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17章 選択された祖国
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夜明け――馬の嘶きに目を覚ます。マデルとカッチーはキャビン、ピエッチェとクルテ、ラクティメシッスは焚火の近くで眠っていた。
馬具が取りつけられた馬は十六頭、リュネは少しでも休ませるため、出立前に馬具を取り付ける予定だ。よく見ると、既に馬の群れのリーダはリュネだった。
キャビンからカッチーが起きてきて、
「すぐに食事を用意しますね」
湯を沸かし始めた。ラクティメシッスも『おはよう』と呟いて身体を起こす。クルテを揺さぶり起こしているうちに、マデルもキャビンから降りてきた。
昨日のうちに買っておいたパンとスープの朝食、クルテが『桃瓶』と呟き、カッチーがキャビンの貨物台から桃の瓶詰を持ってくる。表面上は静かな朝が冷ややかな緊張を隠していた。
朝食が終わるとラクティメシッスが部下たちを呼び寄せて、まずは熱い茶を振舞った。部下たちは思い思いの場所で、みな別々に食事を済ませていた。
「すでに承知していると思うが――」
茶を飲む部下たちを前に、ラクティメシッスがこれからの行動を確認する。ピエッチェはラクティメシッスの横に立つよう促された。
「我々は盗賊団としてザジリレンに潜入する。今後は一団となって動くことになる。その目的はすでに周知したとおりだ」
さすがにいつもとは全く違う口調、キリリと引き締まったものだ。
すでに周知した内容が気になったがピエッチェは何も訊かずにいた。詳細を口にしないのはピエッチェには聞かせたくない、あるいは聞かせられない事柄もあるからなんだろうと思っていた。いくら友好関係にあっても、他国であることに違いはない。その国の機密があって当然だ。こちらにとって不利になることではないと信じるしかない。
「さて、一団となって動くのだから、あまりにも他人行儀過ぎるのも不審に思われるだろう。名まえくらい知っておいたほうがいい」
部下の名を一人ずつ呼ぶラクティメシッス、呼ばれた者がピエッチェに会釈する。中には『誰だ、コイツ?』と訝しげな目を向ける者もいた。ラクティメシッスはピエッチェがザジリレン王だとは言っていないのかもしれない。
「では最後に……この男が盗賊団の首領ピエッチェ。初めて見る顔だと思う。ザジリレン国に詳しいのを買って特別に依頼した――魔法使いではない」
部下たちの幾人かが明白に不快感を示めした。やっぱりな、とピエッチェは思っている。
「だが、ピエッチェはこの作戦に不可欠な人物だ。ザジリレン王宮に渡りをつけてくれる。保護対象の一人と心するように」
それからラクティメシッスがカッチーを見た。
「今回、ザジリレン王宮にお送りするのは、そこに座っている通称カッチー。身分が周囲に知られるのは拙いのでカッチーとお呼びするように」
「へっ?」
驚いたカッチーが素っ頓狂な声を出す。
なるほどね。ラクティメシッスはあくまでピエッチェの身分を、カテロヘブ王を隠すつもりだ。身内にさえも明かさない。それが一番堅実だ。
「なお、ピエッチェの命令はわたしの命令と同じと考えろ。常に敬意を払い、間違っても無礼を働くな――以上、各自準備を始めろ」
盗賊とは言え首領には一目置くものだ。それを踏まえての指示でもあるのだろう。
しかし、カッチーをザジリレン王宮に送り届けるのが一番の目的とは恐れ入った。
「馬を選びましょう」
真面目な顔で、馬が集められた方へとピエッチェを誘うラクティメシッスにカッチーが駆け寄ってくる。小さな声で『余計なことは言わないように』とラクティメシッスがカッチーに囁いた。
「カッチーはリュネと決まっています。いい馬ですよね」
ラクティメシッスが微笑む。リュネにカッチーが乗ることは、幾つもの意味があるのだと気づくピエッチェだ。乗馬に慣れていないカッチーにはリュネ、そんな単純な話じゃなかった。
どう見たってリュネは上等な馬だ。リュネに乗ることでカッチーは少なからず目立つ。だからカッチーを最重要人物として部下たちに護らせることにした。ピエッチェなら自分で自分を守れるはずだとの思惑も働いた。
