残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第5章 こいねがう命の叫び

残る憂い

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 リオネンデの急な呼び出しに、きっとあの件だ、とサシーニャが苦笑する。ララミリュースから相談を受けたのは二日前、ルリシアレヤの我儘わがままに押し切られ、頼ってきたララミリュースに、
「王と直接交渉を。王の承諾が取れれば、あとはこちらでなんとでも致します」
と答えたサシーニャだ。
「ルリシアレヤさまの後見ではありますが、バチルデア国の代理人ではありません」

 素っ気ないサシーニャに、これ以上粘って機嫌をそこねるのもどうかとララミリュースが引き下がる。内心、サシーニャが北叟笑ほくそえんだと知るよしもない。

 王の執務室に行くとリオネンデが待ち構えていて、
「ララミリュースは条件を飲んだぞ」
と笑う。

「ルリシアレヤが可愛くって仕方ないんだろうねぇ」
「ゴネませんでしたか?」
「不安そうだったが、グランデジアが信用できないかと尋ねたら、『よろしく』だとさ。それにしてもルリシアレヤは、なんだってフェニカリデに残りたいなんて言い出したんだろう?」
「ララミリュースに訊かなかったのですか? ルリシアレヤが『グランデジアの気候に慣れたい』と言っていると、わたしには言ってましたね」

「気候に慣れる?」
「バチルデアとグランデジアでは気候が違う……一年はいなければ判らない。だが、一年いれば残り一年で婚姻、だったらこのまま居続けたいとルリシアレヤが言っているのだそうです」
「王妃になる気でいるのだな……」
「そうですね。バチルデアにとってもルリシアレヤにとっても、それ以外、グランデジアにいる意味はなさそうです」

「ルリシアレヤは今日も蔵書庫か?」
「はい、エリザマリさまと二人でいらっしゃいました」
「チュジャンはそっちに?」
「いいえ、今日は休暇を取っております――バーストラテをルリシアレヤ専属にいたしました。一等魔術師ですが、そろそろ上級魔術師にしようと思っていた者です。このままルリシアレヤさまの護衛につけようと思います」
「バーストラテ? あの女か? ルリシアレヤの息が詰まりはしないか?」
「ルリシアレヤに勝手をさせないためには適任だと思いますよ」
ニコリともしないという表現に苦笑するサシーニャだ。が、心の中ではバーストラテの真面目さと口の堅さを買っている。そしてなにしろ、表面に出さないバーストラテの優しさを評価している。

「それにしても忙しいのにチュジャンが休暇? 生家で何かあったのか? 何日休む?」
珍しいなとリオネンデが呟く。
「今日一日で済むかと思います――サーベルゴカに行ったわけじゃありませんよ。フェニカリデでの住処を欲しておりましたので、わたしの街館に住まわせることにしました。与えた部屋を整えるため、今日はそちらに行っております」
「それは……」
何か言おうとしたリオネンデだが、チラリとジャッシフを見ただけで口をつぐむ。ジャッシフは少し驚いたようだったが、別段何も言わずいる。

 傍らでスイテアが茶菓を用意するのを目の端に、ルリシアレヤのフェニカリデ居住の詳細が決められていく。いつも通り、サシーニャの計画をリオネンデが承諾するだけだ。
「王妃館が完成するまでの仮住まいは、少々小振りになりますが貴族に貸与する王宮館にいたします」

 舞踏会終了後にチュジャンエラからルリシアレヤの意向を聞いていたサシーニャ、翌日にはリオネンデに報告し、ララミリュースに出す条件も、ルリシアレヤのフェニカリデ居住に関することも、大まかなことは決めてあった。ララミリュースがリオネンデに直談判し、出された条件に合意し、リオネンデが承諾したとなれば、次には具体的なことを決め、ララミリュースが帰国するまでにルリシアレヤの待遇を示めすことにしていた。

「好都合に王妃館に程近い貸与館にきがございました。すぐに手入れさせ、王の婚約者が住まうに相応ふさわしい体裁ていさいに整えさせます」
調理係や給仕、小間使いなどはバチルデア宿舎の期間限定で仮雇いだった者たちを、本人の意向を聞いたうえで本雇いとし仮住まいに、いずれは王妃館へと継続することとする。
「王妃館に移る際には少々増員の必要がありそうですが、またその時考えます」

 仮住まいの調度品についてはルリシアレヤの希望に沿うよう調整し、できる限り王妃館でも使えるものを新たに購入する。
「警護については魔術師の塔にお任せください。先ほど申し上げたバーストラテを責任者とし、あと二人、女性の魔法使いをお付けします」

 しかし、とサシーニャが苦笑する。
「あの条件で、よく『うん』とララミリュースが言いましたね」
「あぁ、俺も驚いたさ。条件を飲むより娘を説得すると踏んでいたからな」
「えぇ、一度は『できない』と拒絶し、ルリシアレヤを説得しようとするだろうと思ってました。で、説得に失敗して、そのうえで再度いらして相談し、条件の緩和はないと判ってからの承諾と見ていましたから」
「そうだな、おまえはそう言っていたが――しかし、おまえが『ルリシアレヤをフェニカリデに置いておけ』と言った時は驚いたぞ」

 クスリとサシーニャが笑う。
「一年先には敵対国となるバイガスラ、その連盟国バチルデアの王女が、自ら人質になってくれるのです。渡りに船と受け入れたまでの事です」
「すんなりルリシアレヤを預かれば疑われないとも限らない、一見『無理な』と思われる条件を出せ、か。サシーニャ、おまえを敵にはしたくないな」

