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21章 語られる愛
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サワーフルドが提供してくれた料理は絶品だった。
「このクリームシチュー、いったいどうやって作ったのかしら? 教えて欲しいわ」
チラリとクルテを見て、マデルが呟く。クルテはオレンジの房を小分けにするのが忙しく、気付いていなさそうだ。クルテなら、ひょっとしたらサワーフルドに取り次げるのではないか? マデルはそう期待していそうだ。
サワーフルドはクルテが『充分』と答えてからは何も話しかけて来なくなった。近くにはいないだろう。気配が消えたのをピエッチェは感じている。
「きっと、使ってる乳がウシやヤギじゃないんです」
カッチーがシチューをじっくり味わいながらマデルに言った。
「何かハーブとかスパイスも使ってますよね。肉もキジに似てるけど違う気がしますし」
するとボソッとクルテが言った。
「肉はホロホロ鳥、乳はシカ、ハーブはタイムとシナモン……たぶん」
あらら、ホロホロ鳥は卵を食われたうえに、本人(鳥?)も食われたってことか。って、卵をくれた個体と食われた個体が同じとは限らない。
「ホロホロ鳥って?」
マデルが訊くと
「さっき見かけたから言っただけ。シカも居たし、ハーブも生えてた。ねぇ、オレンジ数えるから邪魔しないで」
答えたものの、次のオレンジの外皮を剥き始めたクルテ、これで四つ目だ。前に置いた皿にはオレンジの房が山盛りになっている。
ニヤニヤと、話を聞いていたラクティメシッスが
「ずいぶん効率よく食材を使ったって感じがしますね」
薄切り肉のソテーを口に運ぶ。
「この肉はシカですよ……ソースからはオレンジの風味がします」
「まぁ? それじゃあ乳を搾ってから潰したのかしら?」
マデルが気の毒そうな目でソテーを見る。ラクティメシッスが吹き出し、カッチーが
「いや、マデルさん。きっと違うシカだと思います」
真面目な顔で言った。
「乳を搾れるってことは仔がいるはず……森の女神は母シカを仔から奪わないと思います」
「あぁ、そうですね。カッチーの言うとおりだと思います」
マデルに睨まれて笑いを引っ込めたラクティメシッスがカッチーに頷く。
「しかし、山の生き物を料理してまで提供してくれるなんて、わたしたちはサワーフルドに歓迎されているのかな?」
「あら、歓迎されてるのはピエッチェよ。わたしたちはご相伴に預かってるの」
「そうだったのか!」
またも笑いそうになったラクティメシッスが、慌てて笑いを引っ込める。腰痛のせいか、マデルはなんだかいつもよりも怒りっぽい。
ようやくオレンジの房わけが終わったクルテがムッとする。
「全部で四十二房ある……一人八房、余りの二房はわたしとカッチー」
「なんだか不満そうだな?」
ピエッチェが訊くと、
「十房ずつにしたかった。でも、もう剥くの、飽きた」
作業する手を止めず答えるクルテ、
「それじゃあ、俺が剥くよ」
ピエッチェが手つかずのオレンジに手を伸ばす。オレンジは残り五個だ。
「ううん、それは明日の朝でいい――その時は一人一個、自分の分は自分で剥く」
「でもクルテ、日の出とともに消えちぇうんじゃ?」
「それは食器のこと。で、料理も食器に残ってると一緒に消えちゃう。テーブルの上を片付けるって意味」
そうだったんだ?
「それじゃあ、パンも退かしておきますか?」
カッチーが訊くと、
「あとで紙袋を出す」
オレンジの小鉢を配りながら答えるクルテ、ピエッチェが
「俺の分から食べたいだけとっていいぞ」
と言えば、ニマッと嬉しそうに見上げるクルテ、ラクティメシッスとカッチーはニヤッとしただけだったが、マデルは
「また甘やかしてる」
とピエッチェを睨みつけた。が、
「うん、きっと甘い」
クルテには通じなかった。マデルもそれ以上は何も言わなかった。
ピエッチェから二房貰い、オレンジを十房、あとはトマトをモリモリ食べてパンを一個、クルテはシチューとシカ肉のソテーには手をつけなかった。
肉も食ったらどうだ? と言うピエッチェに
「さっきウサギ肉、食べた」
クルテが拗ねる。お腹いっぱい。食べなきゃダメ? と見上げられれば、ダメだとは言えない。
「明日は日の出とともに行動開始ですか?」
気を利かせたのか、ラクティメシッスが話を変えた。
さて、どうしよう? ここに長居する必要なんかない。けれど日の出とともにじゃ早すぎないか? しっかり疲れが取れるだろうか?
