秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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19章 失われた王女

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 朝食だったはずのウサギ肉とムカゴのスープはすっかり平らげられてしまった。クルテが『どんどん食べて』とカッチーに何度もお替りさせたせいでもある。腹を壊さないか少し心配になったが、まぁ食べ盛りだし、カッチーだってそこまで馬鹿じゃないだろう。

 そのカッチーがピエッチェをドキリとさせる。食事を終え、片付けも終え、そろそろ眠るかと迷い始めたころだった。
「そう言えば、こないだラスティンさんが言ってた〝失われた王女〟って、本当のところどうなんですか?」
「えっ?」
言われたことがすぐには飲み込めずキョトンとするピエッチェ、ラクティメシッスが
「わたしもそのあたり、訊きたいと思っていました」
とピエッチェを見る。

「部下はカテルクルストザジリレン建国の王の『失われた王女』が元ネタだと推測できるって言うんですけどね」
「あ、俺もそれ、連想しました」
「あぁ……」
何を訊かれたのかに思いあたったピエッチェが、頭の中でどう誤魔化すか考えながら詰まらなそうな顔で答えた。

 ピエッチェの中でも『歴史』として学んだことと、クルテと知り合ってから『こうなんじゃないか』と思ったことがごっちゃになってしまっている。下手なことを言えば、クルテのが知られてしまいそうだ。

「友であり臣下である男に『娘を妻に』と請われたカテルクルストが娘などいないって答えたのが元ネタってことか」
「えぇ、それにちなんで王女が早逝すると『失われた王女』って呼ばれるようになったんじゃないか、って言うのが部下の見解でした」
「それだと、カテルクルストには娘が居たってことになるんじゃ?」
ラクティメシッスに苦笑いするピエッチェ、カッチーが
「居なかったんですか?」
と納得できなさそうにピエッチェを見る。

「王あるいは王子と森の女神の間に生まれた娘の話って、少しずつ形を変えて幾つもあって……しかも、男のほうはカテルクルストをなんだか暗示しているような書きかたをしてます」
「そうなんだ? で、森の女神のほうは? 一体じゃなく何体もいるとか?」
これはラクティメシッス、興味津々に見える。

「森の女神も同一みたいなんですけれど……どこの森かはよく判りません。どの話もとしか書かれてないし、森は森って表記しかないんです。どこどこの森ってのは、俺が読んだ本には一度も書かれていません」
「カテルクルスト王子が森の女神と恋に落ちたって話はローシェッタにも伝わってるんですよ」
カッチーから視線を移したラクティメシッスが
「末息子の将来を考えた父王が引き離したほうがいいと考えて、カテルクルストをザジリレンに行かせたって話もあるんです。民間の伝承なんですけどね。邪魔な王子を排除したなんて他人ひときが悪いからそんな話をでっち上げたと民俗学者は言っています――ザジリレンにはそんな話はないんですか?」
今度はピエッチェに訊ねた。

「ないこともないかな」
ピエッチェがほんのり含み笑いをする――芝居だ。話を『失われた王女』から離したい。カッチーに真実を告げるには早すぎる。

「カテルクルストは森の女神に気に入られやすかったのかもしれないよ」
「気に入られやすかった?」
「気に入られる程度で、恋愛沙汰ってのはザジリレンでは聞かないがな――例えば王子の頃、カテール街道を作る時も森の女神が助力したとか」
「あぁ、ローシェッタでも言われてます。あの道は森の女神が協力しなければ完工しなかったって。でも、事実はどうだったか? まぁ、森を切り開いているからなんでしょうね」

 ラクティメシッス、それは事実だ。タスケッテの森の女神とカテルクルストは契約した。

「ほかにもある――ザジリレン国成立前の話だけど、ローシェッタに侵攻しようとするスットイッコを、今で言うレシグズームで撃退し退却させている。その時はキャルティレンぺスの女神に助けられたらしい」
「おや、つい先日、その場にいましたね。どんなふうに助けられたんですか?」

「ローシェッタからキャルティレンぺスを通って進軍したカテルクルストの前に現れた女神が『森を焼かないで欲しい』と言った。必ず森を守ると約束したカテルクルストの剣に女神が祝福をした。以降、彼は連戦連勝している」
「それがグレナムの剣?」
マデルが横から聞いた。

「うん……森の女神が娘を剣に変えてカテルクルストに与えたって説もある。その剣を手にしてからカテルクルストは負け知らずになった――当時、あの山には名がなかった。剣を与えた女神から名をつけて欲しいと頼まれたカテルクルストが、キャルティレンぺスと名付けたって言われてる」
「それじゃあ、女神にも名がなかったってこと?」
「剣をくれたのは……別の森の女神らしい」
ついと言いそうになった。そんな記述はザジリレンの歴史書にも伝説にもない。ピエッチェがそうだろうと推測しているに過ぎない。

 でもやはり矛盾している。クルテがゴルゼとともに封印されたのがグレナムの剣ならば、クルテがグレナムの剣であるはずがない。封印はカテロヘブが王となってからだ。つまり、既にグレナムは存在していたってことになる。

 しかし……グレナムのさやの裏側を飾る女神像はコゲゼリテ温泉や聖堂の森にあった女神の娘像と同じで、やはりクルテに似ている。グレナムの剣を毎日手入れしていると話した時、毎日撫でまわされたら迷惑なんじゃないかとクルテが言った。あれは自分が撫でまわされて迷惑だったって意味なんじゃないか? ってことは――えっ!?

