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16章 継承される流れ
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ふむ、と唸ったラクティメシッス、
「やはり、魔物?」
ピエッチェに確認する。
「気配は感じないのに、気だけがビシビシと伝わってくる。人間じゃあなさそうだ」
そうですよね、と頷いてから再びラクティメシッスが訊いた。
「ピエッチェも気配は感じ取れないんですよね? でも、遠いってのは判った?」
「そんな気がしただけだ。だから油断できないって言ったんだ――クルテ、まだ何か要るか?」
痛いところを突かれてしまった。太陽がすっかり隠れてしまうまで、魔物たちはケインプの森から出てこない。それが頭にあって『まだ遠い』と言ってしまった。
「食べ物はもういい。でもレモン水が欲しい。栓を抜いて」
クルテがニンマリ笑ったのは、ピエッチェの窮地を察したからだろう。これでレモン水は三本目、他にもお茶をカップ二杯飲んでいるのだからそろそろ腹はタプタプなはずだ。サッと立ち上がったクルテがピエッチェの手を取って、貨物台へと引っ張っていく。ラクティメシッスに追及させないため、その場を離れたに違いない。
貨物台を探りながら小声でボソッと『脇が甘い』とクルテが呟く。
「気が緩んでるって、もっと自覚しな」
そう言いながら貨物台の戸を閉める。
「やっぱレモン水、要らない」
ふん、やっぱり飲み過ぎだよな。
小言を言われて面白くないピエッチェの手を、再びクルテが引っ張った。そのままリュネのところに連れて行かれる。
「リュネ~」
例によってリュネの首に抱き着くクルテ、嬉しそうに鼻先をクルテに寄せるリュネ、カッチーが用意した飼葉が綺麗に食べられているのを見て、飼葉桶を片付ける。
「あ、ピエッチェさん、俺がやります!」
気付いたカッチーが立ち上がろうとするのを今度もピエッチェが止める。
「いや、たまには俺がやる」
こっちに来て欲しくなかった。
魔物が来たらリュネをどうするか、それを考えておきたかった。日没までもう間もない。
リュネのところに戻ったピエッチェ、クルテに覆いかぶさるように耳元で言った。
「リュネを魔物から守るにはどうしたらいい?」
ピエッチェの考えではすでに手一杯、リュネを守る余裕がない。するとリュネに抱き着いたままのクルテが目だけでピエッチェを見てニヤッと笑った。
「リュネは戦力、守る必要なんかない」
「戦力?」
確かにリュネは空を飛ぶ。それが戦力となり得るのか? でも、まぁ、飛び回って自力で逃げてくれそうだ。
ところがクルテは、それ以上のことをリュネに期待していた。
「ジェンガテク湖でおまえとわたしがアリジゴクに引き込まれそうになった時、リュネは化身して、わたしたちを助けようとした」
「あぁ。マデルとカッチーがそんなことを言ってたな。翼が生えて角が生えて……」
「だからさ! カティ、リュネに乗って空中戦を挑んだらどうだ?」
「空中戦?」
「イーグルは地上に落とせば大したことない。だからすぐ殺れる。だがヘビはそうもいかない。デカいうえ、なにしろ頭が八つだ」
「デカいって、どんだけデカいんだ?」
「滝の洞窟から出るのに、わたしが化けたヘビなんか比べ物にならないほど」
「あれ、おまえってヘビ、苦手じゃないんだ?」
「ヘビが苦手なのはマデル。わたしは食べないだけ――ジョーンキの女神が言ってたけど、頭を擡げると梢に届くって」
「木の梢? この森の木か?」
「そいつが移動するときはニョロニョロ這ってくる。森が飲まれそうだってさ。だけど尻尾……合体部分はたいして長くないって」
「大して長くないってどれくらい?」
「八つがくっついてる程度」
「んッと、尻尾を斬ったらひょっとして八体に別れる?」
「はっきりとは言えないが、その可能性はありそうだ。急所を狙って確実に一撃で仕留めろ」
「ちょっと待て。それってヘタなところでぶった切ったら、一体ずつ逃げるかもしれないってこと?」
「ほほう、察しがいい。わたしはそう睨んでいる」
「てーかさ、それ、最初から八体の魔物と思ったほうが良くないか?」
「そうとも言う――だが安心しろ。尻尾は一つだ」
「尻尾でも何か攻撃してくる?」
「その情報はない……いいか、よく考えろ。山を飲み込むほどの長さ、そして八つの頭はそれぞれ別に働いている。するとどうなる?」
「えっ? うーーん、尻尾がどこにあるか判らなくなる? ヘビが、じゃなくって俺たちが、だ。俺やおまえは知ってるけど、ラスティンたちはヘビが八頭来たと思うだろうな」
