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19章 失われた王女
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カッチーからパンを受け取ってマデルが訊いた。
「茶葉は買えたの?」
カッチーがニッコリと答える。
「最初に行った金物屋で茶葉を売ってる店を聞いたら『茶葉ならあるぞ』って出してくれました」
「あの金物屋、なんでも屋って感じでしたね。他に塩や胡椒もありました。カッチー一人の分ってことじゃなければ必要なものは全部、揃えられたと思います」
カッチーの横でラクティメシッスが微笑んだ。
「あ、でも、水が足りるかな?」
革袋の水をケトルに注ぎ入れながらカッチーが心配する。するとクルテが
「水なら汲んどいたよ――少し向こうに湧き水があったから」
大きな革袋を出した。いったいいつの間にと思ったが、きっと魔法だ。追及する意味もない。
パンを食べ終えると、
「夕食は要らないかな?」
と言い出したラクティメシッス、腹ごしらえは充分だったようだ。 お茶のカップを配りながらマデルが笑う。
クルテは
「じゃあ、朝食の準備」
と言い出した。ムカゴを茹でるらしい。摘んできたムカゴを鍋に入れ、水を注いで火にかける。そこに何やら葉っぱを出してきた。
「ムカゴが煮えたら刻んで加えてスープにする。でもそれは朝でいい」
「鍋はこのままにしておくのか?」
「ラスティンが結界を張ってくれたから、獣も魔物も来ない。だから誰にも盗られない。火から降ろしておけば問題ない」
暫くすると芋の煮える匂いが漂い始めた。ピエッチェが『やっぱり芋なんだな』とヘンに感心している横で、カッチーの腹がグゥと鳴る。
「食べたいよね?」
クルテがニマッとカッチーを見る。
「えぇ、まぁ……」
羞恥で顔を赤くするカッチー、すると近くの藪で急にガサゴソと、けたたましい音がした。またもクルテがニマッとする。
「何か罠にかかった……きっとウサギ」
立ち上がって音のする方に行くクルテ、
「お嬢さん、結界の外ですよ?」
慌てるラクティメシッス、
「それじゃあ、少し広げて」
事も無げに言うクルテ、ラクティメシッスが苦笑いする。すぐさま立ち上がったピエッチェはクルテについていった。
掛かっていたのはクルテの予測通りウサギだった。まったく、いつの間に罠を仕掛けた? そのロープ、どうやって用意した? って、例のサックから出したのか。もう、笑うしかない。
「食うんだよな?」
念のために訊くピエッチェを見上げてクルテが答えた。
「血抜きしてぶつ切りにしてスープに入れて。皮と内臓はそのあたりに撒いとけば、森の生き物が始末してくれる」
あれ? それって、俺に捌けって? 思わず舌打ちするピエッチェ、剣の鞘でウサギの頭を殴った――
ラクティメシッスが言うとおり、やっぱりパンはほんの腹ごしらえにしかならなかった。やや遅い時刻になった夕食はウサギ肉とムカゴのスープ、刻んだ香草の緑色と香が食欲をそそる。
藪に隠れてウサギはぶつ切りにし、水洗いしてから持って行った。捌くところはマデルには見せないほうがいいだろう。
「ムカゴって、立派に芋の替わりに成ってます!」
立派な芋なのか、替わりなのか、よく判らないことを言うカッチー、腹も満たされニコニコだ。
マデルが
「ピエッチェって、ウサギを捌いたりもできるのね」
と感心する。カッチーも嬉しそうに食べながら
「これがウサギ肉ですか……味は鳥に似てますね。俺、鳥ならあるけどウサギは捌いたことないんです。そのうち教えてください」
とピエッチェを見る。ピエッチェとしては少し複雑だ。
「まぁ、またウサギを捕まえたらな」
とカッチーに答えてから
「狩りに行けば、自分でやるしかないからね」
と溜息を吐く。
「家臣も連れて行くんでしょ?」
「自分でできることは自分でやるのが基本だよ。それに……」
殺生は嫌いだと言ったカテロヘブに、もしも戦が起きた時、あるいは誰かに命を狙われた時、躊躇うことなく敵の命を奪えるように――狩りに行く目的を父王はそう言った。そして『奪った命は最大限に生かせよ』と言った。初めて狩りに連れて行かれた十二の時だった。
殺しておいて行かせだなんて、何を矛盾したことを、と思った。その日の最初の獲物はキジで父が仕留めた。キジはカテロヘブの目の前で首を落とされ血を抜かれ、羽根を毟られ内臓が引き出され、丸焼きにされた。
むごいと思った。キジが何をした? たまたまそこに居て、たまたま狩りに来た父の目に留まっただけだ。食えと言われたが心が痛んで無理だった。
『奇怪しなヤツだ。王宮で調理されたものをいつも食ってるじゃないか。それとどう違う?』
父が嘲笑する。
