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第6章 春、遠からず
マルベリの実
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握っていた手を放し、サシーニャが微笑んだ。
「うん、いいですね。かなり良くなっていますよ」
それを聞いて緊張していたエリザマリの顔がパッと輝く。
「子ども、持てますか?」
「もちろんです。治療を始めた頃よりずっと妊娠し易くなっています――でも、授かりものですからね。男女とも、なんの問題がなくても授からないこともあります。それを忘れてはいけませんよ」
はい、と小さく頷くエリザマリ、愛し気に頷き返したサシーニャが、
「そう言えば昨夜、ヌバタムが生姜の効いた焼き菓子を持ってきました。あれはエリザが?」
と、思い出して尋ねる。
「あぁ、あれはルリシアレヤさまですよ。バーストラテさまたちにも食べて貰いたいって、卵や牛酪は使ってないんですって。どうせならサシーニャさまとチュジャンにもって、籠に入れてヌバタムに頼んだんです」
「生姜の効果をお教えしたので、てっきりエリザかと思いました」
「最近ルリシアレヤさま、何かと言うと生姜を使いたがるの。お茶とお菓子なんですけどね」
「効果をエリザが教えたんでしょう? きっとエリザのためなんじゃないかな?」
「あ……わたしったら少しも気付かなかったわ。ルリシアレヤさまが、沢山あるからどんどん使いましょうって」
「そのうち庭に生姜畑を作りそうだね」
「ホント! やりかねないわ。栽培方法を訊かれても教えないでよ!」
「はいはい、機会を見て、いっぱい摂ればいいってもんじゃないと言っておきます」
「サシーニャさま、お願いね? 忘れないで」
クスクス笑うエリザマリから笑顔を逸らしてペンを取ると、サシーニャは何か書き物を始める。
それを眺めながらエリザマリが問う。
「わたし、何人産めるかしら?」
紙面から目を逸らさずにサシーニャが答える。
「それはなんとも言えません。妊娠の経過にもよるし、お産の状況にもよります――妊娠の兆候があったらすぐに相談してください。慎重に対処していきます」
「それって難産になるかもってこと?」
「一概には言えないのだけれど……エリザは小柄だからそうなる可能性も考えたほうがいいですね――女性の身体は不思議で、妊娠すると身体が出産に適した変化を見せるんです。問題が起こるのは、その変化が充分とは言えない時です」
「わたしはそうなり易いという事?」
「いいえ、小柄だからと言ってそうなるとは限りません。でもそうなった時、小柄だと難産になる傾向があります。それも考えに入れた治療をしているし、今、心配することではありません。臨機応変に、どう対処するかを考えればいいことです」
「ずっとサシーニャさまが診てくださるの?」
「出来る限り診ていきます。でも、妊娠したらジャジャと二人で、そしてお産はジャジャに任せることになります。ジャジャは経産婦ではないけれど、もう何人も子どもを取り上げているんですよ。わたしの妹もジャジャにお願いしました――わたしが今までエリザを診た記録も、ちゃんとジャジャに見て貰いますから心配いりません。ジャジャはああ見えても、医師としてはわたしよりずっと優秀ですから安心してください」
「記録って、今、書いているの? って書いているように見えるけど、紙は真っ白のままね」
「エリザだけでなく、他の患者もすべて記録を取っています。わたし不在の時に役立てるためです――医師や癒療魔術師以外には、読めない魔法をかけてあるので秘密は漏れません。そのあたりも安心してください」
「だから文字が見えないのね」
紙片を覗き込んでいたエリザマリが納得する。
一通り書き終えたのか立ち上がったサシーニャ、薬剤棚に向かい
「痛み止めを出しておきますね。痛みが酷い時だけ飲むのですよ」
薬瓶を探りながら言う。
「あ……お薬はまだ残ってます」
「うん? 酷い痛みは少なくなった? それじゃあ、また今度にしましょうか。思った以上によくなっていそうですね」
「サシーニャさまの言いつけ通り、なるべく着込むようにしてますから」
「素直な患者で助かります」
笑顔で腰かけたサシーニャ、ペンを取ると再び何かを書き込んでいる。
「ねぇ、サシーニャさま。サシーニャさまは何人欲しいと思っているの?」
「何人? ん……子どもの事?」
「えぇ、やっぱり沢山欲しい?」
ペンを置いたサシーニャが、真直ぐにエリザマリを見る。
