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第6章 春、遠からず
妬心、やるせなく
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サシーニャの話を聞いてスイテアが嬉しそうな顔をする。王宮・王の執務室、リオネンデとサシーニャの打ち合わせ、スイテアも同席している。チュジャンエラはいない。
「やっぱりあのバラが〝秘めた想い〟だったのね」
「いえ、だから、そう決めたわけじゃ……でも、あのと仰るところをみるとご覧になったことがある?」
戸惑うのはサシーニャだ。
「あぁ、あの塔の裏の白い花だろう?」
そう言ったのはリオネンデ、面白くなさそうだ。
「あの時は、おまえがジッチモンデに行ってたんだったかな……例の絵本を見に魔術師の塔へ行こうと庭を抜けたんだ」
「スイテアさまもご一緒だったのですね」
「しかし、なぜその立て札に拘ってる?」
「いえ、札を立てたのがスイテアさまでないと判ればそれでいいのです」
「ふぅん……」
疑わしげな眼でサシーニャを見るリオネンデ、サシーニャが気味悪がって
「言いたいことがあるのなら、はっきり言葉にしたらどうです?」
不貞腐れ気味に抗議する。
するとフフンと鼻を鳴らしたリオネンデがニヤリと笑う。
「言いたいというよりも、訊きたいことがないわけじゃない。まず一つ、いつだったかおまえは、いずれスイテアは懐妊すると言った。未だその兆候がない。なぜだ?」
「はい?」
思いもしない質問に、サシーニャがきょとんとする。
「いや、今それですか?――その話をしたとき『いずれ』とだけで、いつかは判らないと言ったはずですよ?」
「そうだな、そしておまえはこう言ったんだ。スイテアは必ず子を授かるとな」
「えぇ……それが何か?」
「誰の子だ?」
「はぁあ!?」
「リオネンデ!?」
驚くサシーニャの声は裏返り、スイテアの叫びは怒気を帯びる。
「リオネンデ、何を、何を言いだすの? わたしが、わたしが!?」
「煩い、サシーニャと話している。おまえは引っ込んでろ!」
「リオネンデ!? いったいわたしが誰と?」
揉めるリオネンデとスイテア、サシーニャはすっかり呆れてしまい開いた口が塞がらない。
「何を呆けた顔で見ている?」
そんなサシーニャを、怒りを隠すことなくリオネンデが睨みつける。
「なにが〝秘めた想い〟だ? いったいいつの間にそんな色っぽい話をした? おまえが女の気を逸らさない会話に長けているのは知っている。だが、まさか、スイテアにまで――」
「いや、ちょっと……」
リオネンデを遮ったものの、そこから先が出てこないサシーニャ、不意にプッと吹き出し、笑い始める。
「な、何が可笑しい!?」
「いや、いや、いや……リオネンデがわたしとスイテアさまの仲を疑ってる、これが笑わずにいられるかって」
「サシーニャ!」
怒りが治まらないリオネンデ、笑いが止まらずとうとう腹を抱えるサシーニャ、蒼褪めていたスイテアも、サシーニャが笑い続けるのを見てとうとう吹き出し、笑い始めた。
「おまえら……俺を馬鹿に――」
「馬鹿にされるようなことを仰るのがいけないのです」
笑い過ぎで滲んできた涙を指で擦りながらスイテアが言う。
「久々の焼きもちですね、リオネンデさま。でもね、見当違いもいいとこですよ。わたしとサシーニャさまが二人きりになることはありませんから」
「おまえ、魔術師の塔の中ならどこでも行けるはずだ。サシーニャの執務室だろうと住居階にある居室だろうと」
「あら、そうだったのですね――だったらサシーニャさま、今度、居室に招待してくださいますか?」
「あ? そ、うですね、そのうち、ゆっくりと……」
笑いの発作が治まらないサシーニャが、途切れ途切れにそう答える。
「サシーニャ!」
再び怒鳴るリオネンデ、さらにサシーニャが笑い転げる。
サシーニャが、滅多にしない大笑いを始めると暫くは止まらない。何を言ってもどうせ笑う。それを知っているリオネンデ、怒っているのも馬鹿馬鹿しくなって黙り込む。そして思う。サシーニャの馬鹿笑いも久々だな……
黙り込んだリオネンデに、笑いやんだスイテアが小声で問う。
