223 / 404
第5章 こいねがう命の叫び
残る憂い
しおりを挟む
リオネンデの急な呼び出しに、きっとあの件だ、とサシーニャが苦笑する。ララミリュースから相談を受けたのは二日前、ルリシアレヤの我儘に押し切られ、頼ってきたララミリュースに、
「王と直接交渉を。王の承諾が取れれば、あとはこちらでなんとでも致します」
と答えたサシーニャだ。
「ルリシアレヤさまの後見ではありますが、バチルデア国の代理人ではありません」
素っ気ないサシーニャに、これ以上粘って機嫌を損ねるのもどうかとララミリュースが引き下がる。内心、サシーニャが北叟笑んだと知るよしもない。
王の執務室に行くとリオネンデが待ち構えていて、
「ララミリュースは条件を飲んだぞ」
と笑う。
「ルリシアレヤが可愛くって仕方ないんだろうねぇ」
「ゴネませんでしたか?」
「不安そうだったが、グランデジアが信用できないかと尋ねたら、『よろしく』だとさ。それにしてもルリシアレヤは、なんだってフェニカリデに残りたいなんて言い出したんだろう?」
「ララミリュースに訊かなかったのですか? ルリシアレヤが『グランデジアの気候に慣れたい』と言っていると、わたしには言ってましたね」
「気候に慣れる?」
「バチルデアとグランデジアでは気候が違う……一年はいなければ判らない。だが、一年いれば残り一年で婚姻、だったらこのまま居続けたいとルリシアレヤが言っているのだそうです」
「王妃になる気でいるのだな……」
「そうですね。バチルデアにとってもルリシアレヤにとっても、それ以外、グランデジアにいる意味はなさそうです」
「ルリシアレヤは今日も蔵書庫か?」
「はい、エリザマリさまと二人でいらっしゃいました」
「チュジャンはそっちに?」
「いいえ、今日は休暇を取っております――バーストラテをルリシアレヤ専属にいたしました。一等魔術師ですが、そろそろ上級魔術師にしようと思っていた者です。このままルリシアレヤさまの護衛につけようと思います」
「バーストラテ? あのニコリともしない女か? ルリシアレヤの息が詰まりはしないか?」
「ルリシアレヤに勝手をさせないためには適任だと思いますよ」
ニコリともしないという表現に苦笑するサシーニャだ。が、心の中ではバーストラテの真面目さと口の堅さを買っている。そしてなにしろ、表面に出さないバーストラテの優しさを評価している。
「それにしても忙しいのにチュジャンが休暇? 生家で何かあったのか? 何日休む?」
珍しいなとリオネンデが呟く。
「今日一日で済むかと思います――サーベルゴカに行ったわけじゃありませんよ。フェニカリデでの住処を欲しておりましたので、わたしの街館に住まわせることにしました。与えた部屋を整えるため、今日はそちらに行っております」
「それは……」
何か言おうとしたリオネンデだが、チラリとジャッシフを見ただけで口を噤む。ジャッシフは少し驚いたようだったが、別段何も言わずいる。
傍らでスイテアが茶菓を用意するのを目の端に、ルリシアレヤのフェニカリデ居住の詳細が決められていく。いつも通り、サシーニャの計画をリオネンデが承諾するだけだ。
「王妃館が完成するまでの仮住まいは、少々小振りになりますが貴族に貸与する王宮館にいたします」
舞踏会終了後にチュジャンエラからルリシアレヤの意向を聞いていたサシーニャ、翌日にはリオネンデに報告し、ララミリュースに出す条件も、ルリシアレヤのフェニカリデ居住に関することも、大まかなことは決めてあった。ララミリュースがリオネンデに直談判し、出された条件に合意し、リオネンデが承諾したとなれば、次には具体的なことを決め、ララミリュースが帰国するまでにルリシアレヤの待遇を示めすことにしていた。
「好都合に王妃館に程近い貸与館に空きがございました。すぐに手入れさせ、王の婚約者が住まうに相応しい体裁に整えさせます」
調理係や給仕、小間使いなどはバチルデア宿舎の期間限定で仮雇いだった者たちを、本人の意向を聞いたうえで本雇いとし仮住まいに、いずれは王妃館へと継続することとする。
「王妃館に移る際には少々増員の必要がありそうですが、またその時考えます」
