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第6章 春、遠からず
不安の予兆
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ミシミシと感じる揺れにジョジシアスが本から顔を上げた。
「……地震か?」
「気にするほどの揺れではありませんよ」
モフマルドが書き物の手を止めずに答える。
「それにしても多過ぎないか? まさか噴火の予兆ではないだろうな?」
「噴火の予兆ならジッチモンデの神官が察知して、バイガスラとバチルデアにも警鐘を鳴らします。この約束は各国の建国以来、違えられたことがありません。それが無いのですから心配は要らないかと――大規模な噴火があったのは八十年ほど前。あと百二十年はない見込みと聞いています」
「小規模は?」
「それは有るかもしれません。大規模な噴火の合間に一度は小規模噴火があると言われていますから。ですがその場合、バイガスラには大して影響がないものと考えられます」
「どれくらいの影響だ?」
「風向きによっては火山灰が降ることもあろうかと」
「火山灰が降れば農作物に影響が出そうだが?」
「すぐに収まるのでそこまでではないと思いますが……不作は免れないかもしれません」
「蓄えは充分にあるな?」
「もちろんでございます」
そうか、とホッとした顔をするジョジシアスだが、手にした本を持ち上げようともせず、再びモフマルドに問う。
「我が国が大損害を受けないのはいいことだが……ジッチモンデはどうなのだ? あそこは名もなき山の麓だ。随分とやられるのでは?」
「噴石による建造物の破壊、あるいは火災などの被害が甚大だとか。もちろん農作物も壊滅状態になります――建物は被害を抑えるため石造り、地下には避難用の石室、いざとなれば民を王宮に受け入れます」
「街は作り直しか? 大事業になるな」
「王宮はいつでも部分修復で済みます。以前より豪華なものするのは神殿を兼ねているので供物の意味合いもあるのだとか……噴石から鉄などを効率よく取り出すことに成功し、成型技術も開発したので民家にも使う事にしたのですが、噴石に堪えられる強度があるかは噴火待ちですな」
「本番が実証実験になってしまうのだな。それにしてもその技術、大したものだ。そのうち鉄製品を買い上げろと言い出すかもしれん。まぁ、交易が盛んになって各国が豊かになればそれでいい」
「ジョジシアスさま、そんな夢物語はあり得ません。リオネンデ王やサシーニャに惑わされてはいけないと、何度言えば判るのです?」
「夢物語ねぇ……夢は実現してこそと思うぞ?」
「ハン!」
とうとう書き物をやめて、モフマルドがジョジシアスを睨みつける。
「つまるところ、あなたもリオネンデもサシーニャも、王族なんだ! 判ったような顔をして、やれ『民のためだ』などと口にするが、そもそも民と言うモノが判っていない」
「なに?」
「生まれた時から衣食住に不足することを知らず、誰かに下僕として使われた事などあろうはずもない。そんな生活をしている王族に、人の欲の怖さが判るものか――だいたいにして〝豊か〟な生活とは何を指す? 民人一人残らず王族や上流貴族並みの生活ができれば豊かなのか? もしそれが実現したとしてその時、王たちは民人と同じ生活になるのか? あり得ない! そうなったらなったで王たちは民人よりずっと〝豊か〟な生活を送る。それで民人の生活は〝豊か〟と言えるのか? どう足掻こうと貧富の差は生まれてしまう。そして下が上を見れば 羨 み、自身を嘆く。人の欲とはそんなものだ」
最初は蒼褪めていたジョジシアスがここで失笑し、それが哄笑に変わる。
「何が可笑しい?」
蒼褪めるのはモフマルドの番だ。
「いいや、モフマルド……おまえは俺に民を知らぬと言ったが、おまえは王というものを知らない。王を知らぬ者に民が判るはずもない。判った気になっているのはおまえのほうだ」
「なにっ!?」
「なぜ王が王でいられるか? それは民に道を示してやれるのが王だけだからだ。正しき道を示し続ける限り、民衆は王に従う。民人は王に従っていれば明日を迎えられると知っている。もちろん王とて時には過ちを犯す。その過ちに気付かず修正することがなければ、支持を失い王位を剥奪されることもある。時には自国の民、時には他国の王によってな。シシリーズがそのいい例だ」
