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22章 王都カッテンクリュードへ
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クリオテナがクスクス笑う。可笑しくて仕方ないと言った風情だ。
「居なくなって探してた小鳥なんだけど、王家の森の女神の名まえにするって決めたのに、カテロヘブったら『キャルティマーナ』って言えなかったの。どうにか言おうとするんだけど『クルテアンナ』になっちゃってね」
先に木に登ったダーロミダレムが心配そうにクリオテナの手元を見ている。ネネシリスは地上で、やっぱりクリオテナの足が滑りはしないかとハラハラしている。
「それでね、とうとう『クルテ』って名まえにしちゃった……もう一羽、白いほうはなんだったっけかなぁ」
「楽しそうなところに水を差して悪いけど、そんなに笑うと木から落ちるよ」
クリオテナが楽しそうなのはカテロヘブの話だからだと思うのか、ネネシリスはムスッと不機嫌だ。
「クリオテナさま、こちらの枝に移れますか?」
木の上では、街側の枝に移ったダーロミダレムがクリオテナに集中するよう促している。溜息をついて、ネネシリスも木登りを始めた――
ジジョネテスキに命じられた将校が部下を数人引き連れて戻ってきた。部下は大きな箱を抱えている。
「カテロヘブ王からの下されものだ。全ての兵に行き渡るよう用意した。小隊の代表者は人数を確認して取りに来い」
箱を抱えた部下たちが、大門広場に散っていく。
ジジョネテスキが王宮正門に向かって大声を上げた。
「そちらの分もあるぞ。中間に運ぶから、こちらが下がったら取りに来い――兵がここに戻るまで矢を放つなよ? 卑怯者の誹りを受けるぞ」
ジジョネテスキの声が聞こえたのだろう、正門前の騎士たちがミルクティー色の髪の男の顔色を窺う。男は苦々しげな顔をしたものの、箱を運ぶ兵を睨みつけるだけで何も言わない。運んできた兵が自陣に戻っても指示を出さない。迷ったようだが正門前の騎士が弓兵に頷くと、頷かれた弓兵が数人を引き連れて箱を取りに向かった。
「ヤツら、飲み食いするかな?」
カテロヘブの呟き、ラクティメシッスが
「まさか、何か薬を仕込んだ?」
ちょっと驚いて、小声で尋ねる。
「まさか!」
カテロヘブはもっと驚いてラクティメシッスを見る。
「俺がザジリレンの兵士たちに毒を盛るとでも?」
「薬と言いましたが? 毒ではなく眠り薬ならあるのでは?」
「なるほど。思いつかなかった――ジジョネテスキ!」
カテロヘブに呼ばれたジジョネテスキ、サッと馬を寄せた。
カテロヘブに問い質されると、
「王に命じられてもいないのに、独断でそんなことはできませんよ。そうしたほうが良かったのですか?」
否定されると判っていながらジジョネテスキがニヤッと笑う。
「それならいいんだ。疑って済まなかった」
カテロヘブの横ではラクティメシッスが『わたしはとんでもない悪人だと言われている気分です』と苦笑した。
「しかしカテロヘブさま。休憩が済んだらどうするつもりなのですか? このままではいつまで経っても王宮に入れません」
ジジョネテスキがラクティメシッスと同じことを聞く。
「うん、そうだなぁ……」
カテロヘブが考え込む。その様子をチラリと見たラクティメシッス、ムッとした表情だ。
「ん、向こうも休憩に入ったぞ。いや、違うな。弓兵に毒見をさせてる。が、なんの細工してないんだろう?」
「えぇ、街の菓子屋とパン屋から仕入れた物です。強制的に閉店させた見返りに全てを買い入れると言ったら、店主どもは喜んでいたそうです」
「おっ、毒見は終わったようだ、向こうも配り始めたぞ」
「偽者は随分を面白くなさそうです。それにしても、よくぞこちらの差し入れを受け取りましたね」
ジジョネテスキの疑問に、カテロヘブがニヤリと笑う。
「想定外の出来事には対応できないだけだと思うぞ――それより、前線の騎士たちも後退させて休ませろ。おまえも一緒にな。うん、そうだ、馬も休ませてやれ」
「下馬しろと言う事ですね。暫くは動かないと決めましたか」
何か言いたげだったが、王宮正門を一睨みしてから騎士たちを呼んで、ジジョネテスキもマデルの後方に退いていった。
黙っていないのはラクティメシッス、後方に向かったジジョネテスキたちを横目に
「なにを考えているんです?」
カテロヘブに迫る。
「いやぁ、考えがまとまらない」
カテロヘブは苦笑いするが、ラクティメシッスが一笑に伏す。
「いい加減、嘘が下手だと自覚したほうがいい。判っています、どうするか決めたんでしょう?」
ジジョネテスキにどうするか訊かれた時に考え込んだのだって、そう見えるように演技しただけだ。なんとなく、ラクティメシッスに見抜かれたと感じたが、直感は正しかったらしい……ラクティメシッスを巧く誤魔化せなければ、せっかく思いついた策が実現できない。なんと答えたらいいものか?
