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第7章 報復の目的
あばかれる正体
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息せき切って階段を駆けおりる。魔術師の塔チュジャンエラの執務室から続く隠し通路だ。いつもは松明を使う隠し通路なのに仄明るい。
(火事のあと、サシーニャさまが呼ばれた時と同じだ)
復讐の理由と計画を明かされた時に聞いた話を、チュジャンエラが思い出す。
微かな振動と唸り声のような音――後宮の火事でフェニカリデに呼び戻されたサシーニャは王宮に一歩足を踏み入れた途端、地面から微かな振動を感じ、唸るような音を聞いている。サシーニャにしか感知できないものだった。あの時、王廟はサシーニャだけを召還していた。
今度は違う。塔に居る魔術師全員が異変を感じている。音と振動に加え、何かがぶつかる音が魔術師の塔の内部に響いている。王廟は魔術師たちを呼んでいるのだろうか? だが……
(限られた者しか王家の墓に入ることは許されていない。サシーニャさま不在の今、僕とジャジャだけだ)
チラリと振り返るとジャルスジャズナは僅かに遅れているものの、すぐそこを追ってくる。回復術の気配がした。魔術師の塔を降りたり昇ったり、ジャルスジャズナは若者とは言えない齢、さすがに辛いか?
王家の墓地の入り口が見えてくる。唸る音とぶつかる音は塔の中より格段と鮮明に聞こえている。やはり音の出どころはここだ。でも……
(あの光はなんだ?)
チュジャンエラが思わず足を止めた。通路突き当り右側の壁が、左手にある墓地開口部から漏れる灯りで明るく照らされている。
「チュジャン!」
追いついたジャルスジャズナも足を止め、
「墓地が明るい? いつ来たって真っ暗闇なのに?」
と震える声で言った。
「ジャジャが燭台の火を消し忘れたってことは?」
「いや、夜明け前の祈りのあとは、退出すると勝手に消える。消さないんだから消し忘れもない――とにかく行ってみよう」
そこからは二人して慎重に歩いた。両手を広げたほどの道幅は二人並ぶには少し狭い、チュジャンエラが半歩後ろを歩く。王家の墓に関しては守り人の管轄、遠慮するのが筋だと思った。
「これは……」
中に足を踏み入れた途端、ジャルスジャズナが立ち尽くす。チュジャンエラがさらに緊張を強め、ジャルスジャズナの前に出た。ジャルスジャズナの様子から危険を感じていた。だが、これは……危険なのか?
「王廟の中が光ってる。って、王廟が怒っているってこと? それに、棺はどうしちゃったんだ?」
眩暈の発作か、チュジャンエラの問いに答えることなくジャルスジャズナがふらりと倒れる。ジャルスジャズナの身体を抱くように、チュジャンエラが咄嗟に支えた。
「しっかりして、ジャジャ!」
王廟の格子窓から眩しいほどの光の矢が放たれ、地下にある王家の墓地を照らす。昼間のように明るい中で、王と王妃の棺たちが宙に浮かんで漂っている。
棺は蓋の片側を開けては閉じる。向こうで、そしてあちらでと、順番に決まりはなさそうだ。なにかがぶつかるような音は棺の蓋が閉まる音だった。
ゆっくりと腰を降ろさせ、寝かせるのもどうかとそのままジャルスジャズナの上体を支えながら自身も膝を折り、棺たちを茫然と眺めるチュジャンエラ、ややあってジャルスジャズナも気を取り戻す。
「チュジャン……」
「ジャジャ、しっかりして! とりあえず執務室に戻ろう。立てる?」
「いや、ここに居よう――始祖の王の声が聞こえた。うん、きっとあれは始祖の王の声だ。それとも王廟の声か?」
「ジャジャ?」
「墓地に入ったら、頭の中に声が響いたんだ。見届けよって――死者の蘇りを二人で見届けろって言ったんだよ」
真っ青なジャルスジャズナの顔、チュジャンエラの顔も蒼褪めていった。
扉は向こうに開く――バイガスラ王宮ジョジシアスの居室内の一室、かつてジョジシアスが己の父の妻ナナフスカヤとの逢瀬に使った部屋で、復讐を企む三人が息を潜めている。
窓のない部屋は昼間と言えど暗い。地下に穿った横穴の、開口部から漏れる松明の光だけが頼りだ。
無言のまま、広い部屋の片隅に寄る。ただ一つの扉がある壁に背をつけ、扉の向こうの気配に神経を向ける。壁一枚隔てた隣室には目指す仇敵がいる。
扉の両脇にリオネンデとサシーニャ、そしてリオネンデの隣にはスイテア……リオネンデがスイテアを庇うように腕を伸ばし、サシーニャに頷いた。サシーニャが頷き返す。
背中の矢筒から矢を一本引き抜いて、サシーニャが無造作に床に放る。カラン……部屋に鳴り響く乾いた音は、扉の向こうにも届いただろうか?
