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22章 王都カッテンクリュードへ
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「少し休憩するだけじゃなかったんですか? 趣味を楽しむおつもりで?」
ジジョネテスキが本を取り出したのを見てドロキャスが皮肉る。
「うん?」
苦笑いするジジョネテスキ、ドロキャスめ、レシピ本だとすっかり信じ込んでくれた……レシピ本の正体は、カテロヘブ王から預かった日記帳だ。
コッテチカ街道門から入って通り抜けるはずだったカッテンクリュード、なのに大門前でジジョネテスキが行軍を止めた。それから大した時間は過ぎていない。が、休憩自体に反対したドロキャスは随分とイライラしている。腕を組み目は伏せがち、なんとか自分を落ち着かせようとしているらしい。
ページを捲ったものの、すぐに本を閉じたジジョネテスキ、皮肉のせいで読む気も失せたように見える。
「あぁ~あ、ちょっと腰を伸ばすかな」
席を立ち、キャビンのドアを開ける。すると、すぐそこに控えていた若い将校がタラップを持ってきた。ドロキャスの位置からでは将校とジジョネテスキが目交ぜしたのは見えなかっただろう。目障りなジジョネテスキが一時的とはいえ閉ざされた空間から出て行った。ドロキャスは清々していそうだ。
将校はタラップをセットするとすぐにキャビンから離れていった。地面に降りたジジョネテスキがキャビンのドアを閉めれば別の将校が来てタラップを片付けた。
騎乗した最初の将校が一頭の馬を牽いてゆっくりと歩かせて戻ってくる――ドロキャスの目を盗み、先頭十騎の将校たちとは打ち合わせ済みだ。
今回の逆族討伐について、初めの内こそ会議に出席していたドロキャスだが『所要を思い出した』と中途退出している。どうせ何を話しているのか理解できなかったのだろう。会議は何度か行われたが、いつもそんな調子だった。
残ったのは新兵の時からジジョネテスキが育てた若手将校、これ幸いとばかり簡単な事情を打ち明けている。もちろん、カテロヘブ王のことについては匂わせさえしていない。
牽かれてきた馬にひらりと乗ったジジョネテスキ、
「デネパリエルの様子を見に行こう――先頭十騎のみ随行、他はこのまま待機!」
声を張り上げ、サッと馬を走らせる。こうなるのは予定通り、将校の一人は先行していて、
「ジジョネテスキさまだ、開門!」
大門の門衛に命じている。いつでも開門できるよう準備は済んでいた。すぐに門は開き、ジジョネテスキが駆け抜けた。随行十騎の最後尾が通り過ぎざまに、
「いったん閉門!」
と叫んでいる。全軍が出て行くのだろうと思っていた門衛は、不思議に思いながらも閉門しないわけにはいかない。
キャビンではジジョネテスキの声に驚いたドロキャス、慌ててキャビンから降り追いかけようとする。が、ステップがないことに気が付かず、ぶざまに地面に落ちてしまった。
「追え、追うんだ!」
痛む足を撫でながら、それでも悲鳴のような声で命じる。だが
「待機の命令が出ています」
誰も言うことを聞く者はいない。
「わたしの命令が聞けないのか!?」
「ドロキャスさまは副官、ジジョネテスキさまの命令を覆すことはできません」
真面目な顔で答えるのはジジョネテスキとドロキャスを乗せてきた馬車の御者、
「捻挫ですかな?――衛生兵を呼んできましょう」
御者席から降りて、どこかへ行ってしまった。ドロキャスは馬を扱えない。これで馬車でジジョネテスキを追いかけることもできなくなった――
デネパリエルの大通り、ある宿の前に現れた三十数騎が人々の注目を集めていた。
『あれは誰だ?』
『あの紋章は、ローシェッタ王家のものじゃないのか?』
『我が国はローシェッタと交戦中だったんじゃ?』
『そうだよな。ローシェッタがこんなところに、たった三十騎ばかりでいるはずがない』
ラクティメシッスの容姿はどうにも人目を引く。黄金に煌めく長い髪、好みの違いはあろうとも誰もが認めずにはいられない美形、それがローシェッタ仕様とは言え王太子の正装を着込んでいる。それが街中に現れたのだ、物珍しさに庶民は目を引かれてしまう。
さらに隣にはマデル、男性用の仕立てとは言えフリルやレースをふんだんに使い、女性なのは一目瞭然、もちろん貴族のお姫さまだと庶民にだって判る。さらに周囲には二人の護衛らしき者どもがずらずらと騎乗にて控えている。いや……二人の護衛ではないのか?