『他人に嫌な仕事をさせて、その恩恵にあずかっているだけでいいのか?』
それから穏やかに笑んだ。
『おまえの優しいところを愛している。その優しさを偽善にしないないためには、強さや厳しさも必要だと学んで欲しい』
再び促されて口にしたキジ肉の味は覚えていない。
「それに?」
口籠ってしまったピエッチェをマデルが覗き込む。
「ん……そうだね。命を奪ったのだから、最後まで面倒見なくちゃと思ってね」
今でも狩りは好きじゃない。だけど誘われれば断ってばかりもいられない。行けば獲物を狩るしかない。それに今回は、必要に迫られている。それでも命を奪うとき、心にチクリと何かが刺さる。だからこそ、食べる。それが義務だと思っている。出されたものは文句を言わずに食べるのと同じだ。
ピエッチェの隣で、スープに入ったムカゴを数えるのを諦めたクルテが言った。
「どう足掻いたって、行ったり来たり。どれを数えて、どれを数えてないか判らなくなる。だからもういいや――生きてる限り、他の命を貰わなきゃ生きていけない。だったらせめて無駄にしない」
「クルテ、それって数えなくてもいいんじゃないの?」
「どれくらいの命を貰ったか、数えたほうが実感がわく」
「そんなことしたら食べずらくなりませんか? 貰い過ぎてるんじゃないかって遠慮しちゃいます」
気まずげな顔になったのはカッチーだ。
「俺、少し食べるのを減らしたほうがいいような気がしてきました」
「それはダメ。健康じゃなきゃ、食べられた命の無駄使いになる」
「あぁ……うん、そうですよね! それにしても、ウサギ肉、旨いなぁ」
カッチー、切り替えの早さはおまえのいいところだよな。
それにしてもクルテ、おまえ、本当に俺の心が読めないのか? おまえは読めなくなったと言うけれど、今でもまるで俺の気持ちが判っていて言ってるんじゃないかって感じることがある。偶然? それとも、それほどおまえが俺を理解してるってことか?
「クルテが数えるのって、そんな意味があったんだ?」
マデルが驚いてクルテを見ている。クルテがはケロッと、
「それだけじゃないけどね」
と答えている。
「それだけじゃないなら、他にどんな理由があるの?」
「自己管理」
「何、それ?」
「自分にどれくらい食料が必要かが理解できるようになる」
「そんなこと考えて食べてるんだ?」
カッチーが
「俺なんか、腹いっぱい食べればいいって思ってます」
またも落ち込みそうだ。
クルテがチラリとカッチーを見る。
「満腹って感じたことない」
「何よ、クルテ。お腹いっぱいってないの?」
「うん、ない」
「って、いつもお腹いっぱいとかって言ってなかった?」
「言ってるだけ。食べ終わったらそう言わなきゃいけない気がする」
「何よ、それ?」
マデルの声に怒りを感じ、ピエッチェがイヤな予感に身構える。
「ピエッチェ! なんでクルテにこんなこと言わせるのよ?」
いや、俺が言わせたわけじゃない。
「マデル、食べ終わったとき、お腹いっぱいって言ったらダメなの?」
「そうじゃないけど、お腹いっぱいでもないのになんでよ? あんた、やけに少食だと思ってたけど、ピエッチェに遠慮して食べてないのね?」
いやいや、それは違うぞ、マデル。クルテが俺に遠慮なんかするもんか。
「食べたいものだけ食べるのはダメだから」
って、おい、クルテ? それだとやっぱり俺が言わせたってことになるのか? 確かに嫌いなものも食べられるようになれって言った覚えがなくもない。
「ピエッチェ! なんとか言いなさい!」
あぁあ、やっぱ、そうなるか……って、好きなものだけ食べてちゃダメって、マデルだって言ってたじゃないか。
「マデル、怒んないで」
「だって、クルテ。だからすぐにお腹が減るのよ。満腹になったことがないなんて……可哀想すぎるわ」
「でも、食べたくないんだもん」
「だって、満腹じゃないんでしょう?」
「それくらいにしておきなさい」
呆れたのはラクティメシッスだ。
「別にお嬢さんは飢餓状態でいるってわけじゃない。そう心配することでもないよ」
「でもラスティン。お腹いっぱい食べさせてあげたいわ」
「本人が満足してるんだから、他人がとやかく言えることではないよ」
「って、満腹じゃないのよ? 満足してるわけじゃないでしょう?」
ラクティメシッスがクスリと笑った。
「数えるって話を聞いてて思ったんだけどね。幾つ食べたいから、残りは幾つって、お嬢さんはよく言ってる。満腹よりも、幾つ食べたかでお嬢さんは満足するんじゃないのかな? それを他人は否定できないってことです――マデルだって、赤のほうが似合うって言われても、赤は好きじゃないから着たくないって言ってたことがあったんじゃなかった? それと同じですよ」
「でも……」
マデルは納得できないようだ。
さて、どうしたものか?
