残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第6章 春、遠からず

伏兵は 待つと限らず

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 ゴルドントには帰らなかった。グランデジアと小競り合いを続けるゴルドントにいたら、いつかリューデントと鉢合わせしてしまうかもしれない。だったらなんの関係もないコッギエサのほうがいいと思った。

 幸運にもコッギエサ王宮に下級官吏の職を得た――ノンザッテスの耳にもグランデジアの噂は届く。リューデントは火事で落命、王位を継いだのは弟王子リオネンデ、国王夫妻と王太子の殺害はリオネンデの仕業、多数の魔術師が塔の中で焼死した……そんな? 計算違いだ。火薬の量を間違えたか?

 クラウカスナを殺害したのは自分だ。王妃や王太子については知りようもない。父王の死を知ったリオネンデが、母親と兄を殺して王座を奪った? あのリオネンデならやるかもしれない。

 いや、もう考えまい、忘れるのが一番だ。そう思ったのにリオネンデが忘れさせてくれなかった。ゴルドントをグランデジアが鎮圧し併合したと、再びリオネンデの名を耳にする。コッギエサに逃れていなければ、捕らえられて殺されたかもしれない。ノンザッテスが恐怖に震える。

 即位して四年のリオネンデ王を人々は残虐で好戦的と噂した。自領に組み入れたゴルドントの民を理由もなく虐殺したとまことしやかにささやかれた。

 見つかれば殺される、クラウカスナ殺害犯をリオネンデが許すはずがない。自分があやめたことを知っているノンザッテス、グランデジアが知っているかどうかも判らないのにそう思い込んだ。

 しかしコッギエサは、グランデジアと対立しているわけではない。ゴルドントを制圧したばかりなのだし、グランデジアだって兵を休ませたいはずだ。だから攻め込んでこないだろう。

 今度こそ、すべて忘れさえすれば静かに暮らせる……下級官吏を真面目に勤めてさえいれば、自分にもいずれ人並みの幸福が訪れる。魔法を使えることは伏せていた。グランデジアとはもうかかわりのない人間になったのだ。それなのに……

 三の大臣ジッダセサンが頻繁にコッギエサ王宮を訪れる。コッギエサと講和条約を結びたいとリオネンデ王が言っているというが、ノンザッテスは信じなかった。きっと自分を探っている。クラウカスナを殺めた証拠を探している。講和条約の話が嘘でないとしても、条約が成立したら証拠を突きつけて俺を引き渡せと言う気なんだ。こうなったらあの残虐なリオネンデも殺すしかない――

 だが、どうする? グランデジア王宮、特に魔術師の塔はあの火事以来、警備が厳重になったと噂に聞いた。なんでも新しい筆頭魔術師の魔力は絶大、終日、気配を読み取り、保護術を駆使しているらしい。いくら魔術師だって、何日も眠らずにいられるわけはないのだから眉唾だと思ったが、クラウカスナの時のように簡単には王宮に忍び込めないだろう。

 リオネンデ暗殺の方法を考えているうち、あることに思い至った。クラウカスナ殺害の犯人を知っているのはジッダセサンだけなのではないか? どうしてだかは判らないが、俺が疑わしいとジッダセサンは思い、証拠を得るためにコッギエサに来るようになった。きっと確たる証拠を掴んでからリオネンデに進言し、手柄を立てるつもりだ。だから来るときはいつも少人数、魔術師の同行もない――だったら、ジッダセサンさえ殺せばリオネンデは追ってこないのではないか?

 追い詰められた、いや、自分で自分を追い詰めているノンザッテスは自分の考えに無理があることに気付けない。たとえ気付いてもくつがえせない。それしかない、そうに違いないと思い込む。

 そしてまた考える。コッギエサでジッダセサンを殺害すれば大ごとになる。コッギエサ王宮はメンツにかけて犯人を探すはずだ。グランデジアだって黙っていない。大臣殺害を口実に、戦を仕掛けてくるかもしれない。

(あれを使おう。今こそあれを使う時だ)
魔術師の塔を出るとき、他の物を置いても持ち出した小瓶。中にはうごめく一匹の虫、今に至るまで大事に飼育し続けてきた。もう二度と手に入らないものだ。

 この虫をジッダセサンの食事に紛れ込ませれば、おおよそ一年後にジッダセサンを殺してくれる。その時、ジッダセサンがどこにいるかは知らないが、始めは高熱、そして意識の混濁、周囲は何かのやまいと思うに違いない。虫の仕業と気付いても、その時は手遅れ、しかもどこで虫が体内に入ったかなど、特定なんかできはしない。

 虫を食わせるのは簡単だった。給仕係を手伝うだけでいい。ジッダセサンはノンザッテスの目の前で、虫の入った食事を平らげた。

 だが、虫の効果が出るのは早くて一年後、それまでにジッダセサンが動き出さないとは限らない。コッギエサ王宮に何も言わず、今度はプリラエダに逃げた。

 しかしプリラエダもノンザッテスに安息を与えてはくれなかった。次に狙われるのはプリラエダかニュダンガか?

 逃げなくては……グランデジアに見付かる前に逃げなければ殺される――プリラエダとニュダンガは呼応して蜂起し、グランデジアから独立した歴史がある。ノンザッテスの件がなくても、リオネンデが次に狙うのはどちらかなのは明白だ。でも、それならどこへ逃げればいい?