「うん? 何の音だ?」
居間のジョジシアスが空き部屋の扉に目を向ける。
「ふん! 言わんこっちゃない。コソ泥の仲間が入り込んだようだぞ」
ゴリューナガが鼻で笑う。
「コソ泥? グランデジア兵ではなく?」
ジョジシアスが問い、
「グランデジア兵なら部屋に辿り着き次第、すぐさま扉を破ってこちらに来る。中のヤツらは息を潜めている。ゴリューナガの言う通りコソ泥だろう――横穴を掘ったのはグランデジアではなかったようだ」
イライラとモフマルドが立ち上がる。
慌てるのはジョジシアスだ。
「グランデジアの仕業だと言ったじゃないか!」
モフマルドは舌打ちしただけで、ガサゴソと懐を探っている。
「横穴はしっかり塞いだんじゃなかったのかい、モフマルドさんよ?」
ゴリューナガがモフマルドを嘲ると、
「あぁ、穴を塞いだだけで、その周辺には魔法をかけなかった。おおかた穴の横の石畳を退けて間口を広げたのだろう――どれほど馬鹿な盗賊なんだ? あの部屋なら金目のものがあると思い込みでもしたか?」
モフマルドが自分の落ち度を盗賊の愚かさのせいにした。
やっと部屋の鍵を見つけたモフマルドがゆっくりと扉に向かう。
「おいおい、面倒だって顔に出てるぞ? 俺が片付けてやろうか?」
ニヤニヤするゴリューナガ、
「いいや、たった三人、魔術師がいるわけでもない。おまえに任せたら、あっという間に殺してしまうだろう? 生け捕りにして金貨の在り処を白状させる …… 今のところ、逃げ出す気配がない。こちらに気付かれた事すら判ってないのか? 少し静かにしておけ」
囁くような声で答えると、足音を忍ばせて扉の前まで進んだモフマルド、ゆっくり鍵を鍵穴に差し込んだ。
鍵が差し込まれた微かな音に、すっとサシーニャが扉の前に移動する。魔法の気配がしたのはモフマルドが開錠の際に出る音を消したのだ。急に扉を開き、こちらを脅そうとでもいうのだろう。
(驚くのはおまえのほうだ、モフマルド)
サシーニャが身構える。ドアの引手がゆっくりと動き、扉が静かに向こう側に引かれた。
ドン! サシーニャの体当たり、
「ぬおっ!?」
急に勢いよく開いた扉に押されてモフマルドが尻もちを搗く。部屋に飛び込んだサシーニャ、ゴリューナガが、
「きさまっ!?」
乱暴に魔法を投げつける。サシーニャがサッと引き抜いた剣が、ゴリューナガの風の矢を吸い込んで無効化した。
堂々とした足どりでリオネンデが姿を現す。それを見て、立ち上がろうとしていたジョジシアスが腰を抜かす。
「リオネンデ……」
長椅子に落ち、茫然と呟いた。
「シャルレニ……死んだはずだ……」
尻もちをついたままのモフマルド、サシーニャを見上げて呟く顔は蒼白だ。
「しっかりしろ、モフマルド! サシーニャだ。髪を切っただけだ!」
ゴリューナガの怒鳴り声、思いつくまま投げ込む魔法の礫はリオネンデを狙おうが、リオネンデの後ろで冷ややかにこちらを見ているスイテアを狙おうが、サシーニャが持つ剣に吸い込まれて悉く消えていく。そしてその剣はモフマルドの咽喉元に向けられていた――
ジッチモンデ王宮では退出しようとしたジロチーノモを神官が引き留めていた。
「話はまだ終わっておりません!」
「うん? 我が国に出来ることはないのだろう? だったら――」
「お忘れですか!? 我ら神官が見た夢を? 三人が揃いも揃って鳳凰が現れる夢を見たことを?」
ジロリと神官を睨みつけ、再び腰を落ち着けるジロチーノモだ。
「あの夢と死者の蘇りは繋がりがあるのか? 詳しく聞かせろ」
