秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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15章 大地の模様

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 セーレム州都ケンブルに隣接する街スザンネシルに入ると、まずは宿を探した。

 御者ぎょしゃ席にはラクティメシッス、助手席にマデルの組み合わせ、ピエッチェとクルテはキャビンだ。ウイッグと眉墨を使っても知り合いに見られれば意味がないことが判っている。用心するに越したことはない。

「迷わなかったわけじゃないわ」
クリンナーテンが真面目な顔で言った。
「カテロヘブだって思ったけど否定されてたら、よく似た他人だって信じたと思う」

「話もせずに離れるなら通用するかもしれない。だけど話し込んだら? 声や口調、表情や眼差し、ちょっとしたくせ、ものの考えかた――雰囲気まで隠すのは難しい。バレるのは時間の問題だ」
ピエッチェはそう言ったが、心の中では『クリンナーテンでさえ見破った』と危機感を強めている。

 日常的に顔を合わせ語り合った相手は、こんな変装では擦れ違っただけで気付く。たとえ否定しても信じてくれないだろう。王都カッテンクリュード、さらには王宮に入る時の対策を考えなければならない。

 宿が決まるとラクティメシッスとマデル、そしてカッチーの三人は街に出ることにした。情報収集が目的だが買い物も兼ねている。歩いている人にいきなり話しかけるより、何かの店舗で噂を装って話を聞く方が自然だ。この街では知り合いに会うかもしれないと、クリンナーテンも宿に残った。

「お花、買ってきて」
出かけるマデルにクルテが強請ねだった。
「バラとヒマワリがいいの。お菓子も欲しい」

 バースンの山に着地するとき、持っていた花籠の花は見る見る枯れた。木々を動かのに大量の魔力が必要だったのだろう。クルテが花を欲しがるのはピエッチェが考えた通り、体力や魔力の補填のためだ。花の種類に意味があるのかどうかは判らない。季節の花を言っただけか?

 ラクティメシッスたちが出かけるとクリンナーテンがお茶を淹れてくれた。バースンで貰ったクッキーをクルテが出してくる。

「クルテって可愛いよね――ねぇ、どんな家のお嬢さんなの?」
「えっとね、山育ち」
「山育ち?」

 マデルたちに聞かせた話をクルテが繰り返す。下流貴族の娘、屋敷が盗賊に襲われて寸でのところで警備兵に助けられた。暫く隊長のところで世話になったが申し訳なくてそこを出て、山で暮らした――隊長に思いを寄せてってくだりは省略されていた。作り話なのだから、いくら省略しようが付け足そうが思いのままだ。大筋があっていれば問題ない。

「そっかぁ、それで怪我をしたピエッチェを見付けることもできたのね」
そんなことは言っていないが、クリンナーテンが都合よく勘違いしてくれた。
「なんだか人生って偶然なのか必然なのか、よく判らないことも多いわよね」

 クルテが山に住んでいたのは怪我をしたピエッチェを助けるためだったとクリンナーテンは考えたらしい。そんな御伽噺おとぎばなしみたいな展開じゃないぞと思いながら、何も言わないピエッチェだ。言えるはずもない。

「ずっと山で一人で暮らしてたなら、いろいろ知らないのも仕方ないことよ。クッキーの型を抜くのを見て感動してたの。可愛いってしみじみ思ったわ」
あぁ、この『可愛い』は幼いってことなんだな。

 クルテがピエッチェを見上げた。
「型焼きクッキーの作り方を教わった。同じ大きさで同じ形なのが不思議だった。器用に作ると思ってたんだ」
そうだな、手で成型してるならかなり器用だ……あれ? クルテ、どこに行った?

「あらら、ピエッチェったら眠っちゃったみたい……昨夜、眠ってないんだよ」
「そうだったの?」
「うん、ラスティンが先に寝ちゃったから。何もないだろうけど、自分は起きて警戒してるって」
クルテとクリンナーテンの声が遠くに聞こえた。

 誰かに髪を撫でられる感触、草いきれの匂い、木漏れ日が煌めいて……あぁ、夢を見てるんだ。そして僕は泣いている――僕? うん、幼い頃の夢だ。可愛がっていた小鳥が居なくなって探してる夢だ。

 白い小鳥は男の子、黒い小鳥は女の子、籠から二羽とも飛び出して窓の手すりに止まってた。だけどすぐ近くで他の鳥の大きな鳴き声がして、白いほうは部屋の中に逃げてきたのに黒いほうは驚いて森に飛んでいっちゃった。僕は黒い小鳥を探しにここに来た。

 だけど見つからなくて……どこに行ってしまったの? 疲れたし、きっともうすぐ暗くなる。うずくまって泣き出した僕の髪を誰かが撫でている。優しい声で歌いながらそっと撫でている――優しい手、細い指、見上げてみたけど顔が見えない。だけど知っている誰か、女の人だ。

『この先の大きな木にうろがある。そこにいるよ』
歌が終わると女が言った。
『そこにいるから――忘れないで』
うん、忘れるものか。彼女はそこにいる。

「ピエッチェ?」
再び女の声がした。違うよ、ピエッチェは白い小鳥で部屋にいる。自分で籠に入ったから、偉いねって褒めてあげたんだ。

「ピエッチェってば」
耳に飛び込んできたのはクルテの声、揺さぶり起こされたらしい。ソファに横たわっていた身体を起こし座り直すと、隣にクルテが座った。いつの間に横になったんだろう?