仮住まいの調度品についてはルリシアレヤの希望に沿うよう調整し、できる限り王妃館でも使えるものを新たに購入する。
「警護については魔術師の塔にお任せください。先ほど申し上げたバーストラテを責任者とし、あと二人、女性の魔法使いをお付けします」
しかし、とサシーニャが苦笑する。
「あの条件で、よく『うん』とララミリュースが言いましたね」
「あぁ、俺も驚いたさ。条件を飲むより娘を説得すると踏んでいたからな」
「えぇ、一度は『できない』と拒絶し、ルリシアレヤを説得しようとするだろうと思ってました。で、説得に失敗して、そのうえで再度いらして相談し、条件の緩和はないと判ってからの承諾と見ていましたから」
「そうだな、おまえはそう言っていたが――しかし、おまえが『ルリシアレヤをフェニカリデに置いておけ』と言った時は驚いたぞ」
クスリとサシーニャが笑う。
「一年先には敵対国となるバイガスラ、その連盟国バチルデアの王女が、自ら人質になってくれるのです。渡りに船と受け入れたまでの事です」
「すんなりルリシアレヤを預かれば疑われないとも限らない、一見『無理な』と思われる条件を出せ、か。サシーニャ、おまえを敵にはしたくないな」
「わたしの忠誠は揺るぎないもの、ご安心を――そう、『一見』無理に思えても、冷静に見れば少しも無理はない条件。フェニカリデに残るのは、王女ルリシアレヤとその侍女のみ、侍女エリザマリが帰国を望むのであれば帰国されてもよし。だが代わりの者を寄こすのは許さない……ルリシアレヤが案じられると言うだけでバチルデアに損があるわけではありません」
「だが、帰国したララミリュースから話を聞いたエネシクル王が、娘を返せと言ってこないか?」
「リオネンデと話していて、ララミリュースからエネシクル王の話は出ましたか?」
「俺の方が心配になって、エネシクル王の承諾が必要かと聞いたけれど、必要ないときっぱり言い切ってたぞ」
「ならば心配いりません。王妃に任せた事案、それを国王が覆せばララミリュースの立場がなくなります」
「今回のフェニカリデ来訪については全権がララミリュースにあると見ていると言っていたな」
「その見立てが当たっていたと言う事です。そうでなければ、ララミリュースの一存で後見についての約定や、王女をフェニカリデに住まわせるなどと言い出せないはずです」
「ルリシアレヤには何一つ不自由なくフェニカリデで暮らして貰わなくてはならないな。大事な人質だ」
「エネシクルは子煩悩と聞いております。簡単にルリシアレヤを見捨てるとは思えません。が、いざとなれば容赦なくグランデジアと対立するでしょう」
「水源を牛耳られていてはな。バイガスラがグランデジアを攻めろと言ってくれば従うしかない……可愛い末娘より、国を守る。それでこそ王と言えるか」
「ワズナリテを大臣に加えたいとリオネンデから聞いた時、なるほど、と思いましたが、リオネンデは全く考えになかったようですね」
「うぬ……」
リオネンデが気まずく笑う。
「森を超えてバチルデアがダズベルに攻め込んでくる可能性なんか、少しも考えてなかったさ。ダズベルが国境だって事すら忘れてた」
「わたしはどうしたものかと悩んでいましたよ? ダズベルの守りを強化しておきたいのに、オズモンドは自領に干渉するなと聞き入れないだろうな、と」
「あの親爺は今も元気で頑固なのか?」
「そのあたりはワズナリテにお尋ねください。病を得たとも聞いていないし、多分元気なのでしょう」
「いい加減、息子に権限を委譲して引退すればいいのに」
「そうそうこちらの都合で動いてはくれませんよ。兄のアスリティスなら、ワズナリテに協力的でしょうから、思い通りに事はすんなり進みそうですがね」
一息ついたサシーニャが、茶請けのアナナスに手を伸ばし、
「ここに来ると大抵アナナスを出してくれますね。これからアナナスが食べたくなったらお茶をご馳走になりに来ようかな」
と、スイテアに話しかける。それには微笑みで答えるスイテア、サシーニャが
「そう言えば、モリジナル土産、できれば後宮全員にと思ったのですが、到底足りるものではなかったでしょう?」
と言えば
「だからあんなに沢山だったのですね」
スイテアが納得する。