「なるほど、そんなこともあるかもしれないな。でも、きっとそうはならない」
「それはなぜ?」
「八つの頭がそれぞれ行きたいほうに向かう。森の木の間を通り抜けてだ」
「うん、それで?」
チッとクルテが舌打ちをする。
「やっぱり察しの悪いヤツ――尻尾のところで木に引っ掛かっちまうってのが判らないのか? それ以上進めなくなるんだよ」
「あ……」
ピエッチェが真顔でクルテを見て言った。
「ヘビってバカなのか?」
呆気に取られるクルテ、何か言おうとしたようだが何も言わずにそっぽを向いてしまった。白けてやる気をなくしたらしい。ピエッチェがどんなに宥めてもリュネにしがみついたまま、それきり何も言わなくなった。
そうこうするうち日没が迫る。焚火から離れると、夜と同じように暗い。
「どうよ、カッチー、使えそう?」
向こうでマデルがカッチーに訊いている。見るとカッチーが防具を身に着けようとしていた。
「うーーん……やっぱり小さいですね」
「それじゃあ、ないほうがいいかな? 動きにくいとマイナスだわ」
そこへ来たのはラクティメシッス、サッと掌を翳した。すでに防具を点け終えている。
「これでどうです?」
「なんか、動き易くなりました」
どうやら拡大魔法を使ったらしい。
「だけど、いつまで魔法が効くか……きついと感じたら脱ぎ捨てるんですよ。次の街では防具屋に行かなくちゃなりませんね。剣の方はどうです?」
「はい! 毎日手入れしてるんで、問題ありません」
ピエッチェが貨物台から自分の防具を出していると、
「随分ノンビリですね」
話しかけてきたラクティメシッス、
「わたしたちは食事が済んだらすぐに支度を始めたのに……お嬢さんと何を揉めていたんですか?」
油断できないと言ったくせに、痴話喧嘩してる場合ですかと言いたいのだろう。
「どんな魔物か予測してた」
「へぇ。で、結論は?」
「来れば判る。多分デカいのは二体。あとは小物」
「それ、予測を立てた内に入りますか?」
嫌味を言われようが、本当のことは言えない。どうして判ったと後で訊かれたら言い訳が面倒だ。
「ヘンに予測してまるきり違ってたら慌てる。この程度でいいと思う」
「デカいのは二体……わたしはもっと視線を感じるんですがねぇ?」
ラスティン、それ、きっと当たってる。二体のうち一体は二つの視線、もう一体は八つの視線を持っている。
防具を身に着けるピエッチェを眺めてラクティメシッスが訊いた。
「お嬢さんはまだお馬さんと遊んでますが、いいんですか?」
チラリとクルテを見てピエッチェが答えた。
「アイツに防具なんか必要ないよ。そもそも用意してない」
「そんなに身が軽い?」
「得物は弓だ。接近しなきゃいい」
「弓の腕前は?」
「自称百発百中」
自称ですか、とラクティメシッスが苦笑する。
腰に剣を下げるとき、ふとラクティメシッスの剣を見た。細い刀身、先端はきっと鋭く研ぎ澄まされていることだろう。うろこの隙間に容赦なく突き刺さってくれると思った。
あと僅かで日が落ちようかと言う頃になって、やっとクルテが動いた。いつの間に出したのか、手には弓、背に矢筒、だが矢筒は空っぽだ。
「小枝でも集めるか?」
花籠の花はとうに干からびて、きっと役に立たない。
「んー……」
クルテが指にクルクルと自分の髪を巻き付けた。その指をそのまま矢筒に持って行くと、何本もの矢が現れた。
「お、おまえ! そんなことしてハゲたらどうする!?」
慌てるピエッチェをクルテが笑う。
「よく見ろ。どこもハゲてないだろう? 髪を抜いたわけじゃない」
そして一層声を潜めた。
「分身させただけだ。ラスティンの拡大魔法と要は同じ。だから時間とともに矢は消える」
動悸が治まらないままクルテの頭を撫でまわして点検するピエッチェ、髪が大量に抜けた形跡は見つけられずホッとする。
「でもそれじゃあ、矢がなくなったらまた同じことを?」
「いいや、それまでにイーグルを殺っちまおう。羽根を毟って矢に変える」
「ラスティンに怪しまれるぞ」
「そんな余裕が果たしてあるかな?」
魔物と遣り合ってる最中ってことか。
ピエッチェとクルテがコソコソ話しているところにラクティメシッスが来て、
「申し訳ないが、マデルをその……」
言い淀む。その様子に微笑んだクルテ、
「マデルはキャビンに乗せといて。で、ラクティメシッスとカッチーで守って。わたしとピエッチェとリュネで、あとは何とかする」
さらっと言い切った。おいっ! 俺はラスティンを当てにしてるんだぞ?
