残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第7章 報復の目的

暗い光

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 緊急閣議が終わったのはよいの口、三人の魔術師はリューデントを伴って魔術師の塔に引き上げている。

「おまえはこの後もやることがあるんだろう?」
香ばしく焼き上げた雉肉フザンを口に運びながらリューデントがサシーニャに尋ねる。いつもは植物食の魔術師の食卓に今日は焼き雉肉や揚げたソムも並んでいる。リューデントのためだ。

 蒸餅パンにハチミツを塗る手を止めてサシーニャが答える。
「貸与館の荷物を片付けるようバチルデアのお嬢さんがたに言いに行かねばなりません。エリザマリにはチュジャンがもう言ってありますが、ルリシアレヤにはまだ何も言っていませんから」
「エリザマリはおまえの館に移るのだろう?」
「えぇ、大した荷物もないようだから明日中には終わるでしょう。ルリシアレヤの荷物は馬車に積み込んで、明後日早朝にフェニカリデを発って貰う予定です。馬車は別建てにしますが、アイケンクスさまも一緒です」
「それで?」

 口に入れた蒸餅パン咀嚼そしゃくするサシーニャ、リューデントの言った『それで?』の意味を考えている。それでルリシアレヤをどうするのかと訊いたのか、それともそのあとは何をすると訊いたのか?

「アイケンクスさまにも明後日の出立が決定したことをおしらせし、そのあとはゴリューナガとの面会。時間があればノリガゼッツとも話がしたいところですが、ちょっと無理かな?――あとはバチルデアとの講和条約とアイケンクスさまにお預けするエネシクル王あての書簡の作成ってところです」
後者と判断したサシーニャだ。リューデントが本当に訊きたいのはルリシアレヤのことだろうと予測したが、この場で訊いては来ないだろう。

「サシーニャさま、また寝ないつもり?」
不満げにチュジャンエラが口を挟む。
「今夜もわたしに、回復術を掛けてって甘えに来るのかい?」
ジャルスジャズナがニヤニヤする。
「サシーニャが甘えるとは珍しいな」
とリューデントも軽く笑えば、
「誤解されるような言い方はやめてください」
サシーニャが抗議する。それを『まぁ』と抑えたリューデント、
「おまえがこんを詰めすぎるから揶揄からかわれるんだよ」
と、釘をさす。

「罪人の処分など後回しでいいじゃないか……チュジャン、アイケンクスとバチルデアの王女の件はおまえに任せる。サシーニャは、今日はもう休め」
「しかし……」
不満顔のサシーニャだが、チュジャンエラが『僕には任せられませんか?』と寂しげに言えば『そうだ』とも言えず『判りました』と答えるしかなくなった。

 アイケンクスの様子をリューデントが尋ねる。それを無視するサシーニャ、代わりに答えたのはチュジャンエラ、
「即位するように言われた時は顔面蒼白になっていましたね」
少し呆れ顔だ。
「王太子なのに、いずれ即位すると覚悟していなかったのでしょうか?」
「父親が健在の内は具体的には考えられないだろうねぇ」

 それが今回の事変によりアイケンクスは、王の重責をまざまざと感じたのだろう。リューデントが自分の時(と言ってもリオネンデとしての即位だが)を思い出す。
「エネシクルが元気な今こそ、アイケンクスに王座を譲ったほうがいい……エネシクルが身罷みまかるまでにはアイケンクスも立派な国王に育っているだろうさ」
「そう言えば、父親に助力を求めるのは恥ではないのですよって、サシーニャさま、さとしてらっしゃいましたね」

 リオネンデとして即位した当時、周囲が全て敵に見えた。両親と弟が殺され、後宮は焼かれた。誰の仕業しわざかはっきりしない。信じられるのはサシーニャだけだった。

 十八になったばかりのリューデントと、十九に届いていなかったサシーニャ……若い二人は頼る人もなく、周囲の進言を素直には受け入れられる状態でもなかった。どうしたらよいか判らず、思い悩んだことも多い。そんな時、父クラウカスナならどうしただろうと、よく考えた。

 その父親がすぐそばにいて答えを聞けるアイケンクスは、きっと自分より苦労しないで済むだろうとリューデントが思う。エネシクルがいる限り、臣下もアイケンクスに従うはずだ。そしていつの間にか、アイケンクスは押しも押されもしないバチルデア国王になっている。

 チュジャンエラのことも無視したサシーニャが、
「バイガスラをどうしたらよいのか、考えがまとまりません」
と、唐突に話題を変える。どうやら無視したわけではなく、考え事に気を取られていたようだ。
「やはり、二人とも戦場で殺しておけばよかったかな?」
「殺すまでもない。放置しておけば建屋の下敷きになっていただろうさ」

 リューデントの指摘に、サシーニャがまたもソッポを向く。仇敵を一存で助け出してしまったことが気拙いか?……まぁいいか。そうじゃないと今言っても、サシーニャが素直に応じると思えない。リオネンデが先を続けた。

「どちらにしろ、ジョジシアスに死なれては困る。やはりジョジシアスでなければバイガスラを治められない。今は鳳凰ほうおうのお陰でグランデジアに従っているが、時が来ればバイガスラの臣下や民も、国の名にこだわりを見せるだろう――グランデジア・ジッチモンデ・バイガスラ・バチルデア、この四国よんこくは始祖の王が認めた国、それぞれの王家が力を合わせ、この大地に繁栄をもたらせ、それが始祖の王のおしえだ」
「だけど……」