「あぁあん!?」
とつぜん素っ頓狂な悲鳴を上げたピエッチェ、
「どうしたの?」
マデルが驚き、ラクティメシッスが、
「何か拙いことでも思い出しましたか?」
とうっすら笑う。カッチーは驚いてピエッチェを見た。

「いや……なんでもない」
毎晩クルテを撫で回してたってことか? と思いつき、急に慌てたピエッチェだった。いや、落ち着け。クルテがグレナムのはずはない……でも? あれ?

「なんでもないって感じじゃありませんよ?」
ラクティメシッスが納得するはずもない。

「いや、うん。グレナムの剣はどこだろうって、ふと思った」
それであんなに焦るものか? でも他に言い訳が思いつけない。

「そう言えば、カテロヘブ王もそうだけど、グレナムの剣も必ず見つけ出せってクリオテナさまがめいじたって話でしたね」
「あぁ、まだ見つからないのかなってね」
ラクティメシッスは取り敢えず話に乗ったようだ。

「グレナムはザジリレンの王位を示す。紛失したままじゃ拙いんだ」
「まさか、あれがなければカテロヘブと名乗っても王とは認められないなんてことはないんでしょう?」
「そりゃあね。だけど王宮に戻る時、あるのとないのじゃ、なんて言うか、重みが違う」
「だからと言って、川底でしたっけ? 探しにも行けないし」
「あぁ、そうだな。まぁ、敵に渡ってなきゃいいさ」

 グレナムの剣の在り処は判っている。矢傷を癒したあの洞窟に、クルテが隠したと言っていた。さやを飾る宝石は外して袋に入れて、クルテが今も持っている。が、それを言うわけにもいかない。

 クルテはどうやってさやから宝石を外したんだろう? まぁ、きっと魔法を使った。でなければ、そう簡単に外れるはずもない。

「あれ?」
ラクティメシッスが首をかしげた。巧く誤魔化せたと思ったのは間違いか?

「スットイッコ国を退却させるのに、キャルティレンぺスの女神の力を借りたって言いましたよね?」
話が前に戻っている。だけどヘンな声を上げたことが流せたようだ。ピエッチェがホッとする。
「名前もないような森の女神が、カテルクルストにどんな助力ができたんですか?」

「あぁ、グレナムをくれた女神が自分の娘をあの森の女神にしたらしい。森ではなく枯れた山だったのが、それで豊かな森に変わった」
「女神の娘が女神に昇格したってことですね。でもなんか納得できないなぁ。女神になりたてで、枯れた山なら大した力もないでしょう?」
「同じように考える学者もいるけど、女神になった娘の姉妹たちもキャルティレンぺスに移ったからだって説もある――まぁどっちにしろ確かなことは何も判らないさ」

 そう言いながらピエッチェが考えるのはクルテのことだ。女神の娘は何も一体と限ったわけじゃない。つまりグレナムはクルテの姉妹ってことか。時系列から行くと姉だろう。そう考えれば辻褄も会ってくる。撫でまわされると迷惑と、クルテはその姉に言われたのかもしれない。でも……クルテの姉を撫で回したことになる。やっぱり居た堪れない。

 当のクルテはピエッチェたちの話にはまるで関心がないようだ。ピエッチェに寄り掛かりウトウトしている。

 とにかく『失われた王女』から話は遠ざかった。と、安心したのも束の間、
「失われた王女って、ローシェッタにもある話なんですか?」
カッチーが話を元に戻してしまった。

「ローシェッタ王家で王女が居なくなったってのは、聞いたことないですねぇ」
ラクティメシッスがごく普通に微笑んでカッチーに答え、訊き返した。
「何か気になりますか?」

「いえ、マデルのお姉さんを思い出したんです――マデリエンテ姫にお姉さんがいるなんて話は聞いたことがないなぁと思って」
「マデルに姉? クラデミステ卿は一男一女、チューデンベリとマデリエンテだけです」
するとマデルがハッとする。

「ごめん……カッチーが言ってるのはカインセンテスのことよね?」
「あなたの守役だったカインセンテス嬢? 随分前に駆け落ちしたって話でしたね」
「そうなの。デレドケの宿の息子と恋仲になって、わたし、手紙を貰ってたから知ってたんだけど誰にも内緒にしてたんだわ」

 なるほど、デレドケでセンシリケに宿を取られた夫婦、その妻は姉だとマデルが言ったのは妻の素性を隠すためか。ララティスチャングに戻ったマデルが一切姉のことを口にしないのは不思議だったが、失踪した姉はもとから居なかったことにされているのだろうと勝手に思っていた。失われた王女のことがあっての発想だが、カッチーも同じように考えたのだろう。

「それじゃあ、マデルのお姉さんじゃなかったんですね」
「そうなの、騙しちゃって悪かったわ。あの時はまだまだ警戒してたのよ――宿の権利を継承できないのは当たり前。だってわたし、他人だもの」
「そうだったんですね。マデルさんって太っ腹だなぁって思ってました」
カッチーは笑うが、クラデミステ卿の娘があんな宿を欲しがるはずもないと思うピエッチェだ。

 と、ラクティメシッスが急に姿を消した。
「連絡具に着信があったみたい――それも緊急。だから何も言わずに姿を消したの」
マデルがラクティメシッスの代わりに言い訳した。

 鍋を煮ている間に定時連絡は終わったはずだ。こんな夜中に何があった? ピエッチェがにわかに緊張した。
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