カテロヘブがチラリと見たのは後方のマデル・カッチー、空腹を訴えたあとは定位置に戻っていたクルテ、ジジョネテスキの部下がその三人に菓子と飲料を渡そうとしているところだった。
受け取りを迷うマデルにクルテが何か耳打ちすると、マデルが微笑んで頷いた。受け取ることにしたらしい。馬を降りようとするマデルに、慌てて下馬したカッチーが手助けしている。
「取り敢えず、先に休息を。俺は後でいい」
視線を後方に向けたままカテロヘブが言った。マデルたちのさらに後ろには、下馬したジジョネテスキが飲料を受け取っている。部下も一緒だ――騎乗したままのクルテがこちらに視線を向けた。
クルテがゆっくりと馬を歩かせ近付いてくるのを見て、カテロヘブがラクティメシッスに言った。
「王宮内に入れるまで、どれほど時間がかかるか判らない。休めるときに休んだほうがいい――とは言え、指揮官がいなくなるのは拙い。俺はジジョネテスキが戻ったらゆっくり休む」
「では、わたしもその時ご一緒しましょう」
動こうとしないラクティメシッス、近づいて来たクルテがニヤリと笑う。
「いいえ、王太子さま。お嬢さまがお待ちです」
「お嬢さま? あぁ、そうでした。あなたはマデリエンテ姫の侍女になったんでしたね」
「王太子さまがお休みにならないのに、自分だけ休めないとマデリエンテさまがおっしゃっています」
「しかし……わたしだってカテロヘブ王が休んでいないのに――」
「カテロヘブさまのお相手はわたしがいたします」
ラクティメシッスの発言を遮ったクルテ、カテロヘブが内心『おいおい』と呆れる。
婚約者の侍女とは言え、たかが侍女が王太子の発言の邪魔をしていいはずがない。もっとも、それを言ったら軽々しく口を利くのも不敬、カテロヘブがニヤリと笑う。
「ふむ……カテロヘブ王、わたしの代わりにマデリエンテ姫の侍女がお相手いたします。それではお先に」
邪魔者扱いされて追いやられたと、ラクティメシッスは受け取ったらしい。ムッとしたのを隠しもしない。
クルテから空腹を訴えられたカテロヘブが、すぐジジョネテスキに用意するよう計らったの面白くなかったはずだ。それが尾を引いているのもある。こんな状況でも甘えられれば鼻の下を伸ばすのか? おまえなんかよりクルテのほうがいいって言いたいのか? そりゃあそうでしょうよ、ってところだ。
「あれ、怒ってるかな?」
マデルとカッチーのほうに向かうラクティメシッスを目で追いながらクルテがニマニマする。どことなく嬉しそうだ。
「おまえ、ラ……王太子さまが怒ると嬉しいか?」
ラスティンと言いそうになって、慌てて王太子と言い換えたカテロヘブ、ラクティメシッスと言えば良かったかと思い直すが、その場合『さま』抜きになりそうで怖い。そもそも、今さら言い直しも訂正もできない。
「嬉しかないよ」
そう言いつつもニマニマとし続けるクルテ、ラクティメシッスが馬を降りるのを見て自分も降りている。そしてカテロヘブに向かって両腕を上げた。何も言わずカテロヘブも腕を伸ばし、クルテを自分の馬に引き上げる。カテロヘブを見っ放しのクルテ、ますます嬉しそうな顔になる。
「向こうのヤツら、ムカついてるだろうな」
「ムカついてるのは王太子さまも同じ」
「あ、正門のヤツら、何か言ってる。俺の悪口だな」
「とんでもない女好きだとでも?」
「女好き? その言われようは面白くない。誰でもいいってわけじゃないからな」
額を寄せ、言葉を交わしては微笑みあうカテロヘブとクルテ、馬の背中で抱き合っている……さぞかし正門前の連中は苛立っているだろう。向こうから見れば、カテロヘブとクルテは互いの身体を弄りあっているように見えるかもしれない。
ソーサーを手に、もう片方の手はカップを口元に運ぶラクティメシッス、むっつりと黙り込み不機嫌を隠しもしない。そんなラクティメシッスに辟易しているマデル、
「クルテが彼にベッタリで、彼がクルテに甘々なのは今に始まったことじゃないわ。怒った顔でお茶を飲まないでよ。こっちのお茶まで不味くなる」
苦情を言うが効果はない。
ローシェッタの魔法使いが用意した簡易テーブルを囲む三人、同じく魔法使いが用意した簡易的な椅子に腰かけている。
