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16章 継承される流れ
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チュジャバリテとジャルジャネが出ていってから、ピエッチェがラクティメシッスに言った。
「いやな役割を押し付けてしまったな」
軽く笑んだだけでラクティメシッスはピエッチェに訊いた。
「何を考えているんです?」
「ジジョネテスキは本当にローシェッタ国に侵攻する気があるのかを考えてた」
「ザジリレン軍は本当に攻め込む気なんですかね?」
「誰が首謀者なのかはっきりしないから確定できることじゃないが、その気なのだと仮定しといたほうがいい」
「ザジリレンは王命がなくても他国との戦争を始められるのですか? 国王代理でもいいってことなんでしょうか?」
「いや、そもそも国王代理なんて誰が考えたのか? そんなもの、今までおかれたことがない――それより、教えて欲しいことがあるんだ」
「わたしにですか? なんでしょう?」
「いつか言ってた魔法使い同士の連絡方法なんだが、それって俺たちには使えないものかな?」
「使いたいってことですね?」
「ジジョネテスキと連絡が取れるものなら取りたいんだよ。前線の様子を報告させたい」
「なるほど……ジジョネテスキは前線に赴任させられる可能性が高いと?」
「チュジャバリテの情報だとかなりの兵力を投入するようだから、それを指揮できる能力のある者は限られる」
「だから命令に従う?」
「従うさ。クリンナーテンが夫のもとにいるのかどうか自分の対応で敵に推測されるのを避けたいはずだ」
「動かなければ妻を匿っている。その場合、再び何か罠を仕掛けてくるってことですね」
「だからヤツは王都に戻る。さらに、兵を任されると見込んで、その兵を抑えようと考えた。命令に従うのが得策って言ったのは、そんな意味だ。俺がザジリレンに居るのを知っているのだからローシェッタ国に攻め込む意味はない。が、俺の所在を言うわけにもいかない。無駄な戦乱を避けるには、軍を指揮する立場は非常に有効なものだ」
「やっぱり侵攻の大義名分は国王奪還?」
「他には思いつかないが?――それで教えて欲しいことだが、通信手段、こないだ話してくれたのが無理だとして、ジジョネテスキにも使えるようなものはあるか?」
「それなりの魔力があれば使えます」
「王家警護隊の隊長を任されていた。魔物の一体や二体、一人で倒せる程度の魔力はある。それでは不足かな?」
「充分です。さっそく用意しましょう――どんな物でもいいのですが、二つ一組にして魔法をかけるだけです。明日の朝、チュジャバリテが八百物を納品する時に持って行かせようと考えているんですよね? 今すぐ用意できるものってなんだろう?」
つまり二枚貝はダメってことだ。陽はとうに落ちた。酒場などの飲食店を除けば、他の商店は店を閉めてしまって買いに行けない。
この部屋にある物ってことなら何がいいか?……ピエッチェが部屋を見渡す。テーブルに椅子、ソファーセット、そんな大きなものはダメに決まってる。もっと小さな手軽に持って行けるもの、だとしたら?
「カップにソーサー。あるいはスプーン」
ピエッチェの提案にラクティメシッスは乗り気だ。
「だったらスプーン二本の用意で。カップに入れたお茶にスプーンを突っ込めば、水面に相手の顔が映り、話しができるようにします」
カップの水面を、マデルが持っている魔法の鏡のように使うってことか。
だが、
「馬鹿じゃないの?」
クルテが嘲笑した。
「ジジョネテスキが一人になれると思ってる? 必ず誰かに監視される。もしジジョネテスキが結界を張れるとしても、急に音が聞こえなくなれば不審に思われる」
言われてみたら確かにそうだ。暗号で話し、独り言だと思わせるにも怪し過ぎる。
ラクティメシッスが、
「お嬢さんの仰る通りですね。つまり会話による通信は諦めたほうがいい。声じゃないとしたら、文字?」
とピエッチェを見る。
「文字を相手に送ることも可能なのか?」
「ペンが二本、紙が二枚あれば……書いた文字が相手の紙に浮き上がる魔法があります。でも読まれる可能性があるし、一度書いたら消せません」
「紙を大量に用意したら?」
「可能ですが……一枚一枚魔法をかけていくので朝までかかっても全部で十枚ってところです」
「それぞれ五枚か」
「終わってしまったらそのあとどう連絡を取ればいいか、悩みの種になりますね」
と、カッチーが持つ本にピエッチェが目を止めた。
