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貴久の息子、航太の誘拐騒ぎ以来、夏樹や貴久、由之に会う事はなかった。
小林殺しの捜査も行き詰っているのか、安原に借り出される事もなく、元の雑用係に没頭する日々を送っていた。それでも安原の顔が暗くなっていない事に、何か掴みかけている情報がある事は察知できた。
安原と夏樹の関係を知り、夏樹は遠ざけるべき存在になっていた。夏樹の口から安原に情報を流されるくらいなら、自分の口から流した方がいい。だが今はこれと言った情報も、捜査の手助けになる記憶も持ち合わせていない。ただ目の前に積み上げられた、書類の山を片付ける事に専念するしかなかった。
「……おい、古賀。とんでもない物が出てきたんだ。お前にも確認して欲しいから、ちょっと時間を作ってくれ」
安原の声に振り返る。
「はい、分かりました」
そう答えはしたが、目の前の書類の山に、時間を作る難しさを教えられる。
——とんでもない物とは何だ?
安原が口にするのだから、やはり小林殺しの捜査に関わるものだろう。きっと察知した通り、何か掴みかけているに違いない。
「安原さん、お待たせしました。それで……とんでもない物って何ですか?」
目の前の書類の山を片付けるために、一時間以上も要してしまった。その間、安原はどこかでぶらぶらとしていたのだろう。一時間以上の間、安原は一度も視界に入って来なかった。
「ここじゃなんだから、ちょっと場所を変えよう」
ノートパソコンを脇に抱えた安原に、何も言わず素直に続く。込み入った話だから、電話が鳴りやまない環境よりはと、静かな環境を選んだ配慮だろうか。それとも署内と言っても、大勢の人間が行き交う中では話せないような内容なのだろうか。
「それで何が見つかったんですか?」
「まあ、焦るなよ」
聞き取りに使う小さな部屋で、机を挟み安原と向かい合う。何故か長丁場になるような気がして、パイプ椅子にゆっくりと尻を沈めた。安原はノートパソコンを開き、何かフォルダーを開いているようだ。
「これだよ、とんでもない物と言うのは」
安原が開いたフォルダーから映像が流れる。確証は持てないが、ホテルの一室らしい空間。映し出される大きなベッドの上で全裸の少年が横になっている。
「これは?」
「ああ、小林のパソコンから出てきたデータだよ。奴のパソコンデータを見るのに時間が掛かってな。それでだ。この少年に見覚えはないか?」
「この少年ですか?」
「ああ。俺は写真でしか見ていないが、お前は本人にも会っているだろ」
柔らかな照明の下、全裸でベッドで横になる少年。だがその顔ははっきりとは見えない。
「中学生だよ」
「ああ」
少年の正体を教えられはしたが、三人の少年の顔なんて覚えてはいなかった。いや、しっかりと顔を見たかどうかも不確かだ。
「小林がしょっ引かれた件だ。ラブホの前で撮られた写真だけじゃ、どうにもならなかったけどな。こんな映像を残していやがった。勉強教えてたなんて出鱈目もいいところだ」
ベッドの上、全裸で横になる少年を見て、衝撃を受けない訳ではなかった。だが三人の中学生達は、まだ子供と言った面影で、親の後ろに隠れていた。金のためだろうが、汚い大人の手で貪られる少年の姿がどうも絵空事に思える。数か月前の記憶と目の前に提示された映像を一つに繋げる事は難しい。
「これだけじゃないんだ。一体どれだけの映像があいつのパソコンに保存されていた事か」
「そうなんですね」
少年の映像から目を逸らす。右上に表示されたカウントを見れば、まだ延々と一時間以上は続く事が分かる。画面に交互に映し出される四本の腕、その手に貪られる少年の裸。絵空事に思えた映像に嫌悪感が膨らんでいく。少年の体に伸びる手は小林と、一緒にラブホの前で写真を撮られた男だろう。映し出されるのは腕と手だけであって、小林の顔も、もう一人の男の顔も映らない。
「これだけの事を小林はやっていたんだ。どこで恨みを買っていてもおかしくはない。こんな自業自得な男の捜査をしなきゃいけないなんて」
呆れた顔の安原が可笑しな笑いを向けてくる。その表情に釣られ、口許が引き攣る。
「それでだな、古賀。お前に見てもらいたい映像があるんだ」
三人の中学生の顔を確認させるためだと思っていたが、違ったようだ。だがこれ以上一体何を確認するのだろうか。小林のパソコンにある映像など全て想像が付く。