そして万が一の危険に、カッチーを守ろうとしたリュネが空中に逃げたとしてもラクティメシッスが魔法を使ったと言い訳できる。最重要人物のためになら、どんなに魔法を使っても誰も不審には思わないはずだ。
いや、それは違うか? ピエッチェ盗賊団に抜擢された魔法使いたちは強い魔力を持っているはずだ。リュネが魔物だと気づいていたって奇怪くない。そこにこそ、カッチーを最重要人物とする必要があったか? 魔物を手懐け使役する、そんな人物だと部下たちはカッチーを見るだろう。それがザジリレン王宮に護送する理由にも繋がっていく。
「わたし、この子がいい」
すぐそこでクルテが一頭の馬の首を撫でながら言った。
「それじゃあ、わたしはこっち」
マデルが向こうで手綱を引いたのは黒い美しい馬だ。
「それはわたしの愛馬ですよ?」
ラクティメシッスが苦情を漏らす。ムッとしたようだが、
「じゃあ……こっちで」
替わりにマデルが選んだのは栗毛の、扱いやすそうな馬だった。
「ピエッチェはこの子ね」
勝手にクルテが選んだ馬は葦毛でやや小柄、ヒヒンと鼻を鳴らしてピエッチェを睨んできた。なんだか嫌われてるような気がしたが、クルテの見立てに間違いがあるとも思えない。近づいて手綱を牽くと、温和しく従ってくる。試しに乗ってみると、しっかりした馬体を感じた。さすがはクルテだと思った。
馬具の微調整をしてから防具を着込んだ。兜は出立間際でいいだろう。
「鐙の位置はこれでいいのか?」
リュネに馬具をつけていたカッチーのところへ行って、細かく指導する。すぐそこでクルテが、自分の馬から鞍を外しているのが目に入ったが無視した。きっとクルテには鞍が邪魔なんだろう。
ラクティメシッスはマデルの手伝いをしている。
「あなたは最後尾にいてください」
そう言っているのが聞こえた。
「フワッキャスをあなたの護衛に就けます。彼女の指示に従うのですよ」
さっき紹介された中で訊いた名をラクティメシッスが言っている。確か赤茶色い髪の若い女だった。
「フワッキャス? よかったわ。ラスティンと違って彼女、凄く優しいから」
「そうですか? わたしにとっては屈強な女兵士なんですけどね」
だからこそ大切なマデルを任せた、ってことだよな、ラスティン?
保護手袋をつけたカッチーに、
「馴染んできたようですね」
ラクティメシッスが声をかける。保護手袋はカッチーの成人の祝いに、ラクティメシッスとマデルが贈ったものだ。
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうはもういいよ」
ラクティメシッスが苦笑する。
周囲を見渡し近くに誰もいないのを確認してから
「なんで俺が?」
カッチーがラクティメシッスに小声で訊いた。ん? と小首を傾げるラクティメシッス、
「んー……隠れ蓑ってことですよ」
苦笑してカッチーの傍を離れた。カッチーがチラリとピエッチェを見る。きっと察したことだろう。
カッチーの次にはピエッチェに近付いてラクティメシッスが訊いた。
「断崖を降りられる魔法を馬に掛けますが……リュネには不要ですよね?」
「リュネを離したほうがいいか?」
「しかしね、思ったんですけど、魔法を使ったフリはしといたほうがいいかなって。他の馬と一緒になって駆けおりるのに、魔法が掛けられてないと奇妙に思われますよね?」
「あぁ……魔法は馬を集めて一度に掛ける?」
「その方が手っ取り早いんです」
「それならリュネを離す――居なかったとあとから気付いてリュネにだけ魔法をかける。もちろんそれはフリだけ、なんてのはどうだ?」
ニヤッとしてラクティメシッスがピエッチェから離れた。
ピエッチェがさりげなくカッチーに近付いて
「ちょっとリュネに乗って向こうの端まで歩かせてみろ」
と言えば『はい!』とリュネに乗り込むカッチー、ピエッチェの後方ではラクティメシッスが部下に馬を集めるよう指示を出している。
もともとリュネは魔法使いたちが連れてきた馬じゃない。それもあってリュネ不在に部下が気付かないうちにラクティメシッスが魔法を使う。
「あれ?」
ラクティメシッスが首を捻る。ピエッチェからするとわざとらしさに笑ってしまいそうだ。
カッチーがピエッチェのところに戻るのを見てラクティメシッスが、
「あの馬には掛けそびれたようですね」
