノンセカに宿を取ったのは正解だったと改めて思った。ベスク村やクサッティヤ村からミテスク村にを目指せばもう少し遅い時刻になる。
「観光客がいないのはいいんだけれど、休憩できる場所もありませんね」
ラクティメシッスが苦笑する。もちろんサロンも開いてない。いったん馬車を停め、キャビンの外で貨物台に積んでおいたレオン水をみんなで飲んでいた。
「このまま封印の岩を超える」
飲み終えた瓶を貨物台に戻して、クルテがポツンと言った。
「それからまたミテスクに戻る」
「岩を越えたなら、そのまま先に進んだほうがいいのでは?」
ラクティメシッスが難色を示すが、クルテが鼻で笑う。
「ラステインちゃん、食料をまだ買ってないのを忘れてるよ」
クルテの無礼にピエッチェはヒヤッとしたが、ラクティメシッスはケラケラ笑う。
「お嬢さんの言う通りでしょうね。人が集まる前にミテスクに着いたたのだから、目立つ馬車は先に山中に隠したほうが動きやすいのは確かです」
だったら人々が動き出す前に行ってしまおうと、とっとと馬車に乗り込んだ。
「ラスティンに対してちゃんはないだろ?」
御者席でピエッチェがクルテを窘める。
「向こうはわたしをお嬢さんって言う。仕返ししただけ」
そう言うことでしたか?
クルテの見立て通り、道は程よく乾いて快適だった。程よい湿り気で砂ぼこりも立たない。車輪の音も心なしか普段より低く感じる。こんな時刻に馬車? と不審に思った村人もいたかもしれないが、わざわざ家の中から出てきてまで確かめる村人はいなかった。朝食を摂る者が多い時刻だったのもピエッチェたちには幸いした。
日の出の頃にはソノンセカを発ちたいと村長に言うと
『そんなに早く行っても、ミテスクではまだ寝静まってますよ?』
不思議がったが、
『封印の岩は下から見るだけでいいんだ。そのあとベスク村に行く。あそこに暫く滞在して休養を取ろうと思ってるんだ』
本来の目的が封印の岩ではなく、ベスク村での長期滞在だと匂わせると
『ベスク村に長逗留ですか、いやいや、羨ましい』
呆気なく納得した。本当に納得したかはどんな時でも変わらない笑顔で判らなかったが、きっと不審がられてはいないだろう。
ピエッチェたちの出立に合わせて朝食を用意するのは大変だろうと断ったが心配には及ばないと、きちんと用意してくれた。食事の支度ができたと言って起こされ、夕食と同じ部屋に来るよう言われた。
朝食を摂る最中、屋敷の奥が賑やかなのに気が付いた。村長の家族の声だけではなさそうだ。
『彼ら、まさか夜通し喋ってたんじゃないでしょうね?』
ラクティメシッスが面白くなさそうに言った。
が、気持ちが高揚していた村人たちは寝るどころではなく、だんだんと村長の屋敷に集まってきていたらしい。その流れでピエッチェたちの見送りは村総出となってしまったようだ。
民家が途切れ寂しくなってくると分かれ道に差し掛かった。真っ直ぐ行けば封印の岩の下だが斜めに逸れる道を行けばやがて上り坂となり、岩の上部に出られる。もちろん脇道を選んだ。そこからは民家もない。
どんどんと標高が上がり、今度は木々が途切れる。が、これは伐採によるものだ。湖を見降ろせるよう、ジェンガテク湖側だけ木を伐ったようだ。代わりに背の低い草を植えた花壇が連なっている。
「土砂崩れが起きなきゃいいけどね」
クルテは忌々しげだ。
前方に封印の岩の横っ腹が見え始めたところでリュネが足を止めた。これ以上は行けないか……
「キャビンを牽いて行くのは危険だってリュネが言ってる」
サッと御者台から飛び降りたクルテ、この先の道を見に行くのだろう。ピエッチェも慌ててあとを追う。
予測通り、少し先で法面が崩れていた。あのままここを通っていたら、道ごと崩落していたかもしれない。
「よく気が付きましたね」
何事かと、キャビンを降りてついて来ていたラクティメシッスが感心する。
「こうなったら、あの場所から山中に入るしかない……んー、魔法で上げるのはいいけれど、どこで降ろそうかな?」
山頂を仰ぎ見るラクティメシッス、ピエッチェとクルテもそれにつられて山を見上げた。
封印の岩の上は崖だが、この辺りは山頂まで森が続いていた。
「野営できる場所があるといいんだけど……」
ラクティメシッスが呟いた。
「この木立ならリュネも通れる。問題はキャビン」
視線を目の前に戻してクルテが言うと、ラクティメシッスは湖を見降ろした。
「下から見えないとは思うんだけど……まぁ、見られたら見られたで、さして困りませんよね?」
「どうするつもりだ?」
「キャビンは木の上を行かせましょう。どこかに降ろせるほどの隙間もある……と思いたい」
ピエッチェの問いに答えたラクティメシッス、少し不安げだ。
「きっと大丈夫だよ」
クルテが安請け合いしてニッコリ微笑む。
(いざとなったらわたしがなんとかする)
ピエッチェの頭の中でクルテの声がした。
(木に頼めば場所を教えてくれるし、なければ少しずつ退いて作ってくれる)
退いてくれる? 木が自分の意思で動くってことなのか? まぁ、クルテがそう言うのならそうなのだろう。