「はい……死者の蘇りには必ず鳳凰の集いが起きると申しました。つまり赤き鳳凰が目覚めると言うことです」
「赤き鳳凰が眠るのは名もなき山……噴火か? 予兆はないのではなかったか?」
「はい、我らの観測において変化は見られません」
「ふむ……」
考え込むジロチーノモ、すると今までとは別の神官が抑揚のない声で語り始めた。
「赤き鳳凰、目覚めれば地の底から地上を目指す。轟きは雷鳴に似て非なるもの、衝撃は地の揺れに似て非なるもの。その姿、炎の如く、されど冷ややか。狂おしく白き鳳凰を追う――鳳凰伝説の一説にございます」
「雷のような音がして地震のように地が揺れると言う事か? 炎のようで冷たいのはどう捉える?」
「燃えていないと言う事かと――また、青き鳳凰は目覚めると妻となるべき相手を求めて声を張り上げるとあります。妻を得た青き鳳凰は妻を伴い白き鳳凰のもとに参じます」
「夫婦の鳳凰の伝説は『鳳凰の集い』とは無関係では? 確か青き鳳凰が青い妻とともに民人に安寧を齎すと言うものだ」
「ジロチーノモさまが仰っているのは、鳳凰の集いののちの物語です。青い鳳凰が妻に選んだ相手は身分の低い者だった、だから呼びが青い妻となり、鳳凰とは呼ばれないのです。『鳳凰の集い』の目的は、赤い鳳凰にとっては白き鳳凰を助けること、青き鳳凰にとっては白き鳳凰に助けを求めること、この助けは身分の低い女を妻にする許しを得る方法についての助言と考えます」
「奇怪しいな、鳳凰の集いは天変地異の前触れではなかったか?」
「逆です。起きた天変地異を三羽の鳳凰が鎮めるのですが、それが民間ではいつの間にか予兆になってしまった。 尤も、起きる前から現れ最小限の被害に抑える場合もあるようです」
「それでも矛盾する。赤と青の目的はどうなった?」
「三羽が揃った時点で災厄が起こり、二羽の鳳凰が目的を果たすのは災厄を鎮めてからです」
「なるほど……今一つしっくりこないが、まぁ、伝説とはそんなものか――で、なんでわたしを引きとめた?」
「近いうちに雷鳴のような轟きと大地震かと見紛う揺れが起きます。建物が多少崩壊する程度で、甚大な被害とはなりません。民たちに恐れることはないとお触れください」
「ふむ」
指示を出そうとジロチーノモが控えていたテスクンカを見ると、見返すテスクンカが青ざめる。
「ジロチーノモさま!」
神官たちの警告は遅すぎた。グラグラと揺れ始め、空に轟音が響く。立っていられないほどの揺れにふら付きながらも必死でジロチーノモに近寄ったテスクンカが、覆い被さるようにジロチーノモを守った。
(火事のあと、サシーニャさまが呼ばれた時と同じだ)
復讐の理由と計画を明かされた時に聞いた話を、チュジャンエラが思い出す。
微かな振動と唸り声のような音――後宮の火事でフェニカリデに呼び戻されたサシーニャは王宮に一歩足を踏み入れた途端、地面から微かな振動を感じ、唸るような音を聞いている。サシーニャにしか感知できないものだった。あの時、王廟はサシーニャだけを召還していた。
今度は違う。塔に居る魔術師全員が異変を感じている。音と振動に加え、何かがぶつかる音が魔術師の塔の内部に響いている。王廟は魔術師たちを呼んでいるのだろうか? だが……
(限られた者しか王家の墓に入ることは許されていない。サシーニャさま不在の今、僕とジャジャだけだ)
チラリと振り返るとジャルスジャズナは僅かに遅れているものの、すぐそこを追ってくる。回復術の気配がした。魔術師の塔を降りたり昇ったり、ジャルスジャズナは若者とは言えない齢、さすがに辛いか?