「いや、しかし、それは……」
「もう良い、おまえはどうもグランデジアやリオネンデ、特にサシーニャについては私怨を捨てきれていない。国を動かす時には昔を忘れて欲しいものだ」
「ジョジシアス?」
「王女の婚姻についてグランデジア王に諫言を呈し、その結果追放されたと、出会った時、おまえは言っていた。その王女とはサシーニャの母親なんだろう? 先々代の王に王女は一人きりだ」
「うむ……」
まさかジョジシアスがあの時の話を覚えていたなんて……ますます蒼褪めるモフマルドだ。
「サシーニャは母親によく似ているそうだな。その顔を見て恨む心が蘇ったか? だがもう忘れろ。おまえはもう二十年以上もこの地で暮らし、我が国の繁栄に尽力してくれた。バイガスラのモフマルドとなったのだ。グランデジアは自分とは無関係、そう思うことはできないか?」
「ジョジシアス……」
「グランデジアの話が出るたび、名状しがたい心境でいることは察していた。でも、それでも、バイガスラを一番に考えてくれていると俺は信じて、今までこの話をしなかった――サシーニャに会うのは辛かったか? 嬉しかったか? いや、きっとその両方、そしてそれ以外も。色々と複雑だっただろうな。故郷を捨てる原因を作った夫婦の息子だ。穏やかではいられなかったことだろう。だが、繰り返し言う。おまえはバイガスラのモフマルド、それを忘れるな」
承知とも不承知とも言えず、モフマルドが押し黙る。
「まぁ良い。俺の言ったことをよく考えくれ……ん、また揺れ出したな」
今度は先ほどより幾分揺れが大きい。窓がガタガタと音を立てた。が、すぐ治まる。
「ジッチモンデではもっと大きく揺れているのだろう? 名もなき山は雪に覆われ真っ白だ。雪崩は起きないか?」
「……雪崩が起きてもよいように、火薬を使い事前に雪を崩すと聞いております」
話題が変わり、ほっとしているのはもモフマルドだけではなくジョジシアスも同じだ。
「その土地の必要によって色々な工夫が生み出されるのだな」
「そうですね。我がバイガスラが冬の間、籠るのと同じことですね」
「ジッチモンデでは冬籠りをしないのか?」
「冬は盛んに採掘しているそうです。春から秋にかけては農夫、冬は鉱夫、大多数がそんな暮らしです」
「鉱夫か、地中での作業はひときわ苦労がありそうだ……そう言えば、最近、地震でもないのに地響きと言うか、穴を掘るような音が聞こえる気がするのだが、あれはジッチモンデで坑道を掘る音がここまで届いているのか?」
「穴を掘るような音?」
「うん、夜だけだ。それともあれは夢なのか? 音に気付いて目が覚める。だが、よく聞こうと耳を澄ましても聞こえない」
「それは……夢なのでは? いくらなんでもジッチモンデの音がここまで届くとは考えられません。眠っていると聞こえるのに耳を澄ますと聞こえない、それなら夢と思うのが順当でしょう」
「確かにそうだよな……なんだかどんどん近づいてくるような気もするし、何かの病という事はないか?」
「ジョジシアスさまの健康状態に問題はございませんが……ほかにどんな夢を? 今もまだ、あの夢をご覧になりますか?」
「あの夢? いろいろ有り過ぎてどれを言うやら……おまえのくれる薬のお陰で悪夢は見なくなった。そうでなければおまえに『忘れろ』とは言えなかっただろうな」
話しが元に戻りそうな流れに、ジョジシアスが立ち上がる。
「今日はもう休む……おまえもほどほどに休めよ」
寝室に入るジョジシアスを見送るモフマルド、グランデジアに『傷』を持つのはジョジシアスとて同じだったと今更ながらに思い出していた――
ジッチモンデ王宮ジロチーノモの寝室、テスクンカの背に舌を這わせていたジロチーノモがクスリと笑う。
「何を思い出したのです?」
テスクンカがジロチーノモに問う。
「いや、サシーニャから手紙が来たと言っただろう?」
「えぇ、珪砂に混ぜる鉱物は何がいいか相談に乗って欲しいという話でしたね」
「うん、それでそのついでにチラリと、『まだ告げられない』って書いてあった」
「まだ告げられない?」
