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第3章 ニュダンガの道
王家の守り人
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フェニカリデ・グランデジア――貴族相手の高級宿の客室、寝台で激しく動く気配がある。上体を起こし、豊かな胸を揺らしているのはジャルスジャズナ、跨られ、受け止めているのはワダ、ともすれば勢いで倒れそうなジャルスジャズナの腰を抱きとめている。
「あっううっ!」
呻きとも叫びともつかない声が聞こえ、ジャルスジャズナがぐっと身体を縮めようとする。それをワダが許さず、繋がった状態でジャルスジャズナの背を向こうに倒し、足を担ぎあげるとさらに攻めた……そしてやがてワダも動かなくなった。
時刻はようやく日が昇ろうかという頃、気の早い鳥の声が遠く聞こえる。だが、雨期に入った今、しとしとと霧のような雨が降り続いている。
「仕納めかと思うと、やり足りない気がしてくるなんて、つくづくわたしは〝好きもの〟なのかね?」
ワダを指で弄びながらジャルスジャズナが笑う。ワダが元気を取り戻すのを待っている。
「仕納め?」
「そうだよ、王家の守り人在任中は禁欲生活だ」
「はは……ジャジャが我慢できるわけねぇ。抜け出してきて男漁りしそうだ」
「ダメダメ、王廟に誓うんだ。破れない」
「誓う?」
「そ。守り人は婚姻が禁じられるし、任命される前から配偶者がいた場合は別居。もちろん恋愛も御法度……でも、しなきゃいいのかな? 任を解かれてすぐ結婚したってのはいた気がする。たしかすぐに子ができた、待遠しかったんだろうね」
「へぇ……堅苦しいもんだな。他にも何かあるのか?」
「王家へのこの上ない忠誠、これは在任中だけじゃなく、任を解かれても変わらないと誓う。破れば死んじまうって言われてる」
「死ぬ?」
「王家に対する裏切り行為をしたら、即日、もしくは数日後に落命する――記録にも残ってるんだ。こうして某は何々王に矢を向けた。だがその矢が放たれる直前、某の心の臓は停止を見た、なぁんてね」
くすくすと笑うジャルスジャズナを、本当に怖そうな目をしてワダが見る。
「笑ってする話かよ? ほかにも何かあるのか?」
「あとは何だったっけかな……命に関わるようなのはほかにはなかったと思うけど。サシーニャに確認しとくよ」
「そ、そうか……」
「肉や魚も今日の朝食が最後。これは守り人じゃなくて魔術師だから――もっとも食べたきゃ食べてもいいんだけどね」
「随分とゆるい掟なんだな」
「掟? 禁欲については掟と言うより誓約だね。魔術師が肉食を断つのは流儀って言うか、常識かな?――魔法使いの中には動物食は血を汚して魔力を減退させるって考えがあるんだ。でも、だからって食べたいヤツはバクバク食ってるから、個人の考え一つだね」
「そう言えばサシーニャさま、サルナシ食ってた、俺たちに鹿肉食わせて」
「サシーニャは克己心が強いからね、それに頑固だし」
ジャルスジャズナが頓着のない笑顔を見せた
ゴムゴロでの再会からひと月が経とうとしていた。今日、ジャルスジャズナは王家の守り人となるべく王宮に入る。正午に迎えの馬車を寄こすとサシーニャから連絡があった。ジャルスジャズナは魔術師の正装で馬車に乗り込むことになる。
守り人になると決まったジャルスジャズナにワダは、自分が元盗賊であることや、宿屋や食堂を保有していることを打ち明けている。
『行商ってのは表向き、盗賊か何かだって感じてたけど……いい金の使い方してるじゃないか。やっぱりわたしが見込んだだけあるよ』
驚くジャルスジャズナに
『惚れたか? 俺と所帯持つか?』
と冗談を返したワダだ。
意外にもジャルスジャズナは真面目な顔で、
『わたしが守り人の任を解かれたら、そうなってもいいよ』
と言う。そして次には
『でもね、何年先かは判らない。ジジイとババアになってそうだ』
と、笑い飛ばした。それも悪くないかもなぁ、言いはしないが思ったワダだ。
今回、ワダはジャルスジャズナを伴って、この高級宿を貸し切りにしている。二人とも入ってきたのは勝手口からだ。