安原は裸の少年の映像を閉じ、並んだフォルダーを探っている。安原が呆れるのも無理はない。無数のフォルダーが並んでいる。きっと整理されたフォルダーの中には無数のデータあるはずだ。
「ああ、あった。これだ」
幾つ目かのフォルダーの中に、目当てのデータを見つけたらしく、安原がカーソルを合わせる。
「200107って……何のナンバーですかね?」
「さすがに二十万もこんな映像がある訳じゃないから、ナンバリングされてる訳ではないだろう」
再び映像が流される。その粒子の荒さから、さっき見せられたものより古い物だと想像が付く。その荒い映像はマンションの一室らしき空間を映し出している。
微かな声は聞こえているが、何と言ってるのかも分からない。誰の姿も映らない空間。だがカメラが舐めるように空間を見回した時。一瞬だが人物らしき姿を捕えた。
「ここからだ」
安原の声にぐっと固唾を飲む。カメラが捕えた姿は幼い少年達だ。さっきの中学生と同じように、全裸の少年が四人。
「これは!」
記憶の奥に眠っていたものが一瞬にして呼び覚まされた。
幾ら荒い粒子であっても、一糸纏わないその姿は、股間の輪郭まで露わにしている。
その四人の少年の一人。顔がはっきりと見える訳ではない。幼い日の体型を鮮明に覚えている訳でもない。だが四人の少年の一人は、間違いなく幼い日の自分だ。
「やっぱり、そうか」
恐怖でしかなかった。眠っていた幼い日の記憶を突き付けられた恐怖。だが安原が他人の感情になど、興味がない事は知っている。
「さっきの200107だよ。二〇〇一年七月。きっと撮影された時じゃないかと推測していたんだ。二〇〇一年と言えば、お前がちょうど小学生で小林がまだ教師をしていた頃だからな。まさかとは思ったが、本当にそのまさかだったとは……」
安原の目が久々に鮟鱇のように見開いていた。だがその目を覗き込んだとしても、安原の真意は見えないだろう。いや、安原の目に焦点を合わせる事など出来ない。
「……安原さんの推測の通りです。この四人のうちの一人は俺で、あとの三人は夏樹と貴久と由之です」
自分ではないと白を切ってもよかったが、もしここで認めなくても、安原の事だから、次は夏樹に確認を取るだろう。ここで下らない隠し事をすれば、おかしな誤解を招く事になる。
「そうか、嫌な事思い出させたな」
「いえ。正直、今の今までこんな事があった事すら忘れていましたよ。今更こんな映像が出てきて、もちろん何の感情も持たないかと言われれば嘘になりますけど、忘れていたって、覚えていなかったって、気が楽ですね。さっきの中学生の映像見ていた時とあんまり感覚は変わらないです」
安原に珍しく気遣われたからではなく本心だった。
「そうか、少しは安心したよ。もし俺の推測が当たっていれば、お前を深く傷付けてしまうかもしれない。そう考えていたからな。もしお前に身に覚えがないなら、次は夏樹に見せていただろう」
「何で俺に先に確認させたんですか?」
「当たり前だろ。もちろんお前が刑事だからだよ」
流され続ける映像にもう一度目をやる。安原が言うように自分は刑事だ。刑事の目を持ってこの映像を見なければならない。
「ありがとうございます」
「何がだ?」
「刑事である俺にこの映像を先に見せてくれた事ですよ」
「何でだ? 当たり前だろ? 意味が分からないな」
刑事の目を持って見続ける映像に安原の指先がかかる。ノートパソコンを閉じ、安原が立ち上がる。
——200107。
二〇〇一年、七月。平成十三年、七月。しっかりと記憶を呼び戻せば、さっき感じた恐怖が更に深まるような気がする。だが安原の興味は、幼い日の自分達四人を通し、今の自分達へと向けられるだろう。
小林殺しの捜査も行き詰っているのか、安原に借り出される事もなく、元の雑用係に没頭する日々を送っていた。それでも安原の顔が暗くなっていない事に、何か掴みかけている情報がある事は察知できた。
安原と夏樹の関係を知り、夏樹は遠ざけるべき存在になっていた。夏樹の口から安原に情報を流されるくらいなら、自分の口から流した方がいい。だが今はこれと言った情報も、捜査の手助けになる記憶も持ち合わせていない。ただ目の前に積み上げられた、書類の山を片付ける事に専念するしかなかった。
「……おい、古賀。とんでもない物が出てきたんだ。お前にも確認して欲しいから、ちょっと時間を作ってくれ」
安原の声に振り返る。
「はい、分かりました」
そう答えはしたが、目の前の書類の山に、時間を作る難しさを教えられる。
——とんでもない物とは何だ?