「あの……サシーニャさまは大丈夫なんでしょうか?」
自分が笑い止むと、サシーニャの馬鹿笑いが心配になったスイテアだ。普段のサシーニャからは想像できるはずもない。
「ほっとけ、そのうち収まる――一度この笑いが始まると、止めようとしても止められないらしい」
答えるリオネンデも小声だ。
「何しろ刺激するな――ったく、コイツはいつも極端だ。笑い出せば笑いっぱなし、泣き出せば泣き続け、怒り出すといつまでも怒って口を利かなくなる」
「サシーニャさまがこんなにお笑いになるなんて知りませんでした。怒って口を利かなくなるのは知ってましたけど、泣いたりすることもあるのですね」
「いつも澄まして余所行きだからな、その反動で、箍が外れると止められなくなるんだろ。まぁ、泣いてるのを見たのはいつだったか、酔っ払った時が最後だ」
「サシーニャさまが酔っぱらう?」
「リヒャンデルが無理やり連れてきて飲ませたんだ。最初はケラケラ笑うんで面白がってどんどん飲ませたら急に泣きだして――魔術師に……」
魔術師になんかなりたくない、そうだ、あの時サシーニャは、そう言って泣いたんじゃなかったか? リオネンデの背中が急に冷たくなる。
「魔術師に?」
スイテアが先を促し、
「いや……」
リオネンデが口籠り、
「なりたくなかったんですよ」
ケロッとサシーニャが後を受ける。
「サシーニャ!?」
とりあえず発作は治まったようだが、それでもニヤニヤしているサシーニャが
「それが今では筆頭魔術師だ。人生何があるか判らないものです」
他人事のように言う。
「あ、いや、なんだ……」
まるでサシーニャを無理やり魔術師に仕立て上げたのが自分だったような錯覚に戸惑い、焦るリオネンデに、
「心配は要りません。スイテアさまの子は、間違いなくグランデジア王の子です」
やっと笑いを消したサシーニャが言う。
「それも予感なのか?」
魔術師になりたくなかったという話が流されたことにホッとするリオネンデ、少し後ろめたさを感じながら、サシーニャの話に乗る。
「スイテアさまが懐妊する、その予感があった時から王の子だと判っていました。言うまでもないから言わなかっただけです。お疑いは晴れましたね?」
ムスッとしただけで答えないリオネンデ、どう答えても自分の愚かさを認めるようで答えられない。
「それで、ひとつは、と言うことは他にもあるんでしょう? いったいどんな事でしょう?」
「あぁ……いや、なんだ、立札の件だがな、おまえ、誰が立てたか判っているんだろう?」
「あぁ、それですか。えぇ、スイテアさまでないのを確認しましたから。これですっきりしました」
「すっきりした?」
「はい、すっきりです。どう対処するかも決めました」
「ふぅん。それでどう対処する?」
「今まで通りでよいかと。下手に刺激しないほうがいいでしょう。賢い人です。暴走したりしないと思います」
「おまえがそう考えるのならそうなのだろうな――ところでチュジャンはいつ帰るんだ?」
話題は変わったものの、いまひとつ居心地の悪さを拭えないリオネンデ、さらに無難な話を振る。
チュジャンエラはサーベルゴカの生家に行くため休暇を取っている。
「少し長くなるかもしれませんね。最後の商品がラメアリスに向けて出港するまでには帰ると言っていました」
「うん? アイツ、何しに行ったんだ?」
「どうも親御さんと揉めているそうで……話を付けてくるって悲惨な顔で出かけましたよ」
「チュジャンが悲惨な顔?」
聞いていたスイテアがつい口を挟む。
「いったい何を揉めているんです?」
「人生に大きく関わる事と言ってましたね」
「そりゃあ重大事だな」
リオネンデがニヤリと笑う。
「親に縁談でも勧められたか?」
「リオネンデにしては勘がいい」
苦笑するサシーニャ、
「父親が、商売上有利になる相手とチュジャンを一緒にさせたいって考えてるらしいんです。何しろ願ってもない良縁が次々に舞い込むそうで、そのどれでもいいから決めろと言われたのだとか」
「どれでもいい? まぁ、ヤツも次席魔術師、そんな申し込みが殺到しても不思議じゃない」
「でも本人は全くその気がない――自分の伴侶は自分で探したいのだとか」
