残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

文字の大きさ
61 / 404
第2章 不遇の王子

自覚

しおりを挟む
 ネデントスが大喜びでジョジシアスに告げる。興奮で、いささか声が大き過ぎる。
「これでジョジシアスさまも国政を討議する場への出席が認められたという事です」
当のジョジシアスは当惑気味で、『何かの間違いではないか?』と言い出しそうな顔だ。だが、ネデントスの次の一言で、ジョジシアスも歓喜の色を見せた。

「何しろ、あの王妃さまが『そろそろ王族の仕事を教えるべき』と仰ったそうですから」
「えっ?」
「王妃さまが国王にご進言なさったそうです。仕事を与え、王族の一員の自覚を持って貰わなければ困る、と」
「本当に?」
「王妃さまも第二王子を亡くされ、王太子さまの補佐をするのは第三王子であるジョジシアスさましかいないと思われたのでしょう」

 王妃ナナフスカヤがジョジシアスを毛嫌いしていることを、王宮で知らない者はいない。そのナナフスカヤがジョジシアスを国政会議に出席する立場にせよと言った。表立っては言わないものの、誰もがみんな驚いている。

「それにしても、まずは庭師たちを統率する仕事から始めろというのも珍しい」
皮肉を込めて言ったのはモフマルドだ。
「王子であればまずは近衛将校とはならないのですか? 庭師の統率からと言うのがバイガスラ国での伝統だとか?」
これにはネデントスも少し嫌な顔をする。

「まぁ、近衛将校が多いけど、たまには違ってもいいじゃないか。これを足掛かりにすればいいのだし……」
なんとも歯切れの悪い言い方だ。そして、申し訳なさそうにこう付け加えた。
「国王は……王妃さまの進言に、そういう事なら近衛小隊を任せようとお喜びになった。だが王妃さまが、『いきなりそれは荷が重いだろう、庭師の統率がせいぜいだ』と仰った」
ネデントスはきっと『農民には』と言う言葉を端折はしょったと思うモフマルドだ。

「うん、そうだな、俺には近衛小隊は確かに荷が重い」
そう笑ったのはジョジシアスだ。
「ありがたくお承けすると父上に伝えて欲しい」

 ネデントスは複雑な顔をしたが、承知しましたと退出する。承けるという答えに安堵はしたものの、すんなりと王妃の言う通りと認めたジョジシアスの自己評価の低さに、少なからず不満を覚えたのだとモフマルドは見る。

 それにしても思ったよりも随分早く効果が出た。それほどまでにナナフスカヤは孤独なのか、と驚くモフマルドだ。ムスカリの花束を窓辺に届けてまだたった三日、国政の場にジョジシアスを参席させるようになるとまでは予測していなかった。せいぜいジョジシアスに執着を持っていることを自覚し始める程度と踏んでいた。

 無論、この展開に不満などない。むしろ望み以上の結果だ。国政への参加が叶ううえ、ジョジシアスに向ける国王の思いも知れた。ジョジシアスの冷遇を国王は少なくとも引け目に感じている。他の王子と同じ自分の子、そう考えていることは間違いない。王妃への遠慮が、表立ってジョジシアスに愛情を示すことをさせないだけだ。

 ジョジシアスの屋敷に住まうようになって探ったところによると、国王と王妃の仲は当初から冷め切ったものだったらしい。国王モーリシェンがまだ王太子だったころ、表敬訪問で訪れた隣国バチルデアの王女ナナフスカヤの美貌に魅了され、是非にと望んでの婚姻、だが縁談が持ち込まれた時からナナフスカヤは難色を示し、なかなか首を縦に振らなかった。

 周囲の説得に負け、王女という立場に泣いてナナフスカヤが嫁したのは、彼女が十四、夫のモーリシェンが十九の時だった。

 恋焦がれた少女を妻にしたモーリシェンの喜びはいかほどだっただろう。ナナフスカヤをそれはそれは大事にしたらしい。りすぐりの侍女を数多くつけ、食べる物、着る物、すべてにぜいを尽くした。そして毎夜、彼女のもとで過ごした。だが、どれほどモーリシェンが心を砕こうがナナフスカヤが微笑みを夫に向けることはなかった。

(体を開いても心は開けない――いや、心はさらに硬く閉ざされたことだろう)
容易に想像つくことだとモフマルドは思う。

 何があっても拒んではいけないと、ナナフスカヤは寝所で起こることについて言い聞かされてきたはずだ。ある程度の知識は仕込まれていたかもしれない。そうだとしても、心をほどく前に乙女を散らされた少女が、焦らされていた若い男の情熱を果たして愛情と受け止められただろうか?

