【完結】汚れた雨

かの

文字の大きさ
20 / 31

20 200107

しおりを挟む
 貴久の息子、航太の誘拐騒ぎ以来、夏樹や貴久、由之に会う事はなかった。

 小林殺しの捜査も行き詰っているのか、安原に借り出される事もなく、元の雑用係に没頭する日々を送っていた。それでも安原の顔が暗くなっていない事に、何か掴みかけている情報がある事は察知できた。

 安原と夏樹の関係を知り、夏樹は遠ざけるべき存在になっていた。夏樹の口から安原に情報を流されるくらいなら、自分の口から流した方がいい。だが今はこれと言った情報も、捜査の手助けになる記憶も持ち合わせていない。ただ目の前に積み上げられた、書類の山を片付ける事に専念するしかなかった。

「……おい、古賀。とんでもない物が出てきたんだ。お前にも確認して欲しいから、ちょっと時間を作ってくれ」

 安原の声に振り返る。

「はい、分かりました」

 そう答えはしたが、目の前の書類の山に、時間を作る難しさを教えられる。

——とんでもない物とは何だ?

 安原が口にするのだから、やはり小林殺しの捜査に関わるものだろう。きっと察知した通り、何か掴みかけているに違いない。

「安原さん、お待たせしました。それで……とんでもない物って何ですか?」

 目の前の書類の山を片付けるために、一時間以上も要してしまった。その間、安原はどこかでぶらぶらとしていたのだろう。一時間以上の間、安原は一度も視界に入って来なかった。

「ここじゃなんだから、ちょっと場所を変えよう」

 ノートパソコンを脇に抱えた安原に、何も言わず素直に続く。込み入った話だから、電話が鳴りやまない環境よりはと、静かな環境を選んだ配慮だろうか。それとも署内と言っても、大勢の人間が行き交う中では話せないような内容なのだろうか。

「それで何が見つかったんですか?」

「まあ、焦るなよ」

 聞き取りに使う小さな部屋で、机を挟み安原と向かい合う。何故か長丁場になるような気がして、パイプ椅子にゆっくりと尻を沈めた。安原はノートパソコンを開き、何かフォルダーを開いているようだ。

「これだよ、とんでもない物と言うのは」

 安原が開いたフォルダーから映像が流れる。確証は持てないが、ホテルの一室らしい空間。映し出される大きなベッドの上で全裸の少年が横になっている。

「これは?」

「ああ、小林のパソコンから出てきたデータだよ。奴のパソコンデータを見るのに時間が掛かってな。それでだ。この少年に見覚えはないか?」

「この少年ですか?」

「ああ。俺は写真でしか見ていないが、お前は本人にも会っているだろ」

 柔らかな照明の下、全裸でベッドで横になる少年。だがその顔ははっきりとは見えない。

「中学生だよ」

「ああ」

 少年の正体を教えられはしたが、三人の少年の顔なんて覚えてはいなかった。いや、しっかりと顔を見たかどうかも不確かだ。

「小林がしょっ引かれた件だ。ラブホの前で撮られた写真だけじゃ、どうにもならなかったけどな。こんな映像を残していやがった。勉強教えてたなんて出鱈目もいいところだ」

 ベッドの上、全裸で横になる少年を見て、衝撃を受けない訳ではなかった。だが三人の中学生達は、まだ子供と言った面影で、親の後ろに隠れていた。金のためだろうが、汚い大人の手でむさぼられる少年の姿がどうも絵空事に思える。数か月前の記憶と目の前に提示された映像を一つに繋げる事は難しい。

「これだけじゃないんだ。一体どれだけの映像があいつのパソコンに保存されていた事か」

「そうなんですね」

 少年の映像から目を逸らす。右上に表示されたカウントを見れば、まだ延々と一時間以上は続く事が分かる。画面に交互に映し出される四本の腕、その手に貪られる少年の裸。絵空事に思えた映像に嫌悪感が膨らんでいく。少年の体に伸びる手は小林と、一緒にラブホの前で写真を撮られた男だろう。映し出されるのは腕と手だけであって、小林の顔も、もう一人の男の顔も映らない。