「その紙、ひとまとめに綴じてあっても一葉一葉、魔法をかけなくてはならない?」
あっとラクティメシッスもカッチーの本を見る。
「いえ、一冊となれば一度で済みます。でも、本ではなく中は白紙じゃなければ意味がありませんよ。ノートとか、日記帳とか、手帳とか……この部屋にあるとは思えないのですが? それとも手持ちが?」
「あ。俺、一冊、持ってます」
声を上げたのはカッチーだ。
「クリンナーテンさんに貰った手帳とペンがあります。でも、一冊じゃ役に立ちませんか?」
「それはカッチーが大切に使うためのもの。他に使っちゃダメ」
そう言ったのはクルテ、サックをガサゴソ探っている。おまえ、ペンもノートも持ってそうだな。
「お嬢さん、持ってるんですか?」
ラクティメシッスはクルテのサックに興味津々、近づいて中を覗こうとする。が、クルテが過剰に反応した。
サックを抱え込むように身体を縮め、絶叫した。
「ラスティンの馬鹿、スケベ! わたしに近寄るな! 抱きつくな! 覗きの趣味があるってマデルに告げ口するぞ! 痴漢ヤロウ!」
あれ、クルテ、顔が蒼褪めていないか?
「な? そこまで言わなくってもいいでしょ? 抱きついてなんかいませんよ!?」
ラクティメシッスが怖じ気づいたように身体を離す。
うん、抱き付いちゃいない。でも、できそうなほど近かった――クルテが蒼褪めたのは一瞬だったが、おまえ、まだ俺以外の男が怖いのか? 普段、平気な顔で接しているから忘れていた。なぁ……もしもゴルゼと対面するようなことになったら、平常心を保てるか?
肩を竦めたラクティメシッスが『またスケベって言われました』と苦笑して、自分の席に戻る。そして、
「参ったなぁ……あなたまでそんな顔、しないでくださいよ。ピエッチェ、わたしに下心はありませんよ? お嬢さんの誤解ですからね」
表情を強張らせたピエッチェを見て苦笑するラクティメシッス、誤解してるのはあんただよ、何もあんたを疑ったわけじゃない……でも言えないピエッチェだった。
クルテはペンを二本とインク瓶を二つ出し、そのあとに古ぼけた本を一冊出した。それを見て、ピエッチェが息を飲んだ。サックを漁るのに忙しいクルテはそれに気づかない。熱心にサックの中身を見ている。
「うん?」
声を上げたのはラクティメシッスだ。
「お嬢さん、この本は使えません。何か強力な魔法が掛けられています。それも一つや二つじゃない」
サックから視線をテーブルに移したクルテが、
「あぁ、間違えた」
と本に手を伸ばす。が、先に手に取ったのはピエッチェだった。
厚い革の表紙を捲ると中には黄色く変色したページ、だけどどこにも文字はない。
「これは?」
ピエッチェが問う。怒りで震えそうなのを、やっとのことで押さえていた。
「それは間違えて出しちゃった。中を見たら何も書いてなかったから」
手を伸ばしてクルテが取ろうとするが、ピエッチェはクルテに渡さない。
「見覚えがある――どこで手に入れた?」
心のどこかで、今はそんなことを追及してる場合じゃないと思うのに言葉が口から飛び出していく。
諦めたのはクルテ、ピエッチェを無視してサックから次を一冊出して、さらにもう一冊、二冊重ねて
「これなら使えるんじゃ?」
ラクティメシッスに訊いている。
「えぇ、こちらは真っ新ですね。それにしても立派な装丁です」
クルテが出したのは、最初にピエッチェが取り上げたものと同じに見える。蔦模様を型押しした革表紙が付けられたものだ。けれど最初よりずっと新しい。ラクティメシッスが『真っ新』と言った通り、中のページも白かった。
手に取って、中を見てからラクティメシッスが言った。
「日記帳かな? 各ページに日付が書き込めるようになっていますね」
「軍の司令官が日誌代わりに使ってても奇怪しくなさそうでしょ?」
「えぇ、打ってつけです」
「インクも使う?」
「ペンにするかインクにするか迷うところですね」
「だったらペンで」
ムスッとピエッチェが言った。
「インクは落とせば割れるし中身が零れることもある。が、ペンは落としたくらいじゃ割れない」
「ペンもへし折れないとは限りませんが、うん、ピエッチェがそう言うならペンにしましょう。ペンなら持ち運びしやすいし、目立つこともない。効果はどんなインクだろうと同じです」
ラクティメシッスが同意すると、クルテが
「判った」
テーブルのインク瓶をサックに仕舞った。
そしてピエッチェに手を差し出した。
「サックに入れとくから返して」
ピエッチェが持ったままの古びた本のことだ。
「いやだと言ったら?」