「チュジャンは決めた女がいるんじゃないのか? その相手じゃ親は納得しないのか?」
「なにやら事情があるようですよ――父上がかなり頑固なんだそうです」
「チュジャンから頑固親爺は想像できないな」
「その分、母親がふわふわしてるって言っていましたね」
「チュジャンは父親を説得できるかな?」
「ダメなら縁を切る覚悟はできてるとか」
「あいつ、家族が大好きなんじゃなかった?」
「まぁ……首尾よく帰ってくれば本人が話してくれるでしょうから、わたしからはこれ以上はやめておきます」
サシーニャが退出してから、スイテアがリオネンデに尋ねている。
「チュジャンの相手って誰なのかしら?」
「想像はついているんだろう?」
ニヤニヤとリオネンデが答えた。
「だがこれで、チュジャンが相手を秘密にしていた理由ははっきりしたな。父親に知られて妨害されないためだ」
「ってことは、お父さまが反対したくなるような人ってことになりますよ?」
「ま、世の中、いろいろな考え方の人間がいる。俺たちから見たらなぜだろうと思うような事に引っ掛かりを感じるヤツもいるってことだ」
「チュジャンには家族を捨てるなんてできそうもないんだけど……いつだったかお母さまのプディングが食べたくて自分で作ってみたけどやっぱり違うって言ってたわ」
「うん? プディング? 卵を使わずに作れるんだ?」
「さぁ? 作り方までは聞いてないから」
蚕の蛹飴を食べさせた時、蛹と知ったリオネンデが『サシーニャにも食わせろ!』と激怒し、魔術師さまは動物食は召し上がらないと誤魔化したスイテアだ。ここは惚けておいたほうがいいと、知らん顔を決め込んだ。
そんなスイテア、追及されないうちに話を変える。
「そう言えば、立て札のこと、サシーニャさまと意味深なお話をしてましたね?」
「ん、あぁ、あれな。札を立てたのは誰かって話だ」
「それくらい、話を聞いていれば判りますよ? 誰なんです?」
「さぁなぁ……まぁ消去法で考えれば判る」
「消去法?」
「で、問題は、ソイツは多分サシーニャに思いを寄せてるってことだ」
「えっ? ってことは女の人? まぁ、サシーニャさまはおモテになるし」
「あいつのことだ、卒なく躱してしまうだろうさ」
そう言いながら、アイツも今度は手を焼きそうだと思うリオネンデだった。
「やっぱりあのバラが〝秘めた想い〟だったのね」
「いえ、だから、そう決めたわけじゃ……でも、あのと仰るところをみるとご覧になったことがある?」
戸惑うのはサシーニャだ。
「あぁ、あの塔の裏の白い花だろう?」
そう言ったのはリオネンデ、面白くなさそうだ。
「あの時は、おまえがジッチモンデに行ってたんだったかな……例の絵本を見に魔術師の塔へ行こうと庭を抜けたんだ」
「スイテアさまもご一緒だったのですね」
「しかし、なぜその立て札に拘ってる?」
「いえ、札を立てたのがスイテアさまでないと判ればそれでいいのです」
「ふぅん……」
疑わしげな眼でサシーニャを見るリオネンデ、サシーニャが気味悪がって
「言いたいことがあるのなら、はっきり言葉にしたらどうです?」
不貞腐れ気味に抗議する。
するとフフンと鼻を鳴らしたリオネンデがニヤリと笑う。
「言いたいというよりも、訊きたいことがないわけじゃない。まず一つ、いつだったかおまえは、いずれスイテアは懐妊すると言った。未だその兆候がない。なぜだ?」
「はい?」
思いもしない質問に、サシーニャがきょとんとする。
「いや、今それですか?――その話をしたとき『いずれ』とだけで、いつかは判らないと言ったはずですよ?」
「そうだな、そしておまえはこう言ったんだ。スイテアは必ず子を授かるとな」
「えぇ……それが何か?」
「誰の子だ?」
「はぁあ!?」
「リオネンデ!?」
驚くサシーニャの声は裏返り、スイテアの叫びは怒気を帯びる。
「リオネンデ、何を、何を言いだすの? わたしが、わたしが!?」
「煩い、サシーニャと話している。おまえは引っ込んでろ!」
「リオネンデ!? いったいわたしが誰と?」
揉めるリオネンデとスイテア、サシーニャはすっかり呆れてしまい開いた口が塞がらない。
「何を呆けた顔で見ている?」
そんなサシーニャを、怒りを隠すことなくリオネンデが睨みつける。