「これって便利ですよねぇ」
カッチーが話を変えようと、テーブルと椅子に感心して見せるが、ラクティメシッスに無視される。やれやれと言いはしないがカッチーが、マデルを見て肩を竦めた。
「まぁ、いつも以上にベッタリだなぁって、俺だって思いますよ」
テーブルの皿に手を伸ばし、カッチーも軽く溜息をついた。皿に乗せられているのは一口サイズのアップルパイだ。
「いつもクルテさんに甘いけど、状況を見ない人じゃありません」
「うん。わたしもそれは感じてる――でもね、こんな状況だからこそってこともあるのよ」
「通常とは違う緊張を高揚感と勘違いし、不必要に盛り上がった?」
皮肉を言うのはラクティメシッスに決まってる。
「だからって、あれはないでしょう? まるで盛りのついた猫だ」
「王太子さま、それは少しばかり言い過ぎでは? 仮にも我が国の王ですから」
カッチーが慌てて周囲を見渡す。ここでローシェッタ国王太子がザジリレン兵と諍いを起こすのは極めて拙い。マデルがカッチーの肩を持つ。
「そうよ、カッチーの言う通り」
クスクス笑うカッチー、
「マデリエンテ姫、わたしのことはカッスゥダヘルとお呼びください」
お道化て見せる。雰囲気を変えたいのだ。
「調子に乗り過ぎよ!」
マデルも笑うがラクティメシッスはニコリともしない。チラチラとカテロヘブとクルテの様子を盗み見ている。
「ねぇ、ちょっと……見っともないわよ。いい加減に――」
ラクティメシッスの表情ががらりと変わり、マデルが苦言を途中で止める。カッチーがいきなり立ち上がって叫んだ。
「くそッ! 射かけてきた!」
ラクティメシッスも、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「居なくなって探してた小鳥なんだけど、王家の森の女神の名まえにするって決めたのに、カテロヘブったら『キャルティマーナ』って言えなかったの。どうにか言おうとするんだけど『クルテアンナ』になっちゃってね」
先に木に登ったダーロミダレムが心配そうにクリオテナの手元を見ている。ネネシリスは地上で、やっぱりクリオテナの足が滑りはしないかとハラハラしている。
「それでね、とうとう『クルテ』って名まえにしちゃった……もう一羽、白いほうはなんだったっけかなぁ」
「楽しそうなところに水を差して悪いけど、そんなに笑うと木から落ちるよ」
クリオテナが楽しそうなのはカテロヘブの話だからだと思うのか、ネネシリスはムスッと不機嫌だ。
「クリオテナさま、こちらの枝に移れますか?」
木の上では、街側の枝に移ったダーロミダレムがクリオテナに集中するよう促している。溜息をついて、ネネシリスも木登りを始めた――
ジジョネテスキに命じられた将校が部下を数人引き連れて戻ってきた。部下は大きな箱を抱えている。
「カテロヘブ王からの下されものだ。全ての兵に行き渡るよう用意した。小隊の代表者は人数を確認して取りに来い」
箱を抱えた部下たちが、大門広場に散っていく。
ジジョネテスキが王宮正門に向かって大声を上げた。
「そちらの分もあるぞ。中間に運ぶから、こちらが下がったら取りに来い――兵がここに戻るまで矢を放つなよ? 卑怯者の誹りを受けるぞ」
ジジョネテスキの声が聞こえたのだろう、正門前の騎士たちがミルクティー色の髪の男の顔色を窺う。男は苦々しげな顔をしたものの、箱を運ぶ兵を睨みつけるだけで何も言わない。運んできた兵が自陣に戻っても指示を出さない。迷ったようだが正門前の騎士が弓兵に頷くと、頷かれた弓兵が数人を引き連れて箱を取りに向かった。
「ヤツら、飲み食いするかな?」
カテロヘブの呟き、ラクティメシッスが
「まさか、何か薬を仕込んだ?」
ちょっと驚いて、小声で尋ねる。
「まさか!」
カテロヘブはもっと驚いてラクティメシッスを見る。
「俺がザジリレンの兵士たちに毒を盛るとでも?」
「薬と言いましたが? 毒ではなく眠り薬ならあるのでは?」
「なるほど。思いつかなかった――ジジョネテスキ!」
カテロヘブに呼ばれたジジョネテスキ、サッと馬を寄せた。
カテロヘブに問い質されると、