「そこまで早起きしなくてもいいじゃん」
そう言ったのはクルテ、
「明日は馬車が使えない。デネパリエルの手前まで徒歩……せっかくベッドで休めるんだから、しっかり疲れを取ったほうがいい」
ピエッチェと同意見のようだ。
「朝食はどうするんですか?」
カッチーの心配は食事だ。クルテがニマッとする。
「朝にはまた、サワーフルドが用意する。今ある食器を下げて、新しいのを出してくれる」
うむ、まさしく至れり尽くせりだ。
「バスには生姜と甘草を入れるって言ってた」
「それって食べものじゃなかった?」
「食べられるからって、バスに入れちゃダメってえこともない――身体が温まって血行が良くなる。マデル、腰痛が少しでも良くなるといいね」
いやいやいや、サワーフルドがここまでしてくれるとは。追加料金を請求されそうな勢いだぞ? まぁ、女神が金品を要求するはずがない。あるとしたら、また魔物を退治しろとかか? 大蛇ってことはないだろうな? 森の感じから、巨大クマならいそうだ。
ラクティメシッスがチラリとクルテを見る。
「それって、お嬢さんが女神に頼んでくれたんですか?」
「ううん、森を歩くマデルを見て、サワーフルドが思いついたみたい。わたしもジンジャーをバスに入れるなんて知らなかったもん。乾燥したローズマリーとかなら使ったことあるけど」
「あぁ、それならわたしもありますよ。って、お嬢さんは今もサワーフルドと交信してるんですか?」
「ううん。もうね、どっか行っちゃった。森の中を見回ってるのかも」
ジョーンキで双頭の巨大イーグルと八頭の巨大ヘビの相手をしたのは女神の依頼だった、なんてラクティメシッスたちは知らない。依頼と言うより強要、夜になると現れる魔物に合わせ、日没まで魔法を無効化されて足止めされた。謝礼は女神の祝福だった……女神の依頼と報酬は、依頼のほうがウンと面倒だ。これほどの持て成しをしてくれるサワーフルドは、いったい何を要求してくるのか? 冷や冷やしているピエッチェだ。純粋な好意と思えない。
「見回りに行くって、女神から言われた?」
クルテを構うラクティメシッスは楽しそうだ。面白がってるって言ったほうが当たってるか。
「うん、お手伝いの報酬をまだ渡してない。だから行くって言ってた」
「お手伝い?」
「料理作るの手伝って貰ったって。ま、ホロホロ鳥やシカのリーダーに何かお礼をするんじゃないかな?」
おい! それって、お手伝いじゃなくって生贄を捧げさせたってことだよな?
ラクティメシッスもピエッチェと同じように感じたのだろう。ちょっとギョッとした表情、けれど急に真面目な顔になり、
「連絡具が騒いでます。ちょっと失礼」
姿を消した。
「定時連絡にしては早い時刻ね」
心配そうなマデルにクルテがニマッとする。
「バスを使ってきちゃったら?」
迷うマデル、急に入った連絡が気になるのだろう。けれど
「そうね……そうしようかな」
と立ち上がる。そこにラクティメシッスの声、
「ちょっと待って!」
姿を現すことなくマデルを引き留める。
「クラデミステ卿に、何か調査依頼をしましたか? その報告があるそうです」
早口でまくし立てるラクティメシッスに困惑するマデル、
「えぇ、確かにお願いしてる件があるけど……」
チラッとカッチーを見た。
クラデミステ卿はローシェッタ王家魔法使い総帥だ。そんな大物に調査依頼? でもまぁ、マデルからしてみれば父親、依頼しやすかったのかもしれない。気になるのはマデルがカッチーを盗み見たことだ。カッチーに関係することを調べて貰ったんだろうか?