 モーリシェンがナナフスカヤに夢中だったことは間違いないようだ。一年と少しで第一王子ジャスチルムを設け、その一年半後には第二王子キャリムナルが誕生している。二度目の出産は難産で、ナナフスカヤは体調不良を理由に二年ほどモーリシェンを遠ざけたが、その後すぐに末の娘を懐妊している。

 ところが、ナナフスカヤがモーリシェンを拒んでいた二年の間、厳密には後半の僅か三ヶ月の間だったようだが、モーリシェンは農民の娘と恋仲になりジョジシアスを生ませている。

(モーリシェンがジョジシアスの母親と深い仲になったのは、王位を継いですぐのこと……不自然だ。なぜ国王が農家の娘と知り合った?)

 ジョジシアスが生まれたのはナナフスカヤが末の娘マレアチナを出産する七ヶ月ほど前、ナナフスカヤの最後の妊娠が判明したころで、ナナフスカヤは『わたしでなくともよいでしょう』と、それ以後、モーリシェンを拒み続けているという。ご身分に見合った貴族の令嬢になさいませ――大勢の家臣の前でナナフスカヤはそう言い放ったという。

 しかしモーリシェンはジョジシアスの母以外の妾を持つことなく、現在に至っている。結局のところ国王は今でも王妃に心を囚われているというのが大方の見方だ。だからこそ王妃に逆らえない――

 思いを巡らすモフマルドにジョジシアスが尋ねる。
「承けると言ったはいいものの、庭師の統率とは何をすればいいものか?」
「正式に決まれば、庭師たちは日ごとの報告をジョジシアスさまにすることとなります。ジョジシアスさまはそれを聞けばいいのです」
「聞くだけか?」
「はい、聞くだけです。ですが、時には判断を求められることもあるでしょうから、その時はジョジシアスさまのご判断で庭師にめいじなさいませ」
「ほとんどすることがないようだ」
「そうですね」

 不満顔のジョジシアスにモフマルドが微笑みを向ける。
「庭をこうしたいとジョジシアスさまがお思いなら、それをめいじてもよいのです。庭に関してはジョジシアスさまに一任された、そういう事です。何かお考えがおありですか?」
「いや、それはないが……そのうち思いつくかもしれない」
少しジョジシアスの表情が明るくなる。

「それで、国政会議に参席しろとのことだが、俺はその席ではどうすればいい?」
「国王、王太子さまとともに、王族の段に席が設けられます。そこに座し、臣下たちの報告や提訴を聞くことになります」
「また聞くだけなのだな」
「はい、聞くだけです――国政会議での判断はすべて国王の仕事。けれど油断してはなりません。国王と言えど判断に迷われることもある。あるいはお心が決まっていても、王子や臣下の意見を聞いてみたいと思わないとは限らない。国王に意見を求められた時、しっかりとご自分の考えを示せるよう精進なさいませ」

「うむ……その時こそ、モフマルドがいつも俺に教えてくれる知識や他者を思いやる心が試される、そういうことだな」
「はい、その通りでございます」

 そうです、ジョジシアスさま。そうやってあなたの評価を上げていくのですよ。心の中でモフマルドが呟く。

 ネデントスの言うとおり足掛かりはできた。上手にこれを生かせば野望も遂げられよう。だが、まだ弱い――

 国王と王妃の内情、そしてジョジシアスの母親……この辺りをもう少し深く探り、野望を果たすのに一番の方法を見極める。それからだ。それが終われば一気に進められる――そんなことを考えながら、そろそろ夕暮れる窓の外を見るともなしに見るモフマルドだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...