残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第6章 春、遠からず

絡みあう たくらみ

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 チュジャンエラの進行により閣議は先へと向かう。
「金貨紛失と樹脂塗り器の焼失、これをどう見るか、そしてこののちのバイガスラの動きをどう読むか、この二つが肝要と思えますが、いかがでしょうか?」

「金貨は盗難、焼失は火の不始末による失火と見るのが順当だろう。普通はそう考えるものだ」
ワズナリテが決めつけた。するとニャーシスが、
「本当に金貨は所在不明なのだろうか?」
と、再びバイガスラ自作自演説を口にする。
「三千六百枚は、バイガスラの歳入の半年分に当たると聞きました。目がくらんでもしくないがくです」

「しかし露見すれば恥となる。そんな愚かなことをしますかな?」
これはケーネハスル、
「だからサシーニャさまに罪を被せようとした。そうすればバイガスラではなくグランデジアの恥となる」
即座にニャーシスが反論した。ケーネハスルも引っ込んではいない。
「サシーニャさまに濡れ衣を着せるなど至難のわざ、バイガスラとてそこまで愚かではありますまい」

「ちょっと待て」
ワズナリテが、何か言おうとしたニャーシスを止めた。

「チュジャン、金貨を保管している部屋、金貨を入れた箱、そして倉庫の鍵を管理しているのはバイガスラ王の側近と言わなかったか?」
「サシーニャさまの報告書にはそう書いてあります」
内心ニヤリとしたチュジャンエラ、それをおもてに出さずワズナリテに答える。うむ、とワズナリテが唸る。

「紛失も火事もその側近の仕業ということはないか? その側近が金貨を横領し、それをグランデジアのせいにして自分は罪から逃れようとした」
「ない話ではありませんな……でも、それでは倉庫に火を付けた説明がつかない。器を燃やしたところで横領を誤魔化せるわけじゃない」
ケーネハスルがワズナリテを覗き込み、またしてもワズナリテが唸る。
「そうだな、確かに……となると火事は単なる火の不始末か、あるいは別人の仕業だとか?」

「その側近とやらはどんな人物ですか?」
ニャーシスの質問に、チュジャンエラが手元の資料に目を落とす。
「魔術師――元は魔術師の塔に所属していたようです。二十八年前に不祥事を起こして塔を除名され、グランデジア国から追放処分を受けています」
チュジャンエラの説明に、ハッとマジェルダーナが顔を上げ、同じく身動みじろいだクッシャラデンジと見交わした。

「チュジャンエラ、その魔術師、名はなんと?」
訊いたのはクッシャラデンジ、
「えっと……モフマルドという名です」
チュジャンエラが資料を見てそう答えた。

 再びマジェルダーナと見交わして頷くと、クッシャラデンジがこう言った。
「今回の騒ぎ、その魔術師の仕業と考えると色々辻褄が合いますな」

 密かにチュジャンエラとリオネンデが目混ぜした――

 横穴探索に出ていた兵の言葉に、
「そんな馬鹿な?」
モフマルドが愕然がくぜんとする。バイガスラ王宮ジョジシアスの館・玄関ので、兵の報告を聞いていたジョジシアスとモフマルドだ。

「グランデジアの商人が営む宿ではなかった?」
「倉庫からもジョジシアスさまのお館からも、行きつくのは同じ、誰も住む者のいない古館でした。周辺に訊いてみましたが持ち主は不明、長いことだったようです」
「そんな……」
茫然自失のモフマルド、ジョジシアスが代わりに
「中の様子はどうだった?」
と兵に問う。

「地下室の壁を破って掘り進めたようです。掘り出した土が布袋に詰め込まれ、複数の部屋に放置されていました。また、補強に使った木材の残りは置き去り――どうも冬の間、周囲に知られないよう中に入り込み、掘り進めていたようです。掘削に使った道具や飲食物、食器類はすべて持ち去ったものと思われます」

「どこの誰という手掛かりはない、と?」
「……もっと掘削などに詳しいものが見れば、あるいは工法などから判ることがあるかもしれません。横穴の中は木材で補強してあったのですが、とても素人がしたとは思えないものでした。坑道を造作したことがあるのでしょう」

「なるほど!」
黙って聞いていたモフマルドが叫ぶように言った。
「坑道と言っても、その国によって作り方が微妙に違う。支保しほの組み方などに、その国独自のものが出たりする。わたしが行って確認しよう」
どうしてもグランデジアの仕業にしたいのか……モフマルドを見てジョジシアスが呆れる。この調子では、別の工法だったとしてもグランデジアのものだと言うかもしれないと、ふと思った。

ちなみにモフマルドさま。おっしゃっていた宿屋なのですが、あそこは既に持ち主がバイガスラの民に変わり、もうすぐ営業を再開するそうです」
兵士が遠慮がちに言った。

「そうか、判った……それで、おまえの部下たちはまだその古館と横穴を調べているのか? わたしが調べるから終りにして、王宮に戻るように伝えろ。ご苦労だった」
モフマルドが兵に命じる。その様子を見てジョジシアスが確信する……モフマルドのヤツ、横穴を確かめになど行かない。それでも、横穴の工法はグランデジアのものだと主張する気だ――

 少し考えてからクッシャラデンジが話を続ける。
「先々代の国王がどこからか連れて来て、王宮で育てた少年がいた。『どこからか』というのは、ある貴族が愛人に産ませ、それをおおやけにできない事情があった、ということだ。まぁ、少年の容貌からその貴族が誰かは予測もつくが、すでに縁は切れている。明らかにする必要はないだろう――この少年がモフマルドだ」
マジェルダーナが腕を組み直し、再び瞑目した。

