秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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22章 王都カッテンクリュードへ

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 カテロヘブが『クリオテナを頼れ』と言った。

 カッスゥダヘルカッチーについて意見交換している合間に『今も牢にいるのか?』と訊かれた。だから、出たところで隠れ場所がないと答えた。

「王宮庭のどこかに隠れられるような場所はないのか? おまえ、かくれんぼ、得意だったじゃないか」
「おいおい、俺たちはもう子どもじゃない。みたいにはいかない」

 そうだ、いつの間にか子どもじゃなくなった。気が付けば、一番近くに居たかったあの人に、気軽に話しかけられなくなっていた……その原因に気が付くと同時に、あの人の心が向いている先にも気が付いてしまった。

「クリオテナのところに行こうかな?」
ダーロミダレムの書き込みに
「盲点を突くか? まさか王姉の部屋に隠れているとは思わないだろうし、思ったってクリオテナの部屋には踏み込めない」
カテロヘブはなんの躊躇ためらいもなく賛成した。
「クリオテナもダーロンが頼ってくれれば嬉しいはずだ」

 嬉しいはずだ――そんな言葉に励まされ、庭を擦り抜けてクリオテナの自室の窓を叩いた。驚いたもののすぐにクリオテナは部屋に入れてくれた。
「ネネシリスはいないの。なんでもローシェッタの王太子が急に来ることになったらしいわ」

 王姉夫妻は不仲と噂されている、牢にまで届く噂だ。けれどそれはただの噂、あるいは誰かが故意に流した情報操作……それが判っただけでもこの部屋に来た甲斐があったか。

 クリオテナは妙齢の貴族令嬢の話ばかりしている。妻を娶れと暗に勧めてくる。辛みの強いペッパークッキーを齧りながら生返事を繰り返すダーロミダレム、なんでカテロヘブはペッパークッキーが好きなのかが判ったような気がした。この辛味と刺激が、聞きたくない話を洗い流してくれるんだ……

 カッテンクリュード大門前の広場にはジジョネテスキ軍のエリートたちが集まっていた。コッテチカを出て以来、何度も重ねた軍議で今日の行動が出立時とは変えられたことは周知されている。

 ザーザングには行かない。デネパリエルにてローシェッタ王太子をお迎えし、王宮にお連れする。しかし詳細は決めておけなかった。ジジョネテスキに貼りついて邪魔をするドロキャスには知られたくない。ヘンなところで勘がいいドロキャスを出し抜くには大まかなこと以外は当日、臨機応変に対応するのが一番だとジジョネテスキがニヤリと言った。

「王太子はわたしを知っている。だからデネパリエルにはわたしが行くが、王太子を迎えるのにわたし一人と言うわけにもいかない」
だからと言って全軍を引き連れてというのも無理がある。どうせカッテンクリュードに戻ってくるのだ、おおかたは待たせておこう。それで随行を十人と決めた。

 ドロキャスを置き去りにする口実に悩んでいたジジョネテスキにとって、デネパリエル側の準備が遅れたのは好都合だった。大門前広場で軍を待機させることができたからだ。

 行軍停止の指示を出した将校にこっそり耳打ちしたのは停止命令だけじゃない。
「ここで置き去りにする。わたしがキャビンのドアを開けたらタラップを出せ。そして馬を連れてこい。降りたらキャビンのドアを閉めるから、すぐにタラップを仕舞え。騎乗したら大門に向かう。開門の指示と閉門の指示、休憩しているふりをして役割分担を――行軍停止は民人の安眠保証とでもしよう」

 思惑通りは進み、十騎の部下を引き連れて大門を走り抜けた。カテロヘブ王が待つ宿の場所を目指す途中で、随行させた将校の一人に新たな指示を出している。
「先方の従者の数を確認し、王宮までの護衛数を決める。決まったら大門前広場に戻って護衛に就く者の選抜を。残りは大門から王宮正門まで、左右に分かれて通り道を確保させよう――ドロキャスには……できれば遠ざけろ。できなければデネパリエルでローシェッタ王太子と遭遇したから、王宮までお送りすることになったと言え」

 王宮までの護衛数は六十、既に十騎いることを考え、大門を入ってすぐのところに左右に二十五騎ずつ待機させた。ジジョネテスキがローシェッタ王太子を伴って入都したら、その五十騎は隊列に加わることになる。

 大門内の準備を命じられた将校は開門させず、通用門からカッテンクリュードに入っている。次に大門が開くのはローシェッタ王太子を護衛してくるジジョネテスキたちが戻ったときだ。

 ドロキャスはキャビンに居なかった。タラップがあると誤認して無様にキャビンから落ちて負傷した。今は衛生兵のところに連れていかれて手当て中だと聞いて、ジジョネテスキから大門内の準備を命じられた将校がホッとする。これで王太子を伴った行軍に邪魔なキャビンを退かせられる。

 何事もなくキャビンを移動させ、護衛に当たる五十騎が大門前に集結し、他の兵たちに指示を出し始めたところにドロキャスが慌てふためいてやってきた。衛生兵はなるべく時間を掛けてくれたはずだ。でも、これが限界か……

「なにをしている!? なんでわたしに無断で兵を動かした!?」
「ジジョネテスキさまのご指示です」
「はぁ!? なんでジジョネテスキがこんな指示を出す? どう考えたって、デネパリエルに行く体制じゃない!」
「えぇ……」
将校が口籠る。言うしかないか?
「デネパリエルでローシェッタ王太子さまと遭遇いたしました」

