残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第2章 不遇の王子

悪阻

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 夏の気配が漂う頃、バイガスラ王宮に晴れやかな知らせが舞い込んだ。グランデジア王妃となったマレアチナ王女が出産したというものだ。生まれたのは王子、そのうえ双子、グランデジアは一度に二人も王子を得たと、王都では二十日間にも及ぶいわいの振る舞いがもよおされたらしい。

 喜びはそれだけではない。二人の王子のうち、一人は二の腕に鳳凰ほうおうしるしをつけているとのこと、グランデジアは国力こそだが古い王家が続いていて、鳳凰に守られているとの言い伝えがある。グランデジア建国の王にも鳳凰の印があったと言われており、グランデジアのなお一層の隆盛を招く王子だと、生まれてすぐに王太子と決められた。立太子の儀は先になるものの、お祭り騒ぎになるのも致し方ない。

「そう言えば、マレアチナさまは王家の一員になられたのですよね?」
モフマルドがジョジシアスに問う。
「あぁ、なんかそんなことを言っていたな――王家の一員とはなんだ? 王妃なのだから一員に決まっているだろう?」

「グランデジア王家は少しばかり特殊なのですよ――王妃であれど王家の墓にあるびょうにての儀式を終えないうちは、王家の一員ではありません。大抵の王妃は王家の一員になれないままです。マレアチナさまはよほど国王に気に入られたのでしょうね」
王家の一員でない限り王位継承権がないことは言わないモフマルドだ。

 裏を返せばマレアチナには王位継承権が与えられた。もっとも、王家の守り人が承認しない限り王座には就けないのだから、マレアチナに王位が巡ってくることはないだろう。だがこれで、マレアチナが産んだ子が王位を継ぐことは確定されたと思っていい。

 稀に、後宮に王家の血筋の娘を入れて王家の一員とし、その娘が産んだ子に王位を譲ることがあるが、その王子よりもマレアチナの王子が優先される。王妃であり王家の一員、国王の寵愛を失ったとしても、いや、夫である国王が没しても、マレアチナの地位も身分も実権も保証されたことになる。王妃ではなくなったということだ。

「ふぅん、なんだか面倒な国なのだな」
「グランデジアは魔術師の国ですから。建国の王が随所に仕掛けた魔法が今も有効なのです」
「なるほど。だから魔法使いを王宮に侍らせているんだな。そんな国はグランデジア以外、ないだろう? 俺だって、初めて会った魔法使いはおまえだし、他には知らない。居るなんて話も聞かない。我が国の魔法使いはおまえだけだ」

 モフマルドがクスリと笑う。
「魔法はなかなか便利なものですよ――バイガスラも魔術師の部隊をお持ちになるといいのに」
「魔術師の部隊?」
まじないやうらない、病気を治したりばかりが魔法ではありません――もっとも、優秀な魔法使いはグランデジアが抱え込んでいると思いますがね」
「ふぅん……だが、その魔術師を抱え込んだグランデジアはあの程度の国だ。モフマルドを悪く言う気はないが、魔術師を国のために使っても大したことがなさそうに思える――相談役には、これ以上はないと判っているぞ」
魔法に魅力を感じていないジョジシアス、それでもモフマルドには気を使った。

「王子誕生に加え、昨年は国王の姉上も男の子を出産されたそうだ」
モフマルドのニヤニヤ笑いが止まったことにジョジシアスは気が付かない。

「グランデジア王宮はおめでた続きなのですね」
動揺を気取られないようモフマルドが答える。
「そうなのだよ、国王の姉上のお子ならば、王子に次ぐ立場。ますますグランデジア王家は安泰なうえ、二人目が春先に生まれるそうだ」

「二人目? それは国王の姉上に?」
「そうだよ。我が妹は産んだばかり、さすがに二度目の懐妊はまだ無理だろう」
モフマルドの質問の真意を知らずジョジシアスが愉快そうに笑う。

「今、悪阻つわりが酷くて姉上が痩せてしまい心配だと、マレアチナが手紙に書いて寄越したそうだ」
「そうですか、それはさぞやご心配でしょうね」

 心の中のどす黒いものを隠してモフマルドが同情しているフリをする。そして思いついたように
「悪阻によい薬草がございますが、ご用意いたしましょうか?」
少しイヤそうにジョジシアスに問いかけた。

「なんだ、気が進まないようだな」
「はい、扱いが面倒なのです――男の目に触れると効果がなくなります。また、女子おなごでも身内以外の目に触れれば薬効が下がります」
「男は見るな、という事か?」
「えぇ……わたしが処方し封印のあとは、薬包さえも男の目に触れてはなりません。お産に関する秘法でございます、男を遠ざけるのも無理ありません」

「なるほど――でも、それでは届けようもないな」
「薬包にしたものをさらに封筒に入れましょう。それを封書に入れて手紙とともにお送りくださいませ。手紙に薬の服用法を詳しく書いてお送りすればよろしいかと存じます」

「なるほど、確かに扱いが面倒だな――薬はすぐできるのか?」
「今夜にでもお作りいたします。明日の朝には出来上がっているものかと」
「判った――マレアチナへ手紙を届けるのはネデントスに頼むことにする。アイツなら、確実にマレアチナの手元に届くよう手配してくれるはずだ」

 その夜、モフマルドは自分に与えられた部屋の窓から外を眺めていた。深夜ともなれば、さすがに暗い庭に人の気配はない。

 その暗い庭にグランデジア王宮の庭を重ね合わせて思い出そうとする。楽しかった幼い日、王女に向ける秘めた思い、それが叶わないと知ったあの日――

 どんなに必死に思いを伝えようとしても、話を聞きさえしてくれなかった王女、そして王女を奪い、わたしを蔑んだ目で見たあの男……

 その二人が子を授かり、幸せに暮らしている。さらにもう一人生まれるというのは、二人の仲が睦まじい証――

 嫉妬に胸が焼き焦げる。こんな遠く国を離れても、未だに心は王女のものという事か。グランデジアへの復讐は着々と進んでいるのに、子ができた、たったそれだけのことでここまでわたしを苦しめるのか。それならば、それならばいっそ、苦しみの源を断ってしまえ――

 だが、すぐに命を奪うのはだめだ。ジョジシアスが疑われてしまう。
(ならば、あの秘法――)

 えぇ、すぐに悪阻は治まりますとも、そんな薬も混ぜておきましょう。本当の効果が現れるのはずっと先、きっとお子も無事に生まれることでしょう――これで、やっとわたしはあなたから解放される。

 モフマルドは窓に映る自分の顔から目を背けた。
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