「王に命じられてもいないのに、独断でそんなことはできませんよ。そうしたほうが良かったのですか?」
否定されると判っていながらジジョネテスキがニヤッと笑う。
「それならいいんだ。疑って済まなかった」
カテロヘブの横ではラクティメシッスが『わたしはとんでもない悪人だと言われている気分です』と苦笑した。
「しかしカテロヘブさま。休憩が済んだらどうするつもりなのですか? このままではいつまで経っても王宮に入れません」
ジジョネテスキがラクティメシッスと同じことを聞く。
「うん、そうだなぁ……」
カテロヘブが考え込む。その様子をチラリと見たラクティメシッス、ムッとした表情だ。
「ん、向こうも休憩に入ったぞ。いや、違うな。弓兵に毒見をさせてる。が、なんの細工してないんだろう?」
「えぇ、街の菓子屋とパン屋から仕入れた物です。強制的に閉店させた見返りに全てを買い入れると言ったら、店主どもは喜んでいたそうです」
「おっ、毒見は終わったようだ、向こうも配り始めたぞ」
「偽者は随分を面白くなさそうです。それにしても、よくぞこちらの差し入れを受け取りましたね」
ジジョネテスキの疑問に、カテロヘブがニヤリと笑う。
「想定外の出来事には対応できないだけだと思うぞ――それより、前線の騎士たちも後退させて休ませろ。おまえも一緒にな。うん、そうだ、馬も休ませてやれ」
「下馬しろと言う事ですね。暫くは動かないと決めましたか」
何か言いたげだったが、王宮正門を一睨みしてから騎士たちを呼んで、ジジョネテスキもマデルの後方に退いていった。
黙っていないのはラクティメシッス、後方に向かったジジョネテスキたちを横目に
「なにを考えているんです?」
カテロヘブに迫る。
「いやぁ、考えがまとまらない」
カテロヘブは苦笑いするが、ラクティメシッスが一笑に伏す。
「いい加減、嘘が下手だと自覚したほうがいい。判っています、どうするか決めたんでしょう?」
ジジョネテスキにどうするか訊かれた時に考え込んだのだって、そう見えるように演技しただけだ。なんとなく、ラクティメシッスに見抜かれたと感じたが、直感は正しかったらしい……ラクティメシッスを巧く誤魔化せなければ、せっかく思いついた策が実現できない。なんと答えたらいいものか?
カテロヘブがチラリと見たのは後方のマデル・カッチー、空腹を訴えたあとは定位置に戻っていたクルテ、ジジョネテスキの部下がその三人に菓子と飲料を渡そうとしているところだった。
受け取りを迷うマデルにクルテが何か耳打ちすると、マデルが微笑んで頷いた。受け取ることにしたらしい。馬を降りようとするマデルに、慌てて下馬したカッチーが手助けしている。
「取り敢えず、先に休息を。俺は後でいい」
視線を後方に向けたままカテロヘブが言った。マデルたちのさらに後ろには、下馬したジジョネテスキが飲料を受け取っている。部下も一緒だ――騎乗したままのクルテがこちらに視線を向けた。
クルテがゆっくりと馬を歩かせ近付いてくるのを見て、カテロヘブがラクティメシッスに言った。
「王宮内に入れるまで、どれほど時間がかかるか判らない。休めるときに休んだほうがいい――とは言え、指揮官がいなくなるのは拙い。俺はジジョネテスキが戻ったらゆっくり休む」
「では、わたしもその時ご一緒しましょう」
動こうとしないラクティメシッス、近づいて来たクルテがニヤリと笑う。
「いいえ、王太子さま。お嬢さまがお待ちです」
「お嬢さま? あぁ、そうでした。あなたはマデリエンテ姫の侍女になったんでしたね」
「王太子さまがお休みにならないのに、自分だけ休めないとマデリエンテさまがおっしゃっています」
「しかし……わたしだってカテロヘブ王が休んでいないのに――」
「カテロヘブさまのお相手はわたしがいたします」
ラクティメシッスの発言を遮ったクルテ、カテロヘブが内心『おいおい』と呆れる。
婚約者の侍女とは言え、たかが侍女が王太子の発言の邪魔をしていいはずがない。もっとも、それを言ったら軽々しく口を利くのも不敬、カテロヘブがニヤリと笑う。
「ふむ……カテロヘブ王、わたしの代わりにマデリエンテ姫の侍女がお相手いたします。それではお先に」
邪魔者扱いされて追いやられたと、ラクティメシッスは受け取ったらしい。ムッとしたのを隠しもしない。
クルテから空腹を訴えられたカテロヘブが、すぐジジョネテスキに用意するよう計らったの面白くなかったはずだ。それが尾を引いているのもある。こんな状況でも甘えられれば鼻の下を伸ばすのか? おまえなんかよりクルテのほうがいいって言いたいのか? そりゃあそうでしょうよ、ってところだ。
「あれ、怒ってるかな?」
マデルとカッチーのほうに向かうラクティメシッスを目で追いながらクルテがニマニマする。どことなく嬉しそうだ。
「おまえ、ラ……王太子さまが怒ると嬉しいか?」
ラスティンと言いそうになって、慌てて王太子と言い換えたカテロヘブ、ラクティメシッスと言えば良かったかと思い直すが、その場合『さま』抜きになりそうで怖い。そもそも、今さら言い直しも訂正もできない。
「嬉しかないよ」
そう言いつつもニマニマとし続けるクルテ、ラクティメシッスが馬を降りるのを見て自分も降りている。そしてカテロヘブに向かって両腕を上げた。何も言わずカテロヘブも腕を伸ばし、クルテを自分の馬に引き上げる。カテロヘブを見っ放しのクルテ、ますます嬉しそうな顔になる。
「向こうのヤツら、ムカついてるだろうな」
「ムカついてるのは王太子さまも同じ」
「あ、正門のヤツら、何か言ってる。俺の悪口だな」
「とんでもない女好きだとでも?」
「女好き? その言われようは面白くない。誰でもいいってわけじゃないからな」
額を寄せ、言葉を交わしては微笑みあうカテロヘブとクルテ、馬の背中で抱き合っている……さぞかし正門前の連中は苛立っているだろう。向こうから見れば、カテロヘブとクルテは互いの身体を弄りあっているように見えるかもしれない。
ソーサーを手に、もう片方の手はカップを口元に運ぶラクティメシッス、むっつりと黙り込み不機嫌を隠しもしない。そんなラクティメシッスに辟易しているマデル、
「クルテが彼にベッタリで、彼がクルテに甘々なのは今に始まったことじゃないわ。怒った顔でお茶を飲まないでよ。こっちのお茶まで不味くなる」
苦情を言うが効果はない。
ローシェッタの魔法使いが用意した簡易テーブルを囲む三人、同じく魔法使いが用意した簡易的な椅子に腰かけている。
「これって便利ですよねぇ」
カッチーが話を変えようと、テーブルと椅子に感心して見せるが、ラクティメシッスに無視される。やれやれと言いはしないがカッチーが、マデルを見て肩を竦めた。
「まぁ、いつも以上にベッタリだなぁって、俺だって思いますよ」
テーブルの皿に手を伸ばし、カッチーも軽く溜息をついた。皿に乗せられているのは一口サイズのアップルパイだ。
「いつもクルテさんに甘いけど、状況を見ない人じゃありません」
「うん。わたしもそれは感じてる――でもね、こんな状況だからこそってこともあるのよ」
「通常とは違う緊張を高揚感と勘違いし、不必要に盛り上がった?」
皮肉を言うのはラクティメシッスに決まってる。
「だからって、あれはないでしょう? まるで盛りのついた猫だ」
「王太子さま、それは少しばかり言い過ぎでは? 仮にも我が国の王ですから」
カッチーが慌てて周囲を見渡す。ここでローシェッタ国王太子がザジリレン兵と諍いを起こすのは極めて拙い。マデルがカッチーの肩を持つ。
「そうよ、カッチーの言う通り」
クスクス笑うカッチー、
「マデリエンテ姫、わたしのことはカッスゥダヘルとお呼びください」
お道化て見せる。雰囲気を変えたいのだ。
「調子に乗り過ぎよ!」
マデルも笑うがラクティメシッスはニコリともしない。チラチラとカテロヘブとクルテの様子を盗み見ている。
「ねぇ、ちょっと……見っともないわよ。いい加減に――」
ラクティメシッスの表情ががらりと変わり、マデルが苦言を途中で止める。カッチーがいきなり立ち上がって叫んだ。
「くそッ! 射かけてきた!」
ラクティメシッスも、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
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