騎乗する者どもは中に誰かを隠している。二騎だ。護衛の対象はその二騎かもしれない。しかし……あの堂々とした佇まい、まさか、もしや、ひょっとして?
野次馬たちが遠巻きに、中央に取り囲まれた二人の人物の、特にそのうち一人をよく見ようとするが護衛の騎手たちがウロウロとして視界の邪魔をする。あぁ、もう少しで顔が見えそうなのに……集まった見物人の焦燥が募る中、大門方向から蹄音が近づく。こちらは十騎余りだ。
「どうどう……」
先頭の男が馬を宥めて、黄金の髪の男と向き合った。
「お待たせした……こちらは準備万端、そちらは?」
ジジョネテスキだ。野次馬たちが『ジジョネテスキでは?』とコソコソ耳打ちするのが聞こえてくる。
ラクティメシッスが少しばかり怪訝な顔になる。
「あなたを入れて十騎? 少なすぎるのでは?」
「そちらは……三十ほどかな? では、こちらは六十にしよう」
ジジョネテスキが将校の一人に頷くと、その将校は馬をすぐさま走らせた。来た道を引き返していく。
「わたしの兵たちはカッテンクリュードに置いてきました。大門の向こうでお迎えしたい――それでは拙かろうか?」
ジジョネテスキの申し出に
「充分だ」
答えたのは騎手に囲まれた中の一人、ゆっくりと馬を歩かせ、黄金の髪の男の横に進み出た……
「おおおお!!!」
「生きていらした!」
様子を窺っていた民衆から沸き起こるどよめき、中には跪く者もいる。
驚くのは民人たちだけではない。ジジョネテスキの部下たちも一様に動揺を隠せない。
「控えろ! 王のご前だぞ!」
ジジョネテスキが窘めた。
いっぽう、カッテンクリュード内サンザメスク卿の屋敷では、脱獄したダーロミダレムの捜索が続いていた。
報せを受けてすぐさま……と言っても、夜間に予定外の人員を揃えるのは多少なりとも時間が掛かる。ただでさえカッカしていたゴランデ卿、ますます頭に血が上り、わざわざ自ら乗り込んできている。家探しを命じられたのはラチャンデル率いる王都警備隊二十余名だ。
「ダーロミダレムは賢い男、自宅に戻るわけがない」
そっとラチャンデルに耳打ちするのはグリアジート卿ネネシリス、ラチャンデルに王宮の命令を伝えに行ったところ『ついて来い』とラチャンデルに引っ張られ、ここに居る。
「あぁ、俺もそう思うよ。ここで見つかりゃあ、自分だけじゃない、父親にも類が及ぶ」
しかしそうなると、ダーロミダレムはどこに行ったのだろう? ネネシリスとラチャンデル、口にしないが考えることは同じだ。そして潜伏先を思いつけずにいた。
「ダメです、どこにもいません!」
屋敷の庭で声がする。
「見つかるまで探せ!」
叫んでいるのはゴランデ卿だ。居ると限ったわけじゃないのに無茶な命令だ。サンザメスク卿が溜息をつく。
「寝室やメイド部屋、食糧庫や浴室まで……さっきは屋根にも上っていた」
「申し訳ない。こちらも王宮の命令とあれば、逆らうわけにもいかないので」
ラチャンデルが形ばかりの謝罪をする。あんたの息子ダーロミダレムが温和しくしてくれてれば、こんなことはしなくて済んだ。深夜に叩き起こされることもなかった。
ネネシリスが窓越しに庭を見る。来た時は真っ暗だったが、とっくに夜は明けている。
「お庭が台無しになってしまいましたね」
こちらはラチャンデルと違ってサンザメスク卿に同情的だ。そもそもダーロミダレムの罪状には納得いっていないネネシリスだった。
カテロヘブ王の乱心はこの目で見た。だが……あの場に居たならともかく、ダーロミダレムがどう関係するのかさっぱりだ。
「庭はまた作り直せばいい」
サンザメスク卿がゆっくりと立ち上がった。
「お茶を淹れ替えましょう」
普段ならメイドに命じるだろうに……手ずから茶の用意をするサンザメスク卿を眺めてネネシリスが思う。何かしていないと落ち着かないんだ。一人息子が心配で――
ザジリレン王宮、国王代理というよく判らない役目をいいつかった王姉クリオテナの居室でもお茶の接待がされていた。こちらもクリオテナが自ら茶を淹れている。朝が早い、メイドたちを起こすのは可愛そうよね、とクリオテナが笑った。
「こっちはジンジャークッキー、こっちはシナモン、で、これはペッパー。わたしが焼いたのよ」
