275 / 404
第6章 春、遠からず
絹の織物
しおりを挟む
フェニカリデ・グランデジアの南門を出ると、暫く周囲は雑木林、緩やかな昇り傾斜が続く。それを抜けるとあたり一面見渡すばかりの耕作地、それはグランデジアの最南端ハプリクスまで広がる。南門からハプリクスに至るのがハプリクス街道、途中東西に分岐し、東に向かうのは裏グリニデ街道、ぐるりと周回するがグリニデへと続く。
西に向かうのはモリジナル街道、スカンポ山脈にぶつかるあたりからやや北上し、山脈に添うようにモリジナルに向かう。モリジナル街道にはリッチエンジェに至る脇道もある。
グランデジアの南は国境がない。東はプリラエダ、西はコッギエサ、北は一部バチルデアだがほぼバイガスラと接している。が、南は切り立った崖のみ、崖の下には海が広がる。岸壁は、西へ行けばガッシネの少し手前まで、東はバチルデアのフェルシナスをぐるりと取り囲み北上、バチルデアとバイガスラの国境付近まで続いている。が、バチルデアのあたりと違って溶岩流が固まったようには見えない。
伝説では始祖の王がこの大地に初めて降り立ったのはハプリクス、ならば地殻変動による隆起・沈降が起きたのではないか。崖下までは近づけないが、船上から粘土層や砂礫層の重なる地層が海面近くまで確認できる。
ハプリクスから崖沿いに西へ少し行くと養蚕の地ジェラーテンがある。以前は王領だったがサシーニャの祖父が拝領し、以降シャルレニ・サシーニャと受け継がれている。養蚕が盛んなわけだが、そのため桑の木が多く植えられている。
桑の木は養蚕以外にも、果実をジャムや酒、葉・木皮を茶や化粧水・薬剤、そして材木としてなど、様々に利用されている。もちろん、優れた紡織・紡績・染色技術も有していて、蚕の繭から採れる絹糸・絹織物はジェラーテンの特産品だ。
甘く煮て乾燥させた蚕の蛹に飴を絡めて固めた菓子は他では手に入らず、ジェラーテン土産として喜ぶ人も多い。ただ見た目で嫌悪されることも多々ある。
橄欖・実芭蕉・鳳梨などの果実も多く作られ、特に橄欖油は高級品とされた。甘蔗の砂糖も有名だ。
そのほか麦や芋類などグランデジアの他の地域でもよく作られる農産物もあり、年貢はもっぱらこれらで納められた。私領の中では裕福な地だ。
シャルレニはサシーニャ誕生のさい、祝事だからと翌年の年貢を免除したが、なぜか翌々年以降も免除は続いた。シャルレニが没し、マジェルダーナに管理が移ると周辺地域と同率の徴収を始め、領地管理に必要な経費を除き金銭にして蓄えた。蓄えは成人の折、シャルレニが残した遺産とともにサシーニャへ渡している。
サシーニャが実質的な領主になってからも年貢の徴収は続いたが、その方法は違っていた。物納は変わらないものの、飢饉などに備えた食料庫から、治めた物と同等の食糧を排出し、新たな物と入れ替える形にしている。排出した物は領民に無償で与えるのだから、新物が貯蔵品に変わっただけで実質的には年貢の徴収はないも同じだった。
養蚕の地ジェラーテン、サシーニャの衣装はここで作られた絹織物であり、サシーニャが衣装に拘るのはジェラーテンの絹織物の素晴らしさを自ら着用することで、広く世間に知らしめる意味も多分にあった――
縮こまるチュジャンエラをリオネンデが不機嫌な顔で睨みつける。王の執務室、サシーニャの遅参理由を聞いて怒り出したリオネンデだ。
「それでサシーニャは?」
「ですから、街館でワダと会う約束があ――」
「いつ、ここに来るかを聞いているんだ」
「ですから、ワダとの話が終わ――」
「いつ終わるんだ?」
そんなの知るか、と言いたいが言えないチュジャンエラ、リオネンデの八つ当たりは今に始まったことではない。ウンザリしている。
黙ってしまったチュジャンエラに気が付き、少しリオネンデが口調を抑える。
「だいたいなんで街館に? ワダは王宮本館への出入りも許したはずだ。そもそもなぜ魔術師の塔ではダメなんだ?」
「ワダの希望だそうです。サシーニャさまへの個人的な贈物を持参しているとか」
「贈物?」
「衣装だと思います。先日、塔に来た時そんなことを言ってましたから」
「なぜワダがサシーニャに衣装を贈る?」