 疑問を口にしたのはチュジャンエラだ。
王廟おうびょうが示したリオネンデ王の即位の条件はバイガスラへの復讐だったのではありませんか?」
これにはサシーニャが答える。
「正しくは復讐ではなく報復です――事実を明らかにし、それなりの報復……始祖の王から見ればお仕置きのような感覚だったのかもしれません」

 本当のところ、バイガスラへの復讐はリューデントをリオネンデとして即位させることに対する条件だ。それをリューデントがうっかり口にする前に、サシーニャが先制して秘密の漏洩を防いでいる。

「それにしても、鳳凰が姿を現すとは思ってもいませんでした」
サシーニャがしみじみと言えば、ジャルスジャズナが、
「確かにこの目で見たはずなのに、夢を見たんじゃないかって自分で自分を疑いたくなるよ」
と、やはりしみじみと言う。
「あるいは鳳凰を見たと、我々が思い込まされているだけかもしれません。全て始祖の王の魔法が見せた幻影だとも考えられます」
サシーニャが小さな溜息を吐く。
「ビピリエンツを立つ前に、ジョジシアスの館を検分してきました。横穴から金貨を見つけたとするために必要でしたからね」

 がれきの山と化した邸内を調べたわけだが、ジョジシアスの居室だった場所にはサシーニャとモフマルドを飲み込もうとした、あの深い穴はなかった。それどころか、床石にひびさえも見つけられない。念のため館内をくまなく探ったがとうとう見つけられなかった。

 鳳凰が見せたまぼろしと思うしかなかったが、そうだとしたらヌバタムがサシーニャを助けに来たのはどこだったのだろう? ヌバタムはリヒャンデルがフェニカリデに連れて帰り、魔術師の塔でチュジャンエラに引き渡されている。幻影ではなかった。

 緊急閣議はほぼリューデントとサシーニャの思惑通りに終わっている。

 バチルデアに関しては現王の退位と王太子の即位、そしてダズベルの、かつて苔むす森だった山の噴泉を使用した水路整備の援助を決めた。資金面などを気にする大臣もいたが、ダズベル領に洪水を防ぐ意味もあると説得した。水路が完成すれば今までドリャスゴ川に頼っていたバチルデア国は、バイガスラからの支配を免れる。

 バイガスラに関してはジョジシアス王への尋問ののちに再検討はするものの、賠償請求に応じる限り和平の道を探る、つまりジョジシアス王の開放と復権の方向で決まった。ゴルドント・ニュダンガと領地を拡大したばかりで、そこにバイガスラを加えるとなると統治しきれないと言うサシーニャの意見は、すんなりと受け入れられている。

 ジッチモンデへの技術者の派遣は予定通りの出立、帰国するアイケンクスとルリシアレヤの出立は明後日が予定された。

 罪人として捕らえてある三人の魔術師、モフマルド・ノリガゼッツ・ゴリューナガに関しては存在すら大臣たちには話していない。罪状が確定してから閣議に掛けようと思っている。

 閣議が終わってからマジェルダーナがリューデントにお伺いを立てている。バチルデア王女の侍女を養女として迎えたい……リューデントは少し驚きサシーニャの顔を見たが、サシーニャが頷くとマジェルダーナに許しを与えた。明日には『マジェルダーナがエリザマリを養女にした』と、王宮内に知れ渡っていることだろう。

 食事を終えるとサシーニャは街館に帰っている。魔術師の塔では自室に居ても、あれやこれやと雑事が舞い込んで眠りを妨げられそうだ。塔を出る前にバチルデア王女の部屋を訪ねようかと思ったがやめている。今はまだ、何も言えないと思った。

 翌朝、ルリシアレヤが魔術師の塔の居室で目覚めた時、部屋にいたのはバーストラテだけだった。エリザマリは既に王宮内貸与館に赴き、転居の準備を始めていた。

「一人で行ってしまったの?」
朝食の席でルリシアレヤがバーストラテに問う。昨夜、明後日……つまり明日にはバチルデアに向かって出立するようチュジャンエラが言いに来た。納得できない、サシーニャに会ってフェニカリデに居たいと訴えると息巻いたが、すでにサシーニャは街館に戻ってしまった、王宮から出てはいけないと言われ、一晩中泣き明かしたルリシアレヤだ。目の端が赤く腫れぼったい。

「先ほどチュジャンエラさまがいらして、お二人で行かれました」
「そっか、チュジャンは監視役ね。そしてわたしの監視はあなた……いくさ は終わったのに、わたしたちに自由はないのね」
「エリザマリさまはマジェルダーナさまのご養女になられました。どこに行こうと問題ありません。ですが、ご懐妊中なので大事を取ってのことと思います。そのためのチュジャンエラさまです――お食事が済んだらルリシアレヤさまも貸与館に行って、荷物をおまとめください」
それにルリシアレヤが冷たく答える。
「イヤよ」
八つ当たりと判っていても棘のある言い方になってしまう。

「その前にサシーニャに会うわ。会って撤回させるわ」
「無理だと思います」
やはり表情を見せずにバーストラテが答える。
「無理なのは、会う事? それとも撤回させること?」
「どちらもです」
「サシーニャがそう言ったの?」
「いえ……そうではありませんが」
「それならどうしてそんなことが言えるのよ?」
「それは……」

 バーストラテの瞳に暗い光が灯る。
「そんな事よりルリシアレヤさま。ご存知ですか?」
「ご存知って何を?」
「エリザマリさまのお引越し先です――サシーニャさまの街館なのですよ」
「えっ?」
ルリシアレヤが見る見る蒼褪めていった――
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