「なんだかお嬢さんがそう言ってくれると大丈夫な気がしてきました。みんなにはキャビンから降りて歩いて貰いましょう。荷物はそのままで大丈夫かな?」
ラクティメシッスがキャビンに戻って行くと、キャビンのドア越しに中に残っていた三人に説明を始めた――
木立の中ではマデルが虫よけの魔法を使った。それでもブンブンと羽音をさせてスズメバチが姿を見せたり、すぐそこをマムシが横切ったりしていた。スズメバチは攻撃音を立て続けたが襲ってくることはなく、一度は鎌首をあげたマムシも、すぐに頭を下げてどこかに消えた。
「マデル、いつの間にか魔法の腕をあげましたね」
ラクティメシッスが褒めるがマデルは奇妙な顔をしている。
「スズメバチのことなら腕が上がったんだなって素直に喜べるけど、マムシは?」
「マムシも虫の仲間ですよ」
おい、ラクティメシッス! それは本気で言っているのか? 長虫は虫じゃない。呆れるが何も言わないピエッチェ、クルテの仕業だと知っている。森の中でクルテは無敵、スズメバチもマムシもクルテに気付いて温和しくなった。だけどヘタなことを言って、ラクティメシッスの質問攻めにあうのはごめんだ。
ともすれば先に行ってしまうリュネを追いながら森の中を進むと、ポッカリ木のない広場に出た。
「いい場所を見付けましたね」
早速キャビンを空中から地面に降ろすラクティメシッス、クルテに指示されてリュネが誘導したことに気付いていない。それとも、気付いていても知らんふりをしているのか?
ミテスク村に戻るのはピエッチェとクルテ、カッチーの三人、ラクティメシッスとマデル、オッチンネルテは残ることにした。獣や魔物がいないとは言い切れない森の中、あるいは木こりや猟師に見付からないとも限らない。リュネとキャビンを守らなくてはならない。それには魔法使いが居たほうがいい。オッチンネルテをどうするか迷ったが、体力温存を考えて休ませた。長い間、寝たきり状態だったと言っても過言じゃない。足腰弱っていることだろう。本人は大丈夫だと言ったが、落ちてしまった筋力はそう簡単には戻らない。
森に入った場所で道の様子を窺うと、話し声が聞こえた。数人が道端でジェンガテク湖の方を向いて下を覗き込んでいる。『このままでは危なくて通れない』と誰かが言った。法面の崩落を見にきたのだろう。自分たちではどうにもできない、村に戻ろうと言っているのを聞いて、彼らが消えるのを森に潜んで待っていた。森から出てくるところを見られて余計なトラブルになるのを避けるためだ。森の利権を荒らしたと思われないとも限らない。
ほどなく誰もいなくなり、ピエッチェたちも森から出て道を下った。こうなればだれかとすれ違っても、上ってきた帰りだと言い訳が付くし、崩落の危険があると教えることもできる。さっきの連中は村長のところへ向かっている。遭遇する可能性は低い。民家の立ち並ぶ辺りまで戻れば、そんな言い訳も不要となる。
村の繁華な場所まで戻ると観光客も集まり始めたようで、馬に乗っての観光もサロンも営業を始めていた。が、賑わっているのはなんと言ってもサロンだ。封印の岩までのルートの安全を確認中だからと、馬での観光は開店しているものの稼働していない。客たちは時間を持て余しサロンに殺到していた。
「あとでサロンで休憩ってわけにはいかなさそうだな」
ピエッチェがニヤっとするとクルテがプクッと頬を膨らませた。
「お菓子をいっぱい買いこんで、キャビンに戻ってから食べましょうよ」
カッチーがクルテを取りなす。
「菓子屋さん、ある?」
「きっとありますよ。パン屋も確かあったはずです」
「よく知ってるね」
「こないだ通った時、しっかり見ておきましたから」
食品店より先に見付けたのは花屋、クルテに花を買うが訊くが不要だそうだ。森に入るのだから花はなくてもいいのだろう。そう言えば『次に花を買うのはトロンバ』と言っていた――トロンバはザジリレンの村だ。
食料・飲料のほか、毛布など必要なものを買い入れ、封印の岩の方に向かう。果物はもちろん、パンと菓子も買い入れた。少し多すぎやしないかとピエッチェは危ぶんだが、
「俺がいます、任せてください!」
カッチーが笑う。
馬での観光は今日のところは無理らしい。ピエッチェたちが戻り始める少し前に、応急工事の連中が現場に向かったと小耳に挟む。だから先ほどよりも手前で森に入った。
「なんだか悪いことをしている気分です」
カッチーが神妙な顔をする。森に入る前、周囲に人がいないか確認している時だ。クルテがクスッと笑う。
「密出国しようとしてるんだ。悪いこと、してるんだよ」
確かにクルテの言う通りなんだけど……
密出国しようとし、密入国しようとしているのは、それぞれの国王と王太子……なんだか、不思議な気分だ。
木立の間からジェンガテク湖が煌めいて見える。もう日は傾いて日没が近い。キャビンに辿り着く頃には宵闇に包まれることだろう。
きっとマデルはラクティメシッスとオッチンネルテをこき使って薪を集めさせ、火を熾している。着いたら熱い茶を淹れてくれる、そんな気がした。
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