安原が口にするのだから、やはり小林殺しの捜査に関わるものだろう。きっと察知した通り、何か掴みかけているに違いない。
「安原さん、お待たせしました。それで……とんでもない物って何ですか?」
目の前の書類の山を片付けるために、一時間以上も要してしまった。その間、安原はどこかでぶらぶらとしていたのだろう。一時間以上の間、安原は一度も視界に入って来なかった。
「ここじゃなんだから、ちょっと場所を変えよう」
ノートパソコンを脇に抱えた安原に、何も言わず素直に続く。込み入った話だから、電話が鳴りやまない環境よりはと、静かな環境を選んだ配慮だろうか。それとも署内と言っても、大勢の人間が行き交う中では話せないような内容なのだろうか。
「それで何が見つかったんですか?」
「まあ、焦るなよ」
聞き取りに使う小さな部屋で、机を挟み安原と向かい合う。何故か長丁場になるような気がして、パイプ椅子にゆっくりと尻を沈めた。安原はノートパソコンを開き、何かフォルダーを開いているようだ。
「これだよ、とんでもない物と言うのは」
安原が開いたフォルダーから映像が流れる。確証は持てないが、ホテルの一室らしい空間。映し出される大きなベッドの上で全裸の少年が横になっている。
「これは?」
「ああ、小林のパソコンから出てきたデータだよ。奴のパソコンデータを見るのに時間が掛かってな。それでだ。この少年に見覚えはないか?」
「この少年ですか?」
「ああ。俺は写真でしか見ていないが、お前は本人にも会っているだろ」
柔らかな照明の下、全裸でベッドで横になる少年。だがその顔ははっきりとは見えない。
「中学生だよ」
「ああ」
少年の正体を教えられはしたが、三人の少年の顔なんて覚えてはいなかった。いや、しっかりと顔を見たかどうかも不確かだ。
「小林がしょっ引かれた件だ。ラブホの前で撮られた写真だけじゃ、どうにもならなかったけどな。こんな映像を残していやがった。勉強教えてたなんて出鱈目もいいところだ」
ベッドの上、全裸で横になる少年を見て、衝撃を受けない訳ではなかった。だが三人の中学生達は、まだ子供と言った面影で、親の後ろに隠れていた。金のためだろうが、汚い大人の手で貪られる少年の姿がどうも絵空事に思える。数か月前の記憶と目の前に提示された映像を一つに繋げる事は難しい。
「これだけじゃないんだ。一体どれだけの映像があいつのパソコンに保存されていた事か」
「そうなんですね」
少年の映像から目を逸らす。右上に表示されたカウントを見れば、まだ延々と一時間以上は続く事が分かる。画面に交互に映し出される四本の腕、その手に貪られる少年の裸。絵空事に思えた映像に嫌悪感が膨らんでいく。少年の体に伸びる手は小林と、一緒にラブホの前で写真を撮られた男だろう。映し出されるのは腕と手だけであって、小林の顔も、もう一人の男の顔も映らない。
「これだけの事を小林はやっていたんだ。どこで恨みを買っていてもおかしくはない。こんな自業自得な男の捜査をしなきゃいけないなんて」
呆れた顔の安原が可笑しな笑いを向けてくる。その表情に釣られ、口許が引き攣る。
「それでだな、古賀。お前に見てもらいたい映像があるんだ」
三人の中学生の顔を確認させるためだと思っていたが、違ったようだ。だがこれ以上一体何を確認するのだろうか。小林のパソコンにある映像など全て想像が付く。
安原は裸の少年の映像を閉じ、並んだフォルダーを探っている。安原が呆れるのも無理はない。無数のフォルダーが並んでいる。きっと整理されたフォルダーの中には無数のデータあるはずだ。
