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22章 王都カッテンクリュードへ
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その日、ザジリレン国王宮は夜通し慌ただしさが消えなかった。日も暮れたころ、隣国ローシェッタの使者が公式書簡を持参したからだ。その書簡には王太子ラクティメシッスのザジリレン王宮訪問の日にちが書かれていた。それは明日に迫っていた。
ローシェッタ国に対して宣戦布告しているザジリレン国である。その相手国の王太子の来訪など、青天の霹靂と言っていい。しかも、正式訪問となれば受け入れるのなら国賓扱いしないわけにもいかず、だがそんな準備はできていない。慌てもする。深夜にも関わらず重臣たちが王宮に集められ、対応が協議された。
そもそもローシェッタの王太子を受け入れて良いのか? 国王カテロヘブが所在不明となって以来、いつの間にか発言力を強めたゴランデ卿が険しい声で言う。
「国境の警備はどうなってるんだ? どうしてローシェッタ国王太子が国内に入り込んだのに気付かなかった?」
ローシェッタ国からはザジリレン国のどこから入国しても、カッテンクリュードまでどんなに急いでも三日はかかる。二日前には入国しているはずだ。
ザジリレン国軍総督モバナコット卿が鼻で笑う。
「街道ではなく山を越えて入国したんでしょう――警備隊を置いているのは街道のみです。しかもローシェッタ国を警戒するなんて今まではなかったことです。さらに、いきなりの開戦で軍勢を整えるのが先と、辺鄙な地方には兵を割いておりません」
発言内容はモバナコット卿の反対を押し切ってゴランデ卿が進めた政策の中のいくつかだ。要は皮肉ったわけだ。
ムッと苦い顔のゴランデ卿、だがすぐにニヤリと笑う。
「それだけではありますまい――国軍総帥代理がもっとしっかり働いていれば、こんなことにはならなかった。計画通りローシェッタ国に攻め込んでいれば、あの国も王太子を寄越すなんてことはなかったはずだ」
「これは異なことを……そもそも無茶な計画、なんの準備もないのに攻め込めと言われて躊躇わない軍人はいない。勝てる見込みが立たないうちは、動かないのが肝要。それを無視して宣戦布告したこと自体が失策だ。幸いローシェッタ国は懸命だった。宣戦布告など無視して、聞き流してくれた」
「モバナコット卿はローシェッタ国の味方をするか? 国家反逆罪だぞ!」
「これはまた無礼な。国家と仰るが、国王不在をいいことに、なんの権限もないあなたがここに居ることこそ反逆罪に値するのでは?」
「カテロヘブ王は王位を放棄した。でなければ既にご落命。未だ姿を見せないのがその証拠」
喚くゴランデ卿に、モバナコット卿が冷ややかに告げた。
「ローシェッタ国からの書簡をお読みになったでしょうが! 王太子の来訪目的はカテロヘブ王を護衛して我が国に送り届けること――それなのにゴランデ卿、あなたはカテロヘブ王の存命を疑うのか?」
モバナコット卿の厳格さに気圧されそうになるが、
「そ……そんなこと、信用できるものか!」
負けじとばかり声を荒げたゴランデ卿だ。
「カテロヘブ王を連れていると言えば、王都や王宮に入り込めると踏んだのだろう。誰も連れてこないか、連れてきたところで偽物だ」
負け惜しみの匂いがしなくもない。
「さぁ、どうでしょう? どちらにしてもローシェッタ国王太子が到着すれば明らかになる――我らは国威を失しないよう準備をしておかなくてはなりません」
「受け入れるつもりなのか!? 馬鹿を言ってるんじゃない! だがまぁ、カッテンクリュードに入れたなら、その場で討ち取ってしまえば話は早い」
「馬鹿をお言いでない。まずはカテロヘブ王がご一緒かどうかを確認してからです。ローシェッタ国と敵対するのはそれからでも遅くない」
「ハハッ! 国軍の総督ともあろう者が敵軍を王都に招き入れると? それこそ失策だぞ」
鼻で笑うゴランデ卿、モバナコット卿が溜息をつく。
「はて、ローシェッタ国軍はいずれに? まさか国内各地から王都を目指している逆族がローシェッタ軍だとでも? カテロヘブ王の書付を持参し、ザジリレン国紋章旗を掲げているのに?」