客の前に置いた皿のクッキーを説明する。見れば判るが客も心得たもの、わざわざ知ってると言いやしない。
「カテロヘブ王はペッパークッキーがお好きでしたね」
「あら、そうだった? ネネシリスはシナモンが好きなのよ」
クリオテナがコロコロ笑う。茶を一口飲んでから、客はジンジャークッキーに手を伸ばした。
「うん、懐かしい……クリオテナのクッキーは何年ぶりだろう?」
「暫くはカッテンクリュードにいるから、いつでもいらして。いくらでもご馳走するわ」
「ポポネシアに行かれるのですか?」
「そうね、領主は王都に常駐してるんだし、領主夫人まで不在じゃないほうがいいでしょ?」
「寂しくなります」
「本当かしら?」
クスクスと笑うクリオテナ、
「まぁね……離れてるのは寂しいけど、一緒にいると喧嘩ばかり。だけど、久々に会えればとっても嬉しくて、やっぱりこの人が好きって思えるの」
客が言った『寂しい』は客自身、なのにクリオテナはネネシリスのことと受け止めていた。
「ねぇ、あなた、ご結婚は? 決まった相手はいないの?」
「わたしを相手にしてくれる女性はいませんよ」
「何を言ってるのよ? ザジリレン一の色男って言われてるくせに」
それでも思う女性は別の男に妻になった……客はまたもうっすら笑う。
「今回の件で、どうやらわたしは前科者だ。ますます相手にされなくなるでしょう」
「ふん! あんなの『ゴランデ卿の言い掛かり』だって、ネネシリスだって怒ってたわ」
だけど王宮会議では、ネネシリスは負けちまったってことか……そう思いながら、客が表情を変えることはない。
「ローシェッタの王太子がカテロヘブを連れてカッテンクリュードに来るらしいの。それが本当なら、カテロヘブは無事だってこと、わたしも国王代理なんてヘンな肩書がなくなって安心してポポネシアに戻れる」
嬉しそうなクリオテナ、客の心境は複雑だ。そうなると、またあなたには簡単には会えなくなりますね。
「それに、カテロヘブはあなたを罪人になんかしておかない。そうでしょう、ダーロン?」
クリオテナの明るい笑みに客……ダーロミダレムが微笑みを返した。
ジジョネテスキが本を取り出したのを見てドロキャスが皮肉る。
「うん?」
苦笑いするジジョネテスキ、ドロキャスめ、レシピ本だとすっかり信じ込んでくれた……レシピ本の正体は、カテロヘブ王から預かった日記帳だ。
コッテチカ街道門から入って通り抜けるはずだったカッテンクリュード、なのに大門前でジジョネテスキが行軍を止めた。それから大した時間は過ぎていない。が、休憩自体に反対したドロキャスは随分とイライラしている。腕を組み目は伏せがち、なんとか自分を落ち着かせようとしているらしい。
ページを捲ったものの、すぐに本を閉じたジジョネテスキ、皮肉のせいで読む気も失せたように見える。
「あぁ~あ、ちょっと腰を伸ばすかな」
席を立ち、キャビンのドアを開ける。すると、すぐそこに控えていた若い将校がタラップを持ってきた。ドロキャスの位置からでは将校とジジョネテスキが目交ぜしたのは見えなかっただろう。目障りなジジョネテスキが一時的とはいえ閉ざされた空間から出て行った。ドロキャスは清々していそうだ。
将校はタラップをセットするとすぐにキャビンから離れていった。地面に降りたジジョネテスキがキャビンのドアを閉めれば別の将校が来てタラップを片付けた。
騎乗した最初の将校が一頭の馬を牽いてゆっくりと歩かせて戻ってくる――ドロキャスの目を盗み、先頭十騎の将校たちとは打ち合わせ済みだ。
今回の逆族討伐について、初めの内こそ会議に出席していたドロキャスだが『所要を思い出した』と中途退出している。どうせ何を話しているのか理解できなかったのだろう。会議は何度か行われたが、いつもそんな調子だった。
残ったのは新兵の時からジジョネテスキが育てた若手将校、これ幸いとばかり簡単な事情を打ち明けている。もちろん、カテロヘブ王のことについては匂わせさえしていない。
牽かれてきた馬にひらりと乗ったジジョネテスキ、
「デネパリエルの様子を見に行こう――先頭十騎のみ随行、他はこのまま待機!」
声を張り上げ、サッと馬を走らせる。こうなるのは予定通り、将校の一人は先行していて、
「ジジョネテスキさまだ、開門!」
