秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

文字の大きさ
294 / 434
16章 継承される流れ

しおりを挟む
 いくらなんでも遅すぎる。何かあったんじゃないだろうか?……いやな予感がし始める。それはラクティメシッスも同じのようだ。難しい顔で呟いた。
「遅すぎますね」

 剣の手入れをしていたカッチーが手を止めてラクティメシッスを見た。手入れの仕方を教えていたピエッチェはラクティメシッスをチラッと見ただけで、自分の作業を続けた。本を読んでいたマデルもやはり書面から目を離し、ラクティメシッスを見て言った。
「本当に来るのかしら?」
読んでいたのはカッチーに借りた本だ。クリンナーテンは『パイナップルって二日酔いにいいわね』とパクパク食べていたが、食べ終わるともう少し休んでるねと寝室に戻っている。

「なんだかわたしたち、ていよく閉じ込められたんじゃない?」
「閉じ込められた? わたしたちは監禁されているわけでも幽閉されているわけでもありませんよ。部屋は中からしか施錠できないし、出て行こうと思えば来た時と逆のルートで好きな時に出て行けます」
「でもラスティン、チュジャバリテに黙って出て行けない。こっちから会いに行くこともできないのよ?」

 チュジャバリテの住まいは本館にある。だから会いたければ本館を訪ねればいい。だが、その場合、隠し廊下は使えない。いきなり浴室から出てきたら、召使たちに隠し廊下の存在がバレてしまう……マデルが会いに行けないと言っているのは、建屋の中を通ってはと言うことだ。

「八百屋の仕事が忙しいのかな?」
カッチーが呟く。が、マデルは
「八百屋の仕事の方が大事ってこと?」
皮肉った。

「やめなさい。そんなにイライラするもんじゃありませんよ。それに八百屋はチュジャバリテにとって生活です。わたしたちより大事にしても奇怪おかしくありません」
「でも、ラスティン……」
マデルは不満そうだが、ラクティメシッスに強く言われれば黙るしかない。

「外に行けないの?」
ピエッチェを見上げて訊いたのはクルテだ。
「お花が欲しいのに?」
そうだった、クルテの花はもう枯れてしまう。困った……

「あれ? 昨日、花籠を買い求めたばかりでは?」
「この辺りの花屋、早く枯れる薬を使ってるらしいわよ。クリンナーテンが言ってたわ」
不思議がるラクティメシッスにマデルが誤情報を伝えている。
「そんな薬、あるんですか?」
俺に訊くなよ、ラクティメシッス。

「いや、俺は知らないが……民間にはあるのかもしれないな」
惚けるしかない。

「あのぉ……」
おずおずと言ったのはカッチーだ。
「俺、買い物に行ってきていいですか? 本屋に行きたいんです」

「あら、クルテに貰った本、もう読み終わっちゃったの?」
マデル、そうじゃないだろ? 本が欲しいのは口実、カッチーはクルテのために花を買ってくる気だ。

「はい、それでちょっと調べたいことができちゃって」
「勉強熱心ですね。どんなことが知りたいんですか?」
ラクティメシッスに褒められて、少し頬を染めたカッチー、
「えっと……カテルクルストのこと、詳しく知りたくて」
チラリとクルテを見てからそう言った。

 今の視線はなんだろう? クルテもチラッとカッチーを見た。
「それじゃあ、リュネに連れて行って貰え」
ピエッチェの言葉にカッチーの目が輝く。

「リュネを使っていいんですか?」
「歩いて行ってたらかなり時間がかかる。リュネならすぐだ。なるべく早く帰ってこい。チュジャバリテの話、おまえも聞きたいだろう? それと、花屋にも寄ってくれるか?」
手袋を使うチャンスがもう来ましたね……ラクティメシッスが微笑んだ――

 カッチーが買ってきた花籠を抱いてクルテがニマニマしている。花に頬ずりしそうだ。カッチーは難しい顔で本を読みながら、時おりそんなクルテを盗み見している。マデルは退屈しきったのか、お菓子を焼くと言ってキッチンに行ってしまった。クリンナーテンは、まだ寝室から出てこない。そして未だにチュジャバリテもジャルジャネも姿を見せていない。

「ピエッチェ、顔が怖いですよ」
ソファーで転寝うたたねしているものばかりだと思っていたラクティメシッスが、ボソッと言ってクスリと笑う。ハッとしたピエッチェ、どう取り繕うかと慌てた。

 何を調べたいのか訊かれた時、カッチーは確かにクルテをチラッと見た。カテルクルストのことだと答えたが、誤魔化したのだと感じた。そして買ってきたのは『カテルクルストの森』と言う本だった。そして読みながら時どきクルテを見ている。それが気になって、カッチーの様子を注視していたピエッチェだ。

 まさかカッチーはクルテを疑っている? クルテさんって女神の娘に似てますね。性格までそっくりですよ……似ているだけじゃないと気が付いた?

