277 / 434
15章 大地の模様
9
しおりを挟む
ピエッチェから託された手紙を持ってカッチーが出かけたのは早朝、朝食を摂らずに行った。ラクティメシッスが同行している。
「カッチー、飢え死にしてない?」
クルテが本気で心配する。安請け合いするのはマデル、
「大丈夫、出かける前に残りのお菓子、全部食べた」
ニヤッとしてる。
「ええっ!?」
慌てて菓子袋を探すクルテ、空袋を見つけて愕然としている。食べたのはカッチー、怒りをぶつける相手がここにいない。仕方なくなのか、
「お腹すいた」
と情けない声で呟いた。
「お茶が入ったわよ」
とクリンナーテン、こちらも笑顔だ。
「そろそろ食事でしょう。お菓子はマデルがまた買ってきてくれるわ」
「本当に?」
見上げてくるクルテにマデルが、
「もちろんよ」
と微笑んだ。
ところが、いざ朝食が運び込まれてくると『まだ食べない』とクルテが剥れる。
「朝食はラスティンが戻ってから! 出かけるとき、一緒に食べるって言ってた」
そう言って、ベランダに目を向ける。ベランダではピエッチェが外を見ていた。
マデルとクリンナーテンもクルテにつられてベランダを見た。
「珍しくラスティンに気を使うと思ったら……ピエッチェがラスティンを待ってるから、クルテも待つって言ってるのね」
苦笑するマデル、
「クルテったらね、ピエッチェが世界の全てって言い切ったのよ」
小声でクリンナーテンに言った。
クリンナーテンが少し戸惑う。
「思い切ったことを言ったものだわ……それにしてもラスティンが心配ね」
戸惑ったのはラクティメシッスが遅い事と、それなのにマデルに心配する様子がないことの両方だ。
「そうね、遅いわね――ピエッチェ、朝食の準備ができたよ」
クリンナーテンに同意するものの、マデルは平気な顔でピエッチェに声をかける。
「わたしと彼は王室魔法使いだもの。任務で出かけたら、いつ帰ってくるなんて保証はないわよ」
「だって、心配じゃないの?」
「心配よ。だけどそれ以上に彼を信じているから――だいたい、ちょっとカッチーを送って行っただけじゃないの。少しくらい遅れてるからって、何かあるはずないわ」
「そりゃあそうかも知れないけど」
マデルが決まりの悪そうな顔をする。
「悪いことを考えるのは良くないかなって。もしね、その悪いことが現実になっちゃったら、自分があんなこと考えたからかもしれないって思いそうで怖いのよ」
「あら。考えたことが現実になる能力でもあるの?」
「まさか! ラスティンがそう言ったの。なんでもいい方向に考えなさいって。悪いことを考えるから悩むんですよって」
マデルの言葉に、クリンナーテンがクスッと笑う。
「そうね。ラスティンって悩んだことなんかありませんって顔してるわよね」
「それがさ、偉そうなこと言うくせに、自分はしょっちゅうドロドロ……どんなに慰めたって『自分にはなんの価値もない』とか言っちゃってさ。でもすぐにケロッと立ち直るの。まぁ、そんなとこ、他人には絶対に見せないんだけどね」
「はいはい、マデルだけが知っている彼なのね。ごちそうさま」
「惚気たわけじゃないから!」
見交わして二人が笑う。
クルテはベランダに出ている。部屋は宿の三階、ベランダからは前の道がよく見えた。
「何か変わった様子は?」
そう聞くとクルテは、ピエッチェと同じように下を覗いて寄り添ってきた。それをそっと抱き寄せる。
「いたって平和な朝……まだ早いからね、宿を出る客は少ない。通りに出てくるのは隣近所の見知った顔、互いに挨拶を交わしてる」
「どこにでもある風景?」
「そうだな。どこにでもある朝だな」
「あれ? 今、誰かが怒らなかった?」
「あぁ、さっきから、起こしてもなかなか起きない亭主を女房が怒鳴ってる。さっさと起きて仕事に行けってね――振動で具合が悪くなりそうか?」
「ううん、大丈夫。本気で怒ってるわけじゃないから。でも、少し困ってるみたい」
「女房の心を読んだ?」
「割と近く、そして声が聞こえてる――読もうと思わなくても判っちゃう」