ラクティメシッスが窘めたから、マデルを否定できなくなった。ここで俺まで反対意見を言えば、マデルは立場がなくなってしまう。マデルが言うのももっともな事、ただそれを俺に言われてもなぁって思う。いや、俺が言われても仕方ないのか? 何しろ俺はクルテの保護者みたいなもんだ。
「まあさ、クルテ。少しずつでも食べる量を増やしていけ。でも、数は気にしなくってもいい。おまえの命は一つきりなんだから、幾つ食べようと維持できるのは一つ。そう考えると数なんか関係ないんだ。そうじゃないか?」
クルテがピエッチェを、いつものように見上げてじっと見た。
「わたしの命は一つ……誰でも一つ。でも、一つを維持するのは一つじゃない時もある――そうだね、さっきもウサギ一羽を五人で食べた。なんか納得」
ありゃ、意外とあっさり納得した。だけどきっと、食べる量はすぐに変わったりしないだろう。それに数えるのもやめなさそうだ。
クルッと視線を動かしたクルテが今度はマデルを見た。
「心配かけちゃった。マデル、ごめんね」
戸惑うのはマデルだ。ラクティメシッスに言わせれば、マデルの心配はお節介でしかない。
「ううん――そうよね、クルテにはクルテのペースってものがあるよね」
謝られれば、自分は悪くないと感じていても謝ってしまうのが人情か? 相手に好意を持っていれば余計にそうなる……ラクティメシッスがさりげなく視線を外し、少しだけ笑んだ。
「茶葉は買えたの?」
カッチーがニッコリと答える。
「最初に行った金物屋で茶葉を売ってる店を聞いたら『茶葉ならあるぞ』って出してくれました」
「あの金物屋、なんでも屋って感じでしたね。他に塩や胡椒もありました。カッチー一人の分ってことじゃなければ必要なものは全部、揃えられたと思います」
カッチーの横でラクティメシッスが微笑んだ。
「あ、でも、水が足りるかな?」
革袋の水をケトルに注ぎ入れながらカッチーが心配する。するとクルテが
「水なら汲んどいたよ――少し向こうに湧き水があったから」
大きな革袋を出した。いったいいつの間にと思ったが、きっと魔法だ。追及する意味もない。
パンを食べ終えると、
「夕食は要らないかな?」
と言い出したラクティメシッス、腹ごしらえは充分だったようだ。 お茶のカップを配りながらマデルが笑う。
クルテは
「じゃあ、朝食の準備」
と言い出した。ムカゴを茹でるらしい。摘んできたムカゴを鍋に入れ、水を注いで火にかける。そこに何やら葉っぱを出してきた。
「ムカゴが煮えたら刻んで加えてスープにする。でもそれは朝でいい」
「鍋はこのままにしておくのか?」
「ラスティンが結界を張ってくれたから、獣も魔物も来ない。だから誰にも盗られない。火から降ろしておけば問題ない」
暫くすると芋の煮える匂いが漂い始めた。ピエッチェが『やっぱり芋なんだな』とヘンに感心している横で、カッチーの腹がグゥと鳴る。
「食べたいよね?」
クルテがニマッとカッチーを見る。
「えぇ、まぁ……」
羞恥で顔を赤くするカッチー、すると近くの藪で急にガサゴソと、けたたましい音がした。またもクルテがニマッとする。
「何か罠にかかった……きっとウサギ」
立ち上がって音のする方に行くクルテ、
「お嬢さん、結界の外ですよ?」
慌てるラクティメシッス、
「それじゃあ、少し広げて」
事も無げに言うクルテ、ラクティメシッスが苦笑いする。すぐさま立ち上がったピエッチェはクルテについていった。
掛かっていたのはクルテの予測通りウサギだった。まったく、いつの間に罠を仕掛けた? そのロープ、どうやって用意した? って、例のサックから出したのか。もう、笑うしかない。
「食うんだよな?」
念のために訊くピエッチェを見上げてクルテが答えた。
「血抜きしてぶつ切りにしてスープに入れて。皮と内臓はそのあたりに撒いとけば、森の生き物が始末してくれる」