「王子になったお祝いだそうです」
「それをサシーニャが受け取った? いや、今、受け取ってるのか」
「ワダはこないだ、生地の見本を持って来てたんです。それがとても素晴らしいもので……サシーニャさまの着道楽はリオネンデ王もご存知でしょう?」
「着道楽? アイツが凝った衣装を着るのは、自領の産業を振興するためだ」
「そうだったんですか? なにしろその布はかなり高価なものでサシーニャさまも遠慮したんだけど、ワダの顔を立てるってことで受け取ることにしました」
「ふふん」
急激に機嫌が直ったリオネンデが、チュジャンエラを馬鹿にしたように笑う。
「顔を立てるねぇ……その布、染めか織が特殊なんじゃないのか?」
「え……えぇ、染めも織も新開発された技術だとかで原価が高くなり過ぎるから売り物にできないってワダが言ってました」
「その時のサシーニャの反応は?」
「その技術を使わないのは惜しいって」
「そうか……ワダが今日、来ることは前から決まっていたのか?」
「えぇ、三日ほど前に連絡がありました」
「では、サシーニャのヤツ、ジェラーテンから誰かを呼び寄せただろう?」
「ジェラーテン? そこまではちょっと……」
ここで再びチュジャンエラを小馬鹿にするように、リオネンデがフフンと笑う。
「サシーニャが、いくら相手がワダだろうが個人的な贈物を受け取るものか。他人から見れば賂、いくらグランデジア一の豪商と言っても、いいや、豪商だから余計に悪い。他の商人にはしない便宜を図ると誤解されかねない」
「あ……」
「ワダとの談合、少し時間がかかるかもな……サシーニャが目を付けたのだ、よほど素晴らしい物なのだろう? いくらワダでもそう簡単にその技術、手放したくないはずだ」
「リオネンデ王は、サシーニャさまがワダから技術を買い取るつもりだと?」
「その見本品という理由で衣装を受け取る言い訳も立つという事だ」
「なるほど、そう言う事だったんですね……あっ!」
「あっ?」
小さく叫んだチュジャンエラを見ると、どうも目つきが虚ろだ。
「おい、チュジャン!?」
「……あ、いえ。サシーニャさま、今からこちらに向かうそうです。街館を出るところだって、言ってきました」
「うん? なんでそんな事が?」
「遠隔伝心術です。ほら、サシーニャさまがジッチモンデに行った時、チャキナム山脈から向こうは使えなかった……」
「あぁ、受けることはできるけど、送れないって言ってた?」
「最近やっと、僕の方からも送れるようになったんですよ。ただ、何かしながらだとできなくて」
「おまえ、今、凄く呆けた顔をしてたぞ?」
「えっ? そうなんですか!? うわぁ、人前で出来ないじゃん!」
「で、今は、サシーニャが言ってきただけ?」
「いや、『巧く行った?』って訊いたら『巧く行ったけど、なんの話かな?』って返事でした」
「相変わらずサシーニャは惚けたことを言う」
苦笑するリオネンデ、後宮の出入り口に立ち、
「もうすぐサシーニャが来る、茶菓の用意を――アナナスがあれば出してやれ」
と奥に声を掛けた。それに答えるスイテアの声が聞こえる。
そう言えば、とリオネンデが話を変える。
「今のサシーニャの相手はネフュリザクの娘だって?」
「あぁ……少し古い情報ですね。二回ほど王宮の庭で逢引したらしいけど、魔術師の食事の話をしたら向こうから撤退したって」
クスリとチュジャンエラが笑う。
「雉肉が食べられない生活なんて考えられないんだとか」
「どうせサシーニャがわざとそんな話をしたんだろう?」
「明後日、ニャーシスさまの妹御と会う約束になってるらしいですよ」
「ニャーシスの妹? 上か、下か?」
「うん、両方。どっちがいいかニャースさまに聞かれて、面倒だから両方でってサシーニャさまが」
ケラケラとチュジャンエラは笑うが、リオネンデは呆れる。
「姉妹二人と見合い? よくニャーシスがウンと言ったな……だが、ま、どちらか選べないから断るって話の運びだろうな」
「きっとそうですね――自分からイイ人がいたら紹介をって言ったものだから、断ってばかりもいられないようです」
「ふん、身から出た錆だ。アイツ、疲れ切ってるんじゃないか?」