「ああ、あった。これだ」
幾つ目かのフォルダーの中に、目当てのデータを見つけたらしく、安原がカーソルを合わせる。
「200107って……何のナンバーですかね?」
「さすがに二十万もこんな映像がある訳じゃないから、ナンバリングされてる訳ではないだろう」
再び映像が流される。その粒子の荒さから、さっき見せられたものより古い物だと想像が付く。その荒い映像はマンションの一室らしき空間を映し出している。
微かな声は聞こえているが、何と言ってるのかも分からない。誰の姿も映らない空間。だがカメラが舐めるように空間を見回した時。一瞬だが人物らしき姿を捕えた。
「ここからだ」
安原の声にぐっと固唾を飲む。カメラが捕えた姿は幼い少年達だ。さっきの中学生と同じように、全裸の少年が四人。
「これは!」
記憶の奥に眠っていたものが一瞬にして呼び覚まされた。
幾ら荒い粒子であっても、一糸纏わないその姿は、股間の輪郭まで露わにしている。
その四人の少年の一人。顔がはっきりと見える訳ではない。幼い日の体型を鮮明に覚えている訳でもない。だが四人の少年の一人は、間違いなく幼い日の自分だ。
「やっぱり、そうか」
恐怖でしかなかった。眠っていた幼い日の記憶を突き付けられた恐怖。だが安原が他人の感情になど、興味がない事は知っている。
「さっきの200107だよ。二〇〇一年七月。きっと撮影された時じゃないかと推測していたんだ。二〇〇一年と言えば、お前がちょうど小学生で小林がまだ教師をしていた頃だからな。まさかとは思ったが、本当にそのまさかだったとは……」
安原の目が久々に鮟鱇のように見開いていた。だがその目を覗き込んだとしても、安原の真意は見えないだろう。いや、安原の目に焦点を合わせる事など出来ない。
「……安原さんの推測の通りです。この四人のうちの一人は俺で、あとの三人は夏樹と貴久と由之です」
自分ではないと白を切ってもよかったが、もしここで認めなくても、安原の事だから、次は夏樹に確認を取るだろう。ここで下らない隠し事をすれば、おかしな誤解を招く事になる。
「そうか、嫌な事思い出させたな」
「いえ。正直、今の今までこんな事があった事すら忘れていましたよ。今更こんな映像が出てきて、もちろん何の感情も持たないかと言われれば嘘になりますけど、忘れていたって、覚えていなかったって、気が楽ですね。さっきの中学生の映像見ていた時とあんまり感覚は変わらないです」
安原に珍しく気遣われたからではなく本心だった。
「そうか、少しは安心したよ。もし俺の推測が当たっていれば、お前を深く傷付けてしまうかもしれない。そう考えていたからな。もしお前に身に覚えがないなら、次は夏樹に見せていただろう」
「何で俺に先に確認させたんですか?」
「当たり前だろ。もちろんお前が刑事だからだよ」
流され続ける映像にもう一度目をやる。安原が言うように自分は刑事だ。刑事の目を持ってこの映像を見なければならない。
「ありがとうございます」
「何がだ?」
「刑事である俺にこの映像を先に見せてくれた事ですよ」
「何でだ? 当たり前だろ? 意味が分からないな」
刑事の目を持って見続ける映像に安原の指先がかかる。ノートパソコンを閉じ、安原が立ち上がる。
——200107。
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