「なにが〝秘めた想い〟だ? いったいいつの間にそんな色っぽい話をした? おまえが女の気を逸らさない会話に長けているのは知っている。だが、まさか、スイテアにまで――」
「いや、ちょっと……」
リオネンデを遮ったものの、そこから先が出てこないサシーニャ、不意にプッと吹き出し、笑い始める。
「な、何が可笑しい!?」
「いや、いや、いや……リオネンデがわたしとスイテアさまの仲を疑ってる、これが笑わずにいられるかって」
「サシーニャ!」
怒りが治まらないリオネンデ、笑いが止まらずとうとう腹を抱えるサシーニャ、蒼褪めていたスイテアも、サシーニャが笑い続けるのを見てとうとう吹き出し、笑い始めた。
「おまえら……俺を馬鹿に――」
「馬鹿にされるようなことを仰るのがいけないのです」
笑い過ぎで滲んできた涙を指で擦りながらスイテアが言う。
「久々の焼きもちですね、リオネンデさま。でもね、見当違いもいいとこですよ。わたしとサシーニャさまが二人きりになることはありませんから」
「おまえ、魔術師の塔の中ならどこでも行けるはずだ。サシーニャの執務室だろうと住居階にある居室だろうと」
「あら、そうだったのですね――だったらサシーニャさま、今度、居室に招待してくださいますか?」
「あ? そ、うですね、そのうち、ゆっくりと……」
笑いの発作が治まらないサシーニャが、途切れ途切れにそう答える。
「サシーニャ!」
再び怒鳴るリオネンデ、さらにサシーニャが笑い転げる。
サシーニャが、滅多にしない大笑いを始めると暫くは止まらない。何を言ってもどうせ笑う。それを知っているリオネンデ、怒っているのも馬鹿馬鹿しくなって黙り込む。そして思う。サシーニャの馬鹿笑いも久々だな……
黙り込んだリオネンデに、笑いやんだスイテアが小声で問う。
「あの……サシーニャさまは大丈夫なんでしょうか?」
自分が笑い止むと、サシーニャの馬鹿笑いが心配になったスイテアだ。普段のサシーニャからは想像できるはずもない。
「ほっとけ、そのうち収まる――一度この笑いが始まると、止めようとしても止められないらしい」
答えるリオネンデも小声だ。
「何しろ刺激するな――ったく、コイツはいつも極端だ。笑い出せば笑いっぱなし、泣き出せば泣き続け、怒り出すといつまでも怒って口を利かなくなる」
「サシーニャさまがこんなにお笑いになるなんて知りませんでした。怒って口を利かなくなるのは知ってましたけど、泣いたりすることもあるのですね」
「いつも澄まして余所行きだからな、その反動で、箍が外れると止められなくなるんだろ。まぁ、泣いてるのを見たのはいつだったか、酔っ払った時が最後だ」
「サシーニャさまが酔っぱらう?」
「リヒャンデルが無理やり連れてきて飲ませたんだ。最初はケラケラ笑うんで面白がってどんどん飲ませたら急に泣きだして――魔術師に……」
魔術師になんかなりたくない、そうだ、あの時サシーニャは、そう言って泣いたんじゃなかったか? リオネンデの背中が急に冷たくなる。
「魔術師に?」
スイテアが先を促し、
「いや……」
リオネンデが口籠り、
「なりたくなかったんですよ」
ケロッとサシーニャが後を受ける。
「サシーニャ!?」
とりあえず発作は治まったようだが、それでもニヤニヤしているサシーニャが
「それが今では筆頭魔術師だ。人生何があるか判らないものです」
他人事のように言う。
「あ、いや、なんだ……」
まるでサシーニャを無理やり魔術師に仕立て上げたのが自分だったような錯覚に戸惑い、焦るリオネンデに、
「心配は要りません。スイテアさまの子は、間違いなくグランデジア王の子です」
やっと笑いを消したサシーニャが言う。
「それも予感なのか?」
魔術師になりたくなかったという話が流されたことにホッとするリオネンデ、少し後ろめたさを感じながら、サシーニャの話に乗る。
「スイテアさまが懐妊する、その予感があった時から王の子だと判っていました。言うまでもないから言わなかっただけです。お疑いは晴れましたね?」
ムスッとしただけで答えないリオネンデ、どう答えても自分の愚かさを認めるようで答えられない。
「それで、ひとつは、と言うことは他にもあるんでしょう? いったいどんな事でしょう?」