「それがそうでもないみたいですよ……女の人と会うこと自体は苦にならないって。それなりに楽しんでるように見えます。でも、一緒に暮らすとなると話は別だって」
「あいつ、意外と浮気性なのか?」
「それはないんじゃない? いい気分転換ってところかな」
「気分転換ねぇ……」
そこへ茶菓を持ったスイテアが来て、
「温室物のアナナスを頼んであるのだけど、まだ届いてないんです」
申し訳なさそうに言う。菓子皿には砂糖漬けのアナナスと覆盆子が盛られ、黄色と紅色の対比が美しい。
「季節じゃないからな。無理を言った、気にするな」
「それにしてもスイテアさま、この取り合わせにするのは流石ですね」
リオネンデとチュジャンエラの言葉に、スイテアが嬉しそうな顔で笑んだ。
「今日は寒いので、お茶は生姜湯にハチミツを少し溶かしました……チュジャンはハチミツが多いほうが良かった? なんだったら持って来ますよ」
「それなら覆盆子にも……やっぱり僕って甘いもの好きに見えますよね?」
「おまえは菓子を出されればすぐ口に入れる。甘いもの好きを隠しもしないじゃないか。味覚が子どもな感じもするし」
「味覚が子どもって、それ酷くないですか?」
揶揄うリオネンデに抗議するチュジャン、スイテアはクスクス笑う。そこにサシーニャが入室してきた――
ダズベルへの兵の配置は終わったのですが、と言いながらチュジャンエラが難しい顔をする。
「烏の情報によるとジッチモンデ側でも兵の増強があったとのことです」
「うん? それはこちらに呼応してか?」
「いえ、こちらより先です」
チュジャンエラの答えに、リオネンデがサシーニャに視線を移す。
「どう見る?」
「苔むす森の前に砦を築いたものの配置した兵は少数。むしろ気になるのはフェルシナスの各農村とプリラエダ国境の山麓に散らした兵――フェルシナスへは苔むす森からの侵入以外はあり得ないし、プリラエダが山越えで侵攻してくるなんて、考えるだけバカバカしい」
「いざとなれば、なんの躊躇いもなく兵を苔むす森に集められるという事だな。で、総数は?」
「ざっと三千と言ったところかと。 烏 の言う事なので、数に関しては確かではありません」
「ダズベルの配備は五百……」
リオネンデが呟いて目を閉じた。
西に向かうのはモリジナル街道、スカンポ山脈にぶつかるあたりからやや北上し、山脈に添うようにモリジナルに向かう。モリジナル街道にはリッチエンジェに至る脇道もある。
グランデジアの南は国境がない。東はプリラエダ、西はコッギエサ、北は一部バチルデアだがほぼバイガスラと接している。が、南は切り立った崖のみ、崖の下には海が広がる。岸壁は、西へ行けばガッシネの少し手前まで、東はバチルデアのフェルシナスをぐるりと取り囲み北上、バチルデアとバイガスラの国境付近まで続いている。が、バチルデアのあたりと違って溶岩流が固まったようには見えない。
伝説では始祖の王がこの大地に初めて降り立ったのはハプリクス、ならば地殻変動による隆起・沈降が起きたのではないか。崖下までは近づけないが、船上から粘土層や砂礫層の重なる地層が海面近くまで確認できる。
ハプリクスから崖沿いに西へ少し行くと養蚕の地ジェラーテンがある。以前は王領だったがサシーニャの祖父が拝領し、以降シャルレニ・サシーニャと受け継がれている。養蚕が盛んなわけだが、そのため桑の木が多く植えられている。
桑の木は養蚕以外にも、果実をジャムや酒、葉・木皮を茶や化粧水・薬剤、そして材木としてなど、様々に利用されている。もちろん、優れた紡織・紡績・染色技術も有していて、蚕の繭から採れる絹糸・絹織物はジェラーテンの特産品だ。
甘く煮て乾燥させた蚕の蛹に飴を絡めて固めた菓子は他では手に入らず、ジェラーテン土産として喜ぶ人も多い。ただ見た目で嫌悪されることも多々ある。
橄欖・実芭蕉・鳳梨などの果実も多く作られ、特に橄欖油は高級品とされた。甘蔗の砂糖も有名だ。
そのほか麦や芋類などグランデジアの他の地域でもよく作られる農産物もあり、年貢はもっぱらこれらで納められた。私領の中では裕福な地だ。