「なにっ!? それで捕らえたのか?」
「飛んでもございません。友好国の王太子さまをなんと思召おぼしめしか?――ジジョネテスキさまが護衛して、ザジリレン王宮にお連れします」
「馬鹿な! ローシェッタは敵対国だぞ!? 我が国の王を殺したんだぞ!」
これには将校も黙る。カテロヘブが馬群から出てくる前に大門に引き返した。王の顔を見ていない。

「しかし……ジジョネテスキさまのご命令には逆らえません」
「こうなったらジジョネテスキも国家反逆罪、今からこの軍の総司令官はわたしだ」
「あいにくそれは認められません。罪人を断罪する権限はドロキャスさまにはないものと承知しております。そしてまた、国軍の人事権は王から軍総督を任命されたモバナコット卿のものです」
「なにを生意気なッ! 誰か、この無礼な男に縄を打て!」
ドロキャスががなり立てるが、従う者は誰もいない。

 将校が薄く嘲笑を浮かべる。
「さぁ! ジジョネテスキさまの指示は先ほど伝えたとおり――みな、早く動け!」
もちろん兵はそれぞれの持ち場に散っていく。

「おまえら! 全員ただでは済まさないぞ!」
地団駄を踏むドロキャス、が、ドロキャスを顧みる者はいない。その場に立ち尽くすしかなかった。

 ジジョネテスキの指示を大門前広場の兵たちに伝えた将校はドロキャスをやり込めたあと、自分も護衛の列に加わるべく大門間近に騎乗にて参じた。そしてすぐにハッとする。門の向こうが騒がしい。ジジョネテスキが到着したか? 

「そんな?」
護衛に選ばれた騎士の何人かが絶句する。デネパリエル側の声が漏れ聞こえてきたのだ。開門を迫る声は、こう言っていた。
「カテロヘブ王のご帰還だ。速やかに開門せよ!」
ジジョネテスキの声だった――

 王宮クリオテナの居室ではダーロミダレムが朝食を振舞われていた。食事はクリオテナが厨房に取りに行き運んできた。誰かにダーロミダレムを見られるのは拙い。

「王姉さまにこんな事までさせてしまってよかったのでしょうか?」
恐縮するダーロミダレム、クリオテナがコロコロと笑う。

「王姉? その言葉使い、ちょっと奇怪おかしいわよ?」
スープスプーンを手に取り、
「確かにわたしは王の姉――でもそれ以前にクリオテナでダーロンはわたしの幼馴染よ。二人きりなのに、何を遠慮してるの?」
微笑んでからスープを口に運ぶ。

「いや……」
クリオテナを見ていたダーロミダレムが不意に視線を逸らし、苦笑いする。いくら幼馴染でも、もう子どもじゃない。それぞれの立場ってものがある。

 それに? 確かにそうだけど、それこそ許されないんじゃないのか? カテロヘブと日記で遣り取りした時は何も考えずクリオテナと書いたけど、よくよく考えてみると、この状況は非常に拙い。ジジョネテスキの二の舞の可能性もある。いいや、ジジョネテスキがクリオテナに横恋慕したなんて事実無根だろうが、こっちはクリオテナの部屋で二人きり、しかも訪れたのは深夜、寝室じゃないのがせめてもの救いか?

 そうだ、ジジョネテスキと違って俺は……もしクリオテナに気があるのだろうと責められたら否定できない。クリオテナがスプーンを口に含むのを見て思わず目を背けた。俺は、クリオテナを女性として意識している。

 そんなの判ってたことだ。ネネシリスと一緒になると聞いて、どれほど胸を焦がしたか? いやいやいや、それ以前からだ。クリオテナがネネシリスを好いていると気づいた時には判っていた。俺はクリオテナが好きだ。

 ここに居るのだってクリオテナの顔が見れたらって下心があったからだ。カテロヘブが『クリオテナに頼れ』と書き込んだのを見て、知られてるんじゃないかとドキリとした。だから余計にここに来ることにした。拒絶したらカテロヘブが疑いを確信に変えるような気がした。

「お口にあわないのかしら?」
「いいえ、充分美味しいですよ」
不安そうに見るクリオテナにダーロミダレムが微笑む。
「ただ、こんな状況ですからね。この先どうするかを考えてしまいました」

「あら、さっきも言ったじゃないの。ローシェッタ国王太子がカテロヘブを連れてきてくれるそうよ」
「そうだといいのですが……」
いや、そうなる、カテロヘブは少なくともデネパリエルまで来ている。そしてジジョネテスキはカッテンクリュードにはいったはずだ。

 ダーロミダレムの不安を少しでも払拭しようと思ったのだろう、
「ネネシリスだってダーロンを放っておかないわ」
クリオテナが微笑んだ。放っておけないと言う言葉を一瞬『咎められる』と受け止めたダーロミダレム、後ろめたさが原因だ。

「本当に、わたしの妻になってくれるような女性ひとが居るんでしょうか?」
手にしていたスプーンを置いて、ダーロミダレムがクリオテナを見た。
「あら、居るに決まってるじゃない」
クリオテナがニッコリ微笑む。

 この微笑みは俺のものじゃない。他の男ネネシリスのものだ。だから……忘れてしまえ。

 そうだ、誰かに妻になって貰おう。なってくれるのなら誰でもいい。そしてその妻を大切にして生きていこう。そのうち、未練がましい恋情なんか消えていく。愛すべき人を得たならきっと……
「わたしの妻になってもいいという女性ひとがいるのなら、紹介していただけないでしょうか。もちろん、政情が安定してからでいいのです」

 心当たりがたくさんあり過ぎて困っちゃう、嬉しそうに笑むクリオテナをダーロミダレムも微笑んで見詰めていた――
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