残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第8章 輝きを放つもの

思わぬ来訪者

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 翌日早朝、仮王妃宮に、医師としてジャルスジャズナが呼び出されている。スイテアを診て欲しいと言う事だった。
「体調が悪いと言うわけではないの……」
不安そうにスイテアが言う。
「でも、気が付いたらもう三月みつき、月の物が来てなくて。以前から不順だったし、それにいろいろあったから。だから止まってしまったのかと思っていたけど、長すぎるよね?」

 ジャルスジャズナがスイテアの手を握り、考え込む。それから手を放してスイテアを見詰めた。
「うん、どこにも悪いところはない」
そしてニッコリする。

「妊娠だ、スイテア」
「そんな……」

「どうした、深刻な顔をして。嬉しくないのか?」
判っていながらジャルスジャズナがとぼけて尋ねる。父親はリオネンデ、スイテアはそう考えている。月経が止まった時期を考えればそれが順当だ。だけどおなかの子の父親は〝リューデント〟だと、スイテアに思わせたい。サシーニャの密命でもある。リオネンデ王の子をリューデント王の妃が産んでいいはずがない。このために、今までスイテアの妊娠に気付いていないふりをしてきた。

 蒼褪めたスイテアが呟く。
「リューデントの王妃がリオネンデの子を産んでいいとは思えない」
リオネンデが、実はリューデントだとはジャジャに言えない。時間の流れから、と考えるのが自然なはずだ。だからおなかの子の父親は〝リオネンデ王〟として、世に認知されてしまう。なのに。

 そんなスイテアの困惑を、ジャルスジャズナはつゆほども知らない。
「なに言ってるんだい?」
一抹の後ろめたさを覚えながらジャルスジャズナは微笑んだ。

「妊娠してから幾らも経ってない。父親はリューデントさ――スイテアが考えたとおり、最初の二月ふたつきは緊張とか、そんな精神的なもので止まってた。でも今は、妊娠で月経が止まった。なんも心配ないよ」
「それ、本当?」
途端にスイテアの顔が明るくなった。医術魔術師のジャルスジャズナがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。それに、ジャルスジャズナが言うのだから、誰も妊娠期間を疑わずにリューデントの子だと信じてくれる。事実がゆがめられずに済む。

 だが、ジャルスジャズナは複雑だ。父親はリオネンデ、それをリューデントと偽ろうとしている……しかし、もし本当のことを告げたらスイテアはどれほど苦しむだろう? それに生まれてくる子は?

「おや、わたしの診断を疑うのかい? さぁ、判ったらリューデントを呼んで、教えてあげないとね。早く喜ばせてあげなさい」
嬉しそうに頷くスイテアに、ジャルスジャズナが本心から微笑む。これで良かったんだ、生きている人間が幸せに暮らすことこそ肝要に違いない――

 絹の館サラセイダでは触れ合う肌の離れがたさに遅くまで寝台にいたサシーニャが、寝室の扉を叩く音に驚いて飛び起きた。食事は居室に置いておけば、わざわざ寝室に知らせることはないとカルゲリアに言ってある。

 何事だろうと上掛けを羽織り、扉の前に行く。
「カルゲリア? どうかしたのか?」
「それがサシーニャさま、お客様がお見えで……」
「わたしがいると言ってしまった?」
「こちらには居ないとお答えしたのですが、その……サシーニャさまの馬がうまやにいるとおっしゃって」
「居留守を使わせる気はないようだな――で、誰が来たんだ?」
「はい、クッシャラデンジさまです」
「クッシャラデンジ!?」

 いきなり扉を開けたサシーニャ、
「クッシャラデンジだって?」
驚いたカルゲリアがオドオドと答える。

「はい、そう名乗られました」
「それで? 待たせているのか?」
「はい、玄関のにお通しして、お茶をお出ししました」
「すぐ接待のに移せ……えっと従者は?」
「馬車でいらしたようで、そちらで待たせているとのことです」
「では、まずクッシャラデンジを接待の間に通し、茶を入れ替えろ。茶請けも上等なもの……甘ったるいのがいい。従者にも茶の接待を――着替えてすぐに行く」