と部下たちから離れた――
ほぼ準備が整って、全員が騎乗した。
「そう言えば、荷馬車はどうするんだ?」
「トロンパで買い求めましょう。山越えできたのに荷馬車があるのは不自然です」
それもそうだ。でも、
「盗賊団が正規に購入ってものなんだか不自然だが?」
と言えば、
「盗賊団だと思わせるだけですから、普通に宿に泊まり飲食店で飲み食いします。当然、必要なものは金を出して買いますよ」
とラクティメシッスが答える。
「それで盗賊団だと、思って貰えるのか?」
「噂ってものをバカにしちゃいけません。先入観ってのは恐ろしいものです」
そう言われれば、それもそうだなと思う。まして噂を流すのはラクティメシッスの部下、諜報・策謀を専門にするその道のプロだ。抜かりがあるはずもない。
「崖くだりは正午過ぎを考えています。トロンパ村が本格的に動き出すのはそれくらいからだと聞いたので。人が居ないのに派手なパフォーマンスをしても空しいだけですからね」
それを聞いてピエッチェが、そう言えば、盗掘してた連中はどうなったんだろうと思う。
「あぁ、部下の報告によると王都に送られたそうですよ。強制的に兵役だとか。ま、国情を考えると妥当ですか」
「スズマリアネは? それにオッチンネルテ」
「やはり王都に送られています。オッチンネルテは王都で医師に預けられ、生活には困らないようですが、自分の名さえ判らないようです。スズマリアネは前国王妃の義理の兄と言うことで兵役は免れましたが、裁判に掛けられたのち斬首刑にされるだろうと噂されています」
「国外追放ではなく?」
ラクティメシッスがピエッチェを見る。
「少しでも王家に繋がるものは排除したい、そんな動きではないかとわたしは考えています」
「それは王位継承権絡みか? 馬鹿な、スズマリアネにはそんなものはない」
「えぇ、その通りです。でもね、ピエッチェ。悪事を働く者は他者が怖くて仕方なくなるのだと思います」
黙り込んでしまったピエッチェに
「まぁ、すぐに処刑されることはないでしょう」
ラクティメシッスが宥めるように言った。
「今、一番にしなくてはならないのは我らの企てを成功させることです――成功すれば無駄な血が流されることはない。そうでしょう?」
ラクティメシッスに頷いて、ピエッチェが前を見る。
すでにトロンパを見降ろせる崖っぷちに馬を進めていた。トロンパにいるラクティメシッスの部下が鏡で日光を反射させ、合図を送ってくる。それを待つピエッチェたちだった。
馬具が取りつけられた馬は十六頭、リュネは少しでも休ませるため、出立前に馬具を取り付ける予定だ。よく見ると、既に馬の群れのリーダはリュネだった。
キャビンからカッチーが起きてきて、
「すぐに食事を用意しますね」
湯を沸かし始めた。ラクティメシッスも『おはよう』と呟いて身体を起こす。クルテを揺さぶり起こしているうちに、マデルもキャビンから降りてきた。
昨日のうちに買っておいたパンとスープの朝食、クルテが『桃瓶』と呟き、カッチーがキャビンの貨物台から桃の瓶詰を持ってくる。表面上は静かな朝が冷ややかな緊張を隠していた。
朝食が終わるとラクティメシッスが部下たちを呼び寄せて、まずは熱い茶を振舞った。部下たちは思い思いの場所で、みな別々に食事を済ませていた。
「すでに承知していると思うが――」
茶を飲む部下たちを前に、ラクティメシッスがこれからの行動を確認する。ピエッチェはラクティメシッスの横に立つよう促された。
「我々は盗賊団としてザジリレンに潜入する。今後は一団となって動くことになる。その目的はすでに周知したとおりだ」
さすがにいつもとは全く違う口調、キリリと引き締まったものだ。
すでに周知した内容が気になったがピエッチェは何も訊かずにいた。詳細を口にしないのはピエッチェには聞かせたくない、あるいは聞かせられない事柄もあるからなんだろうと思っていた。いくら友好関係にあっても、他国であることに違いはない。その国の機密があって当然だ。こちらにとって不利になることではないと信じるしかない。
「さて、一団となって動くのだから、あまりにも他人行儀過ぎるのも不審に思われるだろう。名まえくらい知っておいたほうがいい」