それきり何も言わないラクティメシッス、マデルは腰を落ち着けてしまった。
「じゃあさ、カッチー、先に入ったら?」
「クルテさん、俺が先ってわけにはいきませんって」
自分が一番格下と思っているカッチーが遠慮する。
「いいから先に入れ。バスルームが欲しいって言ったのはおまえだ」
いくぶん命令口調のピエッチェ、
「ゆっくり浸かって、身体の汚れと疲れをたっぷり落としてこい」
ニヤッと笑う。
「俺、ひょっとして匂ってますか?」
自分の匂いを嗅ぐカッチー、マデルまで
「遠慮するなってことよ。早く行っておいで」
と微笑めば結局、嬉しそうにバスルームに向かった。
ラクティメシッスはなかなか姿を現さない。声も全く聞こえない。マデルを引き留めるためだけに一時的に解いたが、今はまた遮蔽の中だ。それでもこちらの音は聞こえているのだろう。
カッチーをバスルームに行かせてからはこちらもダンマリだ。マデルは何を調査していたのだろう? 気にはなるが訊きずらいし、どうせならマデルがクラデミステ卿と話してからのほうがよさそうだ。
マデルにしても気拙いのだろう。何か言いかけてはやめてしまう。挙動不審なマデルに気が付いているだろうに、クルテも何も言わずにニマニマと……ニマニマしながらウトウトしている。寝たふりかよ、おいっ!?
とうとうマデルが溜息を吐いた。ラクティメシッスが姿を現したのはその直後だ。
「結果は直接あなたに話したいそうです」
二枚貝の連絡具をマデルに渡すラクティメシッスの顔は険しい。
「そんなに怖い顔して……どんな結果だったの?」
受け取るのを躊躇うマデルに、
「えっ? いや、あなたが依頼した件については何も聞いてないんです。いいから受け取りなさい。父上が待ってますよ」
ラクティメシッスが表情を和らげる。パパが? 不思議そうな顔をしたものの連絡具を受け取るマデル、他の三人に背を向けて話し始める。
「それで、どうだったの?」
それを見てからラクティメシッスがピエッチェに向き直った。
「とんでもないことが起きました」
姿を現した直後に輪をかけて厳しい顔だ。
とんでもないことが起きた? いったい何があった? ピエッチェが緊張する。マデルの調査とは関係ないならカッチーのことではない。一瞬、ローシェッタ国王が逝去したかと思ったが、だったら『起きた』とは言わない。
「まさかこんなことになるとは……相手が老女と油断していたようです」
ラクティメシッスは苦虫を噛み潰したような顔だ。しかし……老女ってなんの話だ?
そして吐き捨てるように言った。
「ジランチェニシスが殺されました」
ジランチェニシス……確かクラデミステ卿が預かって、別宅に監視をつけて幽閉していたはずだ。
続くラクティメシッスの言葉にピエッチェが息を飲む。
「犯人はノホメです」
クルテがスッと頭を上げた――
「このクリームシチュー、いったいどうやって作ったのかしら? 教えて欲しいわ」
チラリとクルテを見て、マデルが呟く。クルテはオレンジの房を小分けにするのが忙しく、気付いていなさそうだ。クルテなら、ひょっとしたらサワーフルドに取り次げるのではないか? マデルはそう期待していそうだ。
サワーフルドはクルテが『充分』と答えてからは何も話しかけて来なくなった。近くにはいないだろう。気配が消えたのをピエッチェは感じている。
「きっと、使ってる乳がウシやヤギじゃないんです」
カッチーがシチューをじっくり味わいながらマデルに言った。
「何かハーブとかスパイスも使ってますよね。肉もキジに似てるけど違う気がしますし」
するとボソッとクルテが言った。
「肉はホロホロ鳥、乳はシカ、ハーブはタイムとシナモン……たぶん」
あらら、ホロホロ鳥は卵を食われたうえに、本人(鳥?)も食われたってことか。って、卵をくれた個体と食われた個体が同じとは限らない。
「ホロホロ鳥って?」
マデルが訊くと
「さっき見かけたから言っただけ。シカも居たし、ハーブも生えてた。ねぇ、オレンジ数えるから邪魔しないで」
答えたものの、次のオレンジの外皮を剥き始めたクルテ、これで四つ目だ。前に置いた皿にはオレンジの房が山盛りになっている。
ニヤニヤと、話を聞いていたラクティメシッスが
「ずいぶん効率よく食材を使ったって感じがしますね」
薄切り肉のソテーを口に運ぶ。
「この肉はシカですよ……ソースからはオレンジの風味がします」
「まぁ? それじゃあ乳を搾ってから潰したのかしら?」
マデルが気の毒そうな目でソテーを見る。ラクティメシッスが吹き出し、カッチーが
「いや、マデルさん。きっと違うシカだと思います」
真面目な顔で言った。
「乳を搾れるってことは仔がいるはず……森の女神は母シカを仔から奪わないと思います」
「あぁ、そうですね。カッチーの言うとおりだと思います」
マデルに睨まれて笑いを引っ込めたラクティメシッスがカッチーに頷く。
「しかし、山の生き物を料理してまで提供してくれるなんて、わたしたちはサワーフルドに歓迎されているのかな?」
「あら、歓迎されてるのはピエッチェよ。わたしたちはご相伴に預かってるの」
「そうだったのか!」
またも笑いそうになったラクティメシッスが、慌てて笑いを引っ込める。腰痛のせいか、マデルはなんだかいつもよりも怒りっぽい。
ようやくオレンジの房わけが終わったクルテがムッとする。
「全部で四十二房ある……一人八房、余りの二房はわたしとカッチー」
「なんだか不満そうだな?」
ピエッチェが訊くと、
「十房ずつにしたかった。でも、もう剥くの、飽きた」
作業する手を止めず答えるクルテ、
「それじゃあ、俺が剥くよ」
ピエッチェが手つかずのオレンジに手を伸ばす。オレンジは残り五個だ。
「ううん、それは明日の朝でいい――その時は一人一個、自分の分は自分で剥く」
「でもクルテ、日の出とともに消えちぇうんじゃ?」
「それは食器のこと。で、料理も食器に残ってると一緒に消えちゃう。テーブルの上を片付けるって意味」
そうだったんだ?