 プリラエダから逃げこめるのはバイガスラ・バチルデアの二国だ。

 バイガスラ? いいや、あの国の王はリオネンデを気に入っていて、なんとか養子にしたいと画策したらしい。

 ではバチルデア? いいや、あの国はバイガスラの言いなりだ。リオネンデに繋がっているも同じだ。逃げ場所なんかどこにもない!

(逃げるから追い詰められる。ならば、こちらから攻めよう)
絶望に向かうノンザッテスに再び希望の火が灯る。そうだ、なぜ今まで気づかなかったのだろう? リオネンデをほうむったところで、次の王に追われることになる。つまりグランデジアを滅亡に追い込まない限り、逃げ惑っているしかない。

 グランデジアを倒すには同等の力が必要だ。要は国を動かしたい。動かせる国があるとしたらバチルデアだ。バイガスラに頭を押さえつけられているあの国なら、あるいは何か付け入る隙が見つかるかもしれない。とにかくバチルデアに行こう。

 バチルデアでの生活が落ち着いたころ、案の定ニュダンガがグランデジアに滅ぼされた。

 グランデジアのニュダンガ攻略の理由はもっともな話に思えるが、これもノンザッテスは疑ってかかった。本当の狙いは自分を探すことではなかったのか? 幸い自分はバチルデアにいたから発見されずに済んだのでは?

 早くバチルデア王宮に取り入って、打倒リオネンデの旗を掲げさせなければ……焦るものの、なんの伝手つてもないバチルデアだ、じりじりとした日々を過ごす。そして王女ルリシアレヤとリオネンデ王の婚約が発表された。

 ルリシアレヤと近づきになれれば、催眠術でリオネンデ王を殺害させることもできる、国を動かすほどでもない。だがルリシアレヤにそう簡単に近づけるはずもない。そうこうするうち王太子アイケンクスがルリシアレヤの婚約に嫌悪感を示していると知った。悪評を気にしているらしい。

 アイケンクスに近付くにはどうしたらいい? 考えあぐねた末、思い切って直接訪ねて仕官を願い出ることにした。もちろん門前払いの可能性もある……が、バチルデアにはいない。きっと魔術師を名乗れば興味を持つ。

 思った通り、アイケンクスは魔術師と聞くと会ってくれた。が、グランデジアの魔術師だったと聞くと明白あからさまに嫌そうな顔をした。グランデジアの間者かんじゃではないかと疑ったのだと思った。

 そこでグランデジア王父子の悪逆非道さを訴え、だからグランデジアの魔術師をやめたのだと言った。

『ふぅん……やはりヤツは噂通り、残虐なのだな』
考え込んだアイケンクス、そして意を決したように、
『妹をヤツには渡したくない。手を貸して貰えるか?』
ノンザッテスに真剣な眼差しを向けた。

 これでルリシアレヤに近付ける、そう思ったのも束の間、接見が叶わないうちにルリシアレヤは王妃ララミリュースとともにグランデジアに旅立った。一月ひとつき後、帰ってきたのはララミリュースだけ、王女はグランデジアで婚姻を待つことになった。滅多なことでは帰国しないだろう。

 ルリシアレヤを利用するのは無理だ。やはりバチルデア国を動かすしかない。幸いアイケンクスはノンザッテスを信頼し、頼りにしている。その根底に、功績を焦る心とリオネンデへの嫉妬があることをノンザッテスは見逃していない――

 王太子の熱意に負けてバチルデア国王エネシクルはとうとう〝苔むす森〟付近一帯への軍備増強の断を下した。

『グランデジアが我が国を侵攻しようと苔むす森に軍を進めてきたとしても、出口で我が軍が待ち構えていれば一掃できます。悔しがるグランデジア王の顔が見えるではありませんか』

 リオネンデの顔も知らないアイケンクスが愉快そうに笑う。エネシクルは曖昧に答え、腹の中では『どうせグランデジアは攻めては来ない』と思っていた。

 苔むす森からの侵略に備え、森の前にとりでを作ることも許した。そのほかフェルシナスの各農村に新たに兵を配備した。プリラエダ国境の山麓にも同様の措置を許した。山越えで攻め込まれる想定はない。いざと言うとき即座に、苔むす森前に集めるための兵だ。

 総合的に見るとかなりの軍備になるが、それぞれが小規模、グランデジアに勘繰かんぐられることはないとエネシクルは見ている。どのみちこちらから攻め込む意思は毛頭ない。これでアイケンクスが納得し、安心するならそれでいいと考えた。

 苔むす森の砦が完成するとアイケンクスはすぐさま視察に出向いている。この砦に配置され閑職に追いやられたと嘆いた兵たちは、王太子の思わぬ訪れに緊張し、恐縮した。そして不安を抱く。グランデジアが攻めてくるのか? それともこちらから攻め込むのか?

 視察を終え、王都に帰る直前、アイケンクスはお気に入りの魔術師と苔むす森を眺めていた。
「これでもう、グランデジアはここから攻めてはこないな。来たら一網打尽にしてやる」
その言葉を聞きながら、それではまだ足りないとノンザッテスは思う。
(ダズベルの、驚くほど甘い警備に付け込んでここにした。こちらから攻めなくては意味がない)

 国王と王太子にグランデジア攻めを決心させるにはどうしたらいい? それを成すため親が付けてくれた名前さえ捨てた。

「おい……? どうかしたのか、ノンザッテス?」
返事をしない魔術師を不審に思ったアイケンクスがその名を呼ぶ。
「失礼しました……美しい森をけがす者は許せない、そう思っておりました。アイケンクスさま、なにとぞ森をお守りください」
満足そうにうなずくアイケンクス、参りましょうとノンザッテスが帰都を促した――
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