王家の墓地の入り口が見えてくる。唸る音とぶつかる音は塔の中より格段と鮮明に聞こえている。やはり音の出どころはここだ。でも……
(あの光はなんだ?)
チュジャンエラが思わず足を止めた。通路突き当り右側の壁が、左手にある墓地開口部から漏れる灯りで明るく照らされている。
「チュジャン!」
追いついたジャルスジャズナも足を止め、
「墓地が明るい? いつ来たって真っ暗闇なのに?」
と震える声で言った。
「ジャジャが燭台の火を消し忘れたってことは?」
「いや、夜明け前の祈りのあとは、退出すると勝手に消える。消さないんだから消し忘れもない――とにかく行ってみよう」
そこからは二人して慎重に歩いた。両手を広げたほどの道幅は二人並ぶには少し狭い、チュジャンエラが半歩後ろを歩く。王家の墓に関しては守り人の管轄、遠慮するのが筋だと思った。
「これは……」
中に足を踏み入れた途端、ジャルスジャズナが立ち尽くす。チュジャンエラがさらに緊張を強め、ジャルスジャズナの前に出た。ジャルスジャズナの様子から危険を感じていた。だが、これは……危険なのか?
「王廟の中が光ってる。って、王廟が怒っているってこと? それに、棺はどうしちゃったんだ?」
眩暈の発作か、チュジャンエラの問いに答えることなくジャルスジャズナがふらりと倒れる。ジャルスジャズナの身体を抱くように、チュジャンエラが咄嗟に支えた。
「しっかりして、ジャジャ!」
王廟の格子窓から眩しいほどの光の矢が放たれ、地下にある王家の墓地を照らす。昼間のように明るい中で、王と王妃の棺たちが宙に浮かんで漂っている。
棺は蓋の片側を開けては閉じる。向こうで、そしてあちらでと、順番に決まりはなさそうだ。なにかがぶつかるような音は棺の蓋が閉まる音だった。
ゆっくりと腰を降ろさせ、寝かせるのもどうかとそのままジャルスジャズナの上体を支えながら自身も膝を折り、棺たちを茫然と眺めるチュジャンエラ、ややあってジャルスジャズナも気を取り戻す。
「チュジャン……」
「ジャジャ、しっかりして! とりあえず執務室に戻ろう。立てる?」
「いや、ここに居よう――始祖の王の声が聞こえた。うん、きっとあれは始祖の王の声だ。それとも王廟の声か?」
「ジャジャ?」
「墓地に入ったら、頭の中に声が響いたんだ。見届けよって――死者の蘇りを二人で見届けろって言ったんだよ」
真っ青なジャルスジャズナの顔、チュジャンエラの顔も蒼褪めていった。
扉は向こうに開く――バイガスラ王宮ジョジシアスの居室内の一室、かつてジョジシアスが己の父の妻ナナフスカヤとの逢瀬に使った部屋で、復讐を企む三人が息を潜めている。
窓のない部屋は昼間と言えど暗い。地下に穿った横穴の、開口部から漏れる松明の光だけが頼りだ。
無言のまま、広い部屋の片隅に寄る。ただ一つの扉がある壁に背をつけ、扉の向こうの気配に神経を向ける。壁一枚隔てた隣室には目指す仇敵がいる。
扉の両脇にリオネンデとサシーニャ、そしてリオネンデの隣にはスイテア……リオネンデがスイテアを庇うように腕を伸ばし、サシーニャに頷いた。サシーニャが頷き返す。
背中の矢筒から矢を一本引き抜いて、サシーニャが無造作に床に放る。カラン……部屋に鳴り響く乾いた音は、扉の向こうにも届いただろうか?