「それじゃあ、パンも退かしておきますか?」
カッチーが訊くと、
「あとで紙袋を出す」
オレンジの小鉢を配りながら答えるクルテ、ピエッチェが
「俺の分から食べたいだけとっていいぞ」
と言えば、ニマッと嬉しそうに見上げるクルテ、ラクティメシッスとカッチーはニヤッとしただけだったが、マデルは
「また甘やかしてる」
とピエッチェを睨みつけた。が、
「うん、きっと甘い」
クルテには通じなかった。マデルもそれ以上は何も言わなかった。
ピエッチェから二房貰い、オレンジを十房、あとはトマトをモリモリ食べてパンを一個、クルテはシチューとシカ肉のソテーには手をつけなかった。
肉も食ったらどうだ? と言うピエッチェに
「さっきウサギ肉、食べた」
クルテが拗ねる。お腹いっぱい。食べなきゃダメ? と見上げられれば、ダメだとは言えない。
「明日は日の出とともに行動開始ですか?」
気を利かせたのか、ラクティメシッスが話を変えた。
さて、どうしよう? ここに長居する必要なんかない。けれど日の出とともにじゃ早すぎないか? しっかり疲れが取れるだろうか?
「そこまで早起きしなくてもいいじゃん」
そう言ったのはクルテ、
「明日は馬車が使えない。デネパリエルの手前まで徒歩……せっかくベッドで休めるんだから、しっかり疲れを取ったほうがいい」
ピエッチェと同意見のようだ。
「朝食はどうするんですか?」
カッチーの心配は食事だ。クルテがニマッとする。
「朝にはまた、サワーフルドが用意する。今ある食器を下げて、新しいのを出してくれる」
うむ、まさしく至れり尽くせりだ。
「バスには生姜と甘草を入れるって言ってた」
「それって食べものじゃなかった?」
「食べられるからって、バスに入れちゃダメってえこともない――身体が温まって血行が良くなる。マデル、腰痛が少しでも良くなるといいね」
いやいやいや、サワーフルドがここまでしてくれるとは。追加料金を請求されそうな勢いだぞ? まぁ、女神が金品を要求するはずがない。あるとしたら、また魔物を退治しろとかか? 大蛇ってことはないだろうな? 森の感じから、巨大クマならいそうだ。
ラクティメシッスがチラリとクルテを見る。
「それって、お嬢さんが女神に頼んでくれたんですか?」
「ううん、森を歩くマデルを見て、サワーフルドが思いついたみたい。わたしもジンジャーをバスに入れるなんて知らなかったもん。乾燥したローズマリーとかなら使ったことあるけど」
「あぁ、それならわたしもありますよ。って、お嬢さんは今もサワーフルドと交信してるんですか?」
「ううん。もうね、どっか行っちゃった。森の中を見回ってるのかも」
ジョーンキで双頭の巨大イーグルと八頭の巨大ヘビの相手をしたのは女神の依頼だった、なんてラクティメシッスたちは知らない。依頼と言うより強要、夜になると現れる魔物に合わせ、日没まで魔法を無効化されて足止めされた。謝礼は女神の祝福だった……女神の依頼と報酬は、依頼のほうがウンと面倒だ。これほどの持て成しをしてくれるサワーフルドは、いったい何を要求してくるのか? 冷や冷やしているピエッチェだ。純粋な好意と思えない。
「見回りに行くって、女神から言われた?」
クルテを構うラクティメシッスは楽しそうだ。面白がってるって言ったほうが当たってるか。
「うん、お手伝いの報酬をまだ渡してない。だから行くって言ってた」
「お手伝い?」
「料理作るの手伝って貰ったって。ま、ホロホロ鳥やシカのリーダーに何かお礼をするんじゃないかな?」
おい! それって、お手伝いじゃなくって生贄を捧げさせたってことだよな?