ジャルスジャズナは〝ガンデルゼフトのジャジャ〟として顔が知られている。宿に入るところを見られたくなかった。ワダはもともと正面からは入ることができない。
酒が飲めないのが残念だ、といいながら、ゆっくりと朝食を楽しんだ。儀式に備えて酒は昨日から断っている。
「魔術師や守り人は、酒もダメなのか?」
ワダの質問に、それはないよ、とジャルスジャズナが答える。
「でもさ、今日は特別な儀式だし――だけどもう、大酒飲んで大騒ぎってのはできないね」
この時の笑みは寂しそうだった。
時はサラサラと流れていく。身を清め、魔術師の衣装を身に纏ったジャルスジャズナに、
「そうやって見ると、ジャジャでも立派な魔法使いに見える」
と、ワダが笑う。
「これでも上級魔術師だからね、立派の内に入れても問題なさそうだよ」
と、ジャルスジャズナも笑う。
「魔術師にも階級があるんだね」
ワダの質問に、
「階級もあれば役職もあるよ」
ジャルスジャズナが答える。
「役職?」
「サシーニャの筆頭魔術師ってのは役職。ヤツも上級魔術師の一人――サシーニャの魔力なら、上級じゃなく特級とでもしたほうがよさそうだけど」
「サシーニャさまはそんなに凄いんだ?」
「どんどん魔力が強まってる。見た目と違って、能力には王家の血が色濃く出てるってことだね。今のサシーニャに対抗するには上級魔術師三人、いや、五人は必要。五人でも無理かな?」
「上級の下は中級?」
「いいや、上級の下は一等、で、二等三等と下がってく。で、見習い魔術師は七等。王に謁見できるのは一等以上、直答できるのは上級のみ。但し上級魔術師に命じられればこの限りではない。上級魔術師の〝お使い〟は命じた上級魔術師の代役と考えられて、王さまとお話しするのも許されるんだ」
「あぁあぁ、もういいよ、決まり事を聞いたって、俺は覚えられやしないよ」
面倒臭いとワダが悲鳴を上げる。
「そう言やあ、サシーニャに会いに魔術師の塔に行くって言ってたけど、それはかなり特別なことだよ」
「そうなんだ?」
「筆頭魔術師は魔術師の塔が総力あげて守る対象でもある。滅多な人間はその執務室に入れない。ワダが許されてるのはサシーニャの指示だろうけど、周囲は警戒してるはずだ。ヘンな動きをしないよう気を付けなよ」
「怖いこと言うなよ」
背中が冷たくなるワダだった。そしてツイっとジャルスジャズナから顔を背ける。
「もう、ジャジャには会えないな」
ジャルスジャズナがワダに向けた目を細める。
「会えなくはない――サシーニャに会いに来た時、会いたいって言えばサシーニャがわたしを呼んでくれる。手が離せない用事をしてない限り、わたしはサシーニャの呼び出しに応じる。サシーニャに頼んでおくよ」
「やっぱ、サシーニャのほうが上になるんだ?」
「立場ってこと? 魔術師としてならわたしはサシーニャの部下、グランデジア政権って事なら、同じか、わたしが少し上。権限によるね」
「権限?」
「うん、役職や身分にはそれそれ権限がある――魔術師筆頭は魔術師の塔に所属する全ての魔法使いを指導し統率する権限があり、王の補佐役として閣僚以下、軍を含めて従えさせる権利があるんだ」
「王さまに次ぐ身分?」
「そンな感じだね。大臣より上なのは確かだ。王家の守り人――王家の墓守とも言われるんだけど、これは王家に関することに権限を持つ。王でさえも王廟の意思には逆らえない、その王廟に関することは守り人が一切を取り仕切る。王でさえ頭が上がらない」
「王より上の身分か?」
「まさか! 絶対権力者は王に間違いない、王廟が認めた王には守り人だって逆らえない。ま、微妙なところだね」
「どっちにしろ、ジャジャ、おまえ、凄い身分になっちまうんだな」
これにもジャルスジャズナは寂しそうな顔になる。
「身分よりもさ、重要なのは〝人間関係〟だとわたしは思う。王にしろ、魔術師筆頭にしろ、大臣たちにしたって、どう関わってきた相手なのかで態度や対応の仕方が大きく左右されるものだ。わたしとワダの関係も同じだよ――大通りが騒がしい。迎えが来たようだね」