「うん? 何の音だ?」
居間のジョジシアスが空き部屋の扉に目を向ける。
「ふん! 言わんこっちゃない。コソ泥の仲間が入り込んだようだぞ」
ゴリューナガが鼻で笑う。
「コソ泥? グランデジア兵ではなく?」
ジョジシアスが問い、
「グランデジア兵なら部屋に辿り着き次第、すぐさま扉を破ってこちらに来る。中のヤツらは息を潜めている。ゴリューナガの言う通りコソ泥だろう――横穴を掘ったのはグランデジアではなかったようだ」
イライラとモフマルドが立ち上がる。
慌てるのはジョジシアスだ。
「グランデジアの仕業だと言ったじゃないか!」
モフマルドは舌打ちしただけで、ガサゴソと懐を探っている。
「横穴はしっかり塞いだんじゃなかったのかい、モフマルドさんよ?」
ゴリューナガがモフマルドを嘲ると、
「あぁ、穴を塞いだだけで、その周辺には魔法をかけなかった。おおかた穴の横の石畳を退けて間口を広げたのだろう――どれほど馬鹿な盗賊なんだ? あの部屋なら金目のものがあると思い込みでもしたか?」
モフマルドが自分の落ち度を盗賊の愚かさのせいにした。
やっと部屋の鍵を見つけたモフマルドがゆっくりと扉に向かう。
「おいおい、面倒だって顔に出てるぞ? 俺が片付けてやろうか?」
ニヤニヤするゴリューナガ、
「いいや、たった三人、魔術師がいるわけでもない。おまえに任せたら、あっという間に殺してしまうだろう? 生け捕りにして金貨の在り処を白状させる …… 今のところ、逃げ出す気配がない。こちらに気付かれた事すら判ってないのか? 少し静かにしておけ」
囁くような声で答えると、足音を忍ばせて扉の前まで進んだモフマルド、ゆっくり鍵を鍵穴に差し込んだ。
鍵が差し込まれた微かな音に、すっとサシーニャが扉の前に移動する。魔法の気配がしたのはモフマルドが開錠の際に出る音を消したのだ。急に扉を開き、こちらを脅そうとでもいうのだろう。
(驚くのはおまえのほうだ、モフマルド)
サシーニャが身構える。ドアの引手がゆっくりと動き、扉が静かに向こう側に引かれた。
ドン! サシーニャの体当たり、
「ぬおっ!?」
急に勢いよく開いた扉に押されてモフマルドが尻もちを搗く。部屋に飛び込んだサシーニャ、ゴリューナガが、
「きさまっ!?」
乱暴に魔法を投げつける。サシーニャがサッと引き抜いた剣が、ゴリューナガの風の矢を吸い込んで無効化した。
堂々とした足どりでリオネンデが姿を現す。それを見て、立ち上がろうとしていたジョジシアスが腰を抜かす。
「リオネンデ……」
長椅子に落ち、茫然と呟いた。
「シャルレニ……死んだはずだ……」
尻もちをついたままのモフマルド、サシーニャを見上げて呟く顔は蒼白だ。
「しっかりしろ、モフマルド! サシーニャだ。髪を切っただけだ!」
ゴリューナガの怒鳴り声、思いつくまま投げ込む魔法の礫はリオネンデを狙おうが、リオネンデの後ろで冷ややかにこちらを見ているスイテアを狙おうが、サシーニャが持つ剣に吸い込まれて悉く消えていく。そしてその剣はモフマルドの咽喉元に向けられていた――
ジッチモンデ王宮では退出しようとしたジロチーノモを神官が引き留めていた。