「いや、しかし……」
さすがにラクティメシッスも『はい、そうですか』とは言えないようだ。困惑するラクティメシッスにピエッチェが訊いた。
「マデルは癒術に優れてるんじゃないかな?」
「え、あぁ、まぁ、そうです。フレヴァンスの護衛に必要な魔法に特化して訓練を受けていますから。だから、その、攻撃魔法となると、心配かなって」
「うん、街のクズども相手の喧嘩とはわけが違う。後方支援と考えてるよ――あぁ、そうだ。毒消しとかは?」
「得意ですが、毒を使ってくる相手だと?」
「森だからね。有毒なのもたくさんいる。ヘビや虫や獣だって、牙に毒持つヤツが居る」
「プラントにもたくさん」
クルテが横から口を挟んだ。
「まぁさ、毒も使いよう。多ければ毒でも、少しなら薬にもなる」
それは今、考えなくてもいいんじゃないか?
「判りました――実はマデルが自分は役に立てないって落ち込んでしまって。後方支援ですか、いい言葉をありがとう」
ニッコリ笑んだラクティメシッスがマデルの元に戻って行く。近づいてくるラクティメシッスに縋るような目を向けるマデルが見えた。
「マデルでも、あんな顔するんだね」
ボソッと言うクルテ、
「ん? まぁ、いつも半分以上は強がりだろうからな」
リュネの馬具を確認しつつ答えるピエッチェ、
「なぁ、リュネって巨大化するんだったっけ?」
鞍を眺めて言った。
「するよ。でも、身につけられている物にも対応できるんじゃないかな? マデルたち、クツワが外れたとか言ってなかったから」
「それじゃ、翼や角も?」
「きっとね――リュネと組んで空中戦、する気になった?」
「いざとなったらね。騎馬戦だ」
空飛ぶ馬をどれほど扱えるかは判らない。でもきっと、地上に居っ放しよりはマシだ――太陽が地平線に、完全に隠れた。
「やはり、魔物?」
ピエッチェに確認する。
「気配は感じないのに、気だけがビシビシと伝わってくる。人間じゃあなさそうだ」
そうですよね、と頷いてから再びラクティメシッスが訊いた。
「ピエッチェも気配は感じ取れないんですよね? でも、遠いってのは判った?」
「そんな気がしただけだ。だから油断できないって言ったんだ――クルテ、まだ何か要るか?」
痛いところを突かれてしまった。太陽がすっかり隠れてしまうまで、魔物たちはケインプの森から出てこない。それが頭にあって『まだ遠い』と言ってしまった。
「食べ物はもういい。でもレモン水が欲しい。栓を抜いて」
クルテがニンマリ笑ったのは、ピエッチェの窮地を察したからだろう。これでレモン水は三本目、他にもお茶をカップ二杯飲んでいるのだからそろそろ腹はタプタプなはずだ。サッと立ち上がったクルテがピエッチェの手を取って、貨物台へと引っ張っていく。ラクティメシッスに追及させないため、その場を離れたに違いない。
貨物台を探りながら小声でボソッと『脇が甘い』とクルテが呟く。
「気が緩んでるって、もっと自覚しな」
そう言いながら貨物台の戸を閉める。
「やっぱレモン水、要らない」
ふん、やっぱり飲み過ぎだよな。
小言を言われて面白くないピエッチェの手を、再びクルテが引っ張った。そのままリュネのところに連れて行かれる。
「リュネ~」
例によってリュネの首に抱き着くクルテ、嬉しそうに鼻先をクルテに寄せるリュネ、カッチーが用意した飼葉が綺麗に食べられているのを見て、飼葉桶を片付ける。
「あ、ピエッチェさん、俺がやります!」
気付いたカッチーが立ち上がろうとするのを今度もピエッチェが止める。
「いや、たまには俺がやる」
こっちに来て欲しくなかった。
魔物が来たらリュネをどうするか、それを考えておきたかった。日没までもう間もない。
リュネのところに戻ったピエッチェ、クルテに覆いかぶさるように耳元で言った。
「リュネを魔物から守るにはどうしたらいい?」
ピエッチェの考えではすでに手一杯、リュネを守る余裕がない。するとリュネに抱き着いたままのクルテが目だけでピエッチェを見てニヤッと笑った。
「リュネは戦力、守る必要なんかない」
「戦力?」
確かにリュネは空を飛ぶ。それが戦力となり得るのか? でも、まぁ、飛び回って自力で逃げてくれそうだ。