ってことは、心が読めなくなったわけではないってことか。
抱き寄せていたクルテを少しだけ離して、ピエッチェがクルテの顔を見た。どうしたの? とで訊くような表情でクルテがピエッチェを見返してくる。
「なぁ、クルテ。おまえ、俺の心が読めなくなったのか?」
サッと表情を硬くするクルテ、やっぱりそうかとピエッチェが思う。
誰かが居たら訊くことはできない。二人きりになれるのは寝室、昨夜も訊こうとしたが、ストンと眠ってしまったクルテをわざわざ起こしてまで訊くこともない。そのまま自分も眠った。けれど同時に『都合が悪くなるとコイツは寝たふりをする。それって、心が読めなければできないことだ』とも思った。
だけど今、ピエッチェを見てクルテは首を傾げた。ピエッチェが顔を見た理由が判っていない。やはり読めなくなったんだ……
クルテが部屋の中の様子を窺う。マデルとクリンナーテンは何やら笑いさざめいていた。こちらの内緒話が聞こえることはなさそうだ。
「カティを守る祝福」
ポツリとクルテが言った。なるほど……でも、
「俺も入り込めないのはなぜだ?」
強化された祝福がクルテにピエッチェを読ませないのだとしても、ピエッチェの呼びかけがクルテに届かない理由にはならない。
クルテがギュッと抱きついて、ピエッチェの胸に顔を埋めた。顔を見られたくないのだと思った。そして答えられないのだと悟った――女神との約束に関係しているんだ。
いったい女神は何をクルテに課したのだろう? クルテを人間にするために、俺は何を思い出せばいいのだろう?
「おまえ、できなくなったのはこないだ俺に言ったことと、俺が読めなくなったことだけか?」
魔力を少しずつピエッチェに移譲した代償として、クルテは姿を変えたり消したりできなくなったと言っていた。
「ほかの人の心は読めるんだよな?」
「人間の魔法にはなんにも変化を感じない」
ボソッとクルテが答えた。魔物の魔法と女神の魔法が使えないか衰えたってことか。
居間でマデルが呼んでいる。
「ピエッチェ、食べようよ」
邪魔しちゃダメよと、クリンナーテンがマデルの袖を引いた。
「来ないと先に食べちゃうよ――クルテの好きな果物、全部わたしとクリンナーテンで食べるからね」
それでもクルテは動かない。さらに強くピエッチェにしがみついただけだ――
ラクティメシッスが宿に戻ってきたのは夕刻だった。カッチーも一緒だ。
「いやね、カッチーが戻るまで、店の手伝いをしろって言われてしまってね」
出かけた先は例の八百屋だ。ケンブルにあるのは本店、スザンネシルの支店は仕入れのためにあるようなものだが小規模ながら小売りもしている。そこで売り子をしてきたらしい。
「ラスティンに野菜なんか売れたの?」
マデルがクスッと笑うと、
「売り過ぎだって怒られましたよ?」
ラクティメシッスがケロッと言い放った。どうやら、今日一日限りで店に立っている売り子が飛び切りの美形だと、あっという間に評判になったらしい。
「仕入れの責任者が慌てて農家に飛んでいきました」
ケンブルではほとんど営まれていない農業だが、ここスザンネシルでは盛んだ。それを見込んで仕入れはこちらの支店でと言う事なのだろう。
チュルチェムの話によると、ケンブルから商品を運びに来るのはジジョネテスキの屋敷を担当している男だ。その男にカッチーを一日助手として使って貰えないか頼むため、早朝から店で張り込んだ。
店の前で暫く待つと荷馬車の準備を始めた男がいた。店の中から野菜類が入っているらしい箱を運び出しては荷台に積みこんでいる。それが目指す相手だった。
『実はクリンナーテンからジジョネテスキの様子を見てきて欲しいって頼まれたんだけど、わたしが行ってあらぬ誤解を受けてもと思いましてね』
ラクティメシッスの言葉に、
『あぁ、確かにあんたじゃねぇ』
男はラクティメシッスを見て大いに納得したようだ。