「何人とかというのはないです。それにわたしが産むわけではないから、お相手と相談してってことになるでしょうね」
「サシーニャさまだったら、子どもを産んで貰うためにお妾を持つこともできるでしょう?」
「出来なくはありませんが、その気はないです――面倒は嫌いなんで」
「面倒だなんて……愛する人が一人いればいい、って続くのかと思ったのに」
「そう言わせたかった?」
苦笑するサシーニャ、
「さて、診察は終わりました。早く蔵書庫に行ったほうがよさそうですよ。きっとルリシアレヤがイライラしてる」
と、さらにニヤッと笑えば
「もう! 都合の悪い話しになると、すぐ追い出しにかかるんだから!」
エリザマリもクスッと笑う。
立ち上がり、いったん扉に向かったものの
「そうだ、訊きたいことがあるんでした」
と立ち止まるエリザマリ、
「蔵書庫でお茶会を開いてはダメですか?」
真面目な顔で尋ねた。
「蔵書庫でお茶会? 毎日あそこでお茶会してるでしょう? わたしの思い違い?」
「そうじゃなくってね。貴族のご令嬢たちを招きたいの。スイテアさまは後宮と魔術師の塔しか出入できないから、蔵書庫がいいかなって」
「ふむ……」
「あ、困った顔してる――バーストラテに相談したら貸与館に人を招くのはダメだって言うし、蔵書庫でって言ったら筆頭の許しが必要だって」
「……エリザ、蔵書庫で魔術師以外を見たことありますか? スイテアさまだけでしょう?」
「そう言われればそうね」
「用もないのに魔術師の塔に来たがる人はいないんですよ――なぜ貴族の令嬢を集めてお茶会を開きたいと思ったんですか?」
「グランデジアでのお友達を増やしたいからに決まってるじゃない。スイテアさまやジャジャとは仲良くなれたけど、お友達はもっと大勢欲しいわ。バーストラテとメラネスス、アンテギューは任務があるから必要以上のお喋りはお相手できませんって言うし」
メラネススとアンテギューはバーストラテに付けた部下で女性だ。
貸与館に人を近づけるな、そう指示したのはサシーニャだ。何者かに干渉されるのを防ぎ、余計な情報に触れさせないためだ。さて、どうしたものか……
「蔵書庫のテーブルはあくまで本を読むために用意されたもの、本来、お茶を楽しむ場所ではないのです。ルリシアレヤさまたちは長時間いらっしゃる。お茶の接待くらいはしたほうが良いだろうと、蔵書庫階に水屋を慌てて造設しました。要は特別措置なんです」
「それって許可できないって遠回しに言っているの?」
答える代わりにエリザマリを見たサシーニャ、軽く溜息をつく。
「エリザはともかく、ルリシアレヤは納得しそうもないですね。どこならいいのかと噛みついてきそうだ」
身元を隠して文通していたころの、ルリシアレヤからの手紙を思い出す。そこに書かれていたのは大勢に囲まれた、笑顔と優しさと愛に包まれた日々……
『今日は一番上の兄がお茶会にいらしたの。お妃も一緒よ。お二人の仲の良さを、みんな羨ましがって……わたしもリオネンデさまとそんな風に仲良くなれるかしらって言ったら、お義姉さまは〝大丈夫よ〟って言ってくれたのに、お兄さまは〝ルリッシュはお子さまだからなぁ〟って笑うのよ。でもね、みんながルリシアレヤなら大丈夫って言ってくれたの。お義姉さまが〝アイケンクスは何も判ってない〟ってお兄さまを叱ってくれたわ』
『お庭の桑の木にたくさん実が生ったから、敷物を持って行って桑の木の下でお茶会を開いたの。当然お茶請けは桑の実……それにしたって、いったいいつの間に花が咲いたの?――最初はエリザとジョイネゴの三人だったのに、通りがかった人がどんどん集まって、大勢でわいわい賑やかに桑の実摘み。誰かが大きな背負い籠を持ってきて、それが三つも! みんなで頑張って食べたけど、とても食べきれないわ』
『子どもの頃はルリッシュって呼ばれてたの。十六を過ぎて、いつまでも子ども扱いはできないねって。今でも上のお兄さまは気が向くとルリッシュっで呼ぶのよ、失礼しちゃうわ。ま、時どきだけどね。お兄さまはいつまでもわたしを子ども扱いしたいみたい。ちょっとムカつくけど、ちょっと嬉しい、なんてヘンかしら?――みんなルリシアレヤってわたしを呼ぶのに、夢の中ではルリッシュなの。不思議よね。グランデジアに行ったら夢の中でしかルリッシュって呼ばれなくなるのね』
その手紙にはなんと返事を書いたっけ? よろしければわたしがルリッシュってお呼びしますよ……子どもの頃の呼び名は失礼に当たると考えられて、家族以外はよほど親しい間柄のみしか使わない。よく使われるのは恋人同士がじゃれ合う時――そのことをあのバラ園で持ち出され、どう誤魔化したんだった?