部下の名を一人ずつ呼ぶラクティメシッス、呼ばれた者がピエッチェに会釈する。中には『誰だ、コイツ?』と訝しげな目を向ける者もいた。ラクティメシッスはピエッチェがザジリレン王だとは言っていないのかもしれない。
「では最後に……この男が盗賊団の首領ピエッチェ。初めて見る顔だと思う。ザジリレン国に詳しいのを買って特別に依頼した――魔法使いではない」
部下たちの幾人かが明白に不快感を示めした。やっぱりな、とピエッチェは思っている。
「だが、ピエッチェはこの作戦に不可欠な人物だ。ザジリレン王宮に渡りをつけてくれる。保護対象の一人と心するように」
それからラクティメシッスがカッチーを見た。
「今回、ザジリレン王宮にお送りするのは、そこに座っている通称カッチー。身分が周囲に知られるのは拙いのでカッチーとお呼びするように」
「へっ?」
驚いたカッチーが素っ頓狂な声を出す。
なるほどね。ラクティメシッスはあくまでピエッチェの身分を、カテロヘブ王を隠すつもりだ。身内にさえも明かさない。それが一番堅実だ。
「なお、ピエッチェの命令はわたしの命令と同じと考えろ。常に敬意を払い、間違っても無礼を働くな――以上、各自準備を始めろ」
盗賊とは言え首領には一目置くものだ。それを踏まえての指示でもあるのだろう。
しかし、カッチーをザジリレン王宮に送り届けるのが一番の目的とは恐れ入った。
「馬を選びましょう」
真面目な顔で、馬が集められた方へとピエッチェを誘うラクティメシッスにカッチーが駆け寄ってくる。小さな声で『余計なことは言わないように』とラクティメシッスがカッチーに囁いた。
「カッチーはリュネと決まっています。いい馬ですよね」
ラクティメシッスが微笑む。リュネにカッチーが乗ることは、幾つもの意味があるのだと気づくピエッチェだ。乗馬に慣れていないカッチーにはリュネ、そんな単純な話じゃなかった。
どう見たってリュネは上等な馬だ。リュネに乗ることでカッチーは少なからず目立つ。だからカッチーを最重要人物として部下たちに護らせることにした。ピエッチェなら自分で自分を守れるはずだとの思惑も働いた。
そして万が一の危険に、カッチーを守ろうとしたリュネが空中に逃げたとしてもラクティメシッスが魔法を使ったと言い訳できる。最重要人物のためになら、どんなに魔法を使っても誰も不審には思わないはずだ。
いや、それは違うか? ピエッチェ盗賊団に抜擢された魔法使いたちは強い魔力を持っているはずだ。リュネが魔物だと気づいていたって奇怪くない。そこにこそ、カッチーを最重要人物とする必要があったか? 魔物を手懐け使役する、そんな人物だと部下たちはカッチーを見るだろう。それがザジリレン王宮に護送する理由にも繋がっていく。
「わたし、この子がいい」
すぐそこでクルテが一頭の馬の首を撫でながら言った。
「それじゃあ、わたしはこっち」
マデルが向こうで手綱を引いたのは黒い美しい馬だ。
「それはわたしの愛馬ですよ?」
ラクティメシッスが苦情を漏らす。ムッとしたようだが、
「じゃあ……こっちで」
替わりにマデルが選んだのは栗毛の、扱いやすそうな馬だった。
「ピエッチェはこの子ね」
勝手にクルテが選んだ馬は葦毛でやや小柄、ヒヒンと鼻を鳴らしてピエッチェを睨んできた。なんだか嫌われてるような気がしたが、クルテの見立てに間違いがあるとも思えない。近づいて手綱を牽くと、温和しく従ってくる。試しに乗ってみると、しっかりした馬体を感じた。さすがはクルテだと思った。
馬具の微調整をしてから防具を着込んだ。兜は出立間際でいいだろう。
「鐙の位置はこれでいいのか?」
リュネに馬具をつけていたカッチーのところへ行って、細かく指導する。すぐそこでクルテが、自分の馬から鞍を外しているのが目に入ったが無視した。きっとクルテには鞍が邪魔なんだろう。
ラクティメシッスはマデルの手伝いをしている。
「あなたは最後尾にいてください」
そう言っているのが聞こえた。
「フワッキャスをあなたの護衛に就けます。彼女の指示に従うのですよ」
さっき紹介された中で訊いた名をラクティメシッスが言っている。確か赤茶色い髪の若い女だった。
「フワッキャス? よかったわ。ラスティンと違って彼女、凄く優しいから」
「そうですか? わたしにとっては屈強な女兵士なんですけどね」
だからこそ大切なマデルを任せた、ってことだよな、ラスティン?