少しの間があって、扉の外から『お迎えがいらしています』と声がする。
「それじゃ行くね」
ジャルスジャズナが立ち上がる。
「おう――困ったことがあったら遠慮なく言え。俺はおまえの味方だぞ」
「そうだね、そん時はサシーニャ経由でワダを頼るよ」
そんなことにはならないだろう、心の中では互いにそう思っている二人だ。
フードを目深に被ったジャルスジャズナだけが部屋を出、宿の一階にある、広い玄関の間に向かう。少し置いてからワダも部屋を出、玄関の間を見おろせる階段の上に立つ。玄関の間は吹きに抜けになっていた。
迎えに来たのは若い魔術師のようだ。恭しげにジャルスジャズナに接している。サシーニャさまは馬車でお待ちです、と声が聞こえる。
ゆっくりとした足取りでジャルスジャズナが宿を出て行く。ワダがそれを目で追っていく。そしてジャルスジャズナの姿が見えなくなった。
(惚れてるよ、ジャジャ……)
何度もジャジャに囁いた。そのたび、騙されないよ、と笑ったジャジャ。それが昨夜は少し違った。
『お互い、惚れる相手を一人にしとけばよかったね――』
(ジャジャ、俺は――)
視界が滲むのを感じるワダだ。そして小さく、
「いまさら……本気はたった一人だったと、気付いたって遅いよな」
と呟いた――
雨期に入ったフェニカリデ・グランデジアの街が細かな雨粒で霞んでいる――王宮に向かう馬車に揺られるのは筆頭魔術師サシーニャと、数刻後には王家の守り人になるジャルスジャズナだ。宿屋の玄関に来た若い魔術師は御者の隣に座している。
「サシーニャ、雨を制御できる魔法はないのか?」
「それがあるなら水に困ることにはならないかと思われます」
「開発する気は?」
「どう頑張ってみても、糸口を見つけることすらできないでしょう」
馬車の窓からサシーニャが濡れ濡つ街を眺める。
「そもそも天候は摂理のひとつ。魔法で障るのは禁忌」
「摂理ねぇ……この世の中で最も美しいもの――」
ジャルスジャズナの声にサシーニャが視線を向ける。
「これは珍しい……ジャルスジャズナさまが建国の王の教戒を口になさった」
「わたしとて魔術師、偉大なる王の教戒書くらい、ま、暗記している、たぶん」
「たぶんなのですね」
サシーニャが苦笑いする。
馬車は王宮の大門を潜っていった――
「あっううっ!」
呻きとも叫びともつかない声が聞こえ、ジャルスジャズナがぐっと身体を縮めようとする。それをワダが許さず、繋がった状態でジャルスジャズナの背を向こうに倒し、足を担ぎあげるとさらに攻めた……そしてやがてワダも動かなくなった。
時刻はようやく日が昇ろうかという頃、気の早い鳥の声が遠く聞こえる。だが、雨期に入った今、しとしとと霧のような雨が降り続いている。
「仕納めかと思うと、やり足りない気がしてくるなんて、つくづくわたしは〝好きもの〟なのかね?」
ワダを指で弄びながらジャルスジャズナが笑う。ワダが元気を取り戻すのを待っている。
「仕納め?」
「そうだよ、王家の守り人在任中は禁欲生活だ」
「はは……ジャジャが我慢できるわけねぇ。抜け出してきて男漁りしそうだ」
「ダメダメ、王廟に誓うんだ。破れない」
「誓う?」
「そ。守り人は婚姻が禁じられるし、任命される前から配偶者がいた場合は別居。もちろん恋愛も御法度……でも、しなきゃいいのかな? 任を解かれてすぐ結婚したってのはいた気がする。たしかすぐに子ができた、待遠しかったんだろうね」
「へぇ……堅苦しいもんだな。他にも何かあるのか?」
「王家へのこの上ない忠誠、これは在任中だけじゃなく、任を解かれても変わらないと誓う。破れば死んじまうって言われてる」
「死ぬ?」
「王家に対する裏切り行為をしたら、即日、もしくは数日後に落命する――記録にも残ってるんだ。こうして某は何々王に矢を向けた。だがその矢が放たれる直前、某の心の臓は停止を見た、なぁんてね」
くすくすと笑うジャルスジャズナを、本当に怖そうな目をしてワダが見る。
「笑ってする話かよ? ほかにも何かあるのか?」
「あとは何だったっけかな……命に関わるようなのはほかにはなかったと思うけど。サシーニャに確認しとくよ」