「話はまだ終わっておりません!」
「うん? 我が国に出来ることはないのだろう? だったら――」
「お忘れですか!? 我ら神官が見た夢を? 三人が揃いも揃って鳳凰が現れる夢を見たことを?」
ジロリと神官を睨みつけ、再び腰を落ち着けるジロチーノモだ。
「あの夢と死者の蘇りは繋がりがあるのか? 詳しく聞かせろ」
「はい……死者の蘇りには必ず鳳凰の集いが起きると申しました。つまり赤き鳳凰が目覚めると言うことです」
「赤き鳳凰が眠るのは名もなき山……噴火か? 予兆はないのではなかったか?」
「はい、我らの観測において変化は見られません」
「ふむ……」
考え込むジロチーノモ、すると今までとは別の神官が抑揚のない声で語り始めた。
「赤き鳳凰、目覚めれば地の底から地上を目指す。轟きは雷鳴に似て非なるもの、衝撃は地の揺れに似て非なるもの。その姿、炎の如く、されど冷ややか。狂おしく白き鳳凰を追う――鳳凰伝説の一説にございます」
「雷のような音がして地震のように地が揺れると言う事か? 炎のようで冷たいのはどう捉える?」
「燃えていないと言う事かと――また、青き鳳凰は目覚めると妻となるべき相手を求めて声を張り上げるとあります。妻を得た青き鳳凰は妻を伴い白き鳳凰のもとに参じます」
「夫婦の鳳凰の伝説は『鳳凰の集い』とは無関係では? 確か青き鳳凰が青い妻とともに民人に安寧を齎すと言うものだ」
「ジロチーノモさまが仰っているのは、鳳凰の集いののちの物語です。青い鳳凰が妻に選んだ相手は身分の低い者だった、だから呼びが青い妻となり、鳳凰とは呼ばれないのです。『鳳凰の集い』の目的は、赤い鳳凰にとっては白き鳳凰を助けること、青き鳳凰にとっては白き鳳凰に助けを求めること、この助けは身分の低い女を妻にする許しを得る方法についての助言と考えます」
「奇怪しいな、鳳凰の集いは天変地異の前触れではなかったか?」
「逆です。起きた天変地異を三羽の鳳凰が鎮めるのですが、それが民間ではいつの間にか予兆になってしまった。 尤も、起きる前から現れ最小限の被害に抑える場合もあるようです」
「それでも矛盾する。赤と青の目的はどうなった?」
「三羽が揃った時点で災厄が起こり、二羽の鳳凰が目的を果たすのは災厄を鎮めてからです」
「なるほど……今一つしっくりこないが、まぁ、伝説とはそんなものか――で、なんでわたしを引きとめた?」
「近いうちに雷鳴のような轟きと大地震かと見紛う揺れが起きます。建物が多少崩壊する程度で、甚大な被害とはなりません。民たちに恐れることはないとお触れください」
「ふむ」
指示を出そうとジロチーノモが控えていたテスクンカを見ると、見返すテスクンカが青ざめる。
「ジロチーノモさま!」
神官たちの警告は遅すぎた。グラグラと揺れ始め、空に轟音が響く。立っていられないほどの揺れにふら付きながらも必死でジロチーノモに近寄ったテスクンカが、覆い被さるようにジロチーノモを守った。
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