大門の門衛に命じている。いつでも開門できるよう準備は済んでいた。すぐに門は開き、ジジョネテスキが駆け抜けた。随行十騎の最後尾が通り過ぎざまに、
「いったん閉門!」
と叫んでいる。全軍が出て行くのだろうと思っていた門衛は、不思議に思いながらも閉門しないわけにはいかない。
キャビンではジジョネテスキの声に驚いたドロキャス、慌ててキャビンから降り追いかけようとする。が、ステップがないことに気が付かず、ぶざまに地面に落ちてしまった。
「追え、追うんだ!」
痛む足を撫でながら、それでも悲鳴のような声で命じる。だが
「待機の命令が出ています」
誰も言うことを聞く者はいない。
「わたしの命令が聞けないのか!?」
「ドロキャスさまは副官、ジジョネテスキさまの命令を覆すことはできません」
真面目な顔で答えるのはジジョネテスキとドロキャスを乗せてきた馬車の御者、
「捻挫ですかな?――衛生兵を呼んできましょう」
御者席から降りて、どこかへ行ってしまった。ドロキャスは馬を扱えない。これで馬車でジジョネテスキを追いかけることもできなくなった――
デネパリエルの大通り、ある宿の前に現れた三十数騎が人々の注目を集めていた。
『あれは誰だ?』
『あの紋章は、ローシェッタ王家のものじゃないのか?』
『我が国はローシェッタと交戦中だったんじゃ?』
『そうだよな。ローシェッタがこんなところに、たった三十騎ばかりでいるはずがない』
ラクティメシッスの容姿はどうにも人目を引く。黄金に煌めく長い髪、好みの違いはあろうとも誰もが認めずにはいられない美形、それがローシェッタ仕様とは言え王太子の正装を着込んでいる。それが街中に現れたのだ、物珍しさに庶民は目を引かれてしまう。
さらに隣にはマデル、男性用の仕立てとは言えフリルやレースをふんだんに使い、女性なのは一目瞭然、もちろん貴族のお姫さまだと庶民にだって判る。さらに周囲には二人の護衛らしき者どもがずらずらと騎乗にて控えている。いや……二人の護衛ではないのか?
騎乗する者どもは中に誰かを隠している。二騎だ。護衛の対象はその二騎かもしれない。しかし……あの堂々とした佇まい、まさか、もしや、ひょっとして?
野次馬たちが遠巻きに、中央に取り囲まれた二人の人物の、特にそのうち一人をよく見ようとするが護衛の騎手たちがウロウロとして視界の邪魔をする。あぁ、もう少しで顔が見えそうなのに……集まった見物人の焦燥が募る中、大門方向から蹄音が近づく。こちらは十騎余りだ。
「どうどう……」
先頭の男が馬を宥めて、黄金の髪の男と向き合った。
「お待たせした……こちらは準備万端、そちらは?」
ジジョネテスキだ。野次馬たちが『ジジョネテスキでは?』とコソコソ耳打ちするのが聞こえてくる。
ラクティメシッスが少しばかり怪訝な顔になる。
「あなたを入れて十騎? 少なすぎるのでは?」
「そちらは……三十ほどかな? では、こちらは六十にしよう」
ジジョネテスキが将校の一人に頷くと、その将校は馬をすぐさま走らせた。来た道を引き返していく。
「わたしの兵たちはカッテンクリュードに置いてきました。大門の向こうでお迎えしたい――それでは拙かろうか?」
ジジョネテスキの申し出に
「充分だ」
答えたのは騎手に囲まれた中の一人、ゆっくりと馬を歩かせ、黄金の髪の男の横に進み出た……
「おおおお!!!」
「生きていらした!」
様子を窺っていた民衆から沸き起こるどよめき、中には跪く者もいる。
驚くのは民人たちだけではない。ジジョネテスキの部下たちも一様に動揺を隠せない。
「控えろ! 王のご前だぞ!」
ジジョネテスキが窘めた。
いっぽう、カッテンクリュード内サンザメスク卿の屋敷では、脱獄したダーロミダレムの捜索が続いていた。
報せを受けてすぐさま……と言っても、夜間に予定外の人員を揃えるのは多少なりとも時間が掛かる。ただでさえカッカしていたゴランデ卿、ますます頭に血が上り、わざわざ自ら乗り込んできている。家探しを命じられたのはラチャンデル率いる王都警備隊二十余名だ。
「ダーロミダレムは賢い男、自宅に戻るわけがない」
そっとラチャンデルに耳打ちするのはグリアジート卿ネネシリス、ラチャンデルに王宮の命令を伝えに行ったところ『ついて来い』とラチャンデルに引っ張られ、ここに居る。