「やっと起きた……ラスティンたちが帰って来たよ」
「どれくらい寝てた? なんだか夢を見てた」
「どんな夢?」
「いや、目が覚めたら忘れた」
「なんだ、つまんない」
クルテが拗ねてソッポを向いた。

 クリンナーテンとお茶の用意をしていたマデルが笑う。
「目が覚めたらすっぽり夢を忘れてるってよくあることよ。ピエッチェのことなら夢でさえ、知りたかった?」

「そこまで好きなんだ? ピエッチェ、責任重大ね」
クリンナーテンまでピエッチェを責める。なんで俺が責められるんだろう? 元凶のクルテは
「クッキーとドライフルーツのケーキがあるよ」
拗ねたことなど忘れて皿に菓子を並べている。マデルが買ってきた菓子だ。なんか、さっきもお茶とクッキーだったような?

 お茶が入るとラクティメシッスが言った。
「ジジョネテスキなんですが……」
クリンナーテンが俄かに緊張する。

「この街の噂では『夫婦喧嘩の挙句、妻は王都に帰ってしまった。傷心のジジョネテスキは体調を崩して屋敷に引き籠ってる』ってことになっているようです」
「体調を崩した?」
クリンナーテンの顔が心配で曇る。

「そういうことにして、屋敷から出ないってことだと思います――花屋と菓子屋、本屋に宝飾店と回ってきたけど、どこもそんな感じで……ジジョネテスキの人物については知られていないようでした。ケンブルから出てこないらしいです。ただ、元召使いって女性が宝飾店で働いていて少しだけ話が聞けました」
「元召使い?」
「誰の事かしら?」
ピエッチェとクリンナーテンの声が重なる。

「茶色味がかった黒髪のまだ若い女性でした。旦那さまと奥さまが喧嘩だなんて信じられないって言ってましたよ」
「チュルチェムだわ……解雇されたってこと?」
「夫婦で出かけるって聞いてたのに、朝になって中止だってジジョネテスキに言われたって――しかもその日のうちに全員解雇されたそうです。問答無用で、ロクに口もきいて貰えなかったとか」

「全員解雇? それじゃああの人は屋敷に一人きり?」
「そうなりますね――解雇される際、食品などは定期的に屋敷に御用聞きに行くよう出入りの業者に頼んだそうです」

 二日前、チュルチェムは偶然その業者に出くわした。業者が『奥さん、早く帰ってあげるといいのにな』と言っていた。ちゃんと食事はしてるみたいだけど、元気がないし痩せたと心配していたらしい。

「とにかく無事なのね」
クリンナーテンが涙ぐみ、マデルが寄り添う。

 ピエッチェが小声でラクティメシッスに耳打ちした。
「その店員、元召使いで間違いないのか?」
何人も偽物がいた。まさかとは思うがつい訊いてしまう。

「こっちがジジョネテスキのことを口にしたら顔色を変えたんです。だから何かあると思って探りを入れたんだけど――なんでジジョネテスキに興味を持っているのかと訊かれたんで、クリンナーテンの友人だと言ったんですよ。で、答えているうちやっと信用してくれました」
クリンナーテンの友人だというのはまるきりの嘘じゃない。ましてマデルはコソコソ内緒話をしていた。いくつか正解できればそれでいい。友人だからと言って、全てを知っているとは限らない。

「出入りの業者って言うのはケンブルの? それともスザンネシルなのかな?」
「ケンブルから毎朝、仕入れに来るのだとか……八百屋です」
「ふぅん……」

 ピエッチェがカッチーを見ながらラクティメシッスに言った。
「どうかな?」
ラクティメシッスもカッチーを見る。
「行けると思います。ただ、人手が足りてるって言われませんかね?」

「そこは話の持って行きようでは?――嘘を吐くときは、本当の話を混ぜ込むのがいいそうだ」
「おや、ピエッチェからそんな言葉が出るとは思いませんでした。いい案があるのですか?」

 急に二人から見つめられて、ギョッとするのはカッチーだ。
「俺、何かしましたか?」
そんなカッチーにピエッチェとラクティメシッスがニヤリと笑う。
「出番ですよ、カッチー」
そう言ったのはラクティメシッスだった。

 その夜――ピエッチェはクルテから便箋びんせんを貰い、一通の手紙を書いた。季節のお勧め商品の案内状、そんな内容だ。

 すでに夕食を終え、それぞれの寝室に入っている。ピエッチェとクルテが同じ寝室と知って、クリンナーテンが複雑な表情を浮かべて何か言いかけたが、結局なにも言わなかった。

「そんな手紙、役に立つの?」
覗き込んだクルテが首を傾げる。

「読んだのがジジョネテスキ本人なら、本当は何を伝えたいのかが判るように書いてあるんだ」
「暗号?」
「そうだよ。父や守役の目を盗んで王宮を抜け出したいとき、こっそりジジョネテスキが連れ出してくれてた。そんな時、使ってたものだ」

「王家警護隊がそんなことしていいんだ?」
呆れるクルテ、
「いいはずないだろ? だから暗号が必要だったのさ。ジジョネテスキが作った暗号で仲間内にしか通用しない」
ピエッチェが笑う。
「ただ、同じ暗号をネネシリスも知ってる。クリオテナとダーロミダレムもね。俺のために作った暗号だからってジジョネテスキは誰にも教えてない。ネネシリスたちには俺が教えた。だから俺とジジョネテスキ以外は三人しか知らない」

「その三人がケンブルに居るってことはなさそう――で、その手紙、どうするの?」
「カッチーに持って行って貰うよ。だけど、カッチーが行ったところでいいとこ門前払い。そうならないために、そしてもしも屋敷を監視されていても怪しまれないような工夫が必要だ」

 仕上がった手紙を読み返してから封筒に入れた。蝋封も糊付けもしない。八百屋が得意先に出す案内にはどちらも不要だ――
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