あれ? それって、俺に捌けって? 思わず舌打ちするピエッチェ、剣の鞘でウサギの頭を殴った――
ラクティメシッスが言うとおり、やっぱりパンはほんの腹ごしらえにしかならなかった。やや遅い時刻になった夕食はウサギ肉とムカゴのスープ、刻んだ香草の緑色と香が食欲をそそる。
藪に隠れてウサギはぶつ切りにし、水洗いしてから持って行った。捌くところはマデルには見せないほうがいいだろう。
「ムカゴって、立派に芋の替わりに成ってます!」
立派な芋なのか、替わりなのか、よく判らないことを言うカッチー、腹も満たされニコニコだ。
マデルが
「ピエッチェって、ウサギを捌いたりもできるのね」
と感心する。カッチーも嬉しそうに食べながら
「これがウサギ肉ですか……味は鳥に似てますね。俺、鳥ならあるけどウサギは捌いたことないんです。そのうち教えてください」
とピエッチェを見る。ピエッチェとしては少し複雑だ。
「まぁ、またウサギを捕まえたらな」
とカッチーに答えてから
「狩りに行けば、自分でやるしかないからね」
と溜息を吐く。
「家臣も連れて行くんでしょ?」
「自分でできることは自分でやるのが基本だよ。それに……」
殺生は嫌いだと言ったカテロヘブに、もしも戦が起きた時、あるいは誰かに命を狙われた時、躊躇うことなく敵の命を奪えるように――狩りに行く目的を父王はそう言った。そして『奪った命は最大限に生かせよ』と言った。初めて狩りに連れて行かれた十二の時だった。
殺しておいて行かせだなんて、何を矛盾したことを、と思った。その日の最初の獲物はキジで父が仕留めた。キジはカテロヘブの目の前で首を落とされ血を抜かれ、羽根を毟られ内臓が引き出され、丸焼きにされた。
むごいと思った。キジが何をした? たまたまそこに居て、たまたま狩りに来た父の目に留まっただけだ。食えと言われたが心が痛んで無理だった。
『奇怪しなヤツだ。王宮で調理されたものをいつも食ってるじゃないか。それとどう違う?』
父が嘲笑する。
『他人に嫌な仕事をさせて、その恩恵にあずかっているだけでいいのか?』
それから穏やかに笑んだ。
『おまえの優しいところを愛している。その優しさを偽善にしないないためには、強さや厳しさも必要だと学んで欲しい』
再び促されて口にしたキジ肉の味は覚えていない。
「それに?」
口籠ってしまったピエッチェをマデルが覗き込む。
「ん……そうだね。命を奪ったのだから、最後まで面倒見なくちゃと思ってね」
今でも狩りは好きじゃない。だけど誘われれば断ってばかりもいられない。行けば獲物を狩るしかない。それに今回は、必要に迫られている。それでも命を奪うとき、心にチクリと何かが刺さる。だからこそ、食べる。それが義務だと思っている。出されたものは文句を言わずに食べるのと同じだ。
ピエッチェの隣で、スープに入ったムカゴを数えるのを諦めたクルテが言った。
「どう足掻いたって、行ったり来たり。どれを数えて、どれを数えてないか判らなくなる。だからもういいや――生きてる限り、他の命を貰わなきゃ生きていけない。だったらせめて無駄にしない」
「クルテ、それって数えなくてもいいんじゃないの?」
「どれくらいの命を貰ったか、数えたほうが実感がわく」
「そんなことしたら食べずらくなりませんか? 貰い過ぎてるんじゃないかって遠慮しちゃいます」
気まずげな顔になったのはカッチーだ。
「俺、少し食べるのを減らしたほうがいいような気がしてきました」
「それはダメ。健康じゃなきゃ、食べられた命の無駄使いになる」
「あぁ……うん、そうですよね! それにしても、ウサギ肉、旨いなぁ」
カッチー、切り替えの早さはおまえのいいところだよな。
それにしてもクルテ、おまえ、本当に俺の心が読めないのか? おまえは読めなくなったと言うけれど、今でもまるで俺の気持ちが判っていて言ってるんじゃないかって感じることがある。偶然? それとも、それほどおまえが俺を理解してるってことか?