「何を!? 八つの部隊がそれぞれカテロヘブ王を護衛している奇妙さは検討済みのこと――そうだ、あなたのご子息に逆族の討伐を命じたのに、未だ着手していない。どうなっている?」
漸く自分優位が見えてきたゴランデ卿、鼻の穴を膨らませ、モバナコット卿を睨めつける。もっともモバナコット卿、少しも慌てる様子はない。
「明日……いや、日付が変わりましたな。今日早朝にコッテチカ街道門よりカッテンクリュードに入場、そのまま大門からデネパリエルに抜け、スナムデント街道ザーザングに向かう手筈になっている」
「ザーザング?」
キョトンとするゴランデ卿にモバナコット卿が失笑する。
「デネパリエルからスナムデント街道を下った最初の街です。逆族最大の部隊が駐留しています。それを討ちに行くのです」
「そうか……一人残らず殺処分と、忘れず伝えたのだろうな?」
「いいえ、きちんと尋問し、罪状を明白にしてからでなければ、捕縛はしても処分などできるはずもありません」
「甘いっ! そんなんだから軍の統率も、息子の躾にも失敗するんだ」
ゴランデ卿の罵声をモバナコット卿は聞き流している。今まで何度も罵られた。もう慣れている。
反応を示さないことに苛立つのはゴランデ卿だ。とうとう立ち上がって大声を上げた。
「くそっ! 今からでもいい。殺処分の件、今すぐに息子に伝えろ。命令だ、モバナコッ――」
「黙れ!」
モバナコット卿の怒鳴り声がゴランデ卿の発言を遮った。
「わたしを誰だと思っている? おまえごときに命じられる謂れはない。わたしに命令できるのは国王だけだ」
「なにをぉ!? その国王が不在――」
再びゴランデ卿の怒鳴り声が遮られる、が、これは急ぎの伝令だ。
「大変です! 投獄中のダーロミダレムの姿が消えました!」
居合わせた者はみな、ダーロミダレムの父サンザメスク卿をハッと見た。サンザメスク卿は蒼褪めて、伝令を見詰めるだけだった。
そして翌朝――ピエッチェたちが宿の厩で馬具の点検をしているころ、カッテンクリュードでは隊列を成し、続々と入都してくる国軍を迎え入れていた。コッテチカに派兵されていた一部がジジョネテスキに率いられ戻ってきたのだ。
先頭は若手の将校、十騎ほどだ。続く馬車に乗っているのはジジョネテスキ、カーテンが引かれているところを見るとこっそり居眠りしているのかもしれない。コッテチカを出てから野営ばかり、そのうえ次々と舞い込むトラブルに、ゆっくり休む暇などなかった。が、デネパリエルに続く大門が見えるところまで進むと、急にカーテンが開けられた。前を行く将校を呼んで何か耳打ちしている。
「全軍止まれ!」
若い声が早朝の王都に響く。ジジョネテスキに呼ばれた将校の声だ。
「しばし休憩する。夜は明けたばかり、民人の安眠を妨げてはならない」
キャビンでは副官ドロキャスが『民人なんかどうでもいい』と苦情を言うが、将校に耳打ちしたあとはまたも寝たふりを決め込んだジジョネテスキが返事をするはずもない。
ジジョネテスキの日記帳には『デネパリエルに入るタイミングは当日連絡する。王都に入って待っていて欲しい』と書き込みがあった。その連絡がまだ来ない。向こうの支度はまだ終わっていないのだろう――このままだと本当に眠っちまいそうだ。ジジョネテスキがこっそり苦笑した。
デネパリエルの宿の厩では、偵察に出ていたラクティメシッスの部下がジジョネテスキ隊のカッテンクリュード到着を告げていた。支度を終えた三十二頭の馬たちは、温和しく出番を待っている。
「リュネが馬たちを統率しているんでしょうね」
ラクティメシッスがカッチーに微笑んだ。
「しかし……お嬢さんにはいつも驚かされるけど、お嬢さんが鞍を付けずに乗っていた馬ですよね?」
ピエッチェが首を撫でている馬を見てラクティメシッスが溜息をつく。
額飾りに胴飾り、鞍や鐙・手綱なども上等なものに替え、さらに鬣も整えた。だけど、
「めかし込んだだけじゃ、ここまで見違えやしませんよ」
ラクティメシッスはもともとこの馬が秘めていたものだと微笑んだ。
「さて……そろそろわたしたちもめかし込みますか」
ラクティメシッスが部下に会釈して厩から出て行く。ピエッチェとカッチーも後に続く。そこに残ったのは魔法使いが三人、誰も厩に来ることはないだろうが、念のための見張りだ。