「あぁ、俺もそう思うよ。ここで見つかりゃあ、自分だけじゃない、父親にも類が及ぶ」
しかしそうなると、ダーロミダレムはどこに行ったのだろう? ネネシリスとラチャンデル、口にしないが考えることは同じだ。そして潜伏先を思いつけずにいた。
「ダメです、どこにもいません!」
屋敷の庭で声がする。
「見つかるまで探せ!」
叫んでいるのはゴランデ卿だ。居ると限ったわけじゃないのに無茶な命令だ。サンザメスク卿が溜息をつく。
「寝室やメイド部屋、食糧庫や浴室まで……さっきは屋根にも上っていた」
「申し訳ない。こちらも王宮の命令とあれば、逆らうわけにもいかないので」
ラチャンデルが形ばかりの謝罪をする。あんたの息子ダーロミダレムが温和しくしてくれてれば、こんなことはしなくて済んだ。深夜に叩き起こされることもなかった。
ネネシリスが窓越しに庭を見る。来た時は真っ暗だったが、とっくに夜は明けている。
「お庭が台無しになってしまいましたね」
こちらはラチャンデルと違ってサンザメスク卿に同情的だ。そもそもダーロミダレムの罪状には納得いっていないネネシリスだった。
カテロヘブ王の乱心はこの目で見た。だが……あの場に居たならともかく、ダーロミダレムがどう関係するのかさっぱりだ。
「庭はまた作り直せばいい」
サンザメスク卿がゆっくりと立ち上がった。
「お茶を淹れ替えましょう」
普段ならメイドに命じるだろうに……手ずから茶の用意をするサンザメスク卿を眺めてネネシリスが思う。何かしていないと落ち着かないんだ。一人息子が心配で――
ザジリレン王宮、国王代理というよく判らない役目をいいつかった王姉クリオテナの居室でもお茶の接待がされていた。こちらもクリオテナが自ら茶を淹れている。朝が早い、メイドたちを起こすのは可愛そうよね、とクリオテナが笑った。
「こっちはジンジャークッキー、こっちはシナモン、で、これはペッパー。わたしが焼いたのよ」
客の前に置いた皿のクッキーを説明する。見れば判るが客も心得たもの、わざわざ知ってると言いやしない。
「カテロヘブ王はペッパークッキーがお好きでしたね」
「あら、そうだった? ネネシリスはシナモンが好きなのよ」
クリオテナがコロコロ笑う。茶を一口飲んでから、客はジンジャークッキーに手を伸ばした。
「うん、懐かしい……クリオテナのクッキーは何年ぶりだろう?」
「暫くはカッテンクリュードにいるから、いつでもいらして。いくらでもご馳走するわ」
「ポポネシアに行かれるのですか?」
「そうね、領主は王都に常駐してるんだし、領主夫人まで不在じゃないほうがいいでしょ?」
「寂しくなります」
「本当かしら?」
クスクスと笑うクリオテナ、
「まぁね……離れてるのは寂しいけど、一緒にいると喧嘩ばかり。だけど、久々に会えればとっても嬉しくて、やっぱりこの人が好きって思えるの」
客が言った『寂しい』は客自身、なのにクリオテナはネネシリスのことと受け止めていた。
「ねぇ、あなた、ご結婚は? 決まった相手はいないの?」
「わたしを相手にしてくれる女性はいませんよ」
「何を言ってるのよ? ザジリレン一の色男って言われてるくせに」
それでも思う女性は別の男に妻になった……客はまたもうっすら笑う。
「今回の件で、どうやらわたしは前科者だ。ますます相手にされなくなるでしょう」
「ふん! あんなの『ゴランデ卿の言い掛かり』だって、ネネシリスだって怒ってたわ」
だけど王宮会議では、ネネシリスは負けちまったってことか……そう思いながら、客が表情を変えることはない。
「ローシェッタの王太子がカテロヘブを連れてカッテンクリュードに来るらしいの。それが本当なら、カテロヘブは無事だってこと、わたしも国王代理なんてヘンな肩書がなくなって安心してポポネシアに戻れる」
嬉しそうなクリオテナ、客の心境は複雑だ。そうなると、またあなたには簡単には会えなくなりますね。
「それに、カテロヘブはあなたを罪人になんかしておかない。そうでしょう、ダーロン?」
クリオテナの明るい笑みに客……ダーロミダレムが微笑みを返した。
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