「あいつ、わたしたちをさんざ煽っておきながら、惚れた女には未だに愛を語ってないらしい」
「そうなのですか? グランデジアのサシーニャさまと言えば、女性に不自由しないとの噂ですが?」
「噂なんてどれも面白おかしく話が膨らんでいる」
「あのご容姿であの身の熟し、卒のない会話、女性が放っておかないのは本当なのでは?」
「テスクンカ、おまえ、相手がわたしでなくてもいいのか? サシーニャだって誰でもいいってわけじゃない。好きな相手の心が欲しい、当たり前だ」
「思う人には思われず?」
「それがそうでもないらしい。向こうもサシーニャに気がある」
「案外サシーニャさまはご自分の事となると煮え切らないのですね」
「うん、面白いだろう?」
「それを思い出して笑ったのですか?」
「あっ!」
「!?」
地鳴りを伴った地震に、テスクンカがパッと体を起こし、ジロチーノモを庇うような姿勢を取る。ドンと持ちあがるような感触のあとゆらゆら揺れて、次第に何事もなかったように納まってゆく。
「地震が増えていますね」
「今程度ならどうという事はない。坑道の崩落防止の措置は万全だし、今年は雪も少ない」
「名もなき山はすっかり雪に覆われていますが、ジッチモンデにはほぼ降っていません。その分バイガスラは大雪だとか」
「バイガスラね……春には何が起きるのやら」
「サシーニャさまは何もお話しにならなかった?」
「知らないほうがわたしのためなのだと」
「という事は悪巧み?」
「だな」
ジロチーノモがクスクス笑う。
「それにしてもあのサシーニャを跪かせているリオネンデ王とはどんな男なのだろうな? 一度くらいは会ってみたいものだ」
「おや、サシーニャさまの次はリオネンデ王に関心を? サシーニャさまの代わりにリオネンデ王を落とすおつもりではありませんよね?」
「うん?」
ジロチーノモがニヤリとする。
「地震はもう治まった。いつまでそうしているんだ? 妬いている暇があったら早く横たわれ。さっきの続きだ。おまえを選んだことを後悔させるなよ」
少しだけギョッとしたがすぐに笑顔になったテスクンカ、
「えぇ、後悔なんかさせません。後悔することもありません」
と唇を重ねていった。
「……地震か?」
「気にするほどの揺れではありませんよ」
モフマルドが書き物の手を止めずに答える。
「それにしても多過ぎないか? まさか噴火の予兆ではないだろうな?」
「噴火の予兆ならジッチモンデの神官が察知して、バイガスラとバチルデアにも警鐘を鳴らします。この約束は各国の建国以来、違えられたことがありません。それが無いのですから心配は要らないかと――大規模な噴火があったのは八十年ほど前。あと百二十年はない見込みと聞いています」
「小規模は?」
「それは有るかもしれません。大規模な噴火の合間に一度は小規模噴火があると言われていますから。ですがその場合、バイガスラには大して影響がないものと考えられます」
「どれくらいの影響だ?」
「風向きによっては火山灰が降ることもあろうかと」
「火山灰が降れば農作物に影響が出そうだが?」
「すぐに収まるのでそこまでではないと思いますが……不作は免れないかもしれません」
「蓄えは充分にあるな?」
「もちろんでございます」
そうか、とホッとした顔をするジョジシアスだが、手にした本を持ち上げようともせず、再びモフマルドに問う。
「我が国が大損害を受けないのはいいことだが……ジッチモンデはどうなのだ? あそこは名もなき山の麓だ。随分とやられるのでは?」
「噴石による建造物の破壊、あるいは火災などの被害が甚大だとか。もちろん農作物も壊滅状態になります――建物は被害を抑えるため石造り、地下には避難用の石室、いざとなれば民を王宮に受け入れます」
「街は作り直しか? 大事業になるな」
「王宮はいつでも部分修復で済みます。以前より豪華なものするのは神殿を兼ねているので供物の意味合いもあるのだとか……噴石から鉄などを効率よく取り出すことに成功し、成型技術も開発したので民家にも使う事にしたのですが、噴石に堪えられる強度があるかは噴火待ちですな」
「本番が実証実験になってしまうのだな。それにしてもその技術、大したものだ。そのうち鉄製品を買い上げろと言い出すかもしれん。まぁ、交易が盛んになって各国が豊かになればそれでいい」