保護手袋をつけたカッチーに、
「馴染んできたようですね」
ラクティメシッスが声をかける。保護手袋はカッチーの成人の祝いに、ラクティメシッスとマデルが贈ったものだ。
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうはもういいよ」
ラクティメシッスが苦笑する。
周囲を見渡し近くに誰もいないのを確認してから
「なんで俺が?」
カッチーがラクティメシッスに小声で訊いた。ん? と小首を傾げるラクティメシッス、
「んー……隠れ蓑ってことですよ」
苦笑してカッチーの傍を離れた。カッチーがチラリとピエッチェを見る。きっと察したことだろう。
カッチーの次にはピエッチェに近付いてラクティメシッスが訊いた。
「断崖を降りられる魔法を馬に掛けますが……リュネには不要ですよね?」
「リュネを離したほうがいいか?」
「しかしね、思ったんですけど、魔法を使ったフリはしといたほうがいいかなって。他の馬と一緒になって駆けおりるのに、魔法が掛けられてないと奇妙に思われますよね?」
「あぁ……魔法は馬を集めて一度に掛ける?」
「その方が手っ取り早いんです」
「それならリュネを離す――居なかったとあとから気付いてリュネにだけ魔法をかける。もちろんそれはフリだけ、なんてのはどうだ?」
ニヤッとしてラクティメシッスがピエッチェから離れた。
ピエッチェがさりげなくカッチーに近付いて
「ちょっとリュネに乗って向こうの端まで歩かせてみろ」
と言えば『はい!』とリュネに乗り込むカッチー、ピエッチェの後方ではラクティメシッスが部下に馬を集めるよう指示を出している。
もともとリュネは魔法使いたちが連れてきた馬じゃない。それもあってリュネ不在に部下が気付かないうちにラクティメシッスが魔法を使う。
「あれ?」
ラクティメシッスが首を捻る。ピエッチェからするとわざとらしさに笑ってしまいそうだ。
カッチーがピエッチェのところに戻るのを見てラクティメシッスが、
「あの馬には掛けそびれたようですね」
と部下たちから離れた――
ほぼ準備が整って、全員が騎乗した。
「そう言えば、荷馬車はどうするんだ?」
「トロンパで買い求めましょう。山越えできたのに荷馬車があるのは不自然です」
それもそうだ。でも、
「盗賊団が正規に購入ってものなんだか不自然だが?」
と言えば、
「盗賊団だと思わせるだけですから、普通に宿に泊まり飲食店で飲み食いします。当然、必要なものは金を出して買いますよ」
とラクティメシッスが答える。
「それで盗賊団だと、思って貰えるのか?」
「噂ってものをバカにしちゃいけません。先入観ってのは恐ろしいものです」
そう言われれば、それもそうだなと思う。まして噂を流すのはラクティメシッスの部下、諜報・策謀を専門にするその道のプロだ。抜かりがあるはずもない。
「崖くだりは正午過ぎを考えています。トロンパ村が本格的に動き出すのはそれくらいからだと聞いたので。人が居ないのに派手なパフォーマンスをしても空しいだけですからね」
それを聞いてピエッチェが、そう言えば、盗掘してた連中はどうなったんだろうと思う。
「あぁ、部下の報告によると王都に送られたそうですよ。強制的に兵役だとか。ま、国情を考えると妥当ですか」
「スズマリアネは? それにオッチンネルテ」
「やはり王都に送られています。オッチンネルテは王都で医師に預けられ、生活には困らないようですが、自分の名さえ判らないようです。スズマリアネは前国王妃の義理の兄と言うことで兵役は免れましたが、裁判に掛けられたのち斬首刑にされるだろうと噂されています」
「国外追放ではなく?」
ラクティメシッスがピエッチェを見る。
「少しでも王家に繋がるものは排除したい、そんな動きではないかとわたしは考えています」
「それは王位継承権絡みか? 馬鹿な、スズマリアネにはそんなものはない」
「えぇ、その通りです。でもね、ピエッチェ。悪事を働く者は他者が怖くて仕方なくなるのだと思います」
黙り込んでしまったピエッチェに
「まぁ、すぐに処刑されることはないでしょう」
ラクティメシッスが宥めるように言った。
「今、一番にしなくてはならないのは我らの企てを成功させることです――成功すれば無駄な血が流されることはない。そうでしょう?」
ラクティメシッスに頷いて、ピエッチェが前を見る。
すでにトロンパを見降ろせる崖っぷちに馬を進めていた。トロンパにいるラクティメシッスの部下が鏡で日光を反射させ、合図を送ってくる。それを待つピエッチェたちだった。
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