「サシーニャさま?」
自分をチラリと見て溜息をついたきり、考え込んでしまったサシーニャを訝ってエリザマリが呼びかける。
「ごめんなさい、そんなに困らせるつもりじゃかなったの。ルリシアレヤにはわたしが言い聞かせます」
エリザマリの勘違いを可愛いものだと微笑むサシーニャ、
「そうしていただけると助かります――王妃宮に移れば、好きな時に好きな人を招くことができますよ。それまでの辛抱だと伝えてください」
王妃宮に移ることは多分ないと思いつつ、そう答える。そして隠された真意をルリシアレヤはきっと察すると信じている。
サシーニャの笑顔にほっとしたエリザマリが部屋を出て行ってほどなく、チュジャンエラが呼び掛けるてくる気配を察知した。遠隔伝心術だ。
(サシーニャさま? エリザは蔵書庫に戻ったようですね?)
受け取るだけでなく自分からも送言出来るようになったチュジャンエラ、だがまだまだ完璧とは言い難い。
(いつもの診察ですよね? どうでした?)
(かなり改善されています。今のところ、何も問題ありません)
(そうですか……よかった)
(えぇ、よかったです。なにしろ大切な人、大事にしたいので――)
ぷつんと糸が切れるようにチュジャンエラの気配が消える。誰かに話しかけられたとかで、術の維持ができなくなったのだろう。
別の事をしていても意識間の会話ができるようになれば、術の精度も強度も飛躍的に上がるはずだ。少し急がせた方がいいかな……そんな事を考えながらエリザマリの記録を箱に納めるサシーニャだった。
「うん、いいですね。かなり良くなっていますよ」
それを聞いて緊張していたエリザマリの顔がパッと輝く。
「子ども、持てますか?」
「もちろんです。治療を始めた頃よりずっと妊娠し易くなっています――でも、授かりものですからね。男女とも、なんの問題がなくても授からないこともあります。それを忘れてはいけませんよ」
はい、と小さく頷くエリザマリ、愛し気に頷き返したサシーニャが、
「そう言えば昨夜、ヌバタムが生姜の効いた焼き菓子を持ってきました。あれはエリザが?」
と、思い出して尋ねる。
「あぁ、あれはルリシアレヤさまですよ。バーストラテさまたちにも食べて貰いたいって、卵や牛酪は使ってないんですって。どうせならサシーニャさまとチュジャンにもって、籠に入れてヌバタムに頼んだんです」
「生姜の効果をお教えしたので、てっきりエリザかと思いました」
「最近ルリシアレヤさま、何かと言うと生姜を使いたがるの。お茶とお菓子なんですけどね」
「効果をエリザが教えたんでしょう? きっとエリザのためなんじゃないかな?」
「あ……わたしったら少しも気付かなかったわ。ルリシアレヤさまが、沢山あるからどんどん使いましょうって」
「そのうち庭に生姜畑を作りそうだね」
「ホント! やりかねないわ。栽培方法を訊かれても教えないでよ!」
「はいはい、機会を見て、いっぱい摂ればいいってもんじゃないと言っておきます」
「サシーニャさま、お願いね? 忘れないで」
クスクス笑うエリザマリから笑顔を逸らしてペンを取ると、サシーニャは何か書き物を始める。
それを眺めながらエリザマリが問う。
「わたし、何人産めるかしら?」
紙面から目を逸らさずにサシーニャが答える。
「それはなんとも言えません。妊娠の経過にもよるし、お産の状況にもよります――妊娠の兆候があったらすぐに相談してください。慎重に対処していきます」
「それって難産になるかもってこと?」
「一概には言えないのだけれど……エリザは小柄だからそうなる可能性も考えたほうがいいですね――女性の身体は不思議で、妊娠すると身体が出産に適した変化を見せるんです。問題が起こるのは、その変化が充分とは言えない時です」
「わたしはそうなり易いという事?」
「いいえ、小柄だからと言ってそうなるとは限りません。でもそうなった時、小柄だと難産になる傾向があります。それも考えに入れた治療をしているし、今、心配することではありません。臨機応変に、どう対処するかを考えればいいことです」