「そんなに怖い顔したって、チュジャバリテが早く来るわけじゃありませんよ」
ラクティメシッスが軽く欠伸あくびする。そうか、俺がカッチーを気にしているのに気付いたわけじゃないのか。言い訳を考える必要がなくなって、ピエッチェがホッとする。

「八百屋を閉めてから来るのかな?」
慌ただしく近寄る気配を感じながらピエッチェが言えば、
「いいえ、来たみたいですね」
ラクティメシッスの顔が引き締まる。

 本館の浴室からの隠し廊下は向かいの部屋に繋がっている。その部屋のドアが乱暴に開けられて、すぐにこちらのドアが激しくノックされた。そして応えを待つ間もなく開けられる。
「大変です! 事態が急変しました!」
真っ青な顔を見せたのジャルジャネだった――

 一報があったのは早朝だったらしい。事の真偽を確認するのに時間がかかり、こちらに来るのが夕刻になってしまったとチュジャバリテが深刻な顔で言った。チュジャバリテはジャルジャネより少し遅れて部屋に来た。
「取り敢えず、トロンペセスには書簡を送りました。もちろん暗号なので誰に読まれても問題はないものです」
チュジャバリテが遅れたのは、その手紙をトロンバに送る手配をしていたからだ。

 腕を組んで考え込んでしまったピエッチェをその場にいる誰もが見つめている。どんな判断を示すのか、どんな命令を下すのか?

 ここにマデルはいない。ジャルジャネの一声を聞いてすぐ、クリンナーテンを寝室から出ないようにしてくれとピエッチェに言われて彼女の部屋に行ったからだ。きっとマデルはクリンナーテンの話し相手をしながら、居間で何が話し合われているのか気にしていることだろう。

 マデルが知っているのはジジョネテスキに王都への帰還命令が出たことだけだ。それはジャルジャネが来て最初に言ったこと、その様子からいい話ではないと判断し、クリンナーテンを遠ざけた。ジジョネテスキが王都に呼び戻された理由をジャルジャネが話しているところにチュジャバリテが来た。

 ジャルジャネが話し終えるのを待ってチュジャバリテが言った。
「ケンブルもすでに慌ただしいことになっています。スマホレンジチュジャバリテの店の名にもセーレム警備隊から先ほど打診があったようです」
屋敷に店から使いの者が来たらしい。

「すぐに来いとのことでしたが、妻の容態が思わしくないから明日にして欲しいと伝えるよう使いの者には言いました」
今日は悪阻つわりもそこまで酷くなくて元気なんですけどね、と軽く笑う。
「ジジョネテスキさまのところにも、明日、納品することになっています――どうしますか?」

 難しい顔でチュジャバリテを見たピエッチェが尋ねた。
「ジジョネテスキがどう考えているかは判るか?」

「ここは命令に従ったほうが得策とお思いのようです」
「ふむ……」
それきり考え込んだピエッチェだ。


 ジジョネテスキに王都に帰還するよう命じたのは国王代理クリオテナと言うことになっている。セーレム州統括責任者に任じたのも表向きはクリオテナだ。それがザジリレンの法、権限を持つのは王だからと言うだけのこと……では、そうするよう仕向けたのは誰だ?

 そして問題なのは帰還命令の理由だ。王都警備隊の指揮官を任じる。王都警備隊を率い、ローシェッタ国に侵攻せよ――

 ジジョネテスキがまず最初にしたことは兵糧を確保するとしてチュジャバリテを呼び出したことだ。むろん他の商人も呼んだがそれは隠れ蓑、本当に用事があるのはチュジャバリテだけだ。
『王都への帰還命令が出た。セーレムの警備隊を率い王都に向かい、王都警備隊と合流する。そしてローシェッタ国に攻め入る。王都までの兵糧が欲しい――で、キャベツを用意できるか?』

 キャベツを用意する――それは裏を取れと言う意味の符丁、あらかじめ打ち合わせていた隠語だ。そこで他の地方の様子を調べさせた。結果、どこにも同じような命令が下されていることが判った。各地の警備兵が王都に集結させられている。

 同時にチュジャバリテはトロンバのトロンペセスにも意見を聞いている。こちらは暗号による書簡だ。内容はかねてからの計画をどうするかと言うものだった。

 かねてからの計画――それは志を同じくする各地の警備隊を決起させ、王都陥落を狙うと言うものだった。その目的はカテロヘブ王の復権、だが肝心のカテロヘブ王の所在が判らず実行時期を先延ばしにしていた。トロンペセスとチュジャバリテたちはカテロヘブ王は王宮内に幽閉されていると考えていた。だから一気に王都を掌握すればいいと言ったが、ジジョネテスキが賛成しなかった。カテロヘブは王宮内にはいない。敵も探しているんだぞ?

 そこにピエッチェ――カテロヘブが現れ、決起の機が訪れる。トロンペセスは密かに出陣準備を始めているはずだ。チュジャバリテから話を聞いたカテロヘブの判断待ちの状態だった。

 チュジャバリテはピエッチェに言った。
「ザジリレンの軍備がローシェッタ国に向かえば王都は手薄になる。決起のチャンスとも言えます」
だがジャルジャネは
「各地の警備隊に出征命令が出ている。出征命令を無視するならともかく、我らの同志も削られる。もし無視するとしても、あちらの軍備も増強されている。もともとこちらの兵力のほうが下なのに、ますます不利になったと考えたほうがいい」
と言った。

 考え込むピエッチェ、決起するかしないかを迷っているのか? しかし今決起しなければ、ローシェッタ国とは開戦することになる。

 と、クルテが溜息を吐いた。
「おなかいた」
チュジャバリテとジャルジャネが
「それどころじゃ……」
と言いかけたのをピエッチェが遮った。

「ジジョネテスキのところに納品に行くのは明日なんだな?」
「え、あ、はい。明日の昼過ぎには軍備を整え出立したいとのお考えです」
「では、明日の早朝、また来い」
「へっ?」
「それまでにどうするか考えておく」
「いや、カテロヘブさま、すぐにで――」

「控えろ!」
怒鳴りつけたのはラクティメシッスだ。
「王は退出を命じられた。明日の朝だ、チュジャバリテ。夜明けでいい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...