ピエッチェたち専用の厩には三十三頭の馬、うち一頭はキャビンを牽かせるため、ジジョネテスキ軍と合流することはない。ラクティメシッスが用意した馬は約束通り三十頭、呼び寄せた部下は三十人だ。ピエッチェたちとともにジジョネテスキ軍に合流する部下は二十八人、二人はキャビンと棺桶の始末に当たる。
部屋に戻ったピエッチェ・ラクティメシッス・カッチーを出迎えたのは身支度を終えたクルテとマデルだ。
「はあ?」
部屋に入った途端、立ち止まったラクティメシッスが
「なんですか、その恰好は?」
力なく笑う。
マデルに気にする様子はない、
「あら、どこか奇怪しい?」
むしろクスクス笑っている。上機嫌だ。
「クルテに借りたの。まぁ、サイズは魔法で調整したけどね。クラデミステ卿紋章を入れるのはちょっと大変だったのよ」
マデルが来ているのは男物だ。
「まぁ、そのほうが騎乗には便利でしょうけれど」
ラクティメシッスはかなりご不満、一気に不機嫌になった。が、言い争っても仕方ないと思ったのか、支度するからと自分たちの寝室に入った。ニヤッと笑ったのはドアを閉める直前だ。
「まっ!」
驚いて小さな悲鳴をマデルがあげる。一瞬で、着ていた服が様変わりした。レースやフリル、生地は上等な絹、グッと上等なものに変わった。
「護衛と同じような衣装の姫ぎみはいませんよ」
ドアのところでラクティメシッスが笑う。
「ついでに! お嬢さんも、もう少し上等なものにしましょう。クラデミステ卿に恥をかかせるわけにはいきません」
ドアを閉めるラクティメシッス、クルテの衣装も上等なシルクを使ったものに変わっていた。
カッチーがピエッチェに呟く。
「こんなことができるなら、最初から魔法で衣装を用意すればよかったんじゃないですか?」
「そうさなぁ……」
うっすら笑うピエッチェ、横からクルテがカッチーに言った。
「なんでも魔法で出せるわけじゃない。材料が必要」
マデルも、
「クルテの言うとおりよ。もともとあったものを少し変えてるだけ。それに明日の朝まで持てばいいとこね」
と笑う。
「元に戻っちゃうってことですか?」
「そうよ、カッチー……だってクルテの服だもの、元通りにして返さなきゃだわ」
カッチーに『早く支度しろよ』と声をかけ、ピエッチェも寝室に入る。来なくていいのにクルテがついてくる。
「マデルがしわ取りしてくれた」
国王の紋章が煌めく衣装一式……なぜか昨夜より立派に見えた。
ローシェッタ国に対して宣戦布告しているザジリレン国である。その相手国の王太子の来訪など、青天の霹靂と言っていい。しかも、正式訪問となれば受け入れるのなら国賓扱いしないわけにもいかず、だがそんな準備はできていない。慌てもする。深夜にも関わらず重臣たちが王宮に集められ、対応が協議された。
そもそもローシェッタの王太子を受け入れて良いのか? 国王カテロヘブが所在不明となって以来、いつの間にか発言力を強めたゴランデ卿が険しい声で言う。
「国境の警備はどうなってるんだ? どうしてローシェッタ国王太子が国内に入り込んだのに気付かなかった?」
ローシェッタ国からはザジリレン国のどこから入国しても、カッテンクリュードまでどんなに急いでも三日はかかる。二日前には入国しているはずだ。
ザジリレン国軍総督モバナコット卿が鼻で笑う。
「街道ではなく山を越えて入国したんでしょう――警備隊を置いているのは街道のみです。しかもローシェッタ国を警戒するなんて今まではなかったことです。さらに、いきなりの開戦で軍勢を整えるのが先と、辺鄙な地方には兵を割いておりません」
発言内容はモバナコット卿の反対を押し切ってゴランデ卿が進めた政策の中のいくつかだ。要は皮肉ったわけだ。
ムッと苦い顔のゴランデ卿、だがすぐにニヤリと笑う。
「それだけではありますまい――国軍総帥代理がもっとしっかり働いていれば、こんなことにはならなかった。計画通りローシェッタ国に攻め込んでいれば、あの国も王太子を寄越すなんてことはなかったはずだ」
「これは異なことを……そもそも無茶な計画、なんの準備もないのに攻め込めと言われて躊躇わない軍人はいない。勝てる見込みが立たないうちは、動かないのが肝要。それを無視して宣戦布告したこと自体が失策だ。幸いローシェッタ国は懸命だった。宣戦布告など無視して、聞き流してくれた」
