月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている

寄賀あける

文字の大きさ
9 / 30

心はいつも裏切って

しおりを挟む
 どうやら隼人はやとたちは僕をクローゼットに閉じ込めている間に、例の異変に立ち向かっていったらしい。場所は遣泉やりいずみ、八王子から橋本方面に国道を行く。

 国道から少しそれた空き地で、夕刻からトプトプが現れるのを待っていた。造成中の遣泉にはいくらでも空き地がある。そして夜になれば人通りはほぼない。人間を巻き込まないため、その場所を選んだ。

 モアモアちゃんは朔たちのお屋敷を襲撃した。人狼を狙っている。だから待っていれば現れると考えた。お屋敷では地面から現れたから、地に封印術を使い、地表からは出てこられなくした。隼人の狙いはモアモアちゃんではなくトプトプちゃんだ。

 案の定、日付が変わる直前にトプトプが宙に忽然と姿を現した。

「見通しのいいあの場所で待っていれば、どの方向から来るか判ると思ったのに」
隼人が悔しげに言った。

 トプトプの大きさは昨日と変わらず、短辺三メートルに長辺五メートル程度の楕円形、五メートルほどの高さからベチャベチャと雨粒状の液をしたたらせていた。

 隼人たちが移動すると、そのままの大きさと形で追跡してきたという。よだれのような雨を降らしながら、その中に隼人たちを取り込もうとする。

「雨のおりの中にはすでに取り込まれた何かが見えた。取り込まれたら、そいつらが襲ってくるんだろうと思った。なにも敵のホームで戦う不利を受け入れることもない」

≪姿を現せ! 檻から出てこい!≫
太陽神はやとの命令に、雨の中から次々と飛び出してくる影がある。

 出てきたのは武者姿の亡霊、数え切れなかったという。物理攻撃が有効だったからよかったけれど、そうじゃなければどうなっていたか判らない。ま、さっさと逃げ出した、と隼人が笑う。

 武者たちが出現すると同時にトプトプは涎を垂らすのをやめ、新手の投入はなかった。だが、千に近い数だったらしい。降った雨粒の数かもしれない。

「亡霊に物理攻撃?」
僕の疑問に、
「亡霊って言うより、ミイラのほうが近い。半ば朽ちて干乾ひからびた肉体に怨念が宿っていた」
と、隼人が言った。

 襲ってくるミイラもどきのほとんどを奏さんが三つ目入道になって踏み潰したらしい。踏み潰されるとモアモアになってトプトプに戻り、一体化していく。でも、トプトプが涎を再開することはなかった。

「まぁさ、俺に取っちゃあ、ヤツらの錆びた日本刀じゃ、草で切った程度の傷にしかならないからな」

 三つ目入道の奏さんは、最大四メートルの大男に変化へんげする。そしてその皮膚は強靭だ。ミイラもどきの多くは隼人くらいの背だというから、小柄だ。隼人は百六十五センチ、四メートルの三つ目入道に、蹴られ張り倒されればひとたまりもなさそうだ。体勢を崩したミイラもどきをさくみちるも襲い、噛み殺していった。正確にはダメージを与え、存在を維持できなくしていった。ダメージによるエネルギーの喪失だ。

 隼人はその様子をじっと観察していたが、ミイラもどきが最後の一人となった時、トプトプが逃走態勢に入ったと感じている。

「トプトプを操っている物の怪、それを突き止め、退治しなければ、この怪異は収まらない」

 だから追おうとした。それを察した朔が自分が行くと隼人に合図し、注意をトプトプに向けた時だった。

「倒れていた最後のミイラもどき、もう動かない、このままモアモアになる、そう思ったのに朔が横を通ったとたん、日本刀を振ったんだ」

 朔の前足が宙を飛び、トプトプの近くに落ちる。一瞬トプトプは動きを止めるが、満がとっさに朔の足をくわえて逃げた。トプトプは迷ったようだが、満を追うことはなかった。

人形ひとなりに戻れ、朔!」
奏さんの叫び声、朔を切ったミイラもどきが煙に変わり、トプトプと合流する。そのままトプトプは南西方向に消えたという。

 逃走するトプトプを追う気力など隼人に残っていない。朔に駆け寄り、人形ひとなりに戻った朔の腕と切り落とされたほうを慌てて調べる。

「奏ちゃん! ボクと朔ちゃんを抱いて走って! 朔ちゃんの手当てがしやすいように、一緒に抱いて『ハヤブサの目』に大至急! バンちゃんの力が必要だ!」

 奏さんは三つ目入道の姿のまま、国道を走り抜けたらしい。人も車も驚いて、いくつもの悲鳴と鳴り響くクラクション、それを無視して奏さんは走った。満はその後ろをオオカミの姿でついてきたらしい。三つ目入道の後ろなら、オオカミを見ても大きな犬としか思わなかっただろう。

 ちなみに奏さんは僕たちと違って、衣類も一緒に変化できる。妖怪の奏さんは、神や神の末裔や、元人間とは違う。

 奏さんが朔に『人形ひとなりになれ』と言ったのは、僕が治癒にかかわると見込んでのことだろう。そして早くしないと人形ひとなりに戻る体力がなくなる、そう思ってあのタイミングで言った。

 僕の治癒術は隼人にもまさる。もともとあった力らしいが、隼人の血が混ざったことで強化されたんだろうと奏さんは言っていた。ただ、人間――人形ひとなり以外には発揮されない力だ。僕は人間の血を飲んだことがないけれど、吸血された人間を回復させるために備わっている力だと奏さんが言っていた。

「トプトプを追いかけることはできなかった。が、南西に消えたってことで、少しは目星をつけられる」
「南西たって広いぞ、隼人」

「そうだよねぇ……バンちゃん、コーヒー淹れて」
奏さんと話しながら隼人がいつものように言う。うん、と立ち上がろうとしたのに、さっきから感じていた不満が僕の口を突いて出た。

「いいけど――なんで僕をクローゼットに閉じ込めたの? どうして僕を連れて行かなかったんだよ?」
悔しさで、くらくらする。だけど……

 ねぇ、僕、もう隼人に逆らわないんじゃなかったの? ほら、隼人が嫌そうな顔をした――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

処理中です...