「そ、そうか……」
「肉や魚も今日の朝食が最後。これは守り人じゃなくて魔術師だから――もっとも食べたきゃ食べてもいいんだけどね」
「随分とゆるい掟なんだな」
「掟? 禁欲については掟と言うより誓約だね。魔術師が肉食を断つのは流儀って言うか、常識かな?――魔法使いの中には動物食は血を汚して魔力を減退させるって考えがあるんだ。でも、だからって食べたいヤツはバクバク食ってるから、個人の考え一つだね」
「そう言えばサシーニャさま、サルナシ食ってた、俺たちに鹿肉食わせて」
「サシーニャは克己心が強いからね、それに頑固だし」
ジャルスジャズナが頓着のない笑顔を見せた
ゴムゴロでの再会からひと月が経とうとしていた。今日、ジャルスジャズナは王家の守り人となるべく王宮に入る。正午に迎えの馬車を寄こすとサシーニャから連絡があった。ジャルスジャズナは魔術師の正装で馬車に乗り込むことになる。
守り人になると決まったジャルスジャズナにワダは、自分が元盗賊であることや、宿屋や食堂を保有していることを打ち明けている。
『行商ってのは表向き、盗賊か何かだって感じてたけど……いい金の使い方してるじゃないか。やっぱりわたしが見込んだだけあるよ』
驚くジャルスジャズナに
『惚れたか? 俺と所帯持つか?』
と冗談を返したワダだ。
意外にもジャルスジャズナは真面目な顔で、
『わたしが守り人の任を解かれたら、そうなってもいいよ』
と言う。そして次には
『でもね、何年先かは判らない。ジジイとババアになってそうだ』
と、笑い飛ばした。それも悪くないかもなぁ、言いはしないが思ったワダだ。
今回、ワダはジャルスジャズナを伴って、この高級宿を貸し切りにしている。二人とも入ってきたのは勝手口からだ。
ジャルスジャズナは〝ガンデルゼフトのジャジャ〟として顔が知られている。宿に入るところを見られたくなかった。ワダはもともと正面からは入ることができない。
酒が飲めないのが残念だ、といいながら、ゆっくりと朝食を楽しんだ。儀式に備えて酒は昨日から断っている。
「魔術師や守り人は、酒もダメなのか?」
ワダの質問に、それはないよ、とジャルスジャズナが答える。
「でもさ、今日は特別な儀式だし――だけどもう、大酒飲んで大騒ぎってのはできないね」
この時の笑みは寂しそうだった。
時はサラサラと流れていく。身を清め、魔術師の衣装を身に纏ったジャルスジャズナに、
「そうやって見ると、ジャジャでも立派な魔法使いに見える」
と、ワダが笑う。
「これでも上級魔術師だからね、立派の内に入れても問題なさそうだよ」
と、ジャルスジャズナも笑う。
「魔術師にも階級があるんだね」
ワダの質問に、
「階級もあれば役職もあるよ」
ジャルスジャズナが答える。
「役職?」
「サシーニャの筆頭魔術師ってのは役職。ヤツも上級魔術師の一人――サシーニャの魔力なら、上級じゃなく特級とでもしたほうがよさそうだけど」
「サシーニャさまはそんなに凄いんだ?」
「どんどん魔力が強まってる。見た目と違って、能力には王家の血が色濃く出てるってことだね。今のサシーニャに対抗するには上級魔術師三人、いや、五人は必要。五人でも無理かな?」
「上級の下は中級?」
「いいや、上級の下は一等、で、二等三等と下がってく。で、見習い魔術師は七等。王に謁見できるのは一等以上、直答できるのは上級のみ。但し上級魔術師に命じられればこの限りではない。上級魔術師の〝お使い〟は命じた上級魔術師の代役と考えられて、王さまとお話しするのも許されるんだ」
「あぁあぁ、もういいよ、決まり事を聞いたって、俺は覚えられやしないよ」
面倒臭いとワダが悲鳴を上げる。
「そう言やあ、サシーニャに会いに魔術師の塔に行くって言ってたけど、それはかなり特別なことだよ」
「そうなんだ?」
「筆頭魔術師は魔術師の塔が総力あげて守る対象でもある。滅多な人間はその執務室に入れない。ワダが許されてるのはサシーニャの指示だろうけど、周囲は警戒してるはずだ。ヘンな動きをしないよう気を付けなよ」
「怖いこと言うなよ」
背中が冷たくなるワダだった。そしてツイっとジャルスジャズナから顔を背ける。