「ジョジシアスさま、そんな夢物語はあり得ません。リオネンデ王やサシーニャに惑わされてはいけないと、何度言えば判るのです?」
「夢物語ねぇ……夢は実現してこそと思うぞ?」
「ハン!」
とうとう書き物をやめて、モフマルドがジョジシアスを睨みつける。
「つまるところ、あなたもリオネンデもサシーニャも、王族なんだ! 判ったような顔をして、やれ『民のためだ』などと口にするが、そもそも民と言うモノが判っていない」
「なに?」
「生まれた時から衣食住に不足することを知らず、誰かに下僕として使われた事などあろうはずもない。そんな生活をしている王族に、人の欲の怖さが判るものか――だいたいにして〝豊か〟な生活とは何を指す? 民人一人残らず王族や上流貴族並みの生活ができれば豊かなのか? もしそれが実現したとしてその時、王たちは民人と同じ生活になるのか? あり得ない! そうなったらなったで王たちは民人よりずっと〝豊か〟な生活を送る。それで民人の生活は〝豊か〟と言えるのか? どう足掻こうと貧富の差は生まれてしまう。そして下が上を見れば 羨 み、自身を嘆く。人の欲とはそんなものだ」
最初は蒼褪めていたジョジシアスがここで失笑し、それが哄笑に変わる。
「何が可笑しい?」
蒼褪めるのはモフマルドの番だ。
「いいや、モフマルド……おまえは俺に民を知らぬと言ったが、おまえは王というものを知らない。王を知らぬ者に民が判るはずもない。判った気になっているのはおまえのほうだ」
「なにっ!?」
「なぜ王が王でいられるか? それは民に道を示してやれるのが王だけだからだ。正しき道を示し続ける限り、民衆は王に従う。民人は王に従っていれば明日を迎えられると知っている。もちろん王とて時には過ちを犯す。その過ちに気付かず修正することがなければ、支持を失い王位を剥奪されることもある。時には自国の民、時には他国の王によってな。シシリーズがそのいい例だ」
「いや、しかし、それは……」
「もう良い、おまえはどうもグランデジアやリオネンデ、特にサシーニャについては私怨を捨てきれていない。国を動かす時には昔を忘れて欲しいものだ」
「ジョジシアス?」
「王女の婚姻についてグランデジア王に諫言を呈し、その結果追放されたと、出会った時、おまえは言っていた。その王女とはサシーニャの母親なんだろう? 先々代の王に王女は一人きりだ」
「うむ……」
まさかジョジシアスがあの時の話を覚えていたなんて……ますます蒼褪めるモフマルドだ。
「サシーニャは母親によく似ているそうだな。その顔を見て恨む心が蘇ったか? だがもう忘れろ。おまえはもう二十年以上もこの地で暮らし、我が国の繁栄に尽力してくれた。バイガスラのモフマルドとなったのだ。グランデジアは自分とは無関係、そう思うことはできないか?」
「ジョジシアス……」
「グランデジアの話が出るたび、名状しがたい心境でいることは察していた。でも、それでも、バイガスラを一番に考えてくれていると俺は信じて、今までこの話をしなかった――サシーニャに会うのは辛かったか? 嬉しかったか? いや、きっとその両方、そしてそれ以外も。色々と複雑だっただろうな。故郷を捨てる原因を作った夫婦の息子だ。穏やかではいられなかったことだろう。だが、繰り返し言う。おまえはバイガスラのモフマルド、それを忘れるな」
承知とも不承知とも言えず、モフマルドが押し黙る。
「まぁ良い。俺の言ったことをよく考えくれ……ん、また揺れ出したな」
今度は先ほどより幾分揺れが大きい。窓がガタガタと音を立てた。が、すぐ治まる。
「ジッチモンデではもっと大きく揺れているのだろう? 名もなき山は雪に覆われ真っ白だ。雪崩は起きないか?」
「……雪崩が起きてもよいように、火薬を使い事前に雪を崩すと聞いております」
話題が変わり、ほっとしているのはもモフマルドだけではなくジョジシアスも同じだ。
「その土地の必要によって色々な工夫が生み出されるのだな」
「そうですね。我がバイガスラが冬の間、籠るのと同じことですね」
「ジッチモンデでは冬籠りをしないのか?」
「冬は盛んに採掘しているそうです。春から秋にかけては農夫、冬は鉱夫、大多数がそんな暮らしです」