「モバナコット卿はローシェッタ国の味方をするか? 国家反逆罪だぞ!」
「これはまた無礼な。国家と仰るが、国王不在をいいことに、なんの権限もないあなたがここに居ることこそ反逆罪に値するのでは?」
「カテロヘブ王は王位を放棄した。でなければ既にご落命。未だ姿を見せないのがその証拠」
喚くゴランデ卿に、モバナコット卿が冷ややかに告げた。
「ローシェッタ国からの書簡をお読みになったでしょうが! 王太子の来訪目的はカテロヘブ王を護衛して我が国に送り届けること――それなのにゴランデ卿、あなたはカテロヘブ王の存命を疑うのか?」
モバナコット卿の厳格さに気圧されそうになるが、
「そ……そんなこと、信用できるものか!」
負けじとばかり声を荒げたゴランデ卿だ。
「カテロヘブ王を連れていると言えば、王都や王宮に入り込めると踏んだのだろう。誰も連れてこないか、連れてきたところで偽物だ」
負け惜しみの匂いがしなくもない。
「さぁ、どうでしょう? どちらにしてもローシェッタ国王太子が到着すれば明らかになる――我らは国威を失しないよう準備をしておかなくてはなりません」
「受け入れるつもりなのか!? 馬鹿を言ってるんじゃない! だがまぁ、カッテンクリュードに入れたなら、その場で討ち取ってしまえば話は早い」
「馬鹿をお言いでない。まずはカテロヘブ王がご一緒かどうかを確認してからです。ローシェッタ国と敵対するのはそれからでも遅くない」
「ハハッ! 国軍の総督ともあろう者が敵軍を王都に招き入れると? それこそ失策だぞ」
鼻で笑うゴランデ卿、モバナコット卿が溜息をつく。
「はて、ローシェッタ国軍はいずれに? まさか国内各地から王都を目指している逆族がローシェッタ軍だとでも? カテロヘブ王の書付を持参し、ザジリレン国紋章旗を掲げているのに?」
「何を!? 八つの部隊がそれぞれカテロヘブ王を護衛している奇妙さは検討済みのこと――そうだ、あなたのご子息に逆族の討伐を命じたのに、未だ着手していない。どうなっている?」
漸く自分優位が見えてきたゴランデ卿、鼻の穴を膨らませ、モバナコット卿を睨めつける。もっともモバナコット卿、少しも慌てる様子はない。
「明日……いや、日付が変わりましたな。今日早朝にコッテチカ街道門よりカッテンクリュードに入場、そのまま大門からデネパリエルに抜け、スナムデント街道ザーザングに向かう手筈になっている」
「ザーザング?」
キョトンとするゴランデ卿にモバナコット卿が失笑する。
「デネパリエルからスナムデント街道を下った最初の街です。逆族最大の部隊が駐留しています。それを討ちに行くのです」
「そうか……一人残らず殺処分と、忘れず伝えたのだろうな?」
「いいえ、きちんと尋問し、罪状を明白にしてからでなければ、捕縛はしても処分などできるはずもありません」
「甘いっ! そんなんだから軍の統率も、息子の躾にも失敗するんだ」
ゴランデ卿の罵声をモバナコット卿は聞き流している。今まで何度も罵られた。もう慣れている。
反応を示さないことに苛立つのはゴランデ卿だ。とうとう立ち上がって大声を上げた。
「くそっ! 今からでもいい。殺処分の件、今すぐに息子に伝えろ。命令だ、モバナコッ――」
「黙れ!」
モバナコット卿の怒鳴り声がゴランデ卿の発言を遮った。
「わたしを誰だと思っている? おまえごときに命じられる謂れはない。わたしに命令できるのは国王だけだ」
「なにをぉ!? その国王が不在――」
再びゴランデ卿の怒鳴り声が遮られる、が、これは急ぎの伝令だ。
「大変です! 投獄中のダーロミダレムの姿が消えました!」
居合わせた者はみな、ダーロミダレムの父サンザメスク卿をハッと見た。サンザメスク卿は蒼褪めて、伝令を見詰めるだけだった。
そして翌朝――ピエッチェたちが宿の厩で馬具の点検をしているころ、カッテンクリュードでは隊列を成し、続々と入都してくる国軍を迎え入れていた。コッテチカに派兵されていた一部がジジョネテスキに率いられ戻ってきたのだ。
先頭は若手の将校、十騎ほどだ。続く馬車に乗っているのはジジョネテスキ、カーテンが引かれているところを見るとこっそり居眠りしているのかもしれない。コッテチカを出てから野営ばかり、そのうえ次々と舞い込むトラブルに、ゆっくり休む暇などなかった。が、デネパリエルに続く大門が見えるところまで進むと、急にカーテンが開けられた。前を行く将校を呼んで何か耳打ちしている。