リオネンデがそんなにあったんだ? 俺は食ってないぞ、と苦情を言えば、
「子どもたちに配りました――リオネンデさまの分はジャルスジャズナさまとチュジャンにあげてしまいましたから」
とスイテアが笑う。
「子どもたちの分には足りたのですね? それならよかった……他の客から苦情が来ると、店主に厭味を言われながらも買い占めた甲斐がありました。」
ほっとしたようで、サシーニャがうっすらと笑みを浮かべた。
和んだ空気の中でリオネンデが難しい顔になる。
「なぁ、サシーニャ。今度の戦にはスイテアも連れていくぞ」
「えぇ、承知しております」
今さらそれがどうかしたかと言いたそうなサシーニャに、
「もし、俺とおまえ、そしてスイテアに万が一があったら、後宮はどうなるんだ?」
リオネンデが静かに問いかける。
穏やかな視線をリオネンデに向けて、
「その時の事はジャルスジャズナに指示を出してあります」
サシーニャが答える。
「遺された王家の一員はレナリムのみ。ジャニアチナを王家に迎え、即位させるしかありません。王廟も拒まないと見込んでいます。他にはいないのですからね。そのうえで、ジャルスジャズナとジャッシフを摂政に、グランデジアの国家を存続させるようにと――後宮ですが、レナリムに仕切らせようと考えております。国母が後宮を仕切ることに否を唱える者はいないはず」
「レナリムならば間違いなく勤めてくれそうだが、承知するかな?」
「バイガスラとの開戦直前に、復讐だと打ち明けます。レナリムも承知することでしょう」
リオネンデが黙って話を聞いているジャッシフに視線を向ける。頷くジャッシフに『ふむ』とリオネンデが唸る。
「王女を妻にした覚悟はできたか?」
頷いた理由をリオネンデが問えば、
「はい。同時に、王と筆頭は必ずお戻りになると信じております」
と答えるジャッシフだ。
魔術師の塔に戻ったサシーニャが、少し迷ってから蔵書庫に行く。すると、そこにはルリシアレヤとバーストラテがいるだけだった。厳格なバーストラテ相手ではルリシアレヤのお喋りも影を潜め、静かに本に目を落としている。
「王と直接交渉を。王の承諾が取れれば、あとはこちらでなんとでも致します」
と答えたサシーニャだ。
「ルリシアレヤさまの後見ではありますが、バチルデア国の代理人ではありません」
素っ気ないサシーニャに、これ以上粘って機嫌を損ねるのもどうかとララミリュースが引き下がる。内心、サシーニャが北叟笑んだと知るよしもない。
王の執務室に行くとリオネンデが待ち構えていて、
「ララミリュースは条件を飲んだぞ」
と笑う。
「ルリシアレヤが可愛くって仕方ないんだろうねぇ」
「ゴネませんでしたか?」
「不安そうだったが、グランデジアが信用できないかと尋ねたら、『よろしく』だとさ。それにしてもルリシアレヤは、なんだってフェニカリデに残りたいなんて言い出したんだろう?」
「ララミリュースに訊かなかったのですか? ルリシアレヤが『グランデジアの気候に慣れたい』と言っていると、わたしには言ってましたね」
「気候に慣れる?」
「バチルデアとグランデジアでは気候が違う……一年はいなければ判らない。だが、一年いれば残り一年で婚姻、だったらこのまま居続けたいとルリシアレヤが言っているのだそうです」
「王妃になる気でいるのだな……」
「そうですね。バチルデアにとってもルリシアレヤにとっても、それ以外、グランデジアにいる意味はなさそうです」
「ルリシアレヤは今日も蔵書庫か?」
「はい、エリザマリさまと二人でいらっしゃいました」
「チュジャンはそっちに?」
「いいえ、今日は休暇を取っております――バーストラテをルリシアレヤ専属にいたしました。一等魔術師ですが、そろそろ上級魔術師にしようと思っていた者です。このままルリシアレヤさまの護衛につけようと思います」
「バーストラテ? あのニコリともしない女か? ルリシアレヤの息が詰まりはしないか?」
「ルリシアレヤに勝手をさせないためには適任だと思いますよ」
ニコリともしないという表現に苦笑するサシーニャだ。が、心の中ではバーストラテの真面目さと口の堅さを買っている。そしてなにしろ、表面に出さないバーストラテの優しさを評価している。