「ずっとサシーニャさまが診てくださるの?」
「出来る限り診ていきます。でも、妊娠したらジャジャと二人で、そしてお産はジャジャに任せることになります。ジャジャは経産婦ではないけれど、もう何人も子どもを取り上げているんですよ。わたしの妹もジャジャにお願いしました――わたしが今までエリザを診た記録も、ちゃんとジャジャに見て貰いますから心配いりません。ジャジャはああ見えても、医師としてはわたしよりずっと優秀ですから安心してください」
「記録って、今、書いているの? って書いているように見えるけど、紙は真っ白のままね」
「エリザだけでなく、他の患者もすべて記録を取っています。わたし不在の時に役立てるためです――医師や癒療魔術師以外には、読めない魔法をかけてあるので秘密は漏れません。そのあたりも安心してください」
「だから文字が見えないのね」
紙片を覗き込んでいたエリザマリが納得する。
一通り書き終えたのか立ち上がったサシーニャ、薬剤棚に向かい
「痛み止めを出しておきますね。痛みが酷い時だけ飲むのですよ」
薬瓶を探りながら言う。
「あ……お薬はまだ残ってます」
「うん? 酷い痛みは少なくなった? それじゃあ、また今度にしましょうか。思った以上によくなっていそうですね」
「サシーニャさまの言いつけ通り、なるべく着込むようにしてますから」
「素直な患者で助かります」
笑顔で腰かけたサシーニャ、ペンを取ると再び何かを書き込んでいる。
「ねぇ、サシーニャさま。サシーニャさまは何人欲しいと思っているの?」
「何人? ん……子どもの事?」
「えぇ、やっぱり沢山欲しい?」
ペンを置いたサシーニャが、真直ぐにエリザマリを見る。
「何人とかというのはないです。それにわたしが産むわけではないから、お相手と相談してってことになるでしょうね」
「サシーニャさまだったら、子どもを産んで貰うためにお妾を持つこともできるでしょう?」
「出来なくはありませんが、その気はないです――面倒は嫌いなんで」
「面倒だなんて……愛する人が一人いればいい、って続くのかと思ったのに」
「そう言わせたかった?」
苦笑するサシーニャ、
「さて、診察は終わりました。早く蔵書庫に行ったほうがよさそうですよ。きっとルリシアレヤがイライラしてる」
と、さらにニヤッと笑えば
「もう! 都合の悪い話しになると、すぐ追い出しにかかるんだから!」
エリザマリもクスッと笑う。
立ち上がり、いったん扉に向かったものの
「そうだ、訊きたいことがあるんでした」
と立ち止まるエリザマリ、
「蔵書庫でお茶会を開いてはダメですか?」
真面目な顔で尋ねた。
「蔵書庫でお茶会? 毎日あそこでお茶会してるでしょう? わたしの思い違い?」
「そうじゃなくってね。貴族のご令嬢たちを招きたいの。スイテアさまは後宮と魔術師の塔しか出入できないから、蔵書庫がいいかなって」
「ふむ……」
「あ、困った顔してる――バーストラテに相談したら貸与館に人を招くのはダメだって言うし、蔵書庫でって言ったら筆頭の許しが必要だって」
「……エリザ、蔵書庫で魔術師以外を見たことありますか? スイテアさまだけでしょう?」
「そう言われればそうね」
「用もないのに魔術師の塔に来たがる人はいないんですよ――なぜ貴族の令嬢を集めてお茶会を開きたいと思ったんですか?」
「グランデジアでのお友達を増やしたいからに決まってるじゃない。スイテアさまやジャジャとは仲良くなれたけど、お友達はもっと大勢欲しいわ。バーストラテとメラネスス、アンテギューは任務があるから必要以上のお喋りはお相手できませんって言うし」
メラネススとアンテギューはバーストラテに付けた部下で女性だ。
貸与館に人を近づけるな、そう指示したのはサシーニャだ。何者かに干渉されるのを防ぎ、余計な情報に触れさせないためだ。さて、どうしたものか……
「蔵書庫のテーブルはあくまで本を読むために用意されたもの、本来、お茶を楽しむ場所ではないのです。ルリシアレヤさまたちは長時間いらっしゃる。お茶の接待くらいはしたほうが良いだろうと、蔵書庫階に水屋を慌てて造設しました。要は特別措置なんです」