「次期筆頭の候補に名が上がるほどの魔術師になったが、王女レシニアナさまに恋い焦がれていたらしい。王宮につどう若者は誰もが憧れると言われたレシニアナさまだ、不思議な話じゃない。だが、モフマルドは間違えた。幼馴染の気安さを、レシニアナさまも同じ気持ちだと思い込んでしまった。事実は違うと知った時、それが怒りと変わり、レシニアナさまやシャルレニへと向けられた。恨んでいる、呪ってやる、必ず復讐してやる――叫ぶモフマルドを先々代はさとそうとしたが聞く耳を持たず、とうとうグランデジア国と国王も同じ穴のムジナだ、滅ぼしてやると言い始めた。先々代は諦めて、モフマルドを国外追放とした」

 ここまで言って、クッシャラデンジが溜息をつく。
「レシニアナさまは幼いころから我儘わがままなかたで、自由奔放ほんぽう、言い出したら誰の言うことも聞かない。みな、その美しさに憧れはするものの、性格を知ると敬遠する。そんなレシニアナさまをずっと守ってきたのは自分だけだと、モフマルドは言っていた。シャルレニと恋仲だと知って、騙され、利用されていたとアイツは思った」

「レシニアナさまがそんなかたならシャルレニさまとはなぜ?」
ついチュジャンエラが疑問を口にし、しまったという顔をした。クッシャラデンジがチュジャンエラに笑みを向ける。チュジャンエラが初めて見るクッシャラデンジの笑顔だ。

「ある日、 レシニアナさまがバラのとげを指に刺してしまってね、それがしゃくに触ったらしくて、バラを全部切ってしまえと言い出した。そこに通りかかったシャルレニが叱りつけたのがきっかけだと聞いている――マジェルダーナ、そのあたりはおまえ、よく知ってるんじゃないのか?」

 うん? とマジェルダーナが目を開ける。そして軽く笑う。
「随分と懐かしい話が始まったな」
「おまえ、レシニアナさまに赤実果かきをぶつけられたって泣いてたじゃないか」
「よく覚えておいでだ。木に登ってるとは気が付かなくって、下を通ったらいきなり落としてきたんですよ。美味しいよ、って笑ってらっしゃいましたねぇ――シャルレニさまとレシニアナさまの事はこれくらいで、モフマルドがグランデジアによくない感情をかついだいていたことは判ったでしょうから、話を本題に戻したほうがいいのではないかな?」

 マジェルダーナの指摘に、慌てたチュジャンエラがクッシャラデンジに問う。
「それではクッシャラデンジさまは、モフマルドがグランデジアへの恨みを晴らすため今回の事を企み、その罪をグランデジアになすり付けようとしているとお考えなのですか?」
フン、とクッシャラデンジがチュジャンエラを見る。クッシャラデンジ、いつもの苦い顔に戻っている。

「鍵を管理していたのがモフマルドなら、ジョジシアス王の目を盗んで金貨を持ち去るのは容易たやすい。サシーニャさまに罪を着せようとしたのはその両親への恨みから、グランデジアの荷を焼失させたのも、グランデジアの顔を潰すのが目的、近いうちに金貨の紛失、荷の焼失、どちらもグランデジアの仕業だと、言い出すことでしょうな。向こうで起きたことだ、証拠はでっち上げることができる」

「しかし……チュジャン、二十八年前だって言ってたよな? そんなに長く恨んでいられるのかな? 簡単に言ってしまえば、たかが失恋だ」
これはワズナリテだ。
「でも、忘れたとは限らない。すごい粘着質なのかも?」
と、言ったのはニャーシス、
「もともと思い込みが激しそうだ、勝手に相思相愛と思い込んでいたってことだし」
鳥肌が立ったのか、両腕で自分の身体を包み込む。

 リオネンデがクスリと笑い、
「なぁ」
と声を出せば、みなが口を閉じて注目した。
「ジャッシフ、おまえはどう思う?」

 ただ黙ってわされる意見を聴いていたジャッシフがギョッとする。自分も幼いころから思い続けたレナリムを妻にした。が、リオネンデはそんな話を聞きたがるか?

「モフマルドという人物については何も申し上げることはないのですが……グランデジアにあだ成す可能性が少しでもあるのなら、サシーニャさまのご進言通り、国境への備えを進めておくのが得策と考えます」

 決まったな、とチュジャンエラが北叟笑ほくそむ。サシーニャさまの読み通りだ――

 バイガスラ王宮では閣議が再開されていた。とうに陽は落ち、夜の闇に包まれている。

「それでは今回の騒ぎ、すべてグランデジア国の企みだと?」
横穴の支保しほはグランデジアの工法によるとモフマルドが断定し、大臣たちが大きく動揺する。そこへジッチモンデに行かせていた使いが戻り、ジロチーノモの意思が伝えられば収拾がつかないほどの騒ぎとなった。

「粒金で金貨六千三百枚分? ジロチーノモはなんと強欲な……」
「樹脂塗り器を二十日の内に? グランデジアは用意に二月ふたつき掛かると言っているんだぞ? 無理に決まっている」
口々に言い募るのをモフマルドが一喝した。

「黙れ! これで我がバイガスラの方針は決まった。グランデジアの非を諸国に知らしめ、グランデジアを討伐する!」
静まり返った議場に、誰かが生唾を飲み込む音が響いた――
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