「クルテが数えるのって、そんな意味があったんだ?」
マデルが驚いてクルテを見ている。クルテがはケロッと、
「それだけじゃないけどね」
と答えている。
「それだけじゃないなら、他にどんな理由があるの?」
「自己管理」
「何、それ?」
「自分にどれくらい食料が必要かが理解できるようになる」
「そんなこと考えて食べてるんだ?」
カッチーが
「俺なんか、腹いっぱい食べればいいって思ってます」
またも落ち込みそうだ。
クルテがチラリとカッチーを見る。
「満腹って感じたことない」
「何よ、クルテ。お腹いっぱいってないの?」
「うん、ない」
「って、いつもお腹いっぱいとかって言ってなかった?」
「言ってるだけ。食べ終わったらそう言わなきゃいけない気がする」
「何よ、それ?」
マデルの声に怒りを感じ、ピエッチェがイヤな予感に身構える。
「ピエッチェ! なんでクルテにこんなこと言わせるのよ?」
いや、俺が言わせたわけじゃない。
「マデル、食べ終わったとき、お腹いっぱいって言ったらダメなの?」
「そうじゃないけど、お腹いっぱいでもないのになんでよ? あんた、やけに少食だと思ってたけど、ピエッチェに遠慮して食べてないのね?」
いやいや、それは違うぞ、マデル。クルテが俺に遠慮なんかするもんか。
「食べたいものだけ食べるのはダメだから」
って、おい、クルテ? それだとやっぱり俺が言わせたってことになるのか? 確かに嫌いなものも食べられるようになれって言った覚えがなくもない。
「ピエッチェ! なんとか言いなさい!」
あぁあ、やっぱ、そうなるか……って、好きなものだけ食べてちゃダメって、マデルだって言ってたじゃないか。
「マデル、怒んないで」
「だって、クルテ。だからすぐにお腹が減るのよ。満腹になったことがないなんて……可哀想すぎるわ」
「でも、食べたくないんだもん」
「だって、満腹じゃないんでしょう?」
「それくらいにしておきなさい」
呆れたのはラクティメシッスだ。
「別にお嬢さんは飢餓状態でいるってわけじゃない。そう心配することでもないよ」
「でもラスティン。お腹いっぱい食べさせてあげたいわ」
「本人が満足してるんだから、他人がとやかく言えることではないよ」
「って、満腹じゃないのよ? 満足してるわけじゃないでしょう?」
ラクティメシッスがクスリと笑った。
「数えるって話を聞いてて思ったんだけどね。幾つ食べたいから、残りは幾つって、お嬢さんはよく言ってる。満腹よりも、幾つ食べたかでお嬢さんは満足するんじゃないのかな? それを他人は否定できないってことです――マデルだって、赤のほうが似合うって言われても、赤は好きじゃないから着たくないって言ってたことがあったんじゃなかった? それと同じですよ」
「でも……」
マデルは納得できないようだ。
さて、どうしたものか?
ラクティメシッスが窘めたから、マデルを否定できなくなった。ここで俺まで反対意見を言えば、マデルは立場がなくなってしまう。マデルが言うのももっともな事、ただそれを俺に言われてもなぁって思う。いや、俺が言われても仕方ないのか? 何しろ俺はクルテの保護者みたいなもんだ。
「まあさ、クルテ。少しずつでも食べる量を増やしていけ。でも、数は気にしなくってもいい。おまえの命は一つきりなんだから、幾つ食べようと維持できるのは一つ。そう考えると数なんか関係ないんだ。そうじゃないか?」
クルテがピエッチェを、いつものように見上げてじっと見た。
「わたしの命は一つ……誰でも一つ。でも、一つを維持するのは一つじゃない時もある――そうだね、さっきもウサギ一羽を五人で食べた。なんか納得」
ありゃ、意外とあっさり納得した。だけどきっと、食べる量はすぐに変わったりしないだろう。それに数えるのもやめなさそうだ。
クルッと視線を動かしたクルテが今度はマデルを見た。
「心配かけちゃった。マデル、ごめんね」
戸惑うのはマデルだ。ラクティメシッスに言わせれば、マデルの心配はお節介でしかない。
「ううん――そうよね、クルテにはクルテのペースってものがあるよね」
謝られれば、自分は悪くないと感じていても謝ってしまうのが人情か? 相手に好意を持っていれば余計にそうなる……ラクティメシッスがさりげなく視線を外し、少しだけ笑んだ。
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