「それって許可できないって遠回しに言っているの?」
答える代わりにエリザマリを見たサシーニャ、軽く溜息をつく。
「エリザはともかく、ルリシアレヤは納得しそうもないですね。どこならいいのかと噛みついてきそうだ」
身元を隠して文通していたころの、ルリシアレヤからの手紙を思い出す。そこに書かれていたのは大勢に囲まれた、笑顔と優しさと愛に包まれた日々……
『今日は一番上の兄がお茶会にいらしたの。お妃も一緒よ。お二人の仲の良さを、みんな羨ましがって……わたしもリオネンデさまとそんな風に仲良くなれるかしらって言ったら、お義姉さまは〝大丈夫よ〟って言ってくれたのに、お兄さまは〝ルリッシュはお子さまだからなぁ〟って笑うのよ。でもね、みんながルリシアレヤなら大丈夫って言ってくれたの。お義姉さまが〝アイケンクスは何も判ってない〟ってお兄さまを叱ってくれたわ』
『お庭の桑の木にたくさん実が生ったから、敷物を持って行って桑の木の下でお茶会を開いたの。当然お茶請けは桑の実……それにしたって、いったいいつの間に花が咲いたの?――最初はエリザとジョイネゴの三人だったのに、通りがかった人がどんどん集まって、大勢でわいわい賑やかに桑の実摘み。誰かが大きな背負い籠を持ってきて、それが三つも! みんなで頑張って食べたけど、とても食べきれないわ』
『子どもの頃はルリッシュって呼ばれてたの。十六を過ぎて、いつまでも子ども扱いはできないねって。今でも上のお兄さまは気が向くとルリッシュっで呼ぶのよ、失礼しちゃうわ。ま、時どきだけどね。お兄さまはいつまでもわたしを子ども扱いしたいみたい。ちょっとムカつくけど、ちょっと嬉しい、なんてヘンかしら?――みんなルリシアレヤってわたしを呼ぶのに、夢の中ではルリッシュなの。不思議よね。グランデジアに行ったら夢の中でしかルリッシュって呼ばれなくなるのね』
その手紙にはなんと返事を書いたっけ? よろしければわたしがルリッシュってお呼びしますよ……子どもの頃の呼び名は失礼に当たると考えられて、家族以外はよほど親しい間柄のみしか使わない。よく使われるのは恋人同士がじゃれ合う時――そのことをあのバラ園で持ち出され、どう誤魔化したんだった?
「サシーニャさま?」
自分をチラリと見て溜息をついたきり、考え込んでしまったサシーニャを訝ってエリザマリが呼びかける。
「ごめんなさい、そんなに困らせるつもりじゃかなったの。ルリシアレヤにはわたしが言い聞かせます」
エリザマリの勘違いを可愛いものだと微笑むサシーニャ、
「そうしていただけると助かります――王妃宮に移れば、好きな時に好きな人を招くことができますよ。それまでの辛抱だと伝えてください」
王妃宮に移ることは多分ないと思いつつ、そう答える。そして隠された真意をルリシアレヤはきっと察すると信じている。
サシーニャの笑顔にほっとしたエリザマリが部屋を出て行ってほどなく、チュジャンエラが呼び掛けるてくる気配を察知した。遠隔伝心術だ。
(サシーニャさま? エリザは蔵書庫に戻ったようですね?)
受け取るだけでなく自分からも送言出来るようになったチュジャンエラ、だがまだまだ完璧とは言い難い。
(いつもの診察ですよね? どうでした?)
(かなり改善されています。今のところ、何も問題ありません)
(そうですか……よかった)
(えぇ、よかったです。なにしろ大切な人、大事にしたいので――)
ぷつんと糸が切れるようにチュジャンエラの気配が消える。誰かに話しかけられたとかで、術の維持ができなくなったのだろう。
別の事をしていても意識間の会話ができるようになれば、術の精度も強度も飛躍的に上がるはずだ。少し急がせた方がいいかな……そんな事を考えながらエリザマリの記録を箱に納めるサシーニャだった。
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