【完結】White Whirling ~二丁目探偵物語~

かの

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Chapter 3 『猫が行方不明』

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「メモに行方不明とありましたが、ご依頼は人探しでしょうか?」

「あっ、そうなのよ。大変な事になってしまって。急にいなくなってしまったの。この部屋から突然消えていなくなるなんて、信じられなくて。もうあたしどうしていいか分からなくて」

 何か地雷を踏んだのか、スイッチが入っただけなのか、鳴子の態度が豹変ひょうへんする。豹変と言っても、ヒステリック度が増したオネエ程度ではあったが。

「詳しくお話頂けますか? 出来ればお力になりたいと」

「ええ、もう四日目になるの。ちゃんとご飯食べているかしら。あたしなしでこの部屋から出て行けるなんて有り得ないのに、一体どこへ行ってしまったのか。その理由が分からないの。あんなに可愛がってあげたのに……。夜だって一緒に寝ていたし。それなのにどうしてなのかしら……」

 感情を優先して喋り続けるオカマの対応は直樹で慣れている。鳴子からの話をこれ以上待っても、纏まりないくだらない話が続くだけだ。

「分かりました」

 鳴子の話を遮る。

「こちらで一緒に暮らしていたのに、四日前から行方不明と言う事ですね? 何か手掛かりとか、行きそうな所とかはありますか?」

「行きそうな所って言われても、この部屋から一歩も出してはいなかったし、それにここ三十二階なのよ。こんな高い所から外へ行くなんて考えられないじゃない? 落ちたら死んでしまうわ」

——軟禁?

 売り専のママだと言う鳴子の風貌ふうぼうを見れば、店の若い子をこの部屋に閉じ込め、そして逃げられた。そんな話であっても納得が出来てしまう。

「それで行方不明になった方のお名前は?」

「えっ? 名前? グリよ」

「グリ? 外国の方ですか?」

「えっ? 日本で生まれたけど、グリって名前そんなに可笑しいかしら? あっ、こら! グラ! 冷蔵庫の上に乗っちゃダメって言っているでしょ。今すぐ下りなさい!」

 鳴子が大声を向けたキッチンへ目をやると、冷蔵庫の上、ブルーの首輪をした一匹の黒猫がじっと冷蔵庫の裏を覗き込んでいた。

 グリ? グラ? 黒猫?

 確か『ぐりとぐら』は野ネズミだったような気が。だが叱られても一向に冷蔵庫から下りようとしないグラの姿に、さっきの軟禁なんて文字が吹き飛んでいく。

「行方不明になったグリと言うのは、もしかしてあの黒猫のグラと」

「ええ、兄弟よ。五匹生まれたうちの二匹だから、どっちが上でどっちが下かは分からないけど、生まれた日から片時も離れた事がないから、きっとグラも心配しているはずなの。ねえ、辻山さん。お願いだから、グリを見つけ出してちょうだい」

「ええ、それはもちろん」

 冷蔵庫の上のグラを目の端に捕えながら、黒川オーナーのメモ紙を思い出す。何が行方不明だ。黒猫の捜索だなんて。俺はペット探偵じゃない。それに行方不明の猫なんて探した事もないのに、どうすればいいんだ。

「ねえ、秀三。あたしもちょっと喋っていい? どうしても気になる事があって」

「何だ?」

 廊下での言いつけを覚えていたらしく、いつもなら我先にと首を突っ込む直樹が許可を求めてきた。珍しくしおらしいその姿に一瞬不信感を持ったが、それは名案を産み出す前触れだった。逃げ出した猫を地道に這って探すなんて事はしたくない。そんな地道な調査は……。

 そうだ、地道な調査は調査員の仕事だ。ここに直樹と言う調査員がいるじゃないか。どうせなら鳴子への対応も全て直樹に振ってしまえばいい。

「鳴子さん。さっきも紹介させて頂きましたが、うちの優秀な調査員の新井です。今回の件はこの新井が担当させて頂き、責任を持ってグリを探させて頂きます」

「んもぅ、何勝手な事ばっかり言ってんのよ! 行方不明の猫ちゃんを簡単に探せる訳ないでしょ? 素人のあたしに」

「でもお前、今気になる事があるって言っただろ?」

「ええ、気になる事はあるわ。話していいの?」

「ああ、話してみろ」

「すごく気になったんですけど、行方不明になったグリも、あのグラと同じ黒猫なんですよね?」

「ええ、そうよ。先ほどお話した通り兄弟なので。あたしも首輪の色で判断しないと分からなくなるほどそっくりなの」

「ですよね。どうしても気になるんで言わせて頂きますね。……黒猫にグリなんて名前おかしいんですよ。フランス語でグリと言うのはグレーの事、灰色の事です。『猫が行方不明』って映画ご存じないですか? あの映画に登場する黒猫もグリグリって名前が付けられていました。でも映画の中で黒猫にグリグリだなんてって、指摘するシーンがちゃんとあったんです。さすがフランス映画。さすがパリだわって、あたし関心したんです。なのであたしがパリの住民に代わって言わせて頂きます。黒猫にグリなんて名前、絶対おかしいですから。それに『ぐりとぐら』から名前を取られたのかもしれませんが、『ぐりとぐら』は猫じゃなく野ネズミですから」

 やっぱり『ぐりとぐら』は野ネズミだった。いや、注視すべきはそこじゃない。自分の飼い猫になんて名前を付けようがそれは飼い主の勝手だ。それに依頼人に対して、いつもの調子でくだらない事を並べやがって。

「あっ、鳴子さん。すみません。どうか気になさらないで下さい」

 直樹のマシンガンに撃たれ、鳴子が目を丸くしてしまっている。もはや直樹を置いて退散するタイミングはなく、本気で猫探しをする羽目になりそうだ。

「それでですね。四日前までグリは間違いなくこの部屋にいたんですよね?」

「あっ、はい。このリビングとあと二間ありますが、だいたいはこのリビングで過ごしています。あそこでいつも寝ていて」

 リビングの隅に並べた二つのカゴを鳴子が指差す。ブルーとグリーンのレースでそれぞれ飾り付けられ、内側のバスタオルの色もそれぞれレースの色と同じだ。きっとブルーのレースのカゴがグラで、もう一つがグリの寝床なのだろう。

「あのカゴはいつもあの場所に?」

「いえ、あたしが寝る時はあのカゴも寝室に運んで、グリとグラも一緒に寝ています」

「それで四日前のいつまでグリの姿があったんですか?」

「えっ? それは朝です。朝起きたらグリの姿がなくて。グラはいつも通りカゴの中にいたんですけど」

「それじゃあ、グリは四日前の朝、突然寝室から消えたんですね?」

「いえ、実は。その日は人が泊りに来ていて、カゴをリビングに置いたままにしていたんです。でも朝になって、グラはちゃんとカゴの中にいたんですよ。でもグリの姿が見当たらなくて。玄関もベランダも窓も全部鍵は掛けてあったし、どうやって外に出たんだか」

 やましいところがあるのか、何か言いにくい事を吐き出すような鳴子に、グリが行方不明になった日の経緯が浮かぶ。若い男でも連れ込んで、いつも一緒に寝ているグリとグラを寝室から閉め出したのだろう。そうなるとグリとグラは一晩自由に過ごしていたはずだ。
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