「あぁ……いや、なんだ、立札の件だがな、おまえ、誰が立てたか判っているんだろう?」
「あぁ、それですか。えぇ、スイテアさまでないのを確認しましたから。これですっきりしました」
「すっきりした?」
「はい、すっきりです。どう対処するかも決めました」
「ふぅん。それでどう対処する?」
「今まで通りでよいかと。下手に刺激しないほうがいいでしょう。賢い人です。暴走したりしないと思います」
「おまえがそう考えるのならそうなのだろうな――ところでチュジャンはいつ帰るんだ?」
話題は変わったものの、いまひとつ居心地の悪さを拭えないリオネンデ、さらに無難な話を振る。
チュジャンエラはサーベルゴカの生家に行くため休暇を取っている。
「少し長くなるかもしれませんね。最後の商品がラメアリスに向けて出港するまでには帰ると言っていました」
「うん? アイツ、何しに行ったんだ?」
「どうも親御さんと揉めているそうで……話を付けてくるって悲惨な顔で出かけましたよ」
「チュジャンが悲惨な顔?」
聞いていたスイテアがつい口を挟む。
「いったい何を揉めているんです?」
「人生に大きく関わる事と言ってましたね」
「そりゃあ重大事だな」
リオネンデがニヤリと笑う。
「親に縁談でも勧められたか?」
「リオネンデにしては勘がいい」
苦笑するサシーニャ、
「父親が、商売上有利になる相手とチュジャンを一緒にさせたいって考えてるらしいんです。何しろ願ってもない良縁が次々に舞い込むそうで、そのどれでもいいから決めろと言われたのだとか」
「どれでもいい? まぁ、ヤツも次席魔術師、そんな申し込みが殺到しても不思議じゃない」
「でも本人は全くその気がない――自分の伴侶は自分で探したいのだとか」
「チュジャンは決めた女がいるんじゃないのか? その相手じゃ親は納得しないのか?」
「なにやら事情があるようですよ――父上がかなり頑固なんだそうです」
「チュジャンから頑固親爺は想像できないな」
「その分、母親がふわふわしてるって言っていましたね」
「チュジャンは父親を説得できるかな?」
「ダメなら縁を切る覚悟はできてるとか」
「あいつ、家族が大好きなんじゃなかった?」
「まぁ……首尾よく帰ってくれば本人が話してくれるでしょうから、わたしからはこれ以上はやめておきます」
サシーニャが退出してから、スイテアがリオネンデに尋ねている。
「チュジャンの相手って誰なのかしら?」
「想像はついているんだろう?」
ニヤニヤとリオネンデが答えた。
「だがこれで、チュジャンが相手を秘密にしていた理由ははっきりしたな。父親に知られて妨害されないためだ」
「ってことは、お父さまが反対したくなるような人ってことになりますよ?」
「ま、世の中、いろいろな考え方の人間がいる。俺たちから見たらなぜだろうと思うような事に引っ掛かりを感じるヤツもいるってことだ」
「チュジャンには家族を捨てるなんてできそうもないんだけど……いつだったかお母さまのプディングが食べたくて自分で作ってみたけどやっぱり違うって言ってたわ」
「うん? プディング? 卵を使わずに作れるんだ?」
「さぁ? 作り方までは聞いてないから」
蚕の蛹飴を食べさせた時、蛹と知ったリオネンデが『サシーニャにも食わせろ!』と激怒し、魔術師さまは動物食は召し上がらないと誤魔化したスイテアだ。ここは惚けておいたほうがいいと、知らん顔を決め込んだ。
そんなスイテア、追及されないうちに話を変える。
「そう言えば、立て札のこと、サシーニャさまと意味深なお話をしてましたね?」
「ん、あぁ、あれな。札を立てたのは誰かって話だ」
「それくらい、話を聞いていれば判りますよ? 誰なんです?」
「さぁなぁ……まぁ消去法で考えれば判る」
「消去法?」
「で、問題は、ソイツは多分サシーニャに思いを寄せてるってことだ」
「えっ? ってことは女の人? まぁ、サシーニャさまはおモテになるし」
「あいつのことだ、卒なく躱してしまうだろうさ」
そう言いながら、アイツも今度は手を焼きそうだと思うリオネンデだった。
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