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鶴は機織り上手
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隼人が自室に戻っていくらもしないうちに奥羽さんが来る。僕は自分と隼人が食べた食器を慌ててキッチンに運んだ。俺にも寄こせと奥羽さんが言い出したら面倒だ。
「ふふん、いい匂いだな。さては自分たちだけで食ったな?」
案の定、奥羽さんがギラリと僕を睨みつける。
「おい、バン!」
「は、はいっ?」
「おまえ、俺のコートに触りたいか?」
奥羽さんのコートは、実は表面が濡れているらしい。カラスの濡れ羽色だと、いつか自慢していた。
今日も奥羽さんは黒のハンチング、丸いサングラス、そしてご自慢の黒いトレンチコートに黒いブーツ、と年がら年中、真っ黒けの同じ服。
「ま、触りたいと言われても触らせてなんかやらんがな」
僕は内心ホッとする。奥羽さんになんか、絶対触りたくない。
「吾輩の衣装はだな、実は特注品だ」
「そうだったんですね」
「ま、サングラスは市販品だ、たぶん。ごみ置き場で見つけたからな」
カラスの習性が抜けきらないんですね、と言いそうになって慌てて僕は口をつぐむ。
「が、ハンチングとコート、この生地は特別誂え、鶴の織物工場で作らせた」
「鶴?」
「おうさ! 鶴の織物は特上品だ。しかも多少の無理も聞いてくれる」
「鶴って、鳥の? 織物って、ひょっとして機織り?」
「当り前のことを聞くでない。鶴の恩返し、あの美しい物語を知らぬわけではあるまい?」
「はい、もちろん!」
すかさず僕はそう答える。ここで知らないなんて言ったら、奥羽さんに突きまわされる。うん、もちろん鶴の恩返しの話は知っているけどさ。美しいかまではよく判らない。
猟師に助けられた鶴が人形に化身、しかも美女に化けて猟師の嫁になり、自分の羽根を引き抜いて作った織物で猟師を裕福にしたって話。その後、正体がバレて鶴はどこかに行ってしまう。
「でだ、吾輩の衣装は換羽の際とかに抜けた自分の羽根を持ち込んで織り込んで貰っている。だからこれほど美しいのだ」
奥羽さん、奥羽さんが自分大好きなのは、マジ、よぉーく判った。
洗い物を終えた奏さんが話に加わり、コーヒーが振舞われる。
「で、奥羽、頼んだものは手に入ったか?」
「やっぱり奏のコーヒーは旨いな――ふふん、夜中に満ごときに遠吠えなんぞさせおって、いい迷惑だ。せっかくカラスの群れに紛れ込んでいたのに、八咫烏と知られ大騒ぎだ。一般カラスのヤツら、どうにか俺とお近づきになりたいと俺を取り囲むものだから、抜けだすのに苦労したわい」
――奥羽さん、それ、ボコられそうになったんじゃなくて?
僕の心配をよそに、奥羽さんはトレンチコートのポケットからガラス瓶を三本取り出した。それぞれ白黒灰色、灰色の瓶は少し小さめだ。
ダイニングテーブルに置くと、灰色の瓶を指して奥羽さんが言う。
「これが一番大変だったぞ。四峰神社の眷属どもが大口真神の末裔を返せと大騒ぎでな。ヤツらにすれは祀る神の末裔だ。返して欲しい気持ちも判らんでもないが、本人どもが言うことを聞かぬ。ま、なんとか宥めすかして手に入れた。オオカミに効く回復薬だ」
そして白い瓶と黒い瓶を指す。
「こっちはな、鶴の長にクレと言ったら喜んで差し出しおった。鳥用の回復薬だ。上得意の吾輩に、『これくらい、なんのこともない』と言っておったわ。織物に使った羽根を早く元に戻すのに使うからたくさんあると言うので、たくさん寄こせと言ったらハヤブサ一羽ならこれで充分だと言ってケチりおった――そうそう、朔には十倍に薄めたものを五回以上に分けて飲ませろ。一度に飲ませると反動が来るぞ。隼人にはハヤブサ姿の時に飲ませろ。こっちは一度に飲ませていいそうだ。混ぜ混ぜもOK」
鳥用の回復薬? 羽根? ハヤブサ? 隼人!
「ま、こんなの飲んだところで、気安めだ。肝心なのは充分に養生することだぞ、判っておるな?――謝礼は隼人から貰う。ヤツとヤツの養い子に使うのだろう? 隼人に、言い争えるようになったら呼べと伝えておけ」
カアカア笑ってからコーヒーを飲み干し、奥羽さんは帰って行った。
言葉を失くした僕に奏さんが語る。
「俺に抱かれて運ばれながら、隼人は必死に朔の名を呼び続けた。そしてどこからか羽根を出してはそれを朔の傷口に刺していった。羽根は朔と同化し、朔の身体の一部となって切り離された腕を繋いだ。損傷を隼人は自分の羽根で修復した。神の体の一部だ、これ以上の修復材料はないはずだ」
事務所が近づいて、国道からの分かれ道に差し掛かる少し前、隼人がいつになく真剣な眼差しをした。そしてハヤブサに化身し、あっという間に飛び立った。
「朔をおいてどうしたんだ? 俺はそう思ったが、それでも走り続けた。事務所の様子を確認しに行ったのかもしれない、と思ったからだ。それにあの場で止まるわけにはいかなかった。行く先は『ハヤブサの目』しかなかった」
隼人はすぐ戻ってきた。ハヤブサの姿で俺の懐に飛び込んできた。でも、その姿はボロボロで、腹なんか皮膚がむき出し、羽毛が一切ない状態だ。
「隼人すぐに人形に戻り、朔を抱き締めた。奏さん、急いで、人に見られる心配はないから、って。その言葉通り、あっと言う間に俺たちは霧に包まれた。俺たちから周囲は見えるが、周囲は俺たちを見失っていた」
隼人は神の力をできうる限り朔の手当てに使いたかったんだと思う。隼人なら、自分の羽根を使わなくても霧くらい出せるはずだ。でもそうしなかった。力を極力使わずにいるために、羽根を形代にしたんだと思う。
「なぁ、バン」
奏さんが僕に微笑む。
「隼人は横暴で自分勝手で、わがままで甘ったれで、まるきり子どもで……でも、可愛いヤツだと俺は思う。バン、おまえはどうだ?」
「うん……」
「隼人は、どこまで行っても神でいるしかない。神なのだから――そして神は横暴で自分勝手で我儘で甘ったれで子どもっぽい、そんなもんだ。そして今、誰よりも隼人を許してやれるのは、バン、おまえだと俺は思っている」
奏さんが、二つの小瓶を僕の前に置く。
「奥羽が『これは隼人がハヤブサ姿の時に飲ませろ』と言った。ぼろぼろのハヤブサ姿なんか、隼人は誰にも見られたくないんじゃないかと俺は思う。バンもそう思うだろ?」
「弱った姿なんか、誰だって他人に見せたくないと思う」
「そうだよな――で、この薬、俺が持って行くかい? それともバンが持って行くかい? どっちなら隼人が言うことを聞くと思う? どっちのほうが隼人は安心するだろう? どっちが持って行けば、隼人は素直にハヤブサに化身するかな?」
奏さんの顔を僕は見詰めた――
「ふふん、いい匂いだな。さては自分たちだけで食ったな?」
案の定、奥羽さんがギラリと僕を睨みつける。
「おい、バン!」
「は、はいっ?」
「おまえ、俺のコートに触りたいか?」
奥羽さんのコートは、実は表面が濡れているらしい。カラスの濡れ羽色だと、いつか自慢していた。
今日も奥羽さんは黒のハンチング、丸いサングラス、そしてご自慢の黒いトレンチコートに黒いブーツ、と年がら年中、真っ黒けの同じ服。
「ま、触りたいと言われても触らせてなんかやらんがな」
僕は内心ホッとする。奥羽さんになんか、絶対触りたくない。
「吾輩の衣装はだな、実は特注品だ」
「そうだったんですね」
「ま、サングラスは市販品だ、たぶん。ごみ置き場で見つけたからな」
カラスの習性が抜けきらないんですね、と言いそうになって慌てて僕は口をつぐむ。
「が、ハンチングとコート、この生地は特別誂え、鶴の織物工場で作らせた」
「鶴?」
「おうさ! 鶴の織物は特上品だ。しかも多少の無理も聞いてくれる」
「鶴って、鳥の? 織物って、ひょっとして機織り?」
「当り前のことを聞くでない。鶴の恩返し、あの美しい物語を知らぬわけではあるまい?」
「はい、もちろん!」
すかさず僕はそう答える。ここで知らないなんて言ったら、奥羽さんに突きまわされる。うん、もちろん鶴の恩返しの話は知っているけどさ。美しいかまではよく判らない。
猟師に助けられた鶴が人形に化身、しかも美女に化けて猟師の嫁になり、自分の羽根を引き抜いて作った織物で猟師を裕福にしたって話。その後、正体がバレて鶴はどこかに行ってしまう。
「でだ、吾輩の衣装は換羽の際とかに抜けた自分の羽根を持ち込んで織り込んで貰っている。だからこれほど美しいのだ」
奥羽さん、奥羽さんが自分大好きなのは、マジ、よぉーく判った。
洗い物を終えた奏さんが話に加わり、コーヒーが振舞われる。
「で、奥羽、頼んだものは手に入ったか?」
「やっぱり奏のコーヒーは旨いな――ふふん、夜中に満ごときに遠吠えなんぞさせおって、いい迷惑だ。せっかくカラスの群れに紛れ込んでいたのに、八咫烏と知られ大騒ぎだ。一般カラスのヤツら、どうにか俺とお近づきになりたいと俺を取り囲むものだから、抜けだすのに苦労したわい」
――奥羽さん、それ、ボコられそうになったんじゃなくて?
僕の心配をよそに、奥羽さんはトレンチコートのポケットからガラス瓶を三本取り出した。それぞれ白黒灰色、灰色の瓶は少し小さめだ。
ダイニングテーブルに置くと、灰色の瓶を指して奥羽さんが言う。
「これが一番大変だったぞ。四峰神社の眷属どもが大口真神の末裔を返せと大騒ぎでな。ヤツらにすれは祀る神の末裔だ。返して欲しい気持ちも判らんでもないが、本人どもが言うことを聞かぬ。ま、なんとか宥めすかして手に入れた。オオカミに効く回復薬だ」
そして白い瓶と黒い瓶を指す。
「こっちはな、鶴の長にクレと言ったら喜んで差し出しおった。鳥用の回復薬だ。上得意の吾輩に、『これくらい、なんのこともない』と言っておったわ。織物に使った羽根を早く元に戻すのに使うからたくさんあると言うので、たくさん寄こせと言ったらハヤブサ一羽ならこれで充分だと言ってケチりおった――そうそう、朔には十倍に薄めたものを五回以上に分けて飲ませろ。一度に飲ませると反動が来るぞ。隼人にはハヤブサ姿の時に飲ませろ。こっちは一度に飲ませていいそうだ。混ぜ混ぜもOK」
鳥用の回復薬? 羽根? ハヤブサ? 隼人!
「ま、こんなの飲んだところで、気安めだ。肝心なのは充分に養生することだぞ、判っておるな?――謝礼は隼人から貰う。ヤツとヤツの養い子に使うのだろう? 隼人に、言い争えるようになったら呼べと伝えておけ」
カアカア笑ってからコーヒーを飲み干し、奥羽さんは帰って行った。
言葉を失くした僕に奏さんが語る。
「俺に抱かれて運ばれながら、隼人は必死に朔の名を呼び続けた。そしてどこからか羽根を出してはそれを朔の傷口に刺していった。羽根は朔と同化し、朔の身体の一部となって切り離された腕を繋いだ。損傷を隼人は自分の羽根で修復した。神の体の一部だ、これ以上の修復材料はないはずだ」
事務所が近づいて、国道からの分かれ道に差し掛かる少し前、隼人がいつになく真剣な眼差しをした。そしてハヤブサに化身し、あっという間に飛び立った。
「朔をおいてどうしたんだ? 俺はそう思ったが、それでも走り続けた。事務所の様子を確認しに行ったのかもしれない、と思ったからだ。それにあの場で止まるわけにはいかなかった。行く先は『ハヤブサの目』しかなかった」
隼人はすぐ戻ってきた。ハヤブサの姿で俺の懐に飛び込んできた。でも、その姿はボロボロで、腹なんか皮膚がむき出し、羽毛が一切ない状態だ。
「隼人すぐに人形に戻り、朔を抱き締めた。奏さん、急いで、人に見られる心配はないから、って。その言葉通り、あっと言う間に俺たちは霧に包まれた。俺たちから周囲は見えるが、周囲は俺たちを見失っていた」
隼人は神の力をできうる限り朔の手当てに使いたかったんだと思う。隼人なら、自分の羽根を使わなくても霧くらい出せるはずだ。でもそうしなかった。力を極力使わずにいるために、羽根を形代にしたんだと思う。
「なぁ、バン」
奏さんが僕に微笑む。
「隼人は横暴で自分勝手で、わがままで甘ったれで、まるきり子どもで……でも、可愛いヤツだと俺は思う。バン、おまえはどうだ?」
「うん……」
「隼人は、どこまで行っても神でいるしかない。神なのだから――そして神は横暴で自分勝手で我儘で甘ったれで子どもっぽい、そんなもんだ。そして今、誰よりも隼人を許してやれるのは、バン、おまえだと俺は思っている」
奏さんが、二つの小瓶を僕の前に置く。
「奥羽が『これは隼人がハヤブサ姿の時に飲ませろ』と言った。ぼろぼろのハヤブサ姿なんか、隼人は誰にも見られたくないんじゃないかと俺は思う。バンもそう思うだろ?」
「弱った姿なんか、誰だって他人に見せたくないと思う」
「そうだよな――で、この薬、俺が持って行くかい? それともバンが持って行くかい? どっちなら隼人が言うことを聞くと思う? どっちのほうが隼人は安心するだろう? どっちが持って行けば、隼人は素直にハヤブサに化身するかな?」
奏さんの顔を僕は見詰めた――
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