シャルレニはサシーニャ誕生のさい、祝事だからと翌年の年貢を免除したが、なぜか翌々年以降も免除は続いた。シャルレニが没し、マジェルダーナに管理が移ると周辺地域と同率の徴収を始め、領地管理に必要な経費を除き金銭にして蓄えた。蓄えは成人の折、シャルレニが残した遺産とともにサシーニャへ渡している。
サシーニャが実質的な領主になってからも年貢の徴収は続いたが、その方法は違っていた。物納は変わらないものの、飢饉などに備えた食料庫から、治めた物と同等の食糧を排出し、新たな物と入れ替える形にしている。排出した物は領民に無償で与えるのだから、新物が貯蔵品に変わっただけで実質的には年貢の徴収はないも同じだった。
養蚕の地ジェラーテン、サシーニャの衣装はここで作られた絹織物であり、サシーニャが衣装に拘るのはジェラーテンの絹織物の素晴らしさを自ら着用することで、広く世間に知らしめる意味も多分にあった――
縮こまるチュジャンエラをリオネンデが不機嫌な顔で睨みつける。王の執務室、サシーニャの遅参理由を聞いて怒り出したリオネンデだ。
「それでサシーニャは?」
「ですから、街館でワダと会う約束があ――」
「いつ、ここに来るかを聞いているんだ」
「ですから、ワダとの話が終わ――」
「いつ終わるんだ?」
そんなの知るか、と言いたいが言えないチュジャンエラ、リオネンデの八つ当たりは今に始まったことではない。ウンザリしている。
黙ってしまったチュジャンエラに気が付き、少しリオネンデが口調を抑える。
「だいたいなんで街館に? ワダは王宮本館への出入りも許したはずだ。そもそもなぜ魔術師の塔ではダメなんだ?」
「ワダの希望だそうです。サシーニャさまへの個人的な贈物を持参しているとか」
「贈物?」
「衣装だと思います。先日、塔に来た時そんなことを言ってましたから」
「なぜワダがサシーニャに衣装を贈る?」
「王子になったお祝いだそうです」
「それをサシーニャが受け取った? いや、今、受け取ってるのか」
「ワダはこないだ、生地の見本を持って来てたんです。それがとても素晴らしいもので……サシーニャさまの着道楽はリオネンデ王もご存知でしょう?」
「着道楽? アイツが凝った衣装を着るのは、自領の産業を振興するためだ」
「そうだったんですか? なにしろその布はかなり高価なものでサシーニャさまも遠慮したんだけど、ワダの顔を立てるってことで受け取ることにしました」
「ふふん」
急激に機嫌が直ったリオネンデが、チュジャンエラを馬鹿にしたように笑う。
「顔を立てるねぇ……その布、染めか織が特殊なんじゃないのか?」
「え……えぇ、染めも織も新開発された技術だとかで原価が高くなり過ぎるから売り物にできないってワダが言ってました」
「その時のサシーニャの反応は?」
「その技術を使わないのは惜しいって」
「そうか……ワダが今日、来ることは前から決まっていたのか?」
「えぇ、三日ほど前に連絡がありました」
「では、サシーニャのヤツ、ジェラーテンから誰かを呼び寄せただろう?」
「ジェラーテン? そこまではちょっと……」
ここで再びチュジャンエラを小馬鹿にするように、リオネンデがフフンと笑う。
「サシーニャが、いくら相手がワダだろうが個人的な贈物を受け取るものか。他人から見れば賂、いくらグランデジア一の豪商と言っても、いいや、豪商だから余計に悪い。他の商人にはしない便宜を図ると誤解されかねない」
「あ……」
「ワダとの談合、少し時間がかかるかもな……サシーニャが目を付けたのだ、よほど素晴らしい物なのだろう? いくらワダでもそう簡単にその技術、手放したくないはずだ」
「リオネンデ王は、サシーニャさまがワダから技術を買い取るつもりだと?」
「その見本品という理由で衣装を受け取る言い訳も立つという事だ」
「なるほど、そう言う事だったんですね……あっ!」
「あっ?」
小さく叫んだチュジャンエラを見ると、どうも目つきが虚ろだ。
「おい、チュジャン!?」
「……あ、いえ。サシーニャさま、今からこちらに向かうそうです。街館を出るところだって、言ってきました」
「うん? なんでそんな事が?」
「遠隔伝心術です。ほら、サシーニャさまがジッチモンデに行った時、チャキナム山脈から向こうは使えなかった……」
