残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第5章 こいねがう命の叫び

明かされない理由

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 ワダが姿を現したのは、サシーニャの予測通り翌日の朝だった。
「いかがですか、当宿特製の魔術師さま向けの料理の数々は?」
朝食を摂るサシーニャとグレリアウスにワダがお道化どけた。

 サシーニャがうっすら笑い、グレリアウスが少しムッとした顔でワダを見る。
「悪くない、いい味だ。だが……依頼したものと少し違うな」
「少し違う? 肉や魚を使わずに、と料理人にはちゃんと言いましたよ?」
「確かに肉や魚介類は使われていない。でも昨夜のシチューはヤギの乳が使われていたし、今朝のかゆには鶏卵たまごが入っている」
「えっ?」

 慌てるワダに、
「気にすることはありません。たまには動物由来の食べ物もおつなものです。魔術師の菜食主義は魔力を弱めないためと言われていますが、そんなのはただの迷信、本当は別の理由があるんです」
サシーニャが微笑む。

 別の理由ってなんだろうと思ったワダだが、
「例の件は巧く行ったようですね?」
と、サシーニャに先を越され、訊く機会を失している。

「えぇ、バイガスラの特産品の数々……象牙は特上品、少女をかたどった彫像です。そして毛織物は派手な柄の敷物で。それとバス皮で作られた外套コートにしました」
「ジロチーノモが気に入りそうですか?」
「派手好きで珍しい物好き、たぶん気に入られるのではないかと――でも、いいのですか? ジョジシアス王からの贈り物といつわるつもりなのでしょう?」

「ジョジシアス王に、ジッチモンデへの土産を寄こせとは言えませんからね。ジロチーノモにはジョジシアス王個人からでしかも非公式、側近にも内緒のものだから決して口外せず、間違っても礼状など送らないように、とでも言います」
「大丈夫なのかなぁ?」
「ジョジシアスとジロチーノモが顔を合わせることはありません。わたしがそう手配します。遺漏はないと思いますが、もしジョジシアスに知られたところで大して問題にはならないと見込んでいます。良かれと思って差し出た真似をしたとでも謝れば許されるでしょう。心配ありませんよ」
「サシーニャさまがそうおっしゃるのなら大丈夫ですね――で、今日は予定通りで?」
「はい、もうすぐバイガスラ王宮から迎えが来ますので――」

 打ち合わせを終えたワダが帰り、身支度を整え終わる頃、昨日の案内係が来たと宿の使用人が呼びに来た。グレリアウスと頷き交わし、宿の部屋からサシーニャが出て行った――

 ジョジシアスから書付を受け取り、改めて招待への謝礼と別れの挨拶を交わしているところに迎えの馬車が来たと門兵が告げに来る。
「迎えの馬車?」
いぶかるジョジシアスに、
「はい、ジッチモンデには馬車で行こうと思いまして――宿が手配してくれました」
サシーニャが事も無げに答える。

「言ってくれれば馬車ぐらい用意したのに」
ジョジシアスはサシーニャやグランデジアへの好意を少しでも示せる機会を逃して残念そうだが、
「馬でおでになったのでは?」
モフマルドは抜け目なく意地の悪いことを言う。おいでなさったと思うサシーニャ、意地悪がこれで済むとは思っていない。

「馬は宿に預かって貰いました。向こうもこちらの気を引きたいようで、多少の無理は聞いてくれるようです」
「ところで、書付に目を通されていないようですが確かめなくてよろしいのかな?」
やっぱりそれかと内心思いながらサシーニャが、モフマルドの神経を逆なでするような満面の笑みで答える。
「ジョジシアスさまからジロチーノモさまへの私信と考えております。確かに気にはなりますが、ジョジシアス王にお任せしたことです。わたしの信用を裏切るようなことはなさらないと確信いたしております」
言い終えるとジョジシアスに微笑んだサシーニャだ。

 ではまた、いずれお会いしましょうと辞したサシーニャたち、迎えの馬車に乗り込み、ワダとの待ち合わせ場所へと急ぐ。

 貴族仕様の馬車は五頭立て、籠にはサシーニャとグレリアウスが乗り込んだ。二人の一級魔術師は馬車を挟んで馬を駆る。

「本当に中を改めなくていいのですか?」
心配そうなグレリアウス、ジョジシアスの書付の事だ。
「約束通りの事をちゃんと書いてくれたのでしょうか? そもそも書かなければならないことをジョジシアス王は把握しきっているのでしょうか?」

「そこから心配しているのですか? ジョジシアス王もモフマルドも聡明な点は間違いなさそうですよ?――しっかりとした文体はモフマルドが考えたのかもしれませんが、内容は無難な線でした。書いて欲しいことは網羅もうらされていましたし、ヘンな魔法がかけられた痕跡もありません。魔法はすぐに見破られると踏んだのでしょうね。きっとこの書付は充分役目を果たしてくれることでしょう」
「あ……」
サシーニャは、触れただけで書かれた内容を読み取ることができる事を思い出したグレリアウスだ。

 途中、豪商身なりのワダとその片腕が籠に乗り込み、さらにワダの手下が二人、護衛のため馬で付き従った。部外者が見れば一行は、裕福な貴族が臣下を四人引き連れているとしか見えない。籠に乗り込むとワダが、着飾っていることを照れて笑った。

 バイガスラ王都を出るとあたりは深い森に囲まれた。ジッチモンデとの国境までは雑多な樹木が生い茂る森林が続く。この森林を超えて両国が相手国に攻め入ったことはない。森の深さに大軍を動かせないからだ。小競り合いを繰り返すのはもっぱら、もっと北に位置する海岸線の平野だ。そちらはどちらの領地ともつかない荒れ地が両国を隔てていた。