 寝室に戻り身支度を始めたサシーニャ、ルリシアレヤも起きだしていて、服を着終わるところだった。
「まさかクッシャラデンジとは……」
苦々しげに呟くサシーニャにルリシアレヤが問う。

「誰か来るとは思っていたの?」
しびれを切らしたリューデントが誰か寄越すかもしれないとは思っていた。たぶんジャジャがワダか。でも、クッシャラデンジが来たとなるとリューデントの使いじゃない――思ったより早く、わたしの不在はバレてしまったようだ」
「クッシャラデンジって大臣よね?」
「あぁ、最古参、マジェルダーナよりたちの悪い皮肉屋だ。何を言いに来たのやら」
「お説教?」

 ルリシアレヤの言葉にサシーニャが失笑する。
「いいね、それ。説教で済めばいいけれど……」
「済まないとどうなるの?」
「更迭かなぁ。筆頭を辞任しろと言われるんじゃないかな? まぁ、王廟が許さないと言って拒否できる。実際、王廟が許すとは思えない。が、それならそれで何か別の処分を求められるだろう」

「処分?」
「例えば領地の召し上げとか。王領になるのは構わないが、払い下げられれば誰が領主になるかで領民の暮らしが大きく変わる。それは心配だな……そうと決まったわけじゃない、心配するな。まずは話を聞いてくる――食事は居室にあるから、先に食べなさい」

 接待のではクッシャラデンジがこごに果物を添えて糖蜜を掛けた甘味に舌鼓したつづみを打っていた。サシーニャが待たせたことを詫びると、『急な来訪だ、気にするな』とニッコリした。

「黒糖で作った蜜を久しぶりにいただく……うん、赤豆の塩加減が程よく効いてなおさら旨い。ここまでの道のりの疲れを癒してくれますな」
甘い物好きのクッシャラデンジ、ひとまず茶請けで上機嫌にできたようだ。

「この時刻にいらしたということは、随分早いうちにフェニカリデを発たれたのではありませんか?」
「昨夜遅くに、王の許しが出ましてな。すぐにでも向かおうと思ったのですが、それでは日の出前に着いてしまう。さすがに訪問するには早すぎると、暫く仮眠を取ろうと思ったのですが、これが寝付かれませんで……楽しみを翌日に控えた子どものようだと妻が笑っておりました」

 リューデントが許した? サシーニャの緊張が高まっていく。クッシャラデンジがどんな許しを得たかは判らないが、リューデントに見捨てられたと言う事か? サシーニャの心に不安が広がる。

 サシーニャと裏腹に、いつも難しい顔をしいているくせに、クッシャラデンジは終始だ。
「そろそろ本題に移りましょう――個人的な話があって参りました」
「個人的?」
個人的なことでリューデントの許しを得た? ますますクッシャラデンジの思惑が読めなくなった。

「リューデントに聞きました。サシーニャ、この館に想い人を隠しているのだそうですな」
「えっ? いや……リューデントが?」
「先日の視察の折の話だそうですが……相手は農民の娘、妻にしたいと言い出したから許せるかと一喝してしまったと」
「いや、それは……」

 クッシャラデンジが言っているのは本当の話か? 本当だとしてリューデントはなぜそんな事を言った?
「その娘、わたしの養女にさせて欲しいと思いまして。いかがかな?」
「えっ?」
「マジェルダーナがバチルデア王女の侍女を養女にしたと聞いて、どれほど羨ましかったか……うちは男ばかり三人、一人くらい女の子が欲しいと思っていたのにできなかった――わたしの養女なら出自が農民でも、サシーニャが妻にしたところで、なんの問題もないとリューデントが認めています」
「いや、しかし……農民の娘なのですよ? クッシャラデンジさまほどの貴族の養女にというのはどうなのでしょう?」
「サシーニャの妻になる女性ならではなくなります」
「ふむ……」

 クッシャラデンジにとってサシーニャが娘婿なら損はないってことか……少し話が見えてきた。が、ルリシアレヤは顔が知られている。そこをどうするつもりだ、リューデント?

「まぁ、わたしの養女となったところで、財産は全て末の息子に継承させると決めてしまったあと、分けてやれるものはもう何もないのですが。それでよろしければ考えてはくれまいか?」
「しかし、即答は……」

 考え込むサシーニャを見てクッシャラデンジが微笑む。
「しかし、最近、シャルレニさまによく似てきましたな。マジェルダーナも言っていたが、うん、そんな風に迷う表情はシャルレニさまそのものだ」
「父に?」
「レシニアナさまに思いを告げられず悩んでいたころ、そんな顔をしておられた。当たって砕けろとけしかけたら、砕けたくないんだ、と泣きそうな顔をしてました」
「……父とは懇意で?」
「わたしがクラウカスナさまの守役だったことはご存知でしょう? シャルレニさまも慕ってくださった……煮え切らないところは父上と同じですな」

 煮え切らないと言われてサシーニャがつい苦笑する。
「わたしは優柔不断ですか?」
「政治を司るひとりとしては決断が早く迷いもない。が、私人としてはなかなか決められない。前言撤回も多い。そんなところもシャルレニさまと同じ――なぜもっと早くわたしやマジェルダーナを頼って来なかったのです?」
「意味がよく判りません」
「わたしの母はバイガスラ国前王の従妹、その母はバチルデア国前々王の姉と言う事をお忘れか?」

 そうだ、クッシャラデンジはバイガスラと繋がっていた。だから火事騒ぎのあと最大の警戒をしたんだった……

「マジェルダーナはずっとあなたを案じていた。本当はあなたを養子としたかったがやっと上流貴族の仲間入りしたばかりでクラウカスナさまが許してくれなかった。どこにも養子にはやれない、サシーニャは王子だとおっしゃった」
「クラウカスナさまはわたしを王子としたが?」
「サシーニャ、自分の背中に痣があるのを知っているか?」
「えっ?」
「背中の痣をレシニアナさまは、バラの蕾と表現なさった。おまえの名サシーニャは白い蕾という意味だそうだ」

 蒼褪めるサシーニャを見詰め、
「その顔は知っている顔――あなたが生まれた時、シャルレニさまがクラウカスナとわたしに『息子に鳳凰の印が現れた、どうしたらいいだろう?』と相談にいらした。うん、マジェルダーナを連れていた」
クッシャラデンジが言った。

「マレアチナ王妃ご懐妊中の事だった。クラウカスナさまはすぐにでもおおやけにするよう言ったが、シャルレニさまがそれを拒んだ。鳳凰の印があるとなれば王位争いが起こり兼ねない。相談したのが間違いだったと言うシャルレニさまに、いつか誰かに知られることだとクラウカスナさまが言えば、隠し通してみせるとシャルレニさまが答えた……仕方のないヤツだとクラウカスナさまが折れ、条件を出した。一つは絶対に他人に知られないこと、もう一つはあなたの身分を王子とすること。鳳凰の印を持つ王族、クラウカスナさまは王子としたかったんだが、シャルレニさまの王位争いに息子を巻き込ませたくないという気持ちを汲んで準王子とした。準王子なら王位継承権から少しは遠ざけられる。万がいち鳳凰の印を知られても担ぎ上げにくくなる。そんな心配もリューデントが生まれ、かなり軽減された――サシーニャ、父上の言いつけを守り切っているようだな。背中に印があるというのは噂にも聞かない」

「……わたしの痣を知っているのは?」
「あなたの両親以外はクラウカスナさまとマジェルダーナとわたしの三人きり――サシーニャ、わたしとマジェルダーナが印の事を漏らすことはない。我ら二人の、クラウカスナさまとシャルレニさまへの敬愛は今もおまえと双子の王子に受け継がれている。信じて欲しい」
クッシャラデンジがサシーニャを見詰めた。
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