残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第3章 ニュダンガの道

岩の壁

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 ベルグの街からフェニカリデ・グランデジアを目指すベルグ街道は、ベルグを出た途端、荒涼とした景色が広がる。カルダナ高原から流れるドジッチ川はベルグを通ると北部山地に沿うようにサーベルゴカに向かうため、他に水源のないベルグ街道沿線は乾いた土地が広がっていた。それでも所々に森林があるのは地下に水脈があるからだ。

 点在する村落は井戸が頼りだが、それも干上ひあがることがあり、水には苦労させられている。

 村々を回って荷馬車に積んだ水のたるを売る行商人もいる。だが、時には高値で買った水が劣悪な水質のこともある。腹痛程度で済めばいいが、命を落とすことがなくもない。しかも犠牲者には幼い子どもが多く、人々の呪詛じゅそにも似た怒りが村を包んだ。

 人の飲み水にさえ苦労するのだから、当然農作物に与える水も不足する。森林が存在するのは地下水脈が比較的上層に流れる場所と推測すれば、水さえあれば豊かな作物が望める、そう考えたのがリオネンデの父、前王クラウカスナだった。

 クラウカスナは即位と同時に盟友シャルレニを一の大臣に据えた。もっともこれはクラウカスナの父、退位した前王の意向だ。息子新王の治世を支える一人として抜擢している。

 だがこれは諸刃もろはの剣だった。若いシャルレニの一足飛びの出世を妬む閣僚が多く、受け入れ難しと考えたからだ。

 シャルレニが拒まれたのはほかにも理由がある。シャルレニはグランデジア生まれであるものの、未知の大陸から流れついた夫婦から生まれたの子だった。サシーニャの父である。

 グランデジア政権は――王のごり押しの感も否めないものの、異民族(サシーニャの祖父母)がもたらした知識や技術、文化を積極的に取り入れていた。クラウカスナの代になればそれも一段落を迎えている。やり残したのは一つ、それをクラウカスナは父から託されている。

 グランデジアの荒野を潤し、豊かな実りのある土地に――それはダムを造り、その貯水を利用した水路建設を意味していた。だが、大掛かりなこの事業、莫大な資金と重い労役、そして気が遠くなるほど長い時間を要する。シャルレニ以外の閣僚がこぞって反対した。

 父王ほど押しをかせられない若い王はそれでも諦めず、密かに調査を進める。その結果、ダム造成に適するのはカルダナ高原、き止めるのはドジッチ川と目星をつけた。が、その矢先に王宮の火事騒ぎにより落命する。

 リオネンデ王は幼い頃から父王の夢のような未来を聞かされ育っている。それはサシーニャとて同じだ。ダムを提案したのはシャルレニであり、シャルレニは幼い息子に、やはり夢を語っていた。そしてダムや水路の建設に関わる蔵書を数多くのこしている――

 岩を積み上げ、それを土砂で補強する。かなりの高さになったが、指図書さしずしょと比べれば、まだまだ足りない。少しずつ幅を広げていき、そのうえで積み上げたほうがきっと効率がいい……カルダナ高原の木々に隠れた中に、不自然な岩壁が作られていた。それを見上げながらコネツがうなる。慎重に行かなけりゃ、今度こそ死人しびとが出る。コネツが先日の事故を思い出す。

 予期せぬ岩壁の崩壊に、下敷きになった男がいた。崩壊が小規模だったから犠牲者は一人で済んだ。全体が崩れるような大規模なものだったら、生き埋めにされた者が大勢出たことだろう。

 犠牲者と言っても、幸い命に別状はなかった。だが大怪我には間違いない。コネツが見る限り、片足が潰され、もう立つこともできなさそうだ。

 医術の心得のある者に応急手当をさせ、ベルグにのワダに急ぎ連絡する。駆け付けたワダに伴われていた魔術師は、『適切な応急手当のお陰で足を失うことはない』と怪我人に告げた。

 今まで通りとはいかないものの、自分で歩けるようにはなるでしょう――だがそれが何になる? 生きていくためにはかねが必要だ。不自由な体でどう稼ぐ? 雇ってくれるところなんかあるものか……男には女房と幼い二人の子がいた。

「心配するな」
ワダがそう言って怪我人に渡したのはずっしりと重い金袋だった。
「この金でしのげ。今は怪我を治すことを考えろ――元気になったらおまえにもできる仕事を俺が見つけてやる。俺を信じて頼れ」
怪我人は人目もはばからず号泣した――

 コネツはグランデジアの生まれではない。ほんの少し前までゴルドントの漁師町オーウエナリスにいた。港の護岸の補強工事を請け負う職人の一人だった。

 祖国を破ったグランデジア、その王リオネンデは虐殺好きのとんでもない男だと聞く。それなのに、占領されてからのほうがオーウエナリスの街は豊かになった。

 グランデジア軍は漁に出ることを推奨し、水揚げを保障した。不漁でも毎回同額で買い上げると言う。ただし大漁でも買い上げ金額は変わらない。それでも長い目で見れば、生活が安定したと感じた漁師は多いだろう。

 漁師の生活が安定すれば、漁師町なのだ、周囲の生活も安定する。兵たちも統率され、占領下にありがちな無体な行為もない。

 さらに、軍も逆らえない魔術師と呼ばれる者たちが来て『氷室』と言うものを作った。そこに貯蔵すれば漁で得た獲物を保存できた。氷室の氷を使えば、今までより遠くに売りさばけた。また、魚を開いて内臓を取り出したものを塩蔵し乾燥させる技術も教えてくれた。オーウエナリスの雇用は拡大し、こののちもっと豊かになることが予測された。