「盗賊がひそんでいたりしませんかね?」
グレリアウスが窓の外を不安げに見る。
「そん時は俺の手下がササッと片を付けてくれるさ」
ワダがクスッと笑う。なるほど、騎乗しているワダの手下は見るからに屈強そうだ。元盗賊の中でも腕っぷしに覚えがあり、さらに見栄えがしそうなのを選んできたな、と心の中でサシーニャが思う。グレリアウスはワダを、薬草売りから身を立てた商人と信じて疑っていない。

 ワダとともに籠に乗り込んだのは、体格はひょろっとしているが、雰囲気はゆったりとした物静かな男だ。
「モスリムと言います。以後お見知りおきを」
ダンガシクの店を取り仕切るモスリムには、商売について助言して貰っているとワダが説明した。

「モスリムのお陰で豪商って言われるほどの商売人になれたんだよ」
愉快そうに笑うワダに、
「グランデジアで押しも押されもしない豪商、大したものです――気が済んだでしょう? そろそろ覚悟は決まりましたか?」
サシーニャが謎めいた質問をする。キョトンとしたワダだったが、すぐに思い至って
「まぁなぁ……何もかもサシーニャさまはお見通しか?」
照れたような笑いを見せた。

 空があかねに染まる頃、急にあたりが開け、大きな門がある高い障壁しょうへきが見えてきた。その門の前で馬車が停まり、騎乗の一級魔術師の一人が大声で呼ばわった。
「開門を! グランデジア国準王子サシーニャの一行なり」
待たされたのは寸時、きしむ音を立てて門がゆっくりと開いていった。

 そこからは門の中で待機していたジッチモンデ兵五騎に護られて街道を進んだ。途中、幾つかの街を抜ける。ジッチモンデはグランデジアと比べて距離を置かずに街が造られていた。

 王都シルグワイザの門をくぐった頃にはすっかり夜も更け、森の賢者ブフニツァの鳴く声が遠く聞こえた。

「ジロチーノモ王へのお目通りは明日になります。今宵はこちらでごゆっくりお過ごしください」
王宮に到着し、通されたのは想像以上に豪華な部屋、きらびやかな装飾の広い居間が三間続きであり、寝台が三台置かれ浴室が付属した寝室が七部屋、居間のテーブルには酒や、まだ湯気を立てている食事が用意されていた。

 部屋に入ってからもしばらくは気を張り巡らせていたサシーニャが、ほっと力を抜いて長椅子に腰かける。
「扉の外にいる二人の兵は我々を護るように配されたもの、用事があれば聞いてもくれるようです。食事にも仕掛けはありません、安心して食べなさい」
「いや、しかし……」
躊躇ためらったのはワダだ。

「俺たちとサシーニャさまが、いくら寝室は別でも同じ部屋?」
「気にすることはありません。食事も好きなように食べるといい。おまえの手下はたいそう空腹なのではありませんか?」
ギョッとしたワダが見ると、モスリムはともかく、馬で来た二人はテーブルを睨みつけている。よだれを垂らしそうだ。
「おまえたち! お行儀よく食らうんだぞ!」
ワダの〝お行儀〟がいいとは言えない言葉遣いにサシーニャとグレリアウスがクスッと笑った。

 打ち合わせをしながらサシーニャが食べたのは揚げて糖蜜をかけた甘藷いも、刻んだ瓜や青菜をレモン果汁と菜種油に塩・胡椒を加えを攪拌したものでえた物、焼いたポッだけで、それもそれぞれ一口か二口、『小食は直ってないねぇ』とワダをあきれさせている。
「これがわたしには適量なのですよ」
サシーニャは笑ったが、心の中では『チュジャンがいたら、もっとうるさく言われただろう』と思っている。最低でもこの五倍は食べるまで解放してくれない。

 意識して食を控えていた。明日はジロチーノモに会う。きっと酒を勧められる。それを拒めば成否に関わると思った。酔い止めの魔法を使う予定でいる。

 酔い止めの魔法は施術直後の強烈な吐き気と解術後の長く続く、やはり強烈な吐き気と頭痛が難点だ。考えるだけで食欲が失せる。

 媚薬は使わない。ジッチモンデに魔術師はいないと判っている。だから魔法を使っても気取られる恐れはない。効果を調整できない薬品よりも反応を見て加減できる魔法のほうが確実だ。

 早々に寝室に引き上げる。もちろんサシーニャは寝室を一人で使う。他は好きにしろと言い渡したが、きっとグレリアウス、ワダ、モスリムは一人、一級魔術師二人とワダが連れてきた護衛と御者は、それぞれ一緒の部屋で眠るだろう。

(皮肉なものだな……)
寝台に横たわりサシーニャが思う。外遊なんて気を張り巡らせっぱなしで緊張の連続のはずなのに、フェニカリデにいる時よりもずっとよく眠れる。昼間の疲れのせいなのか? 確かに普段よりも疲労感が強い。

(王宮やフェニカリデの街中を気にせずにいられるからか?)
睡眠中でも警戒の気を張り巡らせていれば眠りも浅くなるだろう。それがないからよく眠れるのだと答えは出ている。

(何も考えずに寝てしまおう)
そう思うのに、寝具にくるまり目を閉じれば脳裏に愛しい人の面影が浮かぶ。
(心細さに泣いていないだろうか?)
一抹の不安と切なさ、それが不思議と心を温めていると気付かないまま、いつの間にか穏やかな眠りについていた――
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