ところがクルテは、それ以上のことをリュネに期待していた。
「ジェンガテク湖でおまえとわたしがアリジゴクに引き込まれそうになった時、リュネは化身して、わたしたちを助けようとした」
「あぁ。マデルとカッチーがそんなことを言ってたな。翼が生えて角が生えて……」
「だからさ! カティ、リュネに乗って空中戦を挑んだらどうだ?」
「空中戦?」
「イーグルは地上に落とせば大したことない。だからすぐ殺れる。だがヘビはそうもいかない。デカいうえ、なにしろ頭が八つだ」
「デカいって、どんだけデカいんだ?」
「滝の洞窟から出るのに、わたしが化けたヘビなんか比べ物にならないほど」
「あれ、おまえってヘビ、苦手じゃないんだ?」
「ヘビが苦手なのはマデル。わたしは食べないだけ――ジョーンキの女神が言ってたけど、頭を擡げると梢に届くって」
「木の梢? この森の木か?」
「そいつが移動するときはニョロニョロ這ってくる。森が飲まれそうだってさ。だけど尻尾……合体部分はたいして長くないって」
「大して長くないってどれくらい?」
「八つがくっついてる程度」
「んッと、尻尾を斬ったらひょっとして八体に別れる?」
「はっきりとは言えないが、その可能性はありそうだ。急所を狙って確実に一撃で仕留めろ」
「ちょっと待て。それってヘタなところでぶった切ったら、一体ずつ逃げるかもしれないってこと?」
「ほほう、察しがいい。わたしはそう睨んでいる」
「てーかさ、それ、最初から八体の魔物と思ったほうが良くないか?」
「そうとも言う――だが安心しろ。尻尾は一つだ」
「尻尾でも何か攻撃してくる?」
「その情報はない……いいか、よく考えろ。山を飲み込むほどの長さ、そして八つの頭はそれぞれ別に働いている。するとどうなる?」
「えっ? うーーん、尻尾がどこにあるか判らなくなる? ヘビが、じゃなくって俺たちが、だ。俺やおまえは知ってるけど、ラスティンたちはヘビが八頭来たと思うだろうな」
「なるほど、そんなこともあるかもしれないな。でも、きっとそうはならない」
「それはなぜ?」
「八つの頭がそれぞれ行きたいほうに向かう。森の木の間を通り抜けてだ」
「うん、それで?」
チッとクルテが舌打ちをする。
「やっぱり察しの悪いヤツ――尻尾のところで木に引っ掛かっちまうってのが判らないのか? それ以上進めなくなるんだよ」
「あ……」
ピエッチェが真顔でクルテを見て言った。
「ヘビってバカなのか?」
呆気に取られるクルテ、何か言おうとしたようだが何も言わずにそっぽを向いてしまった。白けてやる気をなくしたらしい。ピエッチェがどんなに宥めてもリュネにしがみついたまま、それきり何も言わなくなった。
そうこうするうち日没が迫る。焚火から離れると、夜と同じように暗い。
「どうよ、カッチー、使えそう?」
向こうでマデルがカッチーに訊いている。見るとカッチーが防具を身に着けようとしていた。
「うーーん……やっぱり小さいですね」
「それじゃあ、ないほうがいいかな? 動きにくいとマイナスだわ」
そこへ来たのはラクティメシッス、サッと掌を翳した。すでに防具を点け終えている。
「これでどうです?」
「なんか、動き易くなりました」
どうやら拡大魔法を使ったらしい。
「だけど、いつまで魔法が効くか……きついと感じたら脱ぎ捨てるんですよ。次の街では防具屋に行かなくちゃなりませんね。剣の方はどうです?」
「はい! 毎日手入れしてるんで、問題ありません」
ピエッチェが貨物台から自分の防具を出していると、
「随分ノンビリですね」
話しかけてきたラクティメシッス、
「わたしたちは食事が済んだらすぐに支度を始めたのに……お嬢さんと何を揉めていたんですか?」
油断できないと言ったくせに、痴話喧嘩してる場合ですかと言いたいのだろう。
「どんな魔物か予測してた」
「へぇ。で、結論は?」
「来れば判る。多分デカいのは二体。あとは小物」
「それ、予測を立てた内に入りますか?」
嫌味を言われようが、本当のことは言えない。どうして判ったと後で訊かれたら言い訳が面倒だ。