「わたしの忠誠は揺るぎないもの、ご安心を――そう、『一見』無理に思えても、冷静に見れば少しも無理はない条件。フェニカリデに残るのは、王女ルリシアレヤとその侍女のみ、侍女エリザマリが帰国を望むのであれば帰国されてもよし。だが代わりの者を寄こすのは許さない……ルリシアレヤが案じられると言うだけでバチルデアに損があるわけではありません」
「だが、帰国したララミリュースから話を聞いたエネシクル王が、娘を返せと言ってこないか?」

「リオネンデと話していて、ララミリュースからエネシクル王の話は出ましたか?」
「俺の方が心配になって、エネシクル王の承諾が必要かと聞いたけれど、必要ないときっぱり言い切ってたぞ」
「ならば心配いりません。王妃に任せた事案、それを国王がくつがえせばララミリュースの立場がなくなります」
「今回のフェニカリデ来訪については全権がララミリュースにあると見ていると言っていたな」
「その見立てが当たっていたと言う事です。そうでなければ、ララミリュースの一存で後見についての約定や、王女をフェニカリデに住まわせるなどと言い出せないはずです」

「ルリシアレヤには何一つ不自由なくフェニカリデで暮らして貰わなくてはならないな。大事だいじな人質だ」
「エネシクルは子煩悩と聞いております。簡単にルリシアレヤを見捨てるとは思えません。が、いざとなれば容赦なくグランデジアと対立するでしょう」
「水源を牛耳られていてはな。バイガスラがグランデジアを攻めろと言ってくれば従うしかない……可愛い末娘より、国を守る。それでこそ王と言えるか」

「ワズナリテを大臣に加えたいとリオネンデから聞いた時、なるほど、と思いましたが、リオネンデは全く考えになかったようですね」
「うぬ……」

 リオネンデが気まずく笑う。
「森を超えてバチルデアがダズベルに攻め込んでくる可能性なんか、少しも考えてなかったさ。ダズベルが国境だって事すら忘れてた」
「わたしはどうしたものかと悩んでいましたよ? ダズベルの守りを強化しておきたいのに、オズモンドは自領に干渉するなと聞き入れないだろうな、と」
「あの親爺おやじは今も元気で頑固なのか?」
「そのあたりはワズナリテにお尋ねください。病を得たとも聞いていないし、多分元気なのでしょう」

「いい加減、息子に権限を委譲して引退すればいいのに」
「そうそうこちらの都合で動いてはくれませんよ。兄のアスリティスなら、ワズナリテに協力的でしょうから、思い通りに事はすんなり進みそうですがね」

 一息ついたサシーニャが、茶請けのアナナスに手を伸ばし、
「ここに来ると大抵アナナスを出してくれますね。これからアナナスが食べたくなったらお茶をご馳走になりに来ようかな」
と、スイテアに話しかける。それには微笑みで答えるスイテア、サシーニャが
「そう言えば、モリジナル土産、できれば後宮全員にと思ったのですが、到底足りるものではなかったでしょう?」
と言えば
「だからあんなに沢山だったのですね」
スイテアが納得する。

 リオネンデがそんなにあったんだ? 俺は食ってないぞ、と苦情を言えば、
「子どもたちに配りました――リオネンデさまの分はジャルスジャズナさまとチュジャンにあげてしまいましたから」
とスイテアが笑う。
「子どもたちの分には足りたのですね? それならよかった……他の客から苦情が来ると、店主に厭味を言われながらも買い占めた甲斐がありました。」
ほっとしたようで、サシーニャがうっすらと笑みを浮かべた。

 なごんだ空気の中でリオネンデが難しい顔になる。
「なぁ、サシーニャ。今度のいくさにはスイテアも連れていくぞ」
「えぇ、承知しております」
今さらそれがどうかしたかと言いたそうなサシーニャに、
「もし、俺とおまえ、そしてスイテアに万が一があったら、後宮はどうなるんだ?」
リオネンデが静かに問いかける。

 穏やかな視線をリオネンデに向けて、
「その時の事はジャルスジャズナに指示を出してあります」
サシーニャが答える。

「遺された王家の一員はレナリムのみ。ジャニアチナを王家に迎え、即位させるしかありません。王廟おうびょうも拒まないと見込んでいます。他にはいないのですからね。そのうえで、ジャルスジャズナとジャッシフを摂政に、グランデジアの国家を存続させるようにと――後宮ですが、レナリムに仕切らせようと考えております。国母が後宮を仕切ることに否を唱える者はいないはず」
「レナリムならば間違いなく勤めてくれそうだが、承知するかな?」
「バイガスラとの開戦直前に、復讐だと打ち明けます。レナリムも承知することでしょう」

 リオネンデが黙って話を聞いているジャッシフに視線を向ける。うなずくジャッシフに『ふむ』とリオネンデが唸る。

「王女を妻にした覚悟はできたか?」
頷いた理由をリオネンデが問えば、
「はい。同時に、王と筆頭は必ずお戻りになると信じております」
と答えるジャッシフだ。

 魔術師の塔に戻ったサシーニャが、少し迷ってから蔵書庫に行く。すると、そこにはルリシアレヤとバーストラテがいるだけだった。厳格なバーストラテ相手ではルリシアレヤのお喋りも影を潜め、静かに本に目を落としている。
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