「鉱夫か、地中での作業はひときわ苦労がありそうだ……そう言えば、最近、地震でもないのに地響きと言うか、穴を掘るような音が聞こえる気がするのだが、あれはジッチモンデで坑道を掘る音がここまで届いているのか?」
「穴を掘るような音?」
「うん、夜だけだ。それともあれは夢なのか? 音に気付いて目が覚める。だが、よく聞こうと耳を澄ましても聞こえない」
「それは……夢なのでは? いくらなんでもジッチモンデの音がここまで届くとは考えられません。眠っていると聞こえるのに耳を澄ますと聞こえない、それなら夢と思うのが順当でしょう」
「確かにそうだよな……なんだかどんどん近づいてくるような気もするし、何かの病という事はないか?」
「ジョジシアスさまの健康状態に問題はございませんが……ほかにどんな夢を? 今もまだ、あの夢をご覧になりますか?」
「あの夢? いろいろ有り過ぎてどれを言うやら……おまえのくれる薬のお陰で悪夢は見なくなった。そうでなければおまえに『忘れろ』とは言えなかっただろうな」
話しが元に戻りそうな流れに、ジョジシアスが立ち上がる。
「今日はもう休む……おまえもほどほどに休めよ」
寝室に入るジョジシアスを見送るモフマルド、グランデジアに『傷』を持つのはジョジシアスとて同じだったと今更ながらに思い出していた――
ジッチモンデ王宮ジロチーノモの寝室、テスクンカの背に舌を這わせていたジロチーノモがクスリと笑う。
「何を思い出したのです?」
テスクンカがジロチーノモに問う。
「いや、サシーニャから手紙が来たと言っただろう?」
「えぇ、珪砂に混ぜる鉱物は何がいいか相談に乗って欲しいという話でしたね」
「うん、それでそのついでにチラリと、『まだ告げられない』って書いてあった」
「まだ告げられない?」
「あいつ、わたしたちをさんざ煽っておきながら、惚れた女には未だに愛を語ってないらしい」
「そうなのですか? グランデジアのサシーニャさまと言えば、女性に不自由しないとの噂ですが?」
「噂なんてどれも面白おかしく話が膨らんでいる」
「あのご容姿であの身の熟し、卒のない会話、女性が放っておかないのは本当なのでは?」
「テスクンカ、おまえ、相手がわたしでなくてもいいのか? サシーニャだって誰でもいいってわけじゃない。好きな相手の心が欲しい、当たり前だ」
「思う人には思われず?」
「それがそうでもないらしい。向こうもサシーニャに気がある」
「案外サシーニャさまはご自分の事となると煮え切らないのですね」
「うん、面白いだろう?」
「それを思い出して笑ったのですか?」
「あっ!」
「!?」
地鳴りを伴った地震に、テスクンカがパッと体を起こし、ジロチーノモを庇うような姿勢を取る。ドンと持ちあがるような感触のあとゆらゆら揺れて、次第に何事もなかったように納まってゆく。
「地震が増えていますね」
「今程度ならどうという事はない。坑道の崩落防止の措置は万全だし、今年は雪も少ない」
「名もなき山はすっかり雪に覆われていますが、ジッチモンデにはほぼ降っていません。その分バイガスラは大雪だとか」
「バイガスラね……春には何が起きるのやら」
「サシーニャさまは何もお話しにならなかった?」
「知らないほうがわたしのためなのだと」
「という事は悪巧み?」
「だな」
ジロチーノモがクスクス笑う。
「それにしてもあのサシーニャを跪かせているリオネンデ王とはどんな男なのだろうな? 一度くらいは会ってみたいものだ」
「おや、サシーニャさまの次はリオネンデ王に関心を? サシーニャさまの代わりにリオネンデ王を落とすおつもりではありませんよね?」
「うん?」
ジロチーノモがニヤリとする。
「地震はもう治まった。いつまでそうしているんだ? 妬いている暇があったら早く横たわれ。さっきの続きだ。おまえを選んだことを後悔させるなよ」
少しだけギョッとしたがすぐに笑顔になったテスクンカ、
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と唇を重ねていった。
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