「ヘンに予測してまるきり違ってたら慌てる。この程度でいいと思う」
「デカいのは二体……わたしはもっと視線を感じるんですがねぇ?」
ラスティン、それ、きっと当たってる。二体のうち一体は二つの視線、もう一体は八つの視線を持っている。
防具を身に着けるピエッチェを眺めてラクティメシッスが訊いた。
「お嬢さんはまだお馬さんと遊んでますが、いいんですか?」
チラリとクルテを見てピエッチェが答えた。
「アイツに防具なんか必要ないよ。そもそも用意してない」
「そんなに身が軽い?」
「得物は弓だ。接近しなきゃいい」
「弓の腕前は?」
「自称百発百中」
自称ですか、とラクティメシッスが苦笑する。
腰に剣を下げるとき、ふとラクティメシッスの剣を見た。細い刀身、先端はきっと鋭く研ぎ澄まされていることだろう。うろこの隙間に容赦なく突き刺さってくれると思った。
あと僅かで日が落ちようかと言う頃になって、やっとクルテが動いた。いつの間に出したのか、手には弓、背に矢筒、だが矢筒は空っぽだ。
「小枝でも集めるか?」
花籠の花はとうに干からびて、きっと役に立たない。
「んー……」
クルテが指にクルクルと自分の髪を巻き付けた。その指をそのまま矢筒に持って行くと、何本もの矢が現れた。
「お、おまえ! そんなことしてハゲたらどうする!?」
慌てるピエッチェをクルテが笑う。
「よく見ろ。どこもハゲてないだろう? 髪を抜いたわけじゃない」
そして一層声を潜めた。
「分身させただけだ。ラスティンの拡大魔法と要は同じ。だから時間とともに矢は消える」
動悸が治まらないままクルテの頭を撫でまわして点検するピエッチェ、髪が大量に抜けた形跡は見つけられずホッとする。
「でもそれじゃあ、矢がなくなったらまた同じことを?」
「いいや、それまでにイーグルを殺っちまおう。羽根を毟って矢に変える」
「ラスティンに怪しまれるぞ」
「そんな余裕が果たしてあるかな?」
魔物と遣り合ってる最中ってことか。
ピエッチェとクルテがコソコソ話しているところにラクティメシッスが来て、
「申し訳ないが、マデルをその……」
言い淀む。その様子に微笑んだクルテ、
「マデルはキャビンに乗せといて。で、ラクティメシッスとカッチーで守って。わたしとピエッチェとリュネで、あとは何とかする」
さらっと言い切った。おいっ! 俺はラスティンを当てにしてるんだぞ?
「いや、しかし……」
さすがにラクティメシッスも『はい、そうですか』とは言えないようだ。困惑するラクティメシッスにピエッチェが訊いた。
「マデルは癒術に優れてるんじゃないかな?」
「え、あぁ、まぁ、そうです。フレヴァンスの護衛に必要な魔法に特化して訓練を受けていますから。だから、その、攻撃魔法となると、心配かなって」
「うん、街のクズども相手の喧嘩とはわけが違う。後方支援と考えてるよ――あぁ、そうだ。毒消しとかは?」
「得意ですが、毒を使ってくる相手だと?」
「森だからね。有毒なのもたくさんいる。ヘビや虫や獣だって、牙に毒持つヤツが居る」
「プラントにもたくさん」
クルテが横から口を挟んだ。
「まぁさ、毒も使いよう。多ければ毒でも、少しなら薬にもなる」
それは今、考えなくてもいいんじゃないか?
「判りました――実はマデルが自分は役に立てないって落ち込んでしまって。後方支援ですか、いい言葉をありがとう」
ニッコリ笑んだラクティメシッスがマデルの元に戻って行く。近づいてくるラクティメシッスに縋るような目を向けるマデルが見えた。
「マデルでも、あんな顔するんだね」
ボソッと言うクルテ、
「ん? まぁ、いつも半分以上は強がりだろうからな」
リュネの馬具を確認しつつ答えるピエッチェ、
「なぁ、リュネって巨大化するんだったっけ?」
鞍を眺めて言った。
「するよ。でも、身につけられている物にも対応できるんじゃないかな? マデルたち、クツワが外れたとか言ってなかったから」
「それじゃ、翼や角も?」
「きっとね――リュネと組んで空中戦、する気になった?」
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