『それで、この子を一緒に連れて行って貰えないかと思って……ジジョネテスキも意地を張ってるんじゃないかってクリンナーテンが言うんですよ。だけど子ども相手に冷たい態度も取れないでしょう? いいえ、あなたの助手として屋敷に連れて行ってください。ほら、クリンナーテンからの使いだなんて聞いたら、中に入れて貰えなくなるかもしれない』
伝言なら俺が、と男は言ったが、これもラクティメシッスの説明に頷いた。そんな大喧嘩だったんだねと心配そうな顔をしたのは少し気の毒だったが、なにしろこれでカッチーは怪しまれることなくジジョネテスキの屋敷に入り込める。
『本当なら、スザンネシルに今度来るのは明後日だが、いいよ、夕方また来るよ。ジジョネテスキの屋敷にはこないだ頼まれた野菜を今日届ける予定だったんだ。ちょうどいい』
そんなわけで、ラクティメシッスはスザンネシル支店でカッチーの帰りを待つことにした。話しの流れ的にそのほうが自然だったのだと笑う。
「でも、ボーっとしてるのもねぇ? だから店を手伝ってたんです」
カッチーがケンブルから戻ると、男に礼を言って宿に戻ってきた。渡す予定だった謝礼は、売り子の手間賃との相殺だと言って受け取って貰えなかったらしい。
「貴族よりも、街人のほうがずっと太っ腹ですよね」
マデルが入れてくれたお茶を啜りながらラクティメシッスがニッコリした。
二人が戻ってきてからソワソワと落ち着かないのはクリンナーテンだ。早くジジョネテスキの様子を聞きたいのだろう。けれど食事中のカッチーに話しを催促するわけにもいかない。ラクティメシッスとカッチーは朝から何も食べていないらしい。休憩でお茶をご馳走になっただけだと笑った。
「そうだろうと思ったわ」
マデルが買っておいたパンを出し、お茶を淹れた。もちろんカッチーも、肝心なことは忘れていない。パンに手を伸ばす前に
「預かってきました」
とピエッチェに封書を渡している。ジジョネテスキからの手紙だ。
ラクティメシッスとカッチーが食べる横で、ピエッチェが手紙に目を通している。クルテが覗き込んだが、
「なんて書いてあるの?」
と不思議そうな顔をした。
「あれ? クルテって字が読めないの?」
クリンナーテンの疑問、ピエッチェが
「暗号なんだよ」
と笑った。
手紙から興味を失ったクルテがマデルを見上げる。
「ねぇ、わたしもパンが欲しい」
「もうすぐ夕食よ?」
「ラスティンとカッチーも食べてる」
「クルテは夕食が食べられなくなるでしょ?」
「一つでいい」
ラクティメシッスが苦笑いし
「ジャムのパンが好きでしたよね」
と、ピエッチェを窺いながらクルテに渡す。怒られないか危ぶんだのだ。
ピエッチェは怖い顔でジジョネテスキの手紙を睨みつけているだけだった。
「カッチー、飢え死にしてない?」
クルテが本気で心配する。安請け合いするのはマデル、
「大丈夫、出かける前に残りのお菓子、全部食べた」
ニヤッとしてる。
「ええっ!?」
慌てて菓子袋を探すクルテ、空袋を見つけて愕然としている。食べたのはカッチー、怒りをぶつける相手がここにいない。仕方なくなのか、
「お腹すいた」
と情けない声で呟いた。
「お茶が入ったわよ」
とクリンナーテン、こちらも笑顔だ。
「そろそろ食事でしょう。お菓子はマデルがまた買ってきてくれるわ」
「本当に?」
見上げてくるクルテにマデルが、
「もちろんよ」
と微笑んだ。
ところが、いざ朝食が運び込まれてくると『まだ食べない』とクルテが剥れる。
「朝食はラスティンが戻ってから! 出かけるとき、一緒に食べるって言ってた」
そう言って、ベランダに目を向ける。ベランダではピエッチェが外を見ていた。
マデルとクリンナーテンもクルテにつられてベランダを見た。
「珍しくラスティンに気を使うと思ったら……ピエッチェがラスティンを待ってるから、クルテも待つって言ってるのね」
苦笑するマデル、
「クルテったらね、ピエッチェが世界の全てって言い切ったのよ」
小声でクリンナーテンに言った。
クリンナーテンが少し戸惑う。
「思い切ったことを言ったものだわ……それにしてもラスティンが心配ね」