ピエッチェの返事にラクティメシッスとカッチーが目を見交わす。いつものピエッチェからは考えられない言動だ。クルテには呆れるほど甘いピエッチェが怖い顔でクルテを睨みつけ、声も刺々しい。
クルテがじっとピエッチェを見る。
「うーーん……返してくれないならそれでもいいけど、ピエッチェが持ってる? 失くさない?」
俺が知りたいのは、おまえがこれをどこから持ってきたのかと、どうして持っているのかだ。でも、なんでそんなことを訊くのか問われたら、ラクティメシッスたちの前では答えられない。今、ここで訊けることは……
「これには書き込みがあったはずだ。それが消えている。なぜだ?」
「そんなの判らない」
クルテが口を尖らせた。
「何か書かれていたとしても、わたしが手に入れたのは消されたあとだ――ピエッチェ、それには呪いがかけられている。呪いが解かれない限り、誰にも読めない」
「呪い? なんで呪いなんか?」
「かけた誰かに聞いてよ……読めない、書き込めないってだけの呪いだから、持ってたって悪影響が出ることはないけど、なんの役にも立たないよ。だからわたしが管理する。返して」
それでもピエッチェにはクルテに返す気がなさそうだ。
「なんの役にも立たないものを、なんでおまえ、持っている?」
「それは、だから、失くしちゃいけないと思って」
「失くしちゃいけない物をなんで持ち出した?」
これにはクルテ、少し困ったようだ。が、
「手元に置いとかなきゃ安心できなかったから!」
怒ったように言った。おい! 怒ってるのは俺のほうだ。
このままでは解決しないと思ったのか、ラクティメシッスが遠慮がちに訊いた。
「ピエッチェ、以前から知っている物なんですか?」
あぁ、知っているとも。これは俺の日記だ。
「いやな役割を押し付けてしまったな」
軽く笑んだだけでラクティメシッスはピエッチェに訊いた。
「何を考えているんです?」
「ジジョネテスキは本当にローシェッタ国に侵攻する気があるのかを考えてた」
「ザジリレン軍は本当に攻め込む気なんですかね?」
「誰が首謀者なのかはっきりしないから確定できることじゃないが、その気なのだと仮定しといたほうがいい」
「ザジリレンは王命がなくても他国との戦争を始められるのですか? 国王代理でもいいってことなんでしょうか?」
「いや、そもそも国王代理なんて誰が考えたのか? そんなもの、今までおかれたことがない――それより、教えて欲しいことがあるんだ」
「わたしにですか? なんでしょう?」
「いつか言ってた魔法使い同士の連絡方法なんだが、それって俺たちには使えないものかな?」
「使いたいってことですね?」
「ジジョネテスキと連絡が取れるものなら取りたいんだよ。前線の様子を報告させたい」
「なるほど……ジジョネテスキは前線に赴任させられる可能性が高いと?」
「チュジャバリテの情報だとかなりの兵力を投入するようだから、それを指揮できる能力のある者は限られる」
「だから命令に従う?」
「従うさ。クリンナーテンが夫のもとにいるのかどうか自分の対応で敵に推測されるのを避けたいはずだ」
「動かなければ妻を匿っている。その場合、再び何か罠を仕掛けてくるってことですね」
「だからヤツは王都に戻る。さらに、兵を任されると見込んで、その兵を抑えようと考えた。命令に従うのが得策って言ったのは、そんな意味だ。俺がザジリレンに居るのを知っているのだからローシェッタ国に攻め込む意味はない。が、俺の所在を言うわけにもいかない。無駄な戦乱を避けるには、軍を指揮する立場は非常に有効なものだ」
「やっぱり侵攻の大義名分は国王奪還?」
「他には思いつかないが?――それで教えて欲しいことだが、通信手段、こないだ話してくれたのが無理だとして、ジジョネテスキにも使えるようなものはあるか?」
「それなりの魔力があれば使えます」
「王家警護隊の隊長を任されていた。魔物の一体や二体、一人で倒せる程度の魔力はある。それでは不足かな?」
「充分です。さっそく用意しましょう――どんな物でもいいのですが、二つ一組にして魔法をかけるだけです。明日の朝、チュジャバリテが八百物を納品する時に持って行かせようと考えているんですよね? 今すぐ用意できるものってなんだろう?」
つまり二枚貝はダメってことだ。陽はとうに落ちた。酒場などの飲食店を除けば、他の商店は店を閉めてしまって買いに行けない。
この部屋にある物ってことなら何がいいか?……ピエッチェが部屋を見渡す。テーブルに椅子、ソファーセット、そんな大きなものはダメに決まってる。もっと小さな手軽に持って行けるもの、だとしたら?