「これだけの事を小林はやっていたんだ。どこで恨みを買っていてもおかしくはない。こんな自業自得な男の捜査をしなきゃいけないなんて」

 呆れた顔の安原が可笑しな笑いを向けてくる。その表情に釣られ、口許が引きる。

「それでだな、古賀。お前に見てもらいたい映像があるんだ」

 三人の中学生の顔を確認させるためだと思っていたが、違ったようだ。だがこれ以上一体何を確認するのだろうか。小林のパソコンにある映像など全て想像が付く。

 安原は裸の少年の映像を閉じ、並んだフォルダーを探っている。安原が呆れるのも無理はない。無数のフォルダーが並んでいる。きっと整理されたフォルダーの中には無数のデータあるはずだ。

「ああ、あった。これだ」

 幾つ目かのフォルダーの中に、目当てのデータを見つけたらしく、安原がカーソルを合わせる。

「200107って……何のナンバーですかね?」

「さすがに二十万もこんな映像がある訳じゃないから、ナンバリングされてる訳ではないだろう」

 再び映像が流される。その粒子の荒さから、さっき見せられたものより古い物だと想像が付く。その荒い映像はマンションの一室らしき空間を映し出している。

 微かな声は聞こえているが、何と言ってるのかも分からない。誰の姿も映らない空間。だがカメラが舐めるように空間を見回した時。一瞬だが人物らしき姿を捕えた。

「ここからだ」

 安原の声にぐっと固唾かたずを飲む。カメラが捕えた姿は幼い少年達だ。さっきの中学生と同じように、全裸の少年が四人。

「これは!」

 記憶の奥に眠っていたものが一瞬にして呼び覚まされた。

 幾ら荒い粒子であっても、一糸纏いっしまとわないその姿は、股間の輪郭まで露わにしている。

 その四人の少年の一人。顔がはっきりと見える訳ではない。幼い日の体型を鮮明に覚えている訳でもない。だが四人の少年の一人は、間違いなく幼い日の自分だ。

「やっぱり、そうか」

 恐怖でしかなかった。眠っていた幼い日の記憶を突き付けられた恐怖。だが安原が他人の感情になど、興味がない事は知っている。

「さっきの200107だよ。二〇〇一年七月。きっと撮影された時じゃないかと推測していたんだ。二〇〇一年と言えば、お前がちょうど小学生で小林がまだ教師をしていた頃だからな。まさかとは思ったが、本当にそのまさかだったとは……」

 安原の目が久々に鮟鱇のように見開いていた。だがその目を覗き込んだとしても、安原の真意は見えないだろう。いや、安原の目に焦点を合わせる事など出来ない。

「……安原さんの推測の通りです。この四人のうちの一人は俺で、あとの三人は夏樹と貴久と由之です」

 自分ではないとしらを切ってもよかったが、もしここで認めなくても、安原の事だから、次は夏樹に確認を取るだろう。ここで下らない隠し事をすれば、おかしな誤解を招く事になる。

「そうか、嫌な事思い出させたな」

「いえ。正直、今の今までこんな事があった事すら忘れていましたよ。今更こんな映像が出てきて、もちろん何の感情も持たないかと言われれば嘘になりますけど、忘れていたって、覚えていなかったって、気が楽ですね。さっきの中学生の映像見ていた時とあんまり感覚は変わらないです」

 安原に珍しく気遣われたからではなく本心だった。

「そうか、少しは安心したよ。もし俺の推測が当たっていれば、お前を深く傷付けてしまうかもしれない。そう考えていたからな。もしお前に身に覚えがないなら、次は夏樹に見せていただろう」

「何で俺に先に確認させたんですか?」

「当たり前だろ。もちろんお前が刑事だからだよ」

 流され続ける映像にもう一度目をやる。安原が言うように自分は刑事だ。刑事の目を持ってこの映像を見なければならない。

「ありがとうございます」

「何がだ?」

「刑事である俺にこの映像を先に見せてくれた事ですよ」

「何でだ? 当たり前だろ? 意味が分からないな」

 刑事の目を持って見続ける映像に安原の指先がかかる。ノートパソコンを閉じ、安原が立ち上がる。

——200107。

 二〇〇一年、七月。平成十三年、七月。しっかりと記憶を呼び戻せば、さっき感じた恐怖が更に深まるような気がする。だが安原の興味は、幼い日の自分達四人を通し、今の自分達へと向けられるだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

処理中です...