戸惑ったのはラクティメシッスが遅い事と、それなのにマデルに心配する様子がないことの両方だ。
「そうね、遅いわね――ピエッチェ、朝食の準備ができたよ」
クリンナーテンに同意するものの、マデルは平気な顔でピエッチェに声をかける。
「わたしと彼は王室魔法使いだもの。任務で出かけたら、いつ帰ってくるなんて保証はないわよ」
「だって、心配じゃないの?」
「心配よ。だけどそれ以上に彼を信じているから――だいたい、ちょっとカッチーを送って行っただけじゃないの。少しくらい遅れてるからって、何かあるはずないわ」
「そりゃあそうかも知れないけど」
マデルが決まりの悪そうな顔をする。
「悪いことを考えるのは良くないかなって。もしね、その悪いことが現実になっちゃったら、自分があんなこと考えたからかもしれないって思いそうで怖いのよ」
「あら。考えたことが現実になる能力でもあるの?」
「まさか! ラスティンがそう言ったの。なんでもいい方向に考えなさいって。悪いことを考えるから悩むんですよって」
マデルの言葉に、クリンナーテンがクスッと笑う。
「そうね。ラスティンって悩んだことなんかありませんって顔してるわよね」
「それがさ、偉そうなこと言うくせに、自分はしょっちゅうドロドロ……どんなに慰めたって『自分にはなんの価値もない』とか言っちゃってさ。でもすぐにケロッと立ち直るの。まぁ、そんなとこ、他人には絶対に見せないんだけどね」
「はいはい、マデルだけが知っている彼なのね。ごちそうさま」
「惚気たわけじゃないから!」
見交わして二人が笑う。
クルテはベランダに出ている。部屋は宿の三階、ベランダからは前の道がよく見えた。
「何か変わった様子は?」
そう聞くとクルテは、ピエッチェと同じように下を覗いて寄り添ってきた。それをそっと抱き寄せる。
「いたって平和な朝……まだ早いからね、宿を出る客は少ない。通りに出てくるのは隣近所の見知った顔、互いに挨拶を交わしてる」
「どこにでもある風景?」
「そうだな。どこにでもある朝だな」
「あれ? 今、誰かが怒らなかった?」
「あぁ、さっきから、起こしてもなかなか起きない亭主を女房が怒鳴ってる。さっさと起きて仕事に行けってね――振動で具合が悪くなりそうか?」
「ううん、大丈夫。本気で怒ってるわけじゃないから。でも、少し困ってるみたい」
「女房の心を読んだ?」
「割と近く、そして声が聞こえてる――読もうと思わなくても判っちゃう」
ってことは、心が読めなくなったわけではないってことか。
抱き寄せていたクルテを少しだけ離して、ピエッチェがクルテの顔を見た。どうしたの? とで訊くような表情でクルテがピエッチェを見返してくる。
「なぁ、クルテ。おまえ、俺の心が読めなくなったのか?」
サッと表情を硬くするクルテ、やっぱりそうかとピエッチェが思う。
誰かが居たら訊くことはできない。二人きりになれるのは寝室、昨夜も訊こうとしたが、ストンと眠ってしまったクルテをわざわざ起こしてまで訊くこともない。そのまま自分も眠った。けれど同時に『都合が悪くなるとコイツは寝たふりをする。それって、心が読めなければできないことだ』とも思った。
だけど今、ピエッチェを見てクルテは首を傾げた。ピエッチェが顔を見た理由が判っていない。やはり読めなくなったんだ……
クルテが部屋の中の様子を窺う。マデルとクリンナーテンは何やら笑いさざめいていた。こちらの内緒話が聞こえることはなさそうだ。
「カティを守る祝福」
ポツリとクルテが言った。なるほど……でも、
「俺も入り込めないのはなぜだ?」
強化された祝福がクルテにピエッチェを読ませないのだとしても、ピエッチェの呼びかけがクルテに届かない理由にはならない。
クルテがギュッと抱きついて、ピエッチェの胸に顔を埋めた。顔を見られたくないのだと思った。そして答えられないのだと悟った――女神との約束に関係しているんだ。
いったい女神は何をクルテに課したのだろう? クルテを人間にするために、俺は何を思い出せばいいのだろう?