ラクティメシッスもピエッチェと同じように感じたのだろう。ちょっとギョッとした表情、けれど急に真面目な顔になり、
「連絡具が騒いでます。ちょっと失礼」
姿を消した。
「定時連絡にしては早い時刻ね」
心配そうなマデルにクルテがニマッとする。
「バスを使ってきちゃったら?」
迷うマデル、急に入った連絡が気になるのだろう。けれど
「そうね……そうしようかな」
と立ち上がる。そこにラクティメシッスの声、
「ちょっと待って!」
姿を現すことなくマデルを引き留める。
「クラデミステ卿に、何か調査依頼をしましたか? その報告があるそうです」
早口でまくし立てるラクティメシッスに困惑するマデル、
「えぇ、確かにお願いしてる件があるけど……」
チラッとカッチーを見た。
クラデミステ卿はローシェッタ王家魔法使い総帥だ。そんな大物に調査依頼? でもまぁ、マデルからしてみれば父親、依頼しやすかったのかもしれない。気になるのはマデルがカッチーを盗み見たことだ。カッチーに関係することを調べて貰ったんだろうか?
それきり何も言わないラクティメシッス、マデルは腰を落ち着けてしまった。
「じゃあさ、カッチー、先に入ったら?」
「クルテさん、俺が先ってわけにはいきませんって」
自分が一番格下と思っているカッチーが遠慮する。
「いいから先に入れ。バスルームが欲しいって言ったのはおまえだ」
いくぶん命令口調のピエッチェ、
「ゆっくり浸かって、身体の汚れと疲れをたっぷり落としてこい」
ニヤッと笑う。
「俺、ひょっとして匂ってますか?」
自分の匂いを嗅ぐカッチー、マデルまで
「遠慮するなってことよ。早く行っておいで」
と微笑めば結局、嬉しそうにバスルームに向かった。
ラクティメシッスはなかなか姿を現さない。声も全く聞こえない。マデルを引き留めるためだけに一時的に解いたが、今はまた遮蔽の中だ。それでもこちらの音は聞こえているのだろう。
カッチーをバスルームに行かせてからはこちらもダンマリだ。マデルは何を調査していたのだろう? 気にはなるが訊きずらいし、どうせならマデルがクラデミステ卿と話してからのほうがよさそうだ。
マデルにしても気拙いのだろう。何か言いかけてはやめてしまう。挙動不審なマデルに気が付いているだろうに、クルテも何も言わずにニマニマと……ニマニマしながらウトウトしている。寝たふりかよ、おいっ!?
とうとうマデルが溜息を吐いた。ラクティメシッスが姿を現したのはその直後だ。
「結果は直接あなたに話したいそうです」
二枚貝の連絡具をマデルに渡すラクティメシッスの顔は険しい。
「そんなに怖い顔して……どんな結果だったの?」
受け取るのを躊躇うマデルに、
「えっ? いや、あなたが依頼した件については何も聞いてないんです。いいから受け取りなさい。父上が待ってますよ」
ラクティメシッスが表情を和らげる。パパが? 不思議そうな顔をしたものの連絡具を受け取るマデル、他の三人に背を向けて話し始める。
「それで、どうだったの?」
それを見てからラクティメシッスがピエッチェに向き直った。
「とんでもないことが起きました」
姿を現した直後に輪をかけて厳しい顔だ。
とんでもないことが起きた? いったい何があった? ピエッチェが緊張する。マデルの調査とは関係ないならカッチーのことではない。一瞬、ローシェッタ国王が逝去したかと思ったが、だったら『起きた』とは言わない。
「まさかこんなことになるとは……相手が老女と油断していたようです」
ラクティメシッスは苦虫を噛み潰したような顔だ。しかし……老女ってなんの話だ?
そして吐き捨てるように言った。
「ジランチェニシスが殺されました」
ジランチェニシス……確かクラデミステ卿が預かって、別宅に監視をつけて幽閉していたはずだ。
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「犯人はノホメです」
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