「あぁ、受けることはできるけど、送れないって言ってた?」
「最近やっと、僕の方からも送れるようになったんですよ。ただ、何かしながらだとできなくて」
「おまえ、今、凄く呆けた顔をしてたぞ?」
「えっ? そうなんですか!? うわぁ、人前で出来ないじゃん!」
「で、今は、サシーニャが言ってきただけ?」
「いや、『巧く行った?』って訊いたら『巧く行ったけど、なんの話かな?』って返事でした」
「相変わらずサシーニャは惚けたことを言う」
苦笑するリオネンデ、後宮の出入り口に立ち、
「もうすぐサシーニャが来る、茶菓の用意を――アナナスがあれば出してやれ」
と奥に声を掛けた。それに答えるスイテアの声が聞こえる。
そう言えば、とリオネンデが話を変える。
「今のサシーニャの相手はネフュリザクの娘だって?」
「あぁ……少し古い情報ですね。二回ほど王宮の庭で逢引したらしいけど、魔術師の食事の話をしたら向こうから撤退したって」
クスリとチュジャンエラが笑う。
「雉肉が食べられない生活なんて考えられないんだとか」
「どうせサシーニャがわざとそんな話をしたんだろう?」
「明後日、ニャーシスさまの妹御と会う約束になってるらしいですよ」
「ニャーシスの妹? 上か、下か?」
「うん、両方。どっちがいいかニャースさまに聞かれて、面倒だから両方でってサシーニャさまが」
ケラケラとチュジャンエラは笑うが、リオネンデは呆れる。
「姉妹二人と見合い? よくニャーシスがウンと言ったな……だが、ま、どちらか選べないから断るって話の運びだろうな」
「きっとそうですね――自分からイイ人がいたら紹介をって言ったものだから、断ってばかりもいられないようです」
「ふん、身から出た錆だ。アイツ、疲れ切ってるんじゃないか?」
「それがそうでもないみたいですよ……女の人と会うこと自体は苦にならないって。それなりに楽しんでるように見えます。でも、一緒に暮らすとなると話は別だって」
「あいつ、意外と浮気性なのか?」
「それはないんじゃない? いい気分転換ってところかな」
「気分転換ねぇ……」
そこへ茶菓を持ったスイテアが来て、
「温室物のアナナスを頼んであるのだけど、まだ届いてないんです」
申し訳なさそうに言う。菓子皿には砂糖漬けのアナナスと覆盆子が盛られ、黄色と紅色の対比が美しい。
「季節じゃないからな。無理を言った、気にするな」
「それにしてもスイテアさま、この取り合わせにするのは流石ですね」
リオネンデとチュジャンエラの言葉に、スイテアが嬉しそうな顔で笑んだ。
「今日は寒いので、お茶は生姜湯にハチミツを少し溶かしました……チュジャンはハチミツが多いほうが良かった? なんだったら持って来ますよ」
「それなら覆盆子にも……やっぱり僕って甘いもの好きに見えますよね?」
「おまえは菓子を出されればすぐ口に入れる。甘いもの好きを隠しもしないじゃないか。味覚が子どもな感じもするし」
「味覚が子どもって、それ酷くないですか?」
揶揄うリオネンデに抗議するチュジャン、スイテアはクスクス笑う。そこにサシーニャが入室してきた――
ダズベルへの兵の配置は終わったのですが、と言いながらチュジャンエラが難しい顔をする。
「烏の情報によるとジッチモンデ側でも兵の増強があったとのことです」
「うん? それはこちらに呼応してか?」
「いえ、こちらより先です」
チュジャンエラの答えに、リオネンデがサシーニャに視線を移す。
「どう見る?」
「苔むす森の前に砦を築いたものの配置した兵は少数。むしろ気になるのはフェルシナスの各農村とプリラエダ国境の山麓に散らした兵――フェルシナスへは苔むす森からの侵入以外はあり得ないし、プリラエダが山越えで侵攻してくるなんて、考えるだけバカバカしい」
「いざとなれば、なんの躊躇いもなく兵を苔むす森に集められるという事だな。で、総数は?」
「ざっと三千と言ったところかと。 烏 の言う事なので、数に関しては確かではありません」
「ダズベルの配備は五百……」
リオネンデが呟いて目を閉じた。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる