秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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22章 王都カッテンクリュードへ

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 あの濁流に落ちるようなことになったのは、元はと言えばネネシリス、おまえのせいだ――頭のどこかでそう感じてしまう自分がいる。そうじゃないのだと理屈では判っている。だが感情が事実を消化しきれていない。本当にあれは、おまえじゃなかったのか?

「カテロヘブ?」
目を伏せ、何も言わないカテロヘブをいぶかるネネシリス、クリオテナは居室に付属のミニキッチンでお茶を淹れている。

「いや……」
カテロヘブが気まずげにネネシリスを見る。
「すぐに連絡できなかったのは、毒のせいだ」

「毒?」
「うん。矢じりに毒が塗ってあった」
「そうか、それでおまえ、乱心……いや違う、あれは偽者だ、おまえじゃない」
ネネシリスもまだ混乱から抜け切れていないようだ。

「俺が射抜かれたのはシュレンダの森だ」
「シュレンダの森って、ポポネシアの?」
「あぁ、おまえに誘われて出かけて行った――俺もおまえと同じだ。あの時、あの男をネネシリス、おまえだと疑いもしなかった」
「あ……」

 カテロヘブが何を言いたいのか、ようやく察したネネシリス、だが
「王都を離れたってことだよな? わたしは聞いてないぞ?」
と首を傾げる。カテロヘブが『うん』と頷いて
「俺は面倒な手続きはすべてやっておくと言われた」
苦笑すれば、一瞬きょとんとしたネネシリス、そんなことは言っていないと言いかけて、溜息をついた。
「なるほど、それも偽者の仕業ってことか」

 国王の身分では気安く外遊できるものではない。王都から出るにはそれなりの手続きや根回しが必要になる。重臣の一人グリアジート卿が、もちろんグリアジート卿に限らず国政に於いて重責を負う者が、国王の王都不在を把握していないなどあってはならないことだ。

「しかし、おまえ、一人でポポネシアに行ったのか? いや、わたしの偽物は一緒だろうけど」
「まさか! 従者を伴った」
カテロヘブが連れて行った家臣の名を口にするとネネシリスが蒼褪めた。

「その者たちは……俺はおまえの偽者にサワーフルト山での狩りに誘われて、で、俺の目の前で全員死んだ。おまえの偽者に殺されたんだ」
ネネシリスがカテロヘブから目を逸らす。が、カテロヘブは真っ直ぐネネシリスを見詰めたままだ。
「ジェレンダの森では、おまえの偽物がアイツらを手に掛けたんだと思う。全員息絶えたと、アイツは俺に言った」

 クッとネネシリスが唇を噛む。
「なぜ、おまえを見間違えたりしたんだろう?」
カテロヘブは苦笑いするしかない。
「俺もおまえを見間違えた。そう悔やむな……なにしろ、敵はがお得意らしい。だが、もう騙されない」

「随分と自信があるようだな」
「偽物は、俺やおまえだけじゃない。きっとクリオテナの偽物もいる。でも、偽物がいると判っているんだから慎重になればいいだけだ」
「慎重になったところで、判断つくだろうか?」
「自分と相手しか知らない何かが必ずあるはずだ。それを匂わせるだけで判断できると、俺は思う」
ジジョネテスキが実践したとは知らないカテロヘブだ。自信はないが、それが最善の方法と感じていた。

「それにしても失礼しちゃう。よくもわたしに化けたもんだわ」
苦情を言ったのは、お茶を淹れ終わったクリオテナだ。皮膚科医スリメンテランド経由で王都に流れた噂の件だ。ティーセットとは別に紙袋を持ってきて
「これでいいのかしら?」
カテロヘブに渡してきた。中身はお手製のクッキーだ。

「ありがとう。これだけあれば充分だ」
「それって、馬に乗せてたに?」
「ん……うん。そうだよ」
否定はできない、不自然過ぎる。クリオテナはクルテとカッチーがカテロヘブの部屋に居ると知っている。

「ふぅん。で、彼女は誰?」
まぁ、訊かれるよな。

「ジェレンダの森で、毒矢にやられた俺を見つけて介抱してくれた……それからずっと一緒にいる」
クリオテナ、これで察してくれないか? 説明できるような身分じゃないって、判ってるんだろう?

「そっか……」
カテロヘブをチラッと見たクリオテナ、お茶請けに用意した皿のクッキーに手を伸ばしながら言った。
「それじゃ、存分に褒美を取らせないとね。まさかクッキーってわけにはいかない。それからあの若者は? サンザメスク卿の紋章を付けていたけど?」

 クルテから話が逸れて、カテロヘブがほっとする。
「あぁ、ダーロンの猶子になると決まってるんだ。正式な手続きはこれからだけど」

「だから衣装にサンザメスク卿の紋章があったのね。馬の胴飾りにカテロヘブの紋章があったってことは、側近にするつもり――なるほどね」
「ローシェッタ国で最初に知り合った一人だ。それから従者として一緒に来てくれている。かなり世話になったし、それに……」
それに俺たちの従弟だ。が、いきなりは言えない。クリオテナに報せるには準備不足だ。

「それに、彼の才能を伸ばしたい。文武両道いける口だ」
魔力だってバカにできない。これも今はまだ言えない。

「少なくともダーロンは承知しているんでしょう? サンザメスク卿は名が出てこないところを見るとこれからかな?――まぁ、彼については問題ないわ」
それ、他のところに問題があると言いたい?

「ローシェッタ国王太子とは仲がいいの?」
ラクティメシッスに問題があるのか?

ララティスチャングローシェッタ国王都から共に旅をしてきた。婚約者のマデリエンテ姫と知り合ったのがきっかけだけど、うん、二人とも友人だ」
「婚約したとは聞いてないわ」
「正式発表がまだなだけで王太子の意思は固いし、マデリエンテ姫はローシェッタ国王室魔法使い総帥クラデミステ卿のご令嬢……なんの問題もなく婚姻の運びとなる」
「釣り合いの取れる身分ってことね」

 えっ? この展開は拙くないか? クルテの身分をとやかく言うつもりでラクティメシッスの話を持ち出した?

「ところで、フレヴァンスさまに会ったことは?」
「あぁ、ララティスチャングで」
「話したことは?」

 なぜここでフレヴァンス? いやな予感がするが、隠すこともない。でも、絵の中に逃げ込んでいたのを助け出したって話は長くなりすぎる。

「お茶をご一緒したことがある」
クルテが用意した、菓子と果物が零れそうな皿とレモン水の瓶を目の前に置かれ、空腹と渇きで我慢できずに絵から手だけ出してきたフレヴァンス、コロコロと鈴の音のような可愛らしい声だった。こちらが訊きたいことを聞いた後は、愚痴や惚気を聞かされたな……なんだか懐かしい。

「あら、フレヴァンスさまとも仲がいいの? 優しい顔になってるわよ」
「ん? 懐かしいなと思っただけだ」
「ってことは、好印象だったってことね?」
「好印象って、フレヴァンスに?――ちょっと変わってて面白い女性ひとだったよ」
「美人だって評判よね?」
「兄を見れば一目瞭然だな」
「じゃあ、あなた、フレヴァンスさまを妻にしなさい」
「へっ?」
なんでそうなる!?

「へっ、じゃないわよ。ローシェッタ国王女なら、王妃に不足はないでしょう?」
「王妃……?」
「自分が国王だってこと、忘れちゃった?」
「いや、ちょっと待て。だいたい、こちらで決められることじゃない」
「あら、ローシェッタ国のほうから申し込まれてるのよ?」
「申し込まれてる?」
「うん。フレヴァンスを輿入れさせたいって」
「そんな話、聞いてない」
いや、聞いている。ラクティメシッスが謝ってくれた。フレヴァンスが勝手なことをしたと言っていた。

「まぁ、いいわよ。その方向で考えてくれれば」
「だから! その気はないって」
あの滅茶苦茶な女を妻になんかできるか! ラクティメシッスの妹だから悪くも言えないと、ちょっと変わってて面白い女性ひとなんて曖昧な言い方をしたのは失敗だった。

「王太子と懇意なら持ってこいの相手じゃないの――まぁ、ゆっくり考えなさいな」
クリオテナが立ち上がる。
「晩餐会の支度をするわ。カテロヘブ、あなたも部屋に戻って準備しなさい……そうそう、まさかあの娘、晩餐会には来ないわよね?」
まだ、お茶を一口も飲んでないカテロヘブだ。でも、お茶なんかどうでもいい。それにすぐにクリオテナを説得するのも無理だ。

「さぁ、どうだろうな?」
この返事はクリオテナに対するせめてもの抵抗だ。クルテとカッチーには部屋での待機を言い渡している。

「ま、二・三日は目をつぶるわ――娘はさっさと追い出して。たっぷり褒美を与えれば喜んで出て行くでしょうから」
「クリオテナ!」
とうとう憤りを隠せなくなったカテロヘブが立ち上がる。が、座ったままのネネシリスが腕を掴んで落ち着かせた。

「カテロヘブ王、ひとまず晩餐会にご出席ください」
この後に控えているのは、ローシェッタ国王太子を迎えての、そして国王の帰還を祝っての晩餐会だ。それを思い出せとネネシリスは言っている。
「細々した話は明日以降、いくらでも時間が取れるのでしょう?」

 ネネシリスをジッと見るカテロヘブ、そっと視線をずらしてから溜息をついた。
「着替えてくる」
クリオテナは父王の反対を押し切ってネネシリスと結婚した。ならばカテロヘブの気持ちだって判ってくれるはずだ――だが、それより先にクルテだ。クルテを人間にしないことにはどうにもならない。心におりを残したまま、カテロヘブはクリオテナの部屋から出て行った。

 カテロヘブが退出するのを待って、今度はクリオテナが溜息をついている。
「自分は父親の反対を押し切って結婚したくせにって思っているでしょうね」
ネネシリスが穏やかな笑みを浮かべる。
「それってわたしとのことですか?」

「他に誰がいるって言うのよ?」
呆れてクリオテナが笑う。少し気持ちが軽くなった。

「まあね、カテロヘブが恥ずかしげもなく馬に同乗させ、大衆の面前で抱き締め合った。それ相当の思いがあるはずよ。本心を言えば反対なんかしたくない」
「それじゃあなんで? それに、あんな言いかたはどうかな?」
ネネシリスの問いに、またも溜息をついてクリオテナがソファーに腰を下ろす。

 あの娘は人間じゃない……ネネシリスにそれを言えたらどんなに楽だろう? だけど言えない。ザジリレン王家の秘密につながってしまう。だから言えない。

 娘が人間ではないことを、わたしよりも強い魔力を持ち、魔法封じ・魔物封じの魔法が使えるカテロヘブは知っているはずだ。それでもあの娘を望んでいるということは人間に変える気でいる。だけど、そんなことができるのか? それに、その結果が恐ろしい。何が起きるか判らない……クリオテナが三度目の溜息をついた。

「ネネス……」
クリオテナにそう呼ばれるのは久しぶりだ……何かに打ちひしがれている? ネネシリスが妻を案じる。

「わたしはね、カテロヘブの幸せを願っているだけなの」
「判っているよ」
ネネシリスがそっと、クリオテナの肩を抱き寄せた――
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