「カップにソーサー。あるいはスプーン」
ピエッチェの提案にラクティメシッスは乗り気だ。
「だったらスプーン二本の用意で。カップに入れたお茶にスプーンを突っ込めば、水面に相手の顔が映り、話しができるようにします」
カップの水面を、マデルが持っている魔法の鏡のように使うってことか。
だが、
「馬鹿じゃないの?」
クルテが嘲笑した。
「ジジョネテスキが一人になれると思ってる? 必ず誰かに監視される。もしジジョネテスキが結界を張れるとしても、急に音が聞こえなくなれば不審に思われる」
言われてみたら確かにそうだ。暗号で話し、独り言だと思わせるにも怪し過ぎる。
ラクティメシッスが、
「お嬢さんの仰る通りですね。つまり会話による通信は諦めたほうがいい。声じゃないとしたら、文字?」
とピエッチェを見る。
「文字を相手に送ることも可能なのか?」
「ペンが二本、紙が二枚あれば……書いた文字が相手の紙に浮き上がる魔法があります。でも読まれる可能性があるし、一度書いたら消せません」
「紙を大量に用意したら?」
「可能ですが……一枚一枚魔法をかけていくので朝までかかっても全部で十枚ってところです」
「それぞれ五枚か」
「終わってしまったらそのあとどう連絡を取ればいいか、悩みの種になりますね」
と、カッチーが持つ本にピエッチェが目を止めた。
「その紙、ひとまとめに綴じてあっても一葉一葉、魔法をかけなくてはならない?」
あっとラクティメシッスもカッチーの本を見る。
「いえ、一冊となれば一度で済みます。でも、本ではなく中は白紙じゃなければ意味がありませんよ。ノートとか、日記帳とか、手帳とか……この部屋にあるとは思えないのですが? それとも手持ちが?」
「あ。俺、一冊、持ってます」
声を上げたのはカッチーだ。
「クリンナーテンさんに貰った手帳とペンがあります。でも、一冊じゃ役に立ちませんか?」
「それはカッチーが大切に使うためのもの。他に使っちゃダメ」
そう言ったのはクルテ、サックをガサゴソ探っている。おまえ、ペンもノートも持ってそうだな。
「お嬢さん、持ってるんですか?」
ラクティメシッスはクルテのサックに興味津々、近づいて中を覗こうとする。が、クルテが過剰に反応した。
サックを抱え込むように身体を縮め、絶叫した。
「ラスティンの馬鹿、スケベ! わたしに近寄るな! 抱きつくな! 覗きの趣味があるってマデルに告げ口するぞ! 痴漢ヤロウ!」
あれ、クルテ、顔が蒼褪めていないか?
「な? そこまで言わなくってもいいでしょ? 抱きついてなんかいませんよ!?」
ラクティメシッスが怖じ気づいたように身体を離す。
うん、抱き付いちゃいない。でも、できそうなほど近かった――クルテが蒼褪めたのは一瞬だったが、おまえ、まだ俺以外の男が怖いのか? 普段、平気な顔で接しているから忘れていた。なぁ……もしもゴルゼと対面するようなことになったら、平常心を保てるか?