「全軍止まれ!」
若い声が早朝の王都に響く。ジジョネテスキに呼ばれた将校の声だ。
「しばし休憩する。夜は明けたばかり、民人の安眠を妨げてはならない」
キャビンでは副官ドロキャスが『民人なんかどうでもいい』と苦情を言うが、将校に耳打ちしたあとはまたも寝たふりを決め込んだジジョネテスキが返事をするはずもない。
ジジョネテスキの日記帳には『デネパリエルに入るタイミングは当日連絡する。王都に入って待っていて欲しい』と書き込みがあった。その連絡がまだ来ない。向こうの支度はまだ終わっていないのだろう――このままだと本当に眠っちまいそうだ。ジジョネテスキがこっそり苦笑した。
デネパリエルの宿の厩では、偵察に出ていたラクティメシッスの部下がジジョネテスキ隊のカッテンクリュード到着を告げていた。支度を終えた三十二頭の馬たちは、温和しく出番を待っている。
「リュネが馬たちを統率しているんでしょうね」
ラクティメシッスがカッチーに微笑んだ。
「しかし……お嬢さんにはいつも驚かされるけど、お嬢さんが鞍を付けずに乗っていた馬ですよね?」
ピエッチェが首を撫でている馬を見てラクティメシッスが溜息をつく。
額飾りに胴飾り、鞍や鐙・手綱なども上等なものに替え、さらに鬣も整えた。だけど、
「めかし込んだだけじゃ、ここまで見違えやしませんよ」
ラクティメシッスはもともとこの馬が秘めていたものだと微笑んだ。
「さて……そろそろわたしたちもめかし込みますか」
ラクティメシッスが部下に会釈して厩から出て行く。ピエッチェとカッチーも後に続く。そこに残ったのは魔法使いが三人、誰も厩に来ることはないだろうが、念のための見張りだ。
ピエッチェたち専用の厩には三十三頭の馬、うち一頭はキャビンを牽かせるため、ジジョネテスキ軍と合流することはない。ラクティメシッスが用意した馬は約束通り三十頭、呼び寄せた部下は三十人だ。ピエッチェたちとともにジジョネテスキ軍に合流する部下は二十八人、二人はキャビンと棺桶の始末に当たる。
部屋に戻ったピエッチェ・ラクティメシッス・カッチーを出迎えたのは身支度を終えたクルテとマデルだ。
「はあ?」
部屋に入った途端、立ち止まったラクティメシッスが
「なんですか、その恰好は?」
力なく笑う。
マデルに気にする様子はない、
「あら、どこか奇怪しい?」
むしろクスクス笑っている。上機嫌だ。
「クルテに借りたの。まぁ、サイズは魔法で調整したけどね。クラデミステ卿紋章を入れるのはちょっと大変だったのよ」
マデルが来ているのは男物だ。
「まぁ、そのほうが騎乗には便利でしょうけれど」
ラクティメシッスはかなりご不満、一気に不機嫌になった。が、言い争っても仕方ないと思ったのか、支度するからと自分たちの寝室に入った。ニヤッと笑ったのはドアを閉める直前だ。
「まっ!」
驚いて小さな悲鳴をマデルがあげる。一瞬で、着ていた服が様変わりした。レースやフリル、生地は上等な絹、グッと上等なものに変わった。
「護衛と同じような衣装の姫ぎみはいませんよ」
ドアのところでラクティメシッスが笑う。
「ついでに! お嬢さんも、もう少し上等なものにしましょう。クラデミステ卿に恥をかかせるわけにはいきません」
ドアを閉めるラクティメシッス、クルテの衣装も上等なシルクを使ったものに変わっていた。
カッチーがピエッチェに呟く。
「こんなことができるなら、最初から魔法で衣装を用意すればよかったんじゃないですか?」
「そうさなぁ……」
うっすら笑うピエッチェ、横からクルテがカッチーに言った。
「なんでも魔法で出せるわけじゃない。材料が必要」
マデルも、
「クルテの言うとおりよ。もともとあったものを少し変えてるだけ。それに明日の朝まで持てばいいとこね」
と笑う。
「元に戻っちゃうってことですか?」
「そうよ、カッチー……だってクルテの服だもの、元通りにして返さなきゃだわ」
カッチーに『早く支度しろよ』と声をかけ、ピエッチェも寝室に入る。来なくていいのにクルテがついてくる。
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