「それにしても忙しいのにチュジャンが休暇? 生家で何かあったのか? 何日休む?」
珍しいなとリオネンデが呟く。
「今日一日で済むかと思います――サーベルゴカに行ったわけじゃありませんよ。フェニカリデでの住処を欲しておりましたので、わたしの街館に住まわせることにしました。与えた部屋を整えるため、今日はそちらに行っております」
「それは……」
何か言おうとしたリオネンデだが、チラリとジャッシフを見ただけで口を噤む。ジャッシフは少し驚いたようだったが、別段何も言わずいる。
傍らでスイテアが茶菓を用意するのを目の端に、ルリシアレヤのフェニカリデ居住の詳細が決められていく。いつも通り、サシーニャの計画をリオネンデが承諾するだけだ。
「王妃館が完成するまでの仮住まいは、少々小振りになりますが貴族に貸与する王宮館にいたします」
舞踏会終了後にチュジャンエラからルリシアレヤの意向を聞いていたサシーニャ、翌日にはリオネンデに報告し、ララミリュースに出す条件も、ルリシアレヤのフェニカリデ居住に関することも、大まかなことは決めてあった。ララミリュースがリオネンデに直談判し、出された条件に合意し、リオネンデが承諾したとなれば、次には具体的なことを決め、ララミリュースが帰国するまでにルリシアレヤの待遇を示めすことにしていた。
「好都合に王妃館に程近い貸与館に空きがございました。すぐに手入れさせ、王の婚約者が住まうに相応しい体裁に整えさせます」
調理係や給仕、小間使いなどはバチルデア宿舎の期間限定で仮雇いだった者たちを、本人の意向を聞いたうえで本雇いとし仮住まいに、いずれは王妃館へと継続することとする。
「王妃館に移る際には少々増員の必要がありそうですが、またその時考えます」
仮住まいの調度品についてはルリシアレヤの希望に沿うよう調整し、できる限り王妃館でも使えるものを新たに購入する。
「警護については魔術師の塔にお任せください。先ほど申し上げたバーストラテを責任者とし、あと二人、女性の魔法使いをお付けします」
しかし、とサシーニャが苦笑する。
「あの条件で、よく『うん』とララミリュースが言いましたね」
「あぁ、俺も驚いたさ。条件を飲むより娘を説得すると踏んでいたからな」
「えぇ、一度は『できない』と拒絶し、ルリシアレヤを説得しようとするだろうと思ってました。で、説得に失敗して、そのうえで再度いらして相談し、条件の緩和はないと判ってからの承諾と見ていましたから」
「そうだな、おまえはそう言っていたが――しかし、おまえが『ルリシアレヤをフェニカリデに置いておけ』と言った時は驚いたぞ」
クスリとサシーニャが笑う。
「一年先には敵対国となるバイガスラ、その連盟国バチルデアの王女が、自ら人質になってくれるのです。渡りに船と受け入れたまでの事です」
「すんなりルリシアレヤを預かれば疑われないとも限らない、一見『無理な』と思われる条件を出せ、か。サシーニャ、おまえを敵にはしたくないな」
「わたしの忠誠は揺るぎないもの、ご安心を――そう、『一見』無理に思えても、冷静に見れば少しも無理はない条件。フェニカリデに残るのは、王女ルリシアレヤとその侍女のみ、侍女エリザマリが帰国を望むのであれば帰国されてもよし。だが代わりの者を寄こすのは許さない……ルリシアレヤが案じられると言うだけでバチルデアに損があるわけではありません」
「だが、帰国したララミリュースから話を聞いたエネシクル王が、娘を返せと言ってこないか?」
「リオネンデと話していて、ララミリュースからエネシクル王の話は出ましたか?」
「俺の方が心配になって、エネシクル王の承諾が必要かと聞いたけれど、必要ないときっぱり言い切ってたぞ」
「ならば心配いりません。王妃に任せた事案、それを国王が覆せばララミリュースの立場がなくなります」
「今回のフェニカリデ来訪については全権がララミリュースにあると見ていると言っていたな」
「その見立てが当たっていたと言う事です。そうでなければ、ララミリュースの一存で後見についての約定や、王女をフェニカリデに住まわせるなどと言い出せないはずです」
「ルリシアレヤには何一つ不自由なくフェニカリデで暮らして貰わなくてはならないな。大事な人質だ」