「おまえ、できなくなったのはこないだ俺に言ったことと、俺が読めなくなったことだけか?」
魔力を少しずつピエッチェに移譲した代償として、クルテは姿を変えたり消したりできなくなったと言っていた。
「ほかの人の心は読めるんだよな?」
「人間の魔法にはなんにも変化を感じない」
ボソッとクルテが答えた。魔物の魔法と女神の魔法が使えないか衰えたってことか。
居間でマデルが呼んでいる。
「ピエッチェ、食べようよ」
邪魔しちゃダメよと、クリンナーテンがマデルの袖を引いた。
「来ないと先に食べちゃうよ――クルテの好きな果物、全部わたしとクリンナーテンで食べるからね」
それでもクルテは動かない。さらに強くピエッチェにしがみついただけだ――
ラクティメシッスが宿に戻ってきたのは夕刻だった。カッチーも一緒だ。
「いやね、カッチーが戻るまで、店の手伝いをしろって言われてしまってね」
出かけた先は例の八百屋だ。ケンブルにあるのは本店、スザンネシルの支店は仕入れのためにあるようなものだが小規模ながら小売りもしている。そこで売り子をしてきたらしい。
「ラスティンに野菜なんか売れたの?」
マデルがクスッと笑うと、
「売り過ぎだって怒られましたよ?」
ラクティメシッスがケロッと言い放った。どうやら、今日一日限りで店に立っている売り子が飛び切りの美形だと、あっという間に評判になったらしい。
「仕入れの責任者が慌てて農家に飛んでいきました」
ケンブルではほとんど営まれていない農業だが、ここスザンネシルでは盛んだ。それを見込んで仕入れはこちらの支店でと言う事なのだろう。
チュルチェムの話によると、ケンブルから商品を運びに来るのはジジョネテスキの屋敷を担当している男だ。その男にカッチーを一日助手として使って貰えないか頼むため、早朝から店で張り込んだ。
店の前で暫く待つと荷馬車の準備を始めた男がいた。店の中から野菜類が入っているらしい箱を運び出しては荷台に積みこんでいる。それが目指す相手だった。
『実はクリンナーテンからジジョネテスキの様子を見てきて欲しいって頼まれたんだけど、わたしが行ってあらぬ誤解を受けてもと思いましてね』
ラクティメシッスの言葉に、
『あぁ、確かにあんたじゃねぇ』
男はラクティメシッスを見て大いに納得したようだ。
『それで、この子を一緒に連れて行って貰えないかと思って……ジジョネテスキも意地を張ってるんじゃないかってクリンナーテンが言うんですよ。だけど子ども相手に冷たい態度も取れないでしょう? いいえ、あなたの助手として屋敷に連れて行ってください。ほら、クリンナーテンからの使いだなんて聞いたら、中に入れて貰えなくなるかもしれない』
伝言なら俺が、と男は言ったが、これもラクティメシッスの説明に頷いた。そんな大喧嘩だったんだねと心配そうな顔をしたのは少し気の毒だったが、なにしろこれでカッチーは怪しまれることなくジジョネテスキの屋敷に入り込める。
『本当なら、スザンネシルに今度来るのは明後日だが、いいよ、夕方また来るよ。ジジョネテスキの屋敷にはこないだ頼まれた野菜を今日届ける予定だったんだ。ちょうどいい』
そんなわけで、ラクティメシッスはスザンネシル支店でカッチーの帰りを待つことにした。話しの流れ的にそのほうが自然だったのだと笑う。
「でも、ボーっとしてるのもねぇ? だから店を手伝ってたんです」
カッチーがケンブルから戻ると、男に礼を言って宿に戻ってきた。渡す予定だった謝礼は、売り子の手間賃との相殺だと言って受け取って貰えなかったらしい。
「貴族よりも、街人のほうがずっと太っ腹ですよね」
マデルが入れてくれたお茶を啜りながらラクティメシッスがニッコリした。
二人が戻ってきてからソワソワと落ち着かないのはクリンナーテンだ。早くジジョネテスキの様子を聞きたいのだろう。けれど食事中のカッチーに話しを催促するわけにもいかない。ラクティメシッスとカッチーは朝から何も食べていないらしい。休憩でお茶をご馳走になっただけだと笑った。
「そうだろうと思ったわ」
マデルが買っておいたパンを出し、お茶を淹れた。もちろんカッチーも、肝心なことは忘れていない。パンに手を伸ばす前に
「預かってきました」
とピエッチェに封書を渡している。ジジョネテスキからの手紙だ。
ラクティメシッスとカッチーが食べる横で、ピエッチェが手紙に目を通している。クルテが覗き込んだが、
「なんて書いてあるの?」
と不思議そうな顔をした。
「あれ? クルテって字が読めないの?」
クリンナーテンの疑問、ピエッチェが
「暗号なんだよ」
と笑った。
手紙から興味を失ったクルテがマデルを見上げる。
「ねぇ、わたしもパンが欲しい」
「もうすぐ夕食よ?」
「ラスティンとカッチーも食べてる」
「クルテは夕食が食べられなくなるでしょ?」
「一つでいい」
ラクティメシッスが苦笑いし
「ジャムのパンが好きでしたよね」
と、ピエッチェを窺いながらクルテに渡す。怒られないか危ぶんだのだ。
ピエッチェは怖い顔でジジョネテスキの手紙を睨みつけているだけだった。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる