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Chapter 5 『ミュージック・ボックス』
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「……で、誰ですか? この写真の人物は」
テーブルの上に戻した写真を人差し指で何度も叩く君生だが、その指が丁度ブリーフを叩いている事に何故か顔がにやけてしまう。
「何を笑っているんですか!」
「ああ、すまない。……これが前城だよ。前城一樹の写真だ。十八か、十九。若い頃のもんだけどな」
「やだ。だからこんな写真なのね。確か前城一樹って鳴子さんの所で働いていたのよね。だからこんな写真。納得だわ、納得、納得」
「直樹さん、何を一人で納得しているんですか?」
「君ちゃんは分からなくていいのよ。それより君ちゃんが疑っている前城一樹にあっさり会えるなんて、これで連続殺人の方も一歩も二歩も前進じゃないの」
「いや、確かにそうですけど。何で秀三さん。前城の写真を入手したって教えてくれなかったんですか」
「それは、ちょっとうっかり。まあ、そう怒るなよ」
そんなやり取りを続け、蔵前が戻るまで何分待たされた事だろう。十分、二十分と時間は過ぎ、空になったグラスに、直樹は勝手に紅茶を注ぎ足している。
「やけに遅いですね」
蔵前の戻りの遅さを心配した君生が口を開く。
「確かに広い屋敷ではあるけど、時間が掛かり過ぎているな」
空になったグラスを直樹へ差し出し、紅茶を注ぎ足させようとした時。
「申し訳ありません!」
普段の落ち着きを無くした蔵前が勢いよくドアを開いた。何をそんなに慌てているのか。ふと過った不安が思わず口を突く。
「まさか、居ないんですか?」
「申し訳ありません。それが何処にも居なくて」
蔵前自身その理由が分からないようで、青褪めていく顔色に混乱が窺える。
「どう言う事ですか? 居ないって?」
「探したんですが。他の者の手も借りて隈なく探してみたんですが、何処にも姿がなくて。ただ私含め八十四名は全員いるんです」
一体どう言う事だ? その慌てぶりに適当な事を言っているようには思えない。居るはずの前城一樹が居ない。蒸発したとでも言いたそうな口ぶりだ。
「蔵前さん、落ち着いて思い出して下さい。前城一樹を、いいえ、その髭面の男を最後に見たのはいつですか? 今日お見かけになっていますか?」
蔵前の表情が遠退いていく。今日、昨日の話ではないのだろうか。
「最後、それは。亮平さんが、いえ、高幡代表がルーミーになられた日です。前城代表が亡くなられた後、私を呼びに来ました」
「それが最後なんですか? それ以降は?」
「見てはいないです」
申し訳なさそうに吐かれたその言葉に、ようやく辿り着けたと思えた前城が嘲笑っているかのような気になった。
「前城で間違いないようですね」
君生が刑事の顔を覗かせる。
高幡颯斗が代表になったのは確か二月十一日の事だ。その時から姿を消していたのなら、三月十八日の今野と高橋の殺害も、翌週の河野の殺害も可能だ。金曜日はセマーの日だと前に聞かされたが、既に姿を消していたのなら、金曜日の殺害も前城には可能だ。
——白いスカートの男。
君生が言うように前城で間違いはない。
「……それで、お前も何か聞く事があるんだろ?」
「いえ、もう充分です」
頭の中を整理させながら、君生へと振ってみたが、その顔には余裕が表れていた。状況証拠は充分だとでも言いたそうな顔。この先、前城を執拗に追いかける姿が想像できる。
混乱を招かせてしまった蔵前はまだ困惑の色を隠せないでいる。だがここで君生が三人の殺害を持ち出さないのであれば、あえて説明する必要もない。君生が充分だと言うのなら、今はこの教団を後にするしかないだろう。
「ねえ、でも二人だったんでしょ? それじゃあもう一人は誰なの? 前城とあともう一人は?」
突然口を開いた直樹の腕を引く。
確かに犯人は二人のはずだ。忘れていた分けではなかったが、いや、忘れていたのかもしれない。だが今ここで情報を開示する必要はない。
「そろそろ帰るぞ。蔵前さん、今日はありがとうございました。あと墓参りの件だけよろしくお願いします」
直樹の腕を掴んだまま蔵前へ一礼する。その様子に君生も同様に頭を下げているが、直樹は納得していない様子だ。
——二人。
確かに気に留めなくてはいけない事だが、誰がいると言うのだろう。この教団の関係者で、十七年前の事件と関りがあるのは前城と成田だけだ。だが成田は既に死んでいる。
——教団の関係者?
——蔵前?
ふと浮かんだ名前だがそれはすぐに取り消された。
「永井さん。お茶を淹れますから、少し休んで下さい。ずっとその体勢だとお疲れの事でしょう」
蔵前に続いて戻った庭にはまだ永井の姿があった。永井へと向かう蔵前の姿はやはり凛としていて、神に仕える者に相応しいものだ。そんな蔵前が前城と共に殺人を冒したなんて、想像し難い発想を生んだ事に自分でも笑ってしまう。
「じゃあ、あたしフーデリしながら戻るから」
直樹は庭に停めた自転車に既に跨っている。
「俺もちょっと調べ物があるんで、ここで失礼します。で、秀三さんは?」
君生の問いにふとポケットに納めていたスマホを手にする。特に予定がある訳でもないが、時間を確認するためだ。そんな何気なく手にしたスマホには一件の着信があった。
鳴子からだ。
『……明日以降ならいつでも大丈夫よ』
昨夜の言葉を思い出し、思わず顔をにやけさせてしまう。
「俺もちょっと野暮用があるから、タクシー拾って新宿へ戻るよ」
「野暮用って何よ?」
まだ漕ぎ出していなかったようで、門の向こうから直樹が首を伸ばしてくる。
「野暮用は野暮用だ。それより今日の夜はお前たち店に来るなよ。まあ、来ても俺はいないかも、だけどな」
振り返った庭にはもう蔵前と永井の姿はなかった。
「じゃあな。ここでな」
直樹と君生に背中を向け、井之頭通りを目指す。
通りまで出れば簡単にタクシーを拾えるだろう。今すぐにでも鳴子へ折り返したいが、まだ直樹も近くにいるはずだ。電話をしている姿を見せればまた詮索される事は目に見えている。折り返しはタクシーに乗り込んでからだ。
井之頭通りへ出たところでタクシーの空車のサインがタイミングよく目に飛び込できた。軽く手を挙げ、停車したタクシーに乗り込む。周りを一度見回してから、鳴子からの着信をタップする。だがこの鳴子への電話がまた新たな展開を産み出すなんて。俯瞰で見られない狭い視野が見落とした事の重大さを痛感する。
テーブルの上に戻した写真を人差し指で何度も叩く君生だが、その指が丁度ブリーフを叩いている事に何故か顔がにやけてしまう。
「何を笑っているんですか!」
「ああ、すまない。……これが前城だよ。前城一樹の写真だ。十八か、十九。若い頃のもんだけどな」
「やだ。だからこんな写真なのね。確か前城一樹って鳴子さんの所で働いていたのよね。だからこんな写真。納得だわ、納得、納得」
「直樹さん、何を一人で納得しているんですか?」
「君ちゃんは分からなくていいのよ。それより君ちゃんが疑っている前城一樹にあっさり会えるなんて、これで連続殺人の方も一歩も二歩も前進じゃないの」
「いや、確かにそうですけど。何で秀三さん。前城の写真を入手したって教えてくれなかったんですか」
「それは、ちょっとうっかり。まあ、そう怒るなよ」
そんなやり取りを続け、蔵前が戻るまで何分待たされた事だろう。十分、二十分と時間は過ぎ、空になったグラスに、直樹は勝手に紅茶を注ぎ足している。
「やけに遅いですね」
蔵前の戻りの遅さを心配した君生が口を開く。
「確かに広い屋敷ではあるけど、時間が掛かり過ぎているな」
空になったグラスを直樹へ差し出し、紅茶を注ぎ足させようとした時。
「申し訳ありません!」
普段の落ち着きを無くした蔵前が勢いよくドアを開いた。何をそんなに慌てているのか。ふと過った不安が思わず口を突く。
「まさか、居ないんですか?」
「申し訳ありません。それが何処にも居なくて」
蔵前自身その理由が分からないようで、青褪めていく顔色に混乱が窺える。
「どう言う事ですか? 居ないって?」
「探したんですが。他の者の手も借りて隈なく探してみたんですが、何処にも姿がなくて。ただ私含め八十四名は全員いるんです」
一体どう言う事だ? その慌てぶりに適当な事を言っているようには思えない。居るはずの前城一樹が居ない。蒸発したとでも言いたそうな口ぶりだ。
「蔵前さん、落ち着いて思い出して下さい。前城一樹を、いいえ、その髭面の男を最後に見たのはいつですか? 今日お見かけになっていますか?」
蔵前の表情が遠退いていく。今日、昨日の話ではないのだろうか。
「最後、それは。亮平さんが、いえ、高幡代表がルーミーになられた日です。前城代表が亡くなられた後、私を呼びに来ました」
「それが最後なんですか? それ以降は?」
「見てはいないです」
申し訳なさそうに吐かれたその言葉に、ようやく辿り着けたと思えた前城が嘲笑っているかのような気になった。
「前城で間違いないようですね」
君生が刑事の顔を覗かせる。
高幡颯斗が代表になったのは確か二月十一日の事だ。その時から姿を消していたのなら、三月十八日の今野と高橋の殺害も、翌週の河野の殺害も可能だ。金曜日はセマーの日だと前に聞かされたが、既に姿を消していたのなら、金曜日の殺害も前城には可能だ。
——白いスカートの男。
君生が言うように前城で間違いはない。
「……それで、お前も何か聞く事があるんだろ?」
「いえ、もう充分です」
頭の中を整理させながら、君生へと振ってみたが、その顔には余裕が表れていた。状況証拠は充分だとでも言いたそうな顔。この先、前城を執拗に追いかける姿が想像できる。
混乱を招かせてしまった蔵前はまだ困惑の色を隠せないでいる。だがここで君生が三人の殺害を持ち出さないのであれば、あえて説明する必要もない。君生が充分だと言うのなら、今はこの教団を後にするしかないだろう。
「ねえ、でも二人だったんでしょ? それじゃあもう一人は誰なの? 前城とあともう一人は?」
突然口を開いた直樹の腕を引く。
確かに犯人は二人のはずだ。忘れていた分けではなかったが、いや、忘れていたのかもしれない。だが今ここで情報を開示する必要はない。
「そろそろ帰るぞ。蔵前さん、今日はありがとうございました。あと墓参りの件だけよろしくお願いします」
直樹の腕を掴んだまま蔵前へ一礼する。その様子に君生も同様に頭を下げているが、直樹は納得していない様子だ。
——二人。
確かに気に留めなくてはいけない事だが、誰がいると言うのだろう。この教団の関係者で、十七年前の事件と関りがあるのは前城と成田だけだ。だが成田は既に死んでいる。
——教団の関係者?
——蔵前?
ふと浮かんだ名前だがそれはすぐに取り消された。
「永井さん。お茶を淹れますから、少し休んで下さい。ずっとその体勢だとお疲れの事でしょう」
蔵前に続いて戻った庭にはまだ永井の姿があった。永井へと向かう蔵前の姿はやはり凛としていて、神に仕える者に相応しいものだ。そんな蔵前が前城と共に殺人を冒したなんて、想像し難い発想を生んだ事に自分でも笑ってしまう。
「じゃあ、あたしフーデリしながら戻るから」
直樹は庭に停めた自転車に既に跨っている。
「俺もちょっと調べ物があるんで、ここで失礼します。で、秀三さんは?」
君生の問いにふとポケットに納めていたスマホを手にする。特に予定がある訳でもないが、時間を確認するためだ。そんな何気なく手にしたスマホには一件の着信があった。
鳴子からだ。
『……明日以降ならいつでも大丈夫よ』
昨夜の言葉を思い出し、思わず顔をにやけさせてしまう。
「俺もちょっと野暮用があるから、タクシー拾って新宿へ戻るよ」
「野暮用って何よ?」
まだ漕ぎ出していなかったようで、門の向こうから直樹が首を伸ばしてくる。
「野暮用は野暮用だ。それより今日の夜はお前たち店に来るなよ。まあ、来ても俺はいないかも、だけどな」
振り返った庭にはもう蔵前と永井の姿はなかった。
「じゃあな。ここでな」
直樹と君生に背中を向け、井之頭通りを目指す。
通りまで出れば簡単にタクシーを拾えるだろう。今すぐにでも鳴子へ折り返したいが、まだ直樹も近くにいるはずだ。電話をしている姿を見せればまた詮索される事は目に見えている。折り返しはタクシーに乗り込んでからだ。
井之頭通りへ出たところでタクシーの空車のサインがタイミングよく目に飛び込できた。軽く手を挙げ、停車したタクシーに乗り込む。周りを一度見回してから、鳴子からの着信をタップする。だがこの鳴子への電話がまた新たな展開を産み出すなんて。俯瞰で見られない狭い視野が見落とした事の重大さを痛感する。
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