肩を竦めたラクティメシッスが『またスケベって言われました』と苦笑して、自分の席に戻る。そして、
「参ったなぁ……あなたまでそんな顔、しないでくださいよ。ピエッチェ、わたしに下心はありませんよ? お嬢さんの誤解ですからね」
表情を強張らせたピエッチェを見て苦笑するラクティメシッス、誤解してるのはあんただよ、何もあんたを疑ったわけじゃない……でも言えないピエッチェだった。
クルテはペンを二本とインク瓶を二つ出し、そのあとに古ぼけた本を一冊出した。それを見て、ピエッチェが息を飲んだ。サックを漁るのに忙しいクルテはそれに気づかない。熱心にサックの中身を見ている。
「うん?」
声を上げたのはラクティメシッスだ。
「お嬢さん、この本は使えません。何か強力な魔法が掛けられています。それも一つや二つじゃない」
サックから視線をテーブルに移したクルテが、
「あぁ、間違えた」
と本に手を伸ばす。が、先に手に取ったのはピエッチェだった。
厚い革の表紙を捲ると中には黄色く変色したページ、だけどどこにも文字はない。
「これは?」
ピエッチェが問う。怒りで震えそうなのを、やっとのことで押さえていた。
「それは間違えて出しちゃった。中を見たら何も書いてなかったから」
手を伸ばしてクルテが取ろうとするが、ピエッチェはクルテに渡さない。
「見覚えがある――どこで手に入れた?」
心のどこかで、今はそんなことを追及してる場合じゃないと思うのに言葉が口から飛び出していく。
諦めたのはクルテ、ピエッチェを無視してサックから次を一冊出して、さらにもう一冊、二冊重ねて
「これなら使えるんじゃ?」
ラクティメシッスに訊いている。
「えぇ、こちらは真っ新ですね。それにしても立派な装丁です」
クルテが出したのは、最初にピエッチェが取り上げたものと同じに見える。蔦模様を型押しした革表紙が付けられたものだ。けれど最初よりずっと新しい。ラクティメシッスが『真っ新』と言った通り、中のページも白かった。
手に取って、中を見てからラクティメシッスが言った。
「日記帳かな? 各ページに日付が書き込めるようになっていますね」
「軍の司令官が日誌代わりに使ってても奇怪しくなさそうでしょ?」
「えぇ、打ってつけです」
「インクも使う?」
「ペンにするかインクにするか迷うところですね」
「だったらペンで」
ムスッとピエッチェが言った。
「インクは落とせば割れるし中身が零れることもある。が、ペンは落としたくらいじゃ割れない」
「ペンもへし折れないとは限りませんが、うん、ピエッチェがそう言うならペンにしましょう。ペンなら持ち運びしやすいし、目立つこともない。効果はどんなインクだろうと同じです」
ラクティメシッスが同意すると、クルテが
「判った」
テーブルのインク瓶をサックに仕舞った。
そしてピエッチェに手を差し出した。
「サックに入れとくから返して」
ピエッチェが持ったままの古びた本のことだ。
「いやだと言ったら?」
ピエッチェの返事にラクティメシッスとカッチーが目を見交わす。いつものピエッチェからは考えられない言動だ。クルテには呆れるほど甘いピエッチェが怖い顔でクルテを睨みつけ、声も刺々しい。
クルテがじっとピエッチェを見る。
「うーーん……返してくれないならそれでもいいけど、ピエッチェが持ってる? 失くさない?」
俺が知りたいのは、おまえがこれをどこから持ってきたのかと、どうして持っているのかだ。でも、なんでそんなことを訊くのか問われたら、ラクティメシッスたちの前では答えられない。今、ここで訊けることは……
「これには書き込みがあったはずだ。それが消えている。なぜだ?」
「そんなの判らない」
クルテが口を尖らせた。
「何か書かれていたとしても、わたしが手に入れたのは消されたあとだ――ピエッチェ、それには呪いがかけられている。呪いが解かれない限り、誰にも読めない」
「呪い? なんで呪いなんか?」
「かけた誰かに聞いてよ……読めない、書き込めないってだけの呪いだから、持ってたって悪影響が出ることはないけど、なんの役にも立たないよ。だからわたしが管理する。返して」
それでもピエッチェにはクルテに返す気がなさそうだ。
「なんの役にも立たないものを、なんでおまえ、持っている?」
「それは、だから、失くしちゃいけないと思って」
「失くしちゃいけない物をなんで持ち出した?」
これにはクルテ、少し困ったようだ。が、
「手元に置いとかなきゃ安心できなかったから!」
怒ったように言った。おい! 怒ってるのは俺のほうだ。
このままでは解決しないと思ったのか、ラクティメシッスが遠慮がちに訊いた。
「ピエッチェ、以前から知っている物なんですか?」
あぁ、知っているとも。これは俺の日記だ。
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