 派遣されただけの軍部や魔術師にこんな政策を行う権限があるはずはない、王の指示という事だ――コネツはリオネンデを見てみたいと思いフェニカリデに赴いた。会えるはずはないと判っていた。だが〝花の都〟と言われるフェニカリデに行けば、リオネンデがどんな人物か判るような気がした。

 フェニカリデは噂にたがわず美しかった。行きかう人々の表情も明るい。程よく施された木々や花々はよく手入れされ、建ち並ぶ建物は磨かれた石と木材を組み合わせたもの、土壁のみのオーウエナリスの街とは比べ物にならない。

 どうやって石と木材を貼り合わせるのだろう……そんなことを考えながら歩いているうちにふと気が付くとふところの物がない。られたのだ。途方に暮れているときにワダと出会った。

 花壇の縁に腰かけ項垂うなだれていたコネツに、声を掛けてきたワダからは酒の匂いがした。『なんで暗い顔をしている? おごるから一緒に飲もう』とワダは言った。ついて行っていいものか迷ったが、腹も減っていた。腹の虫が『ぐぅ』と、コネツの代わりに答えていた。

 たくみに話を引き出すワダに、いつの間にやら身の上話をしてしまったコネツ、金がないなら困るだろうと、その日はワダが泊まっている宿に同宿させてくれた。そして訊かれた。グランデジアを恨んでいるかい?

 グランデジアとのいくさで、多くの同胞を殺された。正直、恨みのような感情がない訳ではない。だが、それはグランデジアだって同じはずだ。

「なぜ、グランデジア王はゴルドントに戦を仕掛けたんだろう?」
質問に質問で答えたコネツ、ワダは気を悪くすることなくこう答えた。
「すべての人々が食に困ることなく暮らせるため、だって言ってたな」
「えっ?」

「最初は、手を取りあってともにそんな国を目指そうと打診するらしい。が、どこの国の王さまも信用してくれないんだと」
「それはリオネンデ王が言ったという事?」

 コネツの問いに答えずワダが続ける。
「自分がその王だとしてもそんな申し出、疑ってかかる。自分の国を富ませるのに必死で、他国の利益になんか構っちゃいられない。そんな申し出、自領が狙われてるとしか思えない。そうリオネンデ王は笑った」
思い出すのか、ワダも苦笑する。

「でも、すべての人が豊かに暮らすためには、自国が他国がとは言っていられない。なぜなら莫大な金と労力が必要だからだ。協力を拒むのならば戦でそれを獲得するしかなくなる。戦で失われる労力が惜しくて仕方ない。でも今は、それしか方法が思い浮かばない」

「ワダ、あんた何者なんだ?」
「俺か?」

 うっすらとワダが笑う。そしてその問いに答えず、続けた。
「俺はそんなリオネンデ王に忠誠を誓った。うん、実は子どものころから王子さまたちを知っていた。王子たちは俺ら孤児と一緒に畑仕事をし、苦労と喜びを共にしてくれた。王となった今もそれは変わっていなかった――グランデジア王宮であった火事騒ぎを知っているか?」

 急に話を振られて慌てるコネツ、
「あぁ、なんか随分死人が出たとか、噂にゃ聞いた」
大したことは知らないと、それでも頷く。

「あの時、俺たち孤児が働いていたブドウ園も焼けて、俺たちは行き場を失った。だから俺は、食ってくために盗賊になった」
「盗賊?」

「そんな顔するな、おまえの財布を盗ったのは俺の仲間じゃねぇ。俺らはフェニカリデではとうな商売しかしないし、貧乏人からは盗らない」
「貧乏で悪かったね――しかし、盗賊が真っ当な商売って……」

 呆れるコネツにワダが少し恥じ入るような顔になる。
「確かにな、突き詰めれば真っ当とは言えないかもな――余所よそで盗んだ金を使って宿屋や食堂を買い取って、そこで盗賊に向かないヤツや足を洗いたいヤツ、働かざる得ない子ども、そんなのを集めて働かせてる。フェニカリデ以外でもそうしてる」

「そんな場所があるなら盗賊なんてやめたらどうだ?」
「コネツさんよ、世の中、どれほど食いっぱぐれがいると思ってるんだい? 俺はリオネンデ王の話を聞いた時、俺が目指すものはこの王さまと同じだって、しみじみ思った。王のほうがもっと先を見越してるけどね」

「フェニカリデではそんな演説を王がするんだ?」
盗賊と王が知り合いのはずもないと思ったコネツがワダに問う。
「演説? リオネンデ王の演説なんか聞いたことがないなぁ……演説させるなら筆頭魔術師さまのほうがいい」

「筆頭魔術師? そうか、グランデジアは魔術師の国とも言われているな」
「うん、王はいいヤツでさっぱりしてるし思い切りもいい。もちろん頭もいい。が、難しいことをり回すのが苦手と言うか、嫌いだ。筆頭魔術師のサシーニャさまは、穏やかに見えて激しいおかた。が、その激しさは滅多なことじゃ見せない。そして恐ろしいほど賢いし、口も立つ。ま、俺の勝手な見立てだがな」

「ワダ、あんた、まるで王や、そのなんだ、筆頭魔術師? とやらと、まるで知り合いみたいなことを言うんだな」
蒼褪めるコネツにワダがクスッと笑った。
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