「もう、ジャジャには会えないな」
ジャルスジャズナがワダに向けた目を細める。
「会えなくはない――サシーニャに会いに来た時、会いたいって言えばサシーニャがわたしを呼んでくれる。手が離せない用事をしてない限り、わたしはサシーニャの呼び出しに応じる。サシーニャに頼んでおくよ」
「やっぱ、サシーニャのほうが上になるんだ?」
「立場ってこと? 魔術師としてならわたしはサシーニャの部下、グランデジア政権って事なら、同じか、わたしが少し上。権限によるね」
「権限?」
「うん、役職や身分にはそれそれ権限がある――魔術師筆頭は魔術師の塔に所属する全ての魔法使いを指導し統率する権限があり、王の補佐役として閣僚以下、軍を含めて従えさせる権利があるんだ」
「王さまに次ぐ身分?」
「そンな感じだね。大臣より上なのは確かだ。王家の守り人――王家の墓守とも言われるんだけど、これは王家に関することに権限を持つ。王でさえも王廟の意思には逆らえない、その王廟に関することは守り人が一切を取り仕切る。王でさえ頭が上がらない」
「王より上の身分か?」
「まさか! 絶対権力者は王に間違いない、王廟が認めた王には守り人だって逆らえない。ま、微妙なところだね」
「どっちにしろ、ジャジャ、おまえ、凄い身分になっちまうんだな」
これにもジャルスジャズナは寂しそうな顔になる。
「身分よりもさ、重要なのは〝人間関係〟だとわたしは思う。王にしろ、魔術師筆頭にしろ、大臣たちにしたって、どう関わってきた相手なのかで態度や対応の仕方が大きく左右されるものだ。わたしとワダの関係も同じだよ――大通りが騒がしい。迎えが来たようだね」
少しの間があって、扉の外から『お迎えがいらしています』と声がする。
「それじゃ行くね」
ジャルスジャズナが立ち上がる。
「おう――困ったことがあったら遠慮なく言え。俺はおまえの味方だぞ」
「そうだね、そん時はサシーニャ経由でワダを頼るよ」
そんなことにはならないだろう、心の中では互いにそう思っている二人だ。
フードを目深に被ったジャルスジャズナだけが部屋を出、宿の一階にある、広い玄関の間に向かう。少し置いてからワダも部屋を出、玄関の間を見おろせる階段の上に立つ。玄関の間は吹きに抜けになっていた。
迎えに来たのは若い魔術師のようだ。恭しげにジャルスジャズナに接している。サシーニャさまは馬車でお待ちです、と声が聞こえる。
ゆっくりとした足取りでジャルスジャズナが宿を出て行く。ワダがそれを目で追っていく。そしてジャルスジャズナの姿が見えなくなった。
(惚れてるよ、ジャジャ……)
何度もジャジャに囁いた。そのたび、騙されないよ、と笑ったジャジャ。それが昨夜は少し違った。
『お互い、惚れる相手を一人にしとけばよかったね――』
(ジャジャ、俺は――)
視界が滲むのを感じるワダだ。そして小さく、
「いまさら……本気はたった一人だったと、気付いたって遅いよな」
と呟いた――
雨期に入ったフェニカリデ・グランデジアの街が細かな雨粒で霞んでいる――王宮に向かう馬車に揺られるのは筆頭魔術師サシーニャと、数刻後には王家の守り人になるジャルスジャズナだ。宿屋の玄関に来た若い魔術師は御者の隣に座している。
「サシーニャ、雨を制御できる魔法はないのか?」
「それがあるなら水に困ることにはならないかと思われます」
「開発する気は?」
「どう頑張ってみても、糸口を見つけることすらできないでしょう」
馬車の窓からサシーニャが濡れ濡つ街を眺める。
「そもそも天候は摂理のひとつ。魔法で障るのは禁忌」
「摂理ねぇ……この世の中で最も美しいもの――」
ジャルスジャズナの声にサシーニャが視線を向ける。
「これは珍しい……ジャルスジャズナさまが建国の王の教戒を口になさった」
「わたしとて魔術師、偉大なる王の教戒書くらい、ま、暗記している、たぶん」
「たぶんなのですね」
サシーニャが苦笑いする。
馬車は王宮の大門を潜っていった――
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