「エネシクルは子煩悩と聞いております。簡単にルリシアレヤを見捨てるとは思えません。が、いざとなれば容赦なくグランデジアと対立するでしょう」
「水源を牛耳られていてはな。バイガスラがグランデジアを攻めろと言ってくれば従うしかない……可愛い末娘より、国を守る。それでこそ王と言えるか」
「ワズナリテを大臣に加えたいとリオネンデから聞いた時、なるほど、と思いましたが、リオネンデは全く考えになかったようですね」
「うぬ……」
リオネンデが気まずく笑う。
「森を超えてバチルデアがダズベルに攻め込んでくる可能性なんか、少しも考えてなかったさ。ダズベルが国境だって事すら忘れてた」
「わたしはどうしたものかと悩んでいましたよ? ダズベルの守りを強化しておきたいのに、オズモンドは自領に干渉するなと聞き入れないだろうな、と」
「あの親爺は今も元気で頑固なのか?」
「そのあたりはワズナリテにお尋ねください。病を得たとも聞いていないし、多分元気なのでしょう」
「いい加減、息子に権限を委譲して引退すればいいのに」
「そうそうこちらの都合で動いてはくれませんよ。兄のアスリティスなら、ワズナリテに協力的でしょうから、思い通りに事はすんなり進みそうですがね」
一息ついたサシーニャが、茶請けのアナナスに手を伸ばし、
「ここに来ると大抵アナナスを出してくれますね。これからアナナスが食べたくなったらお茶をご馳走になりに来ようかな」
と、スイテアに話しかける。それには微笑みで答えるスイテア、サシーニャが
「そう言えば、モリジナル土産、できれば後宮全員にと思ったのですが、到底足りるものではなかったでしょう?」
と言えば
「だからあんなに沢山だったのですね」
スイテアが納得する。
リオネンデがそんなにあったんだ? 俺は食ってないぞ、と苦情を言えば、
「子どもたちに配りました――リオネンデさまの分はジャルスジャズナさまとチュジャンにあげてしまいましたから」
とスイテアが笑う。
「子どもたちの分には足りたのですね? それならよかった……他の客から苦情が来ると、店主に厭味を言われながらも買い占めた甲斐がありました。」
ほっとしたようで、サシーニャがうっすらと笑みを浮かべた。
和んだ空気の中でリオネンデが難しい顔になる。
「なぁ、サシーニャ。今度の戦にはスイテアも連れていくぞ」
「えぇ、承知しております」
今さらそれがどうかしたかと言いたそうなサシーニャに、
「もし、俺とおまえ、そしてスイテアに万が一があったら、後宮はどうなるんだ?」
リオネンデが静かに問いかける。
穏やかな視線をリオネンデに向けて、
「その時の事はジャルスジャズナに指示を出してあります」
サシーニャが答える。
「遺された王家の一員はレナリムのみ。ジャニアチナを王家に迎え、即位させるしかありません。王廟も拒まないと見込んでいます。他にはいないのですからね。そのうえで、ジャルスジャズナとジャッシフを摂政に、グランデジアの国家を存続させるようにと――後宮ですが、レナリムに仕切らせようと考えております。国母が後宮を仕切ることに否を唱える者はいないはず」
「レナリムならば間違いなく勤めてくれそうだが、承知するかな?」
「バイガスラとの開戦直前に、復讐だと打ち明けます。レナリムも承知することでしょう」
リオネンデが黙って話を聞いているジャッシフに視線を向ける。頷くジャッシフに『ふむ』とリオネンデが唸る。
「王女を妻にした覚悟はできたか?」
頷いた理由をリオネンデが問えば、
「はい。同時に、王と筆頭は必ずお戻りになると信じております」
と答えるジャッシフだ。
魔術師の塔に戻ったサシーニャが、少し迷ってから蔵書庫に行く。すると、そこにはルリシアレヤとバーストラテがいるだけだった。厳格なバーストラテ相手ではルリシアレヤのお喋りも影を潜め、静かに本に目を落としている。